戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

37 / 110
第三十四話:趙平の戦い(後編)-師の愛情-

ニース地方某所(ディアン・ケヒト転生より約四十年前)

 

『何故です!どうして、仙道術を使わないのですか!』

 

『お前も解っているはずだ。一歩間違えれば、尸解仙となり、破壊と災いを齎す存在になる。何より、「人非ざる者」が歴史の舵を握ってはならんのだ』

 

『危険は承知のうえです!何より、自らの意志で魔人となることは、人の道の延長ではないのですか!』

 

古今東西の様々な書籍や呪物が置かれた部屋の中で、二人の男が議論をしている。老年に近い男と、中年の男である。南方から戻ってきた二人は、これから進む道で意見が分かれていた。

 

『レスペレント地方に行かれると言うのであれば、なおさら仙道術が必要でしょう!あの地には「現神」がいると聞いています。今こそ、神と戦う好機ではありませんか!』

 

『何のために戦うのだ?現神と戦って、この世界に住む数多の種族たちが幸福になると思っているのか?光と闇、人間族と亜人族・・・種族を超えた繁栄のためにこそ、我らの力を使うべきではないか?』

 

『人々の心を信仰から開放することで、現神支配の世界を終わらせる。魔道技術を中核とした、新世界を創るという夢は、どうなったのですか!』

 

『何度も言っておるであろう。それは「手段」なのだ。それを目的としてしまっては、人々の心の拠り所はどうなる?魔道技術はまだ未熟で、とても信仰に代替するものではない。そんな状態で、現神信仰への疑問が蔓延れば、混乱が起きるだけなのだ。何より、信仰の束縛からの開放は、その者自身の力によって為されなければ意味が無い。他者がいたずらに、信仰心に立ち入ってはいかんのだ!』

 

『違う!人はそんなに弱い存在ではない!現神への信仰から開放されれば、己の足で大地に立つ!誰に頼らずに、自分の手で歴史を動かす!それが人間です!』

 

『天使から言われた言葉を忘れたのか?この世界は人間族だけのものではない。エルフ族、ドワーフ族、獣人族、闇夜の眷属たち・・・彼らはどうするのだ?光闇の調和、種族を超えた繁栄こそが、目指す世界なのだ!お前のやり方では、ただの暗黒世界になってしまうのだ!』

 

しばらくの沈黙の後、弟子は、立ち上がった。

 

『どうやら、私たちの道は、ここが分岐点のようです。私は、私の道を歩みます。ここでお別れです。我が師よ、三十年、本当にお世話になりました・・・』

 

師に対して頭を下げ、私物の入った袋を抱えて出て行った。師は黙ったまま、机においた拳を握りしめた。

 

『我が志をお前に継いで欲しかったのに・・・バカ者め・・・』

 

静寂の中で呟いた・・・

 

 

 

 

 

二人の魔道士の魔力がぶつかり合う。これを機に、一気に戦場が動き出す。

 

『第一陣、突撃せよ!』

 

西榮國の騎馬隊が動き出す。それに呼応して、龍國も動く。突撃してくる騎馬隊に、強弩隊が射掛けようとするが、騎馬隊は射程ギリギリを躱す。龍國陣の端に突っ込む。すかさず、第二陣の歩兵隊が突撃をしてくる。騎馬隊と歩兵隊の動きに、龍國の陣形がついていかない。数発の砲撃が打ち込まれたため、陣の形がイビツになっているからだ』

 

『チィッ!やむを得ん!盾を構えて耐えさせろ。陣形を戻す時間を稼ぐのだ!』

 

『殿、ディアン殿の使徒たちが動いています』

 

西榮國歩兵隊五千をたった二人で食い止めている。それどころか押し返し始める。剣技においてレイナとグラティナに勝てる人間はまずいない。二人は互いに連携をしながら「死の壁」を形成し、歩兵隊を弾き返した。王進は呆れた様子で笑った。

 

『さすが魔神の使徒か。見た目とは裏腹に、二人共しっかり「化け物」じゃわい!よしっ、陣形を整えよ!突撃してきた騎馬隊は左舷にて防ぎつつ、正面から右舷にかけてこちから突撃を仕掛ける!』

 

その様子は、西榮國からでも見えていた。懐王は歯ぎしりをした。使徒の力を甘く見ていたのである。非情な決断をした。

 

『歩兵には急速後退をさせ、空いた隙に二人に矢を仕掛けよ!味方に犠牲が出るのはやむを得ん!』

 

歩兵隊に後退の銅鑼が鳴らされると同時に、矢が一斉に放たれた。後方にいた歩兵たちは無事であったが、レイナたちに近い場所にいた歩兵は、味方の矢によって次々と倒れていく。二人は互いに背を合わせ、レイナが物理障壁結界を張った。グラティナは歩兵を警戒しながら、メルカーナの轟炎を空に放つ。矢は一瞬にして灰になる。後退した歩兵の隙間を埋めるように、龍國軍が突撃を開始する。矢を焼き落とした二人は、先頭をきって西榮國軍に向けて駆けた。

 

『我に続けぇ!』

 

グラティナの剣が輝き、西榮國の陣に「錐」が打ち込まれた。

 

 

 

 

 

両軍の混戦から少し離れた平原で、二人の魔道士がぶつかっていた。互いに上級魔術を駆使しては相殺を繰り返す。李甫の予想通り、ディアンは魔術戦に拘った。剣は背中に納められたままである。

 

『お前の欠点だな。戦いは勝てば良いのだ。お前は「勝ち方」に拘っている。魔神のクセに、人間性を保とうとしている。愚かな・・・』

 

«オレは魔神の肉体を持つ人間だ。心まで魔神になろうとは思わんっ!»

 

純粋魔術がぶつかり合い、爆発を起こす。速度、威力共にほぼ互角である。そして李甫は大地から、魔力を無制限に吸い上げることが出来る。だがディアンは不利を承知で、魔術戦に拘る。剣を持たない相手に剣を抜くことは、ディアンには出来なかった。魔力を補うために、首から「魔焔」を下げているが、それとて無限に魔力を得られるわけではない。

 

『・・・味方が苦戦をしているようだ。さすがは魔神の使徒だな。だが、お前を倒せば、使徒も力を失う。あとは私の魔術で龍國を一掃すれば良い』

 

李甫が次々と魔弾を放つ。魔術結界で防げる威力ではない。ディアンも迎撃をする。自分の魔力が減ってきているのを感じる。ディアンの顔色を見て、李甫は嗤った。

 

『どうやら、魔力も尽き始めているようだな。ここまで戦えたのはさすがだが、間もなくお前は死ぬ。負け犬として、土に還るがいい!』

 

李甫はケルト・ルーンを放った。ディアンはギリギリで躱した。このままでは負けることは明白だ。肩で息をしながら、李甫を倒す方法を考える。その時、ブレアード・カッサレの研究を思い出した・・・

 

 

 

 

 

 

『これは、地脈魔術か?だが、なんの意味があるのだろうか』

 

レスペレント地方から戻ったディアンは、魔神グラザから譲られた「カッサレの魔道書」を読み耽っていた。その中に、奇妙な魔術が書かれていた。地脈魔術とは、魔力を使って大地を動かす魔術である。局地的な地割れを起こしたり、錬金術を応用して土を変成させ「強酸」を作ったりする。上級魔術になれば、地震を発生させることも可能だ。だがブレアードが生み出した地脈魔術は、そのいずれにも該当していない。

 

『広範囲に、地面に魔力を通すのか・・・まるで地面に結界を張るように見えるが、これは意味があるのか?こんなもの、簡単に消されてしまうと思うが・・・』

 

ブレアードの研究の中には、多分に「好奇心」だけの研究も多いが、この地脈魔術は明らかに「ムダな研究」と思えた。ディアンは首を傾げた。

 

 

 

 

 

(あの研究は、ひょっとしたら・・・)

 

ディアンはブレアードの研究に賭けようと決めた。魔焔から魔力を吸収する。パキッという音とともに、魔焔が割れた。回復した魔力を使って、大地に手を当てる。地脈魔術と判断した李甫は、相殺すべく構えた。

 

«特殊魔術:気脈封印ッ!»

 

およそ一里に渡って、大地に魔力が張られる。薄い結界のようなものだ。通常であれば、簡単に破ることが出来る。だが、李甫は蒼白となった。

 

『き、貴様・・・何をした!』

 

李甫は苦しそうに心臓を抑えた。立っていられなくなり、肩膝をつく。

 

«お前の力は、大地から魔力を吸い上げることで維持されている。仙道術は、大地の気脈が密接に関わっている。だからその気脈を封じた。今のお前は、魔力が尽きた魔神と同じ状態だ»

 

『いつの間に、こんな魔術を・・・』

 

荒い呼吸をしながら、李甫はディアンを見上げた。ディアンも肩で息をする。たとえ薄い結界でも、広範囲にわたって張れば、かなりの魔力を消費するからだ。ディアンは魔神の貌から人間に戻った。

 

『この魔術は、オレが考えたものではない。ブレアード・カッサレが考えたものだ。何のための魔術なのか、これまで理解できなかったが、ようやく解った。これは、お前と戦う時のためにブレアードが準備をしていた魔術だ』

 

『ブ・・・ブレアード・・・』

 

李甫は倒れた。その姿をディアンが見下ろす。気脈が立たれた魔道士は、仙道術が使えなくなり、急速な老化が始まっていた。ディアンは李甫に語りかけた。

 

『李甫、オレは疑問に思っていた。三十年前に西榮國の太師となっていながら、なぜ今になって龍族を滅ぼしたりしたのだ?その気があれば、もっと前にやっていたはずだ。お前は、レスペレント地方であった「フェミリンス戦争」の顛末を知ったのではないか?人間であるブレアード・カッサレが、現神を封印した・・・だからお前も「何かをやろう」と考えた。違うか?』

 

李甫は乾いた声で嗤った。

 

『・・・我が師ブレアードは、私にとって父親同然だった。浮浪児だった私を拾い、様々なことを教えてくれた。共に諸国を旅し、襲い来る魔獣や野盗と戦った。魔術の研究に明け暮れながら、現神たちが支配する世界を変え、光と闇が平和に暮らせる世界を創ろうと語り合った・・・だから五十年前、ブレアードが「仙道術」を否定した時、私は捨てられたと思った。ブレアードは老いていた。一緒に理想を実現するためには、魔人になるしかないではないか。私は、ブレアードと共に生きたかった。彼と共に、理想を実現したかった。西榮國が大きくなれば、ブレアードの耳にも入るだろう。きっと私を訪ねて来る、訪ねてくれると信じていた・・・だが、ブレアードは来てくれなかった・・・私は、見捨てられたのだ・・・』

 

李甫の呟きに、ディアンは首を振った。

 

『それは違うぞ。ブレアードは、あの大戦でフェミリンスから呪いを受けた。その呪いは強力で、破壊と殺戮の魔人へと変貌させるものだった。お前を訪ねたくても、出来なかったのだ。お前に迷惑が掛かるからな。ブレアードはお前を見捨てたのではない。ずっと、お前を気に掛け続けていた。だから現神との大戦の最中でも、お前を諌めるための魔術を研究していたのだ』

 

李甫の双眼から涙が溢れ出る。老化の進行が終わった李甫は、百歳近い老人となっていた。そして身体が徐々に崩れ始める。

 

『・・・ディアン・ケヒトよ。ブレアードの研究成果は、私の家にある。お前に託そう。我々の理想を継いでくれ・・・お前の手で、光と闇の相乗を・・・』

 

李甫は灰となって、風に消えた。風に待った僅かな灰を掴み、ディアンは瞑目した。掴んだ手が少し震えていた・・・

 

 

 

 

 

『ハァァァァッ!!』

 

レイナとグラティナは、味方ですら呆れるほどの勢いで剣を揮っていた。王進はその様子を見ながら、顎髭を撫でて苦笑した。

 

『ひょっとしたら、あの二人だけで勝てたのではないか?』

 

既に大勢は決していた。だが懐王は諦めなかった。最後の賭けに出る。王進を討てば、逆転の可能性が生まれるからだ。供回りを連れて、王進の本陣へ突撃を掛ける。

 

『王進ッ!!』

 

大王自らの突撃である。それを受けないのは非礼だと考えたのだろう。王進は偃月刀を握った。馬を疾走らせる。懐王は頑健な肉体を持つ武闘派の王である。並の武将よりも武力は上だ。だが、王進の武力は人間の域を超えている。互いの馬が馳せ違う。王進の一振りは、馬の首ごと懐王を薙いだ。上半身と下半身が分かれ、懐王は馬から落ちた。

 

『勝鬨じゃぁっ!!』

 

兵士たちが一斉に拳を天に振り上げた・・・

 

五百年間に渡って続いた東方五大列国の戦国時代は、趙平の戦いをもって、大きく動き始める。趙平の戦いは、龍國の勝利で集結し、王を失った西榮國は大混乱となる。勢いに乗った龍國は、大都市「崔」を陥落させたばかりか、一気に首都「邯鄲」まで落とすのである。事実上、西榮國は滅亡し、龍國は列国の中で最大の国土を持つ大国となったのである。だが、大国となった龍國は諸国からの警戒され、ついには「慶東國」「秦南國」「雁州國」の三国連合という事態を招くことになる。趙平の戦いから四年後の話である。

 

 

 

 

 

邯鄲の街からほど近い森の中に、目指す建物はあった。結界を解除し、入る。見張りは誰もいない。大王が討たれたこともあり、西榮國は大混乱となっていた。邯鄲の街は、龍國軍によって取り囲まれている。明日には落城するだろう。部屋に入ると、薬草の薫りや、火薬の匂いがした。室内は整然としている。まるで自分が死ぬことを予期していたようであった。目的のものは、研究室の書棚に並んでいた。「カッサレの魔道書」である。東方諸国で書かれたものらしく、七冊が並んでいる。さらに、弟子が書き残したと思われる別の魔道書や錬金術の資料などもある。それらを全て運び出す。王宮の財宝より遥かに価値のあるものだからだ。机の上に、日記が置かれていた。開いてみると、最後の日付が書かれている。

 

・・・明日、出陣する。必勝を期しているが、戦場では何が起きるか解らない。今日は一日掛けて、部屋を整理した。整理をしながら、師と同じ言葉を吐いたあの魔神のことを考えた。確かに私は、誤った道を進んでいるのかもしれない。薬物によって信仰心を抑制するなど、人の道から外れていることくらい、私も解っている。あの薬の効果は一時的なものだ。永久的なものを作ることもできたが、そんな気は無かった。師の言うとおり、人の心に他者が踏み入ってはならないのだ。彼らはいずれ、正気に戻るだろう。だが竜族に対しては、罪悪感が無いといえば嘘になる。大きな理想のために、小さな犠牲はやむを得ない、大王はそう言うが、自分の愛する者がそれに巻き込まれて、同じことが言えるだろうか?いつの日か、竜族に詫びよう。たとえ許されなくとも・・・

 

これらの資料は、行商人に依頼をしてプレイアまで運び、あとはリタ・ラギールに預かってもらう予定だ。だが、カッサレの魔道書とこの日記だけは、自分の手で運ぼう。この日記をダカーハが読めば、少しは救われるだろうか・・・

 

少し寂しそうな笑みを浮かべ、日記を革袋に入れた。

 

 

 

 




【次話予告】

趙平の戦いが集結し、龍國では盛大な式典と論功行賞が行われた。その後の宴席において、ソフィア・エディカーヌが東方諸国の未来予測をする。いささか賢しいお転婆娘に苦笑しつつも、ディアンはソフィアを連れていくことを決めるのであった。


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第三十五話「父娘の別れ」

・・・月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也・・・

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。