戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第三十六話:賢と愚

理想国家ターペ=エトフの特徴として「民衆の多様性」が挙げられる。元々、西家レース地方に住んでいたドワーフ族、獣人族、龍人族、ヴァリ=エルフ族、イルビット族、悪魔族、人間族は無論だが、それ以外にも睡魔族、ルーン=エルフ族、竜族などが暮らしていた。「プレメルで見かけないのは現神と天使だけ」という冗談まで存在するほどである。人間族においても、光神殿と闇神殿の両方の信者が存在しており、いわゆる「闇夜の眷属」が普通に生活をしていた。また、明らかに東方諸国出身と思われる人間族たちも暮らしており、人種的にも信仰的にも極めて多様であったと言われている。

 

このためターペ=エトフでは、多種多様な文化が入り混じっていた。その象徴が「食文化」である。西ケレース地方は温暖湿潤な気候であったが、南部と北部では降水量などが異なるため、多様な植生をしていた。そのため農業も多様化しており、北部においては麦類、南部においては米類が耕作されていた。無論、規模の違いは存在していた。民衆の大多数が「麺麭(パン)」に慣れ親しんでいたため、米耕作はそれほど盛んであったわけではない。それでも、アヴァタール地方の各国と比較しても、ターペ=エトフの食文化は際立っていた。メルキア王国の旅行者「オルゲン・シュナイダー」の旅行記には

 

・・・ターペ=エトフでの滞在は驚きの連続であったが、特に驚かされたのは「食の多様性」である。ターペ=エトフの住人たちは様々な調味料を使い分け、多種多様な料理を日常的に食べている。米と呼ばれる穀物を炊き、それをオリーブ油とバターで炒め、肉と野菜、数種類の香辛料を煮込んだスープを掛けた「カレー」と呼ばれる辛い食べ物は、私にとって衝撃的な味であった。プレメルの街には何件かの「飲食専門店」があるが、その中で最も人気がある「魔神亭」では、信じ難いことに「生魚」を出している。オウスト内海でその日のうちに上がった新鮮な魚を捌き、醤油と呼ばれる東方の調味料をつけて食べ、米から造られた酒を飲む。どのような方法かは解らないが、魚や酒は「氷」によって冷やされており、その体験は過去のどんな美食よりも感動的であった。ターペ=エトフから見れば、メルキアの料理など「肉、ジャガイモ、パン」だけに見えてしまうだろう・・・

 

ターペ=エトフ歴百五十年頃に書かれた旅行記「西ケレース探訪記」は、メルキア王国内で好評を博し、ターペ=エトフ旅行の希望者が続出したといわれている。しかし、その大半は希望が叶わなかった。オルゲンはラギール商会に個人的な伝手があったために、特例としてターペ=エトフ旅行を実現できたに過ぎなかったためである。ターペ=エトフを訪ねるためには、ラギール商会を頼って華鏡の畔を抜けるか、アヴァタール地方を抜けて、セアール地方から入るしか方法がないため、「理想国家」と言われながらも、ターペ=エトフへの移民者はごく少数であったと言われている。

 

 

 

 

 

龍國を後にしたディアンたちは、北部の「雁州國」を目指した。ディアンの希望により、その途中で「白竜族」の縄張りに向かう。大王龍儀の親書を携えているため、追い返されることは無いはずである。ディアンは、黒竜族の行方について、訪ねるつもりであった。

 

『そうか・・・黒竜族の生き残りが、西方にいるのか』

 

竜族の縄張りに入ったディアンたちは、そこで止まり、龍國からの親書を携えている旨を大声で述べた。程なくして、白竜族の長老の一人「クリム=シエロ」が降りてきた。驚いたことに、クリムはとても竜とは思えなかった。背に白い双翼はあるが、見た目は美しい女性の姿であった。ディアンは疑問に思いながらも、親書を手渡し、継いで「黒竜族」の行方について質問をしたのである。

 

『黒竜族とは種族が異なっていたため、互いの行き来は無かった。だが同じ竜族として、彼らの悲劇には同情と怒りを禁じ得ぬ。竜儀殿は、龍國においてはそのようなことは決して無いと述べているが、あのような所業を見ると、人間族自体への不信感が生まれても致し方なかろう?』

 

ディアンは、黒竜族虐殺の主犯である「李甫」の日記を取り出し、クリムに事情の説明をした。西榮國の混乱が落ち着き次第、民衆に真相を公表することになっている。

 

『この日記にある通り、李甫は「悪」と理解していながら、それを実行した。確信犯なのだ。言い訳のしようも無い。だが、人間族全てがそうだとは思わないで欲しい』

 

『妙なものだな。魔神であるそなたが、人間族の肩を持つか』

 

さすがに叡智の種族の長である。ディアンが魔神であることを一目で見抜いていた。ディアンは肩を竦めた。代わってソフィアが進み出た。

 

『ターペ=エトフでは、生き残った黒竜族が平和に暮らしていると聞いています。確かに人間は、時として愚かしいことを、取り返しのつかないことをしてしまいます。ですが、多くの人間は日々を平和に、幸福に暮らしたいと願っているのです。どうか、人間族全てを「悪」と思わないで下さい』

 

クリムはソフィアを見つめ、頷いた。少なくとも、龍國と白竜族の対立は回避できそうであった。クリムは話題を変えた。

 

『さて、黒竜族の行方だが、残念ながら我らも知らぬのだ。だが、一つ言えることは「地を守って玉砕をする」などという愚かしいことを黒竜族がするはずがない。守り切れないと判断をしたなら、すぐに逃げ飛んだはずだ。聞く限りでは、相当数が殺されたようだが、それでも生き残りが一体のみ、ということはあり得ぬ。恐らくは、更に南西の「タミル地方」に逃げたのではあるまいか?』

 

ディアンは頷いた。東方諸国から帰る道筋として、タミル地方を通り、ニース地方からアヴァタール地方に入る道を考えていた。もし生き残りがいたら、なにか手掛かりが得られるだろう。考え事をしているディアンをクリムは興味深げに見つめた。

 

 

 

 

 

『竜族は、普段は竜の姿をしていますが、あのように人の姿に「変体」することもあるのです』

 

ソフィアが得意気に語った。どうやらディアンに教えることが楽しいらしい。ディアンは笑いながら頷いた。「出会い方が違っていたら、口説いていたかもしれない」などと考えながら、雁州國に入った。龍國と比べると、人々の活気が無い。街の酒場で確認をすると、どうやら北方にある「ヤビル魔族国」と緊張状態にあるらしい。

 

『湖を超えて、更に北に行った山岳地帯がヤビル魔族国です。別に戦争をしているわけではありませんが、人間族と魔族ですからね。お互いに相容れないところが多く、反目しあっています』

 

ターペ=エトフでは、人間族と魔族が酒を飲み、肩を組んで歌い踊る光景が当たり前に見受けられる。「相容れない」というのは無知から来る思い込みに過ぎない。だが、ここでそんなことを話したところで意味は無い。ディアンは頷いて、話題を変えた。雁州國について、知りたかったからである。

 

『雁州國は、北に大きな湖があるためか、寒暖が激しいのです。そのため山羊の牧畜が盛んですね。特に山羊から取れる糸は質が高く、高値で取引されていますよ』

 

酒場を後にしたディアンたちは、衣類を売る店に入った。レイナたちは、衣類には目がない。西方では見られない意匠に、女達が燥ぐ。ディアンは漆黒の外套を手に取った。

 

(これは・・・カシミヤの手触りに近いな。一着、買うか)

 

レイナたちも思い思いの服を手に取る。ディアンはまとめてカネを支払った。

 

 

 

 

 

アヴァタール地方は温暖で平地も多いため、殆どが「木綿」の衣類だが、ターペ=エトフでは、ルプートア山脈に登ることもあるので、羊毛の服が必要であった。クライナの集落では、それを見越して畜羊なども行われている。だがこれから南方に行くにあたって、羊毛の服は暑すぎる。四人の服をまとめ、紙で包んで革袋に入れる。「樟脳」が入った小袋も一緒に入れる。常緑樹「クスノキ」は、防虫効果があるため各地で植林されているが、水蒸気蒸留によって出来る「樟脳」は、ターペ=エトフでしか生産されていない。蒸留器の製造には、高度な鍛冶技術が必要だからだ。王宮に行き、身分証を提示する。ターペ=エトフからの使者であることを伝え、インドリトからの親書を手渡す。数時以内に返事が貰えることになり、その日は宿に入った。

 

『こう見ると、やはり龍國と西榮國は突出していたのだな。二カ国に比べると、兵士の動き方にキレが無い』

 

鯉の姿揚げを頬張りながら、グラティナが語った。手にはフォークを持っている。まだ箸に慣れていないのだ。黃酒を呑みながら、ディアンが頷いた。

 

『東方諸国は、産業や文化には見るべきものが多いが、行政府には見るべき点は無いな。どの国も血統による「王」が存在し、統治をしている。統治者と民衆とを繋ぐ機構が存在していない。民は、統治「されること」に慣れてしまっている』

 

『私は、東方諸国の在り方しか見たことがありません。ターペ=エトフは、国の在り方が違うのでしょう?』

 

ディアンは、ソフィアの質問に答えた。

 

『王と民がいるという点では同じだが、政事の決め方が違う。ターペ=エトフは、国内に住む全ての種族から、種族代表が一名ずつ選ばれ、会議が行われる。元老院と呼ばれるもので、国王と元老院が話し合いをし、全会一致してはじめて決まるのだ』

 

『全ての種族・・・それはつまり、人間族と魔族が同じ席につく、ということかしら?』

 

『元老院は、ドワーフ族、獣人族、龍人族、ヴァリ=エルフ族、イルビット族、人間族、悪魔族の七大種族によって構成されている。各元老は種族代表だが、ターペ=エトフ全体を考えることが求められる。光も闇も関係ない。皆がより幸福になるために、何をすべきかを話し合うのが、元老院だ』

 

『凄い・・・でも、自分の種族の利益を主張したりしないのかしら?それに、信仰が異なっているということで、相手を批判したりしそうだけど・・・』

 

『それを戒めるために、様々な手が打たれている。その最たるものが「教育」だな。ターペ=エトフでは、六歳から十二歳まで、全種族の子どもたちが集められ、同じ教育を受けることが義務付けられている。ただの座学ではなく、共に畑を耕したり、図画工作を行ったりする。六年間で、全ての種族の集落を周り、各元老から神話や信仰についての話を聞く。相互の理解を促進させ、「自分が正しいと思うことが、他者にとっても正しいとは限らない」ことを学ぶのだ』

 

『素敵だわ・・・インドリト王は、とても優れた王なのでしょうね』

 

ソフィアはまだ見ぬターペ=エトフに思いを馳せていた。

 

 

 

 

 

『・・・ソフィアを三人目の使徒にするの?』

 

上気した顔を上げ、レイナは質問をした。十年以上を共に過ごし、数え切れないほどに躰を重ねているが、その魅力は全く衰えない。主人が生きている限り、永遠に生き続けるのが「使徒」である。

 

『そうだな・・・まだなんとも言えないかな。これまでの旅で、ソフィアの性格は理解できた。確かに頭は切れるが、潜在的に「孤独」を抱えている。使徒という関係に「依存心」を持つかもしれない』

 

『そうね・・・あの子は十歳で人質に出された。利発だけど、それをひけらかそうとするのは、自分を護るためなんだわ。「自分に価値がある」と認められたいのよ』

 

『使徒というのは、現神で言えば神格者と同じだからな。魔神の使徒とは謂わば「魔神の信仰者」だ。だがオレは、信仰など求めていない。仲間としての「信頼」を求めたい。お前もティナも、オレを信頼してくれている。だがソフィアは、オレに依存をするかもしれん。他ならぬ「自己防衛のため」にだ。自己のために使徒になるなど、オレは認めん』

 

『もう少し、様子を見てあげましょう?あの子はこれまで、過酷な人生を送ってきたんだもの。肉親の情愛を知らないという点では、私以上だわ。ティナには、私から言っておく。あの子の賢しさに、ティナもイラつくことがあるみたいだから・・・』

 

まるで自分の娘を心配する夫婦のように、二人はソフィアについて語り合った。

 

 

 

 

 

雁州國大王との謁見は、見るべきものは特に無かった。文武官からは龍國の様子についての質問が出たため、当り障りのない範囲で返答する。ディアンたちが趙平の戦いに参加をしていたことも知られていたが、「公式的」には、王進大将軍以下、各将の活躍によって勝利をしたことになっている。

 

『私どもは、たまたま戦に居合わせたに過ぎません。龍國滞在中には、王進将軍に世話になっていました。その義理から、戦に参加をしたのです。結果としては、龍國が勝利をしましたが、ターペ=エトフは東方諸国全体と友好関係を持ちたいと考えています』

 

武官たちは、ディアンたちの放つ「戦士の気配」を敏感に察して警戒をしているが、大王以下文官たちはターペ=エトフの国情や西方諸国の話などに関心を持ったようだ。知られたくない情報を誤魔化すためには、より有益な「別の餌」を与えることである。ディアンは雁州國の繊維産業を褒め称え、ターペ=エトフやレスペレント地方に輸出をすれば高値で売れると話した。

 

『中原では、西も東も国家が形成されつつあります。大陸公路の治安も良くなるでしょう。レスペレント地方から北方諸国には、貴国ほどの良質な羊毛はありません。輸出をすれば相当な利益になると思います』

 

 

 

 

 

『こう言っては失礼かもしれませんが、大王と謁見をして私は安心しました。父・・・いえ、龍國大王ほどの器を持っていないと思いますわ』

 

謁見を終えたディアンたちは宿に戻り、部屋で食事をしていた。万一を考え、歪魔の結界を貼っておく。天井裏に誰かが潜んでいても、声を聞かれる心配は無い。ソフィアの話に、ディアンも頷いた。

 

『龍國は長年にわたって、西榮國と戦争状態となっていた。国家というものは、危機に直面すると底力を発揮するものだ。王や文官も、危機を前にすれば背筋が伸びる。特に西榮國であった「黒竜族虐殺」以降は、龍國全体に危機意識が広がっていた』

 

『でも、ターペ=エトフは平和そのもので、危機なんか無いけど、インドリトは立派に、王を務めているわ』

 

『アレは別格だ。インドリトは歴史に名を刻む名君だ。恐らく千年後も語り継がれているだろう。インドリトと比較をするのは可哀想だ』

 

『・・・インドリト・ターペ=エトフという王は、それほどの王なのですか?』

 

ソフィアが目を細めて訪ねてきた。父親をバカにされたような気がしたのだろう。だがそれを無視して、ディアンは頷いた。

 

『ソフィアも会えば解る。我が王は、魔神であるオレが「自ら進んで」膝を屈したほどの王だ。少なくとも現時点では、ディル=リフィーナ史上最高の名君だろう』

 

魔神が真顔で返答し、使徒たちも頷く。目の前の魔神は、その知性も教養も「大宰相級」の人物だとソフィアは評価していた。その魔神をしてそこまで言わせるのである。

 

『会ってみたいですわ。そして語り合いたいです。インドリト・ターペ=エトフと・・・』

 

『王は誰とでも語る。語り合うことを好んでいる。時間が許す限り、語り合えるだろう』

 

ディアンは笑って、杯を干した。

 

 

 

 

 

雁州國を後にしたディアンたちは、「慶東國」「秦南國」を周った。龍國の西榮國併合は、三国全てにおいて話題となっていたが、すぐに三国連合となる気配は無かった。どの国も「様子見」という姿勢を持っている。秦南國大王との謁見を終えたディアンは、首を振って笑った。

 

『ソフィアの言うとおりだな。確かに「人物」がいない。オレが三国いずれかの宰相あるいは将軍を務めていたら、様子見などせず、すぐにでも連合に動いただろう。そして、まだまとまっていない西榮國を攻める。龍國だって、趙平の戦いでそれなりに傷を負ったのだ。回復するには数年の時間が必要なのに、それを見越す人物がいない。龍國にとっては僥倖だな』

 

『一昔前には、秦南國には「樂逵」という大将軍がいたのです。西榮國との戦で連戦連勝をし、秦南國侵略を諦めさせたほどの大将軍だったそうです。ですが、老齢のため十年前に引退をしてしまいました。もし樂逵大将軍が現役であったなら、龍國も危機だったかもしれませんわね』

 

『ちょうど、世代交代の時期ということか。数年後には、人物が出てくるかも知れんな・・・』

 

ディアンの予想は的中した。この数年後、三国の合従軍は龍國に攻め寄せる。だが、ソフィアが見越した「各個撃破」は成立しなかった。秦南國に「伯起」という大将軍が登場し、大将軍王進を苦戦させるのである。王進は合従軍を辛うじて食い止めたが、その後も伯起は国境をたびたび侵し、龍國を苦しめ続ける。龍國が国土を維持できたのは、秦南國の二倍以上の国土を持ち、かつ雁州國がヤビル魔族国と本格的な戦争状態に入ったため、龍國は北方の警戒をせずにすんだからである。龍國と秦南國の戦争は二十年以上に渡ったが、秦南國大王となった次王「政」が暗愚であったため、政治面から秦南國は崩れていき、最終的には伯起も処刑されるのである。

 

 

 

 

 

龍國、西榮國と比べると、他の三国は「国家」として見るべきものは無かったが、「文化」としては見るべきものが多々あった。特に秦南國では、ディアンが焦がれていた「米」があった。ディアンは早速、グプタ部族国で調達をした香辛料を使い、自分が食べたかった料理を作った。

 

『美味いっ!やはりカレーはこうでなければならん!』

 

ディアンは満足気に、自分の作った料理「カレーライス」を口に運んだ。レイナたちも夢中で食べる。ソフィアは初めて食べる異国の料理に戸惑いながらも、その味には魅了されていた。

 

『ディアン、このカレーも、ターペ=エトフで作れないか?「米」を持ち帰れば、作れるのだろう?』

 

『そうだな。稲作はアヴァタール地方以西では殆ど見かけられないが、やろうと思えば出来る。種籾を持ち帰って、ターペ=エトフでやってみるか』

 

『米は、お酒にもなるんでしょう?以前、リタから「米酒」を貰ったことがあるけど、あれも作れるのかしら?』

 

『可能だな。龍國の醸造技術と米があれば、米酒を作れる。ようやく、オレが望んでいた「食生活」が出来るかも知れん』

 

ソフィアは首を傾げた。なぜ、この男はこんなことを知っているのだろう?

 

『ディアン、あなたはこれらの知識をどこで手に入れたのですか?東方域には初めて来たはずなのに、私たちの食文化に精通しているばかりか、それ以上の知識を持っているようです』

 

ディアンの匙が止まった。レイナたちも沈黙する。それはディアンの秘密に関わることであるからだ。ディアンは笑みを浮かべ、首を振った。

 

『悪いが、それは教えられん。オレの出生に関わることだ。それを知っているのは使徒だけだ』

 

『あなたの出生・・・あなたはディジェネール地方というところで生まれたのでしたね。そこでこれらの知識を手に入れたのでしょうか?それとも・・・』

 

レイナがソフィアを止めた。

 

『ソフィア、それ以上は聞かないほうが良いわ。あなたのことは好きだけど、その先は主人と使徒の世界なの。知りたいという気持ちは解らなくは無いけれど、人にはそれぞれ、立ち入ってはいけない領域があるのよ?』

 

『・・・解りました。あなたの使徒になれば、教えてくださるのですね?』

 

レイナが更に言おうとするのをディアンが止めた。目が少し細まる。怒りはないが真剣な表情だ。

 

『ソフィア、言っておくが、お前がどれほど望んでも「見返り」を求める限り、使徒にはなれん。使徒は無条件で、オレのために全人生を捧げる存在だ。使徒にとって、主人であるオレの言うことは絶対だ。オレが死ねと言ったら、躊躇うこと無く死ぬのが使徒だ』

 

ソフィアは息を呑んだ。レイナから使徒については聞いていた。魔神から力を与えられ、人越の力と不老の肉体と得ることができる。なんと素晴らしいことかと思った。だがその代償は「永遠の下僕」になることである。だが、使徒たちの様子を見る限り、ディアンの下僕には見えない。主人に対して様付けなどもしないし、身の回りの世話もしていない。宿では常に「四部屋」を取っている。必ず一人一部屋となるようにしている。食事も公平に同じものを食べている。そのための出費も惜しんでいる様子は無い。これは大変に贅沢なことであり、とても主人と下僕という関係とは思えない。まるで「旅仲間」あるいは「恋人同士」である。ソフィアがそう尋ねると、ディアンは笑った。

 

『それはオレの個人的な拘りだ。主人と下僕という関係をオレ自身が望んでいないだけだ。だが、使徒になるためには「身も心も全てを捧げる」という心底からの想いが無ければならない。そうでなければ使徒にはなれないのだ。レイナもティナも、その想いがあるから使徒になり、そんな二人だからこそ、オレは何よりも大事に思っている。使徒は主のためならば喜んで死ぬ。だがオレも、二人のためなら喜んで死ねる。それがオレたちの関係だ』

 

(羨ましい・・・)

 

ソフィアは羨望の念を禁じ得なかった。自分は生まれてから十歳までは王宮で暮らし、その後は人質生活であった。友人など一人もいない。肉親の情愛すらままならないのが「王族」である。それに引き換え、この三人の結びつきは、血縁関係すらも超えている。まさに「魂の結びつき」であった。そしてその関係が、永遠に続くのである。

 

『私も・・・』

 

思わず口に出かかったのを、ソフィアは止めた。いまの自分では、ディアンも他の使徒たちも認めないだろう。自分の欠点は解っていた。考えたこと、判断したことを口にしてしまう。それは大抵、当たっているのだが、それ以前として「賢しい」という印象を相手に与えてしまう。西榮國にまでついてきてくれた「乳母」の言葉を思い出す。

 

(香蘭様は賢い方です。ですが、「賢いと思われたい」という思いが強すぎます。それでは結局、相手から嫌われてしまいます。失礼を承知で申し上げます。このままでは「頭は良いけど愚かな人」になりかねません)

 

沈黙するソフィアに、グラティナが語りかけた。

 

『まぁ、このまま旅を続ける中で、いろいろと考えることもある。私もレイナも、使徒になるまでに時間を掛けた。心の整理などにな』

 

『レイナは三ヶ月、ティナに至っては半年以上だったな?オレが「使徒にする」と言った時は、やっとか・・・といった表情だった』

 

グラティナが顔を赤くしてディアンの肩を叩き、笑った。その様子を見ながら、ソフィアは改めて「羨ましい」と思った。だが、黙って頷いただけであった・・・

 

 

 




【次話予告】

「秦南國」でディアンたちは奇妙な話を聞いた。秦南國の民衆から崇められている「神」の話である。「仙狐」という名に、興味を持ったディアンは、火山地帯を目指す。


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第三十七話「狐炎獣」

・・・月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也・・・

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