戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第三十九話:獅子王の国

ディル=リフィーナ世界では、多種多様な種族が存在しているが、その中において外見の多様さで際立っているのが「獣人族」である。獣人族は、ネイ=ステリナ世界出身であり、ドワーフ族、エルフ族と並ぶ「ネイ=ステリナ三大種族」の一つである。赤き月神「ベルーラ」を信仰し、集落を形成して牧歌的に生活をしていると思われているが、それは獣人族の一側面でしかない。

 

獣人族は、人と他の動物の特徴を併せ持つ存在である。例えば、セテトリ地方から南方の「絹の海」では、セイレーンと呼ばれる人魚族が生活をしている。この人魚族も、広義では獣人族に含まれる。また、行商隊に恐れられる「ヴェアヴォルフ」は、人と狼の特徴を併せ持っており、獣人族と見做すことができる。このように、獣人族はその外見も生活圏も文化も、極めて多様であるため、ラウルヴァーシュ大陸の各地で独自の縄張りを形成している。

 

獣人族は一般に、戦闘能力は高いが知性が低い、という認知が広がっている。確かに全体的に見ても、獣人族は識字率が低く、人間族に騙されて奴隷として売買をされる者も存在している。しかし少数ではあるが、獣人族が主体的に国家を形成し、人間族に抵抗をしたという例も存在する。その代表例が、メンフィル建国歴百十年頃(エディカーヌ王国歴三百三十二年)に建国された、レスペレント地方中部の国「スリージ王国」である。

 

スリージ王国は、フェミリンス戦争以降、レスペレント地方で差別をされていた獣人族と、北方諸国から流れてきた獣人の勇者「モグレス・イオテール」が協力し合い、建国された。西方のカルッシャ王国が、魔神ディアーネが率いるグルノー魔族国との戦争中であったこと、またセルノ王国内での内紛により、政治空白地帯ができていたことが、建国に繋がったと言われている。モグレスの代では比較的安定をしていたスリージ王国も、人間族との混血が進む中で、「純血族」「人間族」「混血族」と三つの派閥に別れ、国内が混乱する。やがて、メンフィル建国歴二百五十三年、リウィ・マーシルンよってスリージ王国は占領されるのである。

 

スリージ王国の建国者「モグレス・イオテール」は、文武に長じていたと言われている。彼がいつ、どこで学問を修めたのかは不明である。そのため歴史家の中には、彼はターペ=エトフ滅亡時の獣人族代表「カダフ・イオテール」の子孫であり、イオテール家に代々「文武」が受け継がれていたと主張する者もいる。確たる証拠は無いものの、ターペ=エトフでは獣人族でも当たり前に文字を操っていたため、その可能性は否定出来ない。

 

このように、獣人族の知性が低いというのは、多分に環境的要因もあると言える。事実、ラギール商会に奴隷として買われ、店員として働きながらも商売を覚え、独立して自分の店を構える獣人族も複数、見受けられるのである。獣人族は知性が低いという認識は、人間族の先入観によるところも大きいのである。

 

 

 

 

 

秦南國を離れたディアン一行は、南東にある獣人族の国「マジャヒト王国」を目指した。巨大内海「濤泰湖」から海へと流れる河川が国境線である。橋は掛けられていないものの、渡し船があるため、ディアンたちは秦南國の国境の街「南砺」に入った。宿の店主に、マジャヒト王国について聴く。

 

『マジャヒト王国は獣人たちの国ですが、人間族が入れないわけではありませんよ。実際、秦南國の行商人にとっては、マジャヒト王国は重要な交易先なんです。まぁ、秦南國では銀、マジャヒト王国では金が重視されているので、交換などでは一苦労なんですがね』

 

『具体的には、どんなモノが穫れるのだ?』

 

『南国の果物や砂糖、あとは「翡翠」なんかも採れますね。翡翠は東方諸国では珍重されているので、マジャヒト王国は翡翠採掘を国営にしています。秦南國からは、薬草や衣類なんかを運んでいますね』

 

マジャヒト王国から運ばれたと思われる果実「鳳梨(パイナップル)」を食べながら、ディアンは頷いた。

 

 

 

 

 

ソフィア・エディカーヌは、額から汗を流している。目の前の女から放たれる気配に耐える。だがやがて、膝を折ってしまう。肩で息をする。ディアンは手を上げて止めた。インドリトは剣を使う戦士として鍛えるために、精神力の限界まで向き合ったが、ソフィアの場合はそこまで望む必要は無い。むしろ、己自身と向き合う必要があるのだ。それはある意味、インドリトの修行より辛いものだ。躰の歪みなら、他者でも是正できる。だが心の歪みを正せるのは自分だけなのである。

 

宿に併設されている公衆浴場で、ソフィアは一人、風呂に入っていた。貸し切りの浴室内で、自分について考える。知恵ならば、人に劣らない自信がある。だが、その小さな自信が揺らいでいた。ディアンもレイナも、ソフィアの話を頷いて聞いているが、それは「聞いて貰っている」のではないか。これまでもそんな感覚を持ったことがある。内心で「賢しい」と嗤いながら、王女の話だから取り敢えず聞いておけ・・・ 周囲の人間から、そんな気配を感じたことは何度もある。その度に、心のなかに焦りのような何かが沸き返り、もっと饒舌になってしまう・・・ そんな自分が、内心では堪らなく嫌だった。レイナと向き合い続けると、そんな自分を嫌でも見つけてしまう。考え事をしていると、ふと、声が掛けられた。

 

『ソフィア?入るわよ?』

 

レイナが女湯に入ってきた。絹のような金色の髪と見惚れてしまう程に美しい裸体をしている。ディアンではなくとも、男なら夢中になってしまうだろう。

 

『あら、泣いていたの?』

 

言われてソフィアは気づいた。いつの間にか、涙を流していたようである。慌てて顔を洗う。レイナはソフィアと並んで湯に浸かった。レイナを前にすると、自信が揺らぐ。ディアンは自分の判断より、レイナがティナの判断を信頼している。自分のほうが賢いはず、自分が正しいはず・・・ なのに何故、それが通じないのだろうか。

 

『良いわね。綺麗な黒い髪・・・』

 

『え?』

 

輝く金髪を持つ美人から言われると、嫌味にしか聞こえない。だがレイナは笑いながら言葉を続けた。

 

『気づかなかった?ディアンの好みは「黒髪」なのよ?口にはしないけど、内心ではあなたの髪に触れたがっている。ソフィアの黒髪に顔を埋めて、眠りたいって思っているわ』

 

そう言われると、途端に顔が朱くなる。これまで男に触れられたことなど、一度としてない。異性との交わりについても、女官から教えられただけである。だが、どうしてレイナはこんなことを言うのだろう?

 

『少し、私の話をするわね』

 

レイナはそう言うと、身の上話を始めた・・・

 

 

 

 

 

『レイナは、ソフィアと一緒にいる。ソフィアを導くには、レイナの方が良いだろう。私はレイナほど忍耐強く無いからな』

 

ディアンは頷いた。「知恵に溺れる」という言葉がある。転生前にも、そうした人間を何人か見てきた。「惜しい」と思っていた。才能も情熱もあるのに、何かが噛み合わずに、他者と上手くいかない者がいる。剣や魔法を学び、気を操る術を知る中で、その原因を理解した。「本当の自信」を持っていないからだ。人間は「承認欲求」の塊である。「自分を見てくれ」「自分を認めてくれ」と渇望している。だから子供は、小さなことでも大人に「自慢」をしたがる。そして、経験が蓄積されていくと、自分を客観視し、衆人の中の自分を確立させる。「己自身を識る」という「自己肯定」の基礎が確立する。だがそのためには、人々との摩擦が必要である。人の中で生きるためには、人に揉まれなければならないのだ。ソフィアには、その経験が絶対的に不足をしていた。書物による「観念」が先行し、人との摩擦による学習を阻害している。それを正すためには、己自身と向き合わせるしか無い。

 

『時間は掛かるだろう。だが幸いな事に、オレたちは「旅の途中」だ。新しい経験、人々との出会いには事欠かない。この旅を通じて、ソフィアに「真の自信」を持たせたい』

 

『男であれば、打ち据えて、叩き直してしまうのだがな。ソフィアが相手となれば、私も苦手だ』

 

『ソフィアも、ティナのことをそう思っているだろう。自分のほうが頭が良いはずなのに、どうしてディアンはティナの意見を重視するのか、とな・・・』

 

グラティナは肩を竦めた。そんな「比較」をすること自体が、意味のないことだからだ。

 

 

 

 

 

ソフィアは独り、寝台に横たわり暗闇を見つめていた。浴室でのレイナの話を思い出す。

 

・・・「誰かと比較をした自信」なんて、本当の自信じゃないのよ。だって、「誰か」がいなかったら、どうするの?それは「誰か」に頼っているに過ぎない。自信の基本は、まず自分自身を「識る」ことなの・・・

 

・・・そう言っている私もね。ディアンと出会った頃は、強さばかりを求めていた「気を張った少女」でしか無かったのよ?でも、ディアンに思い知らされてね。彼に抱かれ、彼と言葉を交わすうちに、私は自分自身を見つめていった。そして、決定的だったのはルドフル・フィズ=メルキアーナとの会談ね。今から振り返ると、ディアンは最初から、ルドルフを斬るつもりなんて、無かったんじゃないかしら?私が本当に自分と向き合うためには、ルドルフとの会談が必要だった・・・そういうことだと思うの・・・

 

・・・ティナとは、剣術の稽古として手合わせはするけど、どちらが強いかなんて、気にしないわ。誰かより優れている、なんて意味のないことなの。肝心なことは、自分は何者なのか、そして何を成し遂げようとしているのか、だと思うわ・・・

 

レイナ・グルップとグラティナ・ワッケンバインは、魔神ディアン・ケヒトの使徒である。主人の為に生きることが、彼女たちの生き方であり、喜びになっている。それは「愛」と呼べるものだった。だが、ただ盲目的に主人を愛しているわけではない。主人と使徒が、信頼し合い、共に助け合いながら「人生」という旅を共にしている。そしてディアンは、このディル=リフィーナ世界に「種族を超えた平和と繁栄」の実現を目指している・・・

 

『私は、これから何を成せば良いのでしょう・・・』

 

暗闇の中で呟いた。

 

 

 

 

 

マジャヒト王国に入ったディアンたちは、獣人たちの集落などを見ながら首都「マジャヒト」に向かった。

 

『珍しいな・・・首都名がそのまま国名になっているのか』

 

獣人族らしい牧歌的な田園地帯を眺めながら、馬を進める。子どもたちが物珍しそうに見上げてくる。西方諸国の獣人族たちは、人間族への警戒心が強い。一方、マジャヒト王国の獣人族は、そうした警戒が少ないように感じた。その日の夜、屋根を貸してくれた集落の長が、マジャヒト王国について話をしてくれた。

 

『この国は、国家として成立をしたのは、二十年ほど前なのです。それまでは獣人族たちの集落が点々としていたのです。その中でも最大規模の集落がマジャヒトだったのですが、その集落の長が国家を築いたのです』

 

『国となるにあたって、各集落は反対などはなかったのですか?』

 

『他の人が王になるのなら、反対の声も出たでしょう。しかし「レグルス様」は、獅子王とも言われる程にお強く、それでいて心優しい方なのです。マジャヒトのみならず、周辺の集落でも、ルグルス様を慕っている者が多かったのです。そして二十年前、皆に懇願されるかたちで、レグルス様が国王となり、マジャヒト王国になったのです』

 

『なるほど、獅子王ですか・・・ですが、国家である以上は、法律の普及や税制なども必要だと思いますが、そうした「統治」は誰が行っているのでしょう?』

 

長は首を傾げた。どうやらディアンの聞き方が悪かったようである。聞き慣れない言葉が入っていたらしい。ディアンは質問を変えた。

 

『マジャヒト王国を切り盛りしているのは、レグルス王なのでしょうか?それとも、他に優れた人がいるのでしょうか?』

 

『あまり知らないのですが、ただレグルス王の側に、イルビット族の人がいるそうです。子供の頃からの知り合いだそうです』

 

『イルビット族ですか・・・』

 

ディアンは腕を組んで、考えた。

 

 

 

 

 

マジャヒト王国の首都「マジャヒト」は、ディアンの想像をしていた「獣人族の集落」とはまるで違っていた。煉瓦づくりの城壁に囲まれた、立派な「城塞都市」だったのである。これにはレイナたちも疑問に思ったようだ。

 

『獣人族の集落には、これまでも何度も訪ねているけど、こんな「都市」は初めて見たわ。これは、獣人族たちが建てたのかしら?』

 

『どうかな・・・この煉瓦は日干しではなく焼成されたものだ。それに城門は鋼鉄で出来ている。「技術者」がいなければ、これらを作ることは不可能だ。「獣人の技術者」というのは想像できんな・・・』

 

街の様子も、ディアンに取っては意外であった。区画がきちんと整理されている。大通り沿いには獣人たちが営む「商店」まである。「都市計画」が無ければ、このような街は造れない。獣人族は良くも悪くも「その日暮らし」の性格が強い。獲物を狩り、皆で分かち合い、自家製の獨酒を呑みながら、火を囲って皆で歌い踊るのが獣人族たちである。ターペ=エトフの獣人族たちは、狩猟以外にも農業や畜産業を営んでいるが、基本は変わらない。だが「マジャヒト」では、まるで人間族のような生活が営まれている。宿に荷を置いたディアンは、王宮へと向かった。

 

 

 

 

 

『遠路遥々、マジャヒト王国までようこそ。私はマジャヒト王国宰相「ルナスール」と申します』

 

イルビット族の男が手を合わせ、挨拶をした。ディアンたちも倣う。マジャヒト王国の挨拶儀礼は、握手ではなく合掌してのお辞儀のようであった。

 

『失礼、西方の方にとっては不慣れでしょうが、東方の見聞をされているとのことでしたので、我々の文化をお伝えするため、敢えてこちらの儀礼を用いたのです』

 

『お気になさらず・・・ 西方、ケレース地方の国家「ターペ=エトフ」の王太師、ディアン・ケヒトと申します。こちらの三人は、私の供です』

 

それぞれの挨拶に、ルナスールは丁寧に応じ、着座を勧めた。色の濃い茶が出される。秦南國からの輸入品のようであった。ディアンはこれまでの道程を簡単に説明した。ルナスールは興味深げに頷く。

 

『マジャヒト王国を見て、実は意外に思っていたのです。我がターペ=エトフでも、大勢の獣人族が暮らしていますが、彼らは皆、大らかで、政事のような「面倒」には不慣れという印象を持っていました。ところが、貴国では獣人族たちが、まるで人間族のように暮らしています。この街を見ても、しっかりとした都市計画によって造られていると感じました』

 

『その印象は、間違ってはいません。実際、我がマジャヒト王国においても、緻密な行政というものは為されていません。「翡翠採掘」によって財政的な問題が無いため、各集落での自治に委ねているという状況です。国家としての各種制度やこの街の設計、外交などは、私が一手に引き受けています。獣人族は、研究をして新しい理論を発見したり、発明をしたりすることは苦手としていますが、具体的な手法が明確なら、きちんと真面目に動きますからね』

 

ルナスールの言葉に、ディアンは頷いた。そして、最も疑問に思っていることを聞く。

 

『ルナスール殿は、イルビット族の方とお見受けしました。大変失礼ながら、イルビット族もある意味では、政事には向かない存在だと思っていました。ターペ=エトフに住むイルビット族たちは、皆が学究意欲に溢れ、自分の興味のある研究に没頭しています。取りまとめ役として種族代表者はいますが、彼自身も宗教についての研究を行っており、政事のためというよりは、他種族との交流の為に、種族代表会議に出ているという傾向が見られるのです』

 

『その通りです。私たちイルビット族は、自分の興味のある分野への研究に没頭します。それは私も同じです。ただ、たまたま私の研究分野が「国家」というだけです。レグルス王は、国王として皆から慕われる存在ですが、政事には向きません。レグルス王は「獣人族の楽園」を創りたいという「夢」を語り、その実現のための様々な施策を私が考え、国家形成をしているのです』

 

ディアンは微かに目を細めた。要するに、民のためではなく「自分の研究のため」に政事を行っているのである。レグルス王という国威の存在を、己の研究に利用している。だが、国家の在り方にも、為政者の在り方にも、絶対解というものは存在しない。民が不幸であるなら別だが、この国は獣人族の楽園として繁栄をしているのである。為政者が、己の欲望の為に政事を行い、その結果、民衆が不幸になっている人間族の国も数多いのである。それに比べれば、マシと言えるだろう。

 

『国家というものは、非常に面白いものです。御存知の通り、イルビット族は「個人主義」の傾向が強く、己の研究に生涯を捧げます。イルビット族が集落を形成するのは、共通した研究課題があったり、あるいは互いに身の安全を護るため、という程度の理由からなのです。ですが、他の種族たちは積極的に集団を形成しようとします。そして人間族などは、そこから国家を形成していくのです。当初は、狩りや農耕などの「共同作業」によって生産性を高る、あるいは外敵などの脅威に共同対抗するために、集落を形成していたはずなのに、それが国家となると、途端に性質が変わるのです。「自分のための集団」のはずが「集団のための自分」へと変化をしていきます。そこに生きる民衆のための「装置」としての国家が、いつの間にか「国家そのもの」が目的へと変化していくのです。国家という存在は、実に興味深い』

 

『なるほど… 手段としての国家形成のはずなのに、国家が誕生してしまうと、その存続が目的化してしまう、というわけですね』

 

ルナスールは上機嫌そうに頷いた。こうした話を聞いてくれる存在が、回りにいないのだろう。ディアンは、自分がターペ=エトフ建国に携わったことを伝えながら、国家についての意見を述べた。

 

『確かに仰るとおり、国家というものは、そこに生きる民を幸福にするための、統治機構の一つに過ぎません。ですが、ルナスール殿には一つ、欠落している視点があります』

 

『ほう、何でしょう?』

 

『あなたはイルビット族です。ですのである意味、仕方がないのかもしれませんが、人間族もドワーフ族も、他の種族たちも、一つのことに一生を捧げるという生き方は難しいのです。生きている以上、様々なことに興味を持ちます。つまり、欲望の向く先が多様なのです。そうした種族が生きていくためには、集団を形成するしか無いのだと思います、特に人間族は、肉体が弱く、寿命も短い存在です。そのため、集団に対する思い入れが極めて強いのです。私はそれを「帰属意識」と呼んでいます』

 

『「帰属意識」・・・つまり、「集団の中にいることそのもの」が目的となるということでしょうか?』

 

『理解不能だと思います。天と地の狭間に、「個人」として確固として存在するのではなく、「集団の中の自分」という立場に、安心感を持つのです』

 

ルナスールは、腕を組んで考えた。イルビット族の長所でもあり欠点でもある「感じるのではなく考える」という傾向は、ルナスールにも見受けられた。

 

『私には、俄には理解できませんが・・・ですが、あなたの視点は面白いですね。私は国家という統治機構の中に、その答えがあるのではないかと思っていたのですが、あなたは「民衆一人ひとりの心の問題」だというのですね?』

 

『私は別に「問題」だとは思っていませんが・・・ですがこれは「私はこう思う」というだけです。一つの意見として捉えて下さい』

 

ルナスールは笑って頷いた。レグルス王との対談は、後日改めることとなり、ディアンたちは王宮を後にした。

 

 

 

 

 

『ソフィア、お前はどう思った?』

 

宿で夕食を取りながら、ディアンは今日の対談について、ソフィアに感想を求めた。以前のソフィアであれば、対談中に口を挿んでいただろう。だが今日はずっと黙っていた。喋りたい気持ちを抑えていたに違いない。喜々として話し始めると思ったが、ソフィアは短く答えただけであった。

 

『正直、興味を持ちませんでしたわ』

 

『ほう・・・ それは何故だ?』

 

『ルナスール殿は、マジャヒト王国について語ったのではなく、己の研究について語っただけです。学者としては優秀なのでしょうが、為政者としては失格です』

 

滔々と語るのではなく、言葉を切って相手とやり取りをする。少なくとも、そうしようという傾向が見えた。ディアンにとってはそれだけでも満足であった。

 

『レイナやグラティナはどうだ?対談の感想は?』

 

『ソフィアと同じ。あまり関心は無いわね。「自分の欲望のための政治」が、偶々、民衆の幸福に繋がっているというだけだわ』

 

『正直に言おう。私は途中から寝ていたぞ。少なくとも頭の中ではな』

 

ディアンは笑った。自分自身も、同様の感想を持った。別の場面であれば、面白い議論が出来たであろう。だが、ルナスールには「一国の宰相」という意識が無い。極端な話、遊び半分で政事を行っているのだ。もし「国家」への研究意欲が消えたら、彼はあっさりと宰相の座を下りて、別の研究を始めるに違いない。ルナスールが悪いというわけではないが、少なくともディアンとは違う地平に立っている。否定はしないが、興味も失った。

 

『ある意味では、期待以上の国だった。イルビット族と獣人族が組み合わさった「奇跡の国家」であることは間違いない。レグルス王への挨拶が終わったら、そのまま次の目的地に行こう』

 

皆が頷いて、ディアンは南東の大森林地帯「グレモア=メイル」の情報を得るため、店主を呼んだ。

 

 

 

 

 

レグルス王との謁見は、二日後であった。「獅子王」の名にふさわしく、(たてがみ)を持ち、鋭い目をしている。ディアンは一通りの挨拶を述べる。レグルス王はターペ=エトフの獣人族について興味を持っていたようである。

 

『ターペ=エトフでは、獣人族はどのように扱われているのだ?』

 

『大変失礼ですが「扱う」という表現自体が、相応しくありません。ターペ=エトフでは、ドワーフ族も獣人族も龍人属も・・・全ての種族たちが対等であり、共に生きています。昼間は共に畑を耕し、家畜の世話をし、夜になれば皆で酒を飲み、歌い踊る・・・互いを認め合い、互いに支えあい、生きています』

 

『なるほど・・・いや、これは私のほうが失言であった。ターペ=エトフでは、獣人族たちは幸福に暮らしているようだな・・・』

 

レグルス王は低く笑うと、遠い眼差しをしながら呟くように話し始めた。

 

『我々は、元々は広い土地の中で、豊かに暮らしていたのだ。だが、二つの世界が重なり、人間族が大挙して、我々の縄張りに入ってきた。それどころか、我々を「亜人」と呼び、差別をする者までいる。人間族全てがそうとは言わぬが、拭い難い不信感があるのだ。私は彼らの真似をして、国を起こそうと思った。だが、そのやり方が解らなかった。ルナスールが協力をしてくれなければ、マジャヒト王国も無かったであろうな・・・』

 

ディアンは黙って、王の話を聞いていた。レグルスには、少なくとも「王としての意志」があった。「獣人族が繁栄する国を創りたい」という志である。それさえあれば、後は手段の問題である。ルナスールという宰相は、ディアンとは違う国家観を持っている。だがそれは良し悪しではない。使い方次第では、ルナスールは優秀な宰相に成り得る。

 

『貴国を訪ねる前までは、「獣人族の国」というのは想像も出来ませんでした。ですが、実際に拝見をして、皆が幸福に暮らしている姿に、感銘を覚えました。ターペ=エトフ王への良い土産話が出来ました』

 

 

 

 

 

マジャヒト王国を出て、グレモア=メイルに向かう道中で、ソフィアはディアンに「王」について質問をした。

 

『レグルス王は、実直な王だと感じました。「国を創るやり方が解らないから、ルナスール殿の力を借りた」と、あっさりと認められていました。王が自ら為政をするのではなく、出来る者に委ねてしまう・・・ああした統治の仕方もあるのですね』

 

『そうだな。権威と権力は、必ずしも一緒である必要はない。そもそも「王」とは、国家の求心力として、「国の権威」を担う存在だ。ターペ=エトフにおいても、インドリト王は「権威の存在」として、民衆から絶大な支持を得ている。だが、権力という点では、元老院も大きな力を持っている。ルナスールではないが、確かに、国の在り方とは、面白いものだ』

 

『私は、剣や魔法においては、レイナやティナには遠く及びません。ですが、私も何か、役に立ちたいのです。ターペ=エトフで、そうした「政事」に関わることは出来ないでしょうか?』

 

ディアンは振り返り、ソフィアの顔を見た。真剣そのものである。頷き、返答する。

 

『ハッキリ言おう。ターペ=エトフは平和そのもので、オレもレイナもティナも、全くの「役立たず」だ。オレなんぞは「給金泥棒」なんて言われる始末だ。だが、その平和を維持し続けるためには、優秀な「行政官」が必要だ。ターペ=エトフの国務大臣は優秀だが、キレ者の右腕を欲しがっている。ソフィアが望むのであれば、「国務次官」として推挙しよう』

 

ソフィアは目を輝かせた。グラティナが苦笑しながら、ソフィアに向かって警告する。

 

『気をつけておけよ?ターペ=エトフの国務大臣は「変態魔人」だからな』

 

首を傾げるソフィアに、レイナも笑いながら警告を発した。

 

『ソフィアは、初心(ウブ)だから、シュタイフェはきっと調子に乗るわ。「こんな美人がいつも側にいるなんて、アッシの下半身もやる気でちゃう~」なんて言うと思うわ』

 

『・・・あの・・・その人は、国の宰相なのでしょう?』

 

『全くだ。インドリトは名君だが、シュタイフェを宰相にしたことだけは、失敗かもしれん。確かに優秀なのは認めるが・・・』

 

グラティナが苦々しく言う。ディアンは声を出して笑った。

 

『インドリト王は、「そっちの面」では極めて寛容な王だからな。まぁ、ファミもいるし、それほど心配することも無いだろう。それに、シュタイフェも抑えるべきはしっかりと抑えている。時折、ああした巫山戯た態度を見せるから、下の者も働きやすいのだ。生真面目なだけの上司を持つと、部下は萎縮してしまうものさ』

 

『・・・基本は巫山戯ていて、時折、真面目に働いているだけにも見えるがな』

 

若干、不安に思いながらも、ソフィアは自分の力を発揮できる場所に想いを馳せた・・・

 

 

 

 




【次話予告】

グレモア=メイルで、ルーン=エルフ族から興味深い話を聞く。濤泰湖の上空に、島が浮いているというのである。ディアンたちは、内海へと舟を出し、天空島を目指す。


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第四十話「天空の島」

・・・月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也・・・

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