戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第四十話:天空の島

ラウルバーシュ大陸では、歴史家や冒険家の興味を惹きつけてやまない遺跡や迷宮、あるいは「謎」が数多くある。その中でも、特に人々の興味と冒険心を掻き立てるのが「天空城」である。後世において、ラウルバーシュ大陸では四つの天空城が確認されている。オウスト内海上空「ベルゼビュード宮殿 」、ブレニア内海西方上空「ヴィーンゴールヴ宮殿」、ディジェネール地方上空「繭宮郷」、濤泰湖上空「シャンバラ宮」である。

 

天空城は、元々は三神戦争において古神たちの拠点であったと言われている。ベルゼビュード宮殿は、古神ベルゼブブの拠点であった。三神戦争以降によってオウスト内海海底に水没し、膨大な魔力を蓄えたまま、長い眠りについていた。これに目をつけたのが、ブレアード・カッサレである。ブレアード迷宮を維持するための魔力の供給源を探していた大魔術師は、召喚した魔神パイモンより、ベルゼビュード宮殿の存在を知り、宮殿と迷宮とを繋いだと言われている。後に、メンフィル帝国によってブレアード迷宮が平定されると、魔力供給の必要性が無くなり、ベルゼビュード宮殿は覚醒、オウスト内海上空へと浮上するのである。

 

ヴィーンゴールヴ宮殿は、三神戦争末期において、劣勢であった古神たちが「反撃の拠点」として用意をした宮殿である。しかし、その情報を知った現神「マーズテリア」は、ヴィーンゴールヴ宮殿を急襲し、守備役であった戦乙女「シュヴェルトライテ」を撃破、地下深くに宮殿を封印する。それから数千年後、人々の記憶から忘れ去られた時代において、レウィニア神権国において王女誘拐事件が発生する。レルン地方の鉱山において、姿が見かけられたという情報を得て、レウィニア神権国第十一軍「白地龍騎士団」と、水の巫女の同盟者「神殺し」が調査に赴く。幾つかの事件を経て、鉱山地下で眠っていたヴィーンゴールヴ宮殿が覚醒し、天空へと昇ったのである。

 

一方、三神戦争以降も上空に留まったまま、浮遊し続けている城も存在している。ディジェネール地方「繭宮郷」、濤泰湖上空「シャンバラ宮」である。この二つの城は、数千年に渡って人々の興味を惹きつけてきた。特に「繭宮郷」は、地上からもその姿を見ることが出来たため、ディジェネール地方南方のセテトリ地方や、東方のニース地方では、「繭宮郷」を舞台とした冒険物語が多い。後世において、セテトリ地方を中心として蔓延した「淀みの氾濫」の主原因が「繭宮郷」にあることが判明、問題解決を図るために、工房都市「ユイドラ」の領主であったウィルフレド・ディオンが「繭宮郷」を訪ねている。その時の様子は克明に残されており、貴重な資料となっている。

 

ウィルフレド・ディオンの記録によれば、「繭宮郷」は魔物に溢れ、「深遠の繭」と呼ばれる淀みの原因が、宮殿中央を占めていたそうである。彼は多くの種族の協力を得て、「深遠の繭」を排除することに成功、セテトリ地方を混乱させていた「淀みの氾濫」は静まるのである。このように、大陸中央から西方に掛けて存在する三つの天空城は、人々の冒険心を掻き立てる存在ではあるものの、「探検済みの遺跡」に過ぎない。立ち入り制限はあるものの、地上からの城へと行く手段も存在し、光神殿によって複数回の調査も行われている。

 

一方、濤泰湖上空の「シャンバラ宮」は、「正体不明の天空城」とされている。元々、シャンバラ宮は濤泰湖沿岸に住む漁民たちによって発見をされたが、その姿を見かけることは、現在においても極めて稀である。それは、この天空城の周囲が常に「雲」に覆われており、隙間からごく僅かにその姿を見ることが出来る、という程度でしかないからである。そもそも、「シャンバラ宮」という名前自体が、著者不明の紀行記「東方見聞録」の中で登場しているだけである。東方見聞録の著者は、シャンバラ宮の内部についても具体的に記しているが、どのようにしてそこに至ったかは曖昧にしている。そのため、西方では長年にわたって、シャンバラ宮の存在そのものが疑われていた。東方見聞録の初版発行から一千年後、東方と西方の交易が更に盛んになり、シャンバラ宮が実在することが、ようやく知られるようになったが、後世においても依然として「未踏の城」であり、東方見聞録に記された「シャンバラ宮」の内容が事実かどうか、その確認は一切、出来ていない・・・

 

 

 

 

 

ディアンは溜息をついて、頭を掻いた。使徒二人は剣に手を掛け、いつでも戦闘に入れる体制を取っている。目の前には、少し年老いたルーン=エルフが立っている。そしてディアンたちの周囲には何十人ものエルフ戦士たちが、弓と剣を構え、取り囲んでいた。

 

(全く、トライス=メイルでもそうだったが、なぜエルフ族はこうも「排他的」なんだ?オレが一体、何をしたって言うんだ・・・)

 

ディアンは内心で呆れながら、目の前のエルフ族長老に話しかけた。

 

『・・・そんなに警戒しないで下さい。ただこの森を通り抜けて、南に行きたいだけですよ』

 

『魔神が使徒と共に現れたのです。警戒しないほうが可怪しいでしょう。貴方にその気が無くとも、魔神が出現したというだけで、この森は大混乱の状態です』

 

『気配は抑えているつもりですが?』

 

『気づかないでしょうね。貴方がたがこの森に来る半刻前に、鳥たちが一斉に飛び立ちました。鹿やリスたちは奥に避難し、木精霊たちも怯えています。人間族ならば気づかないでしょうが、弱き者たちにとっては、それでも強烈な気配なのです』

 

ディアンの貌が少し陰った。正義の味方を気取るつもりはないが、無抵抗な弱者を怯えさせるのは、自分の望むところでは無いからだ。

 

『気づきませんでした。私の住む西ケレース地方では、森の生き物たちも普通にしているのですが・・・ 大変ご迷惑をお掛けてしたようです』

 

素直に詫びる魔神に、長老や他のエルフたちも多少は警戒を解いたようである。

 

『恐らく、貴方の気配に慣れているからでしょう。もしくはこの数年で、貴方に何か変化があったのでは無いでしょうか?どうやら貴方は、人間の魂を持っているようです。「神の肉体を持つ人間」という存在は、俄には信じられませんが、そうした場合、魂の変化によって肉体も変化すると考えられます』

 

『特に、何か変わったということは無いのですが・・・ ただ、いずれにしても森を通り抜けるのは諦めます』

 

そう告げて、戻ろうとする魔神に対して、長老が声を掛けた。

 

『お待ちなさい。森を通すことは出来ませんが、迂回するのであれば、船を用意しましょう。この杜を西に進むと、濤泰湖に出ます。その畔に、船が停泊しています。少し古いですが、馬も載せられるほどの大きさではあります。自由に使っていただいて構いません』

 

『良いのですか?』

 

『構いません。私たちが使うのではなく、この森を抜けようとする人たち向けのものです。船にはエルフ族の呪符があります。目的地に着いたら、それを舳先に貼って下さい。無人のまま、ここに戻ってくるのです。とは言っても、もう何十年も使われていませんが・・・』

 

『ひょっとしたら、私たちの前にその船に乗ったのは、二人の男ではありませんでしたか?』

 

『えぇ、中年と青年の、二人の人間族でした。貴方がたとは違い、西に向かおうとしていましたが・・・』

 

大魔術師ブレアード・カッサレと、弟子の李甫である。だがディアンは首を傾げた。「西」という方向に疑問を持ったからだ。ブレアードは、この巨大森林地帯から更に南にある「大禁忌地帯」を目指していたはずである。

 

『お尋ねしたい。ここは、濤泰湖の「東の畔」です。西に船を進めるということは、濤泰湖の中央を目指すということになります。そこに、何かあるのでしょうか?』

 

『・・・・・・』

 

長老は黙ったままディアンを見つめた。一言多かったと後悔をしているようである。ディアンはその沈黙だけで、興味を持った。

 

『・・・エルフ族が魔神に隠したがるほどの何かが、濤泰湖の中央部にある、ということですね?極めて興味を惹かれますね』

 

エルフ族にしては珍しく、長老は深い溜息を吐いた。

 

『行っても何も出来ないと思いますので、教えましょう。濤泰湖の中央には「空に浮く島」があります。数十年前にこの地を訪ねてきた二人の人間族は、その城を目指していたようです』

 

『天空の島・・・ 面白いですね。二人は、その島に入ったのでしょうか?』

 

『さぁ、解りません』

 

その城とエルフ族との関係の有無を確認するための質問をしたが、長老は掛からなかった。ディアンは肩を竦めた。

 

『私は、数十年前にこの地を訪れたという「中年男」の路を辿っているのです。彼が行ったというのなら、私たちも行ってみたいと思います』

 

『・・・ご自由に』

 

エルフ族長老はそう言うと、森へと消えていった。周囲を取り巻いていたエルフたちも、いつの間にか消えていた。

 

 

 

 

 

濤泰湖の東岸から船を出して五日目、ディアンは上空の星を観測しながら、距離を測った。そろそろ中央部のはずであったが、上空には何も無かった。ただ大きな雲が浮いているだけである。

 

『何も無いではないか。あの長老は嘘をついたのか?』

 

『でも、エルフ族が嘘なんてつくかしら?』

 

ディアンは女たちの会話を背中で聞きながら、空を観察していた。違和感を覚えたからだ。やがて、その正体に気づいた。

 

『・・・二人共、飛行の準備をしておけ』

 

ディアンは右手に純粋魔術の球体を発生させ、空へと打ち上げた。雲に入った瞬間に、手を握る。ボンッという音とともに、雲が球形に広がる。すると・・・

 

『な、何だアレは!』

 

空に、巨大な岩が浮いていた。

 

 

 

 

 

『わ、私はここで待っているから・・・』

 

ソフィアの意見は無論、却下された。二人の使徒が、ソフィアの腕を抱えて魔神に続く。既に眼下の船は小さくなっていた。

 

『どうやら、結界は張られていないようだな。雲を生成して、姿を隠していたわけか・・・ これから雲に入る。何が出てくるか解からんから、最悪「落ちる」ことも覚悟しておけ』

 

『イヤぁぁっ!』

 

魔導装備を付けていない美少女の叫び声と共に、四人は雲間に入った。真っ白な世界を抜けると、青い空が見える。下から見ると相当に大きな岩であった。それを取り囲むように、雲の壁が出来ている。ディアンは周囲を警戒した。姿は見えないが、誰かから視られている感覚を持ったからだ。

 

『取り敢えず、更に上昇するぞ。上から観てみたい・・・』

 

『それより、早く降ろして下さい!』

 

『暴れるなっ!』

 

岩肌に沿いながら、四人は上昇し、そして上へと出た。そこは信じられない光景であった。

 

『これは・・・山を丸ごと浮上させたのか?』

 

ディアンたちの目の前には、小高い山と神殿のような建物があった。

 

 

 

 

 

『これは、元々は大地にあったようだな。何からの方法で、山を丸ごと浮上させたんだ』

 

濤泰湖から一里以上もの上空にある「天空の島」に降り立ったディアンは、足下の草原を撫でた。土もしっかりしている。大地ごと空に浮上させるなど、信じられないほどの魔力であった。ソフィアは腰を抜かして座り込んでいる。どうやら、西榮國での救出劇以来、空を飛ぶことが嫌いになったようである。

 

『この「島」は、無人なのか?先ほど、何か神殿のようなものが見えたが・・・』

 

『・・・いや、どうやら遣いの者が来たようだ』

 

一筋の光と共に、ディアンたちの前に純白の翼を持つ天使が現れた。だが顔に表情は無い。まるで「面」のようである。殺気も闘気も無いが、天使族特有の神気も無かった。

 

『侵入者ヨ、コノ地ヨリ直グニ立チ去レ。サモナケレバ命ハ無イ』

 

抑揚もない平坦な言葉で、警告を発してくる。依然として、何の気配もない。ディアンが首を傾げると、いきなり斬り掛かってきた。辛うじて、両手で刃を抑える。かなり強い力であった。

 

『タチサレ、タチサレ・・・』

 

まるで機械人形(ロボット)のように同じ言葉を繰り返す。ディアンは天使の腹部を蹴つけ、引き剥がした。

 

『オレたちに戦う意志はない。この場所について、聞きたいだけだ』

 

説明をしようとするディアンに再び飛び掛かってくる。グラティナの蹴りが横から入り、薄気味悪い天使が吹き飛んだ。

 

『な、何なんだコイツは・・・ 本当に天使なのか?』

 

相変わらず無表情のまま、天使が起き上がった。するといきなり、雷撃が天使を襲った。黒焦げになったかと思うと、光を発して消えた。天使であることは間違いないようあった。

 

『・・・まさか、侵入者が現れるとはな』

 

声が聞こえたかと思うと、光とともに四方から天使たちが出現した。既に何重にも包囲をされている。その気配に気づかなかったのは、奇妙な天使に斬りつけられたということもあるが、この島そのものが、彼らの縄張りだからだろう。使徒たちを下がらせ、ディアンは進み出た。

 

『私の名はディアン・ケヒト、ここより遥か西方の国「ターペ=エトフ」から、東方見聞のために旅をしている者です。この島のことは、グレモア=メイルのエルフ族から聞きました。見聞をしたいと考え、罷り越したのです』

 

『どのようにして来たのだ?人間が空を飛べるはずがない』

 

ディアンは魔導装備に魔力を通した、足下から浮き上がる。天使たちは驚きの声を上げた。宙に浮いたまま、説明をする。

 

『ターペ=エトフではドワーフ族が暮らしています。そのドワーフ族の手によって、飛行能力を齎す装備が開発されました』

 

『驚いたな、飛行能力を得られる装備か・・・』

 

ディアンは地面に着地した。少なくとも害意は無いことだけは認めてくれたようだが、天使たちは依然として、警戒をしている。

 

『この地に来た経緯と目的は理解した。だが、ここは我ら天使族の住む世界だ。このまま立ち去れ』

 

『お待ち下さい。私たちは奇妙な天使に襲われました。まるで無表情で、それでいて力の強い天使でした。彼は一体、何だったのですか?』

 

『お前たちには、関係のないことだ!』

 

目の前の天使に対して、ディアンはいきなり豹変した。人間の貌を捨て、魔神へと変貌する。

 

«・・・関係ないことはあるまい。招かれざる客だったとは言え、お前たちの仲間が、いきなり襲って来たのだ。詫びろとは言わぬが、事情を説明する責任はあるのではないか?»

 

天使たちの翼が、一斉に逆立った。魔の気配に圧倒される。

 

『お、お前は・・・』

 

«オレの名はディアン・ケヒト、白と黒・正と邪・光と闇・人と魔物の狭間に生きし、黄昏の魔神だ。さぁ、説明しろ。あの天使は、一体何だ?»

 

天使たちは一斉に剣を抜いた。ディアンの目が細くなった。右手を上げ、背中の愛剣の柄を握る。レイナとグラティナも抜剣の構えをした。ソフィアは顔を青ざめさせ、座って頭を抱える。互いの緊張が高まったところに、強力な気配がディアンの目の前に出現した。ディアンは思わず後ずさった。魔神ハイシェラの比ではない。これまでのどの魔神よりも強烈である。

 

『・・・双方、退きなさい。この地を血で汚すことは許しません』

 

ディアンの目の前に、六枚の翼を持った美しい天使が現れた。

 

 

 

 

 

『驚いたな。まさか「熾天使」が出現するとは・・・』

 

人間に戻ったディアンは、目の前の美しい天使を眺めた。背丈はレイナより若干高い。白い肌と輝く金色の髪を持っている。胸の大きさは水の巫女と同じくらいであった。額は若干広く、ディアン好みの秀麗な目鼻立ちをしている。だがその気配は尋常ではない。普通の人間なら、気圧されて失神してしまうだろう。レイナとグラティナは、ソフィアを護るように立っている。

 

『私の名は「ミカエラ」、この天空の島「シャンバラ宮」を束ねています』

 

『ミカエラ… まさか「天上の階位(ヒエラルキア)」第一位を束ねる、あの「ミカエル」ですか?』

 

『そのように呼ばれることもありましたね。さて、貴方がたの訪問目的は聴いていました。私共の者が襲いかかったことは、お詫びします』

 

ディアンは頷くと、姿勢を正した。

 

『突然の訪問、そして魔神化をしたことは、こちらもお詫びします。守護天使(アークエンジェル)かと思っていたのですが、予想以上の力で、こちらも些か興奮してしまいました。差し支えなければ、教えて頂けませんか?あの天使は、とても普通の状態には見えませんでした。この島で、何か変事が発生しているのではありませんか?』

 

『・・・差し支える質問ですね。これは、私たち天使族の問題です。魔神である貴方に、教える理由はありません』

 

『天使族の身体は、霊体が物質化したものと理解しています。そして、あの天使は「神気」を放っていなかった。つまり霊体そのものが変質していたと思われます。霊体を変質させる原因として考えられるのは、外的要因としては魔術に依る「呪い」などですが、内的要因も考えられます。魂を持たない存在である天使族の場合は、思想信条や感情によって、霊体そのものが影響を受ける。つまり、あの天使は・・・』

 

手を上げて、ミカエラはディアンを止めた。それは、ディアンの推測が正しいことを証明していた。霊体である天使族は、いわば「心の塊」のような存在だ。自らの存在意義に僅かでも疑問が入れば、それは「堕天」へと繋がってしまう。あの天使は「堕天」の前徴を示していたのである。ミカエラは興味深げに、ディアンを見た。

 

『貴方は、本当に魔神なのですか?いえ、確かに魔神の肉体は持っているようです。ですが、魔神の様な「雰囲気」を感じません。知的な人間を思わせます』

 

『私は、どうやら人間の魂を持ったまま、魔神として生まれてしまった存在のようです。その状況は受け入れていますが、出来れば「人間」でありたい、と思っています』

 

ミカエラは頷くと、神気を収めた。どうやら招き入れてくれるようである。

 

 

 

 

 

『この「シャンバラ宮」は、三神戦争において「神々の休息所」として機能をしていました。イアス=ステリナにおいて「理想郷シャンバラ」という空想物語があったのですが、それは異世界にある「天界」のことを差していたのです。二つの世界が融合したことにより、天界に存在したシャンバラ宮も、この世界に「顕在化」したのです。軍事拠点では無かったため、異世界の神たちから攻撃されること無く、残ったのです』

 

天空の島にある宮殿は、「神々の神殿」と呼ぶに相応しい造りであったが、その周囲では農耕などが行われていた。崑崙の天使族と同じように、シャンバラ宮の天使族たちも、生きるために働くことが必要となっていたのである。唯一の救いは、天使族は「肉の身体」を持たないため、それ程多くの食料を必要とはしないことであった。

 

『あの大戦から二千年以上・・・私たちはずっと、この島で生き続けています。ですが、徐々に数を減らしています。貴方の推測通り、天使族であり続けるためには、主に対する無限の「愛」が必要です。ですが、あの大戦以降、私たちは苦難に立たされています。あの大戦でも、私たちの主は姿をお見せにならなかった。私たちの存在は何なのか?何のために、この新しい世界で生きているのか?存在意義そのものに疑問を持ち、霊体が変質してしまう天使たちが出始めたのです。そうした者は自我を失い、あのような姿になるのです。堕ちた同胞を自らの手で屠らなければならない。必要であっても、辛いことです』

 

『ミカエラ殿、貴女にお聴きしたいことは多くありますが、敢えて一つだけ。ここから北の「崑崙山」の天使族たちは、「主」から与えられた使命を果たすべく、新世界でも人間族を見守り続けています。それは、貴女たちも同じなのでしょうか?何のために、この島で暮らし続けているのか、教えて頂けませんか?』

 

『貴方は本当に、遠慮無く質問をしてくるのですね。私たちがこの地に存在し続ける理由など、貴方には関係がないと思いますが?』

 

ディアンは肩を竦めた。全くもってその通りだからである。だが、ここで引き下がっては、ここまで来た意味が無い。

 

『私は、貴女たちと解り合いたいのです。そのためには、語り合うこと、つまり言葉を交わすことが一番だと思います。貴方がたの教えにもあるではありませんか。「始めに言葉があった…」と』

 

一瞬、ミカエラは固まると、これまでの落ち着きが嘘のように、ディアンに詰め寄ってきた。

 

『どこで、どこでそれを知ったのです!旧世界で最も広まっていた「主の教え」を記した教典、この世界で徹底的に焚書され、姿を消してしまった「旧世界の信仰」を貴方は何故、知っているのです!』

 

『・・・教えても構いませんが、それは貴女には関係が無いのでは?』

 

ミカエラにやり返す形で、ディアンは返答した。ミカエラは唇を噛んだ。ディアンは思った。

 

(第一位らしく、落ち着いた天使かと思っていたが、案外、激情家なのかもしれないな・・・)

 

ミカエラは数瞬、ディアンを睨んだが、やがて溜息をついた。ミカエラの様子で、ディアンは彼らの目指しているものが、何となく想像できた。ミカエラより先に、ディアンが語り始めた。

 

『崑崙山の天使「ラツィエル」が教えてくれました。「南東にも自分たちの同族がいるが、相容れない部分があり、接触をしていない」と・・・ 貴女がたが目指しているもの、それは「創造神の復活と、旧世界の信仰の回復」ではありませんか?』

 

ミカエラは黙ったままであった。ディアンは言葉を続ける。

 

『この地から更に南東に、大禁忌地帯と呼ばれる「現神たちによって立ち入りが禁じられた土地」があると聞いています。ラツィエルの話では、大禁忌地帯に「創造神が封じられている」と信じている天使族がいるそうですね。それが、貴女がたではないのですか?あの地にあるという「メルジュの門」を開き、創造神をディル=リフィーナ世界に開放し、旧世界の信仰を回復させる・・・』

 

『主は・・・』

 

ディアンの言葉を遮るように、ミカエラが語り始めた。

 

『主は、あの大戦でも姿をお見せにならなかった。天使族は、神々の眷属として、異世界の神と闘いました。ですが、既に人々の信仰を失っていた私たちは、次々と倒れ、封じられていった。ウリエルも、ラファエルも、ガブリエルも・・・多くが傷つき、倒れていった。それでも、主は姿を現さなかった。科学を失った人間族は、アッサリと異世界の神に乗り換え、主のことを忘れてしまった。そんな人間族に愛想をつかし、主の使命を放棄する天使も続出した・・・ 最後の希望、ヴィーンゴールヴ宮殿が陥落し、私たちは散り散りとなり、逃げるしか無かった。混乱、裏切り、堕天・・・天使族の大半が消えたのに、それでも主は現れないのです!』

 

ミカエラの双眼から、涙が流れていた。ディアンは黙って、話を聞き続ける。

 

『私たちは天使族、主の眷属です。主が姿を現さなくても、主を愛し続ける、主に従い続ける存在です。ですが、ですがもう一度、主の光に包まれたい。主の言葉を聞きたい・・・ そう思うことが、いけないことなのでしょうか!』

 

『・・・その結果、新たな大戦が引き起こされ、この世界が再び、滅亡の危機に晒されるかもしれません。それでも・・・ですか?』

 

ミカエラは沈黙した。それは無言の肯定であった。ディアンは瞑目する。

 

『三人とも、ミカエラとオレの二人きりにしてくれないか?それほど時間は取らせない』

 

レイナとグラティナは、黙って部屋から出ていった。ソフィアも、渋々という様子で、それに従う。ディアンは部屋の八角に「歪魔の結界」を貼った。この部屋の様子は、誰にも知られることはない。落ち着いたミカエラの前に、ディアンは立った。

 

『・・・私の正体をお教えしましょう。ただし、ここだけということに、しておいて下さい』

 

ディアンは静かに語り始めた・・・

 

 

 

 

 

『・・・ディアン、本当にアレで良かったのか?』

 

『ミカエラは、旧世界の主神「創造神」の復活を目指している。たとえこの世界を、再び危機に晒す事になろうともだ。それは極めて個人的な感情からの発露だが、責める気は起きなかったな。「愛」を否定することは、オレには出来ない』

 

シャンバラ宮を離れたディアンたちは、下界に向けて降りていた。本来であれば「落ちる」ほうが早いのだが、ソフィアが嫌がったため、ゆっくり降りる。ディアンは、ミカエラとの会話を思い出していた。

 

 

 

・・・オレのいた世界では「聖書(Holly Bible)」と呼ばれていました。異世界の話ではありますが、あの書物はそれ自体が、力を持っています・・・

 

・・・大禁忌地帯の扉は、イルビット族にも、私たちにも開けられません。魔力とは違う何かによって、封じられているのです。ですが旧世界の知識を持つ貴方であれば・・・

 

・・・観てみないと解りませんが、おそらく無理でしょう。ですが、たとえ開けられたとしても、オレはいたずらに、「大戦」を引き起こすつもりはありません。貴女には申し訳ありませんが・・・

 

・・・私は、主が復活したとしても、大戦になるとは思えないのです。もしその気があれば、先の大戦で姿をお見せになっていたでしょう。私はただ、主のお姿とお言葉を聴きたいのです。そうすれば、この島の天使たちも、きっと救われると思うのです・・・

 

・・・「メルジュの門」には行ってみます。ただ、やはり開けられるとは思えませんね。もし、本当に開けられそうな場合は、貴女にお知らせしますよ。この水晶を持っていて下さい。開けられそうな場合は蒼く光、開けられない場合は紅く光ります。一つ言っておきます。もし創造神が封じられていると確信したら、オレは絶対に開けません。開けられる場合でもです。その時は、この水晶は紅く光ります・・・

 

・・・つまり、蒼い場合は、主は封じられていない、ということなのですね?・・・

 

・・・もしくは、その確証が得られないということですね。実はオレ自身、創造神に会ってみたいのですよ。そして一発、殴ります。こんなイイ女を泣かすな、とね・・・

 

 

 

(しかし惜しいな。時と場所が違えば、絶対に口説いたのだが・・・)

 

『それにしても、綺麗な女性(ヒト)だったわね。ディアン好みの・・・』

 

レイナが横目で、ディアンを見る。ディアンの「邪念」などお見通しである。ディアンは笑って誤魔化した。ソフィアが呻きながら呟く。話題を変える良い切っ掛けである。

 

『うぅ・・・そんなことより、船はまだでしょうか?早く降りたいです』

 

『そうか、じゃあ落ちよう』

 

悲鳴とともに、三人は勢い良く落下した。

 

 

 

 

 




【次話予告】

「クディリ王国」で食料などの物資を調達したディアンたちは、大禁忌地帯近郊にいる「イルビット族の集落」に入る。ディアンは集落の長に、根本的な質問をした。そして、大禁忌地帯を護る「守人」の正体が明らかになる


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第四十一話「大禁忌地帯」

・・・月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也・・・

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