戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第四十二話:三者会談

およそ三百年間にわたって繁栄をしたターペ=エトフには、幾つかの謎が残されているが、その中でも最大の謎とされているのが、ラウルバーシュ大陸七不思議の一つ「プレメルの大図書館」である。ターペ=エトフの首都「プレメル」には、レウィニア神権国の「領事館」が存在していた。そのため、プレメルの街並みやその繁栄ぶりは、レウィニア神権国内にも伝わっており、克明に記録されている。その記録の中でも特に目を惹くのが「プレメルの大図書館」についての記述である。特に、賢王インドリトの治世末期、ハイシェラ戦争によって本国に帰還した最後の「在ターペ=エトフ領事」であったエリネス・E・ホプランドの記録は、ターペ=エトフの最盛期を描いており、貴重な資料となっている。

 

・・・プレメルの大図書館は、「大図書館」と言われるだけあり、その大きさはプレイアの王宮に匹敵する。そしてそこには、古今東西のあらゆる書物が収蔵されている。インドリト王は「賢王」の名に相応しく、ターペ=エトフ歴元年から二百五十年間にわたって、書物を集め続けてきた。そのため、その蔵書量は膨大であり、延べ百万冊を超えている。図書館にはイルビット族の「司書」が常駐し、書籍や資料の整理を行っている。開架書庫には、東方諸国のお伽噺や北方の英雄譚などもあれば、西方各国の様子を描いた紀行記や各神殿の教典などがある。閉架書庫は、許可された者のみが「目録」を見ることが出来、司書に注文をして取り寄せるのである。無論、持ち出しは厳禁であり、鍵の掛かった密室でのみ、読むことが許されるのである。

 

私は数度、閉架書庫の目録に目を通しているが、その充実ぶりは信じ難いものであった。かの伝説上の大魔術師「ブレアード・カッサレ」が書いたと言われる魔道書は二十冊を超えている。旧世界の「教義」が書かれた書物や古神の物語など、西方諸国なら間違いなく「焚書」の対象となるような「禁断の書物」が充実している。そしてそれらの多くが、ターペ=エトフに住む各種族たちの言語に翻訳されているのである。神官や研究者などの「一部の者」のみが識る「隠れた知識」を公開しているのである。そのため、ターペ=エトフでは「多宗教」の者も多くいる。つまり、ガーベル神とヴァスタール神を同時に信仰するといった、他では考えられなようなことが当たり前で行われているのである。

 

プレメルの大図書館の大きな特徴として「先史文明期の遺物」が数多く展示されていることである。これらの多くは、東方諸国に住んでいたイルビット族たちが移住をしてきた際に、持ち込まれたものらしい。現在、ターペ=エトフの教育庁長官である「ペトラ・ラクス殿」も、元々は東方諸国に住んでいたそうである。展示は、既に研究が終わったものが対象とされている。魔導火付け石とは異なる原理の「着火装置」や、旧世界の人間族たちが持っていた「持ち運びできる書庫」など、百点近くが展示されている。その中でも特に目を引くのが、イアス=ステリナ人によって生み出された「人造魔獣」である。東方にある「大禁忌地帯」とよばれる地域で捕獲されたもので、魔力とは異なる原理で動いているらしい。展示されている魔獣は既に死んでいるが、旧世界の人間族がどれほど高度な文明を持っていたかを証明するものであろう。そして、こうした研究の多くが「イルビット族」によって行われているのである。

 

イルビット族たちは図書館内およびその近郊に住んでおり、常時百名を超えるイルビットたちが館内を歩き回っている。図書館には、彼らの研究室や倉庫が併設されており、地下の倉庫には数多くの「未着手の遺産」が存在すると言われている。しかし残念ながら、それらは特に厳重な管理が為されており、一般人はおろか、閉架書庫への立ち入り許可を得ている者でさえ、地下倉庫を見ることは許されていないのである・・・

 

ターペ=エトフ滅亡後、プレメルの大図書館に収蔵されていた膨大な書籍や貴重な資料、先史文明の遺産、イルビット族たちの研究成果など、ターペ=エトフが蓄え続けた「知の財産」の全てが、イルビット族たちと共に忽然と姿を消す。エディカーヌ王国に引き継がれた、との説を唱える歴史家もいるが、エディカーヌ王国(後に帝国)が公式に認めたことは、一度として無い。

 

 

 

 

 

宝殿の守護者(SPRIGGAN)」の正体を知った翌日、ディアンは話の続きを聞くために、ベルムードの研究室を訪れた。

 

『昨日の話の続きをお願いします。メルジュの門を開く鍵を手に入れた、とのお話でしたが・・・』

 

ベルムードは煙管を加えながら、揺り椅子を前後させた。煙を吐き出すと、ディアンに語りかけた。

 

『お主は昨日、こう言ったな。「自分にはあらゆる文字を読む能力がある」と・・・それは、確かなのじゃな?』

 

『これまでも様々な種族の文字や暗号を見てきましたが、読めなかった文字はありませんでした。これは事実です』

 

『フム・・・ ちょうど、一年ほど前じゃ。ある研究者が、大禁忌地帯で発見をしたのだ。それが「コレ」じゃ』

 

ベルムードが差し出したのは、昨日見た板と同じようなものであった。受け取ったディアンは眉をしかめた。昨日の板とは文字が違っている。

 

『見ての通り、蓬莱島で儂らが発見をした板とは、文字が異なっておる。蓬莱島の板は、旧世界で最も普及していた文字で書かれていた。それゆえ、儂らでも解読することが出来たのだが、この板の文字は、全く未知の文字じゃ。儂らの手に負えん』

 

『昨日、拝見した板と同じような材質ですね。ただ、裏面に地図は書かれていない。この板は、どのような部屋で見つかったのですか?』

 

ディアンの問い掛けに、ベルムードは表情を暗くして、首を横に振った。それでディアンは理解した。

 

『・・・そうですか。お亡くなりになったんですね』

 

『禁忌地帯からあと少しという森の中で見つかった。この板を背負って、走り続けたのじゃろう』

 

ベルムードは涙を流していた。知性の固まりであるイルビット族には珍しい。

 

『・・・儂の孫であった。ペトラの父親でもある。若い者が先に逝くのは、辛いものじゃ・・・』

 

『・・・お悔やみを申し上げます』

 

ディアンは短く、そう述べた。黙ったまま、板に目を落とす。読む前の印象として、字体に見覚えがあった。ディアンは記憶を巡らせた。

 

『孫が遺した、あの門を開く鍵じゃ。頼む、何とか解読をしてくれ。儂はもう、耐えられん。これ以上は仲間を、肉親を失いとう無い』

 

『やってみます。私独りにしていただけませんか?少し、時間を下さい』

 

ベルムードは頷き、部屋から出て行った。ディアンは再び、思索の中に戻った。

 

(この文字・・・似ているな。これは「古代ヘブライ文字」では無いか?死海文書と同じような字体をしている・・・)

 

旧世界イアス=ステリナは、自分がいた世界に極めて近い世界であった。古代ヘブライ文字であれば、イルビット族とはいえ、翻訳は不可能だろう。文字翻訳には、参考となる「文書(テキスト)」が必要になる。ヘブライ文字が残っているはずがない。だが、ディアンはさらに疑問を持った。「何故、ヘブライ文字」を使う必要があったのか?疑問を解くために、ディアンは解読を始めた。

 

 

 

 

 

・・・我が子の、そのまた子の、さらにそのまた子の、遠い遠い子孫たちに向けて残す。我等が文明の滅亡は避けられぬものとなった。二つ世界の融合は、太陽に大きな影響を与える。その結果、強力な磁気が発生し、全ての機器は使用不能となるであろう。そのことが判明した時、我等が築き上げし文明を記録として後世に残し、我等と同じ轍を踏まぬよう、警告をすべきと考えた。そこで我等は、融合後の世界を計算し、最も安全と思われる地帯に、我等の文明を封印した。この板を読んでいる者は、我等が遺した「地図」を解読せし者と思われる。そして封印の扉を前にして、無策の状態となっているであろう。この板が読めぬ者は、そのままでいるが良い。だが読める者は、失われし神を識る者であろう。扉を前にして、神の名の唱えよ。さすれば、扉は開かれるであろう・・・

 

ディアンは途中から手が震えていた。古代ヘブライ文字で遺した理由は、試験だったのである。この文字が読めるということは、神の名を識っている者、と考えたのだろう。確かに、宗教学者でもない限り、ヘブライ文字など読める者はいない。そしてディアンは、ここでいう「神の名」を知っていた。「神聖四文字(テトラグラマトン)」によって構成される、創造神の名前である。

 

(どうする。オレはどうすべきだろうか・・・)

 

この板に書かれている内容を考えると、メルジュの門の中には、先史文明の記録が眠っていると思われる。だが、ディアンの想像通りとは限らない。天使族が期待しているように、創造神が眠っているとは思えないが、例えばイアス=ステリナ世界の「人造の神」が眠っている可能性もあるのである。ディアンは瞑目した。日暮れまで、そのまま考え続けた・・・

 

『どうであった!読めたか?読めたのであろう!』

 

部屋から出てきたディアンに、ベルムードが詰め寄った。扉の前には、他のイルビット族たちもいる。ディアンは、皆に広場に集まるように伝えた。

 

 

 

 

 

『皆が期待しているように、あの板には「メルジュの門」の開け方が書かれていました。文字が違ったのは、「開けられる者」を選ぶためです。あの文字は、イアス=ステリナ世界の「創造神」を識っている者が読めるのです。創造神は、あの板に書かれている文字で、その名が呼ばれていたのです。つまりあの文字が読めない以上、皆にはあの扉を開ける資格が無いことになります。少なくともイアス=ステリナ人は、それを望んでいません』

 

イルビット族たちは沈黙した。だがその表情には、複雑な感情が浮かんでいた。ある意味で、この一千年間の苦労が否定されたからである。ディアンが提案した。

 

『一応、確認しておきます。あの扉を開けること無く、研究を捨てる・・・という選択もありますが、どうします?』

 

『論外じゃっ!』

 

ベルムードが叫んだ。そして言葉を続ける。

 

『確かに、儂らにはその文字は読めなんだ。じゃが、千年以上にわたって苦労し続け、ようやく果てまで来たのじゃ。諦めることなど出来ぬわい!』

 

他のイルビットたちも一斉に声を上げた。誰しもが、扉を開けたいと言う。ディアンは頷いた。

 

『そうですね。読める、読めないだけで判断をされたら堪らないでしょう。皆は偶然、ここにいるわけではありません。千年前から続く研究を引き継ぎ続け、自らの意志でこの地にいるのですから。あの扉の中を見る資格は、十分にあると思います。ですが・・・』

 

ディアンは言葉を切って、皆を見回した。

 

『あの扉を開けましょう。ですがその前に、天使族を呼び寄せたいのです。彼らも、皆と同じように、資格を持っていると思います』

 

互いに顔を見合わせる。ベルムードが咳払いをした。

 

『・・・お主の言う天使族とは、濤泰湖の天使族のことであろう。千年前、我等がこの地に来た時には、彼らは既に、メルジュの門に挑んでいた。じゃがそれ以降は、我等の研究を遠回しに眺めるだけで、何もしておらぬ。彼らに資格があるとは思えぬが?』

 

ディアンは首を振った。濤泰湖上空の「天空の島」について語る。

 

『天使族たちは、あの扉の中に「創造神」が封印されていると信じています。彼らはそう信じることで、何とか纏まっていたのです。だが、それももう限界を迎えています。二千年間、信じ続けてきたのですよ。彼らにも、中を見せてあげましょう』

 

ベルムードはしばし考え、頷いた。

 

 

 

 

 

『・・・ディアン殿、これはどういう意味ですか?』

 

ベルムードの部屋に、イルビット族、天使族、そして魔神が腰掛けている。熾天使ミカエラは、机の上に水晶を置いた。赤でも青でもなく、紫色に輝いている。イルビット族たちに許可を得て、ディアンは濤泰湖上空に住む天使族の長「ミカエラ」を呼び寄せたのである。秀麗な顔に、戸惑いの表情が浮かんでいた。

 

『赤と青を混ぜると、紫色になります。そういう意味です』

 

『ですから、どういう意味なのです!』

 

『ふむ、イラつかれている貴女の顔も、実に美しいですね』

 

後ろに立っていたレナイがディアンが腰掛けている椅子を蹴った。ミカエラも、こうした「からかい」に慣れていないようで、怒りの表情が浮かんでいる。場が和まないため、ディアンは仕方なく、説明をした。

 

『メルジュの門について、イルビット族から研究の成果を聞きました。そして殆ど確信して言えます。あそこには創造神は封印されていません』

 

『・・・・・・』

 

ミカエラはディアンを睨んだ。ディアンはその視線に耐えながら、机の上に、二枚の板を置く。ミカエラは震える手で、発見された板を手に取った。天使族であれば、古代ヘブライ文字を読めても不思議ではない。

 

『イアス=ステリナ人は、あの扉に自分たちの文明を遺産として残しました。ベルムード殿が千年前に発見した「地図」によってメルジュの門まで導かれ、この地で「開け方」を説明した板が発見された。このことから言い切れるのは、あの門は人の手によって造られたものだということです。創造神を封印したとは思えません』

 

『・・・神の名を唱えれば、扉が開く・・・「神の名」とは、主の名前のことですね?』

 

『古神の名は、幾つかは残っておるが、主神である「創造神」の名までは、儂らは知らん。天使族の最上位、熾天使であれば、知っておるのではないか?』

 

ベルムードの問いかけに、ミカエラは首を振った。

 

『いいえ。知りません。私たちは「主」とお呼びしていたのです。神名(みな)は、乱りに口にするものではありません』

 

ベルムードは、深い溜息をついた。ディアンは言葉を続けた。

 

『まぁ、それは問題ありません。創造神の名は、私が知っていますから・・・』

 

『なっ・・・』

 

『なんじゃと!』

 

ミカエラとベルムードが驚愕の表情を浮かべる。

 

『何故じゃ?何故、お主が知っておる!』

 

『私が生まれた地方に、その名が残されていた・・・としておいて下さい。それ以上は言えません』

 

『・・・・・・』

 

ミカエラは黙って、ディアンを見つめていた。ディアンが転生者であることを知っているが、それは漏らさないと約束をしている。話題を変えるように、ミカエラが質問をした。

 

『それで、なぜ私を呼び寄せたのですか?創造神が封印されていないのであれば、青色であったはずですが?』

 

『理由は二つです。一つは、貴女が創造神の神名をご存じないか、確認をするため。もう一つは、貴女を救うためです』

 

『救う?』

 

『ミカエラ殿、貴女は知っていたのでしょう?創造神など封印されていないと・・・ だが、天使族をまとめるためには、なにか希望が必要だった。メルジュの門は、その希望として格好の対象だったでしょう。「扉を開けば、創造神が復活する」と皆に希望を与える。だが同時に、扉が開いてしまえば、皆が絶望する・・・ この二律背反に、貴女は苦悩し続けたでしょう。私は扉を開けます。ですが、天使族たちの希望を奪いたくは無いのです。ですからお呼びしたのです。あの扉の向こう側に、一緒に行って頂く為に。そして、他の天使族たちに「主は現時点での復活は望んでおられない。だがいつの日か復活し、我らを導いて下さる。そう約束をした」と伝えていただくために・・・』

 

ミカエラは立ち上がった。拳を握りしめる。

 

『私に、嘘をつけと・・・皆を欺けというのですか!』

 

『えぇ、そうです』

 

ディアンは平然と返答をした。そして言葉を続ける。

 

『七つの大罪とは、「高慢・貪欲・嫉妬・憤怒・貪食・色欲・怠惰」です。不思議に思いませんか?なぜ「虚言」は入っていないのでしょう?それは、時として「嘘」が幸福に繋がることもあるからです。貴女が嘘を言えば、他の天使族たちは「主は確かに、存在した。そしていつの日か、姿をお見せになる。私たちはその日を待ち続ければ良い・・・」という希望を持つことが出来ます。扉の中に入った貴女の言葉です。疑うことは無いでしょう。嘘?結構じゃありませんか。これまでだって、内心では違うと思いながらも、メルジュの門に希望を持っていたのです。その希望を強めてあげるのですよ。「信じる者は救われる」のです』

 

熾天使を相手に平然とするディアンに、イルビット族長老も唖然としていた。熾天使ミカエラは肩を震わせたが、やがて溜息をついて椅子に座った。ミカエラを気遣いながら、ベルムードが問いかけてきた。

 

『じゃが、それは問題の先送りではないか?いつの日か、復活するなど・・・』

 

『確かに先送りですが、その間に手の打ちようがあります。天使族たちに、新たな「希望」を与えてやればよいのです。創造神が復活するのは、二千年後かもしれないし、二万年後かもしれません。そこで、新たな使命を与えるのです。そうですね。「人間族のみならず、この世界に生きる種族たちを見守れ」という使命ではどうでしょう』

 

『主の言葉をでっち上げようというのですか!何という・・・』

 

『始めに言葉があった。言葉は「神」であった・・・別にでっち上げではありませんよ。言葉という「神」を紡ぎだすのですから。天使族に生き甲斐を与えるのです。いつ復活するか解らない「遠い未来」などより、日々の中で「自分たちは何をすべきか」を与えてやれば、それだけで「堕天」は防げるはずです。ミカエラ殿、貴女は真面目に考えすぎです』

 

『貴方を見ていると、堕天した「あの男」を思い出します。あの男も、口が達者で、主と言葉より自己判断を優先する、勝手な男でした。それでいて、主は最も「あの男」を寵愛していた・・・』

 

『そうですね。私が天使だったら、とっくに堕天していたでしょうね。天使族の方々は、どうも「真面目すぎ」だと思いますよ』

 

『貴方が適当すぎるのです!』

 

熾天使ミカエラは、そう言いながらも笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

メルジュの門に向けての出発前夜、ディアンの部屋にミカエラが訪ねてきた。ディアンは驚いて、部屋の中に招き入れる。万一を考え、歪魔の結界を発動させておく。

 

『貴方に、御礼の述べに来ました。貴方の言うとおり、私は直感していました。あの門には、主は封印されていません。いえ、ひょっとしたら主は、この世界に存在すらしていないかもしれません。ですが、それは私たちにとって絶望と同じです。信じ続けるしか無かったのです。だから、メルジュの門を象徴として、主の復活という希望で束ねようとしたのです。ですが・・・』

 

『堕天する天使が出始めていた。もう、そのやり方では限界だったのですね。天使とは、肉の身体は持たなくても、人間族と同じように「信徒」です。信仰心が揺らげば、それは堕天に繋がってしまう。貴女は巧妙に信仰の対象をすり替えた。天空島の天使族は、いつの間にか「創造神」ではなく「メルジュの門」を信仰していた・・・』

 

ミカエラは辛そうな表情をした。その貌もまた、ディアンを惹きつけるものであった。ディアンは提案した。

 

『メルジュの門が開いた後は、どうされるおつもりですか?』

 

『貴方の言うとおり、天使たちに「主は復活を望んでいない」と伝えるつもりです。そして、新たな使命を受けたと・・・』

 

『宜しければ、ターペ=エトフにいらっしゃいませんか?メルジュの門の近くに住み続けるのは、辛いことだと思います。ターペ=エトフは、高い標高の山に囲まれています。その山に、天使族の住処を設けましょう。そちらに移り住んで下さい』

 

『有りがたいお話です。ですが、私たちは古神の眷属であり、しかも私は熾天使です。貴方の国に、迷惑を掛けるのではありませんか?』

 

『とんでもない。我が王「インドリト・ターペ=エトフ」は、あらゆる種族を超えた共存と繁栄を願っています。天使族も喜んで迎え入れるでしょう。もし、光神殿の連中が文句を言って来たら、それこそ魔神の出番ですよ』

 

『・・・私一人では、決められません。他の天使たちとも話し合う必要があります。少し、時間を下さい』

 

『そうですね。まずは、あの門を開けましょう。全てはそこからです』

 

話は終わったと思ったが、ミカエラは立ち上がらなかった。ディアンの顔を見つめる。

 

『貴方は、本当にディアン・ケヒトという名前なのですか?姿形は違いますが、貴方の雰囲気は・・・』

 

ディアンは手を上げて、ミカエラの言葉を止めた。

 

『オレは間違いなく、異世界からの転生者であり、ディアン・ケヒトという魔神です。貴女がたの仲間・・・いえ「元仲間」ではありませんよ』

 

『・・・いずれにしても、貴方のおかげで、天使たちも、そして私も救われました。心から御礼を申し上げます』

 

第一位の熾天使ミカエラが、魔神に頭を下げた。ディアンは頭を掻いた。どうもこの世界の住人は、物事を甘く見すぎているからだ。

 

『一言、申し上げておきます。まだあの扉は開いていません。「救われそうだ」と「救われた」では、天と地の違いがあります。正直に申し上げましょう。オレ自身も、まだ迷っているのです。開けるべきかどうか・・・』

 

ディアンを見つめたまま、ミカエラは少し、顔を赤らめた。

 

『あの・・・私に何か、出来ることはありませんか?』

 

その様子で、ディアンは悟った。ミカエラの手を取った。彼女は拒むこと無く、握り返してきた。

 

 

 

 

 

翌朝、日の出とともにディアンは目を覚ました。二刻程度の睡眠であるが、魔神である自分には何の問題もない。一晩中、自分を夢中にさせた美しい熾天使は、既に姿が消えていた。寝台には、純白の羽が一枚だけ、落ちていた。

 

 

 




【次話予告】

大禁忌地帯に入ったディアンたちは、「宝殿の守護者(SPRIGGAN)」を撃退しつつ、メルジュの門を目指す。目的地に立ったディアンは、創造主の「神名」を口にする。微かな振動と共に、扉から光が溢れる。ディアンたちは、光の中に進み出た・・・


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第四十三話「メルジュの門」

・・・月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也・・・

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