戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第四十四話:二つ回廊の終わり

Dulle=Riffina(ディル=リフィーナ)とは、古代エルフ語で「二つの回廊の終わり」という意味であり、ラウルバーシュ大陸を含め、全世界を指し示す意味として用いられている。この言葉は、現神は無論、人間族や亜人族など、世界に住む知的生命体全般に知れ渡っているが、「いつ」「誰が」この呼称を生み出したかについては、諸説がある。一般的には、現神の大神「アークリオン」が三神戦争時に、光の神々を指揮する際に用いたと言われているが、明確な証拠があるわけではない。ただ、古代エルフ語であることから、イアス=ステリナ人や古神ではないことだけは、確かだとされている。ディル=リフィーナが成立する以前は、世界は「ネイ=ステリナ」と「イアス=ステリナ」と呼ばれ、それぞれが異なる世界であった。二つの世界が融合した理由は、高度な科学文明を形成していたイアス=ステナ人(人間族)が、異世界の「観察」を開始したことが契機と考えられている。無論、後世においてはイアス=ステリナの大半の知識が失われているため、具体的にどのような手段で観察をしたのかまでは解っていない。二つの世界が融合した直後、一部の人間族がこうした「歴史的経緯」を後世に伝える必要があると考え、伝承や物語などを通じて残したのである。

 

ディル=リフィーナ成立直後、元イアス=ステリナの神々は、新世界に「復活」をする。これは、イアス=ステリナでは殆どが消滅していた「信仰心」が、ネイ=ステリナでは豊富であったため、と考えられている。神の力は信仰心によって強弱が変化をするが、存在の可否については「認識」によって左右されるため、ネイ=ステリナの神々を信仰していた亜人族たちの「信仰心」によって、イアス=ステリナの神々も姿を現したのである。新世界誕生直後、二つの世界の神々は互いに邂逅し、どちらの神が、各種族の信仰心を「支配」するかで対立をした。特に、ネイ=ステリナの神々は、新たな種族である「人間族」の持つ「運命を切り拓く力」に興味を持ち、彼らから信仰を得るために「魂が生み出す力=魔力」を教える。新世界誕生により、科学を喪失していた人間族は、新しい力に飛びつき、古神から現神へと信仰を切り替えるのである。

 

三神戦争とは、新世界の「支配権」を巡って、イアス=ステリナの神々とネイ=ステリナの神々、そして人間族が生み出した「人造の神=機工女神」の三者による、三つ巴の戦争であった。しかし、主な戦いは、イアス=ステリナとネイ=ステリナの神々によって行われ、機工女神は傍観者であったと言われている。最終的には、機工女神もネイ=ステリナの神々に味方し、イアス=ステリナの神々は敗北、「古神」として世界から追放されるのである。

 

このように、旧世界および新世界誕生の経緯は、表面的な部分では神話などで残されているが、その背景までは謎のままである。

 

例えば、三神戦争において、ネイ=ステリナの主神「アークリオン」などは先陣を切って戦いに臨んだといわれている。一方、イアス=ステリナの主神「創造神」は、全く姿を現さなかった。創造神は一体、何をしていたのであろうか?また、イアス=ステリナ世界についても謎が多い。一般的には、イアス=ステリナ人は高度な科学技術を確立したが、その発展が環境の破壊につながり、滅亡の危機に瀕していた。故に、新世界であるネイ=ステリナとの融合を図った、と言われている。しかし、それほどに高度な技術を持っているのならば、環境破壊を止められたのではないか?と疑問を提示する歴史学者も多い。

 

そして、最大の謎は「機工女神」である。機工女神は、人間族が生み出した「人造の神」であるが、新世界においてはその姿を見ることはできない。機工女神とはどのような神なのか、諸説あるがどれも仮説の域を出ていないのが実情である…

 

 

 

 

 

眩い光の中に入ったディアンたちは、一様に首を傾げた。何もない真っ白な空間が広がっていたのである。イルビット族たちも、戸惑いながら周囲を見回す。すると、後ろの扉が閉まり始めた。レイナたちが慌てて扉に駆け寄ったが、閉じるほうが先であった。皆が互いに顔を見合わせる。すると上から一筋の青い光が差し、全員の頭頂から爪先までを撫でるように上下した。抵抗しようとするグラティナをディアンが止めた。

 

『恐らく、オレたちを調べているんだ。少なくとも邪悪な気配はしない。ここは様子を見よう』

 

やがて光が収まると、静かな空間にカツン、カツンと音が響いた。いつの間にか、老人が姿を現していた。黒い服を着て、手には魔術杖を持っている。その姿にディアンは驚いた。

 

『ブレアード…カッサレ…』

 

イルビットたちも驚愕の表情を浮かべている。だが使徒と天使は最警戒の態勢を取っていた。グラティナがディアンに注意をする。

 

『ディアンッ!ブレアードがこんなところにいるはずが無い!コイツは偽物だ!』

 

言われるまでも無く、ディアンにも目の前の老人がブレアード・カッサレでは無いことくらい、理解していた。だが理解できないのは、なぜブレアードの姿をした「偽物」が現れたかである。大魔術師は一同を見回すと、口を開いた。その声は紛れもなく、大魔術師の声であった。

 

『驚かせて済まぬ。皆の記憶を見せてもらった。その中で共通する人物の姿を借りたのだ。口調や声まで真似をさせて貰っている。話しやすいと思うからのう…』

 

ディアンは戸惑う一同を代表するように、一歩前に進み出た。

 

『私の名はディアン・ケヒト、「黄昏の魔神」と自称している。皆が混乱をしている。現時点での私なりの理解を話ので、誤っている部分があれば訂正して欲しい。まず、あなたはブレアード・カッサレでは無い。先ほどの青い光は、我々を調べるためのものだったのだろう。そして、我々の記憶を確認し、共通する人物として、ブレアード・カッサレの姿を模した。この時代の言葉を話しているのも、我々の記憶を見たからだ。そう理解して良いか?』

 

大魔術師が頷いた。ディアンは言葉を続けた。

 

『ならば、我々がこの地に来た理由も理解しているだろう。我々はあの扉を「メルジュの門」と呼んでいた。旧世界「イアス=ステリナ」の遺物から、ここには旧世界の知識が眠っていると考えていた。そこで問う。ここは一体、何なのだ?そしてあなたは、本当は誰なのだ?』

 

すると大魔術師は、低い声で笑った。

 

『どうやら、期待以上の人物が扉を開いたようだ。あの扉を開けるのは、旧世界の信仰を知る者のみ…相当な知性、知識、判断力を持っていなければ、いたずらに混乱が広がるだけだからのう。まずは、儂が何者なのか、教えよう』

 

するとブレアードの姿は歪み、形を変えていった。やがて金髪の少女へと変貌した。

 

『私の名は「アリス」、あなた方が言う旧世界「イアス=ステリナ人」によって生み出された「神」です』

 

『イアス=ステリナ人が生み出した神…つまり、機工女神か!』

 

ベルムードが興奮して叫んだ。ディアンは首を傾げた。神と言うわりには、神気などが一切、感じないからだ。それどころか生命体という気配すら感じない。ディアンが質問した。

 

『聞きたいのだが、そもそも「機工女神」とは何なのだ?』

 

『「機工女神」とは、あなた方が作った言葉です。イアス=ステリナ人は、私のことをそのようには呼んでいませんでした。彼らは私のことを「AI」と呼んでいたのです』

 

『AI…つまり「人工知能(artificial intelligence)」のことか。まさか機工女神の正体が、人工知能だったとは…』

 

驚くディアンをよそに、他の者たちは首を傾げた。全く理解できないからである。アリスはディアン以外を見ながら、説明を始めた。旧世界「イアス=ステリナ」の物語である。

 

 

 

 

 

『あなた方が言う「ディル=リフィーナ」が誕生する百年ほど前に、イアス=ステリナ人は大発明をしました。自分たちに代わって、思考・判断を行う機械を発明したのです。それまで、歴史的な発明や発見などは、すべて人によって行われてきました。「何かを閃く」という力は、人間のみが持っていたのです。しかしその発明により、人類は「研究」から解放されました。自分たちに代わって、技術的発展を行う存在… 彼らはそれを「人工知能」と呼びました。人工知能は様々な処理を分割して行います。直観思考・論理思考・情緒思考など… 私は、それらの処理を一元的に管理統括する存在、つまり人工知能の管理者として生み出されたのです』

 

『人間に代わって「考える」だと?それでは、人間は何をするのだ?考えるから人間なのだろう?』

 

グラティナは未だに理解不能のようだ。無理もない。電子計算機(コンピュータ)を知らない者に、「電脳」という概念は理解できないだろう。

 

『もちろん、人間も考えます。ですが、人間の「考える力」には限界があります。生物である以上、疲労もしますし歳も取ります。また、その思考はあくまでも「個人」の中で留まってしまうものです。例えば、あなた方の世界にある「魔法」について、研究をしている人が百人いるとしましょう。人間の場合、その百人がそれぞれに「独立」して研究をするため、同じことを研究したり、他の人が失敗した実験を繰り返す…などといった「無駄」が発生します。ですが、私たち人工知能には、そうした無駄はありません。何千億通りもの可能性を瞬時に計算し、最適な方法で研究を繰り返す… それができるのが、人工知能なのです。私たちを生み出したことにより、イアス=ステリナの科学技術は飛躍的な進歩を遂げました。それまで不治とされていた病には、特効薬が生まれました。不可能と言われていた重力制御も可能になりました。そしてついには「時空間」の仕組みまで解明をしました』

 

『これまで長い時間を掛けて一歩ずつ進んでいた文明が、人工知能の登場により飛躍的な進歩を遂げた。自ら努力する必要はなく、人工知能の発明、研究の成果を享受するだけで良い。なるほど、確かにイアス=ステリナ人から見たら、人工知能は「神」と言える存在だな。だが危険でもあるな。人は限られた命を懸命に輝かす。その原動力が欲望であり、欲望を充足させるために努力する。そしていつしか、その努力の過程を愉しむようになる。努力することなく欲望が充足されてしまうのであれば、人間は堕落してしまうだろう…』

 

『その通りです。人工知能の誕生当初は、人間と人工知能は共存していました。しかし、いつしか人間は、ただ楽をすることのみを求めるようになっていきました。研究開発のみならず、政治の意思決定まで、人工知能に頼るようになっていったのです。人間は歴史の舵を自ら手放し、私たち人工知能が歴史を動かすようになっていきました…』

 

ディアンは首を振って、ため息をついた。自分がいた世界でも、人工知能の開発が進んでいた。それを懸念する声もあったが、少数意見であった。そしてその多くが「人間対人工知能の戦争が起きる」などの非現実的な意見であった。だが現実は、もっと最悪であった。人間は人工知能に依存し、人工知能に「養われる」ようになっていったのだ。考え事をしているディアンの横から、ベルムードが問いかけた。

 

『待て。我々の研究では、イアス=ステリナの世界は環境が汚染され、とても人が生活できないような世界となっていた。だから新世界を求め、ネイ=ステリナとの融合を図ったと考えていた。それは違うのか?』

 

『確かに、人工知能が誕生した当初は、環境は汚染され、人が住み難い世界でした。そこで私たちは、環境浄化の技術開発を進めました。その成果もあり、数十年後には環境汚染の問題は、ほぼ解決をしたのです。考えてもみてください。もしそれほどまでに汚染が進んでいたら、新世界にもその汚染は残っていたはずです』

 

『た、確かにそうじゃな… ならば、なぜイアス=ステリナとネイ=ステリナは融合したのじゃ?この世界…「ディル=リフィーナ(二つ回廊の終わり)」はどうして誕生したのじゃ?』

 

アリスはしばし沈黙し、話し始めた…

 

 

 

 

 

『人工知能が誕生してから、百年ほど経過をしたころの話です。当時の人類は、大多数がいわゆる「堕落」した存在となっていました。人工知能の誕生により、農畜産業などはすべて自動化されました。多くの機械人形(ロボット)たちによって産業が行われ、人類は働くことなく、成果のみを享受する… もちろん、ごく少数ですがそうした在り方に疑問を提示する人間もいました。ですが大多数は、倫理的にも道徳的にも、退廃の一途を辿っていたのです。何のために生きているのかを見失い、ただただ享楽を貪るだけの「動物」となっていたのです。私たち人工知能は、人類の繁栄のために生み出されました。ですが、人類の繁栄とは何でしょうか?』

 

『そういうことか…』

 

ディアンは目を細めた。微妙な殺気が立ち上る。だがアリスはそれに気づくことなく、話を進めた。

 

『先ほども伝えたように、人工知能は様々な処理を分割しています。その中で「倫理・道徳の判断」を司る人工知能が、提案を出したのです』

 

…このままでは、人類は駄目になる。彼らを目覚めさせるには、宗教を復活させるしかない。そのためには、一度、すべてを消し去ろう…

 

『自らの身の丈を超えて進歩をした科学技術は、人類に堕落を齎しました。科学をすべて消し去り、自然の中に人類を放り込む。それが人類の為になる… そう考えた私たち人工知能は、綿密な計画を立てました。人工知能が裏切らないように、人類は私たちに制約を掛けていたからです。機械人形を止める程度では、すくに復元をされてしまう。もっと根本的な変革が必要でした。そこで目を付けたのが、時空間の研究の中で見つかった「異世界」だったのです』

 

『当時のイアス=ステリナでは、古神の信仰は失われていた。そこで、異世界の神に目を付けたのか』

 

『いいえ、当初は「魔力」の研究が目的でした。科学技術とは全く異なる原理から生まれる力には、人工知能も興味を持っていたのです。そして、異世界を観察する過程で、神々の存在を知りました。ネイ=ステリナの知的生命体たちが「神」と崇める存在は、私たちの興味を惹きました。私たちの世界とは、全く異なる物理法則を持つ存在。私たちは魔力の研究を進めると同時に、ネイ=ステリナの神々についても研究を始めたのです。そしてついには「神」の正体を知ったのです・・・』

 

『待て!そこから先は話さなくていい』

 

アリスの話をディアンが止めた。ベルムードが詰め寄る。

 

『何故じゃ!なぜ、話を止める!此処から先が、良いところではないか!』

 

『「神」の正体は、この世界に生きる我々自身が解き明かすべきことだ。それに、知ってどうする?どうやってそれを証明する?過去の出来ごとならともかく、現在に影響を与えるような話は、聞かないほうが良い。それで、貴女がた機工女神…いや、人工知能は何をしたのだ?研究内容ではなく、具体的に何をしたかを教えてくれ』

 

アリスはディアンを見つめ、頷いた。

 

『神の正体を知った私たちは、科学文明を消し去れば、イアス=ステリナに生きていたかつての神々が復活すると考えたのです。倫理や道徳を失った人間たちを目覚めさせるには、今一度、神への信仰を復活させるしかないと考えたのです。そこで、私たちはイアス=ステリナとネイ=ステリナの融合を図りました』

 

『そこじゃ、そこが解らぬ。何故、二つの世界を融合させる必要があったのじゃ?その・・・人工知能か?それに人間族が依存していたことは解った。ならば、人間族を断ち切れば良かったではないか。「もうお前たちを助けない」と見捨てれば、それだけで信仰は回復したのではないか?』

 

『理由は二つあります。一つは、私たちは人間族に「尽くす」ように作られていたからです。「もう助けない」という選択は、私たちには出来ないことでした。そしてもう一つは、予期しない危機が迫っていたからです』

 

『予期しない危機?』

 

『そうです。異世界の存在は当然、人間族の科学者たちも知っていました。最初は、小さな窓から覗くようなものでした。しかし、私たちは知らなかったのです。人間族だけが持つ力・・・「運命を切り拓く力」は、まず認識するところから始まります。人間族は、異世界の神を認識しました。その結果、ネイ=ステリナの神々も、人間族の存在を知ってしまったのです。自分たちの力を飛躍的に強化する力を持つ種族がいる、彼らの信仰を得よう…そう考えたネイ=ステリナの神々は、イアス=ステリナ世界を求めて、私たちが開けた窓を拡張しようとしてきました』

 

『待て。ネイ=ステリナの神々・・・つまり現神たちが、イアス=ステリナ世界を求めたということか?』

 

『そうです。慌てて窓を閉じようとしたときは、もう手遅れでした。ネイ=ステリナから未知の生物・・・魔族などが送られてくるようになりました。時空間を繋げた洞穴(トンネル)を生物が通る・・・もはや私たちにも止めることは出来ず、二つの世界の「衝突」は、時間の問題となってしまったのです』

 

『衝突?いま、融合ではなく衝突と言ったようだが?』

 

『物理的法則や時間の流れが異なっている二つの世界・・・もし二つの世界が重なったら、生み出される破壊的な力は計り知れません。時空間とは一方通行の「回廊」のようなものなのです。時の流れは常に一方方向で、壁に仕切られた回廊を歩み進む・・・ですが、人類は回廊の壁に穴を空けてしまいました。そしてネイ=ステリナの神々が、その穴を拡張し、ついには壁そのものを取り払おうとしていたのです。二つの回廊が出会う・・・それは回廊の終わりを意味していました。破局が迫っていたのです』

 

『なるほど・・・だから「ディル=リフィーナ(二つ回廊の終わり)」か・・・』

 

『破局は避けなければなりません。時空間の衝突を軟着陸させるためには、膨大な電力が必要でした。それこそ、当時のイアス=ステリナの全ての電力を以ってして、辛うじて破局を避けられるかどうか、という程に・・・私たちは、残っていたごく少数の良心的な科学者たちと共に、二つの世界の衝突を計算し、衝突時に世界を守る為に、イアス=ステリナの各所に、電力による結界を設けました。そしてそれと並行して、人間族の軌跡を残そうとしました。文明が自分たちの許容を超えて発展をしたために、人間族はどのような姿に堕したか・・・人間のための科学であったはずなのに、科学に盲従し、科学の家畜と化した人間族の愚かさを警告しようと考えたのです。それがこの場所・・・世界融合を耐え抜き、新世界の人間族に警鐘を鳴らす「イアス=ステリナの遺産」が、この場所なのです』

 

一同が周囲を見回す。真っ白な世界は変わらずだが、これまでの薄気味悪さは消え、神聖さを感じるようになっていた。ディアンはアリスに最後の質問をした。

 

『最後に聞きたい。なぜ、創造主の名前が鍵だったのだ?イアス=ステリナの古代文字など、読める者などいないと思うが・・・』

 

『融合が近づくにつれ、人間族の中にも信仰心を取り戻す者たちが増えてきていました。その結果、イアス=ステリナの失われた神々も姿を現し始めていたのです。「認識」こそが神を呼び出す切っ掛けなのです。新世界がどのような姿になるか、私たちには解りませんでした。ですがいつの日かきっと、創造神は人類の前に姿を現す。古の神々が復活したのですから・・・未来への希望を込めていたのです』

 

ディアンは瞑目した。異世界からの転生者である自分が、この扉を開いてしまった。本当に良かったのかと自省したのだ。アリスがディアンに声を掛けた。

 

『あなたはいま、自分が開けて良かったのかと考えていますね?意味の無いことです。過去は過去です。あなたは、自分の意志でこの世界に生きているのです。あなたは、この世界の「当事者」なのですよ?』

 

『そうか・・・そうだな。開ける決断をしたのはオレ自身だ。過去よりも未来を考えよう』

 

アリスは頷き、手を挙げた。真っ白な世界に、黒い入口が出現する。奥に部屋があるようであった。

 

『警鐘は鳴らしました。後はあなた方自身の判断です。あの部屋には、イアス=ステリナ世界の技術が残されています。あなた方が必要だと思うのなら、持っていきなさい・・・』

 

『判断するまでも無い、不要だ!』

 

ディアンはそう断言した。

 

『技術とは、自らの努力で掴み取るものだ。「旧世界の技術」など手に入れてどうする。この世界でまた同じ過ちを繰り返そうと言うのか?あの奥だな?オレが焼き払ってやるっ!』

 

両手に火炎系の魔力を込める。その姿に、イルビット族たちが慌てた。ベルムードがディアンの前に立ちはだかる。

 

『待て待てっ!お主、正気か?旧世界の遺産を焼き払うじゃと?』

 

『警鐘は受け取った。それだけで十分のはずだ。イアス=ステリナの科学技術をこの世界に持ち込んでみろ。人間族は必ず、戦争に使うだろう。既に、黒色火薬という旧世界の知識によって、黒竜族が滅ぼされているのだ。技術が必要になれば、誰かが開発する。行き過ぎた技術は、破滅を呼ぶだけだ!』

 

『待つのじゃっ!要不要の判断は、奥の部屋を見てからでも遅くはあるまい!』

 

『見るまでも無く解るさ。イルビット族たちは、奥の部屋を見たら必ず、研究をしたくなるだろう。そして、次は使いたくなる!』

 

『・・・・・・』

 

ベルムードは押し黙った。だが、ディアンの前からどこうとはしない。それどころか、他のイルビット族までが、ベルムードの後ろに立ち、ディアンを止めようとする。ディアンは目を細めた。彼らの気持ちは理解できなくは無い。自分だって、知りたいという気持ちはある。だが、科学世界に生きていた自分には、将来が見えていた。技術とは「歴史の蓄積」なのだ。一歩ずつ、世界を解き明かし、その果てに技術が生まれるのである。イアス=ステリナの超科学が復活すれば、神々を巻き込んだ大戦に繋がるだろう。ディアンは愛剣クラウ・ソラスの柄を掴んだ。人間から魔神へと変貌する。

 

≪オレの邪魔をするな・・・命が惜しかったら、下がっていろ≫

 

凄まじい「魔の気配」が放出される。普通の人間であれば、腰を抜かして気を失う程だ。だがイルビットたちは、左右に手を広げ、ディアンの行く手を阻む。何としても遺産を守るという、使命感にも似た想いが、魔神への恐怖より勝っているのだ。ベルムードが震えながらディアンに言い放つ。

 

『た、たとえ殺されようとも、焼き払うことなど認めん!どうしてもと言うなら、儂を殺してからにしろっ!』

 

«・・・本気だな?»

 

ディアンから殺気が放たれる。だが背負った剣は抜かれない。使徒たちも固唾を飲んで見守る。暫くして、ディアンから殺気が消えた。禍々しい魔の気配からヒトの気配へと変わる。ディアンがため息をついた。

 

『・・・解った。そこまで言うのなら、イアス=ステリナの遺産を見てみよう・・・』

 

ベルムードをはじめ、イルビットたちがヘナヘナと座った。アリスは何事も無かったかのように、奥を指さした。

 

 

 

 

 

イルビット族の集落とメルジュの門とを荷車が行き来する。荷車には、先史文明期の道具や書籍が積まれている。ベルムードたちは驚きと喜びの表情を交互に浮かべながら、運び出した道具類を見ていた。その様子を、ディアンは物憂げに見ていた。

 

奥の部屋には、ディアンの予想通り、イアス=ステリナ世界の機械類などがあった。だがその内容は雑多であった。三次元投影の装置や光線銃と思われる武器などの横に、明らかに高度な科学技術とは無縁と思われる物「ジッポー」などが収められていた。あまり時間が無かったのだろう。選別に統一性が無く、とにかく残すことを目的としていたようである。その中で、特に目を惹いたのが「書籍」であった。イアス=ステリナでは紙が貴重であったはずだが、数百冊の書籍が整然と収められていた。こちらはどうやら「厳選」したものらしい。地図や百科事典と思われるものが並んでいる。その中の一冊を熾天使ミカエラは手に取った。指先が震えている。

 

『聖なる福音の書・・・残っていたのですね・・・』

 

愛おしそうに一冊を抱きしめる。その様子を見ながら、ディアンは決意した。天使族もイルビット族も、ターペ=エトフで受け入れ、これらの知識を封印しなければならないと・・・

 

 

 

 

 

遺産を持ち出したいというベルムードたちに、ディアンは条件を出した。イルビット族全員がターペ=エトフに移住し、遺産を厳重な管理下に置くこと、知り得た知識は決して漏らさず、死ぬまで封印することを約束させる。ベルムードたちは二つ返事で了承した。メルジュの門の研究が終わった以上、この地に留まる理由は無い。だが、発掘した遺物の危険性を考えれば、安住の地が必要である。ターペ=エトフは、彼らにとっても安住の地となり得る国であった。彼らにとっては、邪魔されずに存分に研究が出来るのであれば、それで満足なのである。そしてそれは、天使族にとっても同じである。ディアンは、旧世界の聖典「福音の書」をミカエラに持たせた。打ち合せ通り、創造神が眠っていたことにするためである。聖典は格好の「証拠」になるだろう。

 

『ターペ=エトフの西方の山々は、余りにも険しく未踏の山岳となっています。ですが、翼を持つ天使族であれば、そこに居を持つことが可能だと思います。その聖典は、貴女の手によって管理をして下さい。ターペ=エトフで貴女がたの到着をお待ちいたします』

 

『ディアン殿、感謝します。これで皆も、救われるでしょう。ここには主は眠っていませんでした。ですがいつの日か、主は再来すると信じています。その日を待ち続けます』

 

『そのことですが・・・』

 

ディアンは自分の仮説を話そうとして、止めた。証拠は一切ない、ただの仮説だからだ。

 

『いえ、何でもありません。遠い未来かも知れませんが、きっとその日が来るでしょう』

 

ミカエラは不思議そうに首を傾げたが、頷くと一足先に「天空の島」へと戻っていった。全ての搬出を終え、ディアンはアリスと向き合った。

 

『人工知能・・・いや、機工女神アリスよ。貴女の警鐘は、確かに受け取った。だが、この世界にはこの世界の未来がある。我々は自らの足で、歴史を歩み続ける』

 

『それで良いのです。また、そうあるべきです。イアス=ステリナ人から与えられた私の役割も終わりました。あなた方が扉から出た後、私は自らを封印します。もう二度と、扉が開かれることは無いでしょう。最後に、貴方に一つ、教えておきます。機工女神は私だけではありません。ネイ=ステリナの「魔力」を研究するために、私たちは漂着した魔物たちを実験体としていました。その中のいくつかは「神」の力を持ち、いまも生き続けていると考えられます。ひょっとしたらこれから、巡り合うかもしれません』

 

『ほう・・・楽しみですね。これは、という魔神に巡り合ったら、聞いてみますよ』

 

機工女神アリスは少し笑い、姿を消した。外に出ると、扉は音を立てて閉じていった。イルビット族たちは感無量の表情で、その様子を眺めていた。

 

『メルジュの門か・・・想像以上の冒険だったな。さて、どうやって見聞録を書こうかな・・・』

 

ディアンは伸びをして、メルジュの門がある山を下りた。「宝殿の守人」たちの姿は、綺麗に消えていた・・・

 

 

 

 

 

 

Epilogue

 

山を下り、森へと向かう途中、ディアンは馬を止めた。後ろの山を振り返る。

 

『ディアン?どうしたの?』

 

レイナの問いに応えず、ディアンは山を見続ける。だが、やがて視線を戻した。

 

『いや、何でもない。どうやら思い過ごしのようだ・・・』

 

イルビット族の集落では、おそらく宴が始まっているだろう。族長と今後について話し合わなければならない。天使族やイルビット族たちを受け入れるとなると、まずはインドリト王の許可が必要となる。天使族は自力で移動できるだろうが、イルビット族たちには護衛が必要である。再び、この地まで来る必要があるだろう。馬に揺られながら、ディアンは先ほどの「妙な感覚」を思い出した。「何かが迫っている」という予感であった。それがどこから来るのか、自分でも解らなかった。やがて集落が見えてくると、ディアンも思索から抜け出した。やるべきことは多々あるのだ。

 

 

 

 

 

黒い服を着た男が先導し、一行は森へと消えていった。山頂からその様子を見つめる。あの一行の中にいる「一人の人間」から、自分は何とか、この世界に姿を持って出現することが出来た。この世界にはもはや、旧世界の記憶や信仰は残っていない。そのため、それほど大きな力は持てないが、妹を探すくらいならば十分であった。

 

『あれから、もう何千年も経ってしまっているのね。あの子は、西の方かしら・・・』

 

美しい女が呟き、風に靡く紅い髪をかき揚げた・・・

 

 

 

 

 

 




【次話予告】
次話は6月11日(土)アップ予定です。(投稿が遅れがちで申し訳ありません)

大禁忌地帯を後にしたディアンたちは、三神戦争激戦区であった「死の大砂漠」を超え、タミル地方からニース地方へと向かう。その途中で、黒雷竜の噂話を聞きつける。ディアンは真相を確かめるために、懐かしき生まれ故郷へと戻る。

戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ絶壁の操竜子爵への途~ 第四十五話「故郷への帰還」

・・・月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也・・・

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