戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第四十七話:リタ・ラギールの過去

ターペ=エトフ歴五年に出版された紀行記「東方見聞録」は、東方諸国の文化や風習を紹介した、当時としては唯一の書籍であった。そのため、人間族のみならず他種族からも注目を受けるのであるが、東方見聞録が有名になったのは、内容のみならず「芸術作品」としての完成度も挙げられる。

 

東方見聞録は、上質な羊皮紙を使い、魔法石類を顔料とした挿絵も豊富であった。またその文字は手描きとは思えないほどに読みやすいものであった。当時の書籍は、文筆家による手書きが一般的であったため、誤字なども多く、文字に癖が見受けられるのが当たり前であった。だが東方見聞録にはそうした癖は一切なく、現存する初版を比較しても、全く同じ字体なのである。後世において、印刷技術が確立した後、東方見聞録こそがディル=リフィーナ史上最初の「活版印刷物」であるという研究家もいる。

 

後世、活版印刷技術は西方諸国によって厳重に管理をされた。エディカーヌ帝国などはそれに従わず、独自で印刷などを行っていたが、それが西方諸国との軋轢を大きくしていた。いずれにしても、東方見聞録が出版されてから一千年近く後の話である。その間、活版印刷技術は一切、歴史に登場していない。仮に東方見聞録が活版印刷技術で印刷されたとしたら、その技術がなぜ普及をしなかったのか、大きな謎として残るのである。この謎には、東方見聞録=活版印刷説を唱える歴史家たちにも、明確な解答を持てずにいるのである・・・

 

 

 

 

 

龍人族の集落に戻ったディアンは、長老への報告を行った。

 

『そうか、黒竜族の聖地に、そのようなものが・・・』

 

『その「破壊神」について、長老は何か心当たりはありませんか?』

 

『ふむ、龍人族の伝承には、いくつかそういった「神話」はある。遥か太古の御伽話ゆえ、子供を寝付かせるために聴かせるようなものじゃ。その中に「悪い神さま」という話がある。ヴァスタール神のことかと思っていたが、ひょっとしたら、その破壊神を指すのやも知れぬ・・・』

 

長老から話を聞きながら、ディアンは思った。こうした伝承や民族寓話は、各種族に存在する。殆どが口伝であり、いつ途絶えるか解らない。文字として残す必要があるのではないか・・・

 

『ターペ=エトフにも、龍人族たちが住んでいます。彼らにも話を聞きたいと思います。私の思い過ごしかもしれませんが、人間族が国を造り始めている以上、未来の歴史はどうなるか解りません。研究に値する話だと思います』

 

『好奇の心も変わっておらぬな。人間は短い生を懸命に輝かせる。そのためには「学び」が重要じゃ。学ぼうとする謙虚さを失わぬ限り、道を踏み外すことはあるまい。これからも学び続けなさい』

 

リ・フィナやグリーデたちに挨拶をし、ディアンは集落を発った。原生林地帯を抜け、ニース地方に入る。

 

『ディアンが人間族より亜人族の肩を持つ理由が解ったわ。とっても無垢で、平和な集落だったわね。あの集落で暮らしていたのなら、人間族が穢れた存在に見えるのも、仕方が無いのかもしれないわ』

 

『オレは半分は人間だ。だから人間族が持つ「我欲」を「穢れ」と切り捨てることはしない。良くも悪くも、人間族は欲望によって発展しているのだ。肝心なことは、その欲望を自分で律することだ。オレも常に、自分にそう言い聞かせている』

 

『ディアンの場合は、欲望の向き先が少し違うようだけどね?』

 

レイナが横目でディアンを見て、笑った。ニース地方の平原地帯を抜け、アヴァタール地方南部に入る。闇夜の眷属たちが多い土地だが、ここまで来ると盗賊や魔獣の襲撃などは無い。かつてレイナを抱いたルーノースの村で宿を取った。ソフィアは、西方の建物や文化に興味があるようだった。夕食を取りながら、ディアンに尋ねてくる。

 

『ディアン、この集落からターペ=エトフは近いのですか?』

 

『そうだな。それほど遠くはない、といったところか。何か気になっているのか?』

 

『いえ、不思議に思ったのです。この集落もそうですが、土地は豊かで、人々も多いのに、どうして「国」が出来ないのだろうかと・・・』

 

『ふむ・・・』

 

ディアンも考えた。確かに、ソフィアの言うとおりである。国の誕生には、強い意志を持った「建国者」が必要だが、それ以外にも条件がある。人や土地といった条件だ。アヴァタール地方南部からニース地方にかけては、西に巨大な亜人族地帯を持ち、北東にはリプリィール山脈が伸びている。そのため侵略国家であるメルキア国も、この地に勢力を伸ばすことは出来ない。国が出来れば、豊かな国家になるだろう。

 

『オレの予想だが、恐らく「闇夜の眷属」が多いからではないか?国家形成には、強力な意志と、それを貫く「物理的な力」が必要だ。闇夜の眷属たちは、良くも悪くも「達観」したところがある。自分たちは闇夜の眷属なのだから、日陰で生きるのも仕方が無い・・・という諦めにも似たところがあると思う。ターペ=エトフに住む人間族たちにも、そうした傾向が見えた。それが原因かもしれん・・・』

 

『もしこの地に、闇夜の眷属たちを率いる「誰か」が登場すると、大国が出来るかも知れませんわね』

 

『そうだな。だがターペ=エトフとは違う国になるだろう。ターペ=エトフはドワーフ族の王が束ねている。一応は、光側の国なのだ。だがこの地は闇夜の眷属たちが多い。為政者もまた、闇夜の眷属である必要があるだろう』

 

『少し調べてみたのですが「闇夜の眷属」の定義が曖昧です。要するに「光の現神を信仰しない者」のことを指すのだと思います。つまり、私もまた「闇夜の眷属」ということになるのですね。私には現神信仰はありませんから・・・』

 

ディアンは笑った。その通りだからだ。「魔神の使徒」である以上、闇夜の眷属であることは間違いない。

 

『なんだ?ソフィアは「王」になりたいのか?』

 

『それも良いかも知れませんわね。この地に国を興し、全ての種族が平等に暮らせる理想郷を創る・・・悪くないかもしれませんわ』

 

ソフィア・エディカーヌは笑いながら、外を行き交う人々を眺めた。

 

 

 

 

 

ブレニア内海の東岸を通り、レウィニア神権国の首都「プレイア」に入ったディアンたちは、さっそくターペ=エトフ御用商人「ラギール商会」へと向かった。中央大通りを歩きながら、プレイアの発展ぶりを見て回る。ディアンの予想通り、プレイアは交通の要衝として急成長をしていた。人口も増え続け、それに伴い様々な商売が生まれている。レウィニア神権国は、いすれアヴァタール地方随一の大国になるだろう。だが、ディアンはその繁栄の裏で、影も見つけていた。都市の発展が、地区によって異なっているのだ。貴族たちが住む神殿近くの「上流階級地区」と、中央通りを超えて内海側の「中下流階級地区」とでは、発展の仕方が違う。貧富の差が生まれ始めているのだ。

 

『貴族という特権階級を設ける以上、こうした格差は必然的に発生する。この問題を放置すれば、プレイアの街も発展に限界をきたすだろう』

 

『国家全体から見れば、貴族も農民も「国民」であることに変わりはありません。格差の是正処置は行われないのでしょうか?』

 

東方諸国しか知らないソフィアにとって、レウィニア神権国、そしてプレイアの街は興味の対象であった。人々の表情や売られているモノ、物価などを見ている。ターペ=エトフに戻ったら、国務大臣シュタイフェの下で、国政に携わる予定である。今のうちに隣国をしっかりと見ておきたいと考えていた。

 

『ソフィアの言うことはもっともだが、国家全体という視点から見ることのできる為政者は少ない。為政者もまた、人間だからな。レウィニア神権国は、地方神「水の巫女」が絶対君主として君臨している。だが、水の巫女自身が統治を行うわけではない。国王がいて、貴族がいて、行政府がある。彼らが統治をしている。為政者と民衆とが切り離されている限り、この格差は埋まらないだろう・・・』

 

『ですが、民衆の数は圧倒的です。政治とは、いわば「少数で多数を支配すること」だと思います。もし支配される側が不満を覚えれば、やがて少数を打倒するために動き始めるのではないでしょうか?』

 

『そうだ。それを革命という。プレイアの街でこのようなことを言いたくはないが、恐らくレウィニア神権国は、「民衆の革命」によって滅びるだろう。水の巫女自身は、そうならない仕組みを作ったつもりかもしれないが、信仰では腹は満たされないのだ。衣食住という現実を前に、どこまで信仰心が維持されるのか、オレは疑問だな』

 

『ディアン、その辺にしておいたほうが良いわ。きっと聞かれているわよ、彼女に・・・』

 

レイナの忠告で、ディアンはそれ以上は言わなかった。下手をしたら水の巫女を批判することにもなるからだ。

 

 

 

 

 

宿に荷物を置き、ディアンたちはラギールの店に向かった。リタは既に、プレイアの名士になっている。いきなりの訪問は失礼になるので、店の番頭に面会の申し入れを行う。店は相変わらず繁盛していた。行商によって仕入れた各地の珍しい品々を並べる店の隣に、生活必需品を売る店を構えたようだ。ターペ=エトフ産のオリーブ油も売られている。だがそれを見て、ディアンは眉をしかめた。かなり高いのである。リタが幾らで売ろうとも、それはリタの自由であるが、この価格では売れないだろう。それに店員の様子も気になった。獣人族の店員だが、首輪をしている。奴隷である証拠だ。ディアンは微かに目を細めた。インドリトが嫌悪するのは、弱者を力で虐げることである。ターペ=エトフでは、奴隷売買は身分を問わず「死刑」と決められている。もしリタが奴隷売買に手を染めているようであれば、御用商人の指名を解かねばならないだろう。考え事をしていると、番頭が出てきた。

 

『ディアン様、申し訳ありません。主人は現在、来客対応をしておりまして、今夕であれば時間が取れるとのことでございます。主人からも、丁重に詫ておいてくれ、と言われております。どうか、ご了承下さい』

 

『多忙であることは理解しています。日没時に改めて、訪ねさせてもらいます。リタ殿に、宜しく伝えておいて下さい』

 

ディアンは慇懃に挨拶をしたあと、店を出た。その背には、微かな怒りが滲んでいた・・・

 

『信じられないわ。リタが、奴隷売買をするなんて・・・』

 

帰り道、レイナは少し声を震わせながら呟いた。ディアンも信じたくなかった。だが自分の目で見た現実は否定出来ない。リタ・ラギールが、ただの強欲商人に堕したのであれば、二度と会うことはないだろう。

 

『何か事情があるはずだ。今夜、リタに聞いてみよう・・・』

 

 

 

 

 

その夜、ディアンたちは改めて、ラギールの店を訪れた。番頭の案内で、裏口から応接間に通される。人間族の少女が、酒と食事を並べていた。やはり首輪をしている。ディアンは覚悟した。話によっては、リタをここで斬るつもりでいた。堕ちた友人など見たくない。パタパタと駆ける音がして、リタ・ラギールが部屋に飛び込んできた。普段通りの明るい表情である。

 

『ゴメンねぇ!待たせちゃったわね!』

 

『いや、忙しい中で時間を貰ったのだ。感謝する』

 

『ディアン、相変わらずそうで安心したわ。おや?そっちの人は・・・ははーん、アンタまた手を出したんだね?全く、アンタってオトコは・・・』

 

『えっ?いえ、私は・・・』

 

『彼女は、ソフィア・エディカーヌという。東方諸国を巡る中で、旅を共にすることになった。ターペ=エトフで行政官に就く予定だ』

 

ソフィアは丁寧に挨拶をした。リタは笑って着座を進めてきた。食事をしながら、会話をするつもりらしい。ディアンは東方諸国の旅について話をした。龍國からターペ=エトフへの使者をリタが取り次いでいる。それについて感謝を述べる。

 

『アタシは別に、大したことはしてないよ。ただ仲介をしただけ。インドリト王は、ディアンの手紙を嬉しそうに読んでいたよ。東方からの職人たちは、ターペ=エトフで仕事に就いているはずだよ。東方の調味料はアタシも仕入れようと思っていたんだけど、日持ちしないものも多いからね。ターペ=エトフで造られるようになれば、商品も増えるし、ウチもますます、繁盛するよ』

 

リタは上機嫌で、葡萄酒を呷った。ディアンは頃合いを見て、切り出した。

 

『リタ、お前に聞きたいことがある。ラギールの店を見た。オリーブ油の値段が高すぎる。あの価格は、庶民の食費一週間分だ。それに、売っている店員も気になった。お前、奴隷売買に手を染めているのか?』

 

リタは真顔になった。ディアンの目が細くなる。返答次第では、この場で斬り殺すつもりだ。緊張と沈黙が続いた後、リタは笑い出した。

 

『そうだよ。アタシは確かに、奴隷を買っている。でも売ってはいないよ。買っているだけ』

 

『・・・どういうことだ。詳しく聞かせてもらおうか』

 

リタは少し間を置いた。遠い瞳をする。何かを懐かしんでいるようだった。

 

『・・・アタシもね。昔、奴隷だったんだよ』

 

 

 

 

 

『八歳の時に、人攫いにあってね。アタシは行商人に売られた。首輪を付けられ、ほうぼうの街を連れられ、そこで売り娘をさせられていたんだよ。ムチで打たれることもしょっちゅうだった・・・』

 

リタは自分の過去を語った。八歳から十六歳まで、奴隷として使われていた彼女に転機が訪れた。盗賊団に襲われ、主人を含めて殆どが殺されたそうだ。リタはとっさに身を隠したため、難を逃れることが出来たそうである。だが主人を失い、食にも困った彼女は、身を売るしか無かった。

 

『二年間、娼婦として働いたよ。そして資金を貯めて、自分で行商を始めたんだ。売り娘をしていたお陰で、商品の仕入れ方や売り方は解っていたからね。十九の時に初めて自分の行商隊を持った時に、決めたんだ。いつの日か、自分の店を持ち、大商人になる。そして、奴隷たちを買う。店番や給仕をさせて、そうやって仕事を覚えさせる。自分自身で生きていく力を身につけさせる。そして奴隷から開放するんだ・・・ってね』

 

『リタ・・・』

 

レイナが涙を流していた。ディアンは瞑目した。自分の不明を恥じていた。リタ・ラギールは、崇高な志を持っていた。「奴隷開放」である。その志は、「種族を超えた平和と繁栄」に繋がるものであった。奴隷を買って、開放するだけなら簡単だ。だがそれでは、生きていくことが出来ない。再び、奴隷になってしまうだろう。自分自身の力で、奴隷から開放されなければ意味が無いのである。リタはその機会を与えようとしているのだ。

 

『済まない。オレの早合点だった。許してくれ』

 

ディアンは頭を下げた。だが、オリーブ油の値段についての疑問が残っていた。リタはこれについては、逆にディアンに文句を付けてきた。

 

『それはアンタが悪いんだよ?二月に一回なんて取り決めをするから、仕入れられる量も限られるんだ。プレイアは三十万人近くの人が住んでいるんだよ?ターペ=エトフ産のオリーブ油は、質が良いってことで人気なんだ。料理の他にもオイルランプや駆虫剤として、オリーブ油は生活必需品になっている。欲しがっているお客さまが大勢いるのに、品薄状態なんだから、値を上げるしかないじゃないか!』

 

『・・・つまり、オレのせいか?』

 

『なんで「月一回」にしなかったのさ!二月に一回なんて条件にしたから、こうなるんだよ!行商隊だって、規模に限界がある。何百両の行商隊なんて、現実的に無理なんだよ。それくらい、アンタなら解るでしょ?』

 

ディアンは溜め息をついた。インドリトからも「予想以上の利益」と聞いていた。その時点で、こうした事態を予測すべきだった。確かに三十万人が日常的に使う品を「二月に一回」しか仕入れられないのであれば、品薄になって当然である。ターペ=エトフのオリーブ油は、プレイアのみならず、アヴァタール地方各地で使われ始めている。使用者の数は百万人を超えるだろう。リタもずっと不満に思っていたに違いない。商機を逃し続けていたからだ。

 

『何か手を打つ必要があるな・・・』

 

『だったら簡単だ。ルプートア山脈に洞穴を掘ってしまえば良い。そうすれば幾らでも行き来できる』

 

肉を喰みながら、グラティナが事も無げに言った。確かに根本的な解決方法ではあるが、そのためには幾つもの根回しが必要である。まずダカーハの許可が必要だ。レウィニア神権国の行政府にも許可を得ねばならない。つまり外交交渉が必要となる。そうすると、必然的にインドリト王が動く必要がある。元老院の賛同も必要だろう。となれば各種族に説明する必要がある。魔神アムドシアスとトライス=メイルへの根回しも欠かせない。無制限に行き来が出来ないようにするための仕掛けも考えなければならない。工事費および維持費はどの程度か、その予算はどうするかも検討する必要がある。グラティナが言うほどに、簡単なことではない。果てしなく面倒なことである。

 

『まぁ、これはディアンの責任だね。お客さまがどれくらい欲しがっているかを測るのは、商売の基本です!それを読み誤った以上、ディアンになんとかしてもらいましょう~ ニッシッシッ!』

 

『あ、頭が痛くなってきた・・・』

 

皆が笑う中、ディアンは盛大な溜め息をついた。

 

 

 

 

 

プレイアの街で三日滞在し、旅の垢を落としたディアンたちは、ターペ=エトフを目指して出発をした。東方見聞の旅に出てから、ほぼ二年である。発展するレウィニア神権国の田園地帯を抜けると、ルプートア山脈とトライス=メイルに挟まれた地帯に入る。

 

『ここからがケレース地方だ。あの山脈の向こう側に、ターペ=エトフがある。右手の大森林地帯は、ルーン=エルフ族の縄張りだ』

 

ソフィアに説明をしながら、ディアンは北を目指した。華鏡の畔を縄張りとする魔神「アムドシアス」に手土産を用意している。東方諸国の縦笛だ。結界を通り、白亜の城に近づく。驚いたことに、アムドシアス自らが城から出てきた。魔神の気配も抑えている。

 

『ディアン・ケヒト、久しぶりだな。東方諸国から無事に戻り、何よりだ』

 

かなり上機嫌のようだ。内心で疑問に思いながらも、ディアンは礼を述べ、手土産を差し出した。この地では、東方諸国の楽器を手に入れるのは難しい。アムドシアスは大いに喜び、その音色を楽しんだ。普通であれば、音を出すのですら練習が必要である。さすがは「美を愛する魔神」であった。

 

『本来であれば、お前を饗したいところだが、あいにく所要があってな・・・』

 

『そうか、それは間が悪かったな。東方の話はまた別の機会にして、今日はここで失礼をしよう。だが、お前が外出とは珍しいな。どこに行くんだ?ターペ=エトフか?』

 

『いや、東方の「ガンナシア王国」だ。先日、ゾキウ王より美術品が贈られてきてな。一度会いたいと言って来たのだ。面倒だが、中々の銘品であったので、粗略にも出来ん』

 

『ほう・・・』

 

ディアンは表情を変えずに頷いたが、内心では警戒をしていた。ガンナシア王国は人間族を否定している国だ。敵対はしていないが、ターペ=エトフとは根本的に相容れない部分がある。もしアムドシアスがガンナシア王国側に附くのであれば、ターペ=エトフとレウィニア神権国との物流路を遮断されることになる。だがアムドシアスは特にそんなことを考えている様子はない。あくまでも「返礼」として訪れるつもりらしい。こうした「政治的感覚」を目の前の「芸術バカ」に求めるのは無理であろう。ディアンは笑って頷き、その場で別れた。ルプートア山脈の谷間に入ると、レイナが声を掛けてきた。

 

『面倒なことになったわね。ガンナシア王国は、闇夜の眷属たちが多く暮らす国で、ターペ=エトフの中にも、親近感を持つ者は多いわ。もしアムドシアスが向こう側に附いたら・・・』

 

『確かに厄介だが、それはガンナシア王国でも同じだ。あの地でも、ターペ=エトフのことは話題になっているはずだ。現時点では、どうこうすることは出来ないだろう。だがアムドシアスの動きについては、シュタイフェに報告をしておく必要があるな』

 

二年ぶりに川を超え、首都プレメルを目指す。子供たちの笑い声が聞こえてきた。ディアンの口元は自然と綻んでいた・・・

 

 

 

 




【次話予告】
次話は6月14日(火)22時アップ予定です。

ディアンたちの帰還を大喜びするインドリトに、東方諸国の情勢と黒龍族の調査結果を報告する。天使族、イルビット族の受け入れ問題や交易拡大の方法など、検討すべきことは多々あった。過労死寸前の「知の魔神」に、東方から来た強力な助っ人が対面する。


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵への途)~ 第四十八話「国務次官ソフィア・エディカーヌ」

・・・月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也・・・

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