戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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ラウルバーシュ大陸東方「大禁忌地帯」

メルジュの門が開いてから四日後、ディアンたちがイルビット族の集落を出発した翌日、集落に紅い髪の美しい女が訪れた。イルビットたちは訝しんだが、特に警戒はしない。邪悪な気配が一切、無かったからだ。通りすがりのイルビットに女が訪ねてきた。

『あの・・・黒い服を着た男の人がいると思うのですが・・・』

『あぁ、ディアンのことだね。彼らなら昨日、出発したよ。一日違いだったね』

『そうですか・・・』

女は少し、落胆した様子を見せた。イルビットは首を傾げ、女に事情を尋ねた。

『ディアンに何か、用があったのかい?』

『えぇ、その・・・ ちょっと聞きたいことがあったので、ここまで来たのですが・・・』

『そうかい・・・ あの家が、長老の家だよ。長老なら、何か力になれるかもしれない。良かったら、相談してみたらどうかね?』

女は何か、話し難そうにしていたため、イルビットは長老の家を案内した。女は笑顔で頷き、長老の家に足を向けた・・・



第四十九話:謎の美女

東方見聞から戻ったディアンは、多忙であった。天使族やイルビット族の受け入れ準備を進めながら、同時にルプートア山脈南東部の「洞穴貫通工事」を進めなければならない。救いとしては、ソフィアが行政府に入ったため、行政の効率が飛躍的に向上したことだ。周辺勢力の根回しは、シュタイフェが引き受けている。ソフィアは工事着工に向けて、資材や人員の準備を進めていた。ディアンが戻ってから一月後、いよいよ着工が始まる。

 

『オレ独りで、掘れって言うのか?全く・・・』

 

ルプートア山脈の麓で、ディアンは溜息をついていた。ルプートア山脈南東部は急傾斜の山脈だが、ここに穴を貫通させるとなると相当な魔力を消費する。

 

『文句は言わないで・・・ハイ、インドリトから魔焔の差し入れよ?』

 

レイナが最新の魔焔を手渡してくれた。従来の三倍の魔力を蓄えている。ディアンは意を決した。李甫が使っていた魔術杖を持つ。老神木を削り出し、精霊から生み出した「万能魂片」を埋め込んでいる。持ち手には魔術糸が巻かれている。大魔術師の一番弟子らしく、最上級の魔術杖であった。

 

『いくぞっ!』

 

両手で杖を大地に突き刺す。地脈魔術が奔り、山の斜面が崩れ始める。高さ二十尺、幅四十尺、半円形の洞穴が作られ始める。落盤の危険があるので、まず一町を掘り進める。そこにドワーフ族たちが入り、削った石を組み合わせ、壁を固めていく。所々に発光石を埋め込んでいく。石同士が噛み合い、強固になる。さらに混凝土を塗り、完全に固める。分担作業により、効率的に進んでいく、一日で三町(約330m)を掘り進んだ。ターペ=エトフでは週休三日が当たり前なので、一週間で十二町を掘る計算になる。だがルプートア山脈は巨大だ。ターペエトフ側からレウィニア神権国側まで、直線距離でも四十里(約160㎞)はある。換気のための仕掛けや、通行に制約を掛けるための結界を張ることを考えれば、三年は必要な工事だ。それでも、驚異的な工事速度なのだが・・・

 

『ブレアードが「創造体」を利用した理由が良くわかる。たった独りで掘るとなると、これはかなり大変だぞ。全く・・・イルビット族たちを迎えに行かなければならないのに・・・』

 

『相手が魔獣や盗賊だったら、我々も手伝えるのだがな・・・山が相手となれば、話は別だ。スマンな』

 

ディアンの肩を揉みながら、グラティナが慰めの言葉を掛ける。その様子を見ながら、ソフィアが頷いた。

 

『明日から、少しは楽になると思います。暇な魔術師をもう一人、見つけましたから・・・』

 

ソフィアが笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

『なんでアッシが・・・』

 

そう文句を言いながら、国務大臣シュタイフェ・ギタルはディアンの後を引き継ぎ、穴掘りを始めた。使徒二人と国務次官が後ろから励ます。

 

『外交交渉は一通り終わりましたし、イルビット族の受け入れ体制も整えましたわ。大臣殿のお仕事は、当面はありません。ディアン殿は、天使族が住む予定のルプートア山脈西方を視察する必要があります。誰かが工事を引き継がなければなりません。大臣は超一流の魔術師ですし、それにお暇でしょ?』

 

『アッシだってやることが・・・』

 

『そうか?可怪しいな。ファミが文句を言っていたぞ。ソフィアが内政を引き受けたせいで、シュタイフェが元の「変態魔人」に戻ったとな』

 

三人の美女の笑い声を聞きながら、シュタイフェは地脈魔術を駆使した。何だかんだ言っても、シュタイフェは第一級の魔術師である。他者に己の力を披露することに、無意識の中で喜びを感じていた。ドワーフ族たちの驚きと共に、美女三人も声援を送る。最初は文句を言っていた魔人も、次第に調子が出始めたようであった。

 

シュタイフェが穴掘りに精を出していた頃、ディアンとインドリトはルプートア山脈西方の未踏地を目指していた。ディアンは飛行魔法で、インドリトはダカーハの背に乗っている。切り立った尾根を超えた時、三人の眼前に思いもかけぬ光景が広がっていた。

 

『これは・・・火山湖か』

 

そこには、青い湖が広がっていた。湖底から温泉が湧き出ているのか、湖面から薄っすらと湯気が立っている。三人は湖畔に降り立った。一面に高山植物が咲き、背は低いが針葉樹の森がある。

 

『驚いたな。森林限界を超えていると思っていたのに、森がある。この湖の影響か?』

 

ディアンは水面に手を入れた。外気よりも暖かい。そのため、湯気が立っているのだ。

 

『なるほど、ディル=リフィーナは地軸の傾きが緩やかだ。そのため、太陽光線が遮られずに、ここまで届く。そしてこの湖が湿度を供給し、森を維持しているのだ。こんな場所があったとはな』

 

『先生っ!こっちに来て下さい!』

 

インドリトは、古びた建物の前に立っていた。屋根は崩れ落ち、辛うじて外壁だけが残っている。

 

『この建物は、何でしょうか?』

 

インドリトが知らないのも無理はない。これはネイ=ステリナには存在し得ないものだからだ。

 

『これは「教会」と呼ばれる建物だ。イアス=ステリナの人々は、ここで神に祈りを捧げていた。古神を祀る建物だ』

 

『つまり、天使族の?』

 

『そうだ。ディル=リフィーナが成立する前に、こうした教会はもう廃れたはずだ。だが、辛うじてだがまだ、残っていたのだな・・・』

 

ディアンは外壁を撫でた。石と漆喰で二千年以上の風雨に耐えたのである。インドリトも教会の前に立ち、ガーベル神への祈りを唱えた。

 

『天使族たちも喜ぶだろう。この場所は、ディル=リフィーナに残された、数少ない「古神の聖地」だ。この建物も、天使たちの手で復元されるに違いない・・・』

 

ディアンは水晶に魔力を通した。これでミカエラに通じるはずである。この地は天使族の聖域になる。自分が来るのも出来るだけ控えるようにしよう・・・ディアンはそう思った。

 

 

 

 

 

ターペ=エトフに戻ってから半年後、ディアンは再び、東方を目指していた。今度は見聞ではなく、イルビット族たちの護衛のためである。グラティナと共に、飛行によって大禁忌地帯に向かう。飛行魔法にも大分、慣れてきた。飛行中の魔術発動もある程度は出来る。いずれは極大純粋魔術も発動できるようになるだろう。二人は濤泰湖を飛び越え、一気に大禁忌地帯に入る。イルビット族の集落に飛び降りる。いきなり空から人が降りてきたので、イルビットたちは驚いたようだ。だがすぐに、ディアンであることに気づき、皆の顔が輝いた。

 

『ディアン・ケヒトだ。待たせたな・・・』

 

歓声の中、ディアンは長老の家の扉を叩いた。だが、扉から出てきたのは紅い髪をした美しい女だった。ディアンは驚いたが、同時に眉を少し顰めた。微かな気配を感じたからだ。だがそれを表に出さず、目の前の美女に尋ねた。

 

『失礼、私は西方の国「ターペ=エトフ」の王太師、ディアン・ケヒトと申します。ここは、イルビット族長老ベルムード殿の御宅と思いますが、間違えたのでしょうか?』

 

『いえ、ここは確かに、長老のお家です。私は、長老にお世話になっている者です。知識の神ナーサティア神の信徒「サティア」と申します・・・』

 

『サティア殿ですか。どうかお見知り置きを・・・ ベルムード殿は?』

 

『それが・・・ご体調がお悪いようなのです』

 

ディアンたちは家の中に入った。寝台の上で、長老が眠っている。研究が一段落し、糸が切れたのだろうか、身体も一回り小さくなっている。目を覚まし、ディアンに気づいた。

 

『おぉ・・・待っていたぞ』

 

『遅くなりました。ターペ=エトフでの受け入れ準備が整いました。後は、皆様をお連れするだけです。ご体調が回復したら、出発しましょう』

 

だが、ベルムードは首を振った。

 

『儂はもう、長くはあるまい。先史文明の研究は、若い者達に任せよう。儂が死んだら、メルジュの門の近くに埋めてくれ・・・』

 

『何を弱気なことを・・・先史文明の研究は、これからではありませんか。せっかくメルジュの門を開き、イアス=ステリナの遺産を手に入れたのです。少しお疲れなだけです。元気になったら、皆で西に向かいましょう』

 

ディアンはそう言葉を掛けたが、内心では解っていた。ベルムードの貌には、ハッキリと死相が出ていた。あと数日の命だろう。ベルムードがディアンに手を差し出してきた。

 

『ディアン殿、お主に頼みがある。イアス=ステリナの遺産を管理してくれ・・・ 儂らは科学の歴史を知らぬ。じゃから、イアス=ステリナ人と同じ過ちを犯すやもしれぬ。じゃが、お主なら出来よう。「歴史を識る」お主なら、あの遺産を正しく管理できるはずじゃ』

 

『長老・・・』

 

ベルムードは病床の中で、ディアンの正体に気づいたのだ。目の前の魔神は、ただの魔神ではない、転生者なのだと。ディアンは両手で手を掴み、頷いた。

 

『お任せ下さい。私が必ず護ります。あの遺産を正しく管理し、イアス=ステリナの二の舞いにならないようにします。ご安心を・・・』

 

ベルムードは頷くと、安心したように眠りについた。立ち上がったディアンはサティアに尋ねた。

 

『いつ頃から、体調を崩されたのだ?』

 

『この数ヶ月間で、徐々に体調をお悪くしていたようですが、寝こむようになったのは、この二週間です。何かの病気というわけではありません。ただ、命の灯火が少しずつ、弱くなっていらっしゃるようでした・・・』

 

ディアンは瞑目した。また尊敬に値する先人を失うことになる。こうした出会いと別れを永遠に続けなければならない。「永遠に生きる」とは、なんと過酷なことなのだろうか。辛そうな表情を浮かべる魔神を紅髪の女はただ、見つめていた。

 

 

 

 

 

二日後、イルビット族長老ベルムードは、永遠の眠りについた。メルジュの門がある洞穴の入り口に穴を掘り、埋葬する。墓石にはディアンが自ら言葉を刻んだ。

 

・・・イルビット族長老ベルムード、ここに眠る。その生涯を通じてメルジュの門に挑み、ついに扉を開いた「偉大なる研究者」であった・・・

 

葬儀が終わると、皆が引っ越しの準備を始めた。先史文明の貴重な遺産は、革布で厳重に巻き、荷車に載せる。野営のための幕舎や食料、水なども用意をする。ディアンはサティアに尋ねた。

 

『我々はこれから、西方の国「ターペ=エトフ」へと向かう。あなたは、どうするおつもりか?』

 

『出来ましたら、私も西方に連れて行って頂けないでしょうか?』

 

『それは構わないが、大丈夫なのか?ご家族などへのご連絡は?』

 

『私は天涯孤独です。いえ、生き別れた妹はいますが・・・』

 

ディアンは頷いた。目の前の美人は、二人の使徒はおろか、水の巫女やミカエラに匹敵するほどに美しい。だがなぜか、口説く気にはならなかった。それどころか、自分の中で警報が鳴っているのを感じていた。あくまでも慇懃に、得体の知れない女に接する。グラティナにも注意をしておく。

 

『・・・必要以上に彼女には接触するな。気になる』

 

『別に、悪意や魔気は感じないが?』

 

『確かにな。だが、メルジュの門が開いた直後に、集落に現れた得体の知れない女・・・ひょっとしたら「機工女神」かもしれん。あるいは古神か・・・ いずれにしても、ただの人間ではない』

 

『解った。注意しよう』

 

イルビット族五十四名は、大禁忌地帯を離れ、ターペ=エトフへと出発した。

 

 

 

 

 

六十名近くが集団で移動となると、目立たないほうがおかしい。途中で何度も、魔獣や盗賊の襲撃にあった。何度目かの襲撃を受け、十名以上を斬り殺したディアンは溜め息をついた。彼らとて、盗賊になりたくてなったのではない。生活の困窮などの「環境要因」によって、身を堕すしかなかったのだ。瞑目するディアンに、サティアが声を掛けてきた。やはりただ者ではない。普通の女性なら、血を噴出して倒れている死体の隣を歩くなど出来ないはずだ。

 

『・・・容赦なく、斬り殺すのですね』

 

『容赦をすれば、彼らが救われるのか?罪悪感を失った人間は、そこから這い上がることは難しい。憐れとは思うが、仕方がない』

 

サティアは遠くを見つめながら、独言のように呟いた。

 

『どうして、人は争うのでしょうか・・・』

 

『その問いは「人だけが争う」と思っているからか?ならば認識が間違っている。生き物は皆、争うのだ』

 

『そうでしょうか?』

 

ディアンはサティアに顔を向けた。紅い髪が夕日に映える。

 

『カブトムシという生き物を知っているか?二寸ほどの大きさの虫で、樹液を吸って生きている。カブトムシは餌場を巡って争う。オス同士で互いに角を突き合わせたり、他の虫が寄ってくるのを威嚇したりする。人間から見れば、小さなことだろう。だが彼らにとっては、命懸けの生存競争だ。同じような争いは、あらゆるところで見受けられる。生きることとは、すなわち争うことなのだ』

 

『それは生きるために争っているのでしょう?ですが人間は、そうした「生存」以外の理由で争います』

 

『そうだな。確かに人間は「考え方が違う」という理由で争う。なぜなら、人間には「善悪」という概念があるからだ。無論、ドワーフ族やエルフ族、獣人族、そしてイルビット族にもそうした「善悪の概念」はある。だが亜人族たちは、相手に善悪を押し付けようとはしない。自分たちの縄張り(テリトリー)の中でのみ善悪を共通させ、それを広げようとはしない。人間族だけが、己の価値基準を相手に押し付けようとする』

 

『それは、なぜでしょうか?』

 

ディアンはその問いに対して、答えなかった。自分なりの答えはある。だがそれは、自分がそう思っていれば良いことであった。ディアンは話題を変えた。

 

『・・・そろそろ日が暮れる。その前に死体を焼かねばならない。貴女との問答は面白いが、やるべきことがある』

 

山積みの死体に歩いて行く男の背をサティアは黙って見つめていた。

 

 

 

 

 

ニース地方からアヴァタール地方南部に入る。レンストの街で宿を借り、滞在する。六十名の宿泊となると、一軒丸ごとの貸し切りとなる。レンストの顔役「ドルカ」の口利きだ。既に息子に斡旋所を引き継ぎ、今では悠々自適の暮らしをしている。ディアンの部屋で、レンストの将来について語り合う。

 

『レウィニア神権国に拠点を構えている「ラギール商会」ってのが、幅を利かせ始めている。あの商会は行商隊の護衛を直接雇用しているから、俺たちのような斡旋所は、徐々に経営が苦しくなっているんだ。倅の代は何とかなるだろうが、そこから先が心配だな』

 

スティンルーラ産のエールを飲みながら、ドルカは憂鬱な表情を浮かべた。ディアンは頷いて返答した。

 

『この辺りは、各都市ごとに自治を行っている。それ自体は悪いことではないが、いずれはレウィニア神権国か、西方のベルリア王国に従属することになるだろう。それを避けるためには、護衛斡旋という商売からの切り替えが必要だな』

 

『何か、案があるのか?』

 

『そうだな・・・ この街は、行商隊の護衛をしている者たちが多い。つまり「腕っぷし」の強い者が大勢いる。オレなら「傭兵斡旋」に切り替えるな。レウィニア神権国と隣国のメルキア国は、互いを「仮想敵国」としている。ベルリア王国はマーズテリア神殿を頼っているが、西方には巨大封鎖地帯「マサラ魔族国」がある。西も東も、戦争の緊張状態だ。傭兵の需要もあるだろう』

 

『お前さんのところには、そうした需要は無いのか?ターペ=エトフって国のウワサは、俺の耳にも入っている。闇夜の眷属たちも大勢、住んでいるそうじゃねぇか。神殿勢力からの干渉なんかも、あるんじゃねぇか?』

 

『確かにあるが、ターペ=エトフが傭兵を雇うということは、恐らくは無いな。理由は二つある。一つは、ターペ=エトフ自体が天険の要害に囲まれているため、それほど多くの兵を必要としないこと。もう一つは、ターペ=エトフ王の目指す国家像「種族を超えた繁栄」には、傭兵という仕事は合わないと思うからだ。傭兵は「戦争」が仕事だ。だがターペ=エトフ王は、戦争を嫌っている。国を守るためなら、剣を手にすることを躊躇わないが、他国を侵略するという意図は全く無い。ターペ=エトフでは、兵士よりも行政官を求めているだろうな』

 

ドルカは苦笑いを浮かべた。かつてのディアン・ケヒトは、放浪の旅人だった。だから行商隊の護衛役などをしていた。謂わば「根無し草」だった。だが今は違う。ターペ=エトフという国にしっかりと根を下ろしている。もう護衛役などはしないだろう。以前、そのことで詫びを言われたが、惜しいと思いつつもどこかで納得もしていた。目の前の男は、行商隊の一護衛などという器ではない。

 

『北にレウィニア神権国が出来たことで、この街でも「国を作ってはどうか」という意見が出ている。だが各都市ごとに意見があってな。中々、まとまらんのだ』

 

『国家とは自然にできるものではない。建国の意志を持つ人間が不可欠だ。その人物が求心力となって、協力者が現れ、やがて国が出来ていく。この辺りの都市では、レンストが一番大きい。その街の顔役であるドルカが、国造りに動いたらどうだ?都市同士が連合する「都市連合国家」なら、比較的短期間で出来ると思うが?』

 

『俺がか?いや、無理だな。俺はただの「斡旋所のオヤジ」に過ぎんよ。お前さんがこの街に居てくれたら、それこそ王国でも出来るかも知れないのになぁ』

 

少し薄くなった頭を撫で、ドルカはディアンに誘い水を掛けた。ディアンは笑って首を振った。ターペ=エトフこそが、自分の住む「家」である。ディアンはそう決めていた。

 

 

 

 

 

『そうか、西に向かわれるか。では、ここでお別れだな』

 

『はい、本当にお世話になりました』

 

レンストの街を出発する日、サティアはディアンたちに別れを告げた。ブレニア内海沿岸を西に進み、西方諸国に向かうそうである。ディアンは内心では疑問に思っていた。西方に行くのなら、レウィニア神権国から西に行ったほうが安全である。目の前の美女は、まるでレウィニア神権国に入るのを恐れているかのように感じた。だがそれは彼女の事情である。旅を共にする中で、少なくとも無害な存在であることは確認できた。ディアンにはそれで十分であった。ディアンは手を差し出した。

 

『女性の一人旅は、何かと危険だ。ここから西には、セトという村がある。ダロスという男が村長をしているはずだ。ダロスは、信頼できる男だ。何かあれば、彼を頼ると良いだろう。道中、十分に気をつけてな・・・』

 

『有難うございます。ディアン様との話は、大変に興味深かったです。またお会い出来たらと思います。ディアン様も、どうか道中、お気をつけて・・・』

 

握手をする。その瞬間、ディアンの脳裏に映像が過ぎった。その手から感じる気配は、間違いないものであった。ディアンは表情を保つことに苦労した。目の前の美女は笑みを浮かべたままだ。自分の正体を最初から知っている証拠であった。

 

『・・・いずれ、再会することになるだろう。きっとな』

 

ディアンはそう返答し、手を離した。サティアは皆に頭を下げ、去っていった。黙って後ろ姿を見つめるディアンに、グラティナが声を掛けた。

 

『・・・あの女の正体は、何だったのだ?ディアンは気づいたのだろう?』

 

『あぁ、あの女は・・・オレが復活させてしまったんだ。オレの人間としての魂が、あの女をこの世界に呼び戻した。あの女は・・・古の大女神だ』

 

グラティナは驚き、剣を手にしようとした。だがディアンはそれを止めた。

 

『彼女が、この世界で何をしようとしているのかは解らないが、少なくとも、今の段階では害は無い。だが将来、もし彼女が災厄を齎すようであれば、その時はオレが決着をつける』

 

ディアンは瞑目した。崑崙山の天使族「ラツィエル」が懸念していたのは、このことだったのだろうか。彼女が「災厄の種」となるようであれば、自分の責任として彼女を消さなければならない。だが自分の眼で見て、耳で聞いた範囲では、彼女が害となる存在とは思えなかった。たとえ「古神」であったとしても・・・

 

『さぁ、行こうか。ターペ=エトフまであと少しだ』

 

気を取り直し、ディアンは出発の声を上げた。空はどこまでも澄んだ青色であった・・・

 

 

 

 




【次話予告】
次話は6月19日(日)22時アップ予定です。

東方見聞録が書き上がった。ディアンはこの機に、活版印刷技術の導入を検討する。「書」という知識が拡がれば、それだけ「ルネサンス」に近づくと考えていた。だが、それを憂慮する人物がいた。ディアンは話し合いのため、レウィニア神権国に向かう。


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵への途)~ 第二章最終話「ルネサンス」

・・・月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也・・・

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