戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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至る所で叫び声が上がっている。半裸の男女が剣を振り上げ、建物に突入していく。その様子は、まるで街に襲いかかる盗賊団のようである。だが実際は、彼らの方こそが被害者なのだ。奪われた土地を取り戻し、この地に安寧の国を創るために、彼らは剣を手にした。

『今そこ、我らスティンルーラ族の力を見せる時ぞっ!女と子供には手を出すな!だが、神殿神官たちに容赦する必要はないぞっ!』

頭目と思われる女性が、大声で指揮を取る。神殿を護る騎士たちと剣を交える。騎士たちも必死だが、数が圧倒的に違う。何より、神殿は既に、大混乱の状態であった。たった独りによって、大司祭は殺され、指揮を執る者がいなかったからである。

混乱する神殿からほど近い場所に、港がある。そこに、今回の混乱の原因がいた。剣を地面に落とし、忘我の状態である。ただ己の運命を呪い、自らを否定し続けている。自分の存在は一体、何なのか?愛する者を手に掛け、救いを求めて故郷に戻ったはずなのに、そこで殺戮を犯した。自分の存在そのものが「災厄」なのではないか・・・

«…その言葉に、偽りは無いな?»

地面に(うずくま)り、己を攻め続ける赤髪の美女の横に、青髪の美女が立っていた。凄まじい魔の気配を放っている。魔神であった。魔神の口元には笑みが浮かんでいる。だがその瞳には、怒りとも思える激情が光っていた。睨むように、赤髪の美女を見下ろし、問いかける。

『あぁ・・・俺はもう、疲れた・・・』

赤髪は、男であった。見た目も声も、女性そのものだが、肉体的にも精神的にも男である。貌には疲労と絶望が浮かんでいる。

«・・・ならば、癒るりと休むが良い。その肉体は、約束通り、我が貰い受けよう・・・»

青髪の女は、男の額に手を置いた。

«さらばだ。セリカ・シルフィルよ»

男は眼を閉じた・・・






第三章:「神殺し」の誕生
第五十一話:魔神亭


理想国家「ターペ=エトフ」の国名は、周辺諸国であるカルッシャ王国、フレスラント王国、スティンルーラ女王国、レウィニア神権国、メルキア帝国に残されており、主要人物の氏名や政治体制、主要産業などが記録されている。だが、ターペ=エトフに住む国民たちが、どのような日常を過ごしていたかについては、僅かな記録を頼る以外に、知りようがない。旅行家オルゲン・シュタイナーの「西ケレース探訪記」は、ターペ=エトフの絶頂期を識る上で貴重な資料となっているが、それ以外にも、幾つかの日誌や手紙などから、ターペ=エトフの国情を識ることが出来る。ラギール商会プレメル支店長として、プレメルに三十年間に渡って住んだ獣人族「ニーナ・カスパル」の日記には、ターペ=エトフの平和そのものの一幕が書かれている。

 

・・・店仕舞いをして、売上を数えていたら、友人のキャミが駆け込んできた。レグリオとシオンが喧嘩をしているそうである。なんでも「どっちがニーナを口説くか」で喧嘩が始まったらしい。思わず溜息が漏れる。二人から花を贈られたりしていたが、私はラギール商会を辞めるつもりはない。奴隷だった私を拾い、ここまで育ててくれたリタ姉様のためにも、商会をもっと大きくすることが、私の夢なのだ。結婚に憧れもあるが、今は店を繁盛させることで手一杯だ。どうせ酔っ払って喧嘩をしているのだろうと思って、どの酒場かを聞いた。すると、何と「魔神亭」で喧嘩を始めたらしい。なんてバカなことを!あそこには、とても怖い剣士が二人もいる。それに魔神亭の主人は、インドリト王とも昵懇なのだ。私は二人が心配になり、慌てて店を飛び出した・・・

 

ターペ=エトフに出入りが出来たのは、レウィニア神権国首都プレイアに本店を置く「ラギール商会」だけである。ラギール商会に雇用された護衛役や売り子たちなどにより、ターペ=エトフの繁栄はアヴァタール地方にも知られるようになった。一方、北方のカルッシャ王国やフレスラント王国は、ケテ海峡を挟んでターペ=エトフと交易をするのみで、ターペ=エトフの首都プレメルまで訪れた人間は、ごく少数である。天険の要害に囲まれていたことと、ケレース地方に対する印象が、ターペ=エトフを「半鎖国状態」にしていたのである。このため、ターペ=エトフ国内で開発された様々な技術や思想、文化などは、滅亡とともに多くが消えてしまったと言われている・・・

 

 

 

 

 

ターペ=エトフ歴十年、インドリトはまもなく、三十歳になろうとしていた。ドワーフ族にしては大柄な肉体は鍛え抜かれている。それでいて端正な顔立ちと明晰な頭脳を持ち、「賢と勇」「仁と厳」を併せ持つ名君として、国民から絶大な支持を得ている。翠玉の月(七月)になると、行政府は「国王誕生祭」の準備に追われていた。

 

『次官殿、本日も王への「熱烈な求愛」の手紙が殺到しています。いっそのこと、手紙検閲の専門部署を設けては如何でしょうか?』

 

国務次官ソフィア・エディカーヌは苦笑いを浮かべた。インドリト王は、未だに独身であった。ドワーフ族の平均寿命は三百歳である。三十歳前の王は、まだまだ若いと言える。だが、王国として続くためには、世継ぎが絶対的に必要である。国務大臣シュタイフェはしきりに、インドリト王に結婚を勧めていた。

 

『アッシにおまかせ頂ければ、各種族の見目麗しい美女たちを集めてご覧に入れます。王国が続くためには、御世継ぎが必要です。王がご結婚をされれば、民衆たちも安心するでしょう』

 

インドリトは肩を竦めた。師は三人の美女を侍らせるばかりか、西方の天使族の長「ミカエラ」とも昵懇らしい。だが自分には、そうした情熱はあまり無かった。異性に対する関心は無いわけではないが、それよりも為政に関心があった。経済は安定し、民は豊かに暮らしている。だが危機が無いわけではない。北西部では、カルッシャ王国と微妙な緊張状態となっているし、ガンナシア王国からの接触もあった。北東のイソラの街は、イソラ王国となり初代国王が就任している。国が栄えるほどに、周囲からの妬みなども起きるだろう。それを跳ね返すだけの力が必要であった。

 

『結婚については、急ぐ必要も無いでしょう。私の父は百ニ十歳で結婚しました。ドワーフ族にとって、三十歳などまだまだ子供です』

 

『はぁ、陛下がそう仰るのなら、アッシとしてはこれ以上は申し上げませんが・・・』

 

『まぁ、考えないというわけではありあません。ですが今は、結婚よりもガンナシア王国からの接触が気になります。アムドシアス殿が、ゾキウ王とも交流を持ち始めたと聞きました。それは彼女の自由ですが、ターペ=エトフにとっては重大事です』

 

『仰るとおりでさぁ。ガンナシア王国がアムドシアス殿と接触をしたのは、軍事的脅威を減らすためでしょう。報告では、イソラ王国もマーズテリア神殿の支援を受け、軍事強化を図っているそうです。ターペ=エトフも、国防について考える必要があります』

 

『我が国は、人口は増え続けているとはいえ、軍の規模は小さなものです。ケテ海峡付近の防衛で手一杯でしょう。現状では、物見台を置く程度しか、出来ないでしょうね』

 

『財政的には、軍の規模を倍増させても問題は無いのですが・・・』

 

インドリトは首を振った。軍とは、何も生み出さない存在である。国防という「安心感」を民に持たせ、現実的な脅威に対抗するためにも、軍の存在は必要ではあるが、その規模は出来るだけ小さいほうが良いのだ。インドリトはそう考えていた。

 

『今日は、久々に「魔神亭」に行こうと思います。師ならば、何か良い知恵をお持ちかもしれません』

 

『いっそのことディアン殿が、ルプートア山脈東部に移住をしてくれるのであれば、アッシとしては安心なんですがねぇ』

 

 

 

 

 

ターペ=エトフ首都「プレメル」には、東西南北に伸びる大通りが走っている。北に伸びる道はそのまま「ギムリ川」の船着場まで通じ、そこから船でフレイシア湾まで行くことが出来る。東の道は、途中で二股に別れる。そのまま東に伸びて、華鏡の畔まで通じる道と、もう一つは新たに出来たルプートア山脈南東路へと通じる道である。これまでは華鏡の畔からラギール商会の商隊が通ってきていたが、現在では南東部からのほうが多い。西に伸びる道は、ルプートア山脈を沿うように伸び、ケテ海峡まで繋がっている。途中には、鉱山やオリーブ畑、農畜産場などがある。獣人族の大農場は、西ケレース地方の中心部にあるため、専用の大道を使って、プレメルまで物産が運ばれる。森を拓けば、より大きな街を作ることもできるが、ターペ=エトフでは森に住む生き物を大事にしているため、都市拡大には慎重な意見が多い。それでも、ターペ=エトフには十分な広さの居住場所がある。戸籍を整備し、正確な人口を数えたところ、西ケレース地方の人口は、六万八千九百五十二名であった。国土の広さに比してかなり少ないと言えるが、人口は増えつつある。国が出来たことで、物産や物流も安定し、暮らしが豊かになったからだ。

 

輝くように豊かな都市プレメルには、幾つかの飲食店がある。各店がそれぞれに独自の料理を出しているが、その中でも特に人気なのが、西に伸びる大通り沿いにある酒場「魔神亭」である。二階建ての建物は、ごく普通の宿に見えるが、魔神亭は飲食専門店であり、宿はやっていない。ターペ=エトフでは、旅行者と言えるのはラギール商会の護衛役や売り子たちだけである。彼らのための宿は既に出来ているため、商売の邪魔にならないよう、宿泊業はしていないのである。酒と食事だけの店で、しかも日没から八刻(四時間)しか営業していないが、店内はいつも満席だ。店の入口の扉には、このように書かれている。

 

・・・当店は、魔神が営む「大人の社交場」です。未成年者のご入店は、固くお断りを致します。なお店内での乱暴狼藉には、魔神の使徒による「怖いお仕置き」があるのでお気をつけを・・・

 

 

 

 

 

男は、扉に書かれた「冗談のような本当」を見る。既に何度か足を運んでいるが、いつ見ても笑えてしまう。ここまで堂々と「魔神」と言ってしまえば、逆に誰も疑わなくなる。男は、自分の正体が解らないようにするために、ごく普通の身なりをし、丸縁の眼鏡を掛けていた。分厚い扉を開くと、カランッという音とともに、賑やかな声が響いてくる。

 

『いらっしゃいっ!あら、ドイルさん!久々ねぇ』

 

獣人族の可愛らしい給仕が笑顔で応対する。ここでは「ドイル」という偽名を使っている。自分の正体が解れば、楽しい雰囲気を壊しかねないからである。店の奥では、北方から来た闇夜の眷属の人間族たちが演奏をしている。店の角二箇所には、白色の外套を着た美女が立っている。剣などは差していないが、尋常ではない強さを持っていることは一目で解る。ドイルと名乗った男は、対面席に座った。壁の板には、その日の料理が書かれている。男は目の前の店主に注文をした。

 

『黒エールを一杯と、頬肉の煮込み、あと棒野菜のアリオリ添えを・・・』

 

店主は男を一瞥し、頷いた。すぐに黒エールが出される。無料の付き出しは、沢蟹の唐揚げである。出されたエールを飲む。冷えていて実に美味い。この店の人気の秘密は、この「冷たいエール」にある。この店では氷を使ってエールを冷やしている。人参や芹菜、大根を棒状にしたものを細長い硝子盃に入れて出してくる。大蒜の入ったアリオリというタレを付けて食べる。野菜もよく冷えていた。ほどなくして、主役である「頬肉煮込み」が出てくる。焼けるように熱い陶器の器を木製の受け皿に載せている。器の中でグツグツと音を立てながら、頬肉が旨そうな匂いを立てる。添えられた麺麭(パン)は、刻んだ大蒜と溶かした牛酪(バター)を掛け、焼いたものだ。頬肉を乗せて食べると、肉の汁を麺麭が吸って、さらに旨味が深くなる。黒エールが無くなった頃、店主がガラス製の盃を出してきた。球形の氷が入っている。そこに、琥珀色の液体を流し入れた。

 

『ウチで作った自家製の酒です。麦酒を蒸留し、木樽で数年寝かせることで、飲み頃になります。どうぞ、私の奢りです』

 

カランッと氷が鳴る。一口飲むと、その強さに思わず咽そうになる。だが喉に流し込むと、芳醇な香りがした。氷を溶かしながら、また一口を飲む。強い酒だが、頬肉煮込みに良く合った。入った時間が遅かったため、二刻ほどで閉店の時間となる。魔神亭の閉店は早い。宵の口ではないが寝るにはまだ早い、という時間で閉店をする。まだ呑み足りないのか、若いドワーフたちが次の店の話をしている。ドワーフ族が多いプレメルには、夜通し営業している酒場もあるのだ。閉店の時間近くには、店内は男独りとなっていた。褐色肌の女が、店の扉に閉店を知らせる札を掛ける。店内では獣人族や闇夜の眷属と思われる人間たちが、閉店後の掃除を始めていた。金髪の女が男を案内する。店の奥から二階へと続く階段を昇る。

 

二階には、部屋が三つある。店の売上などを管理する事務室、重要な客などを饗すための客室、そして店主の趣味の部屋となっている。男は、店主の部屋に入った。壁一面が書棚となっており、揺り椅子が二脚、並んでいる。

 

『また新しい本を仕入れたようですね・・・』

 

西方にある「歪みの主根」について研究をした書籍があった。手にとって読み始める。暫くすると、店主が部屋に入ってきた。硝子製のデカンタに透明な液体が入っている。デカンタは途中に凹みがあり、氷が入っている。揺り椅子の側にある横机に、二杯の盃と小鉢を置く。盃に透明な液体を流しながら、店主が男に話しかけた。

 

『大分、眼鏡姿も板についてきたようだな、インドリト・・・』

 

『先生こそ、前掛け姿がお似合いですよ』

 

ターペ=エトフ国王にして、魔神亭の店主ディアン・ケヒトの愛弟子、インドリト・ターペ=エトフは笑顔で応えた。

 

『今年の酒は良い出来だぞ。米酒造りを始めてから数年、ようやく納得のいく酒が出来た』

 

『この小鉢の料理は何ですか?』

 

『これは昨日仕込んだものだ。オウスト内海で捕れた「烏賊」を細切りにし、内臓と塩、米酒を造る過程で出来る「酒粕」を和えて、一晩寝かせる。「塩辛」と呼ばれる食べ物だ。米酒に良く合う』

 

初めて食べる塩辛に、インドリトは笑みを浮かべた。ドワーフ族はこれまで、酒だけを楽しんでいた。だがターペ=エトフでは、料理と酒の組み合わせという、新しい楽しみ方が生まれつつある。その象徴が、この魔神亭であった。水系魔術を使えば、氷などは簡単に作ることが出来る。魔神亭の地下室には氷を使って冷却する「保存庫」まである。師のこうした知恵に、インドリトはいつも感心させられていた。

 

『それで、今日は何の相談だ?お前が私のところに来るのは、何か悩みがあるからだろう?』

 

『実は、国の防衛について、相談があるのです・・・』

 

よく冷えた「純米酒」を呑みながら、ディアンはインドリトの相談事を聴いた。

 

 

 

 

 

『魔導兵器ですと?』

 

元老院の会議においてインドリトが出した提案に、ドワーフ族族長「オルファー・カサド」は、驚いた声を上げた。インドリトは頷いた。

 

『そうです。我が国の安全を考えると、北西のケテ海峡付近は無論、ルプートア山脈北東部にも、防衛線の展開を考える必要があります。一方で、軍の規模を拡大するのは現実的に困難です。ファーミシルス元帥のもと、各小隊をまとめる隊長たちは育ってきていますが、一地方の軍を束ねる「将軍」が育つには、まだ時間が必要です。また、軍とはそれ自体は何も生まない存在です。出来るだけ、規模は小さなほうが良いと思います。軍の規模は拡大できないが、国の護りは強化しなければならない・・・この相反する問題を解決するには、軍の「質」を上げるしかありません。つまり軍の装備を向上させるべきだと思うのです』

 

元老たちがざわつく。ある者は深く頷き、ある者は考える表情を浮かべた。オルファーは立ち上がり、インドリトに意見を述べた。

 

『王のお考えは、理解できます。ですが、魔導技術はガーベル神が「人々の幸福を願って」生み出した技術です。それを戦の手段に使うというのは、如何なものかと思います』

 

『確かに私も、そのようにも考えました。ただ、一度立ち止まって考えてもらいたいのですが「人々の幸福」、つまり「ターペ=エトフの民の幸福」とは何でしょうか?それは、外敵から侵されることなく、己の信仰を守りながら、気の合う仲間たちと共に、豊かで平穏な日々を送ること・・・ではないでしょうか。いつ外敵から侵略を受けるか知れない、という恐怖があれば、「平穏な日々」を送ることは出来ないでしょう』

 

他の種族の元老たちは、口々に同意をした。だがオルファーは拘った。ドワーフ族にとって魔導技術を戦争に使うことは、禁忌にも近いことだからである。

 

『王の仰る「民の幸福」については、私も完全に同意します。ですが、武器とは「作ったら使われるもの」です。もし魔導技術によって生まれた武器により、血が流れるようなことがあれば・・・』

 

『そうですね。ですから「使いようのない武器」を作ってはどうかと思います』

 

オルファーをはじめ、元老たちが首を傾げる。インドリトは笑みを浮かべながら、構想を説明した。

 

 

 

 

 

『つまり「動かせない武器」ということか?』

 

香草と岩塩を振りかけて焼いた「骨付き鶏もも肉」を食べながら、グラティナはファーミシルスに聞いた。ファーミシルスも同じように、手掴みで豪快に食べている。この二人の食事にはどうも「色気」が無い。

 

『そうだ。ルプートア山脈北東部の山頂に、「魔導砲」という砲台を設置する。魔焔を使うことで、たった一人の兵士で、はるか遠方まで純粋魔術を撃ち出すことが出来る。だが、砲台自体は動かせないので、外敵が侵攻して来ない限り、無用の長物だ』

 

『インドリトが侵略など考えるはずがないからな。その砲台はおそらく、使われることは無いだろう。大体、イソラ王国の軍隊などせいぜい三千程度だろう?私とファミだけで殲滅できると思うぞ?』

 

二人の「色気のない食事」に苦笑いを浮かべながら、ディアンが説明をした。

 

『砲台の存在自体が、民衆に安心感を与えるんだ。イソラ王国に対しては牽制にもなる。さすがにケテ海峡にそんなものは配備できないが、ルプートア山脈北東部は「無人地帯」だからな。砲台を置いたところで、どの国も文句は言えないだろう。「備えあれば憂いなし」というやつだ』

 

『でも、聞いた話だとドワーフ族代表が随分と反対したそうよ?ドワーフ族は、ターペ=エトフ国内でも数が多い。もし国王とドワーフ族の間に溝ができたら、深刻な問題になると思うけれど・・・』

 

ナイフとフォークを使って、上品に食事をしながら、レイナが懸念を述べた。

 

『前代表のエギール殿が、オルファー殿を説得したそうだ。二人は幼馴染の親友だそうだ。インドリトも「使わざるを得ない状況」でない限り、使わないつもりらしい』

 

『使わざるを得ない状況とは、どんな状況だ?』

 

『そうだな・・・』

 

現時点で最も可能性のある「最悪の事態」をディアンは考えた。

 

『・・・ガンナシア王国が、イソラ王国を飲み込み、ケレース地方東部に統一国家が誕生する。そして、その国家がターペ=エトフに侵攻してくる・・・これが、使わざるを得ない状況だな』

 

『・・・ディアンは、その可能性はあると思うか?』

 

ファーミシルスがディアンに尋ねた。国防の最高責任者として、ファーミシルスは最悪の事態を考えておく必要がある。ディアンは少し考えて、首を横に振った。

 

『全く無いわけではないが、限りなく低いな。ガンナシア王国国王のゾキウは、人間族を憎んでいる。だがそれは彼個人の憎悪に過ぎない。ケレース地方には多くの種族が住んでいる。憎悪では、それら種族を束ねることは出来ない。いや、出来なくはないが、それには「逆らったら殺される」という恐怖による統治が必要になる。つまり暗黒世界だ。そんな国は、長くは続かないだろう』

 

『だが、ゾキウは半魔人であり、力も持っている。もしガンナシア王国が東ケレース地方を統一して、ターペ=エトフに侵攻してきたら、ディアンならどうする?』

 

『簡単だ。ルプートア山脈に防衛線を敷いて、徹底した籠城作戦を取るさ。ターペ=エトフは、完全な自給自足が可能な国だ。豊かな鉱物資源と有り余るほどの食料がある。極端な話、鎖国をしたってやっていけるんだ。一方、仮にガンナシア王国が東ケレース地方を統一したとして、どうやって兵士を食わせていくんだ?戦争には莫大なカネが掛かる。戦争とは、経済力があって初めて出来るんだ。ガンナシア王国の経済力は、ターペ=エトフと比べると脆弱そのものだ。一度くらいは戦争が出来るかもしれないが、それで終わりさ。二度も三度も兵を興すことは出来ないだろう。つまり我らは「一度だけ守れば」勝てるんだ』

 

『そうだな。私もこの立場に立って、初めて気づいたことがある。兵士は数字ではない。一人ひとりが生きているんだ。彼らが力を発揮するには、飯をしっかり食べることが出来なければならない。食糧不足で戦争など、出来るはずがない』

 

『それが「兵站」というやつだ。ターペ=エトフに攻め込んでくる国は、絶望するだろうな。「無限の兵站」を持つ国が、どれほどに強いかを思い知るだろう』

 

ディアンは笑って、肉を頬張った。

 

 

 

 

 

この時の会話から二百四十年後、ディアン・ケヒトが語った「最悪の事態」は現実のものとなる。多少、形は変わり、より深刻な状況となって・・・

 

 

 

 

 




【次話予告】
次話は8月2日(火)22時アップ予定です。

ターペ=エトフの王宮に緊張が走った。第一級現神「マーズテリア」を祀る神殿の聖女「ルナ=エマ」が来訪したからである。教皇の代理としてターペ=エトフを見聞したいと言うのである。インドリト王との会談において、ルナ=エマはターペ=エトフの「本質」に触れる。

戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第五十一話「聖女」

Ihr stürzt nieder, Millionen?
Ahnest du den Schöpfer, Welt?
Such' ihn über'm Sternenzelt!
Über Sternen muß er wohnen.

ひざまずくか、諸人よ?
創造主を感じるか、世界よ
星空の上に神を求めよ
星の彼方に必ず神は住みたもう・・・


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