戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第五十二話:聖女

ラウルバーシュ大陸西方域、七魔神戦争後に誕生した魔族たちの国「マサラ魔族国」を取り囲むように、光神殿の総本山がある。マサラ魔族国は、クヴァルナ大平原の北西に誕生し、光神殿たちによって「大封鎖地」とされ、後に「ゴーティア王国」となる。ゴーティア王国を挟むように、南部には光神殿の勢力、北部には闇神殿の勢力がある。その中でも、特に強い力を持っているのが、大封鎖地南部にある「マーズテリア神殿」である。

 

マーズテリア神殿は、大封鎖地南部の「ベテルーラ」を総本山とし、教皇を頂点とする四角錐状の組織を形成し、各地に神殿領を持っている。マーズテリア神殿の組織に入ったものは、大きく二つの道から、組織の階層を上がっていく。一つは、神殿神官として各地の神殿領の「事務」を担当し、「大司教」を経て「枢機卿」となり、総本山に入る道、もう一つは「神官騎士」として神殿領の治安維持を担当し、やがて「聖騎士」となる道である。いずれの道においても、最終的には二つの選択肢を選ぶことになる。一つは、マーズテリア神の「神格者」となり、永遠に神に仕える道、もう一つは「教皇」となる道である。無論、そこまで辿り着く確率は数十万分の一であり、殆どの者は、神殿領を点々とする神官で終わるか、神官騎士として戦い、命を落とすのである。

 

マーズテリア神殿には、もう一つの存在として「聖女」という存在がある。聖女は、マーズテリアの祝福を受けて誕生すると言われており、生まれながらに強い魔力を秘めている。教皇は神託を受けて、聖女候補者を探す。候補者は四つの試練を経て、最終的には教皇によって「聖女」と認められるのである。聖女は、マーズテリア神の神格者であり、その地位は教皇と対等とされる。

 

歴代の聖女の中でも、特に信徒からの支持が篤いのが、聖女ルナ=クリアである。ルナ=クリアは、もともとは「クリア・スーン」という名前で、マーズテリア神殿の地方領を束ねる「神官長」の娘として生まれた。総本山において神託査問を受け、四つの試練(軍剣ルクノゥ・セウの抜剣、封鎖地に残された開拓軍の撤退など)を成功させ、聖女として認められた。ルナ=クリアは、歴代の聖女の中でも、力と徳が抜きん出ていたと言われており、マーズテリア神殿の勢力を最大化させた功労者でもある。しかし、教皇の交代によって聖女の地位から追われ、やがて悲劇的な最後を迎えるのである。

 

このように、マーズテリア神殿の聖女は「教皇の代理」として、ラウルヴァーシュ大陸において絶大な影響力を持っている。聖女の判断次第では、二十万とも謂われるマーズテリア神軍が動くため、聖女を迎え入れるに当たっては、各国はその接待に腐心するのである・・・

 

 

 

 

 

ブレニア内海西方の国ベルリア王国の首都「ランヴァーナ」を出発した船は、およそ十二日間の航海を経て、内海東岸に辿り着いた。レウィニア神権国の首都プレイアまでは、馬で半日の距離である。完全武装の騎士たちが船を降り、左右に整列する。その間を、黒髪の美しい女性が歩み進む。マーズテリア神殿聖女「ルナ=エマ」である。聖騎士の男が、聖女に報告する。

 

『聖女様、レウィニア神権国には既に連絡をしております。夕刻には、プレイアに入ることが出来るでしょう。迎賓館において、晩餐会の準備をしているとのことです』

 

『ご苦労さまです。ですが、晩餐会など不要です。私の宿泊先も、市井の宿屋で十分です。今回の目的地は、レウィニア神権国ではありません。ケレース地方の新興国「ターペ=エトフ」です。儀礼上、国王との対面は必要でしょうが、私としては地方神「水の巫女」との対談が出来れば、それでこの地での目的は達せられると考えています。御厚意には感謝をするが、晩餐会などよりも出来るだけ早く、水の巫女との対談が出来るように取り計らって頂きたいと、伝えて下さい』

 

聖騎士が一礼し、馬を疾走らせる。内海から吹く風で黒髪を靡かせながら、ルナ=エマはレウィニア神権国の土地を見た。

 

『・・・豊かな国ね。この地を生み出したと言われる神との対談・・・楽しみだわ』

 

ルナ=エマは自分が乗るための馬に向かった。

 

 

 

 

 

国王との形式的な会談を終え、ルナ=エマは神殿へと向かった。神官たちの表情にも緊張が浮かんでいる。水の巫女への信仰は揺らぐことはないが、目の前にいるのはディル=リフィーナ最強の軍神「マーズテリア」の聖女なのである。緊張しないほうが可怪しい。だがルナ=エマは、優しい笑みを浮かべ、神官たちに挨拶をした。奥の泉に通される。水面に反射する眩い光に目を細めながら、泉に掛けられた桟橋を渡り、中ほどにある亭に進む。水面に手を入れると、亭に安置されている神像が、美しき神へと変化する。

 

『良く来てくれました。聖女殿・・・』

 

レウィニア神権国の絶対君主にして地方神「水の巫女」は、普段と変わらぬ表情で、マーズテリア神の聖女を見下ろした。ルナ=エマは片膝をついて、挨拶をした。

 

『マーズテリア神に仕えるルナ=エマです。水の巫女様にお会い出来ましたこと、光栄に存じます』

 

『私はマーズテリア神ではありません。貴女の仕える神ではないのです。そのような礼は、取る必要はありません』

 

『いいえ・・・たとえ仕える神とは違えども、民から慕われ、民に安寧を齎す神へは、敬虔なる気持ちを持つべきです』

 

水の巫女は頷き、ルナ=エマに着席を促した。

 

 

 

 

 

『ケレース地方の新興国「ターペ=エトフ」の噂は、総本山にも入っています。レスペレント地方に住む闇夜の眷属たちが、ターペ=エトフに移住を進めているなど、その力は次第に膨れ上がっています。何より「信仰の自由」を国是とし、光と闇の神殿を並列させるばかりか、古神信仰までも認めている点が、問題視をされています。私は教皇猊下からの命を受け、ターペ=エトフを見聞すべく、ここまで来ました』

 

『私の使徒から、その話は聞いています。ターペ=エトフ国王「インドリト・ターペ=エトフ」への紹介状を用意しています。後ほど、受け取って下さい』

 

礼を述べる聖女を見ながら、水の巫女は確認するように尋ねた。

 

『ターペ=エトフを見聞するとのことですが、どのように見聞をされるおつもりですか?』

 

『インドリト王や行政府の方々、また元老という各種族の代表者と話をしたいと思っています。その上で、首都プレメルで何人かの民衆にも、話を聞きたいと思います』

 

水の巫女は沈黙していた。ルナ=エマは首を傾げて、質問した。

 

『あの・・・何か、お気になることが?』

 

『いいえ、結構かと思います。ですが、肝心の人物が抜けていますね』

 

ルナ=エマは沈黙した。水の巫女の話を聞くためである。

 

『インドリト・ターペ=エトフとは、彼がまだ王になる前に、一度だけ会ったことがあります。平和を愛し、民を愛し、それでいて国王として強い芯を持つ「名君」に育つだろうと予感しました。そして彼は、私の予想以上の王になりました。インドリト王が、ターペ=エトフの「要」です』

 

そんなことは、ルナ=エマにも解っている。だからわざわざレウィニア神権国にまで来て、根回しをしているのだ。だが、なぜ水の巫女がそのような解りきったことを言うのか。

 

『・・・不思議に思いませんか?これまで国というものを見たこともない、亜人族が跋扈する混沌とした地に、いきなり国王が誕生したのです。それも類を見ない名君が・・・「種族平等」「信仰の自由」という理想は、どこで培われたのでしょう?』

 

そう聞かれ、ルナ=エマは沈黙した。たしかに、水の巫女の言うとおりである。国を見たことが無いはずの、ただのドワーフ族の青年が、ここまで繁栄する国家を作り上げたのである。何者かが、インドリトに知恵入れをしたとしか思えなかった。つまり、インドリトを「教育」した者がいる。

 

『インドリト王は、ターペ=エトフの建国者です。ですが、それは表向きの貌です。彼に知恵と知識を与え、彼を育てた人物、謂うなれば「影の建国者」がいます。その人物と会わない限り、ターペ=エトフの全体像を掴むことは出来ないでしょう』

 

ルナ=エマは考えていた。ひょっとしたら、自分はターペ=エトフという国を甘く見ていたのではないか?亜人が創った国、地形に恵まれているだけの国・・・そう思っていた自分は居なかったか?これから行く国は、自分の想像以上に複雑な国なのかもしれない・・・

 

『その人物を水の巫女様はご存知なのですか?』

 

『・・・私に言えることはここまでです。ターペ=エトフは、レウィニア神権国の同盟国でもあります。彼の国の内情について、これ以上は話せません』

 

『調べてみます。イソラ王国にはマーズテリア神殿もあります。あるいは、何か情報があるかも知れません』

 

水の巫女は頷き、最後の一言を述べた。

 

『これは余計かも知れませんが、あえて「会わない」という選択もあるのですよ?名君を育て上げた人物、この短期間で、ここまで繁栄する国家を創りあげた人物です。その人物は、貴女にとって危険な存在かも知れません』

 

『私はマーズテリア神の聖女です。今回の使命も、私に与えられし試練と受け止めています。たとえ危険であっても、会わなければならないでしょう。水の巫女様のご助言は、胸に留めておきます』

 

美神と聖女の対談は、これで終わった。その後、ルナ=エマは総本山に使いを出し、二十年前にイソラの街にいた神官騎士から、様々な種族で構成された「旅行者一行」についての報告を入手した。若かりし頃のインドリトの様子を知ると共に、インドリトの師の名前「ディアン・ケヒト」の名を掴んだのである。

 

 

 

 

 

『ラギール商会からの情報では、マーズテリア神殿の聖女「ルナ=エマ」が、ターペ=エトフ見聞のために、レウィニア神権国を訪れたそうです。聖女は一度、総本山に戻り、オウスト内海からフレイシア湾を目指すそうです』

 

国務次官ソフィア・エディカーヌの報告を聞き、元老院はざわめきに包まれた。インドリトがそれを収める。

 

『聖女「ルナ=エマ」は、何も戦争を仕掛けに来るわけではありません。ただターペ=エトフを観てみたいというだけです。ならば、隠すことなどありません。堂々と見て貰いましょう。私たちには、後ろ暗いことなど何一つ、無いではありませんか』

 

『し、しかし王よ・・・フレイシア湾には、儂ら龍人族の集落がある。そこに現神の勢力が入るというのは・・・』

 

龍人族代表が不安げに声を上げる。当然であった。龍人族は「古神の眷属」である。第一級現神マーズテリアの神格者が来るとなれば、不安にならないはずがない。インドリトは頷いた。

 

『マーズテリア神殿の船は、龍人族の集落とは反対側に接岸するようにさせましょう。そこから小舟を使って、ギムリ川を上って貰いましょう。神官騎士も含め、誰一人、龍人族の集落には近づけません』

 

『拒否する、ということは出来ないのでしょうか?』

 

『レウィニア神権国の紹介状も持っているのです。追い返すわけにはいきません。万一に備えて、集落には軍も配備しましょう。不安は解りますが、そこは耐えて頂けませんか?』

 

龍人族元老は、ため息をついて頷いた。他の種族たちも緊張している。だがインドリトは笑みを浮かべた。

 

『皆さん、そんなに緊張しないで下さい。現神を信仰する「人間族の女性」が、プレメルを訪ねてくるだけです。私も、特段の饗しなどは考えていません。王宮の客間は用意をしますが、食事はプレメルの飲食店を借りようと思います』

 

『そのような簡易な饗しで宜しいのでしょうか?』

 

『マーズテリア神殿の教義には、自然からの恵みに感謝し、過剰な贅は控えるべし、とあります。豪華な饗しなど、逆効果でしょう』

 

 

 

 

 

ルナ=エマは、フレイシア湾から川を上っていた。川幅が広く、穏やかな流れである。時折、小舟が浮いている。魚を釣っているのだ。どうやら自分が訪れるということは、国民には知らされていないらしい。それはむしろ好都合であった。「素のまま」のターペ=エトフを観たかったからだ。上流に入り、船着場を降りる。徒歩のまま、プレメルの街に入る。街の輝きに、ルナ=エマは目を細めた。石畳の道は清掃され、街路樹が適度に配置されている。それぞれの家は適度に広く、大通りには屋台なども出ている。だが、ルナ=エマの姿を見た通行人は、一様に脇に逸れた。こちらを見ないようにするばかりか、まるで怯えるように脇道や家内に入ってしまう。すると、通りの向こうから男が馬を曳きながら近づいてきた。馬には荷物を載せているらしい。神殿騎士の姿を見ても、特に怯える様子は見せない。ルナ=エマは興味を持った。男に話しかけてみる。

 

『あの、ちょっと宜しいでしょうか?』

 

『何か?』

 

『この道を真っ直ぐ行くと、王宮に辿り着くのでしょうか。なにぶん、初めてこの街を訪れたので・・・』

 

『えぇ。この道を真っ直ぐ行けば、王宮への昇降機があります。獣人族の衛兵が立っています。すぐに気づくと思いますよ?』

 

男は特に特徴も無く、普通の人間に見える。だが男の方も、自分を普通の人間として応答している。後ろに控える鎧姿の騎士たちなど、まるで気にしていないようだ。ルナ=エマはますます、興味を持った。

 

『・・・気にならないのですか?私たちは、マーズテリア神殿の者ですが・・・』

 

『この街には、ガーベル神やイーリュン神などの神官もいます。マーズテリア神殿の人が来たからって、特に気にしません。まぁ中には、気にする人もいるのでしょうがね。あなた方だって、この街を荒らしに来たわけではないでしょう?』

 

『勿論です。私たちは、ただ見聞に来ただけです』

 

『プレメルには、美味い飯屋がありますよ。見聞をされるのであれば、ぜひ試してみてください』

 

男もどうやら、そうした飯屋を生業としているようだ。馬には酒樽や腸詰め肉などが載せられている。ルナ=エマは笑って頷いた。男とは、それで別れた。道を進むと、昇降機が見えた。体格の良い獣人の兵士が立っている。ルナ=エマの姿を見ると、頷いて昇降機を操作した。

 

 

 

 

 

輝くような白亜の城に、ルナ=エマは目を奪われた。これまで幾つもの王宮を見てきたが、これほどに美しい王宮は見たことがない。ターペ=エトフという国、インドリトという王の力を示していた。前庭を進むと、魔獣が座っていた。襲い掛かってくるような気配はない。ただジッと、自分たちを観ている。衛兵が王宮の扉を開く。明るい色調の大きな絵が掛けられた広間を通る。そのまま、中庭へと案内される。騎士たちはそこで止められた。

 

『中庭の亭で、王がお待ちです』

 

衛兵に促され、中庭に入る。高所であるはずなのに、思いの外、暖かい。中庭は丁寧に世話がされているようで、草花が美しく咲いている。噴水を通ると亭が見えてくる。ドワーフ族にしては大柄な男が立っていた。銀色の髪と端正な顔立ちをしている。口元には微笑みが浮かんでいるが、その眼には強い意志がある。名君インドリト・ターペ=エトフであった。

 

『我がターペ=エトフへようこそ、聖女殿。遠路の旅でお疲れでしょう』

 

両手を広げ、屈託の無い笑みを浮かべる。威厳を感じさせるような圧倒感は無い。だが、これまで感じたことのない「包容力」がある。種族を超えて支持される理由が解った。まさに、ケレース地方を統治するに相応しい王である。

 

『マーズテリア神殿のルナ=エマです。この度は突然の訪問に関わらず、私共を受け入れて下さり、感謝に耐えません』

 

向かい合う形で、椅子に座る。水差しと盃が二つ、置かれている。王が自ら、盃に茶を注ぐ。こうした点も、他の国では考えられないことであった。

 

『牛蒡を乾燥させて、水出しにした牛蒡茶です。私の好きな飲み物なんですよ。どうぞ・・・』

 

香ばしさと不思議な甘みのある茶である。ルナ=エマは一口飲み、プレメルについて感想を述べた。

 

『とても繁栄をしている街だと感じました。道は綺麗に掃き清められ、他の街では当たり前にある「泥道」などもありませんでした。ですが少し、人々から警戒されてしまったようです』

 

インドリトは笑った。

 

『別にあなた方を嫌っているわけでは無いのです。ターペ=エトフでは、鎧姿の騎士は珍しいのです。闇夜の眷属や亜人族は、平和を愛します。騎士の姿を見ただけで、怖くなったのでしょう。お気を悪くされたのであれば、謝ります』

 

『いいえ、こちらこそ民衆を警戒させてしまったことを謝罪致します。鎧や剣などは、出来れば船に置いて来たかったのですが、彼らにも騎士としての誇りがあるのです』

 

『理解しています』

 

挨拶が終わり、ルナ=エマはターペ=エトフの国是「信仰の自由」について尋ねた。

 

『このケレース地方には、様々な種族が住んでいます。各種族ごとで文化も信仰も違います。それをまとめ、一つの国とするためには、信仰の自由を認める必要があるのです。信仰の自由とは、互いの信仰を認め合うことです。ガーベル神やイーリュン神を信じる者もいれば、ヴァスタール神やアーライナ神を信じる者もいます。それぞれに信仰のカタチがあるのです。「あなたはあなた、私は私」です。互いに信仰に踏み入らないことで、神々を並列させているのです』

 

『ですが、信仰はそれぞれの種族の文化や生活習慣にまで影響を与えているはずです。種族同士が集まって街を造れば、習慣の違いから揉め事なども起きると思うのですが?』

 

『確かに、最初はそうしたこともありましたね。ですが、それは知らないからです。長い間、自分たちの生活習慣の中だけで生きてきたのです。違う文化に触れれば、抵抗心を持って当然でしょう。ですが、そもそもそうした生活習慣に「良し悪し」はありません。例えば「手掴みで食べる」という習慣を持つ者から見れば、ナイフとフォークで食べている者を変に思うでしょう。ですが、それは文化の違いであって良し悪しではないのです。相手はそういう習慣なのだ、と理解をすれば、お互いを尊重しあうことが出来ます。自分の意見、自分の考え方、自分の暮らし方が「絶対的に正しい」などと考えるものは、この地では生きられません』

 

『ターペ=エトフでは、物事について善悪はなく、「全てが正しい」と考えているのですね?』

 

『もちろん、法はあります。モノを盗んではいけない、他者を傷つけてはいけない・・・こうした法は当然あります。ですが、各種族の文化や各神殿の教義を見ても、「他者を傷つけて構わない」という教義はありません。マーズテリア神殿の教義の中には「強き者は、弱き者を援けなければならない」とありますね。私もそう思います。では、闇の現神「ヴァスタール」の教義をご存知ですか?』

 

ルナ=エマは沈黙した。西方では光と闇の教義の比較は禁忌とされている。アークリオン神殿やバリハルト神殿の教義はともかく、闇の現神たちの教義までは知らなかった。

 

『ヴァスタール神はこう述べています。「人は皆、我を含めて憐れ也・・・』つまり、人は皆、弱い生き物である。環境に流されたり、意志を貫けなかったりする・・・そうした弱さを含めて、他者を受け入れ、愛しなさい、という教義です。私にはこの教義が、間違いとは思えないのです。ターペ=エトフでは、幼少期の教育として、光と闇の教義を並べて教えます。どの教義にも、他者を傷つけて構わない、モノを盗んで構わない、などはありません。人々が集まり、社会を形成する上で、共通の取り決めは不可欠です。各信仰を比較し、どの信仰にも共通して見られる点を「法」としているのです』

 

『・・・各信仰を比較し、共通している教えを参考として法を作っているのですね。ですが、混乱はしないのでしょうか?例えばプレメルには、イーリュン神殿とアーライナ神殿があります。二つとも「治癒」の奉仕をしている神殿ですが、その手段が異なります。イーリュン神殿は、服薬や魔術などで治癒を施しますが、アーライナ神殿では、神官が肉体を使う、つまり「性行為」を行うこともあるそうですが?』

 

『思うのですが「性行為」の何がいけないのでしょう?私たちは皆、両親の性行為によって誕生しました。性行為を禁忌としてしまっては、その種族は絶滅するでしょう。確かに、アーライナ神殿の「治療」を目的として訪れる者もいるそうですが、それはその者の「邪な心」の問題であって、アーライナ神殿の問題では無いと思います。両神殿とも、怪我や病、あるいは心の傷などで苦しむ者達に、癒やしの手を差し伸べています。その根にあるのは、他者に対する思い遣り、「慈悲の心」だと思います。手段の違いだけで対立をするなど、おかしな話ではありませんか』

 

ルナ=エマは沈黙したまま、考え続けていた。これまでマーズテリア神を信仰し、神の教義の中で生きてきた。だが、目の前のドワーフは、自分より遥かに広い視野を持っている。各信仰の教義を並べ、客観的に比較し、その信仰の本質を見定める。一つの信仰に盲従するのではなく、様々な信仰を認めながら、自分自身の意志で信仰を「選択」するのである。インドリト王のみならず、ターペ=エトフの住人すべてがそうであるならば、この国はディル=リフィーナ世界の中で唯一の「信仰を超えた地」と言える。神殿にとって、ある意味では「脅威」であった。

 

『・・・大変、興味深いお話を伺いました。ターペ=エトフに来た意味がありました。一つお聞きしたいのですが、インドリト王はいつ、そうした視点、考え方をお持ちになったのですか?』

 

『そうですね。私の「師」の影響でしょうか。私は十二歳の時に、師のもとに弟子入りをしました。八年間、寝食を共にし、様々なことを師から学びました。師に言わせれば、私などはまだまだ未熟だそうです』

 

『インドリト王の師・・・「ディアン・ケヒト」という人物のことでしょうか?』

 

インドリトは少し驚いた表情を浮かべた。だがすぐに、笑みが浮かぶ。その表情は、いたずらを思いついた子供のようであった。

 

『私の師は、市井の民として飯屋を営んでいます。実は本日、その店でルナ=エマ殿を御饗ししようと考えていました。師には「来賓者を連れて行きたい」としか伝えていません。マーズテリア神殿の聖女が来たと知れば、きっと驚くと思います』

 

『ディアン・ケヒト殿は、飯屋の主をしているのですか?』

 

『師の料理は、ターペ=エトフ随一です。驚きますよ?』

 

王はまるで子供のように笑った。その様子にルナ=エマは戸惑った。先ほどまでの「名君」はそこにはいなかった。師の驚いた顔が見たいという、弟子の姿でしかなかった・・・

 

 

 

 




【次話予告】
次話は8月3日(水)22時アップ予定です。

元老院を視察したルナ=エマは、ターペ=エトフにおける「信仰の扱い」について、インドリトに質問する。インドリトは、国家とは何かについて、自分の思想を語る。それはルナ=エマに不安を与える内容であった。


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第五十三話「国家と信仰」

Ihr stürzt nieder, Millionen?
Ahnest du den Schöpfer, Welt?
Such' ihn über'm Sternenzelt!
Über Sternen muß er wohnen.

ひざまずくか、諸人よ?
創造主を感じるか、世界よ
星空の上に神を求めよ
星の彼方に必ず神は住みたもう・・・

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