戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第三話:レブルドルの赤子

イルビット族の集落への滞在予定は三日間であった。その間、ディアンは精力的に、イルビットたちとの交流を進めた。研究家志向の強いイルビットにとって「集落の長」などという立場は面倒なだけである。そのため、集落にはまとめ役としての「長」はいない。彼らとの交渉は個別で行っていく必要があるのだ。ディアンは、集落同士を繋いだ「交易路」を造ろうとしていた。インドリトは首を傾げ、ディアンに尋ねた。

 

『先生、イルビットの皆さんにとっては、肉や小麦などが必要なのは分かりますが、ドワーフ族が彼らから買うものとは何でしょうか?』

 

ディアンは水晶の様なものを取り出した。内部に焔の様なものが揺らいでいる。

 

『魔導技術は、ガーベル神によってドワーフ族にもたらされたが、イルビット族でも独自に研究がされている。これは、イルビット族が生み出した、新しい魔導技術だ』

 

『・・・これは何なのでしょうか?』

 

『これは「魔焔」と呼ぶらしい。人工的に造られた魔法石のようなものだ。容量や出力などを変えて造ることが出来るため、魔導技術の幅も飛躍的に広がるだろう。こうした「技術や知識」を彼らから買う』

 

『魔焔・・・その・・・先生は、イルビット族の方がドワーフ族より優れているとお考えなのですか?』

 

ディアンは笑って首を横に振った。インドリトに解り易く説明するため、たとえ話をした。

 

『インドリト、お前は子供を産めるか?』

 

『いえ・・・私は、男ですから』

 

『そうだな。では女の方が、お前より優れていると思うか?』

 

『それは・・・子供を産むという点では、女性の方が優れているというか・・・そもそも女性でなければ産めませんし、それを「優れている」と言うのでしょうか?』

 

『そうだ。優劣の問題ではなく、向き不向きの問題だ。ドワーフ族は手先が器用で、優れた武器や道具を造るという点では、イルビット族を遥かに凌いでいる。一方で、生涯を費やして一つのことを研究し続けるという点では、イルビット族が優れている。狩りをさせたら獣人族の右に出る者はいない。魔法を操らせたら、悪魔族が一番だろう。仲間同士で結束し、一つのことに向き合うという点では、人間族の得意領域だ。誰しも得手不得手がある。全てに優れている者なのいないのだ。だからお互いに理解し合い、助け合うことが大切なのだ。わかるな?』

 

『はいっ!』

 

『このケレース地方には、多様な種族が住んでいる。お前がいずれ長になったときには、ドワーフ族のみならず、イルビット族や獣人族、人間族や闇夜の眷属たちとも、交流をする必要が出てくるだろう。偏見を持たず、優劣に囚われず、共に生きる道を考えなければならない。私の下にいる間に、出来るだけ多くの種族と会っておくと良いだろう・・・』

 

 

 

 

復路は、オウスト内海に沿って東に進み「フレイシア湾」に出た。湾の近くには龍人族の村がある。ディアンは、族長とは既に何度か会っており、ドワーフ族との交流の話をした。

 

『ディアン殿が言っていた「将来の族長」は君か。我々は他族との交流を嫌ってはいない。お互いの文化や生活を尊重できるのであれば、むしろ積極的に交流をしたいと思っている』

 

『インドリトです。正直、自分が族長になった時のことなど、まだ想像もできません。なにしろ、旅に出たのも、今回が初めてなのです。今回の旅では、龍人族もイルビット族も、ドワーフ族とは全く違う生き方をしており、そこに学ぶべき点が多いことがよく解りました。私は何も知らない子供です。色々と教えて頂ければと思います』

 

龍人族もイルビット族も、真摯に学ぶ者を好む。インドリトの姿勢には、族長も好意を持ったようだ。フレイシア湾のことや、龍人族が祀る古神のことなどをインドリトに語ってくれた。

 

『そうそう、ディアン殿に頼まれていた「葦」を用意しているぞ。だが、あんなものが本当に役に立つのかね?』

 

『有難うございます。オウスト内海の塩水で成長した葦を使って、面白いものを作ろうと考えていました。上手く行けば、ドワーフ族にも龍人族にも利益になると思います』

 

『利益か・・・まぁ我々としても、麦や肉の他、他の土地の果物などが入ってくるならば、より豊かな生活にはなるだろう。ただ、人間族の使う「貨幣」については、私としては慎重な意見だが・・・』

 

『同感です。貨幣は「貧富の比較」を生み出します。それは強烈な「我欲」を発生させ、文化を破壊しかねません。物資の交流は、それぞれの集落単位で、必要とする物資を交換する、というのが良いと思います。将来、皆が豊かになった上で、貨幣制度について考えれば良いのではないでしょうか』

 

その日の夜は、二人を歓迎しての祭りであった。龍人族の女が笛を吹く。聞いたこともない心地よい音色に、インドリトは陶然とした。肉や魚を食べた後に、龍人族の男が剣を持って進み出てきた。ディアンは頷いて、愛剣を持って立ち上がる。

 

『先生?』

 

『剣を使う者同士による仕合だ。大丈夫だ。これが彼らの風習なんだよ』

 

ドコドコと太鼓が鳴らされる。二人を囲み、皆が囃し立てる。剣を抜いた男二人が向き合う。互いに一礼をし、構える。ディアンが地を蹴り、打ち込む。素早く離れ、また斬りかかる。互いの剣が火花を散らす。ディアンはあえて、虚実の剣を使った。実の剣を使えば、一瞬で終わってしまうからだ。二人の剣技が噛合い、十数合が交される。インドリトは胸が高鳴った。師が戦うところを初めて見るからである。やがて、相手の剣が弾かれ、ディアンの剣が喉元に突き付けられる。決着がついたのだ。盛大な拍手と共に、二人が一礼をして別れた。

 

『見事なものだ。彼がその気になれば、一瞬で決着をつけることも出来たであろうに・・・』

 

族長は小さく呟いて笑みを浮かべた。インドリトは族長を見上げた。呟きが少年に聞かれたことに気づいた族長が、解説をした。

 

『ディアン殿の腕は、おそらくこの大陸でも数指に入るほどだろう。だが、一瞬で決着を付けてしまっては、皆が盛り上がらない。敢えて打ち合うことで、場を盛り上げたのだ。圧倒的な強さが無ければ、とても出来ないことだよ』

 

『強いんですね、先生は・・・』

 

インドリトは、龍人たちと握手をするディアンを眩しそうに見た。

 

 

 

 

フレイシア湾に沃ぐ河に沿って南下をする。水量が豊富なため、川幅はそれなりに広い。

 

『これくらいの広さがあれば、龍人族との交易は、舟を使うことが出来るな。交易が盛んになれば、ドワーフ族も龍人族も豊かになるだろう』

 

ディアンは時折、川幅を調べながら、地図に書き込みをした。ドワーフ族の村に住むようになってから一年間、ディアンは周辺集落や地形などを調査していた。ケレース地方西方の部族とは個人的な繋がりを作ることに成功したと言えるだろう。これを集落単位での繋がりにし、やがては統一国家としてまとめ上げていく。統治機構の設計や国家意識の浸透などを考えると、百年は必要だと考えていた。ディアンが河の調査をしている間、インドリトは野営のための準備をしようと思い、木枝を集めるために森に入った。枯れた枝などを短剣で切っていると、目の前の草が揺れ、いきなり野獣が飛び掛ってきた。大型の肉食猛獣「レブルドル」である。

 

『うわぁぁっ!』

 

インドリトは仰向けに倒れた。レブルドルの巨体が伸し掛かり、インドリトに噛み付こうとする。鼻先を両手で押さえ、なんとか耐える。だが、猛獣の力に抵抗できるものではない。インドリトは肩に噛みつかれた。太く長い牙が肩に食い込む。インドリトは悲鳴を上げながら、短剣でレブルドルの腹を何度も刺した。ディアンが慌てて駆けつけてきて、レブルドルを蹴り剥がした。

 

『インドリトッ!大丈夫かっ?』

 

『うぅぅっ・・・』

 

相当に深く噛まれていた。肩の骨が砕けている。ディアンは回復魔法と痛み止めの麻痺魔法を掛けた。レブルドルはふらつきながら立ち上がったが、そのまま倒れた。

 

『済まない。私の責任だ。調査に夢中になっていて、お前を見失ってしまった・・・』

 

『でも、助けてくれました…』

 

痛みが収まり、傷も塞がったことで、インドリトは落ち着いたようだ。レブルドルのほうに目を向ける。既に死んでいる巨体の横に、小さなレブルドルが鳴きながら擦り寄っていた。

 

『・・・レブルドルの赤子だな。お前が短剣を振っていたので、子供を守ろうとして、襲いかかってきたのだろう』

 

『私が・・・短剣を振っていたから・・・』

 

ディアンは立ち上がると、剣を抜いた。

 

『先生?』

 

『あの赤子も殺さなければならない。人間や亜人に敵愾心を持った猛獣は、縄張りなども関係なく襲ってくる魔獣になってしまう。そしてそれは、群れ全体に波及する。あのまま放っておけば、この辺りは危険地帯になってしまうだろう』

 

『ま、待ってください。まだ子供です!』

 

『レブルドルの赤子も、数年で大きくなる。レブルドルは長寿だ。成長して何十年も襲い続ける魔獣になるんだぞ。将来の禍根は立つべきだろう』

 

『嫌ですっ!』

 

インドリトはレブルドルの赤子を抱きかかえた。赤子といえども猛獣である。インドリトの腕に噛みつき、爪を立てた。皮膚が切り裂かれ、血が流れるのを構わず、インドリトは涙を浮かべながら、抱え続けた。やがて・・・

 

『・・・あっ・・・』

 

赤子は大人しくなり、インドリトの腕を舐め始めた。どうやら赤子は、インドリトを受け入れたようである。ディアンは驚いた。

 

『どうやら、お前を受け入れたようだな。レブルドルが懐くことなど滅多に無い。これは驚いたな・・・』

 

涙が流れる頬を舐める。インドリトは笑いながら、赤子の頭を撫でた。ディアンはインドリトの腕を治療した。肩と比べれば切り傷程度だが、雑菌が入れば面倒なことになるからだ。

 

『先生・・・この子を連れ帰っても良いでしょうか?』

 

『ちゃんと面倒を見るんだぞ?』

 

『ハイッ!!』

 

インドリトは嬉しそうに赤子を抱きしめた。ディアンはレブルドルの遺体に片膝をついて瞑目した。遺体から素材を回収し、燃やす。インドリトと赤子は、遺体が燃え尽きるまでその場に立ち竦んでいた。

 

 

 

 

インドリトは、レブルドルの赤子に「ギムリ」という名前をつけた。その昔、斧を揮って戦ったドワーフ族の戦士の名前である。ギムリは完全にインドリトに懐いたようで、尻尾を振りながら焼けた川魚を食べている。だがインドリトの表情は暗い。ディアンは、襲われた恐怖心からかと思ったが、どうやら違うようだ。

 

『私がもっと強ければ、ギムリの親を殺さずに出来たのでしょうか』

 

『どうかな。いきなり襲われたのだろう。やむを得なかったのではないか?』

 

『でも、先生なら・・・先生ほどに強ければ、殺さずに済んだのでしょう?私が弱かったから・・・』

 

『・・・インドリト、お前の言う「強さ」とは何だ?』

 

『それは…自分の身を護る力だと思います。必要以上に相手を傷つけること無く、自分の身を護る力が「強さ」ではないでしょうか』

 

『強さとは、剣を揮って相手と戦う力だけではない。むしろそんな強さなど、大したものではない。例えば、お前はギムリを懐かせた。私には出来ないことだ。お前の優しさが、魔獣になるしか無い赤子を救ったのだ。それも立派な「強さ」だと思うぞ?』

 

『ですが、必要のない殺生をしてしまいました。肉や素材を得るためならば仕方がありませんが、自分の身を護るためだけに、相手を殺すというのは、私は嫌です』

 

『お前は優しいな。普通なら、あんな体験をしたら、レブルドルに拒否反応を持つものだが、お前は自分を襲ってきた獣を気遣っている。お前の言いたいことは良くわかる。だがそれは言うほどに簡単なことではないぞ。相手を打ち殺すことは、実は簡単なことなんだ。だが、必要以上に相手を傷つけること無く、自分や護りたい者を確実に護るためには、これは「最強」と言えるほどの力が必要なんだぞ?』

 

『先生ほどの強さが、ですか?』

 

『いや、私は最強ではない。「もっと強ければ」と思ったことは一度や二度ではない。まぁ、お前の考える「剣や魔法の強さ」とは、違う強さを私は求めているのだがな…』

 

『それは、どんな強さなのですか?』

 

『…言葉を通じて、相手を納得させ、動かす力だ。その力が弱いから、剣に頼って「脅す」ことで、相手を無理矢理に動かしたことが、何度もある。私が弱いからだ。弱いから、相手を脅して、押し付けることでしか、対立を解消できなかったのだ』

 

『私は、剣や魔法で「脅す」ことですら出来ません。先生の言う「言葉の力」というのは理解できます。ですが、それは「強さ」があるから、発揮できるのではないでしょうか。強さが自信につながり、自信が言葉の強さに繋がる。先生のお話は、いつも説得力に満ちています。それは、先生の強さに裏付けられた自信から来るのではないでしょうか?』

 

『インドリト、それは違う。剣や魔法の強さなど、人の持つ強さの中では微々たるものなのだ。剣や魔法の強さが人の強さなら、人間もドワーフも龍人族もイルビット族も、皆が剣と魔法を修行せねばならない。だが実際は違う。自分自身の情熱と行動力を強みとして、周りを巻き込んで夢を実現していく者もいる。一つの研究に打ち込み続け、真理を解き明かすことを強みとする者もいる。「強さ」を全てと考えてはいけない。強さに因われてしまっては、世界が狭くなってしまう。まずお前は「心の強さ」を養わなければならない。人としての幅と深みを持つ必要があるのだ』

 

『正直、解りません。私は、先生から剣や魔法を学びたいのですが、それはいけないことなのでしょうか?』

 

『いや、今回は良い機会だ。レイナもグラティナもファミも、お前に剣と魔法を教えたがっている。戻ったら早速、修行を始めよう。だが覚えておきなさい。剣や魔法に頼るのは「下の下」なのだ。それは最後の手段だ。力で相手を「屈服」させるのではなく、言葉を通じて相手を「調伏」することこそが「上」なのだ。確かに、言葉も万能ではない。だが、言葉を交わし、互いに理解をし合うことは最も尊いことなのだ。お前はギムリを懐かせた。その時の心を決して忘れてはならない。良いな。剣や魔法が強さではないのだ』

 

インドリトは頷いたが、この時はまだ漠然としか理解していなかった。彼が真に理解するには、数十年の歳月が必要であった。

 

インドリトがレブルドルに襲われたことは、三人の「姉」にすぐに知れてしまった。血の匂いを発していたためである。戻ったその夜、ディアンは三人がかりで責められたのであった・・・

 

 

 

 

 




【次話予告】

三人の「姉」による指南で、インドリトの「剣と魔法の修行」が始まった。レイナ、グラティナ、ファーミシルスはそれぞれ役割を決め、インドリトを鍛え始める。魔神にも負けない「魂魄」を鍛えるために、インドリトは過酷な修行に耐える。

戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第四話「修行開始」


少年は、そして「王」となる…

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