戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

61 / 110
第五十五話:神、教義、神殿

七魔神戦争以降、現神神殿は西方諸国を中心に、確固とした地位を確立した。「光と闇の代理戦争」と言われたマサラ魔族国を巡る争いなども発生したが、フェミリンス戦争以降の国家形成期においては、西方から中原にかけて、神殿勢力が伸長し、各国に強い影響を与えている。光の現神たちは、各王国の中で棲み分けられ、王族や貴族層にはアークリオン神殿が、騎士団や軍へはマーズテリア神殿やバリハルト神殿が影響力を持っている。ネイ=ステリナ三大種族であるエルフ族、ドワーフ族、獣人族たちはそれぞれに己の生存圏を持ち、その中で慎ましく生きるのに対し、人間族は生存圏拡張に意欲的であり、ラウルバーシュ大陸内でも最大の生存圏を持っている。そのため特に光神殿は、人間族への布教に熱を入れている。

 

一方で、その布教活動が時として災厄を生み出すこともある。その代表例がセアール地方南部で起きた「マクル動乱」であろう。マクル動乱は、セアール地方北方に広がっていたバリハルト神殿勢力が南下し、ブレニア内海沿岸部の肥沃な地帯に住んでいた先住民「スティンルーラ族」を追い出したことから始まる。スティンルーラ族は反発し、セアール人とスティンルーラ人とで激しい争いとなった。約百年に渡って続いたセアール地方南部を巡る勢力争いは、バリハルト神殿の暴走を引き起こし、神殿の崩壊とバリハルト勢力の衰退によって決着するのである。

 

後世、メルキア帝国皇帝ヴァイスハイト・フィズ=メルキアーナは「政教分離」を宣言し、神殿勢力が国政に影響を与えることを禁止している。無論、神殿勢力はこの決定に反発し、メルキア帝国内で幾つかの混乱が起きたが、ヴァイスハイトは古神信仰こそ認めなかったものの、光闇双方の信仰を認め、信仰の自由を保証することで、一定の安定をみるのである。

 

メルキア帝国において政教分離政策が実現できたのは、皇帝ヴァイスハイト治世において、メルキア帝国はラウルバーシュ大陸最大の帝国であり、その勢力圏内にはエルフ族、獣人族、ドワーフ族、闇夜の眷属など多様な種族が存在したため、国教を定めた場合は、帝国分裂を呼びかねなかったからである。皇帝ヴァイスハイトが信仰の自由を宣言した文章が残されている。

 

・・・かつて、ケレース地方に「理想郷」と呼ばれた国家が存在した。その国では、多様な種族が暮らし、それぞれの信仰を守りつつ、互いに助けあって平和に暮らしていたそうである。我がメルキア帝国も、広大な国土を持ち、多様な種族が暮らしている。予は考えた。皆が平和に、豊かに暮らすためにどうすれば良いか。「古きを温め、新しきを知る」という言葉もある。メルキア帝国の永遠の繁栄のために、古の先例に倣うものである・・・

 

皇帝ヴァイスハイトがターペ=エトフを参考にしたのは、正室である「フェルアノ・ラナハイム=メルキアーナ」の助言と言われているが、数多ある仮説の中の一つに過ぎない。

 

 

 

 

 

しとしとと降る雨の中、ルナ=エマは二人の護衛とともに坂道を登っていた。雲は厚みを増している。雨足はこれから強まりそうであった。午前中は畑仕事があるので、午後に訪問をして欲しいと言われていた。だがこのままでは、帰り道は雷雨の中を歩くことになる。家の前で、獣人の少女が傘を差して待っていた。ルナ=エマの側に駆け寄り、手綱を握る。礼を述べるルナ=エマに少女は笑顔で返した。軒下で外套を脱ぎ、叩扉するとすぐに戸が開けられる。ヴァリ=エルフの美しい女性が出迎えてくれた。この女性も、尋常ならざる強さを持っている。昨日、稽古をつけていた女性と、ほぼ同等だろう。躰からは微妙に魔力が上っている。

 

『有難うございます。ディアン・ケヒト殿にお時間を頂きたいのですが』

 

『話は聞いている。ディアンは今、畑で収穫をしている。少しお待ち頂きたい。熱い茶を入れよう・・・』

 

護衛の騎士二人とともに、別室に通された。自分の前を歩くヴァリ=エルフに尋ねる。

 

『昨日の女性もそうでしたが、あなたも人とは思えないほどに強いのですね』

 

『私はヴァリ=エルフだ。人間より強いのは当たり前だ。ディアンには敵わないがな』

 

『ディアン・ケヒト殿は、それほどにお強いのですか?』

 

『当然だ。魔神だからな』

 

ルナ=エマはそれ以上は質問しなかった。確かに目の前の女は、「魔神の使徒」と思えるほどに強い。だが、どうしてもディアン・ケヒトが魔神とは思えなかった。目の前に香気を放つ茶が置かれる。ヴァリ=エルフの女は一礼して姿を消した。騎士の一人が、ルナ=エマに話しかける。

 

『聖女様、本日はどのくらい、話をするおつもりですか?時間によっては、帰りが大変になります』

 

雨足が強くなるようである。ルナ=エマが応えようとすると、ガタガタと音がした。ディアンが戻ってきたのだ。

 

『やれやれ、今日はもう出歩きたくは無いな。ジル、野菜は(くりや)に運んでおいてくれ。今夜はカレーにしよう』

 

ジルという獣人の少年が、嬉しそうに野菜を厨房に運ぶ姿が見えた。外套を壁に掛けた主人が、部屋に入ってきた。

 

『ルナ=エマ殿、お待たせをして申し訳ない。足元が悪い中、再び訪ねて下さるとは光栄です』

 

『昨日のお話の続きをしたいのです。お時間を頂けませんか?』

 

『今日はもう出歩くつもりはありません。休店日でもありますしね。今夜は我が家にお泊まり下さい。客室は二つありますので、騎士の方々もどうぞ』

 

『宜しいのですか?』

 

『この雨は夜半まで続くでしょう。恐らく雷雨になります。万一にも、聖女殿が落雷に撃たれたとあっては、私はインドリトに首を刎ねられるしょう。お願いですから、今夜はお泊まり下さい』

 

冗談交じりの言葉に、ルナ=エマも笑顔で頷いた。厩戸から戻った少女に、ディアンは客室を用意するよう、指示を出した。

 

『これから夕食の支度があります。食事後に話をしましょう』

 

ディアンはそう言うと、厨へと向かった。

 

 

 

 

 

『こ、これは何という料理ですか?辛いのですが、とても美味しいです』

 

ルナ=エマは驚いた表情でディアンに尋ねた。

 

『これはカレーという料理です。ラウルバーシュ大陸の中央部、タミル地方の料理を私なりに工夫したものです』

 

金髪と銀髪の美しい女性のほか、獣人の子供二人も同じ食卓につく。ルナ=エマや護衛の騎士たちも同じだ。騎士たちは最初こそ恐縮していたが、カレーの味に夢中になったようだ。あっという間に皿が空になる。獣人の少女が手を伸ばす。

 

『おかわりならあります。先生、良いでしょう?』

 

『あぁ、あなた方も遠慮をすることはない。騎士ならば人一倍食べて当然だ。遠慮無くどうぞ。ミユ、多めによそってあげなさい』

 

『き、恐縮です!』

 

冷えたエール麦酒を飲みながら、美しい女性二人もカレーを口に運んでいる。食卓の上には、カレー以外にも野菜類を盛った器や、豚足のスープがある。ルナ=エマはディアンに尋ねた。

 

『私たちの為に、このような贅沢な料理をご用意下さったのですか?それであれば、大変心苦しいのですが・・・』

 

『いや、この家ではこうした料理が普通なのです。カレーの原料である香辛料類も、裏の畑で栽培したものです。この野菜もそうです。肉や麦酒は、プレメルの市場で仕入れたものですが、大した値段ではありません。ターペ=エトフでは、ほぼ全ての家庭でこの程度の食事はしているはずです』

 

『インドリト王も?』

 

『インドリトはカレーと麦酒の組み合わせが大好物です。確か以前、三日連続でカレーだったそうで、王宮内でも話題になったそうですよ』

 

『違うわ。四日よ。まったく、あなたがインドリトにカレーを教えたせいで、王宮内でも香辛料が植えられたそうじゃない。ギムリなんて、最初はクシャミが止まらなかったそうよ?』

 

金髪の女「レイナ」が笑いながら訂正をする。その様子を見ながら、ルナ=エマは思った。

 

(やはりどう見ても、魔神と使徒の関係とは思えません。まるで夫婦か恋人同士です)

 

 

 

 

 

食後、ルナ=エマは用意された客室に通された。程よく広い寝台と机、椅子が置かれた部屋である。騎士たちも同じような部屋に通されているのだろう。綺羅びやかさは無いが、質実さがある。まるでディアン・ケヒトという人間を表しているようである。叩扉されたので戸を開けると、レイナが立っていた。

 

『驚いたわ。まさか風呂があるなんて・・・』

 

広めの露天風呂に浸かり、ルナ=エマは目を閉じた。確かに一つ一つに綺羅びやかさは無い。西方には「金箔の風呂」などもある。だがルナ=エマは思った。本当の贅沢とは、このようなことを言うのではないか?雨音しかしない静かな中で、ルナ=エマは溜息をついた。風呂から上がり、用意された室内着に着替える。刺繍も何もないが、絹製である。そのまま、主人の部屋に向かう。叩扉をし、扉を開けるとディアンが机に向かって本を読んでいた。夢中のようで、ルナ=エマに気づいていない。時折、紙に書きつけていく。

 

『・・・このやり方でも無理か。他の解呪法を探さねば・・・』

 

ブツブツと呟く背中に声を掛けると、驚いたように振り返った。

 

『これは・・・大変失礼をしました』

 

少し見えた頁には、呪術陣が描かれていた。どうやら魔導書を読んでいたようである。ディアンは本を閉じ、ルナ=エマを椅子に案内した。脇机には、葡萄酒の瓶が置かれていた。その隣には、葡萄酒に合わせた料理が置かれている。

 

『この森で採れた茸をオリーブ油で漬けたものです。その緑色の豆は、未成熟の大豆を蒸し、岩塩と胡椒を掛けました。赤葡萄酒に良く合います』

 

『聞いているだけで美味しそうに思えますね。この土地で採れたものに手間を掛けることで、贅沢な料理にしている。今日の饗しは忘れられません。本当の贅沢とは何かを教えて頂きました』

 

『西方では、贅沢な料理として純金の器を使ったりするそうですね。私から言わせれば、虚飾の極みです。料理は味です。私なら、純金の器に盛った不味い料理より、素焼きの器に盛った美味い料理を選びますね』

 

『まったくその通りですわね』

 

ルナ=エマは椅子に座った。ディアン・ケヒトとの対談が始まった。

 

 

 

 

 

『昨日のお話の続きなのですが、あなたはこう仰りました。信仰と信仰心は違う。信仰心の行き先について、他者が縛ることは出来ないと・・・』

 

『私はそう思っています。勿論、違う見解もあるでしょうがね』

 

『その話を聞いた時に、私の中で漠然とした不安が広がりました。何かが揺すられたような気持ちになったのです。ですが、それが何なのか、未だに解らないのです』

 

『・・・ルナ=エマ殿、目的を履き違えていませんか?あなたは教皇の付託を受け、ターペ=エトフを見聞に来たのでしょう?ディアン・ケヒトという男が、インドリト王の師である。その男の入れ知恵によって、インドリト王は国を興した。多様な種族を一つの国として束ねるために、信仰の自由を保証する必要があった。その結果、種族同士が争うこと無く、互いの信仰に踏み入らず、ターペ=エトフでは皆が幸福に暮らしている・・・そう報告すれば、それで終わりではありませんか?あなたの目的は「見聞」であって、あなた自身の信仰を見つめることでは無いはずです』

 

ルナ=エマは沈黙した。ディアン・ケヒトの言うとおりであった。この男の思想は理解できた。インドリト王はその影響を強く受けている。確かにターペ=エトフの在り様は、下手をしたら現神勢力を弱らせるものであった。だがインドリト王は、その思想を広げようとは考えていない。目の前の男も、その思想を自分に押し付けようとはしていない。ターペ=エトフの中で、皆が幸福に暮らせばそれで良いと考えている。つまり「ターペ=エトフの国内事情」として片付けることが出来る話であった。だがルナ=エマは踏み込まざるを得なかった。この揺らぎを持ち帰ることは出来ない。

 

『あなたの言いたいことは、解っています。ですが私は一人の信徒として、自らの信仰の揺らぎを持ち帰るわけにはいかないのです』

 

ディアンは少し目を細め、小さく息をついた。そして徐ろに切り出した。

 

『ルナ=エマ殿、あなたが信仰しているのは、マーズテリア神自身ですか?マーズテリア神の教えですか?それともマーズテリア神殿ですか?あなたの信仰心はどこに向かっているのですか?』

 

質問を理解するのに、ルナ=エマは数瞬を要した。ディアンは言葉を続けた。

 

『例えば、ここに一人の男がいるとします。その男に、三人の愛人がいたとしましょう。四人は大きな屋敷に住み、豊かな生活を送っています。ある旅人が、その屋敷に滞在をした時、三人の愛人に尋ねました。「男のどこに惹かれたのか?」と。一人はこう答えました。「彼は外見も性格も良く、とても優しい。男としての彼に惹かれたのです」。別の一人はこう答えました。「彼の知識、知性、思想は私を魅了しています。知識人として、思想家としての彼に惹かれたのです」。最後の一人はこう答えました。「この屋敷を見て下さい。広い家で何不自由なく暮らしていける。財産家としての彼に惹かれたのです」・・・』

 

ルナ=エマは躊躇なく答えた。

 

『もちろん、マーズテリア神の教えです。「強きは、弱きを援けねばならない」「力有る者は大きな責任を負う」・・・マーズテリア神は、現神の中で最も強い力を持ちながらも、いたずらに暴力を振るわず。弱者を援ける情け深い神です。マーズテリア神の教えには、マーズテリア神自身のそうした価値観、思想が反映されています。私はその教えを信仰しています』

 

『なるほど、ではマーズテリア神殿がケレース地方に進出し、イソラの街を作ったのは何故でしょう?マーズテリア神の教えに、そのようなことがありましたか?』

 

『教え自体にはありません。ですが、その教えの「実践」として、ケレース地方に人間族が暮らせる街をと、進出をしたのです』

 

『そう、それこそが問題なのです。教義とは、神の思想を言葉として「普遍化」したものです。つまりそこには、翻訳者の意図が入っています。まして、その教義に基いた「実践」となれば、それは教義の「解釈」によって大きく変わります。イソラの街を作るという判断をしたのは、マーズテリア神ではなく、マーズテリア神殿です。マーズテリア神殿はどのような「解釈」に基づいて、イソラの街建設という「実践」を行ったのでしょう?』

 

ルナ=エマは、自分の中に微妙な「揺れ」を感じていた。だがそれを無視して、ディアンの問いに答える。

 

『マーズテリア神の教えの中にはこうあります。「秩序とは、己の行き先、己の欲するところを識ることから生まれる」・・・ですがそのためには、己自身を省みる必要があります。省みる基準が必要なのです。ケレース地方は様々な種族が生きる混沌とした地です。その基準を示す必要がある、神殿はそう考えたのです』

 

ディアンは低く笑った。かつて問答をした神官騎士ミライア・ローレンスの言葉を思い出していた。

 

『二十年前、ミライア殿も似たようなことを言っていました。「混沌とした地に、秩序を齎す」とね。誰から見て、混沌なのですか?誰のための秩序なのですか?ケレース地方は混沌などしていません。それぞれの種族が、互いの領分を守りながら、それぞれ幸福に生きています。あなたから見て、このターペ=エトフは混沌としていますか?』

 

『いいえ、インドリト王と元老院の下、皆が幸福に生きていると思います』

 

『この国では、信仰の自由という思想と法に基づいて、皆がそれぞれに棲み分けながら、幸福に生きています。そこにあなた方が出現した。プレメルの住人たちが、家々に隠れたのを見たでしょう。この国では、あなた方こそが、「秩序を乱す者」「混沌の原因」なのですよ』

 

『・・・私たちが「悪」だと仰りたいのですか?』

 

『正確に言うなら、あなた方の「実践」が、いたずらに混沌を引き起こしている、ということです。良いですか、マーズテリア神がどのような思想を持とうが、それはマーズテリア神の自由です。あなたが、マーズテリア神の思想に惹かれ、その思想で生きるのも、あなたの自由です。ですが、実践という具体的な行動は、他者を考えなければなりません。マーズテリア神の教義が絶対であり、それに従わないものは「悪」と決めつけ、相手に押し付けるのであれば、あなたを「悪」と断言しますよ。この、ターペ=エトフではね・・・』

 

ディアンの言葉は、ルナ=エマを大きく揺さぶっていた。自分がこの地に来たのは、マーズテリア神殿の頂点に立つ「教皇」からの使命によるものだ。ターペ=エトフの国是である「信仰の自由」と、その実践である「古神をも容認する」という姿勢が、光神殿にとって危険と思われたからである。だがそれは、マーズテリア神殿の考え方、立場から見たものである。ターペ=エトフがマーズテリア神殿に害を為したわけでも無い。となれば、ターペ=エトフ側から見れば「信仰の押し付け」と感じても仕方が無いだろう。ルナ=エマは、言葉を選びながら、ディアンに尋ねた。

 

『つまり、あなたはこう仰りたいのですか?「神」「教義」「実践」は、分けて考えるべきだと・・・』

 

ディアンは小さく拍手をした。

 

『ようやく、噛み合いましたね。最初の質問を覚えていますか?マーズテリア神を信仰するのか、教えを信仰するのか、神殿を信仰するのか・・・あなたは教えを信仰していると仰った。つまり「教義」です。それはあなたの自由ですが、その教義の解釈、実践には、様々な「意図」が介在します。つまり「神殿」の領域なのです。教義を信仰するということは、その教義を「自己解釈」しているということです。神殿を信仰するということは、教義の解釈を「神殿に委ねる」ということです。さて、ではもう一度問います。あなたが信仰しているのは、教義ですか?それとも神殿ですか?』

 

ルナ=エマは息苦しさを感じた。マーズテリア神の教えは、自分の中で息づいている。だが、いま自分がここにいるのは、教義を自己解釈した結果なのか、それとも神殿から与えられた使命に盲従しただけなのか・・・ルナ=エマの心は揺れた。ディアンは手を叩いた。ルナ=エマはそれで、思索の海から抜けだした。ディアンが笑う。

 

『・・・いかがです?あなたの心の揺れの正体を掴むことは出来ましたか?』

 

そう聞かれ、ルナ=エマは当初の問いを思い出した。何故、自分の心が揺れているのかを知るためであった。だが、まだスッキリとはしていない。話そうとするのをディアンが止めた。

 

『あなたは、もうその正体に気づいています。ただ、それを言葉にできずにモヤモヤとしているのでしょう。言葉にする必要はありません。言葉にすると、掴んだモノが逃げていきますよ?』

 

ルナ=エマは少し沈黙し、ため息をついた。

 

『本当に、あなたの言葉は魔術ですね。インドリト王の思想が形成された理由が解りました。そして水の巫女が、あなたに会うのは危険だと言った理由も・・・』

 

『人は考える生き物です。自分で考え、自分で判断をします。判断の基準は、経験であり神の教義であったりするでしょう。ですが、自分で考えるという姿勢を放棄してしまっては、それは盲信と同じです。たとえ聖女であっても、考え、判断し、振り返り、学ぶべきだと思います。あなたはターペ=エトフで、学んだのではありませんか?』

 

『この地に来て、良かったと思います。一人の信徒として、私の視野が広がりました。ですが同時に、私はマーズテリア神殿の聖女です。神殿の者としては、あなたの存在は危険と思わざるを得ません』

 

『ほう・・・何故です?』

 

『あなたの言葉は、神殿勢力を突き崩す力があります。もし、あなたがその思想を広めれば・・・』

 

ディアンは笑った。

 

『だから言ったでしょう?ディアン教を信仰していると・・・ ただ布教というのは、謂わば「実践」なのです。私は自分が正しいと思っていますが、同時にあなたも正しいと思っています。あなたに私の思想を押し付けるつもりはありません。インドリトだって、私と八年間を過ごしながら、ガーベル神を信仰しています。しがない飯屋の主は、そんな考え方を持っていた・・・そう思っていれば良いではありませんか』

 

ルナ=エマは頷き、立ち上がった。こうして、彼女の第二夜が終わったのである。この時点では、ルナ=エマは気づいていなかった。ディアン・ケヒトとの対談が、聖女としての自分を変化させていたことに・・・

 

 

 




【次話予告】
次話は8月6日(土)22時アップ予定です。

ディアン・ケヒトとの対談は、敬虔な信徒であるルナ=エマに、大きな影響を与えた。だがそれは、マーズテリア神殿にとっては不都合極まりないことであった。神殿は、苦渋の決断をせざるを得なくなるのである。


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第五十六話「ルナ=エマの最後」

Ihr stürzt nieder, Millionen?
Ahnest du den Schöpfer, Welt?
Such' ihn über'm Sternenzelt!
Über Sternen muß er wohnen.

ひざまずくか、諸人よ?
創造主を感じるか、世界よ
星空の上に神を求めよ
星の彼方に必ず神は住みたもう・・・
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。