戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第五十六話:ルナ=エマの最後

マーズテリア神殿の勢力を最大化させた功労者、聖女ルナ=クリアは、聡明な智慧と独自の「信仰解釈」を持っていたと言われている。マーズテリア神殿にとって、本来は敵であるはずの「神殺し」に対しても、より大きな災いを封じる為にその力を利用するなど、柔軟な姿勢を示している。教皇ウィレンシヌスの徳と、聖女ルナ=クリアの智慧という両輪により、マーズテリア神殿はラウルバーシュ大陸で大きく勢力を伸長させる。ウィレンシヌスは、マーズテリア信仰をいたずらに押し付けるような姿勢は取らず、対話と融和を方針としていた。そのため、本来であれば敵対するはずの闇夜の眷属でさえ、マーズテリア神殿を恐れこそすれ、嫌うことは無かったと言われている。

 

ルナ=クリアの信仰解釈が何処で培われたかについては、諸説がある。ルナ=クリアはそれについて一切を語ること無く、異界「神の墓場」にて命を落とすため、彼女の思想の根源が何処で生まれたのかは謎のままである。ただ、ルナ=クリアに永く仕え、その身の全てを捧げていたと謂われる騎士「ゾノ・ジ」の記録が残されており、ルナ=クリアの根源を識る上での貴重な手掛かりとなっている。

 

・・・いよいよ明日、狭間の宮殿へと乗り込む。私は未だに、神殺しを信頼し切ることは出来ない。だが少なくとも、彼の者がいたずらに他者を傷つける存在ではないことは認める。宮殿に入れば、神殺しを見極めることも出来るだろう。今更ながら、聖女様の聡明さに、私は深い敬意を抱いた。アヴァタール地方を騒がせていた、あの得体の知れないモノを封じるために、神殺しを利用するなど、聖女様以外には出来ないことだろう。マーズテリア神の聖女でありながら、なぜこのような柔軟な姿勢を取ることが出来るのか・・・ 明日の戦いの前に、私は思い切って、以前から抱いていたこの疑問を、聖女様に尋ねた。聖女様は少し言葉を選びながら、こう答えられた。

 

「私は、マーズテリア神とその教義を信仰する聖女です。ですが、マーズテリア神殿を信仰しているわけではありません。私は「信仰」と、その信仰にもとづいた実際の「行動」とをわけて考えています。神殺しが暴虐の輩であれば、私は躊躇なく、彼の抹殺に動くでしょう。ですが、彼はそうした存在ではありません。それであれば、マーズテリア神の信仰から考えれば、必ずしも排除すべき対象にはならないはずです。神殺しを抹殺したがっているのは、マーズテリア神ではありません。マーズテリア神殿なのです」

 

「神と神殿とを分けて考える・・・聖女様は、そうした考え方を何処で培われたのですか?」

 

「・・・そうですね。切っ掛けは、ずっと昔に読んだ「一冊の日誌」・・・いえ、忘れました。気づいたらこうなっていたのです。ゾ・ノジ、もう休みなさい。明日は決戦です」

 

私は一礼して下がった。私はマーズテリア神殿の騎士である。マーズテリア神の教えを信仰している。だが同時に、聖女様への忠誠を忘れたことはない。私は、聖女様を信仰しているのではないだろうか。そう言うと、きっと怒られるだろう。だが私は己の心を偽ることは出来ない。我が命は、聖女様の為にある。明日は激戦となるだろう。この身を賭して、聖女様を護る。それが、私の「行動」なのだ・・・

 

 

 

 

 

雨戸の隙間から、陽が差し込んでいる。目を覚ましたルナ=エマは、上質な布を敷いた寝台を降りた。朝餉の良い香りが漂っている。外から声が聞こえる。上着を羽織り、雨戸を開ける。朝陽の眩しさに、目を細めた。夜半までの雨が嘘のような快晴であった。庭先で、ディアンと同居人たちが、躰を動かしている。どうやら柔軟体操のようだ。驚いたことに、私を護衛するはずの二人の騎士も、一緒に躰を動かしている。ルナ=エマの姿に気づき、慌てて駆け寄ろうとする。ルナ=エマは手を挙げてそれを止めた。ディアンたちは、魔力の基礎訓練を始めた。やがて一通りが終わると、ディアンはルナ=エマに会釈をした。

 

『申し訳ありません。良くお休みのようでしたので、起こさずにいたのです。これから朝食を用意します。お待ち下さい』

 

『お気遣い、有難うございます。朝食の支度でしたら、私も手伝います』

 

ルナ=エマは着替えをし、獣人の子供たちと一緒に朝食の支度をした。庭の石窯で焼かれた麺麭(パン)を籠に入れる。岩塩をまぶして寝かせ、燻製にした獣肉や野菜のスープなどが並べられる。王族並の豪華な朝食である。

 

『昨日も申し上げましたが、この程度の食事は、ターペ=エトフでは当たり前です。ターペ=エトフでは有り余るほどに食料が採れるため、ケテ海峡を通じてフレスラント王国にも輸出をしているのです』

 

『これほどの食事が普通だなんて・・・ 本当に、豊かな国なんですね』

 

朝食を取りながら、ルナ=エマはターペ=エトフの食文化について質問をした。ラウルバーシュ大陸中央部に位置するターペ=エトフでは、東西南北の食文化を集めている。天険の要害に囲まれているとはいえ、国家規模でそれを求めれば、知識を集めることは容易だ。特に東方の最大国家「龍国」とは定期的な公文書の遣り取りをする関係である。ラギール商会を通じて、東方の陶磁器や絹織物、書籍、酒類などを輸入している。物品だけではなく、技術者も招いている。龍国は大国とはいえ、東方列国との緊張関係が続いており、カネはいくらあっても足りない状態だ。西方の薬品類、武器類、また金銀などを求めている。ルプートア山脈地下には、巨大な金鉱と銀鉱があるため、ターペ=エトフは金銀が豊富だ。東西の大国同士で、互いの利益となる取り引きが続いている。

 

 

 

 

 

食後、ルナ=エマはディアンの書斎を尋ねた。この二日間で、ディアン・ケヒトという人物の思想については、ほぼ掴むことが出来た。神殿とは相容れない部分もあるが、現在はそれが、ターペ=エトフ国内で留まっている。ルナ=エマは、ディアン・ケヒトの思想の行く先を掴んでおきたかった。将来においても、ターペ=エトフの国内で留まるのか、それともそれを広げようと言うのか・・・ ルナ=エマの問いに、ディアンは少し目を細め、笑みを浮かべた。

 

『・・・それは、神殿勢力次第でしょうね』

 

『どういう意味でしょう?』

 

ディアンの返答に、ルナ=エマは首を傾げた。

 

『ターペ=エトフは、いたずらに他国を侵略する意図は全くありません。ですが、もしマーズテリア神殿をはじめとする西方の神殿勢力が、ターペ=エトフを認めないというのであれば、戦わざるを得ないでしょう。インドリト王は仁君ですが、弱君ではありません。殴られたら倍にして殴り返すくらいの気概は持っています』

 

『インドリト王はそうでしょう。ですが、貴方はどうなのですか?この二日間、貴方の話を聞いていて感じたことがあります。貴方はどこかで、神殿・・・いえ、宗教そのものを認めていないように感じるのです』

 

『・・・・・・』

 

ディアンは沈黙したまま、返答をしなかった。ルナ=エマは言葉を続けた。

 

『これが、一介の民であれば、たとえそうだとしても私は何も言いません。ですが貴方は、インドリト王に大きな影響力を持っています。もし貴方が、神殿を否定すれば・・・』

 

ディアンは手を挙げて、ルナ=エマの言葉を止めた。

 

『インドリトは、ターペ=エトフの国王です。この国と国民に責任を負っています。私はインドリトが王になって以来、一度として信仰や宗教について、語ったことはありません。これからもそうでしょう。インドリトはガーベル神を信仰しています。そして、各元老はそれぞれに信仰を持っています。それを惑わすようなことは、してはならないのです。私はそう思っています』

 

『あくまでも、一個人としての見解に留める、ということでしょうか?』

 

『インドリトが王である限り・・・そして、神殿が今のままである限りにおいては・・・ね』

 

『神殿が今のままである限り、とは?』

 

『ルナ=エマ殿、あなたの仰るとおり、私は神殿勢力に懐疑心を持っています。何故か?それは神殿勢力もまた「人の集まり」だからです。人である以上、必ず「過ち」を犯します。思い込みによって認識を錯誤し、間違った判断を下すこともあるでしょう。インドリトはそれを防ぐために、「自分は正しいか」を常に自らに問い、さらには元老院という「他者の声」に耳を傾けています。インドリトの中に「自分は絶対ではない」という哲学があるからです。そこであなたに問います。マーズテリア神殿の教皇は「絶対に間違えない」のでしょうか?』

 

そう問われ、ルナ=エマは返答に窮した。ディアンは言葉を続けた。

 

『あなたは昨日、こう言いましたね。自分はマーズテリア神の教えを信仰していると・・・ ですが、マーズテリア神の教義を実践するのは「神殿」です。その神殿が誤った時、誰が正すのですか?それとも、神殿は「絶対に間違えない」のですか?』

 

『マーズテリア神殿は、マーズテリア神の教義に沿って、教皇および枢機卿たちによって運営をされています。枢機卿は一人ではありません。複数の枢機卿が互いに意見を交わし合い、より良い判断を下そうとしています。「絶対に間違えない」とは言いませんが、間違えないよう「努力」はしています』

 

『・・・ルナ=エマ殿、インドリトはこう言いませんでしたか?「間違いを是正できるかどうかが大事なのだ」と・・・ もし、マーズテリア神殿が間違いを犯したら、どうすると思います?』

 

『もちろん、すぐに是正を・・・』

 

『しないでしょう。いえ、出来無いはずです。マーズテリア神殿は、マーズテリア信仰の象徴です。もしその象徴が、自ら間違いを認めたら、それは即ち、信徒たちに大きな影響を与えてしまう。信仰とは「疑わない」から信仰なのです。断言しましょう。もしマーズテリア神殿が間違った道に進んだとしても、教皇以下、誰もそれを止められないでしょう。唯一、それが止められるとしたらマーズテリア神自身でしょうね』

 

『・・・私が止めます』

 

『ほう?』

 

『私は、マーズテリア神の神格者です。私の立場は、教皇と対等です。私は元々は人間です。ですから、自分が絶対に間違えないなどとは言い切れません。ですが、自らを振り返ることで、その暴走から遠ざかることは出来ます。このターペ=エトフで、私はそれを学びました。神殿において、聖女は教皇の代理人として、各国と交渉をする役割です。ですがもう一つ、神殿の暴走を止める役割を担うべきです。マーズテリア神の「神格者」として・・・』

 

『あなたに出来ますか?私の知る限り、マーズテリア神殿の聖女は、教皇が指名するそうですね。教皇と対等というのは、教皇が認めたら、というだけであり、その気になればいつでも、あなたを罷免できるはずです。実態としては、教皇の「部下」です。教皇を止めるとなると、それは命懸けですよ?』

 

『私は聖女です。元より、命を捧げているのです』

 

ディアンは瞑目し、頷いた。

 

『あなたのお覚悟は、良く解りました。あなたがいらっしゃる限り、マーズテリア神殿は安泰でしょう。先程も申し上げたとおり、私個人は神殿勢力に懐疑的ですが、ターペ=エトフは、マーズテリア神殿とも他の神殿勢力とも、上手く付き合っていきたいのです。ターペ=エトフに生きる一介の民として、あなたにお願いしたい。どうか、良しなに・・・』

 

ディアンは立ち上がり、ルナ=エマに頭を下げた。ルナ=エマも立ち上がり、礼をした。これをもって、マーズテリア神殿聖女と黄昏の魔神の邂逅は終わった。

 

 

 

 

 

自分を護衛する二人の騎士は、既に準備を済ませ、庭で待っている。戸口で振り返り、ルナ=エマはもう一度、ディアンに礼を述べた。

 

『本当にお世話になりました。皆様から受けた饗しは、決して忘れません。そして、ディアン殿・・・ あなたに会えたのもまた、マーズテリア神の御導きでしょう。マーズテリア神殿は、ターペ=エトフに関与しません。教皇猊下に、そのように意見をするつもりです』

 

そう言って、ルナ=エマはディアンに手を差し伸べた。ディアンは少しだけ目を細めた。

 

『・・・感謝します。私も「現神」との戦争など、できれば避けたいと思っています』

 

そう述べて手を握った。その瞬間、ルナ=エマは驚きの表情を浮かべた。握った手から感じる気配は、疑いようのないものであった。

 

『あ、あなたは・・・』

 

『私は最初から、真実を伝えていたのですよ。言ったでしょう?「魔神」だと・・・』

 

ルナ=エマは慌てて手を離した。少し震えながら目の前の男を見る。男の様子は、先程から何も変わっていない。だが横にいる二人の美女を含め、まるで違う見え方になった。魔神と使徒である。ルナ=エマは気づいていなかったのだ。この家は「魔神の館」だったのである。ルナ=エマは飛び出すように、外に出た。レイナとグラティナが、それを見送った。

 

 

 

 

 

『ディアン、良かったのか?聖女殿は、ディアンが魔神であると気づいたようだが・・・』

 

『そうだな。だが、オレが魔神だからと言って、それで彼女が自分の決意を翻すとは思えない。この三日間で、彼女の視野は広がった。神と神殿とを分けて考えるようになった。魔神であるオレを恐れこそすれ、マーズテリア神殿を動かしてターペ=エトフに攻めこむような愚かなことはしないだろう』

 

『私はむしろ、この三日間、ディアンが彼女に手を出さなかったことが驚きだわ』

 

レイナとグラティナの笑い声に、ディアンは肩を竦めて失笑した。

 

 

 

 

 

マーズテリア神殿神官騎士グルノーは、聖女の様子を心配していた。本来であれば王宮に行き、インドリト王に挨拶をすべきである。だがルナ=エマは、体調不良のため急ぎ神殿に戻る、という伝令だけを出し、自身はそのまま船に戻るつもりでいた。ギムリ川上流の船着場まで馬にのりながら、ルナ=エマは考え事をしていた。

 

・・・インドリト王は、ディアン・ケヒトが魔神であることを知らいないのだろうか?そんな筈はない。魔神であることを承知の上で、師と仰いでいるのだ。確かに、普通の魔神とは全く違う存在だ。畑仕事をし、飲食店を出し・・・まるで人間だ・・・

 

そこまで考えて、ルナ=エマは愕然とした。あの魔神は、元々は人間だったのではないか?それが魔神の肉体を得た。人間の魂と魔神の肉体を持つ存在、現神をも超える可能性のある災厄の種「神殺し」なのではないか。

 

(とにかく、今は一刻も早く、船に戻りましょう。落ち着いて考える必要があります。それにしても、この国はあらゆる意味で、私の想像を超えていました・・・)

 

考え事の中で、ルナ=エマは一言、呟いた。

 

『ターペ=エトフへの接触を禁じなければ・・・』

 

 

 

 

 

聖女ルナ=エマの報告を聞いた教皇クリストフォルスは考える表情を浮かべた。横に立ち並ぶ枢機卿たちも沈黙している。教皇は確認するように尋ねた。

 

『聖女殿、あなたの言葉を信じるとすると、ターペ=エトフでは各神殿の教義を独自に解釈し、それを教材として子供たちに教えている。そして皆が互いに信仰を認め合いながら、豊かに平和に暮らしている・・・ということになりますね』

 

『仰るとおりです、猊下・・・ インドリト王は、各神殿の教義を並べ、客観的に比較し、共通している教えを「法」としてまとめ、国を運営しています。ターペ=エトフ社会においては、信仰は全て個人の中に留まり、日々の暮らしは「法」によって秩序が保たれています』

 

『つまり彼らにとって、現神信仰は価値が無い、ということですか?』

 

『いいえ、個々人にとっては尊い価値を持っています。ですが、ターペ=エトフではそれは「個人がそう思っている」というだけなのです。国家としては、教義よりも法を優先させる、インドリト王自身がそう述べられました』

 

枢機卿たちがざわめきに包まれる。強硬派の枢機卿が進み出た。

 

『猊下、やはりターペ=エトフは危険です。マーズテリア神の教義に従わないというのは、まだ許せます。ですが、あらゆる教義よりも法を優先させるということは、彼らは「法」という「神」を生み出したに等しいでしょう。そのような考え方を認めるわけにはいきません。ここは軍を動かすべきでしょう』

 

『お待ち下さい。確かに、ターペ=エトフにおいては信仰、神殿は大きな地位を得てはいません。ですが、否定をしているわけでもありません。個々の信仰を認め合いながら、まとまって暮らすために「法」という手段を用いているに過ぎないのです』

 

『それが問題なのだ。西方諸国は、それぞれに国教を定め、神殿と結びついて国を統治している。教義が大枠となり、その中で法が生まれている。しかし、ターペ=エトフなる国では、教義よりも法が重んじられる。つまり我ら神殿よりも亜人族や闇夜の眷属の考えた決め事が大切にされているのだ。そのような思想は容認できん!』

 

枢機卿の興奮に当てられたのか、ルナ=エマは後の運命を決める一言を発してしまった。

 

『容認できない・・・容認できないのは誰です?マーズテリア神ですか?それともマーズテリア神殿ですか?』

 

その一言で、枢機卿たちに沈黙が流れた。教皇クリストフォルスも驚いた表情を浮かべる。先程までの興奮が冷めたように、一人の枢機卿が咳払いをした。

 

『・・・聡明な聖女殿にも、失言があるようですな。我らマーズテリア神殿は、マーズテリア神の教えの中で、忠実に生きる信徒の集まりです。我ら神殿を否定するということは、即ちマーズテリア神を否定すること・・・違いますかな?』

 

『お言葉ですが、マーズテリア神の教えの中には「他者への寛容さ」が喩え話で出ています。ヒトは生きるために、他の生命を奪う必要がある。しかし、野山に生きる獣たちには、それぞれに縄張りがあり、生き方がある。自らの都合で、そうした獣たちを殺戮してはならない。彼らに感謝をしつつ、共に生きる寛容さ、ゆとりこそが慈悲の心に繋がるのだ、と・・・ ターペ=エトフの考え方は、確かに私たちとは違います。ですがそれは、ターペ=エトフ国内でのことです。彼らが私たちに、何をしたと言うのですか?自分たちの縄張りの中で、平和に暮らしているところに、「考え方が違うから」という理由で軍を向けるなど、どう言い繕おうとも「侵略」以外の何物でもありません!』

 

枢機卿たちは顔を赤くした。その表情には怒りが浮かんでいる。教皇クリストフォルスが手を上げ、意見の対立を止めた。

 

『もう結構です。ターペ=エトフの国情は、良く解りました。あとは私と枢機卿たちとで話し合いをします。聖女殿は、いささか疲れているようです。ゆっくり休んで下さい・・・』

 

ルナ=エマはまだ言葉を続けようとしたが、教皇の視線がそれを許さなかった。ルナ=エマは俯き、一礼して部屋から出て行った・・・

 

 

 

 

 

ターペ=エトフ歴十六年、聖女ルナ=エマは教皇の勅命により、その地位を剥奪された。神格者不適格の烙印を押され、神格者としての力も奪われた上で、自裁を求められることになった。幽閉された部屋の中で、ルナ=エマはこの顛末を日記に残している。その内容は、マーズテリア神殿の秘密図書館に収蔵されているため、確認することは出来ない。ルナ=エマに同行をした神官騎士たちも、それぞれ僻地へと飛ばされた。後世においては、ルナ=エマという聖女がいたことすら、ごく一部の者しか知らない。マーズテリア神殿が記録を消去したためである。ルナ=エマは、墓すら残されていない。マーズテリア神殿の「厳格さ」を示すものと謂われている・・・

 

 

 

 

 

【Epilogue】

 

・・・鉄格子が嵌められた窓から、空を眺める。蒼い月明かりが穏やかに部屋を照らしている。教皇猊下は枢機卿たちと話し合い、イソラ王国を動かして、ターペ=エトフに軍を差し向けるそうである。私は溜め息をついた。愚かな判断である。こちからか手を出さない限り、ターペ=エトフは無害の存在である。イソラ王国の全軍を差し向けたとしても、あの魔神の前に全滅して終わりだろう。そして下手をしたら、イソラ王国のマーズテリア神殿まで消滅しかねない。マーズテリア神殿は最強の力を持っている。猊下はそうお考えであろうが、それは間違いだ。剣や槍の数など、強さの証明にはならない。ターペ=エトフの真の武器は「思想」だ。もしターペ=エトフがその気になれば、思想を広げるだけでマーズテリア神殿を弱らせることが出来るだろう。彼らとの共存こそが、マーズテリア神殿の繁栄へと繋がるはずであった。だがマーズテリア神殿は誤った判断を下した・・・

 

月明かりに一瞬、影が指した。ルナ=エマは窓に目をやる。何も変化はない。

 

・・・あの魔神は言った。「マーズテリア神殿が間違った時に、誰が止めるのか」・・・自分が止める、止めてみせる、そう啖呵を切ったが、それがこの結果である。明日、私は自裁を求められる。神殿という組織体を止めることが、いかに大変なことか、自分が正しいと信じ込んでいる人間を諭すことが、どれほどに難しいのか、私は理解していなかった・・・

 

『あの魔神は・・・ディアン・ケヒト殿はきっと嗤うでしょうね。「ホレ見たことか」と・・・』

 

『いいえ、嗤いませんよ』

 

いきなり声が掛けられ、ルナ=エマは飛び上がりそうになった。鉄格子がいつの間にか、外されている。そしてその先に、魔神が顔を覗かせていた・・・

 

翌日、毒酒が入った杯を盛った神官が、ルナ=エマが幽閉されている部屋に入った。そして驚愕の声を上げた。「元聖女」の姿は、跡形もなく消えていた。机の上には、一冊の日誌のみが置かれていた・・・

 

 

 

 




【次話予告】
更新が遅れ、申し訳ありません。次話は8月11日 22時更新予定です。


東ケレース地方の光側国家「イソラ王国」は慌ただしくなっていた。マーズテリア神殿からの支援物資を得て、ターペ=エトフ討伐へと準備をすすめる。だがその情報は既に、ターペ=エトフ側の知るところであった。名君インドリトは、国を護る為に、剣を手にすることを決断する。


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第五十七話「北華鏡会戦」

Ihr stürzt nieder, Millionen?
Ahnest du den Schöpfer, Welt?
Such' ihn über'm Sternenzelt!
Über Sternen muß er wohnen.

ひざまずくか、諸人よ?
創造主を感じるか、世界よ
星空の上に神を求めよ
星の彼方に必ず神は住みたもう・・・

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