戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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申し訳ありません。事情により、更新が遅れてしまいました。
また、当初は一話で完結する予定だったのですが、長くなりそうなので、前編と後編に分けました。ご理解くださいませ。

Hermes


第五十七話:北華鏡会戦(前編) -マーズテリア神殿、動く-

ラウルバーシュ大陸中原域、ケレース地方は「混沌の地」と呼ばれている。アヴァタール地方南部からニース地方に掛けては闇夜の眷属が多く、後に闇夜の眷属の国「エディカーヌ王国」が誕生するが、混沌の地とは呼ばれていない。ケレース地方がそう呼ばれた最大の理由は、光と闇の混在である。ケレース地方には、光側の現神を信仰するドワーフ族、エルフ族、獣人族が暮らす一方、闇夜の眷属である龍人族や魔族も生活圏を形成している。人間族においても、レスぺレント地方から移住した「闇の現神信仰を持つ人間族」などが暮らしている。その一方で、光の現神信仰を持つ人間族もいる。その代表例が「イソラ王国」である。

 

マーズテリア神殿をはじめとする光側神殿勢力は、レスぺレント地方の「姫神フェミリンス」に呼応する形で、ケレース地方への進出を企図した。フェミリンス戦争によって、レスぺレント地方東部に闇夜の眷属たち集中していた。彼らが逃げるためには、オウスト内海に出てケレース地方を目指すか、あるいはさらに東方の砂漠地帯に行くしかない。ケレース地方において最も港に向く湾は、西ケレース地方のフレイシア湾であるが、フレイシア湾には既に龍人族が集落を形成していた。光側神殿勢力の中でも強硬派であるバリハルト神殿などは、武力によって龍人族を排除すべしと主張するが、マーズテリア神殿がそれに反対をしたと言われている。西ケレースよりも東ケレース地方に街を建設した方が、レスぺレント地方の闇夜の眷属たちに、より直接的な圧力を加えられる、というのが表向きの理由であるが、実際はバリハルト神殿の力が強い「セアール地方」に隣接する場所に拠点を設けることを忌避したためである。

 

このように、神殿諸勢力の政治的な駆け引きの中から、妥協案として「イソラの街」が造られた。ケレース地方の治安維持を目的とするマーズテリア神殿と、闇夜の眷属たちへの慰撫(と言う名の改宗促進)のために、イーリュン神殿が建てられ、光神殿勢力の支援を受け、急速に勢力を拡大させる。だが、大魔術師ブレアード・カッサレの登場により、イソラの街の「地政学的意味」が変化をしてしまう。姫神フェミリンスが封印され、レスぺレント地方東方域の亜人族たちは、災厄から逃れることが出来た。当初は、レスぺレント地方への圧力の為に造られた街は、逆に取り残される形となってしまったのである。既に神殿を建てていたマーズテリア神殿とイーリュン神殿こそ、支援を継続したが、他の光神殿は支援を中断してしまった。また東ケレース地方南方に、闇夜の眷属の国「ガンナシア王国」が建国され、イソラの街は存亡の危機に立たされる。そこでマーズテリア神殿は、イソラの街代表者であった「オットー・クケルス」を国王とした「イソラ王国」を建国し、ガンナシア王国に対抗しようとしたのである。

 

このように、イソラ王国はその誕生前から、闇夜の眷属に対抗する「拠点」として設けられた。そのためイソラ王国国内では、亜人族や闇夜の眷属たちは差別の対象となっている。マーズテリア神は、もともとは地方神として、狩人であった獣人族に信仰されていた。その神を信奉する神殿が、獣人族を差別の対象とするのは、いかに神殿というものが、教義を「曲解」するか、その症例と言えるだろう。

 

 

 

 

 

賢王インドリトは、玉座の肘掛をコツコツと指で叩いた。眉間も寄っている。謁見の間には、片膝をついている男と女がいる。師であるディアン・ケヒトと、マーズテリア神殿元聖女のルナ=エマである。宰相シュタイフェが気を効かせて、謁見の間にはシュタイフェを含めて四人しかいない。

 

『我が師よ、あなたらしくない軽率な行動と言わざるを得ません。マーズテリア神殿総本山に侵入し、聖女殿を拉致してくるとは・・・ もし気づかれたら、ターペ=エトフとマーズテリア神殿の全面戦争になっていたでしょう』

 

『御意・・・』

 

ディアンは俯いたまま、インドリトの叱責を受け止めた。ルナ=エマはその様子に、思わず口を挟んだ。

 

『私はもう、聖女ではありません。教皇より罷免され、神格者としての力も失っています。ディアン殿は、処刑される私を救い出してくれたのです』

 

インドリトが一瞥する。それでルナ=エマは口を閉ざした。インドリトは溜め息をついた。

 

『・・・それで、これからどうするのです?ルナ=エマ殿を亡命させたとしても、プレメルには複数の光神殿があります。いずれ必ず、元聖女がプレメルの街にいると気づかれるでしょう。そうなればマーズテリア神殿との対決は避けられません。そうならないよう、ルナ=エマ殿を連れ去った後についても、考えがあるのでしょう?』

 

『ルナ=エマ殿には、外見と名前を変えて頂きます。その上で、レウィニア神権国の首都プレイアにおいて、在プレイア領事として、働いてもらってはどうかと考えています』

 

『ほう?もう少し詳しく、説明をして下さい』

 

そう言われ、ようやくディアンは顔を上げた。

 

『現在、ターペ=エトフは北方のケテ海峡を挟んで、カルッシャ、フレスラント王国と外交折衝を続けています。シュタイフェ殿が中心となっていますが、南方のアヴァタール地方にも、レウィニア神権国をはじめとして新興勢力が誕生しつつあります。首都プレメルを拠点として、南方の情報収集をする必要があります。ルナ=エマ殿は聖女として、各国との外交折衝をしてきた実績があります。彼女であれば、レウィニア神権国の君主とも対等に渡り合えるでしょう』

 

『・・・師よ、いかなる権限をもって、そのような出過ぎた行動に出たのです?私がそのようなことを相談したことがありますか?民は、国政を考える自由があります。国政に意見する自由もあります。ですが、法に基づかない行為によって、国政を左右してはならないのです!』

 

インドリトの怒声が室内に響く。ルナ=エマは思わず肩を竦めた。仁君として、心優しい王と言われているが、いざとなったらこれほどに厳しい叱責も出来るのである。ディアンは再び、俯いた。

 

『シュタイフェ、法に基づいた場合、師の罪状はどうなりますか?』

 

『は・・・ ターペ・エトフの刑法では、外部から国家の危機を意図的に招き入れた者には、「外患誘致罪」が適用されヤす。その場合は、死刑でございヤす・・・』

 

『そんな・・・』

 

ルナ=エマは思わず立ち上がろうとしてしまった。ディアンが手をかざして、それを止めた。シュタイフェが言葉を続ける。

 

『・・・ただ、何を以って「国家の危機」とするかは、判断が別れるところでヤす。特に今回の場合は、聖女・・・いや元聖女殿の外見を変え、更にはターペ=エトフ国外に移すとのこと。となれば、国家の危機と一概に言えるかどうかは・・・むしろ有為な人材を国にもたらした、とも考えられるわけで・・・』

 

『・・・つまり、功罪相半ばということですか?』

 

『功となるか、罪となるかは、これからのルナ=エマ殿に掛かっているでしょうな』

 

インドリトは頷いて立ち上がった。

 

『ルナ=エマ殿、こうなってしまった以上、今更あなたをマーズテリア神殿に送り返すわけにはいきません。もしターペ=エトフに亡命されるのであれば、我が師が言ったように、外見と名を変え、レウィニア神権国にて暮らして頂きます。もしそれを否と言われるのであれば、この場にて、あなたと我が師ディアン・ケヒトに、死刑を申し渡します。どうしますか?』

 

『もちろん、お引き受けします。私の身がどうなろうと構いませんが、ディアン殿まで巻き込むわけにはいきません!』

 

ルナ=エマは決然と返答した。インドリトは頷き、はじめて笑顔になった。

 

『・・・というわけで、先生、ルナ=エマ殿はお引き受け下さるそうです』

 

ディアンがふぅ、と息を吐きだして、その場で胡坐を組んだ。ルナ=エマはそれで悟った。今までのやり取りは「芝居」だったのである。

 

『・・・私を騙したのですか?』

 

『いや、気を悪くされるな。ターペ=エトフで生きるということは、教義よりも法が優先される。法とはどれほどに厳しいものか、身をもってあなたに、理解をして頂きたかったのだ。あなたを救い出すことは、インドリト王も事前に承知していた。もし勝手に助け出したら、それこそ本当に、私は死刑になっていただろう。インドリト王がいかに我が弟子であっても、法を歪めることはできん。法は、万人に平等なのだ』

 

『それに、先ほど言ったことは、全て本当です。ルナ=エマ殿、あなたをプレメルに措くわけにはいきません。外見と名を変えて、レウィニア神権国首都プレイアに行って頂きます。ターペ=エトフの領事として・・・』

 

ルナ=エマはその場で座り込んでしまった。釈然としない思いはあるが、受け入れられたのは事実である。だが、まだ納得がいかない点が、一つあった。

 

『お尋ねしたいのですが、何故、私を助け出したのですか?そのまま放置していても、ターペ=エトフには影響が無いと思いますが?』

 

『簡単に申し上げれば、あなたの知識と能力が欲しかったのです』

 

インドリトが説明をした。

 

『あなたが我が師の家で三日間を過ごしたと聞いた時から、教皇とあなたの対立は予想できました。イーリュン神殿の情報では、マーズテリア神殿の現教皇は、対話よりも対決を考える人のようですね。となれば、言葉を用いて相互理解を進め、信仰の垣根を超えて共に繁栄をする、というターペ=エトフの国是、思想とは相容れません。あなたは師の思想を理解し、マーズテリア神殿に穏健をもたらそうとした。しかし、実際にこの地を見ない神殿の方々は、あなたが危険思想に染まった、と思うでしょう。あなたが国を離れたその日のうちに、私は師と相談し、あなたを救出することを決めたのです。あなたはターペ=エトフを理解した。そして教皇と対立をするという度胸もある。何より、マーズテリア神殿の知識を持っている。我が国にとって、垂涎の人材です』

 

『・・・私に、マーズテリア神を裏切れと言うのですか?』

 

『勘違いをするな。マーズテリア神を信仰するのは一向に構わないのだ。マーズテリア「神殿」を見限れと言っているのだ。実際、もう神殿の中にあなたの居場所は無い。あなたは言ったな。マーズテリア神の教義を信仰しているのであって、神殿を信仰しているのではないと・・・ならば出来るはずだ。ターペ=エトフの民として、マーズテリア信仰を続ければよい。我が国は、信仰の自由を法によって認めている。誰も、あなたの信仰を否定することは出来ない。マーズテリア神殿は、信仰の「しかた」が問題なのだ。己の立場、己の思想を力づくで相手に押し付けるなど、マーズテリア神が望んでいるとは思えん』

 

二人の説明について、ルナ=エマは考えた。だが余りに様々なことがあり過ぎて、まとまらない。インドリトは手を叩いた。

 

『取りあえず、今日は王宮にて、お休み下さい。ゆっくり考える時間が必要でしょう』

 

ルナ=エマは息をついて、立ち上がった・・・

 

レウィニア神権国とターペ=エトフは、同盟国として互いの首都に「領事館」を置いていた。ターペ=エトフの在プレイア領事は、ある家によって代々引き継がれてきた。ターペ=エトフ滅亡によって、その家系も断絶をするが、水の巫女によってその名は回復する。初代領事の出自については、後世においても不明のままである。ただ、金髪の美しい女性でありながら「最高の外交官」であったという名声と、「エミリア・パラベルム」という名が残されているのみである。

 

 

 

 

金髪の美しい女性が、各元老に挨拶をする。元老たちも薄々は気づいているが、何も言わずに挨拶をする。公的に認めるわけにはいかないからだ。一通りの挨拶が終わった後、在プレイア初代領事エミリア・パラベルムは退室した。今日の議題は、エミリアの挨拶ではない。もたらされた「情報」が議題である。国務次官ソフィア・エディカーヌが報告する。

 

『確かな情報によると、マーズテリア神殿はカルッシャ王国を経由して、東ケレース地方のイソラ王国に軍を送っているとのことです。その目的は、我らターペ=エトフへの侵攻です』

 

元老たちは一様に、溜め息をついた。こうした事態はいずれ起きると覚悟はしていたため、皆に動揺は無い。ソフィアが説明を続ける。

 

『イソラ王国の兵力は三千以上と思われます。ターペ=エトフの通常兵力は一千程度ですが、ファーミシルス元帥のもと、一騎当千の猛者が揃っています。負けるとは思えません。ですが、マーズテリア神殿が絡むとなると、少々厄介です。カルッシャ王国が呼応して動く可能性があります。ケテ海峡も防御を固めなければなりません』

 

そう言われ、元老たちの顔色が変わった。

 

『だ、だがそれならどうすれば良いのだ?ルプートア山脈があるとはいえ、軍がいなければ護りようが無い!』

 

『話し合いで何とか戦争を回避できないだろうか?多少の譲歩をしてでも・・・』

 

『残念ながら、それは出来ません』

 

インドリトが立ち上がった。

 

『マーズテリア神殿は、教皇の考え方によって、その方向が大きく変わるようです。前教皇は対話と融和を重んじる人物でした。それであれば、話し合いも出来たでしょう。ですが現教皇は、マーズテリア信仰を武力によって押し付けようとしています。我々が望まなくとも、戦争は向こうから仕掛けてきます。彼らが納得する妥協とは、信仰を捨ててマーズテリア神殿にこの地を占領させることでしょう。つまり我らに「滅びろ」と言っているのです』

 

悪魔族代表が立ち上がった。怒りで眼が血走っている。

 

『冗談ではありません。百歩譲って、相手が魔神などであれば、まだ我ら悪魔族も妥協はできます。だがマーズテリア神殿に屈するなど、我らに「死ね」と言うようなもの。我が王よ、よもや降伏など考えてはおりますまいな?』

 

『もちろんです。ターペ=エトフは全ての種族を超えて、共に繁栄を願う国です。「自分たちだけの繁栄を目指す」という現在のマーズテリア神殿と、妥協することは出来ません。ここは、戦う以外に無いでしょう』

 

『ですが、どう戦うのです?ケテ海峡から軍を動かせないとなると・・・』

 

『ご安心を・・・ 凄腕の傭兵を雇いました』

 

インドリトが手を叩くと、部屋の後方にある扉が開かれた。漆黒の外套を纏った男と、二人の美しい女性が立っていた。

 

 

 

 

 

カルッシャ王国の首都ルクシリアは、慌ただしい様相を呈していた。ケテ海峡に展開している軍を動かし、ケレース地方西方の新興国「ターペ=エトフ」に侵攻するため、準備を進めているからである。街の慌ただしい様子に、憂鬱な表情を浮かべる女性がいた。かつてイソラの街に住んでいた神官騎士「ミライア・テルカ」である。夫のルーフィン・テルカは、いずれマーズテリア神殿聖騎士になると目される、立派な騎士である。一男一女を授かり、この美しい王国で安らかに暮らしていた。

 

『あなた・・・どうしてマーズテリア神殿が、軍を動かす必要があるのでしょう?ターペ=エトフは、ただ自分たちの縄張りの中で、静かに暮らしているだけではありませんか』

 

『そうだな。だがミライア・・・ターペ=エトフは現神を軽んじている。光の神殿も闇の神殿も、それぞれに土地を持ち、国に影響を与えているが、ターペ=エトフでは、神殿の政治参加を認めていないというではないか。現神の教えよりも、自分たちの考えた「法」を重視するとしている。神殿も、その法に従えと言っている。我らとは相容れぬではないか?』

 

『それは、ターペ=エトフ国内に限ってのことです。彼らは別に、他の国に押し付けているわけではありません。それが嫌なら、ターペ=エトフに神殿を建てねば良いのではありませんか?』

 

『彼らが、それで慎ましく生きているのであれば、それも許されるだろう。だが、ターペ=エトフは大国だ。その国力は無視出来ぬのだ。いずれ、彼らを模倣する国が生まれてくるだろう』

 

それは政治の問題であり、信仰の問題ではない、ミライアはそう言いたかった。だが、愛する夫を困らせるわけにはいかない。夫はこれから、前線指揮官として船に乗り、ターペ=エトフ沿岸のフレイシア湾を目指すのだ。妻としては、夫が安心して出陣できるように、心配りをすべきである。

 

『子供たちは、もう自分で考えられる年頃になっています。安心して出陣して下さい。そして、どうか無事に・・・』

 

『大丈夫だ。マーズテリア神がついていて下さる。留守中、家を頼むぞ』

 

愛妻に口づけをして、ルーフィン・テルカは出陣をした。

 

 

 

 

 

ターペ=エトフ歴十六年、二千五百名の精鋭が、イソラ王国を出陣した。後に「北華鏡会戦」と呼ばれる、ターペ=エトフ対イソラ王国の戦争である。二千五百名という数は、決して多い数ではないが、いずれも完全装備をした屈強な兵士たちである。半農半士が当たり前の当時において、二千五百名の「専門兵」を率いているのは、さすがマーズテリア神殿と言えるであろう。二千五百名を率いるのは、マーズテリア神殿聖騎士アンドレアである。口髭を生やした美丈夫であるが、聖騎士に相応しい強さも持っている。

 

『いざ、出陣っ!マーズテリア神よ、御照覧あれっ!』

 

見事な白馬に跨り、馬上で号令を発した。精兵部隊が足並みを揃え、西ケレース地方を目指して行軍を開始した。遥か上空から、その様子を見ていた一人の悪魔の存在など、誰も気づかなかった。悪魔は一度頷き、手中の水晶に魔力を通した・・・

 

 

 

 

 

『どうやら、イソラの兵どもが出陣をしたようだな。物見は明日には戻るだろう。兵の構成や進軍速度なども分かるはずだ。まぁ、森や河を抜けて来るのだ。十日は掛かるだろうな・・・』

 

ルプートア山脈北東部、五台の「魔導砲」が鎮座する山頂に幕舎が張られている。ターペ=エトフ側の最高指揮官、ファーミシルス元帥は、幕舎の中で地図を眺めていた。いつの日か来るであろう侵略を想定して、準備をしてきたのだ。たった千名の兵士だが、ファーミシルスが直々に鍛え上げた猛者たちである。だが自分も含め、ターペ=エトフが戦争をするのは初めてである。不安が無いと言えば嘘になる。特に今回は、カルッシャ王国からも兵が繰り出されると思われていた。陽動と解っていても、兵力が違う。いざとなれば、フレイシア湾に侵攻するくらいの力は持っているはずだ。

 

『元帥閣下、本当に良かったのでしょうか。ケテ海峡から兵の七割を移動させています。万一、海から侵攻が来たら・・・』

 

『大丈夫だ。そのために「あの男」をケテ海峡に置いたのだ。あの男がいる限り、カルッシャの軍がケレース地方に来ることは無い』

 

『たった一人ですが、それほどに強いのですか?』

 

『そうか、お前は知らんのだな・・・ あの男がその気になれば、ただ独りでカルッシャ王国そのものを滅ぼすことが出来るだろう。何しろ、魔神なのだからな・・・』

 

ファーミシルスはそう言って、低く笑った。

 

 

 

 

 

ルプートア山脈北東部の東側は、森と緩やかな起伏の平地がある。「華鏡の畔」の北部にあることから「北華鏡」と呼ばれる平野地帯だ。イソラ王国軍は、出陣から十二日後に、北華鏡に到着した。遅れたわけでは無い。呼応する形で、カルッシャ王国からも海軍が出陣しているからである。機を合わせて、一気に挟み撃ちにする作戦であった。聖騎士アンドレアは、幕舎の中で作戦会議を開いた。

 

『ターペ=エトフの情報はそれほど多くないのですが、ケテ海峡に展開されている軍の規模を考えると、多くても千五百から二千といったところです。西ケレース地方は国土こそ広いですが、人口はそれほど多くありません。兵を増やしたくても、増やせないという事情もあるのでしょう』

 

『だがその兵は、獣人族やドワーフ族などの亜人族、あるいは悪魔族などによって構成されているだろう。つまり、我ら人間よりも遥かに強い』

 

『そのために、カルッシャ王国から軍を進めているのだ。ケテ海峡に軍を貼り付けるためにな。もしそこから軍を動かしているとなれば、それはそれで重畳だ。カルッシャ王国軍一万が、彼らの後方を突くことになる。挟み撃ちとなれば、補給もままなるまい』

 

『逆に、軍が貼り付いていれば、敵は少数ということになる。山を後背に半包囲をすれば良い・・・』

 

参謀たちが、様々な想定を口にする。アンドレアは腕を組んで、議論に耳を傾けていた。

 

『・・・カルッシャ王国との約定では、二日後に総攻撃となる。軍を進めれば、彼らの状況もわかるだろう。周囲の警戒と、地形の確認を怠るな。ひょっとしたらこの地で「会戦」となるやも知れぬ』

 

皆が顔を引き締め、頷いた。

 

 

 

 

 

カルッシャ王国の南方はマータ砂漠が広がっている。そのため、カルッシャ王国から大軍を動かすとなると、首都ルクシリアから一旦、南西に向かい、オウスト内海西部にて乗船し、ケテ海峡を抜ける必要がある。ケテ海峡はオウスト内海を西と東に分ける狭い海峡であるが、その水深は深い。数で劣るターペ=エトフがカルッシャ王国からの進軍を止めるのであれば、このケテ海峡に船を展開させ、迎撃をするしかない。無論、そのことはマーズテリア神殿騎士ルーフィン・テルカの予期するところであった。物見の数を倍にし、慎重に海峡に侵入する。だが、ルーフィンは肩透かしを食った。海峡には一艘の船も浮いていなかったのである。霧が立ち込めているため、ターペ=エトフ側の岸は見えないが、ここを抜ければフレイシア湾まで一直線である。自分の乗った船も無事に抜け、ルーフィンは胸を撫で下した。その時、物見の知らせを受けた兵士が駆け込んできた。

 

『申し上げます。前方に得体の知れないものがあるとのことです』

 

『もっと正確に報告しろ!得体の知れないものとは、具体的にどの様なものだ?』

 

『は・・・黒い服を着た人間のようなモノが宙に浮いているとのことです』

 

『なに?』

 

ルーフィンは自分の眼で確認するため、船室を飛び出した。

 

 

 

 

 

ディアンは自分に近づいてくる船を見下ろしながら、口元に嘲りの笑みを浮かべていた。この季節のケテ海峡は濃霧が頻繁に発生する。自分が指揮官であれば、慎重を期して小舟を出し、ターペ=エトフ沿岸を調べるだろう。そう想定して、沿岸には藁人形などを設置して、兵がいるように見せかけている。だがその準備も不要であった。目の前の軍は、そうした「情報収集」すらせずに、軍を進めているのだ。数に頼って戦ってきた証拠である。

 

『単細胞共が・・・お仕置きの時間だ』

 

両手に、雷系の魔力が込められた・・・

 

 

 

 

 




【次話予告】
更新が遅れ、申し訳ありません。次話は8月15日 22時更新予定です。


イソラ王国軍を率いる聖騎士アンドレアは拍子抜けした。軍を進めた先には、美しい女性三人が立っていたからだ。ターペ=エトフの代表者である彼女らに、アンドレアはこの戦争の意味を語る。だが語り終わった後に待っていたのは、流血という現実であった。

一方、フレイシア湾まであと少しという海上では、魔神の一方的な攻撃が始まっていた。ルーフィン・テルカは、兵たちを護るため、魔神に一騎打ちを申し込む・・・



戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第五十八話「北華鏡会戦(後編)-戦争の意味-」

Ihr stürzt nieder, Millionen?
Ahnest du den Schöpfer, Welt?
Such' ihn über'm Sternenzelt!
Über Sternen muß er wohnen.

ひざまずくか、諸人よ?
創造主を感じるか、世界よ
星空の上に神を求めよ
星の彼方に必ず神は住みたもう・・・

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