戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第五十八話:北華鏡会戦(後編)-戦争の意味-

ターペ=エトフは天険の要害に囲まれた大国であった。しかし北側はオウスト内海に面しており、レスペレント地方の人間族の大国「カルッシャ王国」「フレスラント王国」とは緊張関係が続いていた。特にカルッシャ王国は、姫神フェミリンスの血筋が王家に続いており、人間族以外の種族に対して、差別的意識を持っている。オウスト内海を東西に分けるケテ海峡は、海上輸送の要衝である。その支配権を巡って、カルッシャ・フレスラント両国が政治的な対立をし、さらに対岸のターペ=エトフまで加わり、権利の争いは三つ巴の様相を呈していた。

 

後世においてこそ、ターペ=エトフは大国として認識をされているが、建国間もないころは「亜人の新興国」という程度の認識で、レスペレント地方の国々は、ターペ=エトフを軽く見ていた。その認識が一変するのが、ターペ=エトフ歴十六年に起きた「ケテ海峡海戦」である。ターペ=エトフ歴十六年、エソラ王国はターペ=エトフへの侵略を企図して、二千五百名の軍を動員する。無論、この人数ではターペ=エトフを侵略することは不可能である。そこで同じ光側勢力であるカルッシャ王国と連携し、東西からの挟撃作戦を実行した。カルッシャ王国はイソラ王国に呼応するかたちで、一万人もの軍を動員、百艘を超える船によって、西ケレース地方のフレイシア湾を目指した。ターペ=エトフは建国間もなく、軍の規模は一千名程度であり、両国から挟み撃ちをされればひとたまりもないと考えられていた。

 

しかし、カルッシャ王国の軍は、フレイシア湾に姿を現すことはなかった。オウスト内海西側から船によってケテ海峡を渡ったカルッシャ王国軍は、海峡の出口で謎の魔神に遭遇し、船の半分を喪失したからである。あまりの犠牲のため、カルッシャ王国は侵攻を断念し、もとの港に引き返したのである。海峡で一体、何があったのか。ケテ海峡海戦に参加をした兵士の聞き取り調査が記録として残されている。

 

・・・あれは、濃霧が立ち込めた昼過ぎのことでした。先行する船が、いきなり落雷に撃たれたのです。その雷は、まるで生き物のように空中を奔り、帆柱を正確に撃ちぬいていきました。落雷に撃たれ、帆柱は燃えながら、へし折れました。その時、私は見たのです。あれは・・・(頭を抱え込み、悲鳴を叫ぶ。全身が震え、何を言っているのか聞き取れない。なんとか落ち着かせ、話を促す)あれは、人間では無かった。そう、人間ではありませんでした!あれは、黒い悪魔・・・黒い邪神そのものです!宙を舞いながら、次々と雷を落としていきました。私は見た・・・あの邪神の瞳を・・・あぁ・・・あの紅い瞳・・・死ぬまで頭から消えることはない!私は、私は呪われてしまったのです!(再び泣き叫ぶ。これ以上の話は困難と判断する)・・・

 

この哀れな兵士以外にも、聞き取り調査は行われているが、船団前方に配備をされていた兵士の多くが発狂、あるいは何らかの精神的な病に罹り、白髪化した兵士も相当数いたと記録されている。カルッシャ王国はこの海戦によって、ターペ=エトフへの軍事的関与を放棄し、外交交渉により共存の道を模索し始めたのであった。なお、多くの歴史家が、ターペ=エトフ歴二百五十年におきた「ハイシェラ戦争」において出現した「黒き魔神」と、ケテ海峡海戦に出現した「黒い邪神」は同一人物であると唱えているが、歴史的証拠は一切、無い・・・

 

 

 

 

 

表に出た神官騎士ルーフィン・テルカは、空気が一変していることに気づいた。霧の濃さは同じだが、邪悪な気配が漂っている。その時、いきなり前方に光が奔り、同時に叫び声が聞こえてきた。

 

『何が起きているのだ?全船に停船を伝えろ!この船は前方に向かう!』

 

ルーフィンは前進を命じた。船の合間を縫うように、進む。そこでルーフィンは信じ難い光景を目にしたのであった。

 

≪贖罪の雷槌ッ≫

 

稲光が奔り、帆柱が真っ二つに割れる。宙に浮いた漆黒の男が、両手から雷系魔術を放出する。帆柱を失えば、船は進まない。一艘ずつ、確実に船を行動不能にしている。幸いなことに、死者は出ていないようである。ならば反撃をすれば良いのだが、ルーフィンは男の姿を見て、思わず拳を握りしめた。

 

『・・・まさか、魔神・・・なのか?』

 

遠目からでも凄まじい「邪の存在感」を感じる。兵士たちは腰を抜かし、その場にへたり込んでいる。ルーフィンの乗った船にも雷が落ちてきた。だが帆柱に当たる直前に、雷は球形に分裂し、船を包んだ。マーズテリア神の呪符による魔術障壁結界である。黒い魔神の動きが止まった。

 

『今だっ!全軍、斉射っ!』

 

後方か弩が放たれる。海戦では、敵の帆を破るための弓弩がある。それを一斉に射掛けたのだ。だが、黒い魔神は右手を握ると、一振りした。凄まじい炎が発生し、数百本の矢が一瞬で蒸発する。魔神を見た兵士たちは、完全に戦意を喪失している。ルーフィンは覚悟した。魔神が出現した以上、人間の力では勝つことは出来ない。副官を呼び、指示を出す。

 

『私があの魔神を引き付ける。その間に・・・』

 

顔を引き締めた副官は頷き、急ぎ後方へと下がった。

 

 

 

 

 

«なるほど・・・どうやらアレが、司令船のようだな»

 

魔神ディアンは結界が張られた目の前の船を見下ろしていた。マーズテリア神の加護があるといっても、限界が存在する。ディアンは極大純粋魔術を手に込めた。死者が出る可能性が高いが、それは仕方が無いと腹をくくる。だがその時、司令船から一人の男が出てきた。左手に白旗を持っている。他の兵士たちは小舟に乗り、一斉に別の船に移動を始めた。落雷を受け、半壊状態となっている船からも、兵士が逃げ始める。ディアンは首を傾げると、司令船へと舞い降りた。マーズテリアの紋章を胸につけた騎士が語りかけてくる。

 

『私はマーズテリア神殿神官騎士、ルーフィン・テルカである。魔神に問う。貴殿は、ターペ=エトフの者か?』

 

«・・・何のことだ?オレはただ、目の前に船団がいたから遊ぼうと思っていただけだ。ターペ=エトフなんて知らんな»

 

ターペ=エトフに魔神がいるとなれば、それこそ光神殿が総掛かりで、戦争を仕掛けてくる可能性があった。ディアンはあくまでも「はぐれ魔神」として攻撃をしたのである。だがルーフィンは、ディアンの嘘を見抜いた。はぐれ魔神が手加減などするはずがないからである。

 

『・・・はぐれ魔神と遭遇するとは・・・つくづく運が無いな・・・』

 

嘘を見抜きながらも、ルーフィンはディアンの言葉を受け入れた。嘘と喝破したら、それこそ皆殺しにされかねないからである。ディアンもそれを承知の上で、ルーフィンに語りかけた。

 

«で、マーズテリア神殿の騎士が白旗を掲げるとは、どういうことだ?オレに降伏するのか?»

 

『話がある。我々を見逃してもらえないか?魔神と戦うつもりはない』

 

«それは無理だな。オレは退屈しているんだ。調度良い遊び相手が見つかったんだ。オレの気の済むまで、遊んでもらう»

 

『ならば、私が相手をしよう。私が貴殿に勝ったら、他の船は見逃してくれ・・・』

 

«ほう・・・»

 

ディアンは目を細めた。「テルカ」という姓に聞き覚えがあった。目の前の騎士は、かつて問答をした神官騎士ミライアの夫であろう。あの美しい女騎士が夫とした男である。どれほどの強さか、試したいと思った。

 

«魔神と知りながらも、一騎打ちを挑んでくるとは、見上げた度胸だ。いいだろう。オレを殺すことは出来まい。剣を弾くことができたら、お前の勝ちとしてやる»

 

ディアンは背負った愛剣クラウ・ソラスを抜いた。ルーフィンも腰に指した剣を抜く。魔神の気配に対抗するために、気を張り詰めている。

 

«心配するな。魔術は使わん。剣士として戦ってやる。さぁ、力を見せろ!»

 

『オォォォォッ!』

 

ルーフィンは雄叫びを上げ、ディアンに斬りかかった。クラウ・ソラスがそれを受け止める。

 

«良い撃ち込みだ。中々の腕だな。だが、まだ鍛えが足りんっ!»

 

アッサリと弾き返す。ルーフィンはその勢いに、体ごと壁に打ちつけられた。巨象と蟻ほどに、膂力が違いすぎる。しかし戦意は失っていない。再び構え、打ち込んでくる。虚実の剣だ。あらゆる確度から剣が撃ち込まれれるが、ディアンはそれらを全て弾き返した。普通の人間であれば、目にも留まらずに死んでいるであろう速度も、魔神ディアンにとっては止まっているようなものであった。

 

«では、次はこちらからいくぞ・・・»

 

一瞬で距離を詰め、一撃を振り下ろす。ルーフィンは剣を使って受け流し、床を転がった。本来であれば反撃をするところだが、受け流したはずなのに腕が痺れている。横を薙ぐ一撃が入る。剣で受け止めるが、体ごと吹き飛ばされる。

 

『ば、化物め・・・』

 

片膝をつき、肩で息をしながらも、ルーフィンの目から戦意が消えることは無かった。その目を見て、ディアンは首を傾げた。

 

«・・・お前のその目、死を覚悟した者の目だが、何か違うぞ。何か企みを秘めた者の目だ»

 

ディアンが剣を構えた瞬間、ルーフィンは懐中から魔法石を取り出し、床板に叩きつけた。眩しい光が放たれる。ディアンが一瞬、目を背けた。魔神にとっては隙とも呼べないほどの一瞬であった。だが・・・

 

『神罰覿面ッ!』

 

ルーフィンの叫び声と共に、巨大な雷柱がディアンを襲った。

 

 

 

 

 

マーズテリア神殿聖騎士アンドレアは、ルプートア山脈麓の平地に陣を構えるべく進軍を続けていた。カルッシャ王国からの援軍は、明日にはフレイシア湾に入るはずである。同時侵攻によって、ルプートア山脈を挟み撃ちにする作戦である。物見を出しながら慎重に軍を進めると、報告が届いた。

 

『申し上げます。ターペ=エトフ側の兵と思われる者、三名が謁見を求めております』

 

『ほう、ターペ=エトフからの使者か・・・良かろう、会おう』

 

三名の姿を見たアンドレアは、拍子抜けをしてしまった。三名とも女だったからである。それも素晴らしい美女たちだ。露出の高い服を着て、翼を生やしている女が、一歩進み出てきた。

 

『私はターペ=エトフ元帥、飛天魔族ファーミシルスである。イソラ王国の軍とお見受けした。責任者と話がしたい!』

 

アンドレアは、兵士たちに臨戦態勢を取らせつつ、進み出た。

 

『私は、マーズテリア神殿聖騎士アンドレア・バルカである。イソラ王国軍を率いている。ターペ=エトフからの使者とお見受けしたが、降伏に来たのか?』

 

後ろの二人が失笑する。ファーミシルスは目を細め、返答した。

 

『問う。貴殿らは何用でこの地に来たのか?これより先は、ターペ=エトフ領である。ターペ=エトフへの移住を希望するのであれば、私がターペ=エトフ王に掛けあっても良い』

 

この返答に、周囲から爆笑が起きた。アンドレアも苦笑いを浮かべる。

 

『これは驚いた。まさか、このような使者が来るとはな・・・亜人たちの考えそうなことだ。問いに応えよう。我らがこの地に来たのは、ターペ=エトフなる混沌の源を滅ぼし、マーズテリア神殿による秩序を齎すためだ。移住と言えば移住だが、その時にはターペ=エトフなる国は、無くなっているだろう』

 

『なるほど・・・つまり侵略に来たということか?』

 

『侵略ではない。秩序と安寧を齎しに来たのだ。後ろの者は人間族と見たが、その方らも、人間族の国で暮らしたほうが、幸福ではないか?』

 

金髪の女は、何も応えなかった。ファーミシルスが問いを続けた。

 

『ターペ=エトフには、ドワーフ族や獣人族なども住んでいる。彼らはどうするのだ?』

 

『マーズテリア神を信仰するのであれば、住み続けることを認めよう。そうでなければ、他の土地に移ってもらう』

 

『・・・つまり、自分たちの信仰を我らの押し付けようというのか?』

 

『正しい教えの下で生きることこそが、幸福に繋がるのだ。我らは救済に来たのだ』

 

ファーミシルスは瞑目し、鼻で嘲笑った。尊敬する黒服の魔神を見習い、言葉によって解決の道を図ろうと思ったが、やはり無駄であった。かなりの忍耐をしたが、もうその必要もない。

 

『貴様らは、何故そこまで「自分が正しい」と言い切れるのだ?自分自身の信仰を正しいと妄信し、他者に押し付けようとする。それを「狂信者」と呼ぶのだ!もう良い。貴様らが侵略をして来るというのであれば、手加減はせぬ。この地で骸になるがいい』

 

ファーミシルスは連接剣を抜き、一薙ぎした。囲んでいた兵士たちの首が落ち、噴水のように血が噴き出る。一瞬のことで、アンドレアも対応ができなかった。だがその一閃が、開戦の知らせであった。怒髪天を衝いたアンドレアが大声をあげる。

 

『掛かれぇ!!』

 

イソラ王国軍が、三人に一斉に斬りかかった・・・

 

 

 

 

 

巨大な雷柱が魔神を襲い、眩しい光りに包まれる。マーズテリア神殿の持つ「極大神聖魔術」である。あまりの破壊力ゆえ、近くにいたものも無事では済まない。ルーフィンは衝撃で、吹き飛ばされた。叩きつけられた壁は、後方に待機していた船である。

 

『ルーフィン殿っ!』

 

副官の呼びかけに気づいた。慌てて前方を見ると、司令船そのものが光りに包まれている。

 

『やったぞ!成功だ!』

 

極大神聖魔術は、発動に時間が掛かる。ルーフィンは副官に指示を出し、司令船を囲むように神官を配備させたのだ。魔神との一騎打ちは、その時間稼ぎだったのである。

 

『死をも覚悟していたが、これもマーズテリア神の御加護か・・・』

 

眩い光は未だ収まらない。あらゆる邪を消滅させる軍神マーズテリアの神罰である。あの魔神も消滅しただろう。ルーフィンはそう考えていた。だが、弱まる光の中に、黒い影が浮かんできた。左手を上げて魔術障壁結界を張った魔神の姿が浮かび上がる。

 

«・・・やってくれる。これがマーズテリア神殿の誇る「軍神の鉄槌(Mars Hammer)」か・・・»

 

光が消えた時には、司令船は藻屑と化し、宙に浮いた魔神の姿だけが残された。

 

 

 

 

 

・・・神罰覿面ッ・・・

 

そう聞こえた時に、ディアンはとっさに結界を張った。すぐに上空から凄まじい衝撃が襲ってきた。左手で結界を張るが、とても持ち堪えられるものではない。持てる魔力を総動員して、連続して結界を張り続けるが、やがて左手の感覚が無くなる。それは左腕全体に広がった。だがそれでも、ディアンは魔力を発し続けた・・・

 

«左腕を持っていかれたか・・・さすが、軍神マーズテリアの神罰だな»

 

左手から腕の根本まで、完全に炭化している。結界を張るのが僅かでも遅ければ、炭化は胴体に達し、神核も無事では済まなかっただろう。ディアンはクラウ・ソラスを振って、左腕を切り落とした。血が噴き出るが、すぐに止まる。魔の気配が強くなる。出来るだけ死なせないようにと考えていたが、ここまでやられて黙っている程に、ディアンは優しくはない。真紅の瞳を輝かせ、さらに巨大になった魔の気配と明確な殺気に、兵士たちが泡を吹いて気を失っていく。恐怖のあまり、白髪化する兵士も続出した。その中で、ルーフィンは冷静さを失わなかった。

 

『やむを得んっ!全軍、撤退っ!直ちに撤退せよっ!』

 

目に見えるほどに暗黒の気配を放ちながら、ディアンは船団の上空に浮上した。愛剣クラウ・ソラスを背に納め、残された右手を天に掲げる。

 

«・・・天地ヲ司リシ精霊達ヨ、閃光トナツテ我ガ呼ビカケニ応エヨッ!»

 

みるみるうちに、空が暗くなる。ディアンの頭上に、稲光が走る。分厚い黒雲の下、船団は混乱の極みとなっていた。ルーフィンが怒鳴り声を上げる。

 

『全軍、船内に退避せよっ!』

 

まだ気力の残っている兵士たちが、一斉に逃げ出す。腰を抜かした者、気を失っている者を抱える兵士もいる。ディアンはそれらを見下ろしながら、この戦いを終わらせる一撃を放った。

 

«極大雷系魔術「二つ回廊の轟雷」!»

 

数十隻の船を飲み込む巨大な雷が天から降り注いだ。多くの兵士たちが一瞬で蒸発していく。船も無事では済まない。数十隻の船が、木っ端微塵となる。辛うじて落雷から逃れた船も、発生した波の衝撃で横転する。雷が収まった時には、半数の船と四割近くの兵士を失っていた。落雷から逃れたルーフィンは、船室を出て、この惨状に絶句した。空を覆っていた黒雲は薄くなり、魔神の姿も消えている。

 

『・・・ルーフィン殿、ご指示を・・・』

 

副官の呼びかけに、ルーフィンは呆然としながらも応えた。

 

『生存者の捜索と収容・・・しかる後に、全軍、撤退する・・・』

 

副官は復唱し、後ろに下がった・・・

 

 

 

 

 

叫び声とともに、兵士たちが倒れる。三人の美女は汗一つ流さず、残酷な殺戮を行っていた。犠牲者は既に二百名を超えている。

 

『ば、化物どもめっ!』

 

聖騎士アンドレアは自ら剣を握り、金髪の女に斬りかかった。普通であれば剣ごと斬り裂く剛剣である。だが女は絶妙な力加減で受け流し、逆にアンドレアに斬りかかった。それを間一髪で躱す。一筋の血が頬から流れる。

 

『あら、化物なんて失礼ね。私たちから見れば、自分を正しいと絶対視しているあなた方のほうが、よっぽど自我肥大の化物に見えるわ』

 

『黙れっ!』

 

アンドレアが再び斬りかかる。女は舞のようにそれを躱し、痛烈な反撃を加えてくる。超一流の剣技の持ち主である。女の反撃を躱し、再び一撃を打ち込む。女は、首を一閃する一撃を躱す。金色の髪が数本落ちる。アンドレアは久々に、剣士としての充実感を感じていた。聖騎士となってから十年、自分に伍する剣士はマーズテリア神殿にはいなかった。自分が全力をぶつけられる相手が目の前にいるのである。だが女のほうは、そんなロマンティシズムに興味は無いようであった。

 

『・・・そろそろね。ティナ、ファミ!時間よっ!』

 

三人が一斉に下がった。その隙にアンドレアは指示を出し、軍の護りを固める。上空に黒い影が横切ったような気がした。瞬間、目の前に落雷が落ちてくる。黒い飛竜が上空から攻撃を仕掛けてきたのだ。雄叫びが聞こえると、レブルドルに跨った獣人たちが南方から攻め寄せてきた。三人の美女は、既に南へと下がっている。

 

『防御陣ッ!』

 

アンドレアの指示に、イソラ王国軍が動く。南方から向かってくる軍に対して盾を構え、腰を低くする。だが敵は突っ込んでこない。十町ほど手前で止まり、突撃の陣形を構えている。双方の間に、飛竜が舞い降りてきた。その背から、黄金の甲冑をまとったドワーフが降りてきた。

 

『イソラ王国軍に告げる。私は、ターペ=エトフの国王、インドリト・ターペ=エトフである!貴殿らが頼みとしているカルッシャ王国の海軍は、ケテ海峡で壊滅した!もはやこれ以上の戦闘は無意味である!大人しく降伏をして頂きたい!』

 

ざわめきが軍の中に拡がった。アンドレアはインドリトの姿に息を呑んでいる。国王自らが前線に出てくる豪胆さもさることながら、その身に纏う空気に圧倒されていたのだ。イソラ王国国王と比べても、器の違いが一目瞭然であった。だが、降伏など簡単にできるものではない。それにカルッシャ王国が退いたというのも疑わしい。アンドレアは前に出て、インドリトと向き合った。

 

『私はマーズテリア神殿聖騎士アンドレア・バルカである!ターペ=エトフ王よ、カルッシャ王国が退いたと言われるが、その証拠があるのか?』

 

インドリトは頷いた。金髪と銀髪の美女が、インドリトの隣に進み出て旗を掲げる。アンドレアは呻いた。その旗は紛れも無く、カルッシャ王国軍の旗であった。

 

『カルッシャ王国の船団は、昨日午後、ケテ海峡にて壊滅しました。船の半数を失い、指揮官であるルーフィン・テルカ殿は撤退を決断された。もはやあなた方に勝ち目はない。大人しく降伏すれば、生命は保証します』

 

ルーフィン・テルカの名前が出た以上、嘘とは思えなかった。アンドレアは瞑目した。たった三人の女剣士に手こずり、さらには飛竜まで出現をしたのである。勝ち目が無かった。唯一の逆転の機会としては、目の前の王を殺すことである。だが、そんなことをすれば自分も含め、兵士たちは皆殺しにされるだろう。第一、眼前の王はドワーフとは思えぬほどに、洗練された闘気を放っている。不意打ちで殺せる相手とは思えなかった。

 

『・・・解った。降伏しよう。だが聞きたい。我らをどうするつもりだ?』

 

『貴殿らには、マーズテリア神殿との交渉材料となって頂きます。我らターペ=エトフは、他国に侵略する意図はありません。マーズテリア神殿には、我らへの不関与を約束してもらいます。交渉が成立次第、貴殿らを開放します』

 

アンドレアは頷き、剣を腰から落とした・・・

 

 

 

 

 

ターペ=エトフ歴十六年、カルッシャ・イソラ王国のターペ=エトフ侵攻は、ターペ=エトフ側の完全勝利で決着を見た。聖騎士を含め、二千名以上を人質に取られたマーズテリア神殿は、ターペ=エトフ側の要求を受け入れざるを得ず、教皇自らの発表として、ターペ=エトフへの不関与を公式に宣言するのである。数千名もの被害を出したカルッシャ王国は、軍の立て直しをせざるを得なくなり、レスペレント地方東方への影響力は大きく交代することになる。イソラ王国は、人的被害こそ少なかったものの、マーズテリア神殿からの支援が事実上、打ち切られることになり、その国力は徐々に、衰退することになる。ディル=リフィーナ最強の軍神を祀るマーズテリア神殿を撃破したことにより、ターペ=エトフの名は西方各国にまで、知れ渡るようになった。そしてそれは、光神殿側の警戒を呼ぶことになり、やがて更なる大戦へと繋がることになるのである。

 

『それにしても、先生をもってしても防ぎきれなかったとは・・・マーズテリア神の神罰とは、恐ろしいものですね』

 

左腕を失ったディアンを見ながら、インドリトは溜息をついた。ディアンの家には、インドリトの他、ファーミシルスやルナ=エマ改めエミリア・パラベルムの姿がある。椀が持てないため、ソフィアに食べさせてもらいながら、ディアンが頷いた。

 

『魔神として、自分はそれなりに強くなっていたと思っていたのだがな。どうやら奢りだったようだ。マーズテリア神が力を貸した「神罰」だけであの威力ならば、本人自身はどれほどに強いのか・・・できれば、マーズテリアとは戦いたくないな』

 

『マーズテリア神は、いたずらに殺生を好む神ではありません。情に篤く、普段は穏やかな神なのです。ひょっとしたら、ディアン殿と気が合うかもしれません』

 

『まぁ、会ってみたい神ではあるな。バリハルトが目の前に現れたら、有無を言わずに戦うことになるだろうが・・・』

 

『そういえば・・・』

 

ソフィアが西方の情報を話した。

 

『マーズテリア神殿は、今回の失態によってその勢いに陰りが出ているそうです。その結果、バリハルト神殿が勢いを取り戻しつつあるそうです。ひょっとしたら、バリハルト神殿が再び、セアール地方に進出してくるかもしれません。今すぐに、というわけではないでしょうが・・・』

 

『なるほど・・・バリハルトか・・・』

 

ディアンは左腕を右手で抑えた。腕は再生し始めているが、思った以上に時間が掛かっている。信仰心が生み出した神聖魔術「神罰」の影響と思われた。魔神の肉体には、負の影響が大きいようである。

 

『もし、バリハルトが出てくるとなれば、まずはアヴァタール地方を目指すだろうな。セアール人とスティンルーラ族の争いが、再び始まることになる・・・』

 

『ターペ=エトフとしても、無視は出来ませんね。エミリア殿、あなたの役目は大きなものです。あなたの力で、レウィニア神権国、スティンルーラ族との繋がりを強めてください』

 

頷くエミリアを横目に、グラティナが伸びをした。

 

『もう政治の話は良いだろう?今日は戦勝とエミリア殿の門出の祝いだ。退屈な話は、この辺にしてくれ』

 

ディアンたちは笑い、それぞれに杯を持った・・・

 

 

 

 

 




仕事が忙しく、更新が遅れがちで申し訳ありません。次話更新は未定ですが、近日中に載せます。どうかこれからも、応援の程、宜しくお願いします。

【次話予告】

ターペ=エトフの黄金時代は続いていた。だが問題が無いわけではなかった。インドリト王の結婚という問題である。一向に結婚を考えない国王を説得するために、シュタイフェは切り札を使うこととした。インドリトに強い影響力を持つ「師」から、説得をしようと企む。

インドリトは師に対し、ターペ=エトフの未来について語る。それは時代を遥かに超えた先見的なものであった。


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第五十九話「ターペ=エトフの未来」

Ihr stürzt nieder, Millionen?
Ahnest du den Schöpfer, Welt?
Such' ihn über'm Sternenzelt!
Über Sternen muß er wohnen.

ひざまずくか、諸人よ?
創造主を感じるか、世界よ
星空の上に神を求めよ
星の彼方に必ず神は住みたもう・・・
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