戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第六十一話:大女神アストライア

三神戦争とは、科学を基盤とした人間族の世界「イアス=ステリナ」と魔力を基盤とした亜人族の世界「ネイ=ステリナ」が融合した際に起きた「神々の覇権闘争」である。世界融合に伴い、かつて消え去った神々が、イアス=ステリナにも復活をした。遺されている記録だけでも、ソロモン王によって使役された「ソロモン七十ニ柱」と呼ばれる魔神、古代から伝わる神話に登場する半神半人の戦士「ヘラクレス」、熾天使として人間から崇められていた「ウリエル」「ガブリエル」、蝿王として恐れられていた「ベルゼブブ」などの名が残されている。その中でも特に知られているのが、ベルゼビュート宮殿陥落後、古神や天使族たちを逃がすために、最後まで殿(しんがり)となって、軍神マーズテリアと壮絶な一騎打ちをした「魔王ルシファー」である。

 

西方に伝わる「三神戦争叙事詩」において、魔王ルシファーは他の古神とは一線を画す描かれ方をしている。三神戦争終結時、ベルゼビュート宮殿は封じられ、古神や天使族たちは散り散りとなり、多くは東方、南方へと逃げた。追撃を止めるため、魔王ルシファーは現在のブレニア内海上空において、ただ独りでマーズテリア率いる現神軍を迎撃、軍神マーズテリアをして感嘆するほどの戦いぶりを示したと描かれている。

 

・・・マーズテリア神は皆を下がらせると、自ら進み出て剣を抜いた。十二枚の翼を持つ黒衣の男が、マーズテリア神を睨む。既に魔力は尽きかけ、躰には無数の傷がある。だがその瞳から闘志は消えていなかった。男は剣を構えた。マーズテリア神は頷き、全力を開放した。黒衣の男も、残された魔力を燃え上がらせる。目にも留まらぬ速さで、二つの力が激しくぶつかり合う。強く、眩い光が辺り一帯を包み込んだ・・・

 

三神戦争叙事詩の中に、この戦いの終結は描かれていない。そのため後世においては、多くの劇作家が脚色して描いている。軍神マーズテリアが健在である以上、勝利をしたのはマーズテリア神であることは確かだが、なぜ魔王ルシファーの敗北場面が描かれていないのか。歴史家や文学研究家たちを惹きつける、大きな謎となっている・・・

 

 

 

 

 

マクルの街から、馬で半日ほどのところに「廃都ノヒア」がある。かつてのバリハルト神殿跡や、商店街などの瓦礫が残されている。二百年近くの時が経ち、それらも多くが、木々や草に覆われている。ディアンは赤髪の美女「サティア・セイルーン」と共に、ノヒアを訪れていた。二人以外は、誰もいない。

 

『あなたと別れてから、百七十年以上か・・・ 変り無いようだな』

 

『もうそんなに経つのですね。ディアン殿は、少し変わったようですね』

 

サティアはディアンの姿を見て、笑った。

 

『貴方の魂が成長しています。人として、生き続けているのですね』

 

ディアンは頷いた。サティアは、自分がこの世界に呼び戻した「古の神」である。当然、自分の正体を知っている。百七十年前に交わした握手が、お互いの自己紹介であった。

 

『百七十年・・・神にとっては一瞬なのだろうが、人間にとってはとてつもない長さだ。オレの知人たちの多くも、既に故人になっている。これからも別れがあるだろう・・・』

 

『人の心と魂を持ちながら、神として無限の時を生き続ける・・・ 普通の人間には耐え難いほどに、辛く、過酷な生き方ですね』

 

ディアンは寂しげに笑った。もし転生時に戻れるのであれば、サリエルには「ドワーフ族にしてくれ」と言ったかもしれない。死があるから、生があるのだ。無限の寿命は、「生きている」という実感を胡乱にしてしまう。魔神の破壊衝動が良く解る。戦っている時にのみ「生」を感じることが出来るのだろう。

 

『あなたは、どうしていたのだ?レンストの街から、西に向かうと言っていたが・・・いや、その前にあなたの本当の姿を教えてくれ。サティアという名前は、ナーサティア神から取った偽名だろう?』

 

サティアは少し迷い、頷いた。気配が変化する。魔神や天使族と比べると弱いが、確かに神気を発していた。

 

《私の名はアストライア・・・ 「正道」を重んじ、「正義」を司る、イアス=ステリナの神です》

 

ディアンもまた、肉体を覆っていた魔力を消す。魔神の気配が溢れる。

 

《オレの名はディアン・ケヒト・・・ 白と黒・正と邪・光と闇・人と魔物の狭間に生きし、黄昏の魔神だ》

 

二人の間に、白い神気と黒い魔気が混ざり合う。だがすぐにその気配は消えた。

 

『・・・イアス=ステリナの信仰は、もう残っていない。大女神でありながら、限りなく人間に近いのはそのためか?』

 

サティアはただ、微笑んだだけであった。ディアンは疑問を感じながらも、話を変えた。

 

『それで、アストライア・・・いや、サティア殿は、あれからどうしていたのだ?』

 

サティアは遠い目をして、語りだした・・・

 

 

 

 

 

ターペ=エトフ歴四年、東方から西方へと移動した古の大女神は、アヴァタール地方南部「レンストの街」を出ると、ブレニア内海を沿うように西へと進んだ。マーズテリア信仰の強い「ベルリア王国」を抜け、現神が治める「クヴァルナ大平原」を通り、西方諸国へと入った。マーズテリア神殿領「ベテルーラ」を超え、アークリオン神殿領「セウレン」を北に上り、テルフィオン連邦やヴァシナル公国を歩く。たとえ力を失っているとはいえ、現神たちが統治する神殿領を古神が歩くのである。とてつもなく危険な行程であった。

 

『・・・私には、生き別れた妹がいます。妹を探し求め、西方諸国を歩きました。当初は警戒をしていたのですが、誰も私を古神とは思わなかったようです。三神戦争から二千余年・・・古神の多くは魔神となるか、封印をされています。まさか古神が復活し、現神領を歩いているなど、考えなかったのでしょう』

 

『それは「運が良かった」というだけだ。いや、神に対して「運が良い」というのは失礼か・・・だが、見つかっていたら間違いなく、あなたは殺されるか、封印をされていただろう。何故だ?妹を探し求めるのであれば、もっと早く行動を起こせば良かったではないか。イアス=ステリナ時代に探していれば、もっと安全であったろうに・・・』

 

サティアは寂しげに笑い、首を振った。

 

『妹とは、イアス=ステリナ世界でも「古代」と言われる時代に別れました。私は、人間に失望していたのです。イアス=ステリナの人間は、文明を持つ前から、互いに争いを繰り返してきました。数千年以上に渡って、殺戮の悲劇を繰り返し続けてきたのです。生きているという奇跡に感謝すること無く、簡単に他者の生命を奪う。人間とは何と醜く、恐ろしく、愚かな生き物なのだろう・・・そう失望した私は、天界へと消えました。ですが、妹は違いました。妹は人間の中にある「光」に希望を持っていたのです』

 

・・・アイドス、貴女の気持ちは尊重したいけど、期待するだけ無駄です。人間は救いようがありません。恐らく一万年後も、人間は争いを続けているでしょう。彼らに平和が訪れるのは、彼らが死に絶えた時だけです・・・

 

・・・姉様、それは違います。人間は確かに殺し合いをします。ですが同時に、深く他者を愛することも出来るのです。子の為に命を賭ける親は、他の動物にも見受けられます。ですが、血縁など関係なく、他人の為に己の命を犠牲にするのは人間だけです・・・

 

遥か昔、妹と交わした議論を思い出す。女神アイドスは人間への希望を捨てず、地上に残った。あれから数千年、妹はどこで何をしているのだろうか?

 

『イアス=ステリナ世界のままであれば、あるいは私は、この地上に戻らなかったかも知れません。ディル=リフィーナとなり、異世界の神が地上に降臨しました。妹はそれでも、人間族を見捨てること無く、地上に留まり続けています。異界の神とはいえ、人間族は信仰を取り戻しました。もう私たちがこの地上に残るべきではない。私は妹を連れ戻すために、天界より戻ってきたのです』

 

『天界か・・・天界とは、神族だけが暮らす異世界だそうだな?熾天使から聞いたことがある。人間の世界から天界に戻ることは出来るが、天界から人間界に来る為には、信仰の力が必要だと聞いている。あなたはどうやって、地上に戻ってきたのだ?』

 

『貴方の中にある「信仰心」を憑り処としました。東方で、イアス=ステリナ人が生み出した「神」を認識したとき、貴方の信仰心が刺激された。貴方がいた世界は、イアス=ステリナにとても近い世界でした。古の神に信仰心を持っている人間は、もう貴方くらいなのです』

 

『待て、オレの「信仰心」だと?』

 

ディアンは思わず笑った。この世界で、自分ほど信仰から遠い存在は無いと思っていたからだ。サティアは微笑みながら返答した。

 

『自分には信仰心は無い・・・そう思っているのでしょう?ですが、それは違います。人は誰しも、信仰心を持っているのです。肉親を失い、信仰そのものを憎んでいる貴方であっても・・・』

 

ディアンは真顔になり、目を細めた。気配に微妙な殺気が混じる。

 

『・・・話は解った。だから二度と、その話はするな』

 

サティアは微笑みを浮かべたままであった。ディアンはその瞳に耐え切れず、顔を背けた。

 

『・・・それで、妹は見つかったのか?いや、それならもうこの世界にはいないはずだな』

 

『微かではありますが、妹の残滓は確認しました。私はそれを追って、ここまで来たのです。どうやら、バリハルト神殿と関係しているようなのです』

 

表情には出さなかったが、ディアンは神殿で感じた「気配」を思い出した。もしアレがそうなら、目の前の女神にとっては辛いことだろう。

 

『・・・バリハルトは、古神を決して許さない。もし妹御がバリハルト神殿に関係しているのであれば、普通の状態では無いだろう。あなたにとって、辛いことかも知れないぞ?』

 

『力を失っている私には、妹の残滓を追うことだけで精一杯です。マクルの街にある神殿までは辿り着いたのですが、そこで止まってしまいました。貴方は、あの神殿から何を感じ取ったのですか?』

 

『・・・知らない方がいい。忠告しよう。天界に戻れ。妹御を追うあなたの気持ちは解らなくはないが、これ以上の追跡は、あなた自身を危険に晒すだろう』

 

『それは出来ません。妹は・・・女神アイドスは「慈愛の神」です。もし妹が、本来の自分を忘れ、災厄を齎す邪悪な存在になっているのであれば、私は姉として、正義を司る神として、アイドスを裁かなければなりません』

 

『力を失い、人間になっている状態で何が出来るのだ?』

 

『・・・私が何も考えずに、西方に向かったと思っているのですか?今の私は、人間と大して変わらないでしょう。ですが・・・』

 

『いや、話さなくて良い。あなたがこの世界に留まるというのであれば、それはあなたの自己責任だ。これ以上、オレがどうこう言うことでは無い。オレにとっては、現神同様、古神も「どうでも良い存在」だからな。では、オレは行く。神に対して言うのも変だが、幸運を祈っている』

 

『待って下さい』

 

サティアは、立ち去ろうとするディアンを止めた。振り向くディアンの袖を握る。

 

『・・・私を助けて貰えませんか?』

 

警鐘が鳴るのをディアンは自覚した・・・

 

 

 

 

 

『回復魔法が使えるなんて・・・喜んで受け入れます』

 

スティンルーラ族の集落「クライナ」にて、族長ロザリア・テレパティスは笑みを浮かべて頷いた。サティアからの相談は、バリハルト神殿の様子を見るために、この地にとどまる必要がある。そのために口利きをしてくれないか、というものであった。そのまま無視をすることも出来たが、古神である彼女を呼び戻したのは自分なのである。捨て措くわけにはいかなかった。そこでディアンは、クライナでの滞在を提案したのである。バリハルト神殿の様子を識ることも出来るし、何よりディアン自身にとって、彼女の行動を把握できるという利点があった。

 

『マクルの街で滞在をするのは危険過ぎる。クライナの集落であれば、比較的安全だ。スティンルーラ族は女性を尊重する文化だから、たとえ異邦人のあなたであっても、困ることは無いだろう』

 

『ディアン殿、感謝します』

 

『言っておく。軽はずみにバリハルト神殿に近づくな。あの神殿に忍び込むのは無理だ。抗争中であるためか、厳重に警戒している。妹御があの神殿にいるのなら、時間を掛けて「内通者」を作るしか無いだろう・・・』

 

サティアは頷いた。ディアンはロザリアに多少のカネを渡した。サティアを頼むのは、ディアン個人の都合に過ぎない。ターペ=エトフを巻き込むわけにはいかない。サティアは、そうした事情を全て見通しているようであった。まるで初めから計画されていたような感覚に、ディアンは言い知れぬ不気味さを感じていた。

 

『たまに様子を見に来る。達者でな・・・』

 

不気味さを振り切るように、ディアンは足早に、クライナの集落を立ち去った。

 

 

 

 

 




【次話予告】
次話から、視点が変わります。いよいよ「戦女神ZERO」の世界に入ります。

ターペ=エトフ歴二百三十二年、スティンルーラ族の巫女であった母親と、セアール地方からの移民者である父親を持つ青年「セリカ」は、姉であるカヤと共に「マクルの街」に住むことになった。自分を産んだ時に母親が死に、そして病によって父親を失ったセリカにとって、カヤは唯一の肉親である。バリハルト神殿の神官見習いであるカヤの口利きで、セリカに剣術の師が付けられることになる。東方から来た「ダルノス」という男であった・・・


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第六十ニ話「東方の剣術」

Ihr stürzt nieder, Millionen?
Ahnest du den Schöpfer, Welt?
Such' ihn über'm Sternenzelt!
Über Sternen muß er wohnen.

ひざまずくか、諸人よ?
創造主を感じるか、世界よ
星空の上に神を求めよ
星の彼方に必ず神は住みたもう・・・
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