戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第六十ニ話:東方の剣術

ラウルヴァーシュ大陸の歴史とは、謂わば「神殿勢力の東方進出の記録」と言い換えることが出来る。七魔神戦争から一千年、それまでブレニア内海西方を勢力圏としていた神殿勢力が、東方へと進出を始める。無論、それ以前にも現神信仰は東方諸国まで伝わっていた。アヴァタール地方東方域には「セーナル神殿領」があり、アンナローツェ王国ではアークリオン神が信仰されていた。しかし、人間族に布教をするために、街そのものを神殿が造成した、という意味では、ケレース地方に存在した「イソラの街」が最初である。イソラの街は、複数の現神神殿や、西方諸国の政治的意図が複雑に絡んでおり、実際にそこに神殿を建てていたマーズテリア神殿やイーリュン神殿も、統治においては、その発言力が限定されていた。

 

イソラの街が造成されてからおよそ二百ニ十年後、ブレニア内海北辺域のセアール地方南部に「マクルの街」が誕生する。マクルの街の際立った特徴は、バリハルト神殿によって造成された街だということである。他の光神殿や西方諸国は、マクルの街の造成には関わっていない。そのため、マクルにおいてはバリハルト神殿が行政府であり、立法府であり、司法府であった。バリハルト神殿を頂点とする「宗教都市」となっていたのである。

 

マクルの街は、ターペ=エトフ歴百八十年ごろには、ある程度は完成していた。当初は、先住民であったスティンルーラ族を気遣って、街内でのみの神殿活動であったが、やがてその活動は東へと伸びていく。神官による「施し」を名目として村に入り、ある程度受け入れられた段階から「布教」が始まるのである。バリハルト神殿の「信仰的侵略」は、半世紀以上に渡って続き、スティンルーラ族との武力的衝突も起きている。

 

バリハルト神殿のアヴァタール地方進出への野望は、ターペ=エトフ歴二百四十年、ある事件によって永遠に途絶えることになる。それが「マクル動乱」である。マクル動乱とは、マクルの街にあったバリハルト神殿の暴走と、それが引き起こした神殿崩壊を指す。ターペ=エトフ歴二百四十年ごろ、マクルの街にあったバリハルト神殿は、邪神討伐のために「禁断の秘儀」を行い、神官長以下の主だった者達は「狂乱」をしていたと言われている。そこに、元バリハルト神殿騎士であった「セリカ・シルフィル」が乗り込み、神殿内の人間たちを殺戮した。同時期に、バリハルト神殿の暴走を好機と捉えたスティンルーラ族たちが、マクルの街に侵攻する。既に神殿は崩壊していたため、街は統治者を必要としていた。スティンルーラ族が暫定的な統治者としてマクルの街を治め、それが後に「スティンルーラ女王国」となるのである。

 

セリカ・シルフィルの記録について、後世の歴史家たちは一様に首を傾げる。バリハルト神殿騎士としてセアール地方南部で活動をしていたセリカ・シルフィルは、薄青い髪をした青年であったと言われている。スティンルーラ族の集落「クライナ」に残されている記録では、セリカは数度に渡り、クライナを訪問し、バリハルト神殿とスティンルーラ族との間を取り持とうとした形跡がある。活動的で正義感に富んだ若者の姿が、そこには描かれている。一方、マクル動乱以降のセリカ・シルフィルは、外見は女性そのもので、しかも赤い髪をしている。このことから、彼がマクル動乱直前に、古神の肉体を乗っ取り「神殺し」となったことは間違いない。後世の歴史家たちが首を傾げるのは、人間であった頃のセリカの記録を見る限り、神を殺して肉体を奪うような人物には、到底思えないという点である。また、いかにバリハルト神殿騎士として、その才能と将来を嘱望された人物であっても、神族を殺し、肉体を奪うほどの力をどこで手に入れたのか、その経緯は全くの不明となっている。

 

いずれにせよ、セリカ・シルフィルの姿は、マクル動乱以降は一時消える。彼が姿を見せるのは、マクル動乱から一年後、ラウルヴァーシュ大陸中原域を戦慄させる「魔族国」の誕生においてである・・・

 

 

 

 

 

『セリカ、準備はいい?そろそろ行くよ』

 

薄褐色の肌をした若い女性が、戸口から屋内に声をかける。炭色の髪と瞳を持った、いかにも健康的な女性だ。

 

『そんなに慌てなくても、街は逃げないよ、姉さん・・・』

 

男と呼ぶには余りに若い青年が、家から出てきた。姉と同様、薄褐色の肌をしているが、髪の色が異なる。姉は父親譲りの髪だが、弟は母親譲りである。薄青い髪をした青年であった。老女が姉弟に声をかける。姉弟が生まれ育った山村「キート村」の長である。

 

『カヤ、セリカ・・・もう行くのかい?』

 

『明日には、マクルに入りたいからね。御婆ちゃん、これまで本当に有り難う・・・』

 

『なに言ってるんだい。あんた達は、アタシの孫も同然だよ。家とお墓の面倒は任せておきな。姉弟二人で、これから大変だろうけど、しっかり生きるんだよ!』

 

姉であるカヤの瞳に、涙が浮かんでいる。姉弟は老女と抱き合い、手を振って村を離れた。

 

『姉さん、マクルの街って、どんなところなんだ?』

 

『そうねぇ、キートの村の千倍くらいの大きさって思っていればいいわよ?』

 

『せ、千倍?』

 

セリカは、キートの村から離れたことが無い。せいぜいが、廃都ノヒアくらいまでである。三歳年上の姉は、一足先に自立し、マクルにあるバリハルト神殿で神官の見習いをしている。十五歳になった弟を引き取り、マクルで一緒に暮らすことになったのである。セリカとしては、幼い頃から自分に過保護であった姉と再び一緒に暮らすことに、少々の憂鬱を感じていた。弟の気持ちを読んでいるかのように、早速、からかってくる。

 

『セリカ、街には風呂屋もあるよ?久々に一緒に、入ろうか?』

 

『な、なに言ってるんだよ!もう僕は十五歳だぞ!』

 

カラカラと笑う姉の後ろで、弟は溜め息をついた。

 

 

 

 

 

カヤの家は、マクルの街中央にある「長屋」の一角であった。神官となれば、それなりの住居が与えられるが、給金も殆ど出ない見習いの立場では、狭い長屋が精一杯である。本来であれば、師となる神殿神官の家に住み込まなければならない。神官の中には女性もいたが、街が出来たばかりということもあり、弟子を取れる神官は限られていた。また、弟も神殿騎士見習いとなることから、特例として、カヤは長屋暮らしが認められている。家賃だけは神殿が出してくれているが、生活費は自分で賄わなければならない。両親が遺してくれた僅かな財産があるが、それに手を付けないよう、カヤは神殿以外の仕事も引き受けている。マクルはバリハルト神殿が治める信仰都市だが、西方と東方を繋ぐ交通の要衝にもなっている。魔獣や野盗なども皆無ではない。街には「(よろず)屋」があり、魔獣退治などの依頼を斡旋している。そうした依頼を受けることで、口に糊をしているのだ。

 

『セリカ、あんたにも手伝ってもらうからね。父さんが遺してくれたお金は、あんたの結婚式に使うんだから』

 

『でも姉さん、僕は剣なんて振ったこともないよ?魔法だって使えないし・・・』

 

『大丈夫、魔法を教える神官は少ないけど、剣を教える奴ならいるわよ。父さんから言われていたじゃない。あんたには才能があるって・・・きっとすぐに、剣が使えるようになるわよ』

 

長屋に荷物を置いた姉弟は、その足でバリハルト神殿へと向かった。

 

 

 

 

 

『君が、セリカか。バリハルト神殿にようこそ。私はスフィーダ・ハムス、バリハルト神殿への入信希望者を受け入れている』

 

『セリカです。バリハルト神を信奉する姉の姿をみて、私も入信を希望するようになりました。バリハルト神殿において、騎士としての途を進みたいと思います』

 

『カヤ殿は日頃から、よく出来た弟だと君を自慢している。喜んで、神殿に受け入れよう。だが、まだ君は騎士にはなれん。まずは剣を覚えなくてはな・・・』

 

スフィーダはセリカを連れて、練兵場に向かった。弟が心配なのか、カヤも付いてくる。練兵場には、バリハルト神の紋章を身につけた騎士たちが、模造剣で訓練を行っていた。一際大きな男が目立つ。女性の太腿のように太い腕を持ち、二振りの大剣を背に刺している。短い金髪と金色の口髭を生やしている。二十代後半だろうか。

 

『みんな、集まってくれ!』

 

スフィーダが声を掛けた。屈強なバリハルト神殿騎士たちに囲まる。セリカは圧倒感を感じ、顔を下に向けた。

 

『本日、バリハルト神殿に入った騎士希望者、セリカだ。セリカ、皆に挨拶を・・・』

 

『セ、セリカです。どうか宜しくお願いします』

 

オドオドとした少年の様子に、皆が失笑した。バリハルト神は豪快さと男気に溢れた神だ。その影響からか、騎士たちにもそうした「男らしさ」を求める風潮がある。覇気の無い、弱々しい態度は好まれない。スフィーダが、セリカに剣を教えてやって欲しいと依頼をしたが、誰も手を挙げなかった。

 

『まぁ、まずは剣を持たせてみよう。カヤが言うには、才能があるそうだからな・・・』

 

模造剣がセリカに渡される。セリカは姉に顔を向けた。姉はただ、頷いただけであった。セリカは息を吐き、開き直った。成るように成れ、という思いで、剣を構える。皆がニヤニヤと笑う中、一振りをする。風圧で地面から塵が舞う。腕を組んでいた金髪の大男が片眉を上げた。皆からも「ほう」という声が漏れる。だがスフィーダには、そうした剣の素質を見る目は無いらしい。手を叩いてもう一度、声をかける。

 

『どうかな?誰か彼に、剣を教えてやってくれないか?』

 

金髪の男が手を挙げ、進み出てきた。スフィーダの横を通り過ぎ、セリカを見下ろす。男の力強い瞳に睨まれ、セリカは唾を飲み込んだ。男は膝をつくと、セリカの足や腰、腕を触り始めた。

 

『・・・ナヨっちい奴だと思っていたが、意外にしっかり、肉が付いているな。何をしていた?』

 

『その、山で木を倒したり、畑仕事をしたり・・・』

 

『さっきの打ち下ろしは、薪割りの要領だな。父親から教えられたのか?』

 

『はい、父さんは「斬るのではなく、研ぐのだ」と言っていました』

 

男は頷くと、立ち上がった。スフィーダに顔を向ける。

 

『俺が鍛えよう。身体の基礎は出来ているし、剣才は十分だ。鍛えれば相当な剣士になる』

 

『・・・それに、魔力もあるようだな』

 

声の方に皆が顔を向け、一斉に膝をついた。セリカは何事か理解できなかったが、先ほどの男がセリカの襟を掴んで、膝をつかせる。神官の衣服を着た男が、静かに入ってきた。スフィーダが恭しく声をかける。

 

『オレノ様、このようなところに御出になるとは・・・』

 

『あなたに連れられた若者が入っていくのを見かけて、興味を持ったのだ。本人は気づいていないようだが、躰から魔力が昇っておる。誰からも教わらずに魔力を発現させるなど、相当な素質と見た。上手く育てれば、剣と魔術を駆使する「魔法剣士」になるだろう』

 

騎士たちが一様に、顔を見合わせる。騎士たちの中には、魔術を使える者もいる。魔法剣士と呼ばれる「上級騎士」たちだ。彼らの中から、バリハルト神の神格者が選ばれる。騎士であれば、誰もが憧れる存在だ。オレノはセリカを立たせた。先ほどの大男とは異なり、その瞳は穏やかで慈愛に満ちている。オレノはセリカに挨拶をした。

 

『私はオレノ・ユムバナキ、神殿の大司祭をしている。セリカと言ったね?少し、試させてもらっても良いかな?』

 

セリカが頷くと、オレノはセリカの後ろにまわり、セリカを壁に向かせた。

 

『右手を上げて、手のひらを壁に向けなさい。目を閉じて想像する。いま、君の手のひらには雷雲が立ち上っている。ゴロゴロと音を立て、今にも雷が起きそうだ・・・』

 

セリカは言われるまま、雷雲を想像する。幼いころ、雷の音で目を覚まし、姉の寝台に逃げ込んだ事を思い出す。

 

『・・・やがて稲光が起き始める。どんどん、光は大きくなる。何本も稲光が起きる。音がどんどん大きくなる。もうすぐだ。もうすぐ、雷が落ちそうだ。さぁ、雷が落ちるぞ。落ちるぞ・・・』

 

バリッ!

 

手のひらが放電を起こした。周囲から驚きの声が上がる。セリカも驚いて目を開いた。自分の手を見るが、何とも無い。姉に顔を向けると、自慢気な表情を浮かべていた。オレノは笑って頷いた。

 

『間違いない。君は、強い魔力を持っている。剣術と魔術、両方を修行しなさい。ひょっとしたら、このマクルから、神格者が誕生するかも知れん』

 

『しかしオレノ様、いま神官たちは皆それぞれに弟子を持っています。新たな弟子を取る余裕は・・・』

 

『ならば私が教えよう。彼は雷系魔術が得意と見た。私も、風と雷を操る。私が教えれば、彼の素質は大きく開花するだろう』

 

『オレノ様自らがですと?大司祭のお立場で、弟子を取るなど・・・』

 

『私はバリハルト神に仕える「神官」だ。大司祭とは、神殿の役職に過ぎぬ。神官である以上、私が弟子を取っても、問題はあるまい?さて、君に剣を教えるのは・・・』

 

金髪の大男が進み出て、膝をつく。

 

『ダルノス・アッセです。私が教えます』

 

『結構、彼には剣だけではなく、男の生き様なども教えてあげなさい。どうやら、いささか精神的に華奢なところがあるようだ。他者への優しさは大切な美徳だが、甘さは欠点になりかねん。精神力が強くなれば、その分、魔力も上がる』

 

『解りました。寝食を共にしながら、しっかりと鍛えます』

 

こうして、バリハルト神殿騎士見習いとして、セリカの生活が始まった。

 

 

 

 

 

『ダルノスッ!どうして私が一緒じゃダメなのよ!』

 

カヤはダルノスに食って掛かった。セリカは正式にダルノスの弟子となり、剣術を教わることになる。ダルノスはセリカに、姉の家を出て、自分と共に生活するように命じたのだ。可愛い弟が自分の元から離れることに、我慢ができないようである。ダルノスがカヤに言う。

 

『お前の、その「過保護ぶり」が、セリカの成長を邪魔しているんだ。あの時、セリカは二度、お前に顔を向けていたな。姉に対する「甘え」がある証拠だ。その甘えがある限り、セリカは騎士にはなれん!』

 

『じゃあ、せめて私の家から通うというのは・・・』

 

『駄目だ。セリカは騎士として、男として成長しなければならない。俺と共に暮らすことで、セリカは精神的に成長する。神殿騎士として正式に認められるまで、セリカに話しかけることも、会うことも認めん。これはセリカのためだ』

 

『・・・・・・』

 

カヤは黙って頷くしか無かった。弟と一緒に暮らしたいというのは、姉である自分の我儘でしかない。弟の成長を考えれば、自分がいないほうが良いということは、解っていた。

 

『姉さん、大丈夫だよ。僕はきっと、立派な騎士になるよ。そうしたら、また一緒に暮らせるじゃないか』

 

『セリカ、無茶はするんじゃないよ?あんたは優しい。それは欠点じゃない。美徳なんだからね』

 

弟を抱きしめ、姉は身体を離した。ダルノスは一度頷き、セリカを連れてカヤの家を出た。新しい家に向かう途中で、ダルノスはセリカに告げた。

 

『セリカ、一度だけしか言わないから良く聞いておけ。これからは自分のことを「僕」ではなく、「俺」と言え。神殿などの公的な場所や、目上の者に対しては「私」だ。「俺」と「私」、一人称はこの二つだけだ。二度と自分のことを「僕」などとは言うな。解ったな?』

 

『わ、解りました。ですが、ダルノス殿に対しては、どう言ったら良いのでしょう?』

 

ダルノスは立ち止まった。肩が震えている。ひょっとしたら怒らせたのではないかと、セリカは萎縮していたが、ダルノスは豪快に笑い始めた。

 

『俺と二人の時は、「俺」でいい。あと「殿」などもやめてくれ。くすぐったくて堪らん。俺のことは「ダルノス」と呼び捨てろ。丁寧な言葉遣いもいらん。俺はお前に剣を教えるが、気持ちとしては「弟」にモノを教える「兄」のような気分なんだ』

 

『わ、解った・・・よ、よろしく、ダルノス・・・』

 

『あぁ、よろしくな、セリカ!』

 

セリカの背を叩き、ダルノスはまた、豪快に笑った。

 

 

 

 

 

『魔術を使った剣術となれば、「虚実の剣」の方が良い。お前は背丈はそれほど大きくはないから、一撃で相手を倒す「実の剣」は向かないだろう。俺は東方の剣術を学んでいる。「飛燕剣」と呼ばれる剣術だ。高速で動き、相手を惑わせ、隙を見て打ち込む。相手の力を受け流し、その反動を利用してより大きな力で相手を屠る。速さが求められる剣技だが、魔術を使えるようになれば、より多彩な戦い方が出来る様になるだろう』

 

ダルノスが教える剣術は「飛燕剣」と呼ばれるものであった。元々は、東方諸国において誕生した剣術であるが、ダルノスはアヴァタール地方東方域において、その剣術を学んだそうである。

 

『元々は、東方の「片刃剣」の為に生まれた剣術だが、三百年ほど前に、アヴァタール地方東方域で活躍した剣士が、それを「両刃剣」でも駆使できるようにしたらしい。たしか・・・なんとかグルップとか、そんな名前だったな。まぁ、誰が生み出したかはどうでも良い。この剣技の優れている点は、虚の中に実の剣を織り交ぜられることだ。相手に隙を生じさせ、そこに一撃必殺の実の剣を撃ちこむことが出来る。表裏のはずの虚実を融合させたのが飛燕剣だ』

 

ダルノスは普段は細やかな気遣いも出来る優しい男であったが、剣を教えるときは、厳しい。中途半端に剣を覚えれば、かえって寿命を縮めるというのが、ダルノスの考え方であった。教え方は丁寧で解りやすいが、気の抜けた剣を振ろうものなら、すぐに殴られる。セリカは剣術との相性が良かったためか、すぐに技は覚えた。だが他の騎士たちの剣とは、何かが違っていた。剣筋のどこかに「甘さ」があるのである。

 

 

 

 

 

『セリカ、酒場にいくぞ』

 

ダルノスの弟子となってから、三年が経過していた。剣士としては既に一人前の領域に達している。雷系魔術も駆使できるようになっていた。オレノを含め、神官たちはセリカの成長に満足をしているようであったが、ダルノスだけは、まだセリカを認めていなかった。「お前には欠けているものがある」と言われているが、それが何なのかはセリカには解らなかった。ダルノスに連れられて酒場に入る。既に何度か、酒場は利用しているが、いつも落ち着かない。男たちの喧騒もそうだが、それを相手にする商売女達も苦手であった。酒場に入ったダルノスは、その足で商売女達に向かった。その中でも、とりわけ美形の女に話しかける。やがて女が頷き、セリカに顔を向けた。ダルノスが手招きする。

 

『セリカ、お前は既に、一人前の魔法剣士だ。だがお前には欠けているものがある。それは俺では教えられんものだ』

 

『以前から言われていたけど、それは何なんだ?俺には、理解できない』

 

『彼女がそれを教えてくれる。セリカ、お前はこれから二階に行って、彼女を一晩、抱け。オンナを知るんだ』

 

セリカは真っ赤になった。女性への欲情はそれなりにあるが、神殿に仕える自分には縁のないことだと思っていた。バリハルト神殿には、異性との交渉を禁止するような規定は無い。だが、セリカの中に、そうしたことへの忌避感があった。

 

『お前がオンナに奥手になっているのは、カヤの影響だろう。姉に対して後ろめたさがあるんじゃないか?お前に欠けているものはな、男としての自信だ。姉になんでも面倒を見てもらっていたせいか、お前の中にはカヤへの劣等感がある。それを克服しないかぎり、真に一人前の剣士にはなれん』

 

『で、でも、女を抱くことが、その克服になるのか?』

 

『なる。ならなくても、オンナを知ることは、悪いことではない。グズグズ言わずに、とにかく抱いてこい!カネは既に、彼女に渡してある。いいな、一晩だぞ。抱かなかったら、すぐに解るからな!』

 

『大丈夫よ、ダルノス・・・この子は見た目は奥手だけど、案外、オンナ殺しになるかもしれないわよ?いらっしゃい、私が貴方をオトコにしてあげる・・・』

 

ダルノスに睨まれ、艷やかな女に誘われ、セリカは腹をくくるしかなかった。女に手を引かれながら、二階の部屋に入る。既に下半身は漲っていた。女は舌なめずりをして、いきなりセリカの下半身を握った。

 

『ダルノスの旦那に言われているわ。私が満足するまで、帰さないから・・・』

 

女がセリカに唇を重ねてきた。甘い香りに酔いながら、セリカは女の腰に手を回していた・・・

 

 

 

 

 

セリカが剣を抜いて、ダルノスと向き合う。普段使っている模造剣ではない。神殿騎士が使う、本物の中型剣である。ダルノスも、背に刺している二振りの大剣を構える。セリカの剣先から闘気が立ち上る。以前のような迷いは、そこには無い。瞬間的にセリカの姿が消え、ダルノスの背後から一撃を喰らわせる。ダルノスは左腕で握った剣を背に回し、それを受け止める。ダルノスも剣を奮う。セリカはそれを受け流しながら、懐に入ろうとする。蹴りが下から突きあがる。それを躱すが、ダルノスが剣の柄を振り下ろしてくる。潜り抜けるように躱し、一旦、距離を取る。ギリギリの攻防だが、セリカの闘気に乱れは無い。静かで、力強い闘気を放ち続ける。ダルノスが頷いて、剣を下ろした。

 

『見事だ。もう俺が教えることは無い。あとは経験で学んでいくだけだ。お前は「一人前」だ』

 

ダルノスに弟子入りをしてから五年、セリカは来月で二十歳を迎えることになる。師からようやく認められ、セリカは嬉しそうに頷き、一礼した。二人の攻防を見ていた大司祭のオレノが手を叩いた。

 

『素晴らしい。雷系魔術を攻撃に使うのではなく、移動手段として使うとは・・・足に風を纏わせることで、人ならざる速度を生み出し、それで相手に斬りかかる。ダルノスでなければ、初撃で終わっていただろう。セリカ、お前は剣も魔術も一人前に達した。ダルノスが言うとおり、あとは経験を通じて自らを磨いていくだけだ。さて、お前の初陣に相応しい仕事がある。廃都ノヒアでの魔獣退治だ。お前とダルノス、そして神官の三人で、退治をしてもらいたい』

 

セリカはオレノの前で膝をつき、頭を垂れた。

 

『ありがとうございます、オレノ様。魔獣退治、しかと承りました。して、三人目の神官殿とは・・・』

 

『お前より一足先に、正式に神官として認められた者だ。お前にとっては、久しぶりの対面になるだろう・・・』

 

オレノは扉に顔を向け、頷いた。扉の先には、涙を浮かべ、嬉しそうな顔をした姉の姿があった。

 

 

 

 




【次話予告】
廃都ノヒアでの初陣を見事に飾ったセリカは、バリハルト神殿から正式に「騎士」として認められた。バリハルト神殿でも指折りの「魔法剣士」として、セリカへの期待は大きい。大司祭オレノは、セリカを更なる高みへの導くため、ある重要な使命を与えようと考えていた。セリカは、神殿の奥に秘蔵される「禁断の神器」へと案内をされるのであった。


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第六十三話「ウツロノウツワ」

Sors immanis
et inanis,
rota tu volubilis,
status malus,
vana salus
semper dissolubilis,
obumbrata
et velata
michi quoque niteris;
nunc per ludum
dorsum nudum
fero tui sceleris.

恐ろしく
虚ろな運命よ
運命の車を廻らし
悪意のもとに
すこやかなるものを病まし
意のままに衰えさせる
影をまとい
ヴェールに隠れ
私を悩まさずにはおかない
では、なす術もなく
汝の非道に
私の裸の背をさらすとしよう・・・
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