戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第六十四話:古の呪術

マクルの街が造られ、バリハルト神殿がセアール地方南部に進出をして来たころとほぼ同時期に、ブレニア内海沿岸域を中心に二つの異変が発生している。一つは、アヴァタール地方南部に出現をした異界「狭間の宮殿」である。別名「神々の処刑場」と呼ばれるこの異界は、現神が認めない限り、人間族および亜人族たちは立ち入れない「禁断の地」となっている。三神戦争時において、捕らえられた古神たちは、この処刑場から「神の墓場」へと落とされたと言われている。本来であれば、目にすることが無いはずの「異界」が何故、出現をしたのか。後世の歴史家たちにとって大きな謎とされている。

 

もう一つの異変は、「得体の知れないもの」と呼ばれる異形の魔物の登場である。セアール地方南部からディジェネール地方、ニース地方のりプリィール山脈まで、この「得体の知れないもの」が確認をされている。この魔物は、いかなる攻撃を受けても決して死ぬことがなく、触れたものは精神が蝕まれ、最終的には廃人となってしまう。一説には、生物が持つ「生きる意志」そのものを吸収する存在、と言われており、ブレニア内海沿岸域に住む人間族、亜人族たちを恐怖に陥れた。

 

後に、マーズテリア神殿の聖女「ルナ=クリア」の活躍により、マーズテリア神殿、レウィニア神権国、トライスメイルなどの連合部隊が結成され、「得体の知れないもの」を封じることに成功する。また、その討伐には「神殺し」も加わっていたことが、複数の記録から明らかに成っている。しかし、その正体は何であったのか、マーズテリア神殿は無論、どの勢力も一切、公開していない。

 

 

 

 

 

『こんばんわ』

 

水竜を抱いた不思議な雰囲気の女性に、セリカの鼓動が早くなった。美しい顔立ちをした赤髪の女性は、綺麗な瞳で、セリカを見つめる。

 

『こんばんわ。あの・・・どこかで会ったことがあるでしょうか?』

 

『いいえ、初対面です』

 

『そうですか・・・』

 

互いに沈黙をしたまま、数瞬が流れた。すると、女性が尋ねてきた。

 

『初対面の人に、こんなことを聞くのは変ですけど・・・「運命」という言葉、貴方は信じますか?』

 

『「運命」?』

 

セリカは考えた。運命という言葉は、バリハルト神殿でも使われている。「人がどれほど努力しようとも、抗いようのない流れ」「神のお導き」という意味合いであった。だがその真の意味は「自分の力の限り、出来る努力をつくし尽くして、それでもなお抗えない時に、諦めとして使う言葉」であった。オレノ大司祭もダルノスも、あまり良い意味では使っていない。ともすると「逃げる言い訳」に使われるからだ。

 

『俺は、あまり信じない。そういうこともあるのかもしれないが、少なくとも、出来る努力を尽くしてから、使うべき言葉だと思う』

 

『そう・・・』

 

女性は微笑んだまま、セリカを見つめた。水竜の子供が再び鳴く。

 

『私は・・・運命を信じるわ』

 

『何故?』

 

『貴方に会えたから・・・この子を拾った時、まるで導かれるように、この場所に来たの。そこに貴方がいた。これは、運命じゃないかしら?』

 

『どうだろう。ただの「偶然」だと思うけど・・・俺に会うまでは、運命を信じていなかったのか?ええと・・・』

 

『サティア・・・私の名は、サティア・セイルーン。貴方は?』

 

『俺はセリカ。バリハルト神殿の戦士だ』

 

サティアは頷いて、言葉を続けた。

 

『私は、運命を信じたくなかった。人が殺し合うのは運命ではない。人は運命に立ち向かい、運命を切り拓く力を持っている。ただ、その力の使い方を知らないだけ・・・』

 

『力の使い方か・・・』

 

自分の両手を見る。毎日、剣を振っているため、豆だらけの手だ。その一方で、この掌からは強力な雷系魔術を放つことも出来る。大抵の魔物であれば、倒すことが出来る。普通の人間よりも、遥かに強い力を持っている。だが、その力は何に向ければ良いのだろうか。ただ神殿の使命に従い、言われるがままに剣を奮い、魔術を発し、魔物を殺せば良いのだろうか・・・

 

『貴方の力の使い方は、貴方自身にしか、見つけ出せないわ。長い旅路の中で、苦悩と後悔を重ねながら、人は成長していくのだと思う』

 

『なんだか、どこかの大司祭に説教を受けている気分だ』

 

セリカはそう言って笑った。サティアも笑う。すると、腕の中の水竜がもがき始めた。

 

『クワッ・・・クワッ』

 

サティアの腕から零れ落ちる。ペタペタと地面を歩き、内海へと向かう。水の中に入ると、一度だけ顔を出し、そのまま姿を消した。その姿をセリカは心配そうに見つめた。あの小ささで、生きていけるだろうか。

 

『あの子の親は、何処に行ったのでしょう?』

 

『・・・・・・』

 

セリカは黙って、水面を見つめた。セリカの様子を見て、サティアが言った。

 

『時折、様子を見に来ましょう。もし親がいないのなら、誰かが親代わりになってあげないと・・・』

 

『そうだな・・・』

 

その夜、セリカはサティアと遅くまで語り合った。時に笑い、時に考え、気がついたら眠ってしまっていた。目を覚ましたら、サティアの姿は消えていた。夢では無かった証拠として、茶の残りが入った杯が二つ、並んでいた。

 

 

 

 

 

「ウツロノウツワ」の浄化方法を探るという大使命は、一朝一夕で達成できるものではない。総本山にはオレノ大司祭を通じて問い合わせたが、その回答が来るまででも数ヶ月が掛かる。その間は、調査をしつつも神官騎士としての仕事も果たさなければならない。街の治安維持や、魔獣の討伐などだ。特に、先住民であるスティンルーラ族とは深刻な対立が起きている。布教に向かった神官が、石を投げつけられて帰ってくるという事件もあった。騎士の中には武力行使を叫ぶ声もあったが、オレノはあくまでも、話し合いによる融和を考えているようであった。

 

『今から三百年くらい前だけど、バリハルト神殿は一度、セアール地方南部をほぼ、教化することに成功したんだって。だけど、その時の大司祭が軍を起こして、そのまま東のレウィニア神権国まで攻め入ったらしくて、ボロ負けして逃げ帰ったそうよ』

 

ダルノスの手料理を食べながら、カヤが説明をする。その知識はセリカにもあったが、カヤは声をひそめて、更なる裏情報を話した。

 

『これは噂なんだけど、その時に戦った相手は、レウィニアの軍じゃなくて「魔神」だったらしいわ。なんでも黒一色の服を来た魔神だったそうで、一千名以上が殺されたんだって。魔神に負けたなんて、それこそ神殿の恥だから、総本山でも極秘にしているそうよ。オレノ様が融和を求められるのも、その辺が理由じゃないかしら?』

 

何故、そんな極秘情報をカヤが知っているのか、セリカは敢えて聞かなかった。弟から見たら、世話焼きの姉にしか過ぎないが、カヤは騎士たちの中ではそれなりに人気がある。大方、酒席で少し色気を出して、それで聞き出したのだろう。その巧みさたるや、娼婦たちですら舌を巻くほどらしい。

 

(姉さんは商売を間違えているのかもな・・・)

 

苦笑いをしたセリカは、話題を変えた。廃都ノヒアで出会った、不思議な女性の話をした。カヤは驚き、笑った。弟が自分以外の異性の話をするのは初めてであった。

 

『その口ぶりだと、もう何度か、会ってるわね?そっか・・・子供だと思っていたけど、セリカももう、オトコなんだねぇ~』

 

カヤは、何処か寂しげながらも、嬉しそうに笑い、酒を呷った。セリカは顔を赤くした。確かに、あの夜の後も何度か、ノヒアで会っている。「クー」と名付けた水竜の子供に、魚などを与えている。最初は得体の知れない女性であったが、数度会うことで、相手を知ることが出来た。ナーサティア神の信徒で、諸地方の伝承や文化を研究しているらしい。その知識が、ウツロノウツワ浄化法の探求に役立つのではないかと考えていた。

 

『アンタはもう、バリハルト神殿の騎士なんだから、自分の使命に必要だと考えるのなら、迷わず力を借りなさい。ナーサティア神の信徒なら、オレノ様もお許しになるわ』

 

姉の言葉に、セリカは頷いた。

 

 

 

 

 

サティアは簡単に了承をした。カヤともすぐに打ち解けたようで、空いている部屋を貸す。ダルノスは最初は警戒をしていた。サティアのせいというよりは、ダルノスが人見知りなだけである。セリカとカヤの様子に、ダルノスも納得したようで、自分の手料理を振る舞う。受け入れた証拠であった。

 

『今日は珍しい香辛料が手に入ったんだ。ルプートア山脈の向う側にある「ターペ=エトフ」って国で栽培されている香辛料らしい。俺も食ってみたが、肉の味が劇変するぞ?』

 

絶品肉料理を囲んで、皆で乾杯をする。サティアは小食のようで、それ程多くは食べない。残すとダルノスが不機嫌になるので、その分をセリカが食べた。酒を飲みながら、サティアの様子を見る。この賑わしい酒場であっても、どこか人間離れした雰囲気であった。そして美しかった。神殿には神官長をはじめとして、美人の神官も多いが、サティアの美しさは、その比では無かった。美女に見惚れる弟を姉がからかう。

 

『セリカ~ サティアちゃんがウチに住むのは良いとして、アンタは我慢できるの?こんな美人が、一つ屋根の下にいるなんて・・・』

 

『ね、姉さん!』

 

セリカ以外の皆が笑った。

 

 

 

 

 

『騎士セリカと神官カヤが認めた以上、サティア・セイルーンの力を借りることに、否はありません。ウツロノウツワの浄化は、神殿の最優先事項です。サティア・セイルーンと共に、調査を続行して下さい』

 

神官長のラウネーの許可を得て、サティアは正式に、セリカと行動を共にすることになった。早速、仕事が降りてくる。

 

『さて、本日はセリカに、依頼があって呼びました。マクルの北東にあるスティンルーラ族の集落「クライナ」に向かって下さい。何か、不穏な動きがあるようなのです。既にダルノスを始めとして、神殿騎士たちはクライナに向けて立ちました。あなたもすぐに続いて下さい』

 

セリカが頷き、立ち上がる。ラウネーが呼び止める。

 

『知っての通り、スティンルーラ族と当神殿は対立しています。しかしオレノ大司祭をはじめとして、私たちは彼らとの融和の道を模索しています。くれぐれも、剣を奮って彼らを傷つけることがないように、注意をして下さい』

 

 

 

 

 

『スティンルーラ族は、裁きの女神ヴィリナを信仰する民族よ。女性を尊ぶ文化で、族長も代々、女性が就いているわ。誇り高い民族だから、信仰の押し付けなどをすると、反発をするのは当然だと思う・・・』

 

クライナへの道中、スティンルーラ族についてサティアが説明をする。サティアは過去に、クライナにも行ったことがあるようで、森での道案内も出来るようだ。サティアの話を聞きながら、セリカは疑問を感じた。

 

『思うんだけど、バリハルト神とヴィリナ神は夫婦だろ?それが何で、人間族同士になると対立をするんだろう?』

 

『本当にそうね。セアール地方の人たちは、スティンルーラ族を「蛮族」なんて言うけど、彼らは決して野蛮ではないわ。生き物を愛し、森を慈しむ、とても心優しい、穏やかな民族よ。でもその一方で、いざ戦いとなったら、苛烈に戦うわ。そのへんは、ヴィリナ神の性格そのままね』

 

セリカは頷き、考えた。バリハルト神殿は、信徒を増やすためにせアール地方の教化を進め、さらには大陸中原への進出を狙っている。だがそれは、バリハルト神が望んだことなのだろうか?バリハルト神は確かに、古神には容赦無いが、他者の信仰を侵したり、先住民族を迫害したりすることを認めるとは思えなかった。マクルの街を発ってから四日目、二人はクライナへと続く森に着いた。すでに騎士たちが幕舎を張っている。セリカはその気配に眉をひそめた。まるでこれから合戦に行くかのように、殺気立っている。幕舎からダルノスが出てきた。険しい顔だが、セリカを見かけると笑みを浮かべた。

 

『よぉ、お前たちも来たのか』

 

『ダルノス・・・これはどうしたんだ?まるでこれから殺し合いにでも行くかのようだ』

 

『あぁ、それなんだが・・・』

 

ダルノスが説明をする。どうやらこの森で、何らかの儀式が行われているらしい。それを確認しようとしたら、いきなり弓を射掛けられたそうである。話し合いをしようと神官が声を掛けても、その返答は明確な殺意だけであった。

 

『俺も辺境の出身だ。民族によっては、現神信仰と離れた儀式があることは知っている。だがバリハルト神殿としては、害が無いものかどうか、確認をしておく必要がある。邪魔はしないから、確認だけさせてくれ、と言ったんだが・・・』

 

『スティンルーラ族は誇り高い種族だ。自分たちの儀式を他者に見せること事態に、抵抗があるんだろう。それに、この森はスティンルーラ族の縄張りだ。本来であれば、俺たちが無暗に立ち入って良い場所ではない』

 

『解っているさ。だから丁寧に声を掛け、許可を得ようとしたんだ。だが、アイツらは話し合いに乗ろうとすらしない。騎士たちの中には、強行突破の意見まで出ている。なんとか、宥めたんだがな・・・』

 

ダルノスもまた、戦士である。そうした「抑え役」は性に合わないだろう。セリカは頷き、案を出した。

 

『サティアは、クライナに行ったことがあるそうだ。森の道案内も出来るらしい。俺とサティア、そしてダルノスの三人だけで、森に入るというのはどうだ?大勢で行けば、それだけ相手を刺激してしまうだろう。少数で行けば隠れやすいし、コッソリ観察して害が無ければ、そのまま退散すればいい』

 

ダルノスは顎を擦って頷いた。だがセリカにクギを刺す。

 

『無害な儀式なら良いだろう。だが、もし有害であれば、俺は力づくでも止めるぞ』

 

『スティンルーラ族は平和を愛する民族です。そのような害のある儀式をするとは思えません。クライナに住む長老とは顔見知りです。クライナまで行けば、儀式を止められるでしょう』

 

サティアの言葉に二人は頷いた。音を立てないように、三人は森へと入った。

 

 

 

 

 

『あら?これは・・・』

 

森の中を走る道の途中に、スティンルーラ族の女戦士が見張りをしている。警戒の目を避けながら、森の奥へと進む。その途中で、サティアが何かに気づいた。藪で隠すようにしているが、魔力までは隠せない。三人が見つけたものは、魔法石を組み合わせた「魔法陣」であった。サティアが首を傾げる。

 

『・・・古の呪術に似ていますね。何かの「召喚陣」のようです。ですが・・・』

 

『何か気になる点があるのか?』

 

『えぇ・・・陣の描き方が違います。召喚陣は、召喚すると同時に使役者の命令に服従するように、強制(ギアス)を掛けなければなりません。ですが、この召喚陣には、強制が掛かっていません。ただ召喚するだけの魔法陣です』

 

『おいおい・・・それって、ヤバくないか?』

 

『危険です。何を召喚するつもりかは解りませんが、この魔力を見る限り、かなり強力な魔神か、異界の魔獣を召喚するつもりのようです。もし強制が働かないうちにそのようなものが召喚されたら・・・』

 

『スティンルーラ族はお終いだな』

 

『それだけじゃない。この辺り一帯が危険に晒される。マクルだって危ういだろう。何としても止めないと』

 

三人は急いで森の奥に進んだ。

 

『もう少しです。ここを通り抜ければ・・・』

 

少し拓けた道に出る。だが三人はそこで立ち止まった。スティンルーラ族の戦士たちが、弓を構えて立ち塞がったのだ。上半身を晒した、青髪の女戦士が怒りの表情で告げる。

 

『そこまでだっ、侵略者どもめっ!この森は、我らスティンルーラ族の森・・・貴様らが勝手に入って良い場所ではない!とっとと出て行けっ!』

 

ダルノスが舌打ちをして、背に刺さった剣に手を伸ばした。サティアが前に進み出る。

 

『待ってください。あなた方が形成している魔法陣は間違っています!このままでは、大変なことが起きます!』

 

『フン、侵略者の言うことなど信用できるか!我らの呪術の威力を知って、騙そうとしているに違いない。早く出て行けっ!さもなければ、この場で殺すっ!』

 

『黙って聞いていれば、言いたいこと抜かしやがって・・・邪教を使うなんざ、もう同じ現神の信仰者じゃねぇな!』

 

ダルノスが怒りの表情を浮かべ、凄まじい殺気を放つ。一触即発の空気が充満する。その時、戦士たちの後方から声が響いた。

 

『待て、エカティカ・・・その話、おそらく本当だろう』

 

背中に剣を刺した、黒衣の男が現れた。

 

 

 

 

 

ゾクッ

 

セリカの背に悪寒が走った。思わず剣の柄に手が伸びる。目の前に出現した黒衣の男からは、殺気も闘気も感じない。だが得体の知れない不気味さを感じた。警戒するセリカやダルノスを無視して、男はサティアに話しかけた。

 

『あなたは先程、魔法陣と言ったが、そのようなものがここにあるのか?』

 

『はい、この目で確認しました。魔神、もしくは異形の魔物を召喚するための魔法陣です』

 

『・・・エカティカ、本当か?』

 

『だって、ディアンッ!』

 

エカティカという名の女戦士は、先程までとはうって変わって、拗ねるような表情を浮かべた。まるで兄のお仕置きを怖がる妹のようである。ディアンと呼ばれた黒衣の男は舌打ちをした。どうやら魔法陣のことを知らなかったようである。

 

『勝手に召喚陣なんて組みやがって・・・あとで族長から絞られるがいい。さて、バリハルト神殿の方々よ。あなた方の忠告は、有り難く受け取った。そのような愚かな召喚は止めさせよう。だが一方で、この森はスティンルーラ族の縄張りでもある。あなた方が侵入者であることに変わりはない。不安に思って立ち入ってきたのだろうから、そこは水に流そう。一刻も早く、この森から立ち去られよ』

 

(役者が違いすぎる・・・)

 

セリカはそう感じた。先程まで殺し合い寸前の緊張状態であった皆が、この男に完全に飲まれている。唯一、サティアだけが男に飲まれていないようであった。口元に微笑みを浮かべ、黙って男を見続けている。撤退すべきだ、セリカはそう考えた。だがその時、ダルノスが反駁した。

 

『おいおい、なに勝手に仕切っているんだ?こっちはお前らから矢を射掛けられているんだ。神殿に対して、代表者がキチンと説明をするのが筋ってもんじゃねぇのか!』

 

六尺五寸の巨体を持つダルノスが凄む。大抵の男はこれで腰が退ける。だがディアンという男は涼しい顔で言葉を返してきた。

 

『矢を射掛けられたのは当然のことだ。武装した騎士が森に入ろうとしている・・・スティンルーラ族から見れば「侵略」と受け止めるのも当然だろう?説明はいま見たとおりだ。スティンルーラ族のお転婆娘が、浅はかな知識と判断で、召喚陣を組んだ。大方、バリハルト神殿に対抗するために、魔神召喚でも図ったのだろう。それを不安に思った貴殿ら三名が森に侵入し、話のわかる男と出会った。男はお転婆娘の首根っこを捕まえて、召喚を止めさせることを約束した。メデタシメデタシ・・・これが説明だ。不満か?』

 

「立て板に水」という言葉は、この男のためにあるのだろうか。それ程、流暢に言葉を吐く。男の後ろに、二人の女性が進み出てきた。男とは対照的に、白い外套を羽織っている。金髪と銀髪の、素晴らしい美女であった。外見の美しさだけなら、サティアにも劣らないだろう。だが、纏っている雰囲気はまるで違う。サティアは神秘的な神々しさがあるが、二人からはむしろ禍々しさを感じた。サティアとは異なる意味で、近寄り難い雰囲気であった。金髪の美女が、男に告げる。

 

『ディアン、確認してきたわ。確かに召喚陣がある。一応、封じておいたけど、後で確認して』

 

『解った。先にクライナに戻って、族長に事の顛末を伝えてくれ。俺は・・・』

 

男はダルノスに顔を向けた。金髪の美女はダルノスに見向きもせず、その場を離れていく。銀髪の方も、ダルノスやセリカなど眼にも入れていないかのようだ。ダルノスは、バリハルト神殿の戦士として、マクルでは誰もが一目置く存在だ。その評判に相応しい強さを持ち、自負心もある。それがまるで非力な小動物のように、軽くあしらわれたのだ。怒りから、ダルノスの表情は赤黒くなっていた。

 

『振り上げた拳を降ろせずにいるのだろう?何が、お前をそこまで怒らせるのかは不明だが、そのまま帰っても欲求不満だろう。オレが相手をしてやろう』

 

男が背に刺した剣を抜く。セリカは思わず見惚れた。白銀に輝く美しい剣である。漆黒の外套を纏った男がソレを持つ姿は、どこか出来過ぎで、非現実的でさえあった。スティンルーラ族たちが後方に下がった。銀髪の女は、道端の木に背をもたれかけ、腕を組んでいる。男は剣を持ったまま、ダラリと力を抜いていた。構えという構えでは無い。ダルノスも背中から二本の大剣を抜いた。並の人間なら両手ですら扱えないほどの剣である。セリカは慌てて、ダルノスを止めた。

 

『ダルノス、ダメだっ!スティンルーラ族と戦うわけにはいかない!』

 

『安心しろ。オレはスティンルーラ族ではない。仮にオレを殺したところで、スティンルーラ族とバリハルト神殿とが戦争になることは無い。もっとも、殺せればの話だがな・・・』

 

男の挑発で、ダルノスが爆発した。大剣を十字に奮い、斬りかかる。普通の人間なら一瞬で四つに千切れているだろう。だが男は一瞬で、ダルノスの背後に回っていた。だがダルノスは、剣の勢いを殺さずに、そのまま右腕を後ろまで回す。男は飛び上がり、剣の上に乗り、そのまま離れた。

 

『ほう・・・』

 

銀髪の女が、腕を組んだまま一言、声を発した。ディアンは、離れた場所で手を叩く素振りを見せた。

 

『驚いたな。それだけの大剣を片手で使いながら、しかも虚実の剣を使うか。余程の修練を積んだのだろうな』

 

『抜かせっ!』

 

ダルノスは立て続けに虚実の技を繰り出した。飛燕剣である。だがディアンはそれら全てを簡単に躱した。剣で防ぐことすらしてない。全ての剣が宙を斬る。ディアンの様子に、セリカは戦慄した。何をやっているのか、理解できたからだ。だがそんなことが可能なのか?やがて、ダルノスの動きが止まった、肩で域をしながらディアンを睨む。

 

『テメェ・・・さっきから巫山戯た真似をしやがって・・・俺をナメているのか!』

 

『ふむ、さすがにこの程度は気づくか。本来であれば、お前はもう十回は死んでいるぞ?』

 

ディアンは実際に剣を奮うのではなく、闘気を利用して斬る気配を発していた。斬られる側にも明確に伝わるほどの、鋭い闘気であった。明らかな手加減である。だがそれが、ダルノスの怒りをさらに助長させる。銀髪の女も、さすがに気の毒に思ったのか、ディアンに声を掛ける。

 

『ディアン、嬲るのは強者のすることではない。終わらせたらどうだ?』

 

女に同情され、ダルノスの怒りは頂点に達した。飛燕剣の奥義を繰り出す。

 

『死ねっ!沙綾円舞剣ッ!』

 

剣があたかも数百本に分かれたかのようにディアンに襲いかかる。だがディアンは躱すこと無く、剣を一振りした。ダルノスの動きが止まった。手にしていた大剣は二振りとも、完全に断ち切られていた。背に剣を納めたディアンは左右に腕を広げた。空から降ってくる、剣の半身を指で掴んだ。

 

『惜しいな。良い技だが、大剣では不向きだ。中剣でやったほうが良いぞ?』

 

圧倒的な力の違いを見せつけられたダルノスは、肩を落として歯ぎしりをした。尊敬する師が負け、その様子をサティアが見ている。その光景に、セリカの中にある感情が湧き上がった。これまでに感じたことのない激情であった。セリカは、腰の剣を抜いた。

 

『待てっ!俺が相手だ!』

 

ディアンは面倒くさそうに顔を向けた。

 

 

 

 

 

『止めろ、セリカッ!お前の勝てる相手ではない!』

 

『セリカ、ここは退いて・・・もう十分でしょう?』

 

『俺の師であるダルノスが負けんたんだ!バリハルト神殿騎士が、ここで黙って引き下がれるか!』

 

普段は見せないセリカの激昂に、サティアは驚いた様子であった。ダルノスもそれ以上は止めなかった。バリハルト神殿の騎士として戦う以上、他者が止めることは許されない。セリカはディアンと向き合い、構えた。普通に戦っては勝てない。ならば魔力を使って、初撃に賭けるしか無い。全身から闘気を発する。ディアンは片眉を上げた。腕を組んでいた女も、木から背を離した。ディアンが背に刺した剣の柄を掴む。前かがみになって構える。気が横溢していく。

 

『いざっ!』

 

足に込めた雷系魔術により、爆発的な初速で距離を詰める。ディアンの腹部めがけて突きを繰り出す。剣の先端が、黒衣に突き刺さる。

 

(貫いたっ!)

 

そう思ったが、剣に手応えは無かった。次の瞬間、後頭部に強い衝撃を受けた。一瞬で意識が遠くなる。

 

『惜しかったな・・・』

 

微かにそう聞こえた。

 

 

 

 

 

ディアンは紅い月を眺めていた。後ろから声を掛けられる。

 

『久し振りですね、ディアン殿・・・』

 

『サティア殿か・・・』

 

ディアンが振り返る。赤髪の女神が立っていた。

 

『アレが、あなたが見つけた「内通者」か?』

 

『内通者というわけでは・・・ただ、彼から聞いた「ウツロノウツワ」という神器が気になります。その正体は恐らく、私の妹「アイドス」でしょう。何故、そのような姿に成り果てたのかは解りません。ですが、邪悪の存在と堕した以上、葬らなければならないでしょう』

 

『肉親を失うことは、辛いことだ。お気持ちは察する。あのセリカという男、どことなくオレの弟子に似ている。気弱だと思っていたら、驚くほど大胆な行動を取ったりする。強い意志があるように見えながらも、内面で自らの在り方に悩み続ける・・・バリハルト神殿には珍しい男だな』

 

『好ましいと思っています。人は悩み、苦しみながら、それでも明日を見て歩み続けるものです。彼と共に、私もこの世界で生きてみたいと思うようになりました』

 

『そうか・・・あなたが決めたことだ。オレは何も言わん。この世界で生きるのであれば、また会うこともあるだろう』

 

『そうですね。生きていれば、きっとまた会えます』

 

サティアと入れ違いに、ダルノスがディアンに声をかけてきた。バツが悪そうな表情を浮かべている。

 

『その・・・先程は失礼をした。頭に血が上っていたんだ。それと、弟子に手加減をしてくれて、感謝する。ありがとうよ』

 

『気にするな。解っていると思うが、あのセリカという男、相当な素質を秘めている。まだまだ伸びしろがあるが、これ以上は実戦を積ませるしか無いだろう。師としては、頭を悩ませるところだな』

 

『アイツはもう、俺を超えているんだ。俺はこれ以上、何も教えられん。アイツの為にも、どこかで修練を積ませてやりたいが・・・』

 

『マクルの北にある「廃坑」に行ってみたらどうだ?彼処は魔物が豊富だ。狭く、暗い洞窟の中で、複数の魔物を同時に相手にすることは、良い修行になる』

 

『廃坑か・・・なるほどな。考えておくよ』

 

ダルノスは笑って、ディアンから離れた。

 

 

 

 

 

最初は見知らぬ天井が見えた。やがて意識がハッキリする。セリカは起き上がって、当たりを見回した。見知らぬ建物である。簾の掛かった出入り口から外に出る。陽の光で目を細める。そこには発展した立派な街があった。外壁や各家々では、白い蕾がついた蔓状の植物が栽培されている。整備された道路を木樽を載せた荷車が行き来する。

 

『気がついたのね?良かった・・・』

 

いつの間にか、サティアが横にいた。輝くような笑顔を向けてくる。

 

『ここは?』

 

『ここはスティンルーラ族の集落、クライナよ。あなたが意識を失ったので、この集落で介抱して貰っていたの』

 

『クライナ・・・大丈夫なのか?バリハルト神殿の俺がいて・・・』

 

『気にすることはないよ』

 

サティアの後ろにいた年寄りが、声を掛けてきた。服装から見るに、相当な地位にいる人物である。

 

『あたしゃ、アメデっていう婆だよ。お前さんたちのお陰で、邪な呪術を防ぐことが出来た。感謝しとるよ・・・』

 

アメデが後ろを振り返る。柱の影に、青髪の戦士が立っていた。

 

『エカティカッ!こっち来て、ちゃんと御礼を言わんしゃい!』

 

アメデに怒鳴られ、渋々の様子でエカティカが出てきた。

 

『フンッ!今回だけは、感謝してやるよ。だけど、アタシはまだ、アンタたちを信用していないからね』

 

そう言って、エカティカは後ろを向き、去ってしまった。アメデは溜息をついた。

 

『スマンねぇ、バリハルト神殿とは、そりゃ色々とあったからねぇ。あの子だけじゃなく、この集落には、アンタたちを歓迎しない者が多いんだよ』

 

セリカは頷いた。

 

『理解しています。私たちのほうが、立ち入ったのです。介抱を頂きましたこと、本当に感謝を申し上げます。またクライナをお訪ねしても良いでしょうか?これを機に、スティンルーラ族の皆様をもっと教えて頂けないかと考えています』

 

『あまり歓迎せんがねぇ・・・』

 

『バリハルト神殿騎士としてではなく、この地に住む一人の人間、セリカとして訪問させて頂きます。どうか・・・』

 

アメデはしばらく考えて、頷いた。アメデの方も、バリハルト神殿との融和を希望しているようであった。

 

『お、セリカ、気づいたか!全く、無茶しやがって!まぁ、お前が気づいたのなら、もうこの集落ともオサラバだな。あまり歓迎されていない様子だし、さっさと帰ろうぜ』

 

ダルノスは豪快に笑い、セリカの背を叩いた。サティアに顔を向ける。優しい微笑みに、セリカの気分も晴れた。

 

『あぁ、帰ろうか。マクルへ・・・』

 

空は雲一つない、青空であった。

 

 

 

 




次話予告】
セリカの修行の日々は続く。北部の廃坑で「得体の知れないもの」に戦慄し、ドラブナの森では、呪われた魔槍を封じる戦いを経験した。日々の成長を通じて、サティアとの距離も近づいていく。そして、セリカの生家にて、二人は結ばれる。
だが、成長と充実の日々を送る中で、ある情報が手に入る。ブレニア内海南方のディジェネール地方にいる「龍人族」が、ウツロノウツワの浄化方法を知っているという情報を得たのである。セリカは早速、ディジェネール地方「ニアクール」へと出発する。

そしてその地で、彼の生涯を左右する存在と出会うのであった・・・

戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第六十五話「ニアクール遺跡」

Sors immanis
et inanis,
rota tu volubilis,
status malus,
vana salus
semper dissolubilis,
obumbrata
et velata
michi quoque niteris;
nunc per ludum
dorsum nudum
fero tui sceleris.

恐ろしく
虚ろな運命よ
運命の車を廻らし
悪意のもとに
すこやかなるものを病まし
意のままに衰えさせる
影をまとい
ヴェールに隠れ
私を悩まさずにはおかない
では、なす術もなく
汝の非道に
私の裸の背をさらすとしよう・・・
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