戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第六十五話:ニアクール遺跡

魔神とは本来、自己欲求の充足のみを求め、完全な「個」として動く存在である。そのため、巨大な力を持つにも関わらず、歴史に影響を与えた事例は多くはない。西方の歪地帯「エテ」を破壊した「魔神アラストール」の行為は、結果的には「氷結の女神ヴァシナール」を北方に還すことに繋がり、歴史を動かしたとも言えるが、当時のアラストールからすれば、ただ「気晴らしに街を破壊した」というだけに過ぎず、本人の意志とは無関係なところで歴史が動いたにすぎない。

 

魔神が、自らの意志で歴史を動かした事例としては、レスペレント地方モルテニアを終の棲家とした「魔神グラザ」が挙げられる。魔神グラザはケレース地方の大国「ターペ=エトフ」から支援を受けることで、長きにわたって闇夜の眷属を守り続けていた。しかし、ターペ=エトフの滅亡により、徐々に追い詰められていく。そこで魔神グラザは、人間族との関係を強化するために、人間族との間に子を成す、という行動に出る。その結果、半魔神として「リウイ・マーシルン」が誕生する。リウイは、当初こそ人間族を憎んでいたが、やがて「光と闇の共生」を志すようになり、レスペレント地方を統一、大帝国「メンフィル帝国」を形成するのである。「魔神グラザは、レスペレント地方に平穏をもたらそうと考えて「狭間の子:リウイ」を成した」とは、メンフィル帝国大将軍ファーミシルスの証言であり、魔神が歴史を動かした事例と言えるだろう。

 

後世の歴史家が、その判断に頭を悩ませる事例も存在する。それが「ハイシェラ魔族国」である。ターペ=エトフ歴二百四十一年、それまでケレース地方南東部を統治していた「ガンナシア王国」が滅亡し、ハイシェラ魔族国が建国される。魔神ハイシェラを王としたこの新興国は、それから数年間、内政と軍事強化を行い、ターペ=エトフ歴二百四十九年、ラウルヴァーシュ大陸において最も繁栄していた国家「ターペ=エトフ」に宣戦布告、五十年間に渡る戦争状態に突入するのである。

 

後世の歴史家たちが一様に悩むのは、魔神ハイシェラの行動についてである。ハイシェラは、三神戦争以降の二千年に渡って、ラウルヴァーシュ大陸各地で「災厄」とも呼べる事件を引き起こしている。しかしそれらは全て、一個の魔神として起こした災厄であり、国家を打ち立て、他国に攻め込む、というような性質のものではない。ハイシェラが突然、国家形成へと動いた理由については、一切が不明である。そしてそれ以上に謎なのが、ハイシェラ魔族国の滅亡についてである。ターペ=エトフ滅亡後、ハイシェラはプレメルを拠点として、ケレース地方統一に乗り出す。イソラ王国を滅亡させ、魔神アムドシアスを下し、ケレース地方の大部分を統一することに成功する。しかし一方で、国家の運営という点については、まるで興味を失ったかのような様子を見せている。マーズテリア神殿がハイシェラ魔族国に攻め込んだ際、ハイシェラはアッサリと国を捨て、単身で逃亡しているのである。

 

これら事象に対して、最も説得力のある仮説は「気まぐれで国家を興し、戦争という遊びをし、その遊びが終わったから飽きた」というものである。つまり全ては気まぐれだという仮説である。魔神の性質を考えると、この仮説は一定の説得力を持つが、本当に「ただの気まぐれ」だったのか、そこに「別の意志」があったのではないか、という疑念は拭えない。

 

これら全ての疑問に対して、神殺しセリカ・シルフィルの伴侶となった魔神ハイシェラは、永遠の沈黙を続けている・・・

 

 

 

 

 

廃都ノヒアから馬で半日ほど北上したところに、「鉄屑の谷」がある。三百年ほど前は、ノヒアの都と共に栄えていた地下鉱脈だが、ノヒア滅亡後は徐々に寂れ、今では貧民たちが、当時の道具などを集める程度の「廃坑」となっている。地下深くまで掘られた大坑道は、魔物たちにとっては格好の住処である。三百年前の遺物や、魔物から取れる希少素材を目的に、坑道に下りる冒険家もいる。バリハルト神殿騎士セリカは、ダルノスと共に「鉄屑の谷」に潜っていた。食料や水を背負うため、かなりの重量に絶えなければならない。また坑道内は暗闇のため、松明が必要となる。片手で剣を操らなければならない。こうした制限下で、不意に襲ってくる魔物たちと戦うのである。体力以上に、精神力を必要とした。

 

『ハァッ・・・ハァッ・・・セリカッ!まだ生きているか?』

 

『ハッ・・・ハッ・・・あぁ、なんとか生きているっ!』

 

飛燕剣を繰り出し、四方から襲ってくる魔物を撃退する。このニヶ月間、廃坑に潜っては限界まで戦い、這うように地上に戻って休む、という生活を繰り返している。バリハルト神殿から支給された剣は、すでに五本以上を折った。地上に戻った時に、サティアが掛けてくれる回復魔法と優しい微笑みが、セリカの希望であった。

 

『クソッたれ!まだ地下四階なのに、強力な魔物(ヤツ)が出やがる!俺の力はこんなモンじゃねぇぞっ!』

 

ダルノスが気合を入れ、魔物に斬りかかる。その後ろをセリカが守る。滅茶苦茶な修練だが、ダルノスには焦りがあった。

 

(あのディアンとかいう男に勝つためには、これでもまだ足りない。もっと、もっと強く!)

 

セリカも、超人的な強さを目の当たりにし、思うところがあった。

 

(もしあの男が邪悪であったなら、俺もダルノスも死んでいた。そうしたら、サティアはどうなっていた?大切な者の護るためには、強さが必要なんだ!)

 

ようやく、地下四階を超え、地下五階に降りた二人は、そこで異様な空気を感じた。暗い霧のようなものが立ち込め、辺りに邪悪な気配が漂っている。

 

『グッ・・・なんだよ、この気配は・・・』

 

『この気配・・・似ているぞ、ウツロノウツワの気配に近い』

 

セリカとダルノスは慎重に先に進んだ。途中で魔物の死体が転がっている。目立った傷はないが、まるで生命を吸い取られたように、眠るように死んでいる。ダルノスが、死体を観察した。相手の攻撃方法を知るためである。すると急激に、邪悪な気配が近づいてきた。二人は慌てて身構える。やがて暗い霧の奥から、それが出現した。

 

お、おぉぉ怨、怨、怨ぉ・・・ぉおおお、お・・・・・・

 

それは、腰ほどの背丈しか無い、得体の知れない魔物であった。凄まじい邪の気配とともに、腐臭が漂う。セリカは思わず、吐き気がこみ上げた。あのウツロノウツワが魔物となったら、きっとこのような魔物に違いない。

 

『ヤバイぜっ!セリカ、逃げるぞっ!』

 

撤退しようとした矢先、ソレは触手を繰り出してきた。ダルノスの腕に巻き付く。

 

『グウゥゥゥッ!!』

 

ダルノスが苦悶の声を上げる。ただ触手に腕を巻かれただけで、まるで死にかけのように蒼白な顔色となっていた。

 

『に、逃げ・・・ろ・・・』

 

『ダルノスッ!』

 

セリカが触手を切り飛ばす。腕に巻き付いていた触手は、黒い霧となって消えた。崩れ掛かるダルノスを抱える。だが背中に荷物を背負い、片手に松明を持った状態で、大男を担いで逃げるのは不可能であった。ソレがセリカに近づいてくる。ダルノスを床に横たわらせ、セリカは剣を構えた。

 

・・・ここまでか・・・

 

セリカが諦めかけた時、背後から強い光が放たれた。逃げるように、ソレが退いていく。振り返ると、サティア・セイルーンが神聖魔術を放っていた。

 

『セリカッ!逃げましょう!』

 

松明や荷物を放り投げ、ダルノスを背負う。サティアが先頭に立って、洞窟を戻る。先ほどの得体の知れないモノの影響か、魔物は姿を消していた。あれほどの邪悪な存在であれば、魔物ですら逃げるだろう。三人は命からがら、地上に戻った。

 

『ダルノスッ、頑張れっ!』

 

『うぅ・・・野郎・・・俺の頭を覗きやがって・・・』

 

ダルノスが苦しそうに呻いている。サティアが回復魔法を掛けるが、あまり効果が内容だ。肉体ではなく、精神が侵されているためだ。ここから街までは三日は掛かる。それまで保つだろうか。

 

『とにかく、急いで街に行こう!』

 

ダルノスを馬に載せ、マクルを目指して出発した。

 

 

 

 

 

上空から、その様子を見下ろす者たちがいた。黒衣の男が呟く。

 

『どうやら、現れたようだな・・・』

 

『ここまで瘴気を感じるわ。厄介な化物ね』

 

この数年、行商人や冒険家が、得体の知れないモノに襲われているという報告があった。ケレース地方までは来ていないが、レウィニア神権国にも出現をし、東方山岳地帯のの開拓村が全滅をしたそうである。討伐隊を出そうにも、神出鬼没であるため、軍では対処が出来ない。ラギール商会の行商隊にも被害が出たため、リタ・ラギールが直々に、討伐の依頼をして来たのだ。廃坑を見下ろしながら、ディアンは首を傾げた。この気配には覚えがあるからだ。かつてマクルにあるバリハルト神殿から感じた気配と、同じ気配であった。

 

『気を引き締めろ。普通の魔物とは桁が違うぞ。最上級の魔神を相手にするつもりでいろ・・・』

 

セリカたちが馬で立ち去った後、黄昏の魔神ディアン・ケヒトは、廃坑へと降りていった。

 

 

 

 

 

動けないダルノスを連れての移動となれば、時間が掛かり過ぎる。セリカはサティアに、先にマクルに戻って状況をカヤに伝えるように指示を出した。サティアの話を聞いたカヤは、すぐに神官長に報告し、大規模な救援隊が出される。廃都ノヒアで待っていたセリカとダルノスは、辛うじて救援隊に保護された。

 

『ダルノス!死ぬなっ!』

 

セリカが声を掛け続ける。ダルノスの顔色は、既に死人のものであった。生命の灯火そのものが、消えかかっているのである。荷車に載せられ、常時、神官たちが魔力を注入し続ける。マクルの街の入り口は、神殿兵によって固められ、ダルノスは止まること無く、神殿へと運び込まれた。

 

『どんな化物と戦ったんだよ・・・』

 

セリカとダルノスは、神殿でも屈指の戦士である。その二人が命からがら、逃げ帰ってきたのだ。騎士たちが不安げに囁き合う。セリカは報告のため、大司祭や上級神官が待つ神殿奥へと向かった。

 

 

 

 

 

『ディアンッ!そっちに行ったぞ!』

 

グラティナの放った炎を忌避して、得体の知れないモノが黒衣の魔神の方に逃げる。

 

«レイ・ルーンッ»

 

魔人化しているディアンが、純粋魔術を放つ。圧縮された魔力の塊が貫く。通常の魔物であれば、これで終わりである。だが・・・

 

おぉぉ怨、怨ぉぉ・・・

 

傷はすぐに修復され、得体の知れないモノはディアンに触手を伸ばした。名剣クラウ・ソラスで切り飛ばす。

 

«チィッ!いっそのこと、極大魔術を使うか?»

 

だが、坑道は狭く、脆い状態である。巨大魔術を使えば、廃坑ごと崩壊する恐れがあった。それに、目の前の化物は、それですら殺せない可能性が高い。ディアンは決断した。殺せない以上、継戦は無意味である。

 

«仕方ない。一旦、退くぞ!この地下を封印する!»

 

撤退の途中で、洞窟の上部に純粋魔術を放つ。天井に亀裂が入り、やがて落盤を起こす。廃坑の上層に退いたディアンは、舌打ちをして剣を納めた。人間の気配に戻る。

 

『ディアン、これで終わったと思うか?』

 

『いや、あの化物は恐らく、転移魔術が使えるのだろう。アヴァタール地方東部からこの洞窟まで、地面を這ってきたとは思えないからな』

 

『じゃあ、洞窟を塞いでも意味がないの?』

 

『時間稼ぎにしかならんだろうな。アレを殺すには、もっと別の力が必要かもしれん』

 

リタへの言い訳をどうするか・・・ディアンは溜め息をついた。

 

 

 

 

 

精神的に重症を負ったダルノスは一月ほどの療養が必要であった。バリハルト神殿は、大規模な討伐隊を組み、鉄屑の谷に向かったが、成果は得られなかった。得体の知れないモノの気配は消え、自分たちが遭遇した地下五階は、落盤のため塞がっていたそうである。セリカは神官長から、ダルノスの様子や神殿の対応について、話を聞いた。

 

『現時点では、周辺の村々や冒険者、行商隊などに注意を呼びかけるくらいしか出来ません。いずれにしても、そのような邪悪な存在は、放っておく訳にはいきません。騎士たちにもこれまで以上に、見回りに力を入れてもらいます』

 

『あのような化物が出たのも、ウツロノウツワと何か関係があるのでしょうか?』

 

『否定は出来ません。ウツワの邪気に引き寄せられたとも考えられます。いずれにしても、ダルノスほどの戦士を瀕死にさせた魔物です。貴方も十分に、気をつけて下さい』

 

セリカは首肯したが、内心では疑問を感じていた。あの化物が放っていた気配は、ウツロノウツワに近いものであった。関係がないとは思えなかった。だが、アレと相対したのは自分とダルノスだけである。そしてダルノスは、ウツロノウツワを知らない。自分の勘違いということもあり得るのである。軽はずみなことは言えなかった。神殿を出るとサティアが待っていた。一緒に、ダルノスを見舞いに行く。昏睡状態ではあったが、生命の危機は脱したようである。いずれ目を覚ますだろう。

 

『神殿から、新しい指示が来ているわ。ドラブナの村の定期訪問ですって。楽な仕事だけど、ダルノスがいないと、道中が不安ね・・・』

 

夕食時に、カヤが愚痴をこぼす。自分も同行すると言うと、カヤがホッとした表情を浮かべた。この数ヶ月で、魔物の数が増えてきている。そのため、神殿騎士たちの多くが出払っていた。何かが動き始めている・・・セリカはそう感じていた。

 

 

 

 

 

ダルノスが回復するまでの二ヶ月間、セリカとサティアはセアール地方南部を飛び回っていた。ドラブナでは魔槍に取り憑かれた少女を封印した。カバキの砦では、神殿神官を騙っていた山賊たちを討伐した。こうした討伐から、街の小さな揉め事まで、様々な事件があったが、幸いな事にあの「得体の知れないモノ」の出現は無かった。ダルノスも意識を取り戻し、間もなく復帰する。だがセリカ、サティアの様子が気になった。時々、考え事をしているのである。何を考えているのかを聞いても、話をはぐらかされるだけであった。そこでセリカは時間を見つけて、サティアをキートの村に誘った。

 

『セリカじゃないか、久しぶりだねぇ・・・おや、そちらの娘は?』

 

『初めまして、おば様・・・サティア・セイルーンです。縁があって、今はセリカの手伝いをしています』

 

『こんな綺麗な娘を連れてくるなんて・・・それで、いつ結婚するんだい?』

 

『ば、婆ちゃん!なに言ってるんだよ!』

 

真っ赤になって否定する。サティアが笑う。キートの村は、ちょうど収穫祭であった。とは言っても、特別なものではない。近隣の集落からも人々が集まり、飲食を共にしながら互いに交流を持つ。セリカはサティアの手を取って人々の間を抜けた。少し小高い所に出る。

 

『綺麗な夕陽・・・素敵ね。セリカの故郷は、本当に・・・』

 

風に赤い髪を靡かせ、ルプートア山脈の峰々を見ながら、サティアが呟く。セリカはその姿に目を奪われていた。見慣れた光景なのに、時に神秘的に感じてしまう。星が一つ、二つと瞬きはじめる。

 

『人が、争わない道は無いのかしら・・・』

 

『争わない道か・・・サティアは時々、夜の神(ラジェル)を信仰している人のように話すね。光と闇の調和を図ろうとしているみたいだ』

 

サティアは、何故か寂しげに微笑んだ。

 

『ううん・・・むしろ私は、父が問いかける「正義」とは何かを問いかけたいのよ。貴方が生み出した子を「裁きの天秤」に載せ、収まり切らない血で満たしておきながら、一体、何を以って釣り合いを取るのかと・・・釣り合いの無いものであるならば、天秤は何を量るものなのか。罪に罰があるのなら、善行には何を・・・ずっと答えを探しているけど、見つからないの』

 

振り返ったサティアは、真直ぐにセリカを見つめた。

 

『貴方は、悲しむ人たちを護るために戦っている。その姿が、私には救いなの・・・』

 

『でも、力の足りなさを痛感するよ。俺にもっと力があれば、リタ・セミフを救うことも出来たはずだ。神格の高みに昇れば、より多くの人を救えるんじゃないかって思うよ』

 

『貴方は、神格者になりたいの?』

 

『誰にも負けない力を使って、大切な人を護りたい。強くなることや神格者になることが、目的じゃない』

 

『・・・そうね、貴方なら、きっと良い方向に力を使うわ。私もまだ、希望は捨てない。きっと、上手くいく・・・』

 

サティアがセリカから目を逸らした。

 

『・・・いつの日か、貴方に本当のことを言えると良いのだけれど・・・』

 

『本当のこと?』

 

その時、セリカは背後に気配を感じた。警戒して振り返ると、若い男女が睦み合っている。サティアは少し顔を朱くして、苦笑いした。

 

『お邪魔みたいね。貴方の生まれた家に行きたいわ』

 

セリカはサティアの手を取った。温もりに、セリカの鼓動が速くなった。

 

 

 

 

 

暖炉を囲み、二人の男女が並ぶ。肩を寄せ合い、話をする。「私は人が好き。でも、一人の人をこんなに思うなんて・・・」女はそう言った。男は女の肩を掴み、唇を寄せた。幾度も唇を重ね、やがて身体が重なる。女の裸体の神々しさに、男は思わず震えた。体内に入ると余りの快感に呻く。男は既に女体を知っていたが、女の方は初めてであった。二人は繋がったまま、相手を求めあう。やがて弾ける。男はこれまでにない至福を感じながら、深い眠りについた・・・

 

 

 

 

一月後、バリハルト神殿から呼び出しがあった。セリカとカヤが参禅すると、スフィーダと共に軍司祭のストエルルが待っていた。開拓地警護の軍を司る将である。遠征隊を指揮しているため、セリカとはそれほど面識があるわけでは無い。ストエルルは、セリカ、カヤ、スフィーダに命を下した。

 

『本日未明、バリハルト神殿総本山より連絡があった。ウツロノウツワ浄化の手掛かりが、ディジェネール地方ニアクールの遺跡に有り、とな』

 

『ディジェネール地方・・・海を隔てた南方ですね?』

 

ストエルルは頷いた。

 

『ディジェネール地方は亜人族の領域であり、全くの未開の地だ。当神殿は、勇士を選出したうえで、船団を組んでニアクールに向かう。時に、その遠征の際に、ナーサティア神の僕「サティア・セイルーン」にも参加をしてもらいたい。亜人族との諍いが起きた場合、彼女の智慧を借りることが出来ないかと考えている』

 

『お待ちください』

 

カヤが意見を述べた。

 

『お言葉ですが、そのような危険な場所に、無関係の者が同行することが良策とは思えません』

 

『もっともな意見だが、残念ながら当神殿には、あれほど破術に長けた者がおらぬ』

 

セリカがサティアに話し、その意志を尊重することで、その場は落ち着いた。だがセリカにとって意外だったのは、カヤが反対をしたことである。神殿の帰り道に、カヤにそのことを聞くと、言い難そうに、セリカに意見をしてきた。弟を心から心配する、姉の表情である。

 

『セリカ・・・あなたは変わったわ。少し、やつれたみたいよ?』

 

『俺がか?』

 

『自覚が無いんだね。気づいている人は、気づいている。とても言い難いんだけど、何か、良くないモノに憑かれていない?その・・・精気を奪うようなモノに・・・』

 

セリカは一瞬、あの「得体の知れないモノ」を思い浮かべた。だが姉は別の人物を指していた。

 

『あの子と会ってから、あなたは変わった。それは悪いことじゃないのよ?でも時々、顔色がとても悪いし、眠そうにしている。まるで・・・精気を吸いとられているんじゃないかって、思うほど』

 

『あの子・・・まさか、サティアのことを指しているのか?』

 

『・・・ゴメン、私やっぱり、余計なことを言ったわ。忘れて』

 

カヤは強引に話題を変え、二、三言を話して、人ごみに紛れていった。セリカは姉の言葉を考えていた。確かに、この一月間、サティアとは幾度となく身体を重ねている。そして大抵の場合は、自分は寝入ってしまう。だがそれは、単に疲れているからだ。あの清純で、心優しい女性が、邪であるはずがない。セリカは気分を変えるために、ダルノスが料理を出している「魚人亭」に向かった。

 

 

 

 

 

『いよぉ!シケた貌してんな』

 

ダルノスはもう、完全な復帰をしていた。神殿からはまだ大きな任務は与えられていないようだが、鬼人とも思える鍛錬をしているようである。今回の遠征には、ダルノスも参加をする。ダルノスの復帰を飾るのに相応しい任務だと言えるだろう。ダルノスはセリカの後方を見て、頷いた。

 

『今日は、「あの女」はいないようだな。セリカ、お前に話がある』

 

ダルノスはいつに無く、真剣な表情でセリカの前に座った。サティアのことを「あの女」と言われて、セリカの心中にはモヤモヤとした不快感があったが、取りあえず兄貴分であるダルノスの話を聴くことにした。

 

『セリカ、お前は「あの女」と距離を置いた方がいい。悪いことは言わない、あの女と関わるな。あの女は・・・良くない』

 

『ダルノスまでそんなことを言うのか!俺とサティアがどうだろうと、関係ないだろ!』

 

セリカは激昂して、机を叩いた。だがダルノスは物憂げな表情のまま、セリカに聞いてきた。

 

『お前、あの女とヤッたんだろ?その時、異様な疲れを感じなかったか?精気を吸いとられるような』

 

『精気を吸いとられるなんて、あるわけないだろ!ダルノスも姉さんも、今日はどうかしているぞ!』

 

ダルノスは肩を竦めて、両手を上げた。

 

『解った解った。お前がそこまで、一人に執着するとは驚きだぜ。だがな、俺もカヤも、お前が心配なんだ。お前はバリハルト神殿の騎士だ。この街には、中には人に言えない過去を持っている奴だっている。それが悪いわけじゃねぇ。許容できる範囲で「知らぬフリ」ってのも、人と付き合う知恵だからな。だがな、お前は重要な任務を担っている。責任ある立場なんだ。利用はしても、されるなよ?』

 

『利用するなんて・・・』

 

『まぁ、そのうち解ることさ』

 

セリカはダルノスに応えず、席を立った。言い知れぬ不快感と共に、家に戻る。サティアに相談をする必要があるからだ。サティアは、簡単に同意した。サティアは様々な土地を巡り、その伝承を研究している。ディジェネール地方の龍人族には興味があるようであった。「貴方が求めるのなら、私は何処へでも一緒に行くわ」その微笑みに、セリカも救われたような気持になった。抱き寄せて唇を重ねる。我を失うほどの快感の後、心地よい気怠さと共に、眠りに落ちた。

 

 

 

 

マクルの街から南に行くと、港町ミニエがある。バリハルト神殿軍は、そこで船を用意し、南方への遠征準備を進めていた。空はあいにくの曇天である。ブレニア内海は巨大である。荒れる可能性もあった。若い騎士たちを中心に組まれた遠征隊には、ダルノスやカヤの他、スフィーダ、カミーヌの姿もある。船に乗り込み、出発する。ダルノスがセリカたちに話しかけてきた。酒場で聞いた「疑念」などおくびにも出さない。だが、どこか様子が変だった。目つきが違う。

 

『ダルノスさん、少し変わったのかしら?』

 

『・・・生死の縁を彷徨ったからかな?』

 

サティアを疑っているなど、セリカには言えなかった。赤い髪を風に靡かせる姿を見て、セリカは改めて決意した。何としても護り抜くと・・・

 

 

 

 

港に立つ三人の男女が、水平線に消えるバリハルト兵を載せた船を見送っていた。

 

『ディアン、街の人に聞いたけど、彼らはディジェネール地方のニアクールを目指しているみたい。なんでも、龍人族に話を聴くとか・・・』

 

『ニアクールか・・・』

 

『ディアンがいた村とは違うようだな。だが、話をするだけで、あれほどの兵士が必要なのか?』

 

『あんな軍を連れていったら、警戒されてロクに話も出来ないでしょうね。龍人族は自他に厳しいけれど、平和を愛する温和な種族なのに・・・』

 

『愚かな奴らだ。少数で訪問して、礼節に則って叡智を求めれば、龍人族も心を開くだろうに・・・』

 

背後で話し合う使徒たちの言葉を聞きながら、ディアンは考えていた。

 

(いくらバリハルト神殿でも、あんな兵を送ったらどうなるか、判断できる人間くらいはいるはずだ。なんだ?何が、彼らの眼をここまで暗くさせているのだ?)

 

ディアンは振り返って、使徒たちに告げた。

 

『今なら、神殿も手薄だろう。ウツロノウツワとやらを見に行こう』

 

 

 

 

 

バリハルト神殿は、ニアクール近くに上陸をした。先行していた兵士たちが幕舎を張っている。セリカは首を傾げた。異様な程に殺気立っている。いくら魔獣が横行するディジェネール地方だとはいえ、目的は「知識を得ること」であり、戦うことでは無いはずだ。だが、ダルノスが騎士たちの前に立って言う。

 

『バリハルト神殿が先に送った使者は、行方不明だそうだ。大方、亜人族の奴らに殺されたんだろう。目的はウツロノウツワの浄化方法を聞くことだ。だが、奴らが武器を手に取って襲ってくるなら、容赦する必要はねぇぞ!』

 

オォッ!

 

兵士たちが雄たけびを上げる。これではまるで合戦前の檄であった。セリカがダルノスを抑えようとする。

 

『ダルノスッ!使者が到着していない可能性もある。もしそうなら、我々はただの侵略者になってしまう!殺す必要はないだろう!』

 

だがダルノスは、肩口で振り返って笑みを浮かべた。目が血走っている。

 

『セリカ・・・いつまでそんな甘ちゃんなことを言っているんだ!大人しく知識を渡すなら良し、さもなくば皆殺しにするだけだ!』

 

セリカはカヤに顔を向けた。ダルノスを抑えるように頼むつもりだった。だが、カヤもダルノスの言葉を肯定しているようであった。

 

『どうなっているんだ・・・』

 

『これは・・・怖れていたことが、起きたみたい・・・』

 

セリカの横で、サティアが呟いた。不安げというよりは、何かに悩んでいる表情である。その時、森から魔獣たちが群れで襲ってきた。だがセリカには、襲ってくるというよりは、何かから逃げているように見えた。だが、そんな判断をする余裕は、神殿兵たちには無いようであった。

 

『殺せぇ~!』

 

ダルノスが雄たけびを上げ、大剣を奮って魔獣たちに突撃をする。兵士たちもそれに続いた。セリカもカヤ、サティアと共に、森に入る。犠牲を出しながら、魔獣を排除していくと、目の前に龍人族の姿が現れた。金色の髪と豊かな胸を持っている。だがその瞳は、怒りに満ちていた。

 

『人間族は、魔神と手を組んだのか?』

 

『あぁ?なに言ってるんだ?』

 

ダルノスは凄んで、龍人族の前に出た。剣を構える。

 

『俺たちが送った使者を殺しやがって・・・お前らは皆殺しにしてやるぜっ!』

 

『使者?何の話だ?魔神と関係ないのなら、お前たちを相手にしている暇はない!結界の前で、魔獣の餌になるが良い!』

 

龍人族の女は姿を消した。ダルノスが追いかけようとするのをセリカが止める。

 

『待て、ダルノス!俺たちは殺し合いに来たんじゃない!ウツロノウツワの浄化方法を聞きに来たんだ!叡智を求めてきたことを忘れるな!』

 

ダルノスが殺気立った表情をセリカに向ける。だがその間にスフィーダが立った。

 

『セリカの言う通り、我々の目的は、殺し合うことでは無い。龍人族の叡智を求めて、ここに来た。だからいきなり剣を向けるということは、目的に反する。だが、彼らが我々を襲ってくる以上、戦わざるを得ない』

 

『それは解ります。ですが、まずは落ち着きましょう。先ほどの龍人が言っていたように、どうやら結界が張られているようです。それを解除しなければ、我々は先に進めません』

 

ダルノスは舌打ちをして、剣を納めた。確かにセリカの言う通り、目の前には黄色い結界が形成されていた。解除をするには、それなりの時間が必要である。サティアが前に出て、結界を調べ始めた。

 

『古の呪術ですね・・・』

 

三か所に同時に魔力を流して解除する必要がある。セリカとカヤが協力する。これほどの「古式呪術」をどうして知っているのか、疑問に思った神官もいるようである。だが今は、先に進むことが優先であった。セリカとサティアが先に立ち、結界を解除しながら進む。やがて、龍人族の棲家と思われる洞窟にたどり着いた。入口は狭いが、中は相当に広そうである。ダルノスたちが戦闘の用意をしている。一気に斬り込むつもりであった。セリカは皆のの変質に疑念と不安を感じていた。まるで「狂気に取り憑かれた」ようであった。パキッという音が鳴る。最後の結界をサティアが解除をしたのだ。その瞬間、凄まじい程に邪悪な気配が襲ってきた。血の匂いも交じっている。

 

『ぐぅっ・・・な、何だ?』

 

『こ、この気配は!』

 

サティアが驚きの声を上げる。セリカは直感で悟った。何者かが戦っているのだ。いや、一方的に虐殺をしている。生命が途絶える、悲痛な魔力を無数に感じた。あまりの邪悪さと、それによって齎されているであろう悲劇に、セリカは耐えられなかった。剣を抜いて、一気に中に入る。

 

『これ以上、殺させるか!』

 

サティアとカヤもそれに続いた。

 

 

 

 

邪悪が溢れ、恐怖が満ちている広場に出る。セリカの足元に、頭部が転がっている。戦慄に貌を歪めた表情だ。洞窟の壁は、一面が血塗れであった。柱は砕かれ、折れた剣が転がっている。大蛇のような下半身を持つ、龍人族の死体が無数に横たわっている。死体が積み上げられ、小山を形成していた。その山の上に腰を掛ける、圧倒的な存在に、セリカは目を奪われていた。邪気は、そこから漂っていたのである。龍人の戦士が渾身の魔力を込めて、小山の存在に飛び掛かった。だが・・・

 

≪煩い風だの・・・我の肌を逆撫でするならば、この場で散らしてくれようぞ≫

 

謳うように声が流れ、戦士の身体は真っ二つに引き裂かれた。セリカにはその動きが理解できなかった。剣なのか、魔法なのか、いずれにしても、人を超えて屈強な肉体を持つ龍人が、簡単に引き裂かれたのである。比較するのも愚かしい程に、圧倒的な力を持つ存在「魔神」であった。魔神はゆっくりと、セリカたちに顔を向けた。逆光のため、その顔はよく見えない。

 

≪来たか・・・思ったより早く、辿りついたの。龍人族は結界ばかり上手くて、いざ戦ってみると、興冷めする程に弱くての。汝らであれば、少しは愉しめそうだの?≫

 

セリカは、死を覚悟した・・・

 

 

 

 




【次話予告】
魔神との戦いを辛うじて凌いだセリカは、ようやく龍人族との対話を果たす。一方、黄昏の魔神ディアン・ケヒトは、バリハルト神殿に潜入し、ウツロノウツワと対面する。呪われし神器の正体が明らかになる。


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第六十六話「冷静と狂気の狭間で」

Sors immanis
et inanis,
rota tu volubilis,
status malus,
vana salus
semper dissolubilis,
obumbrata
et velata
michi quoque niteris;
nunc per ludum
dorsum nudum
fero tui sceleris.

恐ろしく
虚ろな運命よ
運命の車を廻らし
悪意のもとに
すこやかなるものを病まし
意のままに衰えさせる
影をまとい
ヴェールに隠れ
私を悩まさずにはおかない
では、なす術もなく
汝の非道に
私の裸の背をさらすとしよう・・・
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