戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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【作者より】
更新が遅くなり、申し訳ありません。ZEROスタート時点ですが、書き方はどうでしょうか?いささか「クドイ」かなとも思ったりします。もう少し、展開のペースを上げたほうが良いですかね?

ただ、中途半端にすると前半の見せ場「神殺しの誕生」での感動が薄くなるような気もして・・・

作品としての完成度を上げるためにも、しっかりと描きたいとも思うのです。その分は、文字数でカバーするしかないかな。一話平均で1万文字前後www

お楽しみ下さい。


第六十七話:逃避行

ターペ=エトフは、後に「奇跡の国」「理想国家」と呼ばれる。ターペ=エトフは光と闇の対立を克服し、種族を超えた繁栄を実現した。しかし後世において、程度の差こそあれメンフィル帝国やメルキア帝国、エディカーヌ帝国などでは、光と闇の共生が「ある程度」は実現している。ターペ=エトフが理想国家と呼ばれる最大の理由は、建国者インドリト・ターペ=エトフが目指した国家像が、当時の常識を大きく超えていたためである。ターペ=エトフ歴二百年、インドリト・ターペ=エトフの名で、各国に対して宣言文が出されている。その内容は、後世の歴史家でさえ、驚愕するに十分の内容であった。

 

・・・ターペ=エトフは、今後五十年を掛けて段階的に国体を変革し、ターペ=エトフ歴二百五十年を以って、国王インドリト・ターペ=エトフは、為政者としての地位を下りることをここに宣言する。私の死後は王位を廃し、ターペ=エトフ王国は、ターペ=エトフ共和国と改める。新たな国体では、国民が投票によって為政者を選び、国民から選ばれた為政者、元老院が議論を以って国政を行うものとする。種族平等、信仰の自由は、ターペ=エトフ共和国においても国是として引き継がれ、共和国の憲法の前文に明記されることであろう・・・

 

当時のターペ=エトフは、人口は十五万人程度であったと推定されている。レウィニア神権国等に残された記録では、ターペ=エトフ国内では各集落、王立学園等において、自らの意志を示す「投票」という習慣を形成するための教育が行われていた。「自由、自律、自主、自尊、自責」という思想が掲げられ、生き方も信仰も、自分の人生の全ては自己の責任であるという考え方が、幼年教育から行われていたのである。当然、この考え方は西方神殿勢力のみならず、王政を国体とする多くの国家から、反発を受けることになる。長きに渡って同盟国であったレウィニア神権国でさえ、この宣言文に対する賛意は示さなかったことからも、インドリト・ターペ=エトフが目指した国家像が、どれほど危険視されたかが伺える。

 

当時の常識を遥かに超えたこの国家像は、残念ながら実現しなかった。ターペ=エトフ歴二百四十九年、新興国ハイシェラ魔族国がターペ=エトフに宣戦を布告し、戦争状態に突入したからである。国家存亡の危機という事態に、インドリト・ターペ=エトフは為政者の地位を下りるわけにはいかず、ターペ=エトフ共和国の理想は幻と消えるのである。ハイシェラ魔族国が宣戦を布告したのは、ターペ=エトフ歴二百五十年まで、残り五カ月という時であった。

 

 

 

 

 

背中に何かが入ってくる。思わず呻き声が漏れる。微かな痛みの後の心地よさに、インドリトは目を細めた。東方医術の一つである「鍼」を受けている。間もなく、二百六十歳となる。心は若いつもりだが、身体は確実に老いている。かつてのように、二月近くも洞窟に入り、戦い続けるといったことは出来ないだろう。師との手合わせは、今も続けている。自分が衰えていることに、師も気づいているはずだ。

 

『私は・・・老いたな』

 

インドリトの独り言に、鍼を打っているイルビット族の鍼灸師が笑う。

 

『王は老いてなどいらっしゃいません。こうして鍼を打たせて頂いていると解ります。背中から重厚な覇気を感じます。本当の老いとは「心の老い」なのだと思います』

 

インドリトも笑った。確かに、心は若いままである。自分には、歳を取らない師や姉妹がいる。友人のダカーハも、永遠に近い寿命を持っている。彼らと一緒にいると、少なくとも心は、老化しないようだ。背中への鍼が終わり、起き上がる。脇腹に鍼が打たれる。筋肉は衰えたが、無駄な肉は付いていない。病の兆候も無く、健康そのものだ。だが最近は、肉を食べるともたれるようになってきた。老化とは、こうして目に見えない部分で、少しずつ進むものなのだ。

 

『肝の臓に、気の澱みがあります。少し酒をお控えください』

 

『ドワーフ族に「酒を控えろ」と言うか。わかった。心しよう』

 

『陛下・・・ディアン・ケヒト殿がお戻りになりました』

 

側近が伝えてくる。インドリトは頷いた。

 

 

 

 

 

『ウツロノウツワ・・・ですか』

 

インドリトが考える表情を浮かべる。謁見の間には師弟以外に、元帥ファーミシルスや国務大臣シュタイフェが並んでいる。中央で膝をついている師から、マクルの街を中心とする異変の報告を受けていた。

 

『ウツロノウツワの正体は、古神アイドスの「神核」です。アイドスは、元々は慈愛の女神であり、旧世界イアス=ステリナにおいて、人間族を愛するがゆえに地上に残ったと言われています。しかし、度重なる人間族の裏切りにより、やがて愛情が憎悪へと転じたようです。ウツロノウツワは、凄まじい邪気を放つ呪われし存在です。その影響はセアール地方南部全体に広がっています』

 

『そのウツワと、例の得体の知れない魔物とは、関係があるのでしょうか?』

 

『例の魔物とは、一戦を致しました。その時に感じた気配は、ウツロノウツワと同質のものでした。これは私の推測ですが、恐らく例の魔物は、古神アイドスの肉体ではないかと・・・』

 

『ディアン、その化け物は退治出来なかったのか?』

 

ファーミシルスの問い掛けに、ディアンは頷いた。ファーミシルスは腕を組んで考えた。

 

『ディアンとレイナ、ティナの三人懸かりでも倒せなかった化け物か。余程に強いのだろうな』

 

『いや、強いというよりは、不死身という方に近い。実際、その力も速さも大したことは無い。一定以上の力があれば、負けることは無いだろう。だが驚くべき再生能力を持っている。その能力を生かして、こちらの攻撃を無視して突っ込んでくる。通常の力では、アレを倒すことは出来ないだろう』

 

『ディアン殿、その化け物がケレース地方に来るということは無いでしょうか?アッシとしてはそれが心配でヤンス』

 

『恐らくは無いだろう。アレはウツロノウツワを欲している。元々は、古神アイドスの神核と肉体なのだ。二つが一つになった時、古神アイドスは「邪神」として復活するだろう。私はそれを危惧する』

 

ディアンの報告を受けて、インドリトが二人に指示を出す。

 

『万一にもそのようなことがあれば、隣接する我が国は大きな脅威に晒されます。元帥は兵を引き締め、特に西部を中心に警戒を怠ら無いようにして下さい。シュタイフェは、レウィニア神権国との交易路を護るよう、手配をするように。ダカーハ殿とミカエラ殿には、私から伝えましょう。特に天使族は、セアール地方とケレース地方の境界線に住んでいます。万一の場合は、彼らの力を借りる必要があるでしょう』

 

二人は頷き、直ちに取り掛かる。謁見の間に残った師に、弟子が尋ねた。

 

『・・・何かが、動き始めているように感じます。それも、良くない方向へ』

 

『同感だ。マクルの街には、ウツワの狂気が漂っていた。そしてそれは、ステインルーラ族にまで広がりつつある。中原が、激動期に入ったのかもしれん。軍備を強化してはどうだ?お前が身を退くまで、あと十年だ。その間だけでも良い』

 

賢王インドリトは頷いた。

 

 

 

 

 

ニアクール遺跡を後にしたバリハルト神殿遠征軍は、一週間を掛けてマクルの街に帰還した。犠牲者は少なくないが、龍人族長リ・クティナとの対談を果たし、ウツロノウツワの浄化方法を聞くことが出来たのである。任務は成功した。だが帰還する遠征軍の中には、成功を喜ぶ空気は全くなかった。徒労感、疲弊感が漂っている。そしてそれ以上に、ある疑念が渦巻いていた。サティア・セイルーンは、古神に連なる龍人族の結界を解除した。以前にも、スティンルーラ族の召喚陣を見抜いたことがある。なぜそこまで「古の呪術」に詳しいのか?それは彼女自身が、古神を信仰する「邪教の信者」だからではないか・・・この疑念が、心を腐食しているのだ。ダルノスに至っては、殆ど確信している様子さえ見せている。バリハルト神殿にとって、古神はすべからく邪神である。古神の信者など、闇夜の眷属以上に許せない存在であった。セリカは、この空気を察し、サティアと共に、部屋から出ないようにしていた。古の呪術に詳しいのは、ナーサティア神の信徒であり、研究をしているからだ。セリカはそう信じていた。いや、信じたかった。

 

遠征軍からの報告を受けた大司祭オレノは、上級神官たちと今後の方針について議論をした。だがそれは、議論と呼べるものでは無かった。最初から結論は決まっているからである。

 

『邪神の力を借りるなど、論外でしょう。ウツワ浄化については、他の道を模索しましょう。龍人族が知っていたのであれば、例えばイルビット族なども、知っているかもしれません』

 

『そもそも、邪神を信仰する龍人族などに聞くこと自体が間違っていたのだ。皆殺しにすれば良かったのだ』

 

『遠征軍は戻ったばかりで疲弊している。まずは情報を収集し直そう。彼らが回復次第、別の方法を模索すれば良い・・・』

 

つまりは、ただの先送りである。多大な犠牲を払ってまで得た情報が使えないとなれば、当然、責任問題になる。上級神官といえども人間である。自己保身の為に、責任転嫁へと動く。格好の対象が存在するのだ。

 

『ナーサティア神殿に問い合わせたところ、サティア・セイルーンなる神官は存在しないそうです。もちろん、信徒全てを把握しているわけでは無いでしょうが、彼の者が得体の知れない存在ということは確かです』

 

『考えてもみろ。龍人族の集落に行ったら、そこに魔神がいただと?そんな偶然があるか?何者かが手引きをしたに違いない!』

 

『騎士たちの中にも、不信が広がっている。一度、その者を召喚し、正体を確認すべきだろう。本当にナーサティア神の信徒であるならば、それで良し。もし邪教崇拝者であるならば、相応の処分をせねばなるまい・・・』

 

大司祭のオレノが頷いた。当面の方針を決める。

 

『先日、神殿に忍び込み、ウツロノウツワを封じる結界を解いた輩がいる。幸い、ウツワは無事であったが、あの結界を解除できるなど、相当な術者だ。もしサティアなる者が邪教徒であるならば、その狙いはウツロノウツワであり、そのために仲間を手引きしたに違いない。だが、召喚は慎重にすべきだ。その者は、戦士セリカによって連れてこられた。セリカが邪教徒とは考えられぬが、何らかの呪術を受け、操られている可能性は否定できぬ。カヤに命じて、近日中にサティア・セイルーンを神殿に連れてこさせよう。セリカが気づかぬようにな・・・』

 

ウツロノウツワは現在、簡易の結界で封じられている。そのため、ウツワの邪気を抑え込むことは出来ていない。簡易結界にせざるを得なかったのは、神官の多くが遠征軍に参加していたため、結界を戻すには人手が不足していたからである。遠征軍の疲労が癒え次第、結界を元に戻す予定であった。だが神官たちは気づいていなかった。自分たちの精神が少しずつ腐食されいていることに・・・

 

 

 

 

 

白い月明かりが窓から差し込む。サティアは外を眺めていた。寝台には、先ほどまで愛し合った青年が眠っている。その寝顔を見て、サティアは胸が痛んだ。どこまでも自分を愛し、どこまでも自分を信じてくれている。だが自分は、彼を偽っている。彼が愛しているのは、女神アストライアではない。ナーサティア神の信徒サティア・セイルーンなのである。本当は、自分の正体を告げたかった。彼がただの人間であるならば、自分はすぐにでも正体を告げただろう。そして彼を神格者にし、永遠の愛を結んだに違いない。だが彼はバリハルト神殿の騎士なのだ。バリハルト神殿は、古神を決して認めない。その徹底ぶりは怖い程である。彼に正体を告げたらどうなるか、その不安で踏み出せずにいる。そして、この偽りの関係も、もうすぐ終わりを迎える。バリハルト神殿は、自分に不信を抱いている。近いうちに、神殿は自分を討伐しようとするだろう。その前に、妹を取り返さなくてはならない。妹を連れて、自分の力を封じたあの場所に向かい、聖なる炎で焼く。そして自分は、この世界から永遠に去る。サティアは寝顔を見ながら、小さく呟いた。

 

『ごめんなさい・・・セリカ・・・』

 

その時、遠くから魔物の気配が近づいているのを感じた。それも相当な数である。ウツワの邪気に誘き寄せられているのだ。サティアは瞑目して頷いた。

 

『好機だわ』

 

身支度をして、家を出た。

 

 

 

 

 

街の中に悲鳴が響く。近隣地域に棲む魔物たちが、マクルの街に殺到してきたのである。遠征から戻ったばかりのバリハルト軍は、街を守るべく戦っていた。寝台で深い眠りについていたセリカは、叫び声でようやく目を覚ました。魔物の気配が一帯に広がっている。セリカは愕然とした。魔物の気配に敏感な自分が、全く気付かなかったからである。そしてセリカは、隣にいるはずの愛する人がいないことに気づいた。

 

『サティア!どこにいるんだ!』

 

大声で呼ぶが、返事が無い。セリカは剣を携えて家を飛び出した。いきなり魔物に襲われる。それを一刀両断する。かなりの数が街に入り込んでいた。セリカは歯ぎしりをした。魔物の襲撃に気づかず、ただ眠っていた自分に腹を立てた。家に戻り、身支度をする。サティアを探すために、街中を駆け回る。ダルノスが魔物と戦っている。

 

『ダルノス!』

 

『セリカッ!お前も手伝え!住民を避難させるんだ!』

 

『サティアは・・・サティアを見なかったか?』

 

『なんだ、あの女と一緒じゃないのか?さぁな、お前が知らねぇのを俺が知っているわけねぇだろ!そんなことより、魔物を街から叩きだすぞ!騎士としての務めを果たせ!』

 

他の騎士たちも戦っている。セリカは逸る気持ちを抑えながら、魔物と戦い続けた。カヤたちが後方から合流する。

 

『ダルノス!別方向から魔物が神殿に迫っているわ。守備隊を回して!』

 

『チィッ!こっちも人手が足りねぇんだ!仕方ない、セリカ!ここはお前に任せるぞ!魔物は一匹たりとも通すな!』

 

返事も聞かず、ダルノスは何人かの騎士を伴い、神殿へと向かった。セリカは唇を噛みながら、魔物と戦い続けた・・・

 

 

 

 

 

サティアは人ごみに紛れて、神殿内に入った。目立つ赤い髪は帽子で隠す。神殿の中は避難民で溢れていた。何人かの騎士が神殿内に入ってくる。ダルノスの姿もあった。神官長らしき女性と話をし、ダルノスの姿は神殿奥へと消えた。その時、轟音が響いた。魔物たちが神殿の外に迫っていたのだ。神官たちが慌てて入口を固める。避難民の悲鳴と鳴き声が響く。サティアは騎士たちの目を盗んで、神殿奥へと入った。

 

『ちょっと、君!奥に行っては駄目だ!』

 

騎士から呼び止められるのを無視して駆ける。帽子が風で飛び、赤い髪が靡く。やがてウツロノウツワが封じられていると思われる部屋に着く。だがサティアはそこで、口元を抑えた。二人の騎士が血を流して倒れている。そして、部屋を守っていた呪符が破かれている。サティアは不安を感じ、部屋に入った。邪気の残り香が漂っている。だが、中央の台座に置かれているはずのウツロノウツワは姿を消していた。

 

『そんな・・・』

 

後方で大声が響いた。

 

『侵入者だ!』

 

騎士が叫んでいる。サティアは魔術で騎士を吹き飛ばし、窓から外に飛び出した。

 

 

 

 

 

マクルの街の混乱を眺めている存在がいた。上空で腕を組み、街を見下ろす。口元には笑みが浮かんでる。魔神ハイシェラである。

 

≪良いぞ、良いぞ・・・破壊と殺戮は我が好物よ。どれ、ウツロノウツワとやらを手にする前に、我も加わるとするかの≫

 

街外れに舞い降りる。少女が魔物に取り囲まれていた。カツカツと足音を立てて魔神が姿を現す。凄まじい魔の気配に、普通であれば逃げ出す。だが、この時は別であった。魔物たちはハイシェラに襲いかかってきたのである。

 

≪ほう・・・≫

 

一瞬で魔物たちが飛散する。肉片が飛び、血糊が壁に付着する。ハイシェラは首を傾げた。

 

≪妙だの・・この魔物たちは、まるで恐怖を感じておらぬ。いや、歓喜も苦痛も無い。空っぽじゃ・・・≫

 

『あ・・・あぁ・・・』

 

魔神の姿に、少女が震えている。余りの恐怖で泣くことすら忘れているのだ。ハイシェラが少女を一瞥し、瞑目する。遥か昔、非力な魔族であった頃の自分を思い出した。眩しい光、顔を布で覆った男たちが理解不能の言葉を話している。自分は拘束され、身動きが取れない。錐のように細い何かが、頭を貫いてくる。なにも理解できない、ただの少女でしかなかった自分は、泣き叫ぶことしか出来なかった・・・

 

≪早う逃げよ、我の気が変わらぬうちにな・・・≫

 

少女が魔神を見上げる。畏ろしい気配に変わりは無いが、眼がどこか優しかった。少女は頷いて、走り去った。

 

≪ふん・・・我としたことが、つい感傷に浸ってしまったわ≫

 

その時、何かを引きずる音と共に、周囲に腐臭が漂った。凄まじい邪気に、ハイシェラが笑みを浮かべる。強力な敵が出現した証拠である。やがてソレが姿を現した。魔神ハイシェラの貌にも凄みが生じる。

 

お、おぉぉ怨、怨、怨ぉ・・・ぉおおお、お・・・・・・

 

≪その気配・・・何らかの魔神だの。面白い、我が糧としてやろうぞ!≫

 

斬りつけ、傷から強力な魔力を流し込む。得体の知れないモノの身体が爆発する。だがその傷は一瞬で修復してしまった。不死の魔神ラテンニールをも超える回復力である。ハイシェラの攻撃などお構いなしに、得体の知れないモノが触手を伸ばす。ハイシェラは剣を奮って切り飛ばしたが、そのうち一本が腕に巻き付いてきた。灼けるような痛みとともに、凄まじい負の感情が流れ込んでくる。ハイシェラの脳裏に、様々な記憶、感情が湧き上がる。

 

≪ぬぅっ!≫

 

力づくで触手を引きち切り、一旦、距離を取る。ハイシェラは目を細めて、得体の知れないモノと対峙した。

 

≪・・・なるほど、魔物どもが変質した原因は貴様か・・・喰ろうたな。感情の泉である「心」を・・・≫

 

襲いかかる触手を躱し、宙に飛び上がる。

 

«我を恐れず、吸い尽くさんとする貪欲さ、いい度胸よ。褒美を取らせてやろう・・・今度は再生もできぬほどの力を!»

 

凄みのある笑みを浮かべ、両手に魔力を込める。

 

«永劫なる時の牢獄、暗黒と破滅、混沌より死滅を繰り返し、微塵に砕く無に帰せ、数多の素より、那由多に砕かん!»

 

圧縮した純粋魔術を放つ。凄まじい破壊力に大地に亀裂が走る。だがハイシェラは舌打ちをした。

 

«消え失せたか・・・魔力はともかく、只ならぬ存在感であったの»

 

大地に舞い降りた青髪の魔神は、瞑目して呟いた。

 

«何かが、動いておる。我の直感が告げておる。待てば、神器など遥かに上回る力が得られるかもしれぬと・・・起きる。後の世に語り継がれ、世界を揺るがす何かが・・・ここは暫し、見物するのも一興だの»

 

魔神は笑みを浮かべ、姿を消した。

 

 

 

 

 

魔物たちが退いていく。セリカは他の騎士たちにその場を任せ、サティアを探して街を走り回った。やがて、赤髪の後ろ姿を見かける。

 

『サティアッ!』

 

大声で愛する者の名を叫ぶ。サティアは立ち止まり、振り返った。そこには笑顔は無かった。苦悩と悲しみの瞳を浮かべ、サティアはセリカに返事をした。

 

『セリカ・・・ごめんなさい。私は、行かなくてはならないの・・・本当に、ごめんなさい』

 

振り切るように、サティアは走り去った。追いかけようとしたセリカに、怒鳴り声が響いた。ダルノスであった。

 

『セリカ!あの女を見かけなかったか!』

 

『サティアのことか?さっきそこに・・・』

 

ダルノスが歯ぎしりをして追いかけようとする。何が何だか解らないセリカは、ダルノスを止めた。事情を聞くためである。セリカの胸元を掴み、血走った目で怒鳴る。

 

『あの女、やはり邪教の信徒だった!神殿に侵入して、ウツロノウツワを奪っていったんだよ!』

 

『そんな・・・そんなバカな!』

 

『神官たちが何人も目撃しているんだ!しかも、騎士が二人、殺されている!あの女はどこだ!お前が隠してるんじゃねぇのか!』

 

ダルノスはもはや、かつての男気に溢れた師では無かった。狂気とも思える憎しみと殺意に満ちた「狂戦士」となっていた。自分を掴む手を弾くと、セリカも怒鳴り返す。

 

『ダルノスッ!どうしたんだお前は!何故そこまで、憎しみに燃えるんだ!』

 

『許さねぇ・・・邪教徒どもは皆殺しだっ!』

 

サティアの後を追うように、ダルノスも走り去った。セリカは混乱していた。ダルノスの言葉が本当かどうか、神殿に行って確かめる必要があった。逸る気持ちを抑えながら、セリカはバリハルト神殿に向かった。

 

 

 

 

 

カヤは唇を噛んでいた。「あの女」が裏切ったのだ。弟の様子が可怪しかったこと、そしてニアクールで見せた「古の呪術」から、サティアへの疑念は確信へと変わった。あの女は「魔女」であった。神殿が秘蔵する神器を手に入れるため、弟を誑かし、魔物を引き入れたに違いない。ダルノスを中心に、神官騎士たちが討伐隊を出している。神器さえ無事に奪還できればそれで良い。頼もしい闘気を放つダルノスに、カヤは告げた。

 

『ダルノス、持ち帰るのはウツロノウツワだけで良いわよ。あの女は、二度とセリカの前に現れないようにして頂戴』

 

騎士たちに散々に犯された挙句、首を刎ねられるだろう。可愛い弟を誑かしたあの女に相応しい末路だ。ほくそ笑むカヤの前に、弟が焦った様子で駆け寄ってきた。

 

『姉さん!サティアが・・・サティアがいなくなったんだ!さっき、街中で見かけて声を掛けたんだけど、様子が変だった。何だか慌てた様子で、走っていってしまった・・・』

 

可哀想に・・・あの女から掛けられた呪縛がまだ解けていないのだ。こうした呪縛を解くには、真実を見せる他無い。

 

『セリカ、神殿からウツロノウツワが消えたわ。みんなは、サティアが持ち去ったと思っている』

 

『姉さんまでそんなことを言うのか!サティアが盗みなんてするはずないだろ!』

 

『セリカ・・・サティアは避難民に紛れて神殿に入った。騎士が止めるのも聞かずに、神殿奥の「封印の間」に入ったのよ?そして、窓から逃げ去った。死体を残してね。それでもまだ、信じるの?』

 

『あぁ、信じるよ!きっと、何かの間違いだ!サティアは決して人を殺さない!それは、ずっと一緒に戦っていた俺が、一番良く解ってる!』

 

カヤは溜め息をついた。「恋は盲目」というが、本当にそうだ。口で言っても解らないのなら、直接、見せるしか無いだろう。

 

『セリカ・・・サティアには追手が出ているわ。ダルノスも志願して加わっている。あなたはサティアと親しかったから、追手には加われない。でも、あなたが望むのなら、私が上手く、誤魔化しておくわ。サティアを追いかけなさい』

 

セリカは頷いた。姉の言葉を素直に受け止める。

 

『有難う、姉さん。この誤解は、きっと解いてみせる!』

 

走り去る弟の後ろ姿を見ながら、カヤは今後について考えていた。ダルノスがいる以上、大丈夫だとは思うが、弟は強い運を持っている。ダルノスですら、止められないかもしれない。その時は、自分が止めなければならない。ウツロノウツワと弟だけは、絶対に渡せない。神殿勢力外に逃げるとしたら、東のレウィニア神権国か、港から船でディジェネール地方しかない。邪神を信仰するサティアが、レウィニア神権国に行くとも思えない。きっと南に向かうだろう。

 

『念のため、ミニエの港も警戒しておくべきね。オレノ様にお許しを頂かないと・・・』

 

カヤの瞳には、ダルノスと同じ「狂気の色」が浮いていた。

 

 

 

 

サティアはスティンルーラ族の集落を目指していた。協力を得るためである。だが追手は馬を使っている。徐々に近づく気配に、サティアは焦っていた。

 

『いたぞっ!みんな、こっちだっ!』

 

後方から声が聞こえる。サティアは走った。だが馬に囲まれてしまう。後方からダルノスの声が聞こえた。

 

『見つけたぞ!邪教徒め!この女は俺が直々に取り調べる!お前たちはセリカが来ても、絶対に近づけるな!』

 

サティアは拘束された。ダルノスが口元を歪めて笑う。

 

『やっぱり俺の予想通り、クライナを目指していたみたいだな。あの邪教徒どもも、いずれ皆殺しにしてやる!』

 

そこには、全てを憎悪する「狂戦士」の姿があった。

 

 

 

 

 

セリカは馬の足跡を追った。どうやら追撃隊は、スティンルーラ族の勢力圏を目指しているようである。やがて、神殿騎士たちの姿が見えた。セリカを見かけると、槍を構える。

 

『セリカ殿!お帰り下さい!ダルノス殿より、セリカ殿を通すなと命じられています!』

 

『どいてくれ、ダルノスに話がある!これは何かの間違いだっ!』

 

押し通ろうとするセリカを神殿兵たちが止める。セリカは剣を抜いた。峰で打てば、死ぬことは無い。突き出される槍を斬り躱し、腹部や首筋を撃っていく。二十名程度の人数だが、鍛錬を積んだ騎士たちである。セリカも肩を切られ、脇腹に槍が刺さった。だが止まらない。サティアに会いたいという一心で、戦い続ける。その時、悲鳴が聞こえた。サティアの声であった。

 

『サティアァァァッ!』

 

セリカは叫んだ。

 

 

 

 

後ろ手に縛られたサティアは、張られたばかりの幕舎へと連れてこられた。自分を見下ろすダルノスには、邪悪な笑みが浮かんでいる。サティアは身の潔白を話そうとした。だがダルノスは鼻で笑った。

 

『そんなことはハナから知ってんだよ。お前がウツワを盗んだわけではないことはな』

 

『え・・・』

 

サティアの目の前に、革に包まれた異物が置かれた。サティアは、それが何であるか理解した。ダルノスが革布を捲る。邪悪な鼓動を放つウツロノウツワが現れた。

 

『なんてこと・・・』

 

『これがウツロノウツワだ。その正体は「雨露の器」、慈愛の古神を象徴する存在だ。だがやがて時が経ち、その慈愛は呪いへと変わった。雨露の器は「虚ろの器」と呼ばれるようになった』

 

『それを手放しなさいっ!それは、人の手に余るものです!』

 

『この素晴らしい力を見ろ。コレを取り込み、俺は更に強くなる。神をも殺す力を手に入れるっ!』

 

サティアの言葉は、ダルノスに届いてはいなかった。ダルノスは笑みを浮かべたまま、サティアの前に立つ。

 

『邪教徒め・・・お前を殺す前に犯し抜いてやる!本当はあの軟弱者の前で見せつけてやりたかったがなぁ』

 

ダルノスはサティアの服をつかむと、一気に引き下ろした。白い胸が揺れる。

 

『嫌ぁぁぁっ!』

 

サティアが悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

悲鳴を聞いたセリカは、最後の一人を倒し、幕舎へと駆け込んだ。ダルノスと、半裸状態のサティアがいる。セリカの中で怒りが爆発した。

 

『ダルノスッ!』

 

剣を抜いて斬りかかる。ダルノスはそれを躱して後ろに飛び退く。

 

『フンッ!坊やが来やがったか。俺に剣を向けたな?つまりお前は、バリハルト神殿に背く背教者だ!』

 

『よくもサティアを・・・許さないぞっ!』

 

『坊やがピーピー喚くな。お前を半殺しにして、動けなくなったお前の前で、その女を犯してやるよ!』

 

ダルノスも剣を抜いた。同時に天幕を飛び出す。師弟二人が構える。凄まじい殺気を放つ師に、セリカは悲しみを覚えた。二人の剣が火花を散らす。剣を交えながら、セリカはダルノスと過ごした日々を思い出していた。剣術や体術だけではなく、男としての在り方まで学んだ。盗みを働いていた少年を捕まえた時、ダルノスは神殿に突き出すのではなく、馴染みの飯屋に働き手として雇えないかと相談した。いまでは飯屋で立派に働いている。そうした「幅」が、ダルノスにはあった。だが、眼の前にいる男は、憎悪で眼を濁らせた狂戦士となっている。それは戦い方にも出ていた。力と速さはあるが、単調なのだ。虚実の剣を忘れ、ただひたすら、力押しになっている。

 

『おぉぉぉぉっ!』

 

二本の剣を同時に振り下ろしてくる。躱し、受け流し、決定的な隙をつくる。そこに一撃を打ち込んだ。ダルノスの胸が叩き切られる。胸骨は砕け、傷は肺に達している。

 

『グアァァァッ!!』

 

叫び声を上げ、ダルノスが倒れた。

 

『死ぬのか?俺は死ぬのか?憎い・・・邪教徒も、神殿も、俺自身も・・・』

 

『ダルノスッ!』

 

セリカが駆け寄る。ダルノスは空を見上げながら呪詛を吐いた。だが出血とともに、その瞳から狂気が消えていく。セリカはダルノスの手を握った。死の間際に、ダルノスが呟いた。

 

『お前は・・・守れよ・・・神殿を・・・信じるな』

 

バリハルト神殿戦士ダルノス・カッセは、三十一歳でその生涯を閉じた。

 

 

 

 

 

『セリカ、私は行かなくてはならないの』

 

服を戻したサティアは、辛そうは表情でセリカを見た。セリカは理解できなかった。マクルに戻れないというのは理解できる。だが、サティアの瞳には、何かの決意が浮かんでいた。

 

『ウツロノウツワを浄化しなければならない。コレは、私の手で浄化しなければならないの・・・だから、行かなきゃ・・・』

 

『待ってくれ、それなら俺も行く!一緒に行こうっ!』

 

『駄目よ。あなたにはお姉さんがいる。戻れる場所があるの。それを断ち切っては駄目』

 

だがセリカは、首を振った。いまのバリハルト神殿は狂っている。姉でさえ、様子が可怪しいのだ。マクルに戻れば、自分はどうなるか解らない。

 

『神殿が可怪しいのは、きっとウツワのせいだ。ウツロノウツワを浄化すれば、みんなもきっと、元に戻る。だから俺も一緒に行く。どこまでも、サティアと一緒に行くよ』

 

『セリカ・・・』

 

サティアは涙を浮かべて、セリカに抱きついた。セリカもサティアを抱きしめる。

 

(決して離れない。いつまでも、どこまでも一緒だ)

 

二人は束の間、幸福であった。

 

 

 

 

 




【次話予告】
二人はスティンルーラ族の協力を得て、ミニエの港を脱出するはずであった。だが、姉であるカヤはそのことを察知していた。カヤはサティアを逃すものの、セリカとウツロノウツワを奪還することに成功する。狂気に取り憑かれた神殿は、禁断の呪術「性魔術」を行う。快楽と狂気に飲まれ、セリカが徐々に変質していく。


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第六十八話「神格者セリカ・シルフィル」

Sors immanis
et inanis,
rota tu volubilis,
status malus,
vana salus
semper dissolubilis,
obumbrata
et velata
michi quoque niteris;
nunc per ludum
dorsum nudum
fero tui sceleris.

恐ろしく
虚ろな運命よ
運命の車を廻らし
悪意のもとに
すこやかなるものを病まし
意のままに衰えさせる
影をまとい
ヴェールに隠れ
私を悩まさずにはおかない
では、なす術もなく
汝の非道に
私の裸の背をさらすとしよう・・・
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