戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第七十三話:苦境

紅き月神「ベルーラ」は、光側にも闇側にも与しない「中立神」とされている。ディル=リフィーナには四つの月が存在しており、それぞれの光には効果がある。リューシオンが司る「蒼き月」には、浄化効果があり、死霊や不死体の活動を鈍らせる作用がある。ナフカスが司る「鏡の月」には、集中力を高める効果があり、この月明かりの中で勉学をすると効率が上がると言われている。アルタヌーが司る「闇の月」は、ラウルヴァーシュ大陸では観測が出来ないが、リューシオンとは対象的に「死霊、不死体の活性化」という作用がある。そしてベルーラが司る「紅い月」は、性欲を高める作用があり、子作りや性魔術の効果を高める。

 

ベルーラは「獣人族を生み出した」とされ、ネイ=ステリナ時代から、獣人族に信仰されていた。ディル=リフィーナ成立以降、ベルーラ神殿は亜人族が多い「ディジェネール地方の大森林地帯」に存在していた。しかし、七魔神戦争によって巨大内海「ブレニア内海」が形成され、またその後の民族移動などにより、ベルーラ神殿を取り囲んでいた森林は伐採され、現在ではリプリィール山脈麓の荒野の中に、佇んでいる。周囲に魔獣などが増えたたこと、またアヴァタール地方の入り口であるバリアレス都市国家連合が、ディジェネール地方やニース地方を「腐海の地」として、封鎖をしていたことから、参拝者もいなくなり、半ば瓦礫となっていた。

 

この状況を一変させたのが、エディカーヌ王国である。エディカーヌ王国は、首都スケーマ(旧名:フノーロ)を中心としてディジェネール地方からニース地方まで道路を整備し、残された大森林地帯に住む獣人族に、紅き月神殿までの参拝路を提供した。また、首都スケーマにも、規模は小さいものの、ベルーラ神殿の「分社」を建てたため、フノーロ時代からの獣人族たちは喜んだと言われている。エディカーヌ王国は「闇夜の眷属の国」と一般的には言われているが、それは人口の大多数が闇夜の眷属であったからであり、国家として信仰を束縛したわけではない。エディカーヌ王国は、光と闇の対立という従来の現神信仰と全く異なる「宗教体系」を持っていたが、それはまた後の話である。

 

紅き月神殿の特徴として、神殿奥の区域にある「ある一体の女神像」が挙げられる。女神像自体は、他の神殿でも見受けられ、紅き月神殿にも複数体が置かれている。だが、神殿中央に座している「その女神像」だけは、胸を大きく開けさせ、今にも動き出しそうな程に精巧に作られている。そして最大の特徴は、その像の顔が一般的に言われているベルーラや、神殿内の他の女神像と、全く異なることである。中央部に存在する女神像である以上、現神ベルーラ自身あるいは近い眷属であるべきだが、後世の歴史家たちが調べた限り、どの女神にも属していない。紅き月神殿に置かれた「謎の女神像」については、様々な説が挙げられているが、どれも仮説の域を出ていない。

 

 

 

 

 

フノーロの地下街から、北東部に向けて洞穴を進む。最奥から地上へと出る。日が昇っていたため、セリカは眩しさに目を細めた。リプリィール山脈の麓は、瓦礫が転がる荒野である。目には見えないが、魔獣の気配が複数ある。だがセリカは、魔獣とは異なる「強い気配」を感じていた。禍々しさを持つその気配は、まるで自分を呼び寄せているかのようである。セリカは気配の方に向けて歩き始めた。やがて目の前に、紅い石で建てられた神殿が出現した。

 

『これが「紅き月神殿」か・・・』

 

気配は神殿の奥から漂って来た。セリカは意を決して、神殿へと踏み入った。紅き月神殿はその内部も紅く、手入れをすれば美しい神殿になるだろう。だが現在は、瓦礫に埋もれかかった「遺跡」になりつつある。時折、魔獣が襲ってくるが、セリカは簡単に退け、奥へと進んだ。やがて大きな扉の前に立つ。扉の向こう側から、禍々しい気配を感じる。この時点で、セリカは気配の正体に気づいていた。だが逃げるつもりはなかった。思い出せないが、記憶の中に「あの魔神」の存在を感じていた。両手で扉を開くと、魔の気配が奔流となってセリカを襲った。

 

≪思ったより早く来たの・・・待っておったぞ≫

 

美しい肢体をした青髪の魔神が、中央に立っていた。セリカは数歩離れたところに立つ。

 

≪「神殺し」となり、我の姿を忘れたか?我は覚えておるぞ、セリカよ・・・≫

 

記憶が断片的に蘇る。セリカは魔神の名を口にした。

 

『ハイシェラ・・・お前は、地の魔神ハイシェラだな?』

 

≪思い出したようだの。我は汝を見ていた。古の女神を手に掛け、その肉体を奪いながら、それを制御できずに藻掻いている・・・汝には、その肉体は過ぎたものじゃ。故に、我が使こうてやろうと思っての≫

 

『この身体はサティアのものだ。お前に渡すわけにはいかない!』

 

ハイシェラが笑みを浮かべ、剣を抜いた。セリカも構える。

 

≪なれば無理やりにでも奪うだけだの。さて、かつての戦いは遊びであったが、今回は本気でゆくぞ!≫

 

人越の速度でハイシェラが斬りかかる。普通の人間なら、何をされたかも解らずに真っ二つになっていただろう。だがセリカは剣を振ってそれを止めた。そればかりか弾き返す。逆にセリカが斬り掛かる。先程のハイシェラを上回る速度だ。

 

≪クッ!やるの!≫

 

剣で防ぎながらも、ハイシェラは徐々に圧された。魔神ハイシェラは最上級の魔神であるが、それゆえに「剣術」を学ぶ必要がなかった。圧倒的な膂力と速度、そしてその場の判断で戦ってきた。数多の闘いの中で、技を身につけたのである。一方のセリカは、バリハルト神殿で剣術を学び、極めていた。セリカから言わせれば、ハイシェラには「無駄な動き」が多いのである。ハイシェラは魔術と体術を駆使して、セリカに反撃を仕掛ける。腹部に蹴りを受ける。普通の人間ならそれだけで死んでいるだろう。だがセリカは後方に飛ぶことで、破壊力を削いだ。神の肉体と人間の知恵の組み合わせは、ハイシェラの想像を超えるほどの力を発揮したのである。やがてセリカは決定的な隙を突いた。蹴りを躱され、態勢が崩れた一瞬で、ハイシェラの首を一閃した。驚いた表情を浮かべた美しい顔が宙を飛ぶ。

 

『か、勝った・・・』

 

セリカは肩で息をしながら、勝利に拳を握った。だがその実感はすぐに消えた。ハイシェラの身体が塵のように消えたかと思うと、別の方角から手を叩く音が聞こえた。同時に、先ほどを上回る気配が襲ってくる。

 

≪見事だの。さすがは「神殺し」よ。我の分身を倒すとは・・・≫

 

愕然とした表情に、魔神ハイシェラは満足したように笑みを浮かべた。

 

≪何を驚いておる。我は三神戦争を生き抜き、今日まで戦い続けている「地の魔神」ぞ。如何に古神の肉体を持つとはいえ、力を十全に発揮できぬ汝如きに、遅れを取るはずが無かろう?≫

 

『俺は「傀儡」と戦っていたのか・・・』

 

ハイシェラはセリカの前に立つと、脚を上げてセリカの肩を突いた。精気を失いかけているセリカは、簡単に後ろに転がった。だがそれでも、セリカは戦いを諦めなかった。剣を握り、振り上げようとする。その様子に、ハイシェラは満足したようであった。

 

≪そうじゃ、足掻け。ヒトの分際で神を殺し、その肉体を奪った者に相応しい生き方だの。失われていく記憶、ままならぬ肉体・・・汝の未来は、永遠に続く煉獄ぞ。だがそれでも、生きようと足掻くのじゃ≫

 

剣を蹴り飛ばしたハイシェラは、いきなり服を脱ぎ始めた。セリカは魔神が何を考えているのか、理解できなかった。だが目の前の美しい裸体に、目を奪われた。ハイシェラがセリカの上に跨る。

 

≪我の分身に勝った褒美として、機会をくれてやろう。汝のモノで、我を満足させてみせよ。性魔術を使って我に勝てれば、汝の精気も回復するであろう。じゃが、我も汝を征服せんとする・・・負ければ、汝の肉体は我のモノじゃ≫

 

服を剥ぎ取られたセリカは、凄まじい快感に襲われた。美しい魔神が目の前で上下する。快感の津波に呑まれかけ、セリカは唇を噛んだ。痛みで気を取り戻す。性魔術を発動して、魔神を征服しようと闘う。

 

≪そうじゃ・・・その調子で、我を征服してみせよ!≫

 

挑発をしながらも、魔神は喜悦に背を反らせた。

 

 

 

 

 

セリカとハイシェラの戦いが始まる少し前、目を覚ましたペルルは、セリカが居ないことに気づき、慌てて師の部屋に駆け込んだ。

 

『御師範さまっ!セリカが・・・セリカが居なくなっちゃいましたっ!』

 

アビルースは僅かに眉間を険しくし、立ち上がった。ペルルに旅支度をするように指示を出す。幾ばくかの貴金属も用意する。旅先で必要になるという判断であった。革袋を背負い、魔術杖を持って家を出る。ペルルも支度を終えていた。家を出る前に、結界を貼る。この家に戻る時は、三人で戻ってくることを祈っていた。

 

『ペルル、行きましょう』

 

『ハイッ~~』

 

先頭に立って、洞穴に入る。ペルルに聞こえないように、小さく呟いた。

 

『そんなに、私たちが信用出来ないのですか?セリカさん・・・』

 

アビルースの顔には、影が差していた。

 

 

 

 

 

美しき魔神が胸板の上で肩を上下させている。セリカは辛うじて、魔神ハイシェラとの交合に打ち勝った。性魔術を駆使していたため、身体にはこれまでにないほどに精気が満ちている。ハイシェラは満足げな表情で顔を上げ、セリカを見つめた。

 

«やりおるの。我をここまで満たしたのは、汝が二人目だの。久々に「気」をやったぞ・・・»

 

ハイシェラは起き上がると、衣服を纏った。セリカも服を着る。

 

«まぁ、殆ど引き分けじゃが、汝の勝ちとしておいてやるかの・・・身体に精気も満ちたであろう?煉獄の道を再び歩み始めるが良い・・・»

 

『何故、俺を見逃す?戦えばこの身体を奪えるはずだ』

 

«そうだの・・・我としては、もう少し見ていたい気分なのじゃ。一匹の虫ケラが、藻掻き苦しみながら、それでも生きようと歩む姿をな・・・じゃが、もしその歩みが止まったなら、その時こそ、その肉体を貰うとするかの»

 

『俺は生きる・・・サティアと、そう約束をしたんだ』

 

«ならば征くが良い。途は果てしなく続いておるぞ・・・»

 

セリカは頷き、ハイシェラに背を向けた。その後姿が消えた後、ハイシェラは別の方角に顔を向けた。

 

«そこの出歯亀よ!出て来るが良い!»

 

柱から、アビルース・カッサレが姿を現した。ハイシェラは笑みを浮かべた。だが、その眼は笑っていない。

 

«そこそこに魔力を持っておるようだの。我でさえ、途中まで気づかなんだぞ?汝の目的はなんじゃ?あの男の肉体か?»

 

『・・・覗き見をしたことは謝ります。私はただ、セリカさんが心配だっただけです』

 

«・・・「嘘」だの。汝の中に、微妙な揺れを感じるぞ。迷っておるのであろう?助けるか、それとも奪うか»

 

『・・・・・・』

 

アビルースは否定も肯定もしなかった。ハイシェラはフンッと鼻で嗤った。

 

«迷うくらいであれば、最初から助けなければ良いものを・・・まぁ、それがヒトというものか。セリカは去った。後を追うが良い。そして決めよ。己の運命を・・・»

 

アビルースは魔神に一礼し、その場を離れた。独り残ったハイシェラは低く笑った。交合したことで、神殺しセリカが、力を発揮できない理由が解ったからだ。セリカ・シルフィルは自分を受け入れていない。神殺しとなった自分を「一時的なこと」と、現実を認めていないのだ。魂が肉体を拒絶しているのである。それでは神の力は発揮できない。

 

«クックックッ・・・面白いことになりそうだの。我も追ってみるか»

 

 

 

 

 

紅き月神殿を出たセリカは、リプリィール山脈に入った。岩だらけの斜面を昇り、山の奥へと入っていく。途中で土精霊の魔獣「アースマン」などに襲われるが、精気を充填したセリカには、敵では無かった。山の中腹から内海を見る。いつの間にか、嵐は止んでいた。空は晴れ渡っている。

 

『これなら、船を使ったほうが良かったな・・・』

 

女神の顔に苦笑いが浮かぶ。更に山を登り、山頂付近に差し掛かる。いきなり上空から攻撃を受けた。飛竜である。襲いかかる炎息を躱し、剣を抜く。だが次々と竜が舞い降りてきた。闘いを覚悟したその時、背に翼を生やした美しい女が舞い降りてきた。竜族の巫女「空の勇士」であった。だがその表情は険しい。闘気と殺気が漂っている。空の勇士はセリカの前に降り立つと、見下ろしながらセリカに告げた。

 

『来たな。「災厄の種」よ。この山は我ら竜族の縄張りだ。早々に立ち去るが良い!』

 

『俺の名はセリカ・シルフィル、レウィニア神権国に行きたいだけだ。竜族の縄張りを荒らすつもりはない』

 

『シルフィル?「風の息子」か・・・何故、バリハルトに通じる名を持っている!』

 

『俺はバリハルト神殿の騎士だ。神格者だった。俺に何が起きたのか、この身体の持ち主だったサティアはどこにいるのか、それを知るために、マクルに行きたいだけだ』

 

空の勇士は黙ってセリカを見下ろした。だが微妙に戸惑いの表情が浮いている。想像していたような邪悪さがまるで無いからである。

 

『・・・貴様、本当に「災厄の種」なのか?』

 

『なんだ、それは?』

 

『竜族の巫女は、雲居より預言を受ける。「地に下りて災厄を齎す種が誕生した」との預言があった。古神を殺し、その肉体を奪い、全ての者に仇為す存在・・・貴様のことだ!セリカ・シルフィル!』

 

『知らない!俺はただ、サティアの魂を探しているだけだ!』

 

『黙れっ!やはり殺しておこう。貴様はいずれ、我らに災いを齎す!』

 

空の勇士は剣を抜いて、セリカに襲いかかった。セリカも止む無く、応戦をする。人為らざる闘いが起きる。数合を交え、距離を取った時に、セリカの後方から声が聞こえた。

 

『セリカさん!無事ですか!』

 

アビルースとペルルであった。

 

 

 

 

 

二人の乱入によって、闘いが止まった。空の勇士を残し、竜族たちもその場を離れる。セリカに抱きついて泣いているペルルの横で、アビルースは空の勇士に語りかけた。

 

『空の勇士よ、私はアビルースと申します。セリカさんと共に、フノーロで数ヶ月を暮らしました。彼は邪悪な存在ではありません。どうか、山を超えることをお許し下さい』

 

『・・・アビルースとやら。貴様はこの男がどのような存在か、知っているのか?この男は・・・』

 

『「神殺し」、もちろん知っています。ですが、確かに神族の肉体を持っていますが、魂は人間なのです。彼がこれからどの様に生きるのか、何を為すのか・・・現時点で「災厄の源」と断じるのは早計ではありませんか?』

 

『雲居の預言を疑うというのか?』

 

『そうではありません。ただ、預言とは「数ある可能性の中の一つ」と申し上げたいだけです。今のセリカさんは、思い通りに身体を動かすことも出来ず、記憶も徐々に失われいてる状態です。下手をしたら、身体から魂が抜け出てしまうかも知れません。そのような状態で、預言の男と決めつけるのは、如何かと思うのです。もう少し、見守っては頂けませんか?』

 

『・・・・・・』

 

空の勇士は腕を組んで考えた。ここで三人を殺そうとすれば、激しい戦いになる。神殺し一人でも手こずるのだ。目の前の男も、かなりの魔力を持っている。負けることは無いが、自分も無傷では済まないだろう。何より、気配を巧妙に隠している「異質の存在」を感じていた。空の勇士は頷いた。

 

『良かろう。ここは貴様の巧言に乗り、この山を超えることを認めよう。だが、もしその男が災いを為す存在となれば、貴様もろとも殺すぞ!』

 

アビルースは一礼した。セリカと合流し、急いでその場を離れようとする。だがその前に、セリカたちの目の前が歪んだ。闇の空間が広がり、異形の魔物が出現する。

 

お、おぉぉ怨、怨、怨ぉ・・・ぉおおお、お・・・・・・

 

その姿を見た時、セリカは何かを思い出しそうになった。激しく頭が痛みだす。目の前に出現した「得体の知れないモノ」は、不気味な声を響かせながら、セリカに襲い掛かろうとした。それを空の勇士が止める。セリカに向けて伸ばす触手を切り飛ばす。だが、その一本がすり抜け、アビルースに絡みついた。凄まじい邪悪な劣情がアビルースを襲う。

 

『ぐうぅぅぅっ!』

 

『お、御師範さまっ!』

 

セリカは左手で頭を抱えながらも、剣を振って触手を斬った。アビルースがその場で崩れる。空の勇士はセリカたちを庇うように立ち、ペルルに向けて叫ぶ。

 

『逃げよっ!此奴の目的は、神殺しの肉体だ!急いで山を抜けよ!』

 

ペルルは頷いて、セリカとアビルースを抱えようとした。セリカはまだ何とか歩けるが、アビルースは完全に意識を失っている。ペルルはアビルースを担ぐと、セリカを先導してその場を離れ始めた。だが女一人の力では、急いで離れるのは難しい。時間稼ぎのために、空の勇士は得体のしれないモノと闘わざるを得なかった。無数の触手を切り飛ばすが、凄まじい速度で回復をしてく。遂には、空の勇士の左腕に触手が巻きついた。続いて右足にも巻きつく。竜族を上回る力で持ち上げられる。手足の自由を奪われた空の勇士は、セリカたちの気配が消えたことを確認し、安心した。

 

『あぁぁっ!』

 

触手が下半身を犯してくる。気持ち悪さに耐え、何とか抜け出そうとする。だが邪念や憎悪が電流のように襲ってくる。空の勇士は覚悟した。このまま狂うまで嬲られるのであれば、ここで自害をしたほうがマシだった。覚悟を決めた時、目の前に青髪の魔神が下りてきた。

 

«おやおや、これは珍しい光景だの。これを「眼福」と言うのかの・・・»

 

魔神ハイシェラは、嗤いながら、嬲られる空の勇士を見る。その姿に、空の勇士は救われた思いであった。普段であれば、絶対に口にしないが、この場合は仕方がなかった。

 

『ハ、ハイシェラ・・・頼むっ・・・』

 

«何じゃ?我に助けを求めるか?そのままにしておれば、やがて永遠の快楽に浸れるぞ?»

 

『ち、違う!私を・・・封じてくれ!コイツごと・・・』

 

ハイシェラは眼を細めた。こうした「自己犠牲」の精神が嫌いであった。生きとし生けるものは、自己のために生きるべきである。他者に尽くして、何が面白いのか・・・だが同時に、こうした精神を馬鹿にするつもりも無かった。自分には理解できないが、そうした精神が、驚くほどの力を発揮させるのを見てきた。ハイシェラは頷いた。

 

«良かろう。汝の決死の懇願、聞き届けてやるだの。眠るが良い、空の勇士よ!汚れし化物と共にっ!»

 

魔神ハイシェラの封印により、空の勇士は得体の知れないモノと共に、石へと変じた。周囲が静かになり、風の音だけが聞こえる。ハイシェラは数瞬、瞑目をした後に左方の岩に純粋魔術を放った。岩が砕ける。そこに銀色の仮面を付けた男が現れた。敵に対してですら、時として笑みを見せるハイシェラが、あからさまに嫌悪の表情を浮かべた。

 

«あの得体の知れないモノを使役していたのは汝か・・・影でコソコソと蠢きおって、虫唾が走るの!»

 

銀仮面は慌てた様子もなく、恭しく一礼をした。

 

『ご無礼をいたしました・・・私は「ネオ」と申します。貴女様と争うつもりはありません。地の魔神ハイシェラ様・・・いえ、「機工女神エリュア」様・・・』

 

ハイシェラは怒りの表情で、再び純粋魔術を放つ。だが銀仮面に命中すること無く、素通りをしてしまう。

 

«幻影か・・・貴様らだな?歴史の闇で悪戯を続ける「ウジ虫」たちは!我が名はハイシェラ・・・エリュアなど知らぬわ!»

 

『理解りました・・・私共は貴女様とは争いたくありません。その証として、一つお教えします。女神アリスは眠りから覚め、遺産を開放しました。その遺産は持ち運ばれ、現在はケレース地方の国「ターペ=エトフ」の地下に在ります』

 

«知らぬと言うておろうがっ!»

 

怒りによって、魔力が爆風のように四方に飛ぶ。銀仮面の男「ネオ」は、笑みを浮かべながら消えた。

 

・・・女神よ・・・またいずれ・・・

 

銀仮面の男が消えた後も、ハイシェラは暫く、そこに佇んでいた。唾を吐き、北を目指して飛び立った。

 

 

 

 

 

下山途中で頭痛が消えたセリカは、ペルルに代わってアビルースを背負い、リプリィール山脈を下りた。山の麓にある村に入る。村人は山から降りてきた三人に驚いた様子を見せたが、アビルースの様子を見て、宿を貸してくれた。魔族であるペルルに対しての警戒も感じたが、ペルル自身は気にしていない様子であった。一日後、アビルースが目を覚ました。

 

『どうやら、生き延びたようですね。死を覚悟したのですが・・・』

 

『済まない。俺のせいだ』

 

『済んでしまったことは仕方がありません。此処は、レウィニア神権国のようですね。マクルまで、あと少しです』

 

アビルースとペルルに詫たが、セリカの中ではまだ、二人と行動を共にすることに抵抗があった。これは自分の問題だからである。これ以上は巻き込むべきでは無い。だが、その懸念をアビルースは一笑した。

 

『セリカさん、私たちはもう、巻き込まれています。ここまで来た以上、今更、フノーロに戻るつもりはありません。マクルまで一緒に行きますよ』

 

『そうだよぉ~ だいたい、私が居なかったら、セリカはどうやって精気を回復させるの?』

 

自分に抱きつき、無邪気に笑うペルルの頭を撫で、セリカは頷いた。

 

 

 

 

 

内海の嵐が消えたため、ディアンは再び、クライナの集落に来ていた。今回は使徒たちも連れている。バリハルト神殿まで一気に制圧しようとするならば、激しい戦いになると予想したからだ。クライナの仮住まいで準備をしていたところに、エカティカが訪れてきた。

 

『ディアン、マクルの様子が解ったよ・・・』

 

『新しい情報があるのか?』

 

『どうやら、ゴロツキたちまで掻き集めているみたいだよ。マクルはもう、山賊の住処みたいな状態になっているそうだよ』

 

エカティカが苦々しい表情で話す。ディアンは頷いた。予想通り、バリハルト神殿は自らの意思で、狂気へと奔った。信仰心を暴走させ、狂信者の集団と化している。ならば方針は決まっている。使徒たちに顔を向け、凄惨な笑みを浮かべる。

 

『レイナ、ティナ・・・皆殺し(Massaker)だ。降伏すら認めるな。神官も騎士も・・・全員、殺せ』

 

数千人を皆殺しにしろという指示に、無表情で頷く二人に対して、エカティカは背筋を震わせた。

 

 

 

 

 

レウィニア神権国の小さな集落に滞在をしたセリカたちは、久々に安寧の時間を過ごした。ただ一つの変化は、アビルースが時折、考え事をしている様子なだけである。セリカやペルルが訪ねても、笑って首を振るだけであった。宿で食事をしながら、アビルースはレウィニア神権国について説明をした。

 

『レウィニア神権国は、アヴァタール地方随一ともいわれる大国です。およそ二百五十年前に建国されましたが、当時から豊かな土地だったそうです。レウィニア神権国の最大の特徴は、その統治者にあります。王国ではなく「神権国」・・・この名の通り、この国の統治者は王ではありません。いえ、王はいるようですが、その上に「絶対君主」として、神が存在しているのです。その名を「水の巫女」というそうです』

 

『神?古神なのか?』

 

『さぁ、私も人伝と書物の知識だけなので、詳しくは知らないのです。ですが、神である水の巫女が、この国を建国したので「神権国」というそうです』

 

『神が・・・治めているのか』

 

『興味深い国ではありますが、今はそれどころではありません。まずは当面の目標を果たしてしまいましょう。神について気にするのは、その後でも十分です』

 

翌朝、三人は出発をした。レウィニア神権国を斜めに北上し、スティンルーラ族の統治地帯を目指す。彼らは長年に渡って、バリハルト神殿と敵対をしている。そこで何らかの情報を得られるだろう。集落を出て川に架かる橋を渡ろうとした時に、セリカが立ち止まった。

 

『どうしたのぉ?セリカァ~』

 

ペルルが間延びした声を上げた時、それは起きた。川の水面に気配が集まり、水が立ち昇る。三人の目の前に、美しい神が出現した・・・

 

 

 

 




【次話予告】
アビルースの様子が可怪しい。考え事をしている時が多く、言葉も少ない。スティンルーラ族の支配域に入る直前、アビルースはセリカに問い掛けてきた。

『セリカさん、マクルに行ったあとは、どうするつもりですか?』

その瞳には、ある決意が浮かんでいた。


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第七十四話「哀しき別れ」

Sors immanis
et inanis,
rota tu volubilis,
status malus,
vana salus
semper dissolubilis,
obumbrata
et velata
michi quoque niteris;
nunc per ludum
dorsum nudum
fero tui sceleris.

恐ろしく
虚ろな運命よ
運命の車を廻らし
悪意のもとに
すこやかなるものを病まし
意のままに衰えさせる
影をまとい
ヴェールに隠れ
私を悩まさずにはおかない
では、なす術もなく
汝の非道に
私の裸の背をさらすとしよう・・・
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