戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第五話:魔神同士の交渉

ケレース地方西方に誕生した王国「ターペ=エトフ」は、豊かな経済力を持っていたが、その基盤を支えていたのが「オリーブ栽培」である。オリーブ農業自体は、アヴァタール地方各地で行われていたが、油を搾る前のオリーブの実は数日で腐敗をしてしまうこと、また大量に生まれる「油の搾り粕」の処理の問題などから、大抵は自家農園程度の規模で行われており、オリーブ栽培を産業とした国家は存在しなかった。ターペ=エトフは、水はけと日当たりが良い山岳地帯にオリーブの木を植林し、高圧縮で油を搾る魔導技術を開発、搾り粕を熱乾燥させ家畜の飼料とし、その糞を堆肥としてオリーブ栽培に活かすという「循環経済」の確立に成功した。最盛期には、アヴァタール地方で消費されるオリーブ油の実に七割が、ターペ=エトフ産であった。

 

ターペ=エトフでは、オリーブ農業に付随して、様々な産業が生まれた。その代表例が「石鹸」「髪油」などの化粧品産業である。オウスト内海の塩水で育った葦から作られる灰汁は、高濃度の「水酸化曹達(ナトリウム)」を含有しており、石鹸づくりに向いていた。またドワーフ族の鍛冶により「蒸留技術」が生まれ、ラベンダーやバラなどから「精油」を抽出することで、様々な香りの石鹸を生み出していた。こうした産業により、ターペ=エトフは「理想郷」として繁栄するのである。国王インドリトの晩年期に、地の魔神ハイシェラの侵攻を受けた際にも、魔神アムドシアスとトライスメイルのエルフたちによって輸送路が確保され、ターペ=エトフはその滅亡まで、ラウルバーシュ大陸で最も豊かな国家であったと言われている。

 

ターペ=エトフの滅亡後、各国はこぞってオリーブ栽培の技術とそれに付随する各産業の知識を求めたが、地の魔神ハイシェラはそうした経済活動には関心が無く、また産業に関与していたドワーフ族や闇夜の眷属たちは、国家滅亡後に忽然と姿を消し、それら知識は完全に失われたかに思われていた。ターペ=エトフ滅亡後の十年間、アヴァタール地方のオリーブ油は価格が高騰し、オイルランプの使用が禁止されるなど、庶民の生活を直撃したのは言うまでもない。オリーブ油の価格が安定するには、アヴァタール地方の南方、ニース地方に突如として出現した強国「エディカーヌ王国」の誕生を待たなければならなかった。

 

 

 

 

 

『ほう、これが魔焔か。名前だけは耳にしたことがあるが、実際に見てみると確かに、魔導技術に役立ちそうだな』

 

ドワーフ族の長「エギール」は、ディアンが持ってきた「魔焔」を興味深そうに見ていた。魔導技術は、魔法石から魔力を抽出することで、魔法が使えない者でも魔法と同じ効果を得ることが出来る。しかし、魔法石に蓄えられた魔力が個々で違うこと、またその出力にも差異があることから、魔導技術で生まれた武器や機械類は不安定であった。魔焔は、人工的に作られた魔法石であり、小型でありながら相当量の魔力を蓄えられること、またその出力も用途によって変えることが出来る。魔導技術を飛躍的に促進させる可能性を持っていた。だがその分、危険でもあった。ディアンはエギールに提案をした。

 

『この技術は、使用者次第では大きな災厄を生み出しかねません。ドワーフ族によって、しっかりと管理をする必要があります。万一、人間族に渡るようなことがあれば、間違いなく戦争で使用されるでしょう』

 

『ガーベル神は、人々の幸福を願って魔導技術を生み出した。その技術を戦で使うなど、許されることではない。百歩譲っても、自分の身を護るためにのみ、使うべきだろう』

 

エギールは頷いた。魔焔技術は長直属の技術として、認められた者たちにのみ、伝えられることとした。ディアンは魔焔の他、様々な提案をエギールに行っている。他族との交流については、エギールも積極的であったが、行商人については、腕を組んで悩んでいた。商取引の方法についてである。集落では、物々交換が当たり前であるが、他地方との交流となれば、貨幣があったほうが便利である。だがそれは、ドワーフ族の文化を破壊しかねない。ディアンも貨幣経済導入には、相当な時間を掛けるべきと提案をしていた。

 

『・・・以前、アヴァタール地方産の酒を飲んだことがある。我々が飲んでいる「蜂蜜酒」とはまた違った味であった。お主の知る「レウィニア」という国から酒を運べば、喜ぶ者たちも多いだろう。だが、こちからは何を提供する?』

 

『古の宮では、武器と酒を交換していました。しかし、この集落は古の宮よりも遥かに大規模です。武器ばかりが集まれば、行商人も嫌がるでしょう。何か別の品を用意する必要があると思います。そこで・・・』

 

ディアンは革袋から石鹸を取り出した。エギールにオリーブ栽培を経済基盤とする構想を語る。実現するには時間が必要であろうが、掘り出したら終わってしまう鉱石とは異なり、オリーブなら安定して収穫を得ることが出来る。また女子供や年寄りでも、経済活動に参画することが出来る。男性社会で、鍛冶一辺倒のドワーフ族にとって、それは革命的なことであった。

 

『良い案だと思うが、我々の将来に関わることだ。皆とも話し合う必要がある。少し時間を貰えまいか?』

 

『もちろんです。ただ出来れば、行商人招聘については、承認を頂きたいのです。レウィニアは今、自国防衛のために軍備強化を進めています。今回だけなら、武器だけでも行商人は喜ぶでしょう』

 

『それは構わん。行商人が来たとなれば、皆も喜ぶだろう。アヴァタール地方の麦酒を楽しみにしているぞ』

 

エギールは笑って頷いた。

 

 

 

 

 

翌朝、ディアンは「華鏡の畔」を目指して出発をした。行商人がこの集落に来るには、華鏡の畔を抜ける必要がある。魔神アムドシアスに、その許可を得なければならない。華鏡の畔は、ケレース地方を東西に分ける山脈の盆地にあり、山を超えること無く、切れ目から入ることが出来る。路を整備すれば、安定した行商路になるはずである。およそ二日で、華鏡の畔に着く。アムドシアスから受け取った水晶に魔力を込めると、結界が消えた。白亜の城を目指して進む。

 

«黄昏の魔神ディアン・ケヒトよ。我が城にようこそ。美を解するお主を歓迎する»

 

楽隊の演奏と共に、魔神アムドシアスが姿を現した。ディアンは丁寧に挨拶をしたが、心の中では苦笑いをしていた。

 

(オレを出迎えるために、わざわざ楽隊を整列させるとは・・・コイツの趣味は、いささか度が過ぎるな)

 

中庭の亭に向き合って座る。ディアンは早速、土産を渡した。イルビットの芸術家シャーリアが描いた風景画である。アムドシアスは感嘆のため息を漏らした。目を細めて絵を見ている。

 

«美しい・・・見事な絵だ。題材はオウスト内海のケテ海峡だな?濃霧の中に浮かぶ死霊たちが、イキイキと描かれている»

 

(「死霊」がイキイキねぇ・・・)

 

アムドシアスは早速、従者に額縁の用意を命じた。飾る場所も既に決めているらしい。ディアンの土産に、「美を愛する魔神」は上機嫌になっている。ディアンはアムドシアスに、行商人の招聘について、華鏡の畔を通過を認めるように要望した。

 

«お主の言うことは解った。だが、それは私にとって、どのような利益があるのだ?私とお主の間柄であったとしても、一方的な要望には同意しかねる»

 

『行商人が招聘出来れば、ドワーフ族のみならず、ケレース地方西方全体が繁栄をする。この絵を描いた芸術家も、必要とする素材が手に入り難いと悩んでいた。行商人によって、素材の供給が安定化すれば、より多くの作品を生み出すことが出来るはずだ。華鏡の畔の通行許可の見返りとして、その芸術家の作品を贈呈しよう。「美を生み出すための協力」をお願いしたい』

 

«美を生み出すため・・・か・・・»

 

美を愛する魔神は、瞑目して考えていた。かなり揺れていることは、傍目から見ていてもわかる。

 

『何も「無制限に」というわけではない。ニヶ月に一度ずつ、ただ一隊だけ、行商人の通行を認めて欲しい。その対価として、年に一点ずつ、芸術品を贈呈する。この取り決めならどうだ?』

 

«つまり年間七回、通行を認める代わりに、年間一点の作品を貰うわけか。ふむ、できればもう少し、作品が欲しいが、年に何点も生み出せるわけではない。まぁ、妥当な条件か・・・»

 

『行商人には、この城には近づかず、速やかに通過することを厳守させる。まぁ、魔神に近づきたいと思う行商人はいないと思うが・・・』

 

(いや、リタなら有り得るか。弱いくせに、利益のためなら命を賭けるからな・・・)

 

アムドシアスは同意した。その後は、絵画や楽器の話となった。アムドシアスは、東方諸国の弦楽器が欲しいと語った。行商人に手配させることを約束した。

 

 

 

 

 

ケレース地方から南下し、アヴァタール地方に入る。南東に行けばレウィニア神権国の統治域に入る。かつてはバリハルト神殿の影響下であった地帯だが、ノヒアの街が滅びて以来、半ば無統治状態となっていた。穏やかな河川のある開けた土地である。いずれレウィニアが進出してくるに違いない。河川敷の集落に一泊を求めたディアンは、そこで意外な人物と再会した。

 

『ディアンッ!お前は、ディアン・ケヒトではないか!』

 

青髪の女が声を掛けてきた。かつてセトの村で出会ったスティンルーラ人、エルザ・テレパティスであった。

 

 

 

 




【次話予告】

エルザ・テレパティスと再会をしたディアンは、スティンルーラ族の新しい集落「クライナ」に入る。エルザから今後について相談を受けたディアンは、この地で見つけたある植物に着目した。それは、ラウルバーシュ大陸に「新たな名産品」が誕生する瞬間であった。

戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ絶壁の操竜子爵への途~ 第六話「スティンルーラの酒」

少年は、そして「王」となる・・・

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