戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第七十四話:哀しき別れ

神殺しセリカ・シルフィルの誕生以降、アヴァタール地方には幾つかの混乱が発生している。その一つは、ケレース地方の大国「ターペ=エトフ」の滅亡であることは間違いないが、それ以外にも「異界 神の墓場の出現」「遺絃渓谷の災害」「メルキア帝国内乱」などの歴史的事件が起きている。全てに神殺しが関与していると考える歴史家は少数だが、セリカ・シルフィルの登場以降、アヴァタール地方の歴史は「動乱期」を迎えたことは間違いない。

 

一方、アヴァタール地方南方のニース地方やディジェネール地方では、別の存在が語られている。「腐海の大魔術師」と呼ばれる存在である。この大魔術師については、奇妙な事実がある。バリアレス都市国家連合やディジェネール地方北部およびベルリア王国においては、腐海の大魔術師は危険視され、忌み嫌われる存在であった。一方で、アヴァタール地方南部からニース地方を統治する「エディカーヌ帝国」においては、大魔術師は「畏敬の存在」となっている。残されている記録でも、ディジェネール地方では「龍人族集落の焼き討ち」「悪魔族への生体実験」「魔神召喚」などの「悪行」が残されているが、エディカーヌ帝国ではそれとは真逆の記録が残っている。「絶滅寸前だったバンパイア族の保護」「先史文明遺跡の発掘調査」「流行病の特効薬開発」「外科医療技術の確立」など、数多くの「善行」が残されている。このため、歴史家の中には「腐海の大魔術師は二人存在した」という異説を唱える者さえいる。

 

いずれにしても、新七古神戦争以降、エディカーヌ帝国は安定して発展し、彼の地が「腐海」と呼ばれなくなると共に、「腐海の大魔術師」という言葉もまた、忘れられていったのである。

 

 

 

 

 

エカティカは悩んでいた。ディアン・ケヒトとその仲間たちは、マクルのバリハルト神殿を殺戮するつもりである。無論、自分も彼らを許すつもりはない。彼らがこの地に再侵略をしてきてから百年近く、スティンルーラ族はバリハルト神殿とセアール人たちに苦しまされてきた。暴力事件、暴行事件も三桁にのぼる。だが、怒りのまま殺戮をすれば、スティンルーラ族の誇りが傷つく。バリハルト神殿を追い出した後は、マクルの街はスティンルーラ族の庇護下に置かれる。もし殺戮という汚名が残れば、統治をすることが難しくなるだろう。悩んだエカティカは、族長のエルザ・テレパティスに相談をした。

 

『神官を「誅」することは、私が許可をしました』

 

驚くエカティカに、エルザが説明をする。

 

『ディアン殿たちは、降伏すら許さず、神官と騎士を殺戮するつもりです。ですが、それは彼ら三名だけのことです。スティンルーラ族に降伏をするものは、寛大に受け入れようと考えています』

 

百年近くの怨讐は、簡単には解消されない。ディアンらと共に殺戮を望む、血気盛んな者もいる。だが、スティンルーラ族としてそれをしてしまうと、怨恨の連鎖は永遠に消えない。その為、「三名の傭兵」が恨みを晴らす役を担うのである。マクル平定後、三人はいなくなる。族長として、三人を追放したと発表し、マクルの民衆を保護する。

 

『私も、セアール人に対しては怒りを持っています。ですが、私たちは憎しみを晴らすために剣を持つのではありません。この地に、スティンルーラ族もセアール人も安心して暮らせる「安寧の国家」を打ち立てるために、立ち上がるのです。エカティカ、あなたも憎しみではなく、未来の希望のために剣を握って下さい』

 

『ディアンは、あえて「悪役」を担うのか・・・理解りました。皆にも、無闇に剣を奮わないように徹底させます』

 

気持ちが晴れたと思ったところに、凶報が舞い込んできた。森で採集をしていたスティンルーラ族の女性数人が、バリハルト神殿に攫われたというのである。彼らは南の小山へと向かったらしい。エカティカは舌打ちをした。マクル侵攻の準備に追われている状況では、大規模な救出班は出せない。自分と数名で向かうしか無いと肚を括ったところに、ディアンが訪ねてきた。

 

『話は聞いた。オレたちに任せろ。攫った連中は恐らく、元野盗だろう。遅れるほどに、彼女たちの身体は汚れる。急いだほうが良い』

 

エカティカは頷いた。

 

 

 

 

 

周囲に神気が溢れる。水柱の中から、美しい女性が現れた。後光のような強い気配を放ちながら、三人を見下ろす。アビルースとペルルは思わず下がった。だがセリカは、むしろ一歩踏み出した。邪気が一切、無かったからである。

 

『・・・バリハルト神殿の神格者にして、古の神の肉体を得たセリカ・シルフィル、そしてそちらは、腐海の地に棲みし魔術師ですね?』

 

『この神気・・・貴女様はレウィニア神権国を治める「水の巫女」様でしょうか?』

 

アビルースの問いに、水の巫女は無表情のまま、頷いた。

 

『人は私を、そのように呼んでいますね』

 

セリカは水の巫女を観察した。美しい肢体には、微かに水流が流れている。強い神気だが、それが「強さ」に繋がるとは限らない。少なくとも、セリカが知る「強さ」とは異質のものを感じた。水の巫女は三人を一瞥すると、語り始めた。

 

『人は、生まれる場所や種族を選ぶことは出来ません。ですが、どの様に生きるかは、選ぶことが出来ます。自分が何を望み、何に命を使うのか・・・セリカ・シルフィル、貴方は何を望むのですか?』

 

『俺は・・・』

 

水の巫女の問いに、セリカは即答できなかった。自分が何者なのかも、理解していない状態である。だが、混乱する心のなかに、核のようなものはあった。セリカは、改めてそれを確認した。

 

『俺は、人々の安寧のために、この力を使いたい。そして、サティアを探し出し、この身体を返したい。サティアの魂は、今も何処かにあるはずなんだ』

 

水の巫女は黙ったまま頷いた。そしてアビルースに目を向ける。

 

『貴方はどうですか?』

 

『私は・・・』

 

『ボクの望みは、御師範さまのお役に立つことだよ!そして、御師範さまは魔術を極めることが望みだよ!魔術を極めて、街を荒らす悪い奴らを退治するんだ!ボクたちはずっと、そレを目指して修業を続けてきたんだ』

 

『・・・・・・』

 

アビルースは微笑んだままであった。水の巫女はアビルースには何も言わず、ただ頷いただけであった。

 

『古神と謂えども安寧を望む者がいる。闇夜の眷属と謂えども邪と戦う者がいる・・・大切なことは、各々が何を選択するかです。「運命」とは自らの力で手繰り寄せるもの。如何なる選択であろうと臆する必要はありません。各々が信じる途を進めば良いのです』

 

水の巫女の言葉に、セリカとアビルースはそれぞれに、考える表情を浮かべた。水の巫女は言葉を続けた。

 

『マクルなる地に、邪の気配を感じます。放っておけば、それはやがて大きくなり、災いとなるでしょう。神殺しセリカ・シルフィルよ。貴方はこれから、多くの者たちから狙われます。億の剣が、貴方に向けられるでしょう。ですが覚えておきなさい。人の内なる悪しき泉を浄化するは、己が意志のみなのです。貴方の中にある「その想い」を忘れないように・・・』

 

水の巫女は少しだけ、微笑んだような表情を浮かべた。神気と共に、水の中に消える。水面の側に、一枚の紙が落ちていた。国境を抜けるための「通行許可証」である。何時、水の巫女はそれを置いたのだろうか?三人は、どこか夢のような気分であったが、今はマクルを目指すことが先決である。三人はレウィニア神権国北西部へと向かった。

 

 

 

 

 

レウィニア神権国北西部には、小高い山がある。そこを抜けると、スティンルーラ族の縄張りに入ることになる。いわばこの山が「国境線」であった。通行許可証を示し、スティンルーラ族の縄張りへと入る。山を下りる途中で、悲鳴が聞こえた。セリカは咄嗟に抜剣し、走り出した。

 

『セリカさんっ!』

 

アビルースが追いかけるが、神殺しの速度にはとても及ばない。雑木林の中に入ると、厳つい体格をした男たちが、女性を輪姦していた。男たちがセリカを見る。

 

『おぉ?こりゃ、イイ女じゃねぇか。ちょうど良いぜ、オンナの数が足りなくて、困ってたんだ。お前に相手をしてもらうぜ』

 

卑下た笑みを浮かべて、男がセリカに手を伸ばす。その瞬間、セリカはその腕を斬り落とした。男の悲鳴が響く。

 

『・・・生憎だったな。俺は「男」だ。彼女を開放しろ』

 

『テメェ・・・俺たちはバリハルト神殿の兵士だぞ!こんなことをして、タダで済むと思っているのか!』

 

『いや待て!コイツ・・・見たことあるぞ。確か神殿が手配書を回していた、あのオンナだ!古神に連なるとかいう・・・』

 

男たちの顔つきが変わった。武器を抜き、セリカを取り囲む。ジリジリと迫ってくるが、セリカの表情に焦りは無い。一角を一瞬で斬り、瞬く間に他の兵士も斬りつける。数瞬で、男たちは息絶えた。

 

『大丈夫か?』

 

セリカが女に手を差し伸べるが、女は後ずさりをし、そのまま逃げてしまった。セリカは溜息をついた。自分としては、斬り殺すつもりはなかった。だが、この肉体は余りにも力が強すぎる。フノーロの街で魔獣退治をしていたためか、手加減の感覚が戻ってきていない。そこに、アビルースとペルルがやってきた。斬殺された兵士たちを見て、アビルースが息を呑む。

 

『・・・怪我はありませんか?セリカさん』

 

『あぁ・・・女性が犯されていた。助けようとしたんだが、逃げてしまった』

 

寂しそうに笑みを浮かべるセリカに、アビルースは意を決したように話しかけた。

 

『セリカさん、貴方にお聞きしたいことがあります』

 

 

 

 

 

レウィニア神権国との国境沿いにある小山に来たディアンたちは、そこで数人のバリハルト神殿兵と接触した。スティンルーラ族の女性数名に乱暴をしている。ディアンの額に青筋が浮いた。有無を言わさずに全員の首を飛ばす。唾を吐き捨て、女性たちを保護する。目に見えた傷はないが、心に傷がある。レイナとグラティナは、彼女たちの身体を布で拭いながら、「忘却」の魔術を掛けていった。忘れることが、救いのこともあるのだ。その時、別の方角から悲鳴が聞こえた。男か女か解らないような悲鳴である。ディアンは首を傾げ、悲鳴の聞こえた方向に歩いていった。

 

 

 

 

 

『セリカさん、貴方はその力を、何に使うつもりですか?』

 

真剣な表情のアビルースに、セリカは無表情で返答をした。

 

『この身体は、俺のものではない。サティアのものだ。彼女の魂を探し、肉体を返す。そして、彼女と静かに暮す・・・それが俺の望みだ』

 

アビルースは瞑目して溜息をついた。少し笑いながら首を振る。

 

『セリカさん、貴方も解っているはずです。サティアさんの魂はもう・・・』

 

『黙れっ!そんなことは解らないだろう!バリハルト神殿の遠見の鏡があれば、サティアの魂を探すことが出来る。俺はそのために、マクルに行くんだ!』

 

『いいえ、黙りません!セリカさん、水の巫女が言っていたではありませんか。「何を選択するかが大事」なのだと。貴方の選択は、間違っています。弱き者のため、哀しき者のために、その力を奮うべきです!』

 

『・・・俺の生き方だ。俺自身で決める。マクルに行っても見つからなかったら、見つけるまで探し続けるさ』

 

『神の力を・・・無限の寿命を、そんな事のために使うのですか!強い力を持つ者は、大きな責任を負うべきです!貴方は・・・間違っている!』

 

『そんな事だと?俺にとって、サティアは全てだ!もう良い、お前が反対をするのなら、ここでお別れだ。俺はこれから、マクルに向かう!』

 

セリカが足を踏み出そうとした。だが、身体が動かない。ペルルが術式を形成している。

 

『セリカ・・・ゴメンね・・・ボクは御師範様と契約をしているから・・・本当は嫌なんだけど・・・』

 

アビルースが構えた。その眼には、悲壮感の中に、強い決意が浮いている。

 

『セリカさん・・・貴方がどうしても解ってくれないのであれば、私は貴方から肉体を奪う。神の力を手にして、闇夜の眷属たちに安寧を齎す!』

 

『ぐぁぁぁぁっ!』

 

セリカとアビルースの間が、強い魔力で繋がる。セリカの肉体から魂を抜き取り、自分と交換をするつもりなのだ。ひとしきり、叫び声が続く。ペルルは泣いていた。フノーロの地下街で、三人で楽しく過ごしていた「あの頃」に戻りたかった。自分の主人から計画を聞かされた時、ペルルは初めて反対をした。ペルルにとって、セリカは自分の師範と同じくらい、大切な存在となっていたのだ。セリカの叫び声に、ペルルは身を引き裂かれそうな思いがした。

 

『うぅぅ・・・やっぱりダメェ!』

 

ペルルが術式を解除する。契約に反した行為には、死の報いが与えられる。ペルルの体内で何かが爆発した。目や耳、口から血を吹き出す。

 

『ゴ・・・メン、セリ・・カ・・・』

 

『ペルルッ!』

 

自由になったセリカは、魔力を爆発させ、アビルースの魔術を弾き返した。アビルースは吹き飛ばされ、木に背中を打ち付けた。セリカはペルルに駆け寄った。セリカは安堵した表情を浮かべていたが、命の灯火が消えつつある。セリカは回復魔法を使えない。ただ死にゆく様を見守るしか無い。その時、ペルルの身体から光が浮き上がった。何事かと周りを見ると、黒い外套を羽織った男が立っていた。

 

 

 

 

 

『・・・「生命の源」そのものが傷ついているな。これは、通常の回復魔法では無理だ』

 

肉体的な外傷は回復しているが、ペルルは魂そのものが傷ついていた。このままでは「生霊」となってしまう。ディアンはセリカを一瞥しただけであった。ペルルを抱え上げると、林の外で待機していた銀髪の女に渡す。その後姿に、セリカは頭痛を感じた。

 

『どこへ連れて行くつもりだ!』

 

『この娘は死にかけている・・・いや、殆ど死んでいる。イーリュン神殿では回復できない。ターペ=エトフにある「アーライナ神殿」まで連れて行く』

 

銀髪の女が頷き、ペルルを抱えて飛び立った。セリカは頭を抱えた。自分はこの男を知っている。以前、何処かで出会っている。頭痛が酷くなる。その時、アビルースが意識を取り戻した。立ち上がろうとした時に、異変が起きた。肉体が急速に老化し始めたのである。

 

『な、なんだぁぁっ!』

 

アビルースが悲鳴を上げる。戻ってきたディアンは、首を傾げた。状況が良く理解できないのだ。だが、急速な老化の原因は限られる。ディアンは状況から最も可能性の高い仮説を尋ねた。

 

『誰かは知らないが、お前・・・魂をいじらなかったか?自分の肉体から魂を取り出そうとしなかったか?肉体と魂は不可分の存在だ。別の依代への移転などを図って失敗した結果、精気が急速に失われる事があると、聞いたことがある』

 

『アビルースッ!』

 

セリカが駆け寄って手を差し出す。だがアビルースはその手を跳ね除けた。立ち上がった瞳には、狂気が奔っている。口元には笑みすら浮いていた。

 

『セリカさん・・・ここでお別れです。私は貴方に解って欲しかった。闇夜の眷属のために、共に生きて欲しかった。ですが、貴方の魂が・・・セリカ・シルフィルという男の魂が邪魔をしている!ならば、私の途は一つです。貴方を魂を駆逐し、「貴女」の肉体を手に入れる!フフッ・・・フハハハッ!』

 

フラつきながら、アビルースはその場を離れていった。ディアンは剣に手を掛けた。誰かは知らないが、危険な匂いを感じたのだ。ここで殺したほうが良いと思った。だがセリカが止めた。

 

『お前やペルルと過ごした日々は、俺にとって本当に平穏な安らぎだった。こんなことになって、残念だ。さらばだ、アビルース・カッサレ・・・』

 

ディアンは柄から手を話し、男の後ろ姿を見つめた。小さく呟いた。

 

『アビルース・・・「カッサレ」・・・か』

 

ディアンは、セリカに顔を向けた。眼を細めて尋ねる。

 

『さて、久しぶりだな。「サティア・セイルーン」殿・・・』

 

 

 

 

 

レウィニア神権国首都プレイアにある神殿の奥、「奥の泉」の中で、水の巫女は様子を見守っていた。

 

(セリカ・シルフィル、そしてアビルース・カッサレ・・・この二人の出会いは、未来にどのような影響を与えるのでしょうか。アビルースの様子は、見守っておく必要がありますね。ですが今は・・・)

 

出会ってしまったのである。この世に存在する「ただ二人の神殺し」が対峙をしている。水の巫女はこれまで感じたことの無い心境であった。「固唾を飲む」という気持ちであった。

 

(もし、ディアンが本気で斬り掛かったら、セリカ・シルフィルは死ぬだろう。二人の間には隔絶した違いがある。片方は自分を受け入れ、もう片方は自分を否定している・・・自らを否定する限り、神の力は発揮できない)

 

ここでセリカ・シルフィルが死ねば、未来の可能性の一つが消えることになる。そしてそれは必然的に、レウィニア神権国や自分自身の未来を、ディル=リフィーナ世界全体の未来を決めることを意味していた。

 

 

 

 

 

『俺はセリカ・シルフィルだ。サティアではない』

 

『あぁ、解ってる。サティア・セイルーンの肉体を、古神「アストライア」の肉体を奪った「神殺し」だろ?』

 

セリカは驚いた表情を浮かべた。目の前の男は、サティアばかりか、その正体が古神であることまで知っているのである。ディアンは目を細めたまま、セリカと対峙した。互いに一撃で相手を屠れる距離に立つ。

 

『一つ聞きたい。どうやって肉体を奪った?バリハルトの神格者如きが、古の大女神を殺せるはずがない。言葉巧みに近づき、油断を誘ったか?』

 

『・・・俺は、ウツロノウツワに取り憑かれていた。サティアを邪教の徒と決めつけ、殺そうとした。お前の言うとおり、サティアに勝てるはずもなかった。だがサティアは、俺に止めを刺さずに、逆に俺の剣を・・・』

 

セリカが手を握りしめ、瞑目する。

 

『後悔しているのか?それは何に対する後悔だ?ウツロノウツワに取り憑かれた自分の弱さに対する後悔か?サティアを殺してしまったことへの後悔か?それとも、今生きていることへの後悔か?』

 

ズキンッ!と頭痛が走る。セリカはフラついた。だがディアンは動かなかった。

 

『ディアン?どうしたの?』

 

後ろからレイナに声を掛けられる。「ディアン」という呼び名で、セリカは思い出した。

 

『思い出したぞ。お前は、クライナの森で戦った・・・』

 

『・・・記憶が曖昧なのか?』

 

『思い出せないんだっ!姉の名前すら、思い出せない・・・』

 

セリカは苦しそうに踞った。ディアンは溜息をついた。

 

『男を抱えるのは、オレの趣味じゃないんだがな・・・』

 

両腕でセリカを抱え上げる。艶めかしい女性のような表情を浮かべるセリカを見て、ディアンは首を振った。

 

『取り敢えずは生かしておいてやる。暫く療養しろ』

 

クライナに向けて歩き始めた。

 

 

 

 

 

水の巫女は安堵した。セリカは今のところ、無事である。ディアン・ケヒトは言ったことは護る。「生かしておく」と言った以上、セリカが死ぬことはない。だが、二人の間には想像以上の差があった。今のセリカ・シルフィルでは、魔神どころか人間のままのディアン・ケヒトにすら及ばない。ターペ=エトフが国体を変えるまで、あと十年である。このままではいずれ、各国がターペ=エトフを模倣し始める。そして西方神殿勢力との衝突になる。「神の教義の中で生きる」ことを求める神殿と、自由・自立・自主・自尊という思想は相容れない。そう遠くないうちに、中原は東西の思想がぶつかる戦場となるだろう。その原因は、ターペ=エトフであり、インドリト王であり、黄昏の魔神なのだ。

 

(ディアン・・・貴方は進みすぎです。インドリト王が世継ぎを設け、王政を続けるのであれば、まだ受け入れられます。ですが、「民主」という思想は、余りにも時代を先取り過ぎです。自ら考え、自らの責任で行動出来るのは、ごく一握りの人間なのです。多くの民は、定められた教義の中で平穏に暮らしている。蟻には、蟻の幸せがあるのです・・・)

 

ターペ=エトフは滅ぼさなければならない。レウィニア神権国も大きな影響を受けるが、彼らの進みを止めなければ、ディル=リフィーナそのものが危機に晒されるのである。

 

(セリカ・シルフィル・・・貴方には申し訳ありませんが、その神の力、利用させてもらいます)

 

水の巫女は、数ある可能性の中で、「ある未来」を見通していた。

 

 

 




【次話予告】

『・・・その言葉に、偽りは無いな?』

絶望をし、歩み続けることに疲れたセリカの前に「青髪の魔神」が現れる。

(済まない、サティア・・・少しだけ、眠っても良いか?)

魔神の手が、額に置かれる。


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第三章最終話「暫しの眠り」

Sors immanis
et inanis,
rota tu volubilis,
status malus,
vana salus
semper dissolubilis,
obumbrata
et velata
michi quoque niteris;
nunc per ludum
dorsum nudum
fero tui sceleris.

恐ろしく
虚ろな運命よ
運命の車を廻らし
悪意のもとに
すこやかなるものを病まし
意のままに衰えさせる
影をまとい
ヴェールに隠れ
私を悩まさずにはおかない
では、なす術もなく
汝の非道に
私の裸の背をさらすとしよう・・・
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