戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第七十五話:暫しの眠り

ディル=リフィーナ 「神骨の大陸」某所

 

そこは、ラウルバーシュ大陸に存在するどの山よりも高い場所にあった。白亜の柱が並び、未知の紋章が描かれた台座が等間隔に置かれ、円形を為している。天井は無く、満天の星空が屋根を形成していた。台座の一つに強い光が集中する。長い白髭を生やした老壮の男が出現した。他の台座も次々と光を発し、鎧姿の男や美しい顔をした女性などが出現する。それは「神々の会合」であった。アークリオン、アークパリス、パルシ・ネイ、アーファ・ネイ、マーズテリア、バリハルト、ルリエン、イーリュンの現神八柱が集う。ディル=リフィーナを代表する現神たちであった。アークリオンが口を開いた。

 

≪さて・・・此度、卿らに集ってもらったのは、ある問題について話し合うためだ。卿らも気付いている通り、古神の肉体を手にした「神殺し」が誕生した。その者に対しての処遇をどうするか・・・卿らの意見を聴きたい≫

 

壮年の顔立ちをした鎧姿の男が意見を述べた。

 

≪父上・・・古神が復活したこと自体、問題です。さらにそれを殺して肉体を奪った「神殺し」など、その罪は許されるものではないでしょう。放っておけば、大いなる災いとなり得るは必定です。ここは早急に出陣し、その者を滅ぼすべきでしょう≫

 

≪アークパリス殿の言うとおりです。古神など、その存在自体が許されません。ここは、私にお任せください≫

 

バリハルトが胸に手を当てながら述べる。芝居がかった仕種だが、この男がやると画になる。だがそこに、反対の意見を述べる男がいた。マーズテリアである。

 

≪現時点で動くことには、私は反対です。その「神殺し」は、本当に災いを起こす存在となるのでしょうか?人間には、邪な者もいれば、正義を貫く者もいる。その者が、正と邪のどちらに向かうか、見守るべきだと考えます≫

 

≪フンッ!卿は相変わらず「甘い」な。神を殺したのだぞ?邪に決まっておろうが!≫

 

バリハルトの反論に、マーズテリアも皮肉で返す。

 

≪聞いたところによると、その神殺しは元々は、卿の神格者だったそうだな。つまり卿は、「邪な者」を神格者とするのか?≫

 

≪なにっ!≫

 

バリハルトが激昂しそうになる。アークリオンが手を挙げて止めた。

 

≪止めよ。バリハルト・・・卿の神格者が神殺しとなったことは事実だ。責任の一端が卿にあることは間違いない。だが、それを問うの後だ。今は「神殺し」についての議論だ。マーズテリアは見守るべきと主張するが、他の意見の者はいるか?≫

 

≪そのことで、一つ興味深いことがあります・・・≫

 

第二級現神「ルリエン」が発言した。

 

≪不思議なことに、その古神「アストライア」の記憶が「転生の門」に流れてきました。「サティア・セイルーン」という名で・・・≫

 

他の現神たちが顔を見合わせる。神族である現神は、「神核」はあっても「魂」は無い。それは古神や天使族たちも同じである。そのため、転生することも無い。神殺しは「魂を持った神族」である。だからそこ危険な存在なのだ。だが、ルリエンの語った話は、その常識を覆すものであった。ルリエンがさらに説明を加える。

 

≪記憶を調べたところ、どうやらアストライアは、その神殺し「セリカ」を愛していたようです。それも心から・・・その愛情が、魂に近い効果を生み出し、転生の門へと流れたのだと思います≫

 

≪神族が、一人の女性として、特定の人間を愛したのか・・・≫

 

マーズテリアは腕を組んで考えた。ルリエンが自分の意見を述べた。

 

≪セリカという人間は、「災いの存在」とは言い切れないと思われます。私も、マーズテリア殿と意見を等しくします≫

 

議論が一定の方向に流れようとしていた時に、神々の中央に強い光が出現した。この「神殿」に入れるのは神族だけである。別の神の出現を意味していた。水の柱が出現し、美しい神が現れた。

 

≪突然の割り込みを御容赦ください。ラウルバーシュ大陸に棲みし、名も無き「水の神」でございます≫

 

≪地方神が何用かっ!ここは神々の頂上が集いし聖なる神殿ぞ!≫

 

≪バリハルト・・・卿は少し、口を噤んでおれ。確か「水の巫女」と言われておるな。我らに、話でもあるのか?≫

 

≪皆様は、ディル=リフィーナを代表する神々であり、その視野は広く、視線は遥か先を見通されています。ですがそれ故に、足元を見落とされることもあります。皆様は、神殺しは「セリカ・シルフィル」ただ独りとお考えのようですが、ラウルバーシュ大陸にはもう一人、神殺しが存在しています≫

 

≪バカな・・・たとえ古神であろうと、神族が殺されれば我らは気づく。そのセリカなる者以外に、神殺しがいるはずがない≫

 

≪はい・・・正確には、その者は神を殺したわけではありません。「人間の魂を持って生まれた神族」なのです。この世界に生まれてから三百年、その力は現在も、成長を続けています≫

 

神々の中にざわめきが起きた。アークリオンが何かを見通すように、半眼の状態になる。マーズテリアが尋ねる。

 

≪水の巫女殿・・・その者は「邪な存在」なのか?人々を苦しめ、正道に悖る存在であれば、討たなければならないだろう≫

 

≪いいえ、むしろ逆の存在です。神の肉体を持っていますが、人間として生きています。信義を重んじ、苦しむ者を援け、悪を為す者を討つ存在です。彼に助けられた者も数多くいます。普段は小さな飲食店を営み、目立たぬように暮らしています≫

 

≪それであれば、問題視する必要はない。潜在的には危険な存在であっても、その力を正しき方向に使う限り、いたずらに矛を向けるべきでは無いだろう≫

 

マーズテリアは安心したように頷いた。だが、アークリオンは半眼の状態のまま、呟いた。

 

≪・・・まさか・・・蘇えったのか?いや、そんな筈はない・・・≫

 

皆がアークリオンに注目する。アークリオンの表情には、暗い影が差していた。

 

≪・・・ヴァスタールと、話し合う必要があるかもしれん≫

 

水の巫女だけが、無表情であった。

 

 

 

 

 

意識を取り戻すと、見慣れない天井が見えた。寝台から起き上がり、記憶を確認する。酷い頭痛で意識を失ったところまでは覚えている。セリカは部屋を出た。どうやら宿場の部屋で寝ていたようである。一回の酒場には、大勢の人がいた。だが酒を飲んでいるわけでは無い。皆が剣や弓の確認をしている。まるでこれから、戦場に向かうかのようであった。

 

『気づいたようだな?動けるか?』

 

いつの間にか、背後に黒衣の男が立っていた。たしか、ディアンという男である。セリカは頷いた。

 

『あぁ・・・世話になった。ここは何処だ?』

 

『ここはスティンルーラ族の集落「クライナ」の酒場だ。とは言っても、いまは合戦の準備をするための支度部屋になっているがな・・・』

 

『合戦?』

 

『お前にも関係があるかもな。バリハルトの連中との合戦だ』

 

『・・・マクルを攻めるのか?』

 

『まぁ、そうだ。お前はここで寝ていろ。また頭痛を起こして倒れられたら困る』

 

『俺も行く。マクルに行って、確認をしなければならないんだ』

 

『姉の様子か?』

 

『それもある。そして他にも・・・神殿にある「遠見の鏡」を使いたい。それを使えば、サティアの魂を探せるんだ!』

 

『・・・・・・』

 

ディアンは真実を告げようか迷った。神族にはそもそも「魂」が無い。故に、古神アストライアの魂など探しようが無いのだ。だが、ここで自分が真実を言ったとしても、目の前の男は信じないだろう。ディアンは首から下げていた魔焔を取り出した。セリカに渡す。

 

『ここから魔力を吸収しろ。精気では無いため一時的なものだが、身体は動くようになるはずだ。マクルの街に入る直前で使え』

 

『・・・知っていたら教えてくれ。俺はどうして、記憶が消えてしまうんだ?どうして、精気を必要とするんだ?このままずっと、過去を忘れ、女を貪るだけの生き方をするのか!』

 

セリカが俯きながら叫んだ。ディアンは返答しなかった。仮説なら幾らでも考えられるが、検証のしようが無い。

 

『・・・出陣は、明日の朝だ。それまで休んでいろ。それと、お前が連れていた魔族は、ターペ=エトフで預かる。死ぬことは無いだろうが、回復には時間が必要だ』

 

ディアンはセリカの横を通り過ぎ、階段へと向かった。その後ろ姿に、セリカが声を掛ける。

 

『ありがとう。だが、なぜここまで親切にするんだ?』

 

『・・・お前の為じゃない。サティア殿の為だ』

 

振り返ることなく、ディアンは一階へと降りていった。

 

 

 

 

 

『つまり、その赤毛の姉ちゃん・・・じゃなくって男に、独りで突撃させるのか?それはちょっと無謀すぎねぇか?』

 

マクルへの進軍は、隠密に動いていた。マクルは半城塞都市である。破壊するだけなら、ディアンの魔術を使えば良いが、スティンルーラ族による今後の統治を考えると、出来るだけ破壊は小さいほうが良い。マクルまで半日という森の中で、ディアンは作戦を語った。セリカ・シルフィルを独りでマクルに向かわせる。バリハルト神殿が気づいて兵を向けた隙に、一気に街に入るのである。

 

『セリカはただ神殿を目指せば良い。オレとレイナが露払いをしてやる。スティンルーラの兵士たちは、民衆の保護や、徴兵された無関係の農民、漁民たちを護れ』

 

『ディアンが行くのなら大丈夫だね。セリカ、アタシはまだアンタを信用したわけじゃない。だけどディアンのことは信用している。だから、ディアンが信用するアンタを信じる』

 

エカティカが厳しい視線をセリカに向けた。セリカは黙ってうなずいた。それぞれに作戦が決まり、その場は解散となる。ディアンがセリカに声を掛けた。

 

『バリハルト神殿の中は、お前独りで斬り拓くことになる。お前の眼で、耳で、真実を確認しろ』

 

 

 

 

 

『間もなく、神を殺した罪深き者が攻めてきます。今こそ、バリハルト神の御力を集める時です。古の神を滅ぼすためなら、神は禁忌をもお許し下さる。さぁ、皆の命を一つとするのです!』

 

マクルの街にあるバリハルト神殿は狂気の坩堝となっていた。裸の男女が交じり合い、性魔術で互いに魔力を高め合う。魔法陣の中央に立つ大司祭オレノが、その魔力を吸収していく。冷静な者から見れば、邪教の陰惨な儀式としか思えない光景である。バリハルト神殿神官の多くが、狂気に飲まれていたが、ごく一部には冷静さを保っている者もいた。見習い神官の「メリエル・スイフェ」は、オレノや他の神官たちの変質が恐ろしかった。優しかったセリカが、神格者となった頃から、神殿は変わってしまった。自分はただ目立たぬよう、神殿の端に隠れるように過ごしているしかなかった。だが、多くの神官たちが進んで命を捧げている中で、自分だけ何もしなければ、当然周囲から白眼視される。

 

『さぁ、メリエル・・・貴女もバリハルト神に命を捧げなさい。贄として、オレノ様の御力の一部となるのです・・・』

 

半ば捕らえられる形で、メリエルは狂気の部屋へと連れていかれた。自分ももう終わりだと絶望しかかった時に、奇跡が起きた。神殿に兵士が駆け込んできた。

 

『大変です!手配中の赤毛の女が乗り込んできました!いま、他の連中を向かわせています!』

 

『来たかっ!儀式は終わりです。皆で、邪神を迎え撃ちましょう!』

 

狂気に目を血走らせながら、オレノは残った神官や騎士を連れて、部屋を出た。部屋には精気を失った死体が山積みされている。メリエルはただ、呆然とするしかなかった。

 

 

 

 

 

ディアンとレイナは、向かってくる兵士たちを無造作で斬っていった。無人の野を歩くように、セリカは神殿へと向かう。

 

『レイナ、斬るのは殺気を向けてくる奴だけにしろ。怯えているのは、徴発された農民や漁民だろう。彼らは打ち据えるだけで良い』

 

元野盗と思わしき男が、下品な言葉を吐きながら斬りかかってくる。レイナは下から上に、剣を振りあげた。男の身体が左右に割れる。セリカはその様子に寒い思いをしていた。今の自分では、ディアンはおろか、このレイナという女性にすら勝てないだろう。人中を捉える正確無比な技と、それを繰り出す圧倒的な力と速度は、およそ人の域ではない。

 

『神殿はすぐそこだな。露払いはここまでだ。セリカ、あとは任せるぞ。行ってこい』

 

セリカは頷き、魔焔から魔力を吸収した。身体が一気に軽くなる。全身に力が漲り、意識が明瞭になる。剣を抜き、セリカは駆けた。神殿へと乗り込む。街の入り口に、複数の気配が出現した。

 

『ディアン、エカティカたちが着いたみたい。これからどうする?』

 

『彼らと合流する。スティンルーラ族としては、歴史に残る戦いなのだろうが、オレにとっては下らん殺し合いだ。さっさと終わらせよう』

 

『そうね・・・少し、嫌な気配も感じるし』

 

ディアンは頷いた。この気配には記憶がある。過去に二度、同じ気配を感じている。三度目はゴメンであった。

 

 

 

 

力を回復させたセリカは、神殿の中を駆け抜けた。騎士たちは驚いて斬りかかってくるが、飛燕剣を駆使して斬り伏せる。奥へと目指す途中で、薄赤い髪をした少女と出くわした。危うく斬りそうになる。殺気が無かったため、首筋の手前で刃を止めた。少女は震えながら、セリカを見る。どこかで会ったような気もするが、覚えていない。

 

『飛燕・・・剣?』

 

『悪いが、お前に構っている暇はない。大司祭は奥だな?』

 

セリカは少女を無視して走った。その後ろ姿を薄赤髪の少女は見つめていた。

 

バタンッ!

 

扉を開けると、上位神官数名と大司祭オレノがいた。だがセリカは名前までは憶えていない。服装から大司祭と判断しただけである。

 

『来たな、呪われし者・・・バリハルト神の寵愛を裏切り、古の神と結託した「神殺しセリカ・シルフィル」!』

 

『・・・俺は望んで神殺しになったわけじゃない。それに、古神というが、アストライアは善良な神だ。古神だからと言って、全てを邪神扱いするのは間違っている!』

 

オレノは首を振った。狂気に満ちた瞳をセリカに向ける。

 

『もはや、救いはありませんね。神格者としての使命を忘れ、邪神の徒となりし者よ。お前を救えるのは、神の雷のみである!』

 

オレノが杖を掲げた。凄まじい雷がセリカを襲った。だがセリカは怯まない。回復した魔力を増幅させ、雷の中を駆ける。上位神官たちを斬り、オレノの片腕を飛ばす。肩で息をしながら、セリカはオレノに剣を突きつけた。

 

『俺はただ、解って欲しいだけだ。アストライアは邪神ではない。サティアは・・・最後まで心優しい、真直ぐな女性だった。なぜそこまで、古神を憎むんだ!』

 

オレノは脂汗を浮かべながらも、口元に歪んだ笑みを浮かべた。

 

『愚かな・・・邪神に取りつかれた者が、自らを間違っていると認識するか?古神は邪神である。それがバリハルト神の教えなのだ!』

 

『何故、それを疑わない!』

 

『私は大司祭だ!バリハルト神の敬虔な信徒が、神を疑うわけが無かろう!』

 

セリカは絶望していた。信仰とは疑わないから信仰なのである。自分がどれほど言っても、目の前の司祭は認めないだろう。およそこの世には、正義と悪の対立など無いのである。自分が信じる正義と、他の誰かが信じる正義の対立なのだ。

 

『う・・・うぁぁぁぁっ!』

 

セリカは剣を揮った。オレノの胸が裂けた。オレノは勝ち誇ったように笑いながら、最後の言葉を残した。

 

『セリカよ・・・お前の未来には希望は無い。絶望も無い。ただ「虚無」が広がるのみだ。お前は、永遠に彷徨うのだ。「神殺し」として・・・バリハルト神よ、どうかこの者に・・救いを・・・』

 

オレノは息絶えた。静まり返った大聖堂の中で、セリカは佇んでいた。

 

『そうだ。遠見の鏡を・・・』

 

隣の部屋に行く。だがそこで目にしたものは、山と積まれた死体であった。正に地獄のような光景である。その中に、小さな命を感じた。懐かしい気配である。セリカは死体を掻き分け、その気配を探した。

 

『姉さんっ!』

 

それは姉のカヤであった。セリカに抱えられたカヤは、薄っすらと目を開けた。その瞳は、かつての狂気は全くなかった。ただ透明で透き通った光だけが浮いていた。

 

『セリカ・・・帰ってきた・・のね』

 

『姉さん!しっかりしてくれ!』

 

『貴方が見えるわ。サティアに・・会えたようね。良かった・・・』

 

カヤの肉体はすっかり冷たくなっている。もはや、命の灯も消えかかっているようだ。

 

『私も・・・貴方に会いたかった。最後に会えて・・・良かった』

 

『逝かないでくれ!死んじゃだめだ!』

 

『貴方が、ここに来るまでを・・・ずっと見ていた・・・遠見の鏡で・・・』

 

『姉さん・・・』

 

『サティアを探していることも・・・神殿を正そうとして来たことも、知ってるわ・・・』

 

『姉さん、もう喋るな!』

 

『セリカ・・・貴方にも解って欲しかった・・・古神の生き方や考え方が悪いんじゃない・・・その存在が「あってはならない」の・・・』

 

セリカは息を飲んだ。死にかけている姉が、なぜそのようなことを言うのか。

 

『貴方は優しい。正しいことも判断できる・・・でも多くの人は、古の女神の力を求めて・・・狂ってしまう』

 

違う、そうじゃない。それは人の心の弱さ故だ。古神だからと言って、災いを呼ぶ存在とするのは間違っている!セリカはそう叫びたかった。だが、姉の瞳から光が消えつつあった。

 

『貴方は、生きて・・・サティアと約束をしたなら・・・それを守ってあげて・・・私からも・・・』

 

『姉さん!守るよ、俺は生きる!生き続ける!けれど、いないんだ。サティアが何処にもいないんだ!サティアの魂は・・・』

 

『サティアは居るわ。それは、手の届かない・・・近くて・・遠いところ・・・』

 

カヤは、セリカの胸に手を当てた。それが最後の力であった。

 

『貴方のーーーに・・・』

 

カヤの灯が消えた。

 

 

 

 

至る所で、剣を交わす音が聞こえる。だがセリカには、どこか遠い音であった。呆然としながら神殿を出たセリカは、港を歩いていた。

 

(姉さんは、何を言おうとしたんだ?「貴方の傍に・・・」どういうことだ?)

 

『違う!俺が求めているのは、そんなことじゃない!』

 

必死になって、現実を否定しようとする。忘れていた事実、認めたくない事実を前に、セリカは首を振った。

 

『サティアは・・・サティアは今も、何処かにいるんだ!必ずいるはずだ!』

 

両膝が崩れ落ちる。セリカは震えながら、自分の両手を見た。手の届かないところとは・・・

 

(俺の心の中にしかいない、ということか?)

 

『嘘だ!嘘だ嘘だ嘘だぁっ!』

 

セリカは叫んだ。

 

『サティアが・・・俺の代わりに死んだだと?魂の場所を明け渡すために・・・そんな、そんなこと・・・』

 

≪事実であろうな・・・≫

 

圧倒的な気配が、目の前に降り立った。

 

 

 

 

 

『な、なんだい?この感じは?』

 

エカティカが身を震わせた。凄まじい「邪」の気配を感じたからである。バリハルト勢力の駆逐はほぼ終わった。後は掃討戦と民衆の慰撫だけである。その矢先に、禍々しい程の気配が出現したのだ。ディアンがエカティカたちを下がらせた。

 

『バラバラに動くな!まず仲間たちを集めて固まれ。負傷者たちの手当てをしながら、この気配が消えるのを待つんだ!レイナ、エカティカたちは任せたぞ!』

 

スティンルーラ族の守護を第一使徒に任せる。ディアンは広場に立って剣を抜いた。だが魔神化はしない。この気配の主の目的が見えなかったからだ。自分なのか、それとも神殺しなのか。ディアンは緊張しながらも、気配の動きを探っていた。

 

『戦うとしたら、ブレニア内海で・・か・・・』

 

ディアンは覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

セリカが見上げると、青い髪をした美しい女が立っていた。静かな瞳で、自分を見下ろしている。セリカは何となく、見覚えがあった。だが名前までは思い出せない。記憶はどんどん失われていく。姉の名前すら、最後まで思い出すことは出来なかったのだ。

 

『お前は・・・誰だ?』

 

≪我を忘れた、と申すか・・・あれ程に熱く交じり合ったというのに、不義理な男よの・・・我は、地の魔神と呼ばれし者・・・≫

 

『地の魔神・・・ハイ・・シェラ・・・そうか、ハイシェラ・・・』

 

金色の夕陽の下で、青髪の女が笑う。

 

≪また記憶が薄れているようじゃの。それとも、余りの悲しみ故に、心が壊れたか?人とは脆いものだの≫

 

『人・・・お前から見たら、俺は・・人に見えるのか?』

 

≪人だの。神の肉体を手にしながら、その力の振り回され、自ら破滅に突き進んだ。信念と、生命力に溢れながら、同時に、脆く、弱く、醜い。正しく人間族だの≫

 

『・・・酷い言い草だ』

 

セリカは自嘲気味に笑った。自分の両手を見る。

 

『この両手は・・・大切な人を守るためにありたかった。人々を守る為に、力を求めていたのに・・・俺はこれから、誰と、誰のために、どうやって戦えばいい?』

 

ハイシェラはただ黙って、セリカを見下ろしていた。

 

『サティアと共に、地上が美しくあるにはどうすればいいかを、探していた。一緒に生きよう、生きていこうと約束をした・・・なのに・・・俺が生きているだけで、この世界に存在するだけで、災いを齎すのか?俺に出会った者は皆、邪気に当てられたように、歪んでいってしまうのか!』

 

セリカは打ちひしがれ、自暴自棄になりつつあった。

 

『俺がいるから・・・悲惨な争いが生まれ、続くのか・・・』

 

≪御主、生きていくのが嫌になったか?≫

 

『・・・・・・俺は、生きると約束をした。だから・・・死ねない。死ぬわけにはいかない。だけど、サティアのいない世界で、俺は・・・生きる意味があるのか?』

 

≪・・・その言葉に、偽わりは無いな?かつて我は、御主の行く末を見てみたいと言った。改めて問う。煉獄の途を歩み続ける意志、今も有りや無しや?≫

 

ハイシェラには、殺気も闘気も無かった。だが瞳には怒りにも似た、激情のようなものが浮かんでいた。

 

≪もし、生きる途を見失い、意志という名の剣が折れたならば・・・眠るが良い。眠りの底で、ゆっくりと考えるが良い・・・御主の進むべき途をな≫

 

『眠る・・・俺は・・・眠っても良いのか?』

 

セリカの中で、何かが崩れた。

 

(サティア・・・済まない・・・君との約束は忘れない。だけど、今は少し、眠っても良いか?)

 

『・・・俺は・・・疲れた・・・』

 

«・・・ならば、癒るりと休むが良い。その肉体は、約束通り、我が貰い受けよう・・・»

 

ハイシェラは、セリカの額に手を置いた。

 

«さらばだ。セリカ・シルフィルよ»

 

眼を閉じた。意識は、そこで途絶えた・・・

 

 

 

 

 

ぞくっ・・・

 

悪寒が走った。ディアンはセリカの気配を探る。だがどこにも見当たらない。そして、新しい気配が生まれていた。邪気と神気が混じったような、これまでに感じたことのない程の力であった。

 

『まさか・・・魔神が・・ハイシェラが、アストライアの肉体を手に入れたのか!』

 

ディアンの頬を汗が伝った。考えられる最悪の組み合わせであった。アストライアは上位の古神である。その肉体を十分に使いこなすには、普通の人間では無理である。魂の成長が足りないからだ。だが魔神が手に入れたとなれば別である。ハイシェラは上位魔神である。アストライアの力を最大限に引き出せるだろう。今の自分でも、勝てないかもしれない。いや、戦えばそこに勝者はいない。三神戦争や七魔神戦争のような、破滅的な破壊が起きる。ディアンは剣を納め、気配を消した。すぐに建物に隠れる。今ここで戦えば、マクルはおろか、ブレニア内海全域に影響が出かねない。

 

『・・・セリカの奴め・・・よりによってハイシェラに肉体を渡すとは・・・』

 

ディアンは歯ぎしりをした。ハイシェラが肉体を手に入れたということは、セリカの魂は駆逐されたか、あるいは眠らされている。どちらにしても、最悪の破壊神の誕生である。こんなことをアストライアが望む筈がない。こんな事態になるのならば、自分が奪っておくべきであった。レイナなグラティナであれば、神の肉体に負けないだろう。

 

『いや・・・これもオレの見通しの甘さか。古の女神の肉体だ。付け狙う者がいて当然だろう。奪わないまでも、保護すべきだった・・・』

 

ディアンは自嘲した。暫く留まっていた「神殺しハイシェラ」の気配は、やがて消えていった。ディアンは安堵の溜め息をついた。

 

 

 

 

ディアンがホッとする少し前、アストライアの肉体を手に入れたハイシェラは、満足の笑みを浮かべていた。ただひたすらに強さを求め、求め続け、ついに究極ともいえる力を手に入れた。あとはこの力を存分に揮う好敵手を見つけるだけである。そして、そのアテは既についていた。先ほどから、自分を待っている強い気配を感じていたからだ。新しい肉体を手に入れ、赤い髪となったハイシェラは笑った。

 

≪クックックッ・・・何と今日は麗しい日よ・・・まさか今日という日に、あの男を見つけるとは・・・うん?≫

 

気配が急に消えた。ハイシェラは内心で焦った。二百五十年近く、別離していた好敵手との邂逅なのだ。新たな肉体を最高の敵との闘いで祝いたかった。逃げられたら、次に見つかる保証はない。

 

≪おのれ・・・逃げるか!ならば、街ごと・・・いや、この大地ごと吹き飛ばしてくれるわ!≫

 

両手に極大純粋魔術を込める。「二つの神核」を持つ肉体は、生み出す魔力も桁違いである。凄まじい破壊が起きようとするのを一つの声が止めた。

 

≪お止めなさい、魔神ハイシェラ・・・貴女の望みを叶える方法を、教えましょう・・・≫

 

ハイシェラが振り返った。神々しい気配を放つ女神が、水の上に立っていた。

 

 

 

第三章:了

 

 

 

 

 

【Epilogue】

 

ディアンは震えるレイナを宥めていた。自分と共に成長を続けてきた第一使徒は、並の魔神よりも強い。かつて自分が苦戦した「魔神アスタロト」でさえも、打ち勝つことが出来るだろう。その第一使徒レイナが、両肩を抱えて震えていたのだ。それ程までに、神殺しハイシェラの気配は畏ろしかった。寝台で愉悦を交えることで、ようやく落ち着いた。

 

『・・・これから、どうなるのかしら?あの魔神、ディアンの姿を見かけたら、きっと襲ってくると思う』

 

『まぁ、その覚悟はしておくさ。だが幸いなことに、ハイシェラは消えた。ターペ=エトフに戻ったら、暫くは大人しくしておこう。この二百年、オレは殆ど魔神になっていないからな。簡単には見つからないさ』

 

背後から手を回し、柔らかな乳房を堪能しながら、ディアンは一つの決心をしていた。魔神ハイシェラに自分の居場所が露見した時・・その時は、ターペ=エトフを去る。あの理想郷を巻き込むわけにはいかない。ディアンの中に、拭い難い不安と焦燥感があった。それを消すように、第一使徒の肉体を貪った。

 

『死体は丁重に弔え!たとえバリハルトの神官であろうと、死者には敬意を払うのだ!』

 

翌朝、バリハルト神殿から死体が運び出され、火葬場へと運ばれた。余りの遺体の量に、燃やさなければ疫病が蔓延しかねないためだ。エカティカが指揮をし、担架で遺体が運び出される。

 

『酷い有様だ・・・神殿は禁忌とされる魔術を駆使してまで、セリカを倒そうとした。バリハルト神がそれを認めたんだ。どうやらバリハルト自身も、古神憎しで狂っているな・・・』

 

ディアンが担架の一台を止め、死体を確認した。黒髪で褐色の肌を持つ若い女性であった。救いなのは、安らかな微笑みが浮かんでいることである。ディアンは瞑目して頷いた。エカティカが声を掛けた。

 

『・・・その遺体だけは、死体の山とは別の場所にあったんだよ。白い布で包まれて、両手を組んで、床の上に横たわっていた。まるで、誰かがそうしたみたいに・・・』

 

エカティカが不思議そうな表情で、言葉を続けた。

 

『誰がやったんだろう?少なくとも、死後「五日」は経っているのに・・・』

 

 

 

 

 

 

 

 




※第三章終了までお付き合いを頂き、有難うございます。中々、更新が進まずに申し訳ありません。第四章は、12月1日より、スタートを予定しています。その前に、何本か外伝をアップしたいと思います。これからも応援、宜しくお願い申し上げます。


【次章予告】

ターペ=エトフに激震が走った。ガンナシア王国が突然、滅亡をしたのである。新たな王となった赤髪の魔神は言った。

≪我は、ターペ=エトフを滅ぼすつもりだ。黄昏の魔神よ、どうする?≫

ケレース地方のみならず、中原を震撼させた「神々の戦い」が始まる。



戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第四章:「ハイシェラ戦争」


Sors immanis
et inanis,
rota tu volubilis,
status malus,
vana salus
semper dissolubilis,
obumbrata
et velata
michi quoque niteris;
nunc per ludum
dorsum nudum
fero tui sceleris.

恐ろしく
虚ろな運命よ
運命の車を廻らし
悪意のもとに
すこやかなるものを病まし
意のままに衰えさせる
影をまとい
ヴェールに隠れ
私を悩まさずにはおかない
では、なす術もなく
汝の非道に
私の裸の背をさらすとしよう・・・
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