戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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外伝:二人の王の対話

ケレース地方は、大きく三つに分割される。ルプートア山脈以西を「西方域」、華鏡の畔からチルス山脈にある冥き途までを「中央域」、チルス山脈北部からレスペレント地方境界までを「東方域」と呼ぶ。このうち、東方域はフェミリンス戦争の影響もあり、それほど繁栄はしていない。ブレアード・カッサレによって生み出された魔物のうち、幾つかが部族集落を形成して住んでいる。ターペ=エトフ最盛期においては、フォア部族が中心的な存在となっていた。

 

一方、中央域は「割拠」の様相を見せている。華鏡の畔「魔神アムドシアス」、トライスメイル「ルーン=エルフ族」の二つは、勢力拡大には消極的であり、西方域を支配するターペ=エトフと友好関係を形成している。魔神アムドシアスは、アヴァタール地方までの街道の治安維持を引き受ける代わりに、ターペ=エトフから衣類、食料などの支援を受けている。トライスメイルにおいても、ターペ=エトフ産の各種産物とエルフ族の医薬品とを交換しており、ターペ=エトフ、華鏡の畔、トライスメイルの三勢力は、互いに持ちつ持たれつつの関係であった。

 

この三勢力とは対象的であったのが、トライスメイルから東側南部を勢力下においていた「ガンナシア王国」と、北部に勢力を広げていた「イソラ王国」である。この二つの国は、建国の思想からして相容れないものであり、軍事的な衝突も繰り返している。ガンナシア王国は、半魔人の王ゾキウを筆頭に、亜人族や闇夜の眷属たちの国となっている。一方、イソラ王国は光神殿を信仰する人間の国である。レスペレント地方でも、人間族と亜人・闇夜の眷属たちとの戦いは続いているが、その勢いには明確な違いがあった。レスペレント地方では人間族の支配力が強いことに対し、ケレース地方では亜人族、闇夜の眷属たちが圧倒的な支配力を持っている。イソラ王国は、イソラの街を中心として十里四方程度を勢力圏にしている程度である。一方、ガンナシア王国は、東はチルス山脈、西はトライスメイルにまで勢力を広げ、南方の森林地帯に輸送路が確立をすると、メルキア王国との交易も始めている。人間族に対しては峻厳極まりないゾキウも、闇夜の眷属には寛容な王であったため、ガンナシア王国はケレース地方で「二番目」に大きな勢力を持っていた。

 

ケレース地方を研究する歴史家たちは、ガンナシア王国の興亡について関心を持つことが多い。記録によれば、ガンナシア王国はターペ=エトフ以前に建国された「ケレース地方初の王国」であった。ゾキウ王の出身については諸説が有るが、最も有力な仮説は「レスペレント地方の出身」とする説である。ガンナシア王国が建国された当時、レスペレント地方はフェミリンス戦争の只中であり、闇夜の眷属や亜人族の多くが、ケレース地方へと逃れている。その多くが、人間族に対して憎悪を抱いていたと推察される。ゾキウ王も、その一人であったと考えられている。

 

ガンナシア王国は、ターペ=エトフと比較すると経済規模は小さなものであったが、チルス山脈に鉱山を拓き、農畜産業を整備し、北華鏡まで道を通すことでオウスト内海沿岸部で塩業を行うなど、衣食住を支える基礎産業は出来上がっていたと言われている。また、ターペ=エトフ歴三十三年に、南方のシュタット森林地帯に街道が拓かれたため、メルキア王国や古の宮との交易が可能となった。メルキア王国の当時の宰相は、ドワーフ族の血を引いた「エルネスト・プラダ」であったため、人間嫌いのゾキウ王も、メルキア王国との交易を認めたと考えられる。

 

ガンナシア王国にとっての生命線は、北華鏡を抜け、オウスト内海沿岸に拓いた「塩業」であった。ルプートア山脈にほど近い場所に幾つかの小屋を建て、亜人族が塩精製を行っている。ターペ=エトフの建国は、ゾキウ王を不安にさせるに十分であったと考えられる。仮に、ルプートア山脈東部に軍を展開すれば、ガンナシア王国の生命線を遮断することも可能であった。だがインドリト・ターペ=エトフは、ガンナシア王国の生命線には一切、触れなかった。ターペ=エトフとガンナシア王国は、直接の交流はなかったが、奇妙な共存関係を形成していたのである。混沌としたケレース地方に誕生した「二人の王」が対面したという記録は、残されていない。

 

 

 

 

 

オメール山の街を出て、逝者の森を抜け、北華鏡から南下する。魔神アムドシアスの招きを受け、ガンナシア王国国王ゾキウは、宰相と護衛三名を連れて、華鏡の畔を目指していた。ガンナシア王国が国家として維持出来ているのは、ゾキウの指導力もあるが、宰相である魔人ケルヴァン・ソリードの力も大きい。今回の対面も、ケルヴァンが外交交渉を行い、設定をしたものである。華鏡の畔で、水晶に魔力を通す。結界が消える。白亜の城では、魔神アムドシアスが自ら出迎えた。

 

『ゾキウ王よ。ようこそ、我が城へ・・・既に、インドリト王は到着をしている。落ち着かれたら、早速、会談を始めよう』

 

『アムドシアス殿、お招きに感謝する。それにしても、実に美しい城ですな。庭園も良い。我が国では見受けられぬ美しさだ』

 

ゾキウに城を褒められ、美を愛する魔神は上機嫌になったようだ。東側の客室に通される。荷を置き、身支度を整える。ゾキウは椅子に座り、水を飲んだ。宰相のケルヴァンが入ってくる。

 

『我が君、ターペ=エトフ王との対談は二刻後でございます。その前に、少しお打ち合わせをしたいのですが』

 

ゾキウは頷いた。

 

 

 

 

 

東側の客室でも、宰相のシュタイフェが、インドリトと打ち合わせをする。

 

『今回の対談は、アムドシアス殿から持ちかけられたものですが、元々は、ガンナシア王国の宰相が画策をしたようです。先方が期待する内容は、ルプートア山脈北東部にある「北華鏡」についてでしょう。ガンナシア王国は、山脈にほど近い沿岸部で、塩を作っています。恐らくはその件ではないかと・・・』

 

インドリトは頷いた。ガンナシア王国では塩が取れない。以前は、イソラの街から運んでいたが、近年では敵対が激しくなり、塩の道が途絶えている。そこで、十年ほど前から北華鏡に道を拓き、ルプートア山脈北東部近郊から塩を運んでいる。ターペ=エトフがその気になれば、遮断することも可能である。だが、インドリトにはそんな意志は無かった。

 

『彼らは別に、ターペ=エトフに踏み入っているわけではありません。遮断をしたところで、我が国が得るものなどありません。ケレース地方には、多くの種族が住んでいます。そのような心の狭いことをする必要はないでしょう』

 

『仰る通りですが、交渉の材料にはなると思います。イソラの街には、マーズテリア神殿があり、我が国とは微妙な関係です。ガンナシア王国に、イソラの街の牽制役を担ってもらうとか・・・』

 

『既に、牽制役を担っています。今更、そのようなことを話す必要はありません。私としては、ゾキウ王と対話が出来れば、それで満足です。ゾキウ王は人間族に憎悪を抱いているそうですね。何故、そのような憎悪を抱くのか、人間族を含めた種族平等の思想は持てないのか、お互いに胸襟を開いて、思うところを語り合いたいと思います』

 

シュタイフェは顎を擦って頷いた。実際、王同士の話し合いとは、そうした「主義、思想」の内容になりやすい。現実的な問題は、宰相同士で話し合えば良いのである。シュタイフェも北華鏡の遮断など必要ないと考えているが、ガンナシア王国との交易の道を作れないかと考えていた。何が得られるかは、まだ不明であったが・・・

 

 

 

 

 

見事な庭園の亭に、五人が揃う。魔神アムドシアスが仲介役となった、ターペ=エトフとガンナシア王国との外交が始まった。ゾキウは、目の前に立つ大柄のドワーフに挨拶をした。

 

『ガンナシア王国国王、ゾキウです』

 

『ターペ=エトフ王国国王、インドリト・ターペ=エトフです』

 

宰相同士も挨拶をする。二人は下り、魔神と国王のみが残る。椅子に座り向かい合う。ゾキウはインドリトの持つ包み込むような気配に目を細めた。インドリトもゾキウを観察する。半魔人であり残酷な王だと聞いていた。イソラでは、「鮮烈なる狂王」と呼ばれているらしい。だが対面をしてみると「狂王」とは思えなかった。確かに猛々しさはあるが、理知的な雰囲気を纏っている。アムドシアス自らが茶を入れる。沈黙の中で茶を一口啜ると、ゾキウから口火を切った。

 

『インドリト王にお尋ねしたい。あなたは何故、王を志されたのか?』

 

インドリトは瞑目して振り返った。十二歳で弟子入りし、北方の地で大魔術師に会い、いつしか自分の中に「志」が形成された。振り返る中で、改めて自分の中で決意していく。

 

『ゾキウ王、私は別に「王」を志したわけではありません。西ケレース地方には、多様な種族が住んでいます。ドワーフ族、獣人族、龍人族、ヴァリ=エルフ族、イルビット族、悪魔族、人間族・・・それだけではありません。森には魔獣の縄張りがあり、北方からは渡り鳥も来ます。川には鮎が昇ってきます。西ケレース地方に住む皆が、生を謳歌するためには、そこに統一国家が必要だと考えたのです。光も闇も関係なく、人間も亜人も闇夜の眷属も関係の無い国・・・全てが公平に扱われ、互いに尊重し合う国・・・遠い遠い理想ですが、それを実現するための手段として、私は「王」という途を選択しました』

 

『確かに、夢ですな。貴方以外の者が語ったのなら、私は「世迷言」と笑うでしょう。だが貴方はその途を・・・「理想への途」を歩み続け、実現しつつある』

 

『私からもお尋ねします。ゾキウ王は何故、ガンナシア王国を建国されたのですか?』

 

『フム・・・』

 

ゾキウは遠い目をした。

 

『全ての始まりは、姫神フェミリンスの出現からであった。私は魔人の父と、人間族の母と共に、現在のカルッシャ王国の外れにある小さな集落で、平和に暮らしていた。父は魔人と言っても、集落を護る戦士であった。当時はレスペレント地方に野盗などが多く出現していたが、父の手によって、集落は守られていた。だが、姫神フェミリンスの出現によって、我が家の平穏は突如として崩れた・・・』

 

ゾキウの瞳には怒りは無い。むしろ哀しみすら滲んでいた。

 

『母は光側の現神を信仰していたが、それほど熱心だったというわけではない。父に至っては、自分を護るのは自分だけ、という考え方を持っていた。だが、姫神フェミリンスへの信仰が、カルッシャ王国の中で急速に広がった。集落にも神官がやってきて、母はアッサリとフェミリンスを信仰するようになった・・・それからだ。我が家では口論が絶えなくなった。フェミリンスは人間しか認めない教えだ。父は魔人、私は半魔人だ。フェミリンスから見れば、私たちは人間に仇為す存在でしか無い。その思想は、母にも影響を与えた。フェミリンス信仰は、やがて「狂信」とも言える様相を呈してきた。カルッシャ王国内に住む多くの亜人族、闇夜の眷属たちは迫害され、土地を追われた。集落を守護していた父も例外ではなかった。集落の者の中には、父や私を庇おうとしてくれる者もいたが、そこに神殿の騎士たちが来た。手引をしたのは、母親であった・・・』

 

インドリトは黙ってゾキウの話を聞き続けた。ゾキウは語り続けた。

 

『父と私は、集落を追放され、東へ、東へと逃げた。その道中で、私は見た。人間族の残酷さを・・・殺戮、破壊、陵辱・・・私は母を憎んだ。そして母を誑かしたフェミリンスを憎んだ。フェミリンスを生み出した、現神たちを憎んだ。そして、現神たちを信仰する人間族を憎んだ。だが、憎悪に燃える私に、父は言った。「母は悪くない。人間は心弱き存在だ。母の心中の何処かに、弱さがあったのだ。夫として、自分はそれに気づくことが出来なかった。母の心の隙間を満たしてやることが出来なかった。母は自らの意志でフェミリンスを信仰した。だが、その信仰に追いやったのは私なのだ」・・・幼かった当時の私は、父の言葉が理解できなかった。フェミリンスに率いられた人間族と戦い、父は死んだ。私は憎悪を抱いたまま、ケレース地方へと逃げた。ちょうど入れ替わりであったな。私がケレース地方に逃げたのと同時期に、大魔術師がレスペレント地方に出現し、フェミリンス戦争が始まったのだ・・・』

 

インドリトは、ゾキウの立場に自分を重ねた。生まれた土地と時期が悪かった。そう言ってしまえば、それまでだろう。だがもし自分がゾキウの立場であったら、同じように憎悪の塊になったかもしれない。憎しみは、更なる憎しみを生み出す。理屈では解っていても、人の感情というものは理屈で処理できるものでは無い。ゾキウは遠くを見つめていた眼をインドリトに向けた。

 

『先程の問い、私が何故、ガンナシア王国を建国したかということだが、答えは「姫神フェミリンスを滅ぼすため」だ』

 

『ですが、フェミリンスは・・・』

 

『そうだ。フェミリンスは既に滅んだ。だが国家は在る。ガンナシア王国を頼って、レスペレント地方や西方諸国から、悪魔族や闇夜の眷属たちが逃げてくる。船で来る者、徒歩で来る者・・・インドリト王も解るであろう。彼らの辛さが』

 

インドリトは頷いた。西方諸国を逃れ、小さな舟でオウスト内海を渡り、辛うじてフレイシア湾に辿り着いた闇夜の眷属たちを見た時に、インドリトは衝撃を受けた。手足は痩せ細り、飢えのために腹は突き出た状態になっていた。怒りで拳を震わせていた師の姿を覚えている。

 

『ガンナシア王国が未だにあるのは、闇夜の眷属たちが安心して暮らせる土地を作りたいからだ。弱き民たちが、差別をされず、飢えること無く、幸福に暮らせる土地・・・それが、ガンナシア王国の存在理由だ』

 

『それは、ターペ=エトフと・・・』

 

『同じではない。貴国と我が国では、決定的に違う点が在る。貴国では、人間族が生きている。だがガンナシア王国では違う。人間族は追放する。既に土地を徐々に広げている。いずれ、イソラの街も飲み込み、東ケレース地方から、人間族を一掃してくれよう』

 

インドリトは首を振った。途中までは共感できる部分も多かった。だがやはり、自分とは根本が違っている。

 

『ゾキウ王、貴方は自分がされたことと同じことを、人間族にしようとしています。差別する、迫害する、土地を追う・・・それらは全て、レスペレント地方で人間族から貴方が受けたことではありませんか?その仕返しとして、同じことをしてしまっては、結局は憎しみの連鎖は止まりません』

 

『止める必要はない。止まることも無い。このディル=リフィーナ世界に、人間族は不要なのだ!奴らがいる限り、憎悪の連鎖は永遠に続くぞ!』

 

「美を愛する魔神」の存在を忘れ、二人の理想が衝突した。

 

 

 

 

 

『二人共、アツくなっていないと良いですけどねぇ~ どうせ熱くなるのなら、美女を相手にアソコを熱くさせた方が良いのにねぇ~』

 

シュタイフェは下品な冗談を言いながら、控室で茶を啜った。ガンナシア王国宰相ケルヴァン・ソリードは、変態魔人の言葉を無視し、シュタイフェに尋ねた。

 

『シュタイフェ殿、ターペ=エトフは豊かで、軍も強いと聞いています。領土を拡大するという意志は無いのですか?』

 

シュタイフェはポカンとした表情を浮かべた後、笑い始めた。

 

『ヒッヒッヒッ・・・インドリト様の中に、領土拡大なんて意志はコレっぽっちも無いでしょうな。ターペ=エトフは国土こそ広いですが、人はそれほど多くありません。領土を拡大したところで現実的に統治できないでしょうねぇ』

 

『私は、ゾキウ様にお仕えして以来、ターペ=エトフという国を注視してきました。ターペ=エトフは、「ターペ=エトフのみの繁栄」を目指している、私はそう感じました。なるほど、確かにターペ=エトフの国民は豊かに、平和に暮らしているのでしょう。ですが、その外では迫害され、苦しんでいる者たちが多くいるのです。国土を広げ、それらを救おうとは思わないのですか?』

 

シュタイフェは眼を細めて、ケルヴァンを見つめた。ケルヴァンの瞳には、ある種の「怒り」が浮かんでいた。シュタイフェは首を振った。

 

『ケルヴァン殿、ターペ=エトフは信仰の自由な国でヤス。これはどのような意味かお解りでしょうか?「自分を絶対の正義」と考えないということでヤス。確かに、闇夜の眷属であるアッシから見れば、カルッシャやフレスラントの連中は「悪」です。南にあるレウィニア神権国に対してでさえ、アッシは文句を持ってまさぁ。ですが、カルッシャやフレスラントから見れば、アッシら闇夜の眷属が「悪」なんです。何が正しいのか、何が正義なのかは、立場によって変わる。これがターペ=エトフの基本思想でさぁ。そう考えないと、種族を超えた平和なんて、実現できません』

 

『理屈は解ります。ですが、相反する思想が共存できるとは思えません。時として、剣を握り、相手の正義を打ち砕くことも必要なのではありませんか?率直に申し上げましょう。今回の対談で我が国が貴国に申し入れたいのは、軍事同盟です。共にイソラ王国を滅ぼし、北華鏡を国境として、ケレース地方を分割統治しませんか?貴国には、我が国の通行の自由を認めます。メルキア王国やグンモルフ地方への交易の道も拓けるでしょう』

 

シュタイフェは顎をさすった。確かにケルヴァンの提案を受け入れれば、ターペ=エトフが更に発展する可能性はある。だが、インドリト王がそんな提案を受け入れるとは思えなかった。第一、イソラ王国を滅ぼせば、ターペ=エトフは西方光神殿勢力と全面的な対立となる。その圧力を最初に受けるのは、西ケレース地方にあるターペ=エトフなのである。シュタイフェは首を振った。

 

『申し訳ありませんが、得られるモノより失うモノの方が大きそうですな。ターペ=エトフは西方光神殿とも、それなりに上手くやっているのです。貴国は人間族の滅亡を目指していらっしゃるから、光神殿との敵対は織り込み済みでしょう。ですが、貴国の「憎悪」に、ターペ=エトフを巻き込まないで頂きたい』

 

『なるほど、インドリト王と貴方には、そうした憎悪は無いのでしょう。ですが、ターペ=エトフにも、闇夜の眷属が多いと聞いています。カルッシャ、フレスラント、あるいはバリハルト神殿が統治するセアール地方から逃れてきた者たちも多いでしょう。彼らはどうでしょうか?いや、そもそもシュタイフェ殿はレスペレント地方のご出身と聞いています。ならば貴方も見ているはずです。人間族の非道を!』

 

シュタイフェは真顔になった。ゾキウ王も、眼の前にいる宰相ケルヴァンも、人間族に対する憎悪で燃え盛っている。憎悪のままに、人間族を蹂躙し、滅ぼそうとしている。「恋は盲目」という言葉があるが、それは憎悪にも言える。彼らは憎悪によって、盲目になっている。「鮮烈なる狂王」とは「憎悪に狂った王」のことなのだろう。この連中と付き合うのは危険だ。憎悪という感情には「感染力」がある。シュタイフェは首を振った。

 

『ケルヴァン殿、確かにアッシはレスペレント地方出身でさぁ。人間族に迫害された亜人族や闇夜の眷属たちを嫌って程に見ましたよ。ですがね、あのフェミリンス戦争で、彼らを救ったのは誰ですか?エルフ?ドワーフ?魔族?いや、人間族「ブレアード」なですよ。確かに人間族を憎む者は多い。復讐を胸に秘めた者たちも大勢いるでしょう。ですが同時に、人間族に助けられた、救われたって感謝する者もいるんですよ』

 

『それは例外ではありませんか?万の災厄の中で生まれた、一つの例外にしか過ぎないように思いますが?』

 

『そうでしょうかね?アッシらが住む西ケレース地方では、ごく当たり前に見られますよ?怪我をした獣人の子供を人間族の大人が背負って、集落まで運んできた、なんて話も聞きます。アッシらの土地では、亜人族や闇夜の眷属を差別する人間族なんて、それこそ例外中の例外です。要は「先入観」なんですよ。正しい知識の下で、共に暮らし、共に働き、共に笑い合えば、人間族とも十分に、共存できると思いヤスがねぇ』

 

ケルヴァンは暫く沈黙をした後に、呟いた。

 

『やはり、貴国とは相容れませんな・・・』

 

 

 

 

 

『双方が互いに胸襟を開き、忌憚なき意見の交換が出来たと思う。我としてはこれを機に、ターペ=エトフ、華鏡の畔、ガンナシア王国の三者間交易を実現できたらと考えておるのだが?』

 

晩餐会の席上、魔神アムドシアスは上機嫌な様子で三点交易の構想を語った。これには、インドリトもゾキウも苦笑するしか無かった。あの会話の何処に「友好的交易関係」の可能性があるというのか。シュタイフェが下手に出ながら、先送りを図る。

 

『アッシらと致しましても、友好国が増えることは、喜ばしいことで御座いヤす。ただ、ガンナシア王国とは本日初めて、こうして外交の場を持ったばかり・・・暫くはお互いの理解を深め合う必要があるのでは・・・』

 

シュタイフェは迂遠な言い方をしたが、ケルヴァンは率直に切り出した。

 

『シュタイフェ殿と話をして確信をしました。ガンナシア王国とターペ=エトフとでは、国家としての在り方、思想そのものに違いがあり、これは歩み寄る余地は無いと考えます。ターペ=エトフと交流を持てば、我が国の国体そのものに影響が出かねません。行商人を通じた交易程度ならまだしも、国民の双方向の行き来は、両国にとって得よりも損の方が大きいと考えます』

 

『全く・・・お主らは「麗しい調和」というものを求めないのか?』

 

アムドシアスは溜息をついた。アムドシアスとしては、両国の中間点である華鏡の畔に交易地点を設けることで、より多くの利益を得るとともに、東西の美術品を収集しやすくしようと考えていたのである。無論、そんなことは他の四名にはお見通しである。三者皆に利益があるのならともかく、現時点では両国の交流は極めて難しいことは明白であった。インドリトは口元を拭って、ゾキウに語りかけた。

 

『ターペ=エトフでは、様々な考え方を認めています。ゾキウ王が「人間族とは相容れない」とお考えになるのは自由です。そうした考えを持つに至った事情も、理解しました。ですがターペ=エトフでは、人間族もまた、国民として受け入れ、互いに認めあって生活をしています。ガンナシア王国の在り方を否定するつもりはありませんが、相容れない部分については、互いに触れないほうが良いでしょう・・・』

 

『残念ながら、そのようですな。貴殿と私とでは、出発地点が違いすぎる。目指す世界も異なる。互いの領分の中で、別々に生きたほうが良いだろう・・・』

 

『北華鏡にある「塩業村」については、我が国は一切、触れるつもりはありません。ターペ=エトフの国土はルプートア山脈までです。外敵が来ない限り、ターペ=エトフが北華鏡で活動することはありません』

 

ゾキウは頷いた。そして懐かしそうに呟く。

 

『もう随分と昔になるか・・・ガンナシア王国に魔神が尋ねてきたことがあった。人間族、ヴァリ=エルフ族、飛天魔族の女三人を連れてな。私はその男を誘った。「ガンナシア王国に力を貸せ」とな。だが男は拒絶した。インドリト王と言葉を交わして、何故か、その魔神のことを思い出した』

 

インドリトもシュタイフェも黙ったままであった。無論、その魔神には心当たりがある。だがここで話す必要は無いことであった。ゾキウは暫し、遠い目をした後に、インドリトに顔を向けた。

 

『インドリト王に一つだけ頼みがある。ガンナシア王国では、人間族は受け入れぬ。たとえそれが、闇の現神を信仰する者であってもだ。だが、彼らも生きていかねばならぬ。貴国で受け入れてくれると、有り難い』

 

『理解りました。お引き受けしましょう・・・』

 

インドリトはニッコリと笑い、ゾキウに手を差し伸べた。ゾキウも頷く。互いに手を握り合う。ケレース地方に登場した「二人の王」の対談は、こうして終わった。

 

 

 

 

 

『先生が言われた通り、ゾキウ王は人間族に憎悪を抱いていました。ですが、そこまで激しいというものではありませんでした。むしろ、憎悪に縛られているとさえ、感じました』

 

華鏡の畔から戻ったインドリトは、その足で魔神亭に寄った。ガンナシア王国との接触について、師に状況を伝えるためである。ディアンは暫く考え、自分の推測を語った。

 

『憎悪を抱き続けるというのは、疲れることなのだ。ターペ=エトフの話を聞いて、ゾキウにも思うところがあったのだろう。だが、国王であっても、国是を変えることは容易ではない。ガンナシア王国は人間族を否定するところから始まっている。ゾキウは「国是」に縛られているのではないか?人間族が憎いのではなく、憎いと思い込もうとしているのだ』

 

『何だか、可哀想ですね・・・』

 

『アッシとしては、むしろ宰相の方が気になりヤすね。ケルヴァンという御仁は、それはそれは、相当な憎しみを持っているようで・・・』

 

『現状の認識や政策で、王と宰相の間に意見の相違があるのは構わないのだ。だが、国を率いる者として「理想」そのものに違いが生まれた時、それは修正不可能な溝を発生させる。将来、ガンナシア王国に分裂が起きるかも知れんな・・・』

 

インドリトは悪戯っぽく笑みを浮かべて、シュタイフェに尋ねた。

 

『シュタイフェ・・・国王として尋ねるが、宰相シュタイフェの理想とする国家像は何だ?』

 

シュタイフェは深刻に考える「素振り」を見せた。だが実際のところ、真面目に考えているわけではない。案の定、笑い始めた。

 

『ヒッヒッヒッ・・・アッシの理想とする国家なんて決まってまさぁ~ 魔人であるアッシが住みやすい国でさぁ。みんなが笑顔で暮らしていて、美味い飯と美味い酒とイイ女が居て、休日にパコパコできればそれで・・・グヘェッ!』

 

グラティナが変態魔人の後頭部を叩いた。皆が笑った。

 

 

 

 

 

自宅に戻った魔人ケルヴァン・ソリードは溜息をついた。近年、少しずつゾキウ王が変質をしてきている。恐怖を持ってケレース地方を治めるというような、溢れるほどの「憎悪」が薄らいでいる。ケルヴァンは、それが不満だった。王は下を見る必要など無いのだ。それは宰相である自分がやれば良い。王は、ただひたすらに理想を追いかける。追い続けるものだ。その姿勢は一貫しなければならない。王が迷えば、後ろに付いていく者たちも皆、迷うからである。

 

『王よ・・・世迷言などお気に留められるな。貴方様はただひたすらに、侵略と支配をされれば良いのだ。人間族を滅ぼし、恐怖の魔王として地上に君臨されれば良い・・・もし、その決意を翻されるのであれば・・・』

 

ケルヴァンは沈黙したままであった。

 

 

 

 

 

ターペ=エトフ歴二百四十一年、ガンナシア王国はただ一柱の「魔神」によって滅ぼされる。二百数十年間続いた「奇妙な均衡状態」は終焉し、ケレース地方は激動期へと突入するのである。イソラ王国やメルキア王国に残されている史料によれば、ガンナシア王国はターペ=エトフ程には豊かではなかったが、メルキア王国、北ケレース地方、グンモルフ地方への交易路を持ち、それなりの繁栄をしていたと考えられる。半魔人の王ゾキウは、魔神に匹敵するほどの武勇を持ち、マーズテリア神殿聖騎士とも五分で戦ったとも記録されている。それ程の力を持っていた王国が、僅か一日で、しかもただ一柱の魔神によって滅ぼされた原因は何だったのか。魔神の力がそれ程に強かったと唱える者もいれば、宰相が国王を裏切ったとする説もある。ガンナシア王国が存在した「オメール山」は、トライスメイルのエルフ族によって封印されているため、王国跡の発掘調査は、後世においても進んでいない・・・

 

 

 

 

 


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