戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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外伝:ファーミシルス元帥の憂鬱

ターペ=エトフについての記録は、レウィニア神権国やスティンルーラ女王国に残されているが、「軍隊」についての記録は殆ど無い。これは、ターペ=エトフそのものが天険の要害に囲まれていたため、その歴史の中で戦争をしたことが少なかったことが原因である。その中で、ターペ=エトフ軍について唯一に近い情報が、イソラ王国に残されている。ターペ=エトフ歴二百四十九年に起きた「第一次ハイシェラ戦争」において、方向を見失ったためにイソラ王国領に迷い込み、捕らえられたターペ=エトフ軍獣人族戦士「ガルーオ」の記録である。

 

ガルーオは、屈強な肉体を持つ戦士で、イソラ王国軍も捕らえることに苦心をしたが、生け捕られた後は、ターペ=エトフ軍については詳しく証言をしている。証言をしなかったら帰さないという脅迫も理由ではあるが、軍内部において「秘密保護」の徹底が無かったためである。ガルーオの証言と持ち物を詳しく分析したマーズテリア神殿騎士の記録が残っている。

 

・・・ターペ=エトフはドワーフ族の王を戴いている。そのため、その軍が持つ装備などは、相当な質であろうことは想像されていた。ガルーオが持っていた武器を調べた結果、その想像はある部分では事実であった。ガルーオの剣は名剣と呼べるほどに鋭く、他の二本の短剣も逸品である。鎧は軽く、それでいて強靭なものであった。だが何よりも驚いたのは、彼が携帯をしていた「糧食」である。マーズテリア神殿においても、小麦を焼き固めた「堅麺麭」や「干し肉」などは携帯する場合があるが、ターペ=エトフの携帯糧食は、軽量で食べやすく、味も良好であった。この製法については、ガルーオも知らないようであったが、彼は三日分を携帯していたため、ルプートア山脈から遠く離れたこの地まで、辿り着くことが出来たのである。ガルーオはただの一兵卒に過ぎず、ターペ=エトフ軍の機構や訓練内容などは部分的にしか理解らなかった。だがそれでも十分に、参考になる情報を得ることが出来た・・・

 

ガルーオはイソラ王国で一ヶ月間程、取り調べを受けた上で、ターペ=エトフに帰還を許されている。彼のその後については、不明のままである。

 

 

 

 

 

ターペ=エトフ歴十五年に起きた北華鏡会戦は、ともすると「無駄」と考えられていたターペ=エトフ軍の存在を見直す機会となった。規模は二千名に拡大され、武器等の装備も強化されることになった。ファーミシルスは国務次官を通じて、書類仕事を得意とする「軍官僚」を数名確保し、予算管理や兵士たちへの給金支給などを任せている。ソフィアが鍛えた官僚たちは優秀であったが、彼らをしても解決できない問題があった。ファーミシルスは悩んだ挙句、ある男を訪ねた。

 

『いらっしゃいま・・・』

 

獣人族の給仕が目を丸くする。それまで騒がしかった店内が、一斉に静まり返った。魔神亭の入り口には、六翼を持つ美しき飛天魔族ファーミシルスが立っていた。ファーミシルスはプレメルでも有名人である。何と言っても、先の戦勝の立役者なのだ。飛天魔族の力を証明し、ターペ=エトフに棲む魔族たちからも一目を置かれている。

 

『店主ディアン・ケヒト殿に用があってきたのだ。時間をもらえまいか?』

 

『は、ハイィッ!』

 

給仕は背筋を伸ばして返答をした。対面席に立って硝子杯を磨いていた店主は、苦笑いをして頷いた。銀髪の用心棒が、ファーミシルスを二階へと案内した。

 

 

 

 

 

『全く・・・オレに頼みがあるのなら、家に来れば良いではないか。レイナもティナも、お前が来れば喜ぶんだぞ?』

 

『今回は、ターペ=エトフ軍の元帥として、魔神亭に依頼があって来たのだ。公私を混同するわけにはいかん』

 

腸詰肉を頬張り、エール麦酒を飲む。レイナやグラティナは、用心棒役があるので部屋には来ない。閉店をしたら、三人で飲むのだろう。一通りの近況を話し合った後、ファーミシルスの相談事が始まった。

 

『実は、先の戦で一つの課題が見えてきたのだ。我が軍は、平時においては糧食も豊かで、皆も満足をしている。だが、あのような野戦では、温かい飯など取る時間はない。今回は半日で終わった戦だが、もし数日間、数週間に渡る戦闘となれば、兵士たちが飢えることになる。そこで、兵士一人ひとりが携帯できる「非常食」が必要だと思うのだ』

 

『「野戦糧食」だな。レウィニア神権国の軍では、堅麺麭と干し肉、水が携帯食とされているそうだ。オレも堅麺麭を見たことがあるが、アレは確かに問題だな。堅すぎて食えん』

 

『そうだ。私も自分なりに調べてみたが、堅すぎる上に味も良くない。軽く、小さく、保存が出来、栄養もあり、そして美味い携帯食が必要なのだ』

 

ディアンは顎を撫でて考えた。野戦糧食は軍においては必須の装備である。レウィニア神権国のみならず、メルキア王国や東方の龍國でも、野戦糧食は存在していた。龍國では「焼き固めた米」であったが、ディアンの口には合わなかった。自分の前世では、科学が進歩をしていたため、そうした野戦糧食も進んでいたが、この世界で実現するのは無理である。缶詰すら作れないのが、ディル=リフィーナなのだ。

 

『野戦糧食の開発・・・それが魔神亭への依頼だな?』

 

『そうだ。あと、これは言い難いのだが・・・』

 

『カネか?そんなモノはいらん。要するに「新しい料理(レシピ)を作れ」という依頼だろう?オレの趣味の範囲だ』

 

『助かる!兵士が増えたせいで、武器類に予算が取られているのだ』

 

ファーミシルスは顔を輝かせた。

 

 

 

 

 

休店日に、ディアンは自宅の厨房に立った。机の上に材料が並べられる。

 

『さて・・・レウィニア神権国の野戦糧食は、ファーミシルスが出した条件の中で四つは満たしている。軽く、小さく、栄養があり、長期保存が出来る。だが、食べ難く味も悪い。この点を改良すれば良い・・・』

 

厨房には誰もいない。「ギムリ」の子供だけである。「ドリー」と名付けたレブルドルの赤子は、ディアンから何かを貰えると期待して座っている。ディアンは早速、卵を割って卵黄と卵白とを分けた。卵黄は醤油を入れた器に入れる。店の先付けで使う予定だ。卵白を泡立てる。ツノが立つまで泡立て、小麦粉、蜂蜜、塩を少々、加える。生地を練り上げ、ある程度の厚さまで伸ばす。縦一寸、横二寸の大きさで切っていく。オリーブ油を馴染ませた鉄板に並べ、庭の石窯に入れる。

 

『ある程度の高温でジックリ焼くことで、水分を飛ばす・・・約半刻程度か?』

 

その間に、別の方法も試す。卵白ではなく、麺麭種を使って発酵させ、生地を作る。通常の麺麭は二次発酵まで行うが、一次発酵で止める。同じように蜂蜜と塩を練り込み、焼く。最初に入れた試験品が焼きあがった。

 

『ドリー、食べてみろ』

 

ポイッと投げると、ドリーが飛び上がって口に加える。カリカリと音を立てながら食べる。ディアンも一口、齧ってみた。堅麺麭ほどではないが、それなりに堅い。一人あたりの分量を決め、原価を計算する。そうするうちに、発酵させたほうが焼きあがった。同じようにドリーに投げ与える。自分も食べてみる。最初よりもより噛みやすくなっている。発酵させたためだろう。

 

『フム・・・卵を使わない分、原価は安くなる。だが日持ちをするかどうかだが・・・』

 

ディアンは油紙を取り出し、自作した堅麺麭を包んだ。帯革に付ける革袋に入れる。だがディアンは首を傾げた。通常の革袋では大きすぎて戦闘時の邪魔になる。

 

『野戦糧食用の袋を開発したほうが良いかもな・・・』

 

ブツブツと独り言を呟く主人の横で、ドリーは残った試作品をバリバリと食べていた。

 

 

 

 

 

ターペ=エトフの練兵場は大きく三箇所にある。プレメル郊外、ケテ海峡周辺、そしてルプートア山脈東部である。プレメル郊外では、主に新兵を訓練している。基礎体力と集団行動を身に付けることが目的だ。ディアンは試作品を持って、ファーミシルスを訪れた。新兵同士の模擬戦を行う予定があると聞き、実効性をためそうと考えたのだ。

 

『この箱のようなものは、牛革で出来ている。表面に蝋を塗ることで、防水性を持たせた。この中に、油紙で包んだ試作品を入れる・・・』

 

蜂蜜を入れた甘めの堅麺麭と、乾酪と刻んだ干し肉を混ぜた堅麺麭の二種類を用意している。それぞれを油紙で包み、牛革のケースに入れる。密着しているため、泥などが入る心配は無い。それを帯革につける。水が入った袋は、背中に回し、固定する。

 

『この姿で、模擬戦をやってみてくれ。動き難くないか、内容物は砕けないか、などの検証が必要だ』

 

試験として十名に持たせ、模擬戦が始まる。百名ずつが陣形を取る。木盾と木刀を使い、互いの旗を奪い合う。かなり激しい動きだ。四刻後に一時中断をし、様子を見る。十名から動きやすさなどを確認する。堅麺麭は砕けてはいないが、取り出し易さに難があった。また背中に背負った水袋は、飲むためには一々、降ろさなければならず、実用性に欠ける。ファーミシルスの中では許容範囲のようだが、ディアンが否定した。

 

『糧食のために命を落とすことがあってはならない。動きの邪魔をせずに、手軽に食事と水分補給が出来るように工夫すべきだ。装備品をもう一度、見直そう・・・』

 

呟きながら、紙に書きつけていく。ディアンのこうした「気質」には、ファーミシルスも半ば、呆れていた。

 

 

 

 

 

ディアンの試作は五度に渡って続いた。ファーミシルスも試作品の試験に合わせて、夜間行軍などの訓練を行っている。ディアンも行軍に参加し、実際に自分で試す。魔獣レブルドルに跨る「騎獣隊」と徒歩の歩兵とでは、携帯の形も変えるべきであった。それぞれの種族の「体型」にも合わせなければならない。こうしたディアンの姿勢は、軍官僚たちを刺激した。イルビット族の協力を得て、補給および糧食内容、装備についての研究が始まる。それは鎧や武器の形状にまで至った。

 

『派手な鎧などは必要ない。軽く、しなやかで、丈夫で、防御力に富んだ実用的な鎧が必要だ』

 

『悪魔族の場合、背中の翼を考慮せねばならぬ。着脱の仕方からして、普通の鎧では無理だろう。それでいて、いざという時には、独りでも外せる鎧でなければならん』

 

軍で使用する道具を細かく挙げ、一つずつを検証する。ファーミシルスはディアンに感謝をしつつも、半分は後悔していた。ここまで大事にするつもりは無かったからである。糧食の改善という小さな取り組みは、やがて軍全体にまで影響を及ぼす程になってしまった。ファーミシルスは、思わず溜息をついた。助言者として会議に出席をしていたディアンが、意見を出した。

 

『要するに「カネ」だ。カネの問題なんだ。予算が決定的に足りん。良し、オレがシュタイフェに掛け合ってやる。予算を増やさなかったら、魔神亭を出入り禁止にするとな』

 

無論、これは冗談であるが、ファーミシルスは慌てて止めた。財政が豊かなターペ=エトフなら、きちんと筋道を立てて申請をすれば、予算は下りる。ディアンは頷き、壁に貼られた紙に、予算申請の理由を書き並べていった。それはファーミシルスでさえ、顔を青ざめさせるほどに、破滅的な危険性を説いたものであった。

 

『・・・セアール地方のバリハルト神殿、カルッシャおよびフレスラント、イソラ王国の四大連合が形成された場合、その総兵力はおよそ十万とも考えらる。それが起きる可能性は、先の戦争から見ても、決して小さなものではない。さらにここに、マーズテリア神殿および西方の光神殿が加われば・・・』

 

『ディアン、もういい!これ以上、そんな恐ろしいことは考えないでくれ!』

 

『ふむ・・・我ながら中々の脅迫文だ。シュタイフェが顔を青くするザマが目に浮かぶ・・・いや、アイツは元々、青いか』

 

『こんな事態が発生したら、ターペ=エトフは本当に存亡の危機だぞ?ディアンの話を聞いていると、本当に起きそうだ・・・』

 

『まぁ、実際には、可能性は限りなく皆無だ。こんな大連合の形成は、余程の政治力がなければ無理だ。いや、そもそも政治では無理だな。それこそ現神自身が働きかけない限り、無理だろ』

 

皆が身震いする中、ディアンは愉快そうに笑った。二週間後、ディアン・ケヒト原作のこの「脅迫文」は、元老院に回され、半ば狂乱状態になった。インドリトが笑いながら可能性を否定して、その場は落ち着いたが、軍の予算を大幅に増やすことが、全会一致で決定された。

 

 

 

 

 

イソラ王国に残されたガルーオの記録は、絵図なども入った詳細なものであった。神殿騎士の記録にはこのようにある。

 

・・・戦闘において、頭を悩ませるのが「水袋」である。革の水袋などを背負い、闘うのが通常だが、ターペ=エトフの水袋には、弾力性のある細い管がつながっており、その管は口元まで続いている。兵士たちは水袋を下ろすこと無く、闘いながら水を飲むことが出来るのである。これにより、戦闘力は格段に向上すると思われる。この管は獣の「腸」で出来ていると思われるが、具体的な製法についてはガルーオも知らないそうである。マーズテリア神殿総本山に送り、分析する価値があると思われる・・・

 

ハイシェラ戦争時、ターペ=エトフは全軍でも四千名程度であったと言われている。倍以上の敵軍を相手に互角以上に闘うことが出来たのは、こうした先端装備が大きいと言われている。

 

 

 

 


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