戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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外伝:魔神亭物語

ラウルバーシュ大陸には、各地に様々な文化、伝統が息づいているが、国家形成期以前は、各地にそれぞれ独立して存在しているだけであった。アヴァタール地方にレウィニア神権国やメルキア王国が誕生して以降、人の行き来が盛んになり、それに伴って文化は融合し、新しい技術が生み出された。国家形成期以前と比較をすると、農工業の生産性は確実に向上し、そして向上し続けている。

 

その中で、傑出した生産性を持っていたのが「ターペ=エトフ」である。単位面積当たりの収穫量や鉱業生産量、物流の費用など、産業のあらゆる面で、ターペ=エトフは隔世の生産力を持ち、当時のラウルバーシュ大陸で最も豊かな国家となっていた。ターペ=エトフがこれほどの生産力を持った背景には、無論、魔導技術も大きな貢献をしているが、イルビット族の研究成果を見逃すわけにはいかない。ターペ=エトフは、イルビット族を厚遇し、その研究成果を活かすことで、各産業を発展させたのである。

 

セアール地方とケレース地方の境で、ひっそりと暮らしていたイルビット族たちは、ターペ=エトフ建国に伴い、プレメルに移住をした。賢王インドリト・ターペ=エトフは「知識が持つ可能性」に早くから目を付け、建国元年と同時に、プレメルに図書館を建設、古今東西のあらゆる書籍を「国家規模」で集め始めた。また、図書館内にイルビット族たちの研究室を設置し、イルビット族のみを特例として、図書館内で夜を過ごすことを認めたのである。長寿であり、研究熱心なイルビット族たちは、賢王の計らいに感謝をしつつ、自分の興味のある分野の研究に没頭した。レウィニア神権国プレメル駐在官の記録では、その研究範囲はあらゆる分野に及び、農業、漁業、鉱工業などの一次作業や、車輪や歯車といった物理・数学の分野、医療製薬の分野、哲学や宗教学といった、他国では研究困難な分野まで、およそ考えられる全ての分野に研究が及んでいたのである。

 

・・・ナーサティア神殿は、その名こそ広く知られているものの、神殿規模そのものは決して大きくない。西方に僅かな神殿領を持つ程度である。しかしプレメルのナーサティア神殿は、大図書館に併設される形で、信じ難いほどに巨大な神殿となっている。しかも驚いたことに、イルビット族のみならず、人間族やドワーフ族、獣人族、果ては龍人族まで、ナーサティア神殿に参拝し、寄進をしているのである。ナーサティア神殿の神官もまた、イルビット族であるため、膨大な寄進の殆どを「研究費用」としており、潤沢な資金によって、イルビット族たちの研究は更に進んでいるのだと思われる・・・

 

最後の在ターペ=エトフ領事であった「エリネス・E・ホプランド」の日記には、プレメルにあったナーサティア神殿について描かれている。プレメルには光と闇の神殿がそれぞれ複数、存在をしていたが、その中で最大の大きさを誇ったのが「ナーサティア神殿」である。ドワーフ族が信仰するガーベル神殿や、ヴァリ=エルフ族が信仰する「ヴァスタール神殿」よりも大きかったことから、賢王インドリトがいかに「知」を重視していたかが伺えるのである。

 

 

 

 

 

王大師の地位を正式に降りたディアンは、その夜、使徒たちと話をした。自分が構想している今後についてである。

 

『田畑と菜園によって、米や野菜類、香辛料は手に入るが、肉や小麦、酒類は仕入れる必要がある。あと、これはレイナとティナに頼みたいんだが・・・』

 

『接客?ディアンがやれと言うならやるけど・・・』

 

『いや、店の用心棒役だ。プレメルは今後も、多くの種族たちが集まってくる。文化の違いから揉め事になることもあるだろう。特に酒が入ると、普段の何気ない不満が表面化するからな』

 

『それなら自信がある。要するに、叩き出せば良いのだろう?』

 

『うむ・・・そこが難しいところだ。酔っぱらった客でも、客は客だ。ただ叩きだせば良いというわけではなく、本人が反省し、また来て貰わなければならん。その辺の「調停役」をやってもらいたいのだが・・・』

 

『うーむ・・・調停か・・・私のガラでは無いな』

 

『ディアン、役割分担をしたらどうかしら。暴力的な相手にはティナ、酔っ払い同士の口論なら私、これならどう?』

 

『そうだな。怖い用心棒が二人もいたら、客が委縮してしまうかもしれん。拳を使うのは、ティナだけにしよう。あと、帯剣も駄目だ。短剣を忍ばせておく程度は構わんが、目に見える形で剣を持っていたら、それこそ誰も来なくなってしまう』

 

アレコレと意見を出し合う三人に、第三使徒が首を傾げながら言う。

 

『お金であれば、私が次官として得ます。その収入を生活に充てれば良いのではありませんか?』

 

『それは駄目だ』

 

ディアンは真顔でソフィアに断言した。三人を見ながら、自分の決意を述べる。

 

『オレはお前たちの「ヒモ」ではない。お前たちはオレの使徒だ。オレが使徒にすると決めた。その時点で、未来永劫、生活に困らせるようなことはしないと決めている。ソフィア、お前が得た金はお前自身のものだ。お前の好きに使え。レイナにもティナにも、店の用心棒代として、キチンと給金を支払う。自分のオンナを食わせられなくて、何が魔神だ』

 

三人は嬉しそうに頷いたが、ディアンは真剣な表情をしていた。前世の経験から、カネを稼ぐということがどれほどに大変なことかを知っていたからである。その夜、ディアンは寝台から降りて研究室に向かった。三人は満足そうに眠っている。この三人を泣かせるようなことだけは、絶対に出来ない。ディアンは研究室で、店の経営計画について検討を始めた。明け方には、数十枚の書きつけが出来上がっていた。

 

 

 

 

 

『ふーん・・・飲食店ねぇ。アタシはてっきり、ターペ=エトフの将軍でも引き受けるのかと思ったけど。ディアンは料理が得意なのは知っているけど・・・飲食店か・・・』

 

リタ・ラギールが訪ねてきたとき、応対したのはレイナとグラティナだけであった。ソフィアは王宮の執務があるから仕方が無いが、ディアンは店の出店計画で飛び回っていた。

 

『ディアンは、この二週間、殆ど寝ていないの。魔神だから、寝なくても大丈夫だと知ってはいるけど、あそこまで真剣に打ち込んでいる姿を見ると、なんだか申し訳なくて・・・』

 

『ニヒッ・・・泣かせる話じゃない。自分のオンナを幸せにするために、懸命に働こうとする姿・・・世の男どもに見習って欲しいわ』

 

『私は、商売をしたことが無いから解らないが、自分で店を持ち、商売をするというのは、それ程に大変なことなのか?』

 

『ん~ まぁ、レイナやティナが思っているほどに簡単じゃないのは確かね。ターペ=エトフは物産が豊かだから、私のような行商人になるんなら、成功できると思う。でもディアンは飲食店をやるんでしょ?』

 

『飲食店だと、難しいのか?』

 

『飲食店の場合、大きく左右するのは「そこに住んでいる人の数」なんだよ。ターペ=エトフは、国全体でも人口が少ないでしょ?プレメルの人口は、プレイアの三十分の一くらいじゃないかな。そこで飲食店をやろうとすれば、「再来店(リピート)客」をいかに獲得するかが鍵になる。ただ美味い料理を出せば良いってもんじゃないよ。「またこの店に来たい」って思ってもらわなきゃいけないんだ。ディアンの姿勢は当たり前だし、流石だとは思うけど、それでも、成功するかどうかは未知数だね』

 

『やっぱり、私たちも何か働いた方がいいかしら?』

 

『レイナ、それは駄目だよ。自分のオトコが、頑張っているだ。女は信じて、待てば良いんだよ。アンタたちが下手に動いたら、ディアンの誇りが傷つくよ』

 

二人は頷いた。二人はディアン以外の男を知らない。こうした「男の気持ち」については、リタが教師であった。

 

 

 

 

 

『フム・・・魚の買い付けか。それは構わんが、ディアン殿が言うやり方で、本当に「生魚」で食べれるのか?』

 

オウスト内海の沖合で、ディアンは龍人族の漁師と話をしていた。ディアンは「活〆」という方法を伝え、血抜きをした魚を氷で冷やして保存する、という方法を提案していた。龍人族は子供の頃から、魔術の勉強を行う。たとえ漁師であっても、秘印術は一通り覚えているため、内海の水を汲み上げて氷を作るくらいはできる。

 

『全ての魚が・・・というわけではありませんが、少なくとも烏賊や鯵、鰯、鯛、鰹などは生で食べることが可能です。また蟹や海老なども冷やすことで生食が可能になります。肝心なことは、獲った後にすぐに冷やすこと、そして冷やし続けることです。とはいっても、魚を凍らせてはいけません。その辺が難しいのですが・・・』

 

ディアンは釣れた魚を使って、実際に氷による保存を実演した。水は凍結してから温度が下がり続ける。だがあまりに冷たくしてしまっては、魚が傷んでしまう。魚を冷やすための一定の温度を探らなければならなかった。

 

『氷は細かく砕いた状態が望ましいのです。舟に氷を載せる以上、魚を獲る量が減ります。その分、買取価格を高くさせてもらいます』

 

漁師たちは細かいことは考えていないようであったが、ディアンとしては細部まで計算をしておきたかった。今後、この国で何百年も商売をするのだから。

 

 

 

 

 

『この通りは、西や北から人や物が運ばれてくる大通りになる予定だ。プレメルはいずれ、街が整備される。ドワーフ族の鍛冶街は、この通りを挟んだ街の北側に出来る予定だ。ここに店を構えれば、ドワーフ族、獣人族、ヴァリ=エルフ族、人間族が集まるだろう』

 

インドリトの父エギールは、ディアンを出店候補地に案内をした。エギールはドワーフ族長を下りている。息子が王となったため、肉親の自分が重職に就くわけにはいかないという判断からであった。一介の鍛冶屋となっているが、各部族からの信頼も篤く、重要な情報も入ってくる。ディアンは礼を述べ、更地を眺めた。歩いて土地の大きさを調べる。ここに自分の店が出来る。どのような店構えにするか、厨房はどこに置き、客席数はどれくらいか、計算をしていく。

 

『オルファーには、私から一言、要望を出しておいた。最初の一年は、賃料を安くしてやって欲しいとな』

 

『有難うございます。大変助かります』

 

ドワーフ族の集落は、廃棄物の処理などで住人皆が協力することが求められる。プレメルでは、それを街の行政府が行っている。その代わりに、土地利用の賃料を支払うことが求められる。とは言っても、それ程高いものではない。ドワーフ族は見た目とは裏腹に、かなりの綺麗好きだからだ。ドワーフ族には「鉄に追われず、鉄を追え」という諺がある。散らかる前に、整理清掃をせよ、という意味だ。

 

『オルファーから言われている。プレメルの街を更に発展させるために、ディアン殿の智慧を貸して欲しいとな。なんでも「水道」なるものを作りたいそうだ』

 

『街の発展のためには、必要な設備です。私はプレメルの住人です。街への協力は、惜しみません』

 

 

 

 

 

ディアンは店の図面を引き、席数などを計算した。メニューも決まり、その原価も計算済みだ。ターペ=エトフ全土の人口、プレメルの住民数などから、どの程度の来客が見込めるか、再来店の頻度や店の回転数、更には人口増加率の予想から将来の売上まで、考えられるあらゆる計算を行う。王太師の職を辞したとき、インドリトからかなりの額の「慰労金」を貰っている。だがディアンは、それには手を付けるつもりは無かった。インドリトはいずれ結婚をする。その時の祝儀に充てようと考えていたのだ。だがそうすると、運転資金が不安であった。

 

『仕方がないか・・・』

 

ディアンは腕を組んでしばらく考えた挙句、諦めたように呟いた。

 

 

 

 

 

リタ・ラギールはプレメルとプレイアをかなりの頻度で往復していた。後においては、プレメルに支店長を置き、プレイアに落ち着くが、このころはまだ、リタがプレメル支店長を兼ねていた。ルプートア山脈の地下大洞穴が完成し、大規模な交易も可能となったため、ラギール商会の利益は飛躍的に増加している。そのリタ・ラギールが椅子に座って、書類をパラパラと見ている。ディアンが作成した事業計画書だ。

 

『いいよ。で、幾ら必要なの?』

 

ディアンは店への出資金をリタに依頼したのだ。出来れば、この方法は避けたかった。借りるとなれば、見通しをきちんと説明しなければならない。前世では、銀行を説得するために何百枚もの事業計画を書き、それでいて断られたことも多かった。そうしたことから、ディアンは借金が嫌いであった。リタ・ラギールは商売人である。個人的な友誼ではカネは貸さないだろう。そう考え、キチンと計画書を作成したのであった。だがリタは、パラパラとめくっただけで、簡単に頷いた。ディアンが疑問に思うと、リタは笑って言った。

 

『だって、アンタは男としては問題だけど、商売人としては一流だもの。こうしてキチンと考えているということは、見通しがあるんでしょ?だったら細かいところまで確認する必要はない。ディアン・ケヒトという人間をアタシは信頼しているからね』

 

『・・・有難う』

 

「男としては」という部分が気に入らなかったが、ディアンは素直に礼を述べた。リタは口元に手を当てて、笑った。

 

『それに「魔神」であるアンタなら、取りっぱぐれることも無いでしょ?いざとなったら護衛でも魔獣討伐でも、いくらでも仕事はあるだろうから・・・ニッシッシッ』

 

『・・・オレは飲食店できちんと儲けて、そこから返すよ。で、必要な額だが・・・』

 

ディアンの額を聞いて、リタは笑って頷いた。その上で、指を二本出した。

 

『その額の二倍を出資するよ。運転資金は多い方がいい。行商人の中には、利益が出る見込みなのに、途中で資金が不足して、護衛を雇えなくなるって人もいるからね』

 

『流石だな・・・助かる』

 

『それに、そのほうが「利息」も増えるし・・・ニヒヒッ』

 

『・・・やっぱり利息を取るか』

 

『当たり前でしょ!アタシは商人だよ?大丈夫、低金利にしてあげるから』

 

ディアンは溜め息をつき、リタは盛大に笑った。金利交渉も終わり、数個の革袋を机の上に置いたリタは、最後に真面目な顔でディアンを見つめた。

 

『ディアン、これは商売人としてではなく、アンタの友人として忠告しておく。アンタは頭がキレるし、行動力もある。誠実で真面目だし、力に至っては言うまでもない。でもね、それだけではオトコとしては二流だよ』

 

『何が言いたいんだ?』

 

『レイナたちがアンタを心配している。ディアンが一生懸命働く姿を見ていて、申し訳ないって言っていたよ。オンナを泣かせないために、懸命に働くのはいいよ。でもね、本当に一流の男は、その姿をオンナに見せないものだよ?』

 

ディアンは自分の額をピシャリと叩いた。ケラケラとリタが笑った。

 

 

 

 

プレメルに存在した飲食店「魔神亭」の名は、メルキア王国の旅行家オルゲン・シュナイダーの著書「西ケレース探訪記」の中で出てくる。オウスト内海産の海産物を「生」で出していたという話は、後世の料理研究家たちを唸らせるものであった。余程の北方か高所でない限り、ラウルバーシュ大陸で氷を得ることは難しい。そのため、秘印術を使って氷を作り、冷やしていたと考えられている。だが、後世の料理研究たちが、実際に魚を氷で冷やしても、生で食べることは出来なかった。魚を獲った時点で冷やし、それを相当な速度で運び、鮮度を維持しなければ。生では食べられないことが判明した。だが魚によっては、鮮度が急速に落ちる。舟上で何らかの処理をしていたと考えられているが、具体的な処理方法までは判明していない。

 

 

 


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