戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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その山の頂からは、広大な森林が見渡せた。中腹には白亜の王宮がある。さらに麓には、豊かな街が広がる。西を見ると、オリーブ畑が彼方まで続く。黒衣の男は瞑目して、この土地で暮らした日々を思い出した。夢のような日々が、走馬灯のように流れる。風が吹く。男が抱えていた花束が揺れ、花びらが飛ぶ。男の目の前には、土が少しだけ盛られていた。決して錆びることの無い「純鉄」の鉄柱が立っている。その下に眠る者の意志で、そこには何も書かれていない。虚飾を嫌った彼は、ただ一振りの短刀だけを抱えて、静かに眠っている。三百年の生涯の中で、唯一、憧れた女性から譲られた短刀であった。それを告げられた時、その女性は泣き伏した。

・・・自分が愛した「この地」を見渡せる場所に、埋葬して欲しい・・・

その希望通り、ここからは全てが見渡せる。花びらが舞う。鉄柱の周りには、花が敷き詰められていた。彼が、どれ程に慕われ、その死を惜しまれたかの証しである。男は片膝をつき、抱えていた花束を供えた。鉄柱に語りかける。

『お前は、私には過ぎた弟子だったよ・・・』

男は肩を震わせる。双瞳から、熱い雫が溢れた。止まること無く、溢れ続けた・・・






第四章:ハイシェラ戦争
第七十六話:蠢動


ケレース地方を研究する歴史家たちが、一様に悩むことがある。それが「ハイシェラ魔族国」である。ハイシェラ魔族国は、魔神ハイシェラを国王とした「魔族および闇夜の眷属の国」であった。しかし、イソラ王国に残されている魔神ハイシェラの容姿につての記録は、どう考えても「神殺しセリカ・シルフィル」そのものなのである。唯一の違いは、レウィニア神権国で暮らす神殺しは「男性」であることに対し、イソラ王国に残されている神殺しは「女性」なのである。魔神ハイシェラはターペ=エトフを滅ぼした後、ケレース地方統一に乗り出し、イソラ王国を降伏させた。その時のイソラ王国記録では、魔神ハイシェラは赤い髪を持ち、胸元が大きく開いた「妖艶」な魔神であった、とされている。この時の魔神ハイシェラと、後の神殺しセリカ・シルフィルは同一人物なのか、それとも別人なのか・・・後世の勇気ある歴史研究家が、レウィニア神権国プレイアにある「神殺しの邸宅」に調査のために訪問し、神殺しセリカ・シルフィルとの面会を実現している。「新・七古神戦争」と呼ばれるブレニア内海沿岸域の動乱後であったためか、神殺しへの恐怖が広まっていたこともあり、その歴史研究家の報告書は話題を呼んだ。

 

・・・セリカ・シルフィル殿は、巷が噂するような人物とは、とても思えない程に穏やかであった。私が「貴方は、ターペ=エトフを滅ぼした「魔神ハイシェラ」なのか?」と問うたところ、彼は首を傾げ、暫く沈黙をし、やがて「さっぱり覚えていない」と述べた。奇妙な返答である。違うのであれば、ハッキリと「違う」と応えるはずである。覚えていないとは「身に覚えがない」という意味なのだろうか?私は更に詳しく聞こうとしたが、彼はただ微笑んだだけであった。ハッキリ言おう。その時に私の中で、ある確信が生まれた。彼は確かに、古神の肉体を奪った神殺しなのだろう。だが、絶世とも言える美貌に浮いたその微笑みは、どこまでも穏やかで、神々しくさえあった。神殺しは、決して「邪悪」ではない。「魔神ハイシェラ」と「神殺しセリカ・シルフィル」は、全くの別人である。これが私の結論である・・・

 

ただの印象論でしか無い報告書ではあるが、その報告書が正しいことは「レウィニア神権国神殿」が公式に保証をしている。そのため、魔神ハイシェラは「妖艶な赤髪の魔神」というのが、歴史家の定説となっている。

 

 

 

 

 

荒涼とした岩肌が続く山に、巨大な気配が舞い降りた。古神の肉体と融合し、現神に匹敵する力を手に入れた魔神「神殺しハイシェラ」である。赤い髪を靡かせ、岩肌にポッカリと開いた洞窟に入る。長い階段を下りていく。やがて広大な空間が出現した。巨大な門の前に、三ツ頭の魔獣と、それに跨る幼女としか思えない外見の魔神がいた。魔神ナベリウスと魔獣ケルベロスである。ハイシェラは上機嫌な様子で、ナベリウスに声を掛けた。

 

≪久しいの、ナベリウス・・・元気にしておったか?≫

 

≪ん・・・ふつう・・・≫

 

ナベリウスは特に興味がなさそうにしている。ハイシェラは辺りを見渡した。

 

≪それにしても、面白味の無い場所だの・・・どうじゃ、我と共に外に出て、ひと暴れせぬか?≫

 

≪・・・興味ない・・・それに、この子が寂しがる・・・≫

 

≪・・・ナベリウス・・・何か気になることはないか?ホレ・・・≫

 

≪別に・・・≫

 

ハイシェラは溜息をついた。この魔神と知り合ってから千年以上になるが、こうした反応は全く変わっていない。

 

≪気づくであろうが!我の髪だの、外見だの!≫

 

≪ん・・・髪が赤くなってる・・・あと顔も別人・・・≫

 

≪気になるであろう?聞きたいであろう?≫

 

≪別に・・・≫

 

ハイシェラは苦笑いをした。予想通りの反応であった。だが此処に来たのは、ナベリウスを連れ出すためではない。この地に棲む魔神に対して、一言、挨拶をしておく必要があっただけだ。

 

≪まぁ良い・・・ナベリウスよ、我は暫く、このケレース地方で暴れるつもりじゃ。新たに手にした力を試すに、相応しい相手がいるからの。死者も多く出よう。汝に一言、断りを入れておこうと思うての・・・≫

 

≪そう・・・≫

 

ナベリウスは無表情で頷いただけであった。ハイシェラとしては、これだけで十分であった。ナベリウスは魔神の中でも上位に属する。敵に回したら厄介であった。スジを通しておくことで、ナベリウスはこの地から動くことは無い。これから闘う相手は、二千年以上の闘争の中で、最上級の相手である。今の自分でさえも、勝てるという確信はない。それ程の相手であればこそ、こちらも全知全能を傾ける価値があるのだ。

 

≪また寄らせて貰う。その時は、菓子でも持ってきてやろうかの・・・≫

 

≪・・・バイバイ≫

 

ナベリウスは無表情のまま、ハイシェラに手を振った。

 

 

 

 

 

この日のレウィニア神権国の王宮は、ある緊張に包まれていた。アヴァタール地方およびレスペレント地方の各王国から、力を持つ貴族たちが集まったからである。レウィニア神権国公爵フランツ・ローグライアは、会議室に集まった各国の上級貴族たちに挨拶をし、議題を提示した。

 

『この度は、プレイアまでお越しを頂き、恐悦至極です。特に、カルッシャ王国の第二王子シルヴァン・テシュオス殿、フレスラント王国公爵メリアス・ライケン殿、バルジア王国公女ナディア・バルジアーナ殿には、遠方からお越し下さったこと、改めて、御礼を申し上げる』

 

『父から、他国を観ることは王子として必要と言われたから来ただけである。バルジアーナ殿はまだしも、フレスラントの公爵までいるとはな・・・一体、何を企んでいる?』

 

『全くだ。レウィニア神権国国王直筆の書状に、水の巫女殿まで署名をしていたから、私もここまで来たのだ。これで「ただの会合」などと申されようものなら、我が国としても考えがありますぞ?』

 

『皆様の疑問は、御尤もで御座います。ここは、私より説明をさせては頂けませんか?』

 

先日、父親の跡を継ぎ、メルキア王国宰相となった「ヘルマン・プラダ」が笑みを浮かべながら立ち上がった。王国となったメルキアには、王族や貴族が増え始めていた。その中で権謀術数の限りを尽くして、宰相の座を守り抜いている。幼い頃から、祖母であるリザベルの薫陶を受けていたためか、その政治力はメルキア国内でも抜きん出ている。どちらかと言うと、祖父に近い顔立ちをしており、一見すると商人にも見える。朗らかな微笑みを浮かべながら、レスペレント地方三大王国の重鎮たちに、問いかけた。

 

『この場にお集まりになられた御一同を見渡して、何か、お気づきになりませんか?』

 

ナディア・バルジアーナが初めて口を開いた。公女であるが、甲冑を着けている。王宮でお淑やかに過ごすような柔和な女性ではない。

 

『先程から気になっていた。何故、ターペ=エトフからは誰も来ていないのだ?いや、この面子を見ていると、まるでケレース地方を取り囲むかのようだ』

 

『さすがは「バルジアーナの白き刃」と噂されるナディア様、その通りでございます。この会合で御提案をさせて頂きたいのは「ターペ=エトフ包囲網」の形成でございます』

 

レスペレント三大王国の重鎮たちは、驚きの表情を浮かべた。レウィニア神権国は、ターペ=エトフの「唯一の同盟国」として二百年以上に渡って友好関係を築いている。ターペ=エトフの物産品を多く輸入しているが、大陸公路の要衝地として、多大な利益も得ている。ターペ=エトフの経済力を最も享受していた。そのレウィニア神権国が、友好関係を破棄するつもりなのである。プラダが言葉を続けた。

 

『皆様・・・今から四十年ほど前に、ターペ=エトフ王国国王が出した宣言をご存じですか?』

 

一同は頷いた。ターペ=エトフ歴二百五十年を持って、王政を廃し、共和制と呼ばれる新たな政体へと移行するという宣言である。当時は多くの国々が鼻で笑い、そして警戒をした。

 

『半分、冗談にも受け止められたあの宣言ですが、ターペ=エトフではその後も「共和制」と呼ばれる政体に以降すべく、着々と準備が進んでいます。そしてあと十年で、ディル=リフィーナの歴史上、初めてとなる「王も貴族も存在しない国家」が誕生するのです。宜しいですか?ターペ=エトフは、王や貴族の存在を「否定」しているのです。つまり我々を否定しているのです』

 

『だがそれは、ターペ=エトフの国内に限ってのことであろう?ターペ=エトフはあれだけの国土と富、さらには万の軍隊を打ち破るほどの武力を持ちながら、建国以来、一度として侵略をしたことが無い。ターペ=エトフの法には「侵略を目的とする戦争は放棄する」と明記されているそうではないか。他国がどのような政治体制になろうと、それはその国の勝手ではないか?』

 

ナディアは当たり前のように述べた。「武」への興味に偏っているため、政治的な話題が苦手なのだ。ヘルマン・プラダは首を振って否定した。

 

『宜しいですか、ナディア様・・・民衆の、民衆による、民衆のための国家・・・王も貴族もなく、その地に住む全ての者達が「平等」であり、等しく法に統治される。そして、民衆皆が豊かに暮している・・・そのような国が隣に出来たら、バルジアーナ王国の平民たちはどうすると思います?』

 

ナディアは沈黙した。王族や貴族は特権階級である。民衆から税を徴収し、その税金で暮らしている。「支配する側と、支配される側」・・・この構造が王制なのだ。だがターペ=エトフには「支配される側」が存在しなくなる。もしそんな夢の国が出来たら、民衆はこぞって、ターペ=エトフに殺到するだろう。支配者は、被支配者がいて初めて成立するのだ。民がいなくなれば、王国は瓦解する。

 

『ターペ=エトフはこれまでは王制でした。インドリト・ターペ=エトフという支配者がいて、支配される民がいました。インドリト王は民の声を聞くために、元老院という機構を造りましたが、基本的な支配構造は他国と変わらなかったのです。そして、ケレース地方という印象とルプートア山脈という天険、さらには難民は受け入れるが、移民受け入れは慎重を期す、という国家方針がありました。ですが、もしターペ=エトフの政体が変わり、民衆が支配者となったら、どうなると思います?』

 

『広く移民の門戸を開くだろうな。支配されたくなかったら、ターペ=エトフに来い。この地には王も貴族もいない。民のための政を民自身が行うのだ・・・確かにな。我が王国にも、ターペ=エトフに憧れる民衆がいると聞いたことがある』

 

シルヴァン・テシュオスが頷いた。フランツ・ローグライアが、プラダの言葉を引き継いだ。

 

『民衆が流れる、くらいで済む問題ではない。問題は、ターペ=エトフに憧れるあまり、自分の国もそうなるべきだ、と考える民衆が増えることだ。このまま行けば、各国で民衆蜂起が起きかねない』

 

フレスラント王国公爵メリアス・ライケンも、同意するように頷く。

 

『我が国でも行商人たちが船を使って、ターペ=エトフにあるフレイシア湾と行商を行っている。ターペ=エトフは、王はいるが貴族は居ない。信じ難いことに、インドリト王の親族たちも、普通の庶民として暮らしているそうではないか。今は漏れ伝わる程度だが、これが民衆たちに知れ渡れば、大変な問題になる』

 

『カルッシャでは既に、その問題に直面している。二百年以上前、我が国とターペ=エトフは戦ったことがある。その後、外交交渉を重ね、ケテ海峡に国境を引いた。その結果、かなりの数がケテ海峡を渡り、ターペ=エトフへと移動をするようになった。西方から来た闇夜の眷属、北方から移動したイルビット族など、この二百年で移動した数は万を超えるだろう』

 

カルッシャ王国とフレスラント王国は、ターペ=エトフに近く、交易も行われている。そのため、ターペ=エトフ国内の情報が漏れ伝わっている。支配者側としては、ターペ=エトフの政治体制を心良く思わないのは当然であった。だが新興国のバルジア王国は、ターペ=エトフとの直接交易は行っていない。レスペレント地方東方域にも近く、闇夜の眷属たちにも比較的寛容な国であった。ナディア・バルジアーナは両国の意見に頷きながらも、反対意見を述べた。

 

『なるほどな。話は理解した。ターペ=エトフの新たな国体が危険であること、それに対する対策が必要だということも解る。だがやはり、包囲網形成というのは反対だ。複数の国々が寄ってたかって、ただ一国を叩こうというのは、どう考えても正道に反するのではないか?ターペ=エトフが我らに戦を仕掛けてきたというのなら別だが、彼らは自分たちの国内で、平穏に暮らしているだけだ。我らが自らを戒め、民衆が安心して暮らせるように、国を導いていけば良いではないか』

 

ヘルマン・プラダは笑いながら、ナディアの反対意見を受け止めた。内心では「小娘が」とバカにしながら…

 

『ナディア様はマーズテリア神を信仰する生粋の武人、堂々たる戦いによって勝利を求めるのは当然です。また、仰られることも正論です。我らが自国をより豊かに、民衆をより安寧に導くよう努力をすれば良い・・・確かに、その通りでしょう。ですがナディア様、ターペ=エトフの肉や小麦の価格をご存知ですか?』

 

ナディアは首を傾げた。武人とは言っても、国王に連なる貴族階級である。市井の物価など知る筈がない。プラダは全員を見渡しながら、言葉を続けた。

 

『ターペ=エトフでは、肉や小麦の価格が、メルキア王国、レウィニア神権国のおよそ半額で売られています。彼らは膨大な生産力を活かし、各国に輸出をし、その利益によって国家運営を行っています。ターペ=エトフの税率は一割強、教育も医療費も無料となっています。ハッキリ申し上げます。メルキア王国で、税率を一割にしたら、王国は崩壊します。皆様の国でもそうでしょう?』

 

沈黙が流れた。ターペ=エトフの国名は知っているが、そこで暮らしている民衆の生活までは、知らなかったのだ。いや、興味が無かったのである。プラダはさらに言葉を続ける。

 

『皆様は各国の上流貴族・・・日常の夕食は、食卓に肉や葡萄酒、白麺麭が並ぶでしょう。ターペ=エトフでは、全ての庶民がそれと同等か、それ以上の食生活を送っています。それも毎日・・・そんな国が存在していたら、他国の民衆はこう思います。「何で自分たちは、こんなに貧しいんだ?それは貴族がいるからだ!彼らが俺たちを虐げ、搾取し、税金をネコババしているんだ!貴族を打倒しろ!」・・・如何です?そうならないと、断言できますか?』

 

ナディアは認めざるを得なかった。呻くように呟く。

 

『ターペ=エトフは、その存在そのものが危険というわけか・・・我らがどれほど善政を心がけようとも、ターペ=エトフのような「豊かさ」は実現できない・・・悔しいが、認めざるをえんな』

 

『ターペ=エトフがどこか遠い国であってくれたのなら、ただの御伽噺として片付けられたでしょう。ですが、彼の国は隣国として、現実に存在しており、その存在はもはや、無視できません。我ら隣接国は、何らかの対応が必要だと考えます』

 

プラダのまとめを引き継ぎ、フランツ・ローグライアが立ち上がった。

 

『ご一同も、プラダ殿の意見に頷かざるを得ないと思う。そこで、どのように対応するかだが・・・ここで「レウィニア国王陛下」より言伝がある。水の巫女様の「預言」が書かれている』

 

全員の視線が、ローグライアに集中した。ローグライアは羊皮紙の巻紙を取り出した。レウィニア神権国神殿の封蝋がされている。上に掲げ一礼し、蝋を割る。一読し、ローグライアは頷いた。

 

『水の巫女様の預言である。「一年以内に、ケレース地方東部に強力な新興国が誕生する。その国が、ターペ=エトフを滅ぼすであろう。レウィニア神権国は密かに、その新興国を支援する。各国もそれに倣うよう、提案をする」・・・』

 

全員が顔を見合わせた。フレスラント王国公爵メリアス・ライケンは、咳払いをして疑問を提示した。

 

『大変失礼ながら、俄には信じられんな。いや、貴国の絶対君主「水の巫女様」を疑っているわけではない。だが、あの混沌としたケレース地方において、ターペ=エトフに匹敵する国が新たに誕生するとは・・・』

 

『ケレース地方の東側には「ガンナシア王国」がありますが、水の巫女様は、その国を指しておられるのかな?』

 

ヘルマン・プラダも首を傾げた。自分としては、南北で軍を起こし、ケレース地方に攻め込むものと考えていたからだ。長年の同盟国であるレウィニア神権国は、信用を得るためにも大規模な軍を起こして、前線に立たざるを得ない。メルキアとしては、ターペ=エトフとレウィニア神権国の共倒れを狙っていたのである。フランツ・ローグライアは首を振った。

 

『私にも詳しいことは理解らぬ。だが、水の巫女様の預言は、これまで一度として外れたことは無い。ターペ=エトフを滅ぼす力を持つ国が、ケレース地方に誕生するのは間違いないだろう。如何かな?。未来のことは理解らぬ。だが、もしそうした国家が誕生したら、各国が協力して、密かにその国を支援する・・・この点について、合意は出来ないだろうか?』

 

腕を組んで瞑目していたナディア・バルジアーナが頷いた。

 

『良かろう。軍を起こすのではなく、あくまでも新興国への援助というのだな。「密かに」ということは、大々的な規模ではなく、出来る範囲でということであろう。その程度であれば、父を説得できよう。バルジア王国は、レウィニア神権国の提案を受け入れる。ケレース地方にそうした新興国が誕生した暁には、物資の援助をしよう』

 

反対姿勢であったバルジア王国が最初に賛同をしたため、他国もそれに倣った。軍を起こすのなら別だが、武器や食料の援助程度であれば、それ程の負担にはならない。ここに、五カ国による秘密協定が締結された。

 

 

 

 

 

魔神ハイシェラは、東西南北を駆け回っていた。この二千年間で巡り合った魔人や悪魔族などに声を掛けるためである。

 

«・・・我ながら、自分の勤勉さに驚くの。水の巫女め・・・我を利用しておるつもりであろうが、いずれ奴も滅ぼしてくれるわ»

 

凄みのある笑みを浮かべながら、北ケレース地方ホア族の集落に降り立った。ホア族は戦闘民族である。知性はそれ程高くないが、個々が高い戦闘力を持ち、残酷で獰猛な種族であった。集落に降り立った赤髪の美しい女に、ホア族の男たちが一斉に注目した。上から下まで、その肢体を舐めるように視姦する。

 

«我が名は地の魔神ハイシェラ・・・これよりお前たちの主人となる。我の意志に従えぬものは、此処に名乗り出るが良い»

 

一際大きな身体を持つ亜人が出てきた。ホア族の部族長である。巨大な棍棒を持っている。

 

『何だ、お前は・・・ここは俺たちホア族の集落だ。いきなり来て、俺達の主人になるだと?その身体で満足させてくれるって言うのか?』

 

卑下た笑いが辺りに広がる。どうやらハイシェラが魔神だということに気づいていないようであった。圧倒的な気配に気づかないのは、余程の鈍感か、欲望で目が眩んでいるかである。この場合は、その両方であった。ハイシェラは笑みを浮かべて、靭やかな手を掲げた。指先で部族長の胸を軽く突く。その瞬間、巨大な身体が吹き飛んだ。

 

«・・・どうやら汝らは、痛い思いをしなければ理解できぬようだの。我が可愛がってやる故、遠慮なく掛かってくるが良い»

 

男たちが雄叫びを挙げ、ハイシェラに襲いかかった。美しい魔神は笑みを浮かべた。数瞬後、集落には沈黙が流れた。立っている男は一人も居ない。ハイシェラは最初に吹き飛ばした部族長の前に立ち、見下ろした。

 

«我の支配を受け入れるか?それともここで皆殺しにされるか?選べ・・・»

 

『・・・好きにしろ』

 

«最初から素直に頷けば、痛い思いをせずに済んだものを・・・暫し、この集落にて牙を研いでおくが良い。いずれ迎えに来よう。褒美じゃ、我が足への口吻を許す»

 

白い生脚が、部族長の前に差し出された・・・

 

 

 

 

 

レウィニア神権国神殿奥の泉に、水の巫女は佇んでいた。その表情には暗い影が差している。神でありながら、自分の判断に「絶対の自信」が無かったからだ。その原因は、マクルの動乱に乗じた、神殺しセリカ・シルフィルへの「背信」にある。

 

・・・死なないでくれ、姉さん!・・・

 

セリカは必死の表情で、そう語りかけていた。彼を絶望させ、その歩みを止めることで、強力な魔神を生み出す・・・そう考え、彼の姉の肉体を借りた。その目論見は上手く行った。セリカは絶望し、心に隙間が生じた。そこに、彼を付け狙っていた魔神が入り込んだ。魔神ハイシェラは、ディアン・ケヒトに執着している。彼の居場所を教えれば、必ず襲いに行く。だがそれでは、ターペ=エトフを滅ぼすことは出来ない。ディアンとハイシェラの「個対個」の闘いでは、意味が無いのである。

 

・・・まずは国を興すのです。そして国家として、ターペ=エトフに宣戦するのです。黄昏の魔神は、ターペ=エトフを愛しています。自分の愛する国が侵されるとなれば、彼は全力で護ろうとするでしょう。貴女が望む「全力の闘い」のためには、彼を本気にしなければなりません・・・

・・・国家を興せば、レウィニア神権国や他国も、支援をするでしょう。その点の根回しは、私が引き受けます。貴女は、ケレース地方に国を興し、強力な兵を集め、ターペ=エトフを滅ぼすことに、全力を傾けなさい・・・

 

水の巫女は胸が傷んだ。魔神ハイシェラが国を興し、ターペ=エトフに宣戦布告をした時・・・その時が、彼との決別を意味するからだ。ディアン・ケヒトは考えるだろう。魔神ハイシェラは、どうやって自分の居場所を知ったのか、何故、建国などをしたのか・・・そして辿り着く。その入れ知恵をしたのは「(水の巫女)」だと・・・

 

『ディアン・・・貴方が悪いのです。貴方は解っていたはずです。インドリト王が民主共和制を考えた時に、いずれこうなることが・・・貴方はそれを止めなかった。止められるのは私だけだと知っていたから・・・私なら止めないだろうと考えていた・・・』

 

水の巫女は、黄昏の魔神ディアン・ケヒトの理想を知っている。その理想が生まれた事件も、培われた背景も、その理想が行き着く場所も、理解をしている。全てを理解した上で、水の巫女はディアン・ケヒトを止める、という選択をした。ディアンの歩みは、余りにも速過ぎた。数千年分の「変革」を数百年で成し遂げようとしているのだ。その歩みに着いて行けない者はどうなるのか、時代遅れとして消えていく運命にあるのか、ディアンにはその視点が欠けていた。いや、無視していた。

 

『貴方は言いました。信仰の実践には、他者を考えなければならないと・・・そう言いながら、貴方は自分の思想の実践において、他者を考えているのですか?私は敢えて、言い切ります。貴方は・・・間違っています』

 

水の巫女は瞑目した。

 

 

 

 

 




※申し訳ありません。操作ミスで12月1日アップ予定を投稿してしまいました。少し書き溜めたいので、次話以降は、12月からのアップとなります。ご了承下さい。

【次話予告】

魔神ハイシェラは、ガンナシア王国に降り立った。突然の魔神の来訪に、街中が騒然とする。国王ゾキウは剣を構えて、ハイシェラと対面をした。王と魔神の問答が始まる。


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第七十七話「弱き者たちのために・・・」


Dies irae, dies illa,
Solvet saeclum in favilla,
Teste David cum Sibylla. 

Quantus tremor est futurus, 
Quando judex est venturus,
Cuncta stricte discussurus!

怒りの日、まさにその日は、
ダビデとシビラが預言の通り、
世界は灰燼と帰すだろう。

審判者が顕れ、
全てが厳しく裁かれる。
その恐ろしさは、どれほどであろうか。
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