戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第七十七話:弱きものたちの為に・・・

ガンナシア王国の名は、歴史上においては殆ど重視されていない。これは、後世においてガンナシア王国が存在したとされる「オメール山」が封鎖されていることも理由の一つだが、ガンナシア王国自体が、人間族との関係を極端に忌避し、メルキア王国のバーニエの街や、北ケレース地方の亜人族との交易が見られた程度で、たとえ滅亡をしたとしても、他国に与える経済的影響が限定的であったためである。ガンナシア王国は、これといった特産品が無く、また通貨も存在していなかった。だが貧しかったというわけではない。メルキア王国に残されている記録によると、ガンナシア王国は自給自足体制を整えており、自分たちが食べていけるだけの生産は行っていたとある。国王のゾキウは、人間族に対しては苛烈であったが、その国内は、極めて「牧歌的」な国だったと考えられている。

 

ターペ=エトフ歴二百四十一年、そのガンナシア王国が一変する。魔神ハイシェラの襲来である。後世、北華鏡の集落において、ハイシェラ襲来を喩えた「手毬唄」が残されている。

 

魔神が来るぞ 魔神が来るぞ

赤い髪の魔神が来るぞ

キレイな顔した怖い人

優しい顔した怖い鬼

王様死んで みんな降参

魔神は笑って頷いた

お肉やお酒がたんと来て

みんな魔神に感謝した

 

ハイシェラ魔族国は、当時最も豊かであった大国ターペ=エトフと、五十年間に渡って戦争を続けた。戦争となれば、武器や食料などを大量に消費する。ガンナシア王国の経済体制をそのまま引き継いだとしても、ターペ=エトフと戦争を続けることは困難であったはずである。ターペ=エトフは、建国王インドリト・ターペ=エトフの死去により、滅亡をする。インドリト王は、ターペ=エトフ歴二百五十年に国家体制の変革を実行することを宣言していたが、ハイシェラ魔族国との戦争により、それが見送られた。言い換えれば、ハイシェラ魔族国が無ければ、ターペ=エトフはターペ=エトフ共和国として、現在も存続していた可能性が高いのである。軍事力は無論、経済力においても、ハイシェラ魔族国は多くの謎に包まれているのである。

 

 

 

 

 

オメール山は、ケレース地方中央域にある「単体山」である。ガンナシア王国は、この山の麓に街を構え、放射状に国土を広げていた。その山頂に、一柱の魔神が舞い降りた。赤い髪を靡かせ、秀麗な美しい顔立ちの魔神である。服装は際どい。胸元は大きくはだけ、豊かな胸が突き出している。腰布は動きやすいように切られており、白い脚が太腿まで剥き出しになっている。男なら誰でも欲情する姿だが、実際に眼にした男は、奮起どころか萎縮をするのが常であった。尋常ではない魔の気配に、山頂に巣を構えていた魔鳥類が、一斉に飛び立っていった。赤髪の魔神ハイシェラは、腰に手を当てて麓を見下ろした。そこそこの大きさの王宮と、それなりに発展をした街が広がっている。

 

«あれが、ガンナシア王国か・・・なるほどの、魔族の気配が多いの。我が国を作る上では丁度良かろう。さて・・・»

 

ハイシェラは西に向けて飛び立った。「華鏡の畔」にいる魔神アムドシアスに会うためだ。連携は出来ないかもしれないが、敵対は避けたいと考えていた。敵に周ったら周ったで、それは楽しめそうだが・・・

 

 

 

 

 

『古神の肉体を得た魔神・・・か』

 

レスペレント地方モルテニアに棲む「魔神グラザ」はエール麦酒を飲みながら呟いた。レスペレント地方モルテニアとプレメルは転送機によって繋がっている。だがそれほど頻繁に使われているわけでは無い。ターペ=エトフとモルテニアは、三月に一度程度で交易船が行き来をしている。ターペ=エトフからは武器や食料が運ばれ、モルテニアからは西方諸国の書籍や北方地方の酒や薬草、毛皮類などが運ばれてくる。交易の形式を取っているが、半分はモルテニア地方への援助も兼ねていた。魔神ディアーネが統治する国「グルーノ魔族国」は、カルッシャ王国やフレスラント王国と戦争中である。武器はいくらあっても足りない状況だ。

 

『魔神ハイシェラか・・・その名だけは聞いたことがある。魔神の中でも上位に属し、闘いを好み、容赦なく殺戮をするそうだな。最も「魔神らしい魔神」と言えるだろう』

 

足を組んで椅子に腰掛けていたディアーネが頷いた。グラザはハイシェラを知らないようだが、ディアーネは噂だけは聞いたことがあるようだ。

 

『ハイシェラは古神の肉体を手に入れた。好戦的な魔神が巨大な力を得たら、次はそれを使おうとするだろう。だがこのラウルバーシュ大陸で、それほどの力を相手にできる存在など限られる。過去においては姫神フェミリンスやブレアード・カッサレ、現在においては・・・』

 

『我らか?確かに、現神に匹敵する力となれば我と謂えども、相手をするのは苦労するであろう』

 

(いや、というかお前では無理だろ)

 

ディアンもグラザもそう思ったが、敢えて無視をした。

 

『ハイシェラは闘う相手を求める。それ程の力を受け止められる存在など、現神か魔神くらいしかいない。二人共、十分に警戒をしてくれ』

 

ディアンはディアーネの言葉を受け止める「ふり」をしなが、二柱に警戒するように伝えた。ディアーネが去った後、グラザはディアンが考えていることを見抜いたように質問をしてきた。

 

『ディアン、まさかとは思うがお前・・・フェミリンスを復活させようなどとは考えていないだろうな?』

 

『正直に言おう。考えた。姫神フェミリンスなら、魔神ハイシェラの相手として不足はないだろう。巨大な二柱を共倒れさせよう・・・なんて考えたりもした。だが、あまりに危険すぎる。既に封じられている破壊神を復活させ、新たな破壊神にぶつけるなど、妙案のように見えながら、不確定要素が多すぎて、作戦としては下策だ。それに、お前も思っているだろうが・・・』

 

『魔神ハイシェラが狙っているのは、ディアン・・・お前だろ?ここに来た理由は、万一の場合の警告と、お前がターペ=エトフに居ることを口止めするためだろう。言われるまでもなく、お前のことは誰にも漏らさん。ディアーネもそうだろう。アレはアレで、気位が高いからな』

 

『スマン・・・感謝する』

 

魔神は独立の存在である。その為、「指示される」ことを極端に嫌う。ディアンが口止めなどしようものなら、逆の反応をする可能性もあった。グラザはその辺を敏感に察したのだ。こうした察しの良さが、モルテニアを安定させている大きな要素であった。ディアーネには、このような「察し」は期待できない。

 

『魔神ハイシェラはオレを狙ってくる。ターペ=エトフに居ることがバレたら、オレは身を隠すつもりだ。あの国を巻き込むことは出来ん』

 

『ブレアード迷宮を使え。この迷宮に隠れれば、いかに魔神ハイシェラと謂えども、見つけることは容易ではない。だが・・・』

 

『なんだ?』

 

『俺がハイシェラなら、お前を逃さないような手を考えるだろうな。例えば、ターペ=エトフそのものを人質に取るとか・・・』

 

その可能性はディアンも考えた。だが、ディアンとターペ=エトフの結びつきを知らない限り、その手は思いつかない筈だ。魔神と謂えども、その知性は人間並みである。自分の知識と想像の範囲で、相手を考える。魔神ハイシェラが自分の居場所を知れば、一目散に襲ってくるだろう。そして、その情報源として考えられるのは、このモルテニアか、スティンルーラ族からである。神である「水の巫女」が一柱の魔神に漏らすとは思えないし、華鏡の畔にいるアムドシアスも無いだろう。信義以前の問題として、アムドシアスとハイシェラの相性は悪いはずだ。アムドシアスの芸術談話に、ハイシェラがイラつく様子が見えるようであった。

 

 

 

 

 

«美しかろう?この石像は、イアス=ステリナ世界の遺産だ。巨匠が命を賭けて打ち出した一像ぞ・・・この見事な太腿を見てみよ»

 

ディアンの予想通り、アムドシアスはハイシェラに対して、中庭で石像の話をしていた。ハイシェラはイラついていた。彼女にしては忍耐強く我慢したといえるだろう。何しろ半刻(十五分)も興味のない話に付き合ったのだから・・・

 

«石像の話はもう良かろう。それよりも、ターペ=エトフに対する話じゃ。我はこれより・・・»

 

«石像には興味が無いか。ならば絵画ではどうだ?城の中には貴重な絵画が数多く・・・»

 

«いい加減にするだの!我は芸術などに興味ないわ!そのようなモノで、強大な敵を打ち破れるとでもいうのか!»

 

アムドシアスは真顔になった。魔神の気配が変質する。これまでの柔和なものから、刺すような殺気へと変貌していく。

 

«・・・お主、我の蒐集品(コレクション)を鑑賞しに来たのではないのか?»

 

«誰がそのようなことを言うた!我はこれより、ガンナシアを滅ぼし、ターペ=エトフに攻め込む!此処には手を出さぬ故、動くなと・・・»

 

«美を解さぬ愚者の言うことなど、聞きたくもないわ!今すぐ、我の目の前より消えよ!»

 

美を愛する魔神アムドシアスは、怒りの表情でハイシェラを睨み、空を指差した。ハイシェラも冷たい笑みを浮かべる。

 

«我をコケにするとは・・・命知らずの魔神(ヤツ)もおるものだの。今すぐここで殺しても良いが・・・ここはコレで勘弁してやるかの»

 

ハイシェラは側にあった「見事な彫像」に純粋魔術を放った。彫像が木っ端微塵になる。アムドシアスは頭を抱えて奇声を上げた。ハイシェラは嗤いながら、空へと飛び立った。ひとしきり、彫像の喪失をアムドシアスは嘆いたが、やがて立ち上がると、ハイシェラに対して激しい憤怒が残った。

 

«許せぬ・・・我の大切な蒐集品を破壊するとは・・・魔神ハイシェラよ、貴様は「永劫の宿敵」となったぞ!»

 

ハイシェラが何と言っていたか、アムドシアスは怒りのあまり、完全に失念していた。

 

 

 

 

 

«やれやれ、一体何だったのだ?あの魔神は・・・我は多くの魔神を識るが、一際、変わった魔神であったの»

 

ハイシェラは失笑しながら「華鏡の畔」から東に向かった。オメール山を飛び越え、ガンナシア王国に舞い降りる。巨大な気配を放つ魔神が、街中の広場に出現したのだ。街は狂乱状態となった。民衆たちを逃しながら、屈強な兵士たちが槍を構えてハイシェラを取り囲む。闇夜の眷属を受け入れているとはいえ、魔神となれば話は別である。彼らは「弱者」ではない。

 

『名を名乗られい!ここはゾキウ様が治める国、ガンナシア王国である。保護を求めるのであれば、まずその気配を抑えられよ!』

 

隊長らしき男が怒鳴る。だが魔神がそんな指示を聞くはずがない。ハイシェラの放つ気配が更に強くなる。圧倒的な気配に空気が歪む。取り囲んでいた兵士たちも、ジリジリと後退した。

 

«我が名は地の魔神ハイシェラ・・・今日この日より、この国の新たな王となるだの。汝らの主じゃ、跪け・・・»

 

兵士たちにざわめきが広がる。隊長が一喝し、同様を抑えた。再び、取り囲む輪が狭くなる。ハイシェラは笑みを浮かべ、気合を放った。

 

«カァッ!»

 

凄まじい魔の気配が放出され、取り囲んでいた兵士たちが吹き飛ぶ。兵士たちの心が折れた。腰を抜かし、逃げ出そうとする者までいる。だがそこに、別の気配が出現した。国王ゾキウであった。剣を下げているが、甲冑は着けていない。その眉間は険しかった。

 

『静まれっ!皆、下がっていろ!お前たちに勝てる相手ではない!』

 

«どうやら国王自らのお出ましのようだの・・・我の気配に動じぬのは流石じゃが・・・聞き違いかの?まるで、自分ならば勝てるように聞こえたが?»

 

『ハイシェラと言ったな。ガンナシア王国に何のようだ?』

 

«聞いていなかったようだの。この国は我が貰い受ける。これより、我がこの国の王じゃ。ゾキウとやら・・・降伏するのであれば、将として使ってやっても良いぞ?»

 

『ほう・・・魔神でありながら、「王」を目指しているのか。問う。お前は王になって、何をするつもりだ?』

 

«何をするつもりか・・・ふむ、強いて言うなら、強大な敵と闘う、と応えるかの。西にあるターペ=エトフと戦争をするのじゃ»

 

『ターペ=エトフと戦争・・・何の為に、そのような戦争をする』

 

その問いに、ハイシェラは笑った。そんなことは、考えたこともないからだ。

 

«汝は何のために、食事をするのだ?魔神にとって闘争とは食事と同じだの。闘うことに目的など無い。我は気の赴くままに、奪い、破壊し、殺戮し、支配する。それが魔神というものだの!»

 

ゾキウは失笑して、首を振った。

 

『下らぬ生き方だな。何故、その力を他者のために使わぬ。弱き者たちのために使わぬ!我・我・我・・・お前には自分しか無いのか?いかに強大な力を持とうとも、喩え神に匹敵する強さを得ようとも、自分だけを考えている限り、お前の渇きは永遠に癒えぬ!もう良い。貴様の下らぬ遊びに、民たちを巻き込むわけにはいかん。ここで成敗してくれる・・・』

 

ゾキウは剣を抜いた。ハイシェラは笑みを浮かべたまま、黙って剣を抜いた。ゾキウの「説教」に何を感じたのかは解らない。ゾキウは剣を構え、一気にハイシェラに斬り掛かった。だがハイシェラは、片手で剣を奮い、簡単に弾き返した。ゾキウは虚実の剣に切り替え、四方から斬りかかる。だがハイシェラは一歩も動くこと無く、ゾキウの剣撃を全て弾き返した。

 

«フンッ・・・半魔人にしてはやりおるの。並の魔神であれば、汝でも十分に闘えたであろう。じゃが生憎と、我は並ではないがの»

 

ハイシェラが動いた。一瞬でゾキウの懐に潜り込み、剣を突き出す。ゾキウは辛うじて、それを躱した。剣が脇腹をかすめ、皮膚と肉が斬れる。ハイシェラは突き出した剣をそのまま横に薙ぐ。剣胴を使ってそれを防ぐが、凄まじい膂力に吹き飛ばされる。家の壁に叩きつけられる。衝撃に壁は保たず、家が崩れる。だが崩れた瓦礫が吹き飛び、その中からゾキウが飛び出してきた。ハイシェラに猛然と斬りかかる。ハイシェラは余裕の表情で剣撃を受け止めるが、ゾキウが足元の泥を蹴り上げた。ハイシェラの顔を泥が襲う。それを避けようと体制を崩したところに、ゾキウが斬り掛かった。躱しようのない、必殺の一振りであった。だが・・・

 

キィンッ

 

ハイシェラは左腕で剣を受け止めた。魔力によって、腕を鉄のように硬化させている。ゾキウは飛び退いた。ハイシェラは体制を整え、左腕を下ろした。中指に一筋の血が流れた。

 

«驚いたの。半魔人の分際で、我に傷を付けるとは・・・だが、これで決まったの。今の一撃で、我を討てなかった。最早、汝に勝機は無い。それは解っておろう?»

 

ゾキウは肩で息をしていた。ハイシェラの言うとおり、ゾキウの勝機は去った。もはや勝ち目は無かった。ゾキウは覚悟を決めた。たとえ此処で倒れるとしても、己の矜持は残しておきたかった。

 

『魔神ハイシェラよ、このガンナシア王国は、弱き者たちの希望・・・人間族に虐げられ、逃げてきた闇夜の眷属が、安心して暮らしている土地だ。貴様が王となっても、弱き者たちを救けると約束できるか!』

 

ハイシェラは真顔になった。また「自己犠牲」である。ハイシェラはそれが嫌いであった。己を救けるのは己のみ、己で立とうと足掻く者であれば、手を差し伸べないまでも、見守る程度はしても良い。だが、自ら足掻こうとせずに他者に救いを求める者など、度し難い存在である。ハイシェラは嗤って吐き捨てた。

 

«下らぬの。弱き者たちを救うとな?そのような甘ったれた考えこそが、その者たちの自立を妨げるのじゃ!我の答えは「誰も救けぬ」じゃ!自らの足で立ち上がろうと足掻かぬ者に、我は生きる資格を認めぬ!』

 

ゾキウは瞑目した。ハイシェラの言葉は「強者の論理」である。弱者は、自分の力では立てぬから弱者なのだ。彼らに手を差し伸べ、立ち上がる支援をするために、ガンナシア王国は存在している。その点だけは、ターペ=エトフも同じであった。だから自分は、ターペ=エトフとは争わなかった。だがその志が、強大な力の前に打ち砕かれようとしている。ゾキウは刮目して剣を構えた。これが、生涯最後の一振りになるだろう。

 

『我が全霊を賭して!弱きものたちの為に!』

 

ハイシェラに向けて、全力で駆ける。ゾキウの中に、その生涯が走馬灯のように流れた。優しかった母と過ごした日々、父と流浪の旅をした日々、人間族の醜い様を見て、怒りに燃えた日々、そして国王として志を目指した日々・・・ハイシェラは両手で剣を構えた。たとえ甘えた考えを持っていようとも、その姿には敬意を抱いた。ゾキウが必殺の間合いに入る。ハイシェラが剣を振ろうとした瞬間・・・

 

ズキンッ

 

体内で何かが響いた。ハイシェラの動きが一瞬、止まる。ゾキウの剣がハイシェラの首を目掛けて振り下ろされる。躱しようが無かった。動きが戻ったハイシェラが剣を奮う。だがゾキウの剣のほうが速い。ハイシェラは一瞬、死を覚悟した。だが、首元でゾキウの剣が止まった。ハイシェラの剣が、ゾキウを深々と貫いた。ゾキウの口から血が溢れる。ハイシェラはゾキウを受け止め、地面に横たわらせた。ゾキウの首筋に、小さな棘が刺さっていた。ハイシェラの眉間が険しくなった。

 

«ゾキウとやら・・・何か、言い残すことはないか?»

 

『・・・魔神ハイシェラよ、ガンナシア王国は、お前に譲ろう・・・だが、覚えておくが良い。志は、どんな力よりも強いのだ・・・』

 

«・・・汝の足掻きに免じて、民たちには手を出さぬ。今まで通りに暮らせるようにしよう»

 

ゾキウは小さく笑った。そして最後の言葉を残す。

 

『インドリト王・・・もう一度、貴殿と言葉を・・・交わしたかった・・・』

 

ゾキウの眼から生気が消えた。ハイシェラは双瞳に手を当て、ゾキウの瞼を閉じた。自身も数瞬、瞑目をした後、怒りの表情で群衆を見る。

 

«・・・汝らの中に、我の闘いを汚した下衆がおる。ゾキウに吹き矢を放った下衆は誰か!»

 

互いに顔を見合わせる。その中で、一人の魔人が出てきた。魔人ケルヴァン・ソリードであった。ハイシェラの前で膝をつく。

 

『魔神ハイシェラ様・・・吹き矢を放ちし者は、私が手打ちにしました。あちらに、死体が御座います。これより、ガンナシア王国の王は貴女様でございます。どうか、我らをお導き下さい』

 

ハイシェラは暫く黙って、ケルヴァンを見下ろした。だが頷き、群衆に向かって宣言する。

 

«今日より、ガンナシア王国は新たに「ハイシェラ魔族国」として生まれ変わる!まずは先王ゾキウを弔う!ケルヴァン、汝が手筈をせよ。くれぐれも、丁重にじゃ»

 

ハイシェラの周りに居た民たちは、一人、また一人と膝を屈していった。やがて街中の民が、ハイシェラに跪いた。

 

 

 

 

 

 

 

ガンナシア王国滅亡の知らせは、たちまちターペ=エトフに届いた・・・わけでは無かった。ハイシェラによって宰相に任じられたケルヴァンが、その情報が伝わることを封じたからである。ターペ=エトフとの戦争となれば、あらゆる布石を打つべきであった。いずれ漏れ伝わるであろうが、その時期は遅いほど良い。ハイシェラ魔族国が建国されて三月後、メルキア王国から大量の武器や食料が送られてきた。驚いたことに、イソラ王国からも同様に物資が届く。ハイシェラはケルヴァンに命じた。

 

«ターペ=エトフとの戦争は、史に残る程の規模になろう!ケルヴァン、その物資を用いて、屈強な兵を揃えるのじゃ!量は惜しむな!これからも、物資は送られてくるだの!»

 

ケルヴァンは興奮していた。魔神ハイシェラこそ、自分が求めていた王そのものであった。思うままに破壊し、支配する。ハイシェラであれば、ケレース地方はおろか、この大陸そのものを支配することも可能である。「覇王」を支えることこそが、ケルヴァンの喜びであった。北ケレースから来たホア族や、遥か南方の魔人などを軍に組み入れ、その軍事力は飛躍的に大きくなっていった。これまで半農半兵であった兵士たちも、専門兵とする。物産量は下がるが、それ以上の物資が届く。オメール山は、対ターペ=エトフの軍事拠点となりつつあった。北華鏡に通じる道「逝者の森」を封鎖し、情報封鎖を行う。ターペ=エトフとの戦争は、北華鏡の平地になるはずだ。地形の調査なども綿密に行う。ケルヴァンはターペ=エトフの軍事力などを想定しながら、どの程度で準備が出来るかを計算した。

 

«十年・・・じゃと?»

 

ケルヴァンからの報告を聞いたハイシェラは、眉間が険しかった。ターペ=エトフと五分で戦えるようになるまで、十年は準備が必要だと聞かされたからだ。ハイシェラとしてはせいぜい半年から一年だろうと考えていた。

 

『王よ、国と国の戦争は、個対個の闘いとは違います。ターペ=エトフは物産が豊かで、ルプートア山脈を防衛線に、ほぼ無限の持久力を持っています。そのような敵を相手にする以上、こちらも最低でも二、三年分は、武器や食料を蓄える必要があります。また兵士の練度も違います。個々の戦闘力だけなら伍するでしょうが、集団として戦った場合、新兵が増えた分、こちらが不利になります。まずはしっかりと調練をしなければなりません・・・』

 

«じゃが、十年は掛かり過ぎじゃ!ケルヴァン、可能な限りその時間を短縮せよ!我の我慢にも限度というものがある»

 

『・・・一年、いえ二年は縮めてご覧に入れます。誠に恐れながら、何卒、「八年」は我慢を下さいませ・・・』

 

ハイシェラは舌打ちをしたが一度頷き、ケルヴァンに出ていけと手を振った。ハイシェラの中ではケルヴァンの評価は決して高くない。有能であることは認めているが、その根本に「卑」があるのだ。ゾキウを殺したのはケルヴァンであると、ハイシェラは喝破していた。使えるうちは使っておくが、いずれ手討ちにするつもりであった。残酷な者、粗野な者、野蛮な者、下品な者は許せる。だが「卑劣な者」だけは許さない。それが魔神ハイシェラであった。黄色い夕日を眺めながら、ハイシェラは内に眠る「もう一人」に問いかけた。

 

・・・あの時、我を邪魔したのは汝であろう?なに故、そのようなことをした。ゾキウの言葉に、何かが動いたか?・・・

 

«弱者など、強者に虐げられるだけの存在だの。それが嫌ならば、自らの足で立ち上がれば良いのじゃ・・・»

 

魔神ハイシェラは呟いた。それはまるで、自らを説得するかのようであった・・・

 

 

 

 




【次話予告】

「商道のみを歩みて、政道に立ち入ること無かれ」

リタ・ラギールは、いち早く変事を察していた。だが商神セーナルの教義が彼女を縛る。プレイア領事「カテリーナ・パラベルム」も小さな違和感を感じていた。彼女の些細な報告は、普通であれば見逃される程度のものであった。だが、ターペ=エトフの「凄腕の次官」は、それを見逃さなかった。


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第七十八話「ソフィアの直感」


Dies irae, dies illa,
Solvet saeclum in favilla,
Teste David cum Sibylla. 

Quantus tremor est futurus, 
Quando judex est venturus,
Cuncta stricte discussurus!

怒りの日、まさにその日は、
ダビデとシビラが預言の通り、
世界は灰燼と帰すだろう。

審判者が顕れ、
全てが厳しく裁かれる。
その恐ろしさは、どれほどであろうか。
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