戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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『王よ、ここは我らが食い止めます!一刻も早く、御避難下さい!』

若き獣人族の兵士が、王の前に片膝をつき、必死に懇願する。だが王は首を横に振った。立ち上がり、大声で命令を発する。

『我が剣を持て!お前たちは下がっていよ!』

差し出された剣を抜く。ドワーフ族の名工たちが鍛え上げた、山すら斬ることが出来る聖剣だ。畏ろしい気配が、足音を立てながら徐々に近づいてくる。王のいる謁見の間の扉が吹き飛ばされる。

≪多少は期待しておったのだがの。これほど容易にここに辿り着くとは、興ざめだの・・・≫

紅い髪の魔神が、笑いながら入ってきた。王の近くにいる入りたての兵士が、カチカチと歯を震わせる。王は兵の肩に手を当て、下がらせた。自ら前に進み出る。

≪ほう・・・てっきり、既に逃げたと思っておったが、汝自身の意志で残ったか・・・≫

『未来ある若者の命を犠牲にする価値など、この老体にはない。これ以上、兵たちを殺めるな。私が相手をしよう・・・』

王は剣を構えた。だが、紅髪の魔神は剣を抜かない。口元に笑みを浮かべながら、王に問いかける。

≪汝に問う。我に勝てると思うてか?≫

王は返答しなかった。だが爪先から、肩から、剣から、凄まじい闘気が立ち昇った。魔神は思わず、真顔になった。

『我が名は「インドリト・ターペ=エトフ」、ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)の力を舐めるな!』

王は猛然と、魔神に斬りかかった・・・



エディカーヌ歴五百十七年版「The Lord of "Tharpe=Etoff"(ターペ=エトフへの途) (著者不明)」より






第七十九話:国同士の戦い

ラウルバーシュ大陸名君列伝の中でも、具体的な実績という点で傑出しているのが、ターペ=エトフ王国国王「賢王インドリト・ターペ=エトフ」である。ラウルバーシュ大陸の歴史上、最も豊かな国と言われるほどの国家を一代で築き上げた点だけでも、後世の歴史研究家を魅了して止まないが、それ以外の点として「個の戦闘力」が常に挙げられる。「ハイシェラ戦争」と呼ばれる魔族国との五十年間の戦争については、あまり記録は残されていないが、その戦争が始まる直前については、在プレメル領事エリネス・E・ホプランドの記録により、ある程度は判明している。

 

ターペ=エトフ歴二百四十六年、東方のガンナシア王国に異変が発生していることを察知したターペ=エトフは、数度に渡り斥候を派遣、ガンナシア王国がハイシェラ魔族国へと変貌していることを掴む。魔神ハイシェラは、これを機にターペ=エトフへの宣戦を行うため、ただ独りで絶壁の王宮を襲撃し、王宮内に混乱を起した。賢王インドリト・ターペ=エトフは自ら剣を握り、一騎討ちの末、魔神ハイシェラを退けた。この話は瞬く間にターペ=エトフ中を駆け巡り、「ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)」の名は、虚構では無く真実であると、畏敬の念を持って国民皆が、再認識をしたのである。

 

・・・王宮に仕える警備兵が語る。その話に皆が盛り上がり、杯を上に掲げる。警備兵の話は、まるで自分がその場に居るかのような錯覚さえ持たせるものだ。私もその話を聞き、興奮を抑えられなかった。話半分だとしても、恐るべき魔神をインドリト王が迎え撃ち、これを退けたのは事実である。魔神と戦えるドワーフ族など、ディル=リフィーナの歴史上でも皆無ではなかろうか。ターペ=エトフには多くの賢臣、忠臣たちがいる。彼らがインドリト王に心酔する理由を改めて確認した思いだ・・・

 

遥か後世においても、インドリト・ターペ=エトフの名は、深く歴史に刻まれている。歴史研究家による「事実調査」以外にも、「インドリトの冒険」などの御伽噺や神話として、子供たちの読む本にまでなっている。ラウルバーシュ大陸に登場した数多くの名君の中で、「神話」となっているのは、インドリト・ターペ=エトフただ一人である。

 

 

 

 

 

リタ・ラギールは、何度目かの溜息をついて、葡萄酒を干した。この数年、彼女の中に悩みが鬱積していた。元々、陽性の性格である彼女は、後ろめたい想いを抱えることが嫌いである。「何とかなるさ」という楽天さと、圧倒的な行動力、そしてある種のズル賢さによって、ラギール商会は大陸有数の大商会に成長した。その結果、彼女は裕福になったが、同時に不自由にもなった。ラギール商会会頭という立場は、多分に「政治的要素」がついて回る。表面上はターペ=エトフの御用商人として動きながらも、その水面下で、ターペ=エトフを裏切る行為に加担する。「自分は商人だから」と割り切ろうとしても、出来るものではない。ターペ=エトフに露見しなければ・・・と考えることは止めていた。露見しないはずがないからだ。ターペ=エトフ王は名君である。さらにあの国には、それを支える有能な行政官が揃っている。必ず、何らかの違和感を掴むはずだ。そして徹底した調査に乗り出す。「あの男」を使って・・・

 

『ディアンの眼を誤魔化す・・・無理だよなぁ~』

 

また深い溜息をつく。深夜であるにも関わらず、眼が冴えている。この数年、酒を飲まなければ眠れなくなっていた。葡萄酒を杯に注ぐ。蝋燭の炎を見ながら、考える。ディアン・ケヒトはただの魔神では無い。行商隊や商取引についても精通している。恐らく遙か上空から、プレイアの街を出入りする行商隊を観察するだろう。そう考えて、露見しないように輸送物を分散させ、さらには信頼できる他の商会にも話を持ちかけ、バーニエの街を集積場所とし、目立つ行商隊が無いように工夫をした。だが、バーニエの倉庫を警備する兵士までは管理できなかった。ローグライア公爵から、レウィニア神権国の兵士を警備兵とするように要求されている。メルキア王国は、レウィニア神権国にとって「仮想敵国」だ。表面上は友好的に見せながらも、その下では互いを牽制しあっている。そうした政治的な部分までは、立ち入ることは出来ない。

 

『あんな目立つ鎧を着た兵士が彷徨いていたら、バレるに決まってるよねぇ~』

 

『・・・あぁ、全くだな』

 

後ろから声を掛けられ、リタは飛び上がった。冷たい表情をしたディアンと、心配そうな表情をしたレイナが立っていた。

 

 

 

 

 

『やはり、知っていて黙っていたのか・・・』

 

ディアンはリタを見下ろしながら尋ねる。その表情は冷たい。リタは覚悟を決めた、露見した以上、下手な誤魔化しをしようものなら、殺されるかもしれない。商売で死ぬのは本望だ。だがこんな蟠りを持ったまま、死にたくはない。

 

『やっぱり、バレちゃったか・・・しょうがないな、全部話すよ』

 

リタ・ラギールは舌を出した。その表情は何処か明るい。ディアンは部屋に「歪魔の結界」を貼った。レイナが不安げに尋ねる。

 

『リタ・・・どうして・・・』

 

『アタシは商人だよ?依頼人が「秘密にしたい」って言っているんだ。それを護るのが商人だよ』

 

ディアンは無表情のまま、リタに質問した。

 

『ガンナシア王国が戦争を起こそうとしている。そしてそれをメルキアとレウィニアが支援している。それが意味することは、ガンナシア王国の戦争相手が、イソラ王国ではないということだ。ターペ=エトフに戦争を仕掛けようとしているな?』

 

『たぶんね。なんでそれをレウィニア神権国が支援するのか、までは解らない。でも、これまで輸送した物資の量は、万の兵が一年以上戦うのに十分な量だよ。恐らくもう、準備は整っていると思う』

 

ディアンは瞑目した。リタ・ラギールの立場で考えてみれば、黙っていた理由は理解できる。もし漏らせば、ラギール商会は潰されるだろう。膨大な富を持ち、各地に交易路を持つ大商会であっても、国家権力を敵に回せば未来はない。だからディアンは、リタが黙っていた事自体は、責めるつもりは無かった。だがその立場だけは確認をしたかった。彼女が敵に回るのなら、御用商人を解かなければならない。

 

『一つだけ聞いておきたい。その依頼を聞いた時、お前の中に迷いはあったか?』

 

『当たり前でしょっ!』

 

リタは眼を怖くして、机を叩いた。

 

『アタシだってね。アンタに教えるべきかどうか、どれだけ悩んだか知れない。この数年、アタシはロクに食事も喉が通らなかったんだ!アンタたちを裏切りたくはない。だから、ターペ=エトフに人を潜入させるっていう依頼は断った。アタシは商人だ。モノを動かして、人々を幸福にして、その対価として利益を得る。レウィニア神権国の依頼は、そのギリギリの許容範囲だったから引き受けたんだ!』

 

『リタ・・・』

 

レイナが心配気に主人を見る。気配は変わっていない。だが表情が少し変わっていた。口元は冷たいが、眼が笑っている。

 

『・・・ロクに食事も喉が通らなかった・・・その割には、あまり痩せていないようにみえるが?』

 

そう呟くと、ディアンは吹き出した。リタは泣きそうな表情をした。レイナが駆け寄って抱きしめる。ディアンは、リタ・ラギールの事情を全て理解し、それを認めた。もし彼女が「死の商人」になったのなら、二度と会うつもりは無かった。だが彼女は、自分の商道の中で、そのギリギリの範囲を見極めて踏み止まっていた。

 

『インドリト王には、オレから伝えておく。安心しろ。オレの弟子は、オレ以上に「人の心」に機敏だ。お前の事情を全て理解して、受け入れるだろう。それにしても、ガンナシア王国か・・・』

 

ディアンの関心は、既にリタから離れていた。ガンナシア王国の国王ゾキウは、人間族を憎んでいる。だがインドリトの話を聞く限り、ターペ=エトフに戦争を仕掛けてくるとは思えなかった。だが、レウィニア神権国やメルキア王国が、ガンナシア王国に物資を輸送しているのは確かだ。ゾキウは一体、何を考えているのか・・・ その時、ディアンはある事実に思い至った。これまで出てきた「事実」の中に、ガンナシア王国という言葉は一度として出てきていない。

 

『リタ、お前が受けた依頼は、ガンナシア王国に物資を運べ、というものだったのか?』

 

リタはポカンとした表情だった。今更、何を聞くのか、という表情だ。だがディアンは真剣だった。

 

『正確に思い出してくれ。「ガンナシア王国」と言われたのか?』

 

『・・・いや、「ケレース地方のオメール山まで」と言われたよ。でもそれって、ガンナシア王国のことでしょ?』

 

ディアンは室内を歩き始めた。自分の考えを整理するように語り始める。

 

『オメール山・・・オレたちもバーニエでそう聞いた。だからオレも「ガンナシア王国」だと思っていた。ガンナシア王国の国王ゾキウは、「人間族に対する憎悪」という点を除けば、インドリトに近い思想を持っている。「弱き者たち」を保護し、皆が幸福に暮らせる土地を作りたいという思いは、インドリトもゾキウも一致しているのだ。だから、ガンナシア王国がターペ=エトフに戦争を仕掛けるという点が、オレはどうしても、納得できないでいた。だが、もしガンナシア王国の国王が、ゾキウでは無くなっていたら?ゾキウが廃され、別の者が国王となっていたらどうだ?』

 

『待ってディアン・・・そんな政変があったのなら、どうして、シュタイフェやソフィアが気づかなかったの?』

 

『確かにターペ=エトフは、ケレース地方東方にも目を向けている。だが実際には、対イソラ王国向けにルプートア山脈に狼煙台と常駐兵を置いている程度だ。東側からターペ=エトフを攻めるのは不可能に近い。ルプートア山脈北東部を通るしか無く、山脈に辿り着く前に、魔導砲で一掃されてしまう。だからシュタイフェもファミも、東方はそれ程、警戒をしてこなかった。そもそも、ガンナシア王国がターペ=エトフに攻めようとしたら、イソラ王国に背後を取られることになる。両国の緊張関係がある限り・・・』

 

そう言って、ディアンは止まった。微妙に指先が震える。

 

『待てよ・・・ガンナシア王国もその程度のことは解っているはずだ。ターペ=エトフに攻める前に、まずイソラ王国を攻めようとするはずだ。だが、イソラ王国侵攻の支援を、光側の国であるレウィニア神権国がするはずがない。となると・・・』

 

『ちょ、ちょっと待ってよディアン!アタシ、いま凄く悪い予感がしているんだけど!』

 

リタも顔が青ざめている。レイナはまだ付いてきていないようだ。だが危機感だけは感じている。

 

『・・・イソラ王国も、このことを既に承知しているとしたら?つまりガンナシア王国とイソラ王国が手を結んでいる。ガンナシア王国が動いても、イソラ王国は動かないという密約が成立している・・・』

 

『そんな・・・だって、イソラ王国とガンナシア王国は二百五十年近く争い続けているのよ?そんな急に和睦して、同盟関係なんて・・・』

 

『・・・そうだな、確かに強引な推測かもしれん。だが、もしこの推測が当たっているとしたら、動いているのは政治の力ではない。別の力だ』

 

リタとレイナが顔を見合わせた。ディアンは独り言のようの呟いた。

 

『フェミリンスの時と同じだ。神が・・・現神が、人間の歴史に介入している・・・』

 

ディアンは数瞬、瞑目して整理をした。これらは全て、推測にすぎない。結論を出すには、情報が少なすぎた。眼を開き、リタに顔を向ける。

 

『リタ・・・ガンナシア王国の様子を知りたい。荷物を運び込んだ行商隊長に話を聞かせてもらえないか?』

 

 

 

 

 

行商隊に加わっていたラギール商会の者たちに話を聞いたディアンは、その足でターペ=エトフへと飛んだ。飛行しながら、話の内容を整理する。ディアンの中に焦りがあった。いま把握している状況だけでも、ターペ=エトフ建国以来最大の危機である。だがディアンの中には、さらに暗い予感があった。この状況は更に悪化するのではないか?レイナには、グラティナとファーミシルスを呼ぶように伝える。二人が居るであろう「練兵場」にレイナが向かう。既に日は沈み、月が昇っていた。拭い去れない予感と共に、絶壁の王宮に到着した。急ぎ、インドリト王および国務大臣と次官に話がある旨を門衛に伝える。ディアンの元弟子である門衛のガルーオは、慌てて王宮内に駆け込んだ。逸る気持ちを抑えながら、謁見の間に通されるのを待つ。やがて、グラティナとファーミシルスを連れて、レイナが到着した。

 

『ディアン、何があったんだ?』

 

『話は謁見の間でだ。いま言えることは、ターペ=エトフに危機が迫っている、ということだけだ』

 

『ディアン・ケヒト殿、こちらへ・・・』

 

戻ってきたガルーオが先導して、謁見の間に入る。インドリト王および大臣と次官は、既に謁見の間で待っていた。ファーミシルスも、臣下として脇に並ぶ。玉座から十数歩離れたところで、ディアンは片膝をついた。頭を下げながら、話し始める。

 

『王よ、斯様な時刻にお訪ねをしたことを謝罪致します。御宸襟をお騒がせ致しましたこと、恐懼の極みです。しかれど、王に御報告をすべき重大な情報を掴みました故、急ぎ駆けつけました。何卒、我が話をお聞き下さい。罰は後ほど、お受け致します』

 

インドリトは苦笑いを浮かべた。ターペ=エトフの誰よりも強く、誰よりも思慮深く、誰よりも視野の広い師であるが、「大仰」なところが、唯一の欠点であった。公私を分けていることは理解しているが、インドリトとしては、もっと気軽に接して欲しかった。苦笑いのまま、インドリトが語りかける。

 

『師よ、ここには家族と友人しかいません。そのような些末な作法など無用です。重大な情報なのでしょう?すぐに聞かせてください』

 

ディアンは頷き、顔を上げた。

 

『まず事実を、次に私の推測をお伝えします。ラギール商会は、数年前からメルキア王国バーニエを経由して、武器・医薬品・食糧などの物資を、オメール山まで運んでいました。リタ・ラギール自身に確認をしたところ、万の軍が一年以上は動ける程の物資を既に運んでいるとのことです。バーニエの街には、レウィニア神権国の兵士が警備として配置されていました。あの鎧は間違いなく、レウィニア第一宮廷騎士団のものです。行商隊の者から聞いた話では、ガンナシア王国の街に入ることは許されなかったものの、見たこともない魔族、亜人族が武装して調練をしている姿が見えた、とのことです。また、メルキア王国の紋章が付いた荷車を見た、という証言もありました。これが事実です』

 

インドリトは表情を変えなかったが、シュタイフェが蹌踉めいた。インドリトはその様子を一瞥し、師に話を促した。

 

『それで、師の推測は?』

 

『この事実から推測できることは、数年前に、ガンナシア王国に何らかの変事があったということです。一連の動きが、ゾキウ王の企みとは思えません。バーニエの街は、ガンナシア王国と交易を行っています。リタ・ラギールの話では、現在のメルキア王国宰相ヘルマン・プラダは、権謀術数に長けた人物とのことです。あるいはガンナシア王国の変事も、メルキアの手によるものかもしれません。そして、新たなガンナシア王国にレウィニア神権国が支援をしているということは、その狙いはイソラ王国ではないでしょう。このターペ=エトフだと思われます。人道的支援であれば、隠す必要はありません。ですがレウィニア神権国のローグライア公爵は、秘密厳守をラギール商会に要求したそうです。知られたら困るから隠そうとする・・・つまり、レウィニア神権国は表面上は同盟国のフリをしながらも、水面下では事実上、破棄をしていると判断します。そして、ガンナシア王国が戦争準備を進めているということは、イソラ王国にまで手が回っている可能性が高いと思われます。北華鏡での会戦は、この二百五十年で一度だけでした。それは、イソラ王国とガンナシア王国が政治的に対立し、互いに牽制しあっていたからです。ガンナシア王国の急速な軍備拡大は、その対立が解消されたことを物語っています』

 

『イソラ王国、ガンナシア王国、メルキア王国、そしてレウィニア神権国・・・ターペ=エトフが包囲されているということですね?』

 

『そして、此処から先は、根拠がない可能性ですが・・・』

 

ディアンの表情が暗くなる。インドリトは、師のこれ程の鬱な表情を見るのは初めてであった。

 

『この包囲網・・・ひょっとしたら北にまで伸びているかもしれません。レスペレント地方のカルッシャ、フレスラント、バルジアの三王国まで、ガンナシア王国支援で動いているとしたら・・・』

 

バタンッという音がする。ソフィアが倒れていた。ファーミシルスが抱き起こす。どうやら失神してしまったようだ。シュタイフェがディアンの横に走り出て膝をつく。陽気な魔人が肩を震わせている。

 

『インドリト様!これは、アッシの責任でヤス!アッシがしっかりしていれば、もっと早く掴むことも出来たのに!お詫びのしようもありません!どうか、アッシに罰を・・・』

 

意識を取り戻したソフィアがファーミシルスに抱えられながら叫ぶ。

 

『いいえ!これは私の責任です!パラベルム殿からの定期報告を確認するのは、私の仕事です。物価変動の兆候をもっと早く掴んでいれば、こんな事態にはなりませんでした!私が悪いのです!』

 

『止めよ、二人とも!』

 

インドリトが眉間を険しくし、肘掛けを叩いた。王に怒鳴られたことなど、二人は初めてであった。その後、普段の表情に戻ったインドリトが、口元に笑みを浮かべて呟いた。

 

『ターペ=エトフを支える大臣と次官が、揃って気づかなかった・・・つまり、余人の誰にも、気付くことなど出来なかったということです。我が師よ、そうでしょう?』

 

『その通りです。ラギール商会は、物流による物価変動まで計算をして、巧妙に隠し続けていました。もしバーニエにレウィニアの兵士が居なかったら、私も気づかなかったかも知れません。むしろ、僅かな違和感から徹底調査を行った二人は、瞠目に値すると思います。二人のお陰で、早期に掴むことが出来たのです』

 

『師の言うとおり、むしろ「早期に掴んだ」と考えましょう。何しろ、まだ戦争は始まっていません。シュタイフェ、ソフィア、良くやってくれました。二人のお陰で、事前に危機を察することが出来たのです』

 

大臣と次官は、俯いて一礼をした。ディアンが横にいるシュタイフェの肩を叩いた。元の位置に戻った二人に頷き、インドリトはディアンに話を促した。

 

『師よ・・・先程の師の推測では、包囲網がレスペレント地方の各国にまで伸びている・・・ということでしたが、その根拠はありますか?』

 

『ありません。ですが、この仕掛けは極めて巧妙です。それであれば、南側だけの「半包囲」で満足するとは思えません。私であれば、北にまで手を伸ばし、包囲網を完成させようとするでしょう』

 

『ディアン、その国々が、実際に兵を動かす可能性はあるのか?』

 

ファーミシルスは既に覚悟を決めた表情になっていた。ディアンは首を振って、その可能性を否定した。

 

『いや、その可能性は小さいだろう。物資を送ることと、実際に兵を動かすとでは、まるで意味が違う。戦争には、莫大なカネが掛かる。仮に、先に挙げた七カ国が同時に兵を起こし、ケレース地方を席巻し、七つに分割したとする。一カ国あたりが得られる国土など、微々たるものだ。さらには統治が極めて困難だ。それであれば、どこか一カ国に任せ、自分たちは利益を得たほうが良い』

 

『だが、何故だ?なぜ、ターペ=エトフをそこまで攻撃しようとする?我々は、先に挙げられたどの国に対しても、何もしていないぞ?』

 

『ターペ=エトフが存在すること自体が、困るから・・・そういうことですね』

 

インドリトは諦めたように呟いた。ディアンは黙って頷いた。その表情には、鬱よりも哀しみが浮いていた。理解できない周囲に、ディアンが説明をした。

 

『先に挙げた国々は、「王国」だ。つまり王や貴族という支配者がいて、民を支配している。だが、ターペ=エトフは王の存在を廃止し、「民が支配者」になろうとしている。そのような国が隣国として出現し、さらには羨むほどに繁栄をしている・・・貴族という支配者たちから見れば、危険極まりない存在だ。自分の国でも「民が支配者になるべき」という風潮が生まれるのではないか・・・そうした不安を持つだろう。王や貴族という存在は、民衆蜂起を最も警戒している。支配者の本能のようなものだ』

 

『私も王として、ずっと民を気にし続けてきました。この国で生まれたこと、生きることに喜びを感じているか?また生まれ変わっても、ターペ=エトフで生まれたいと思ってくれているか?そう思って、この二百五十年、王として統治を続けてきました。そして、この五十年は、ターペ=エトフの民たちに語り続けてきました。「これからは、自分たち自身の手で、そういう国を作っていくのだ」と・・・』

 

『何も悪いことでは無いではないか!インドリト王は、民を愛し、愛するが故に、民に自立を促したのだ。それが「悪」だと言うのか!』

 

ファーミシルスは激昂した。これまでの全てが否定された気持ちになったからだ。ディアンが首を振った。

 

『ファミ・・・善悪の問題ではないのだ。カルッシャやフレスラント、あるいはレウィニアの「支配者たち」とって、ターペ=エトフが目指す国は、危険な国に見えてしまうのだ。ターペ=エトフは、民たちに「意志」を持たせようとしてきた。自分たちの国、という意志・・・「国民意識」というものだ。だがその意識こそ、他国にとっては危険なのだ。支配者にとって、もっとも支配しやすい民とは、「自分の意志を保たず、自分で考えることも無く、唯々諾々と納税してくれる民」なのだ。「民は灰で無ければならない。火を付けても燃えないようにしなければならない。灰の生き方にも、それなりの幸せがある」・・・かつて、そう言った支配者がいたそうだ』

 

ファーミシルスが沈黙して俯いた。気を取り直したソフィアが、ディアンに別の疑問をぶつけた。

 

『ですが、一体誰なのでしょうか?各国にそうした不満があったとしても、それを表面化させ、これほどの大掛かりな仕掛けをするなど、およそ人間業とは思えません』

 

『そう・・・人間の仕業ではない。恐らく、これを企んだのは西方の現神勢力だろう。アークリオン、アークパリス、マーズテリア・・・この辺が動いたのでは無いか?』

 

『師よ・・・それよりも可能性の高い存在があるでしょう。お気づきだと思います』

 

ディアンは黙って、インドリトを見つめた。インドリトの指摘は、一番最初に考えた可能性だった。だがディアンは、それ以上を考えたくなかった。インドリトも、師の気持ちは察していた。だが王として、その可能性を指摘しない訳にはいかなかった。

 

『・・・「水の巫女」であれば、可能なのではありませんか?』

 

 

 

 

 

ハイシェラ魔族国宰相ケルヴァン・ソリードは、不眠不休で準備を進めていた。既に兵力は一万を超え、数年分の物資も蓄えられている。だが一方で、この数年ではどうしても用意できないものもあった。軍を束ねる将である。新たな王は、神に匹敵する力を持っている。その美しさと強さは、新王国の象徴であった。だが実際に戦争をするとなれば、現場を束ねる将が必須である。ターペ=エトフは飛天魔族の元帥を筆頭に、優秀な中堅将校たちが揃っている。万の軍を用意したとしても、不安であった。だがその不安をハイシェラは嗤って否定した。

 

«魔族とは元々、他者から命令されることを嫌うものだの。軍であろうとするな。強い「個」が集まった集団だと思うのじゃ。我が兵たちに命じるのは、我だけで良い。「進め」「殺せ」の二つで十分だの»

 

そう言われ、ケルヴァンは考え方を変えた。そもそも国家であろうとしたことが間違いなのだ。ハイシェラ魔族国は、国と名乗っているが、国家ではない。ハイシェラという偉大な魔神を中心とした「集団」なのだ。分かりやすい規範だけを作れば、あとは好きにさせれば良い。ケルヴァンは誰でもが理解できる言葉で、ハイシェラ魔族国の軍規を作った。

 

■魔神ハイシェラ様の命令には、絶対服従すること

■仲間内での喧嘩は認めるが、殺傷は「出来るだけ」避けること

■ガンナシア王国の民たちは、絶対に傷つけないこと

 

この三つだけを軍規とした。特に三番目は、ハイシェラから厳重に命令が出ている。実際に破った者をハイシェラが直々に処刑した。

 

«我はゾキウと約束をした。ガンナシア王国の民には手を出さぬと・・・我はその約束を違えるつもりは無い!皆も肝に銘じよ!»

 

凄まじい気配を発して命じる魔神には、ケレース地方一の乱暴者で知られるホア族でさえ、身を震わせて従った。以来、ハイシェラ魔族国での狼藉被害は激減をしている。軍にはなっていないが、少なくとも弱者が虐げられる光景は無くなった。物資は山積みとなり、武器も皆に行き渡っている。これであれば、戦争をすることも可能だろう。ケルヴァンは、最後のツメを行うべく、ハイシェラの元へと向かった。

 

«そうじゃ・・・もっと我を感じさせよ・・・»

 

扉の向こう側から、艶っぽい声が聞こえてくる。ケルヴァンは躊躇したが、意を決して扉を叩いた。「入れ」と命じられ、部屋への入る。中では案の定、ハイシェラの痴態があった。魔人パラバムという軟体動物のような魔人に、自分を愛撫させている。

 

«して・・・何用じゃ?ケルヴァン・・・»

 

快感に目を細めながら、ハイシェラはケルヴァンに話を促した。ケルヴァンは顔を伏せたまま、作戦を提案した。

 

『献策致します。戦の準備は、ほぼ整いました。勝利に向けた最後のツメとして、王のお力をお借りしたく・・・』

 

«ほう・・・やっとか・・・して、我に何をせよと?»

 

『この数週間、ターペ=エトフからの斥候が増えています。北華鏡や逝者の森にて、敵の諜報活動を食い止めてきましたが、そろそろ限界です。そこで、意図的に情報を流します。王の気配を意図的に漏らし、斥候に逃げ帰らせます。そうなればターペ=エトフは恐らく、王の仰る「魔神」を派遣してくるでしょう・・・』

 

ハイシェラは黙ったまま、愛撫に身を委ねていた。その程度の作戦ならば、最初からそうしている。数年を掛けた仕上げである以上、その先があるはずだ。ケルヴァンは言葉を続けた。

 

『そこで王には、その魔神と行き違う形で、ターペ=エトフの王宮に乗り込み、インドリト王の首を挙げていただきたいのです』

 

ハイシェラは軟体動物をペシッと叩いた。愛撫で喜悦を浮かべていた表情が険しくなる。

 

«・・・つまり我に、ターペ=エトフに「不意打ちせよ」と申すか?»

 

『王よ、これは勝つためです。王の目的は、その魔神との一騎討ちでしょう。ですが、その魔神を倒したとしても、インドリト王が健在である限り、ターペ=エトフは滅びません。一方、万一にも王がお倒れになれば、我らはそこで終わりです。まずはターペ=エトフに確実な一撃を打ち込むのです。インドリト王が殺されたとなれば、その魔神は激昂し、怒り狂って王に襲い掛かってくるでしょう。王がお望みの「全力をぶつけ合う熱き闘い」の舞台を整えるためには、インドリト王の首が必要なのです』

 

ハイシェラは眉間を険しくしたまま、ケルヴァンを睨んだ。溜息をついて頷く。「不意打ち」「騙し討ち」といった行為をハイシェラは唾棄していた。この二千数百年の闘いの中で、背後から襲いかかったことなど、一度として無い。堂々と正面から相手とぶつかり合い、全力を持って倒し、その存在を吸収する・・・それがハイシェラの生き方であった。

 

«国同士の戦いとは・・・なんともつまらぬものだの。強きが弱きを吸収する。その有り様にも、一つの定めがあるべきじゃ。弱きは弱きなりに、自らの全力を出し切って戦うべきじゃ。またそうさせることが、強きの在り方ではないか・・・»

 

『魔神同士の闘いであれば、それで宜しいでしょう。ですが、国同士の戦いは、より複雑なものです。賭けているものが、己独りではありませんから・・・』

 

«フンッ»

 

魔神ハイシェラは、鼻で嗤った。

 

 

 

 

 

ファーミシルスは焦っていた。この数週間、既に二桁に達する斥候を放っているが、全員が戻ってこない。上級の悪魔族でさえ、戻らないのだ。さすがの被害の大きさに、次を送ることを躊躇していた。いま送り込んでいる飛天魔族の斥候が戻らなかった場合は、自分が行こうとさえ考えていた。だがその日の夕刻、斥候が初めて戻ってきた。だがその様子が尋常ではない。蒼白の顔色をして、全身を震わせている。ファーミシルスが落ち着かせる。斥候はようやく、話し始めた。

 

『「魔神」だと?』

 

『そうだ。斥候の話では、尋常ではない気配を放つ魔神を確認したそうだ。その姿は見ていないが、普通の気配ではない。まるで「現神」だと言っていた』

 

その夜、王宮に呼ばれたディアンは、ファーミシルスやシュタイフェたちと話し合いをしていた。斥候が初めて戻り、相手の正体が多少見えた、と聞かされたからだ。シュタイフェがファーミシルの言葉に首を傾げる。

 

『申し訳ないでヤスが、ちょっと大げさ過ぎやしヤせんかね?アッシも、魔神の気配は良く知っていヤすが、そんな凄まじい気配を放つ魔神なんて、考えられヤせんぜ?魔神は神族の中でも「信仰を必要としない独立の存在」でさぁ。力が弱まることもありヤせんが、強くなることもない。現神に匹敵する魔神なんて、考えられヤせんよ』

 

ディアンは黙って腕を組んでいた。ある可能性に思い至っていたからだ。だが、まだ信じられなかった。「あの魔神」が国家を興すなど、考えられないからだ。

 

『ファミ、その斥候は信頼できるのか?』

 

『無論だ。私と同じ飛天魔族で、それもかなりの修行を積んでいる。斥候の中では、最も腕が立つ奴なのだ。もし戻らなかったら、私自身が斥候に行こうと想っていたくらいだ』

 

『なるほど、ではそれを信じるとするならば、その魔神には思い当たる奴がいる。時期的にも符合するし、可能性はある。だが、オレにはまだ信じられん。その魔神は、建国などという行為とは、かけ離れた存在だからだ。ただ闘いのみを求める「独立独歩の極地」を行く魔神だ。アイツが国を起したなど、考えられん・・・』

 

ディアンは腕を組んだまま、暫く考え、懐から水晶を取り出した。ファーミシルスに渡して告げる。

 

『明日、オレ自身が斥候に行こう。もし、オレの予想通りの魔神だったら、その水晶の色が変わる。その時は、急いで王宮を固め、戦争の準備をしろ。オレもすぐに戻る』

 

『ソイツは、強いのか?』

 

『あぁ・・・オレよりもな』

 

・・・明日が、自分の命日かもしれない・・・

 

驚くファーミシルを余所に、ディアンの表情には、悲壮な決意が顕れていた。

 

 

 

 

 




【次話予告】

王宮に激震が走った。「魔神の襲来」である。王の危機を察した使徒たちは、魔神を止めるべく、王宮に急ぐ。凄まじい力の前に次々と兵たちが倒れる。インドリトは自ら剣を握り、魔神の前に立った。二百五十年間に渡って磨き続けた「王の力」が示される。



戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第八十話「ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)の力」


Dies irae, dies illa,
Solvet saeclum in favilla,
Teste David cum Sibylla. 

Quantus tremor est futurus, 
Quando judex est venturus,
Cuncta stricte discussurus!

怒りの日、まさにその日は、
ダビデとシビラが預言の通り、
世界は灰燼と帰すだろう。

審判者が顕れ、
全てが厳しく裁かれる。
その恐ろしさは、どれほどであろうか。
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