戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第六話:スティンルーラの酒

セアール地方は、ブレニア内海北部とオウスト内海西部に挟まれた地域である。ケレース地方西方のルプートア山脈によって風が遮られるため、セアール地方は降水量が少なく、乾燥地帯となっている。その一方、ブレニア内海北部は雨量も多く、肥沃な大地であったため、セアール地方では古くから、北部から南部に向けて入植が進んでいた。

 

セアール地方南部は、元々は「スティンルーラ人」が住んでいた土地である。スティンルーラ人は裁きの女神「ヴィリナ」を信仰する人間族である。自然を愛する母系社会を形成し、女性優位の文化を形成していた。セアール地方という名称は、光の神殿の影響を受けた北部の人間族「セアール人」の名称から来ているに過ぎない。北部からの入植は、スティンルーラ人にとっては「侵略」であるため、セアール人とスティンルーラ人の対立は深刻であった。一時期は、バリハルト神殿の庇護のもと、セアール人がケレース地方の大半を統治したが、バリハルト神殿の影響が薄れた後代では、スティンルーラ人がセアール地方南部を完全に治め、女系国家「スティンルーラ女王国」を建国する。

 

スティンルーラ人は、バリハルト神殿などの現神勢力の庇護を受けていたセアール人に対抗するために、二つの勢力から協力を受けた。一つは「レウィニア神権国」、もう一つは「ターペ=エトフ」である。この二つの大国と交易をするためには、両国には存在しない「スティンルーラの特産品」が必要であった。特に、ターペ=エトフで鍛造される武器類は、バリハルト神殿との抗争において欠かすことの出来ないものであった。そこでスティンルーラ人たちは、黒麦酒に着目をした。黒麦酒は、発芽した大麦を粉砕し、水と混合させて自然発酵させたものであるが、スティンルーラ人たちは黒麦酒の製造方法を見直し、香りづけと苦味を与えることで独特の風味を持つ「新しい黒麦酒=エール麦酒」の開発に成功した。

 

エール麦酒の製造技法は、やがて各地に広がるが、スティンルーラ産のエールは、焙煎をした大麦を使用した「スタウト」と、焙煎をせずに使用する「ペール」の二種類があり、その口当たりや旨味は、他地方産の追随を許さない。そのため、スティンルーラ産のエールを置く酒場は繁盛する、とまで言われている。

 

 

 

 

 

エルザ・テレパティスの案内で、ディアンはスティンルーラ人の集落「クライナ」に入った。道中でお互いに、その後について語り合う。エルザはディアンと別れてから半年後に、セトの村を出たそうだ。ディジェネール地方を西に進み、ブレニア内海西岸の「レルン地方」を回って、この地に来たらしい。一年をかけて散り散りになった同族を集め、ようやく自分たちの土地に辿り着き、クライナの集落を形成した。

 

『バリハルト神殿と戦おうと思っていたのに、いつのまにかノヒアが無くなっちまっていたからね。この辺り一体を取り戻すのは簡単だったよ』

 

集落を案内しながら、エルザは自慢気に語った。かつては二十人程度であったエルザの部下は、いまでは千名を超えている。これだけの規模になれば、食べていくためにも様々な産業が必要であった。農耕や畜産の他、ブレニア内海に出て漁業なども行っているようである。だが、まだ国家として成立するには小さすぎであった。スティンルーラ人は人間族の中では排他的な部族であり、移民を受け付けない。このままではただの「部族」として終わるだろう。だがエルザはそれで構わないと考えているようであった。

 

『バリハルト神殿はもう無いんだ。土地を取り戻すのも、時間の問題さ』

 

『・・・だといいがな』

 

ディアンは予想していた。バリハルト神殿は確かに駆逐されたが、北部に住むセアール人たちのほうが、遥かに人口が多いのである。セアール地方北部は乾燥地帯であり、農耕には適さない。豊かな土壌を求めて、必ず南下をしてくるはずである。バリハルト神殿の有無など、関係が無いだろう。まして、神殿勢力は一時的に排除されたに過ぎない。再びこの地域に、バリハルト神殿が進出をしてくる可能性も十分にあるのだ。ディアンは自分の懸念をエルザに伝えた。

 

『バリハルト神殿が無くても、セアール人をこの地から追い出すのは不可能ではないか?北部からの入植者たちも、この地に根付き、生活を営んでいる。それを一方的に追い出してしまっては、バリハルト神殿を非難することは出来なくなるぞ?』

 

『・・・・・・』

 

エルザは無言のまま、ディアンを自分の家に招き入れた。

 

 

 

 

 

『実際のところ、アタイも悩んでいるんだよ。一族の将来を考えると、東にある「レウィニア神権国」のような「国」を作るべきなんじゃないかってね。でも、プレイアの街は何万人も人がいて、いまも増え続けている。一方、アタイらはせいぜい千人ちょっとの数しかいない。この先、どうやって一族を率いていけば良いか、アタイにも解らないんだ』

 

エルザの家は簡素な造りであった。靴を脱いで板間にあがり、炉端を囲むように座る。エルザは熾火に炭を焚べ、湯を沸かしながら呟いた。ディアンも腕を組んで悩んだ。人口というのは、国力の象徴である。プレイアの街がレウィニア神権国になれたのは、十万人を超えるほどの人口を持っていたからである。一方、スティンルーラ人の集落は千人を超える程度しかない。ただの「村」である。国家を名乗ったところで、誰も認めないだろう。

 

『アタイらは、何も大国になって他の国を攻めたいなんて考えちゃいないんだ。どこからも侵略されること無く、日々を穏やかに過ごせればそれでいい。でも、他の土地を旅して解ったけど、穏やかに暮らすためには、強い力が必要なんだ。「手を出したら()られる」という威嚇する力が、自分を護るんだよ。そのためにも、力を持たなきゃいけないんだ』

 

『エルザ、お前が変えたくないと考えている「スティンルーラ人」の在り方は何だ?ブレニア内海沿岸部は、平地が多く、人の行き来も多い。「スティンルーラ人だけの国」などというものは成立しないだろう。仮に国を立ち上げたとしても、必ず他の土地から人が来て、その国に住み着くようになる』

 

『スティンルーラ人は、女系社会だ。一族の長は、女が継いできた。これには理由があるんだ。アタイらの伝説では、戦を「始める」のは常に男だった。戦には常にキッカケがあり、それは男が作っているんだ。だからアタイらは女が長になるようになった。実際、バリハルトの連中が来るまでは、セアール人の移民たちとも上手くやっていたんだ』

 

『つまり、女系社会ということを護ることが出来れば、移民の受け入れも可能、ということか?』

 

『そう簡単には行かないだろうけどね。アタイらスティンルーラ人は、女が中心の社会で生きていたから、女が立てられて当たり前だった。だけど、他の土地では男が中心だ。男が外で働き、女は家を護るもの、そう思われている。移民者が簡単に受け入れるとは思えないよ』

 

『そうだな。だが女系社会にも欠点はあるぞ?スティンルーラ人は女が働き、糧を得ている。そのため、他の地域と比べて、一戸あたりの子供の数が少ない。他の土地では五人兄弟など当たり前に見受けられるが、スティンルーラ人の出産数は、せいぜい三人だろう?妊娠の間は、働く時間も限られてしまうからだ。スティンルーラ人が、他族と較べて著しく人口が少ない理由は其処にあると思うぞ?子供を産むということと、働いて糧を得るということは、ある意味では「二律背反」だ。それを融合させるには、一族を上げての支援体制が必要だ。例えば、子供一人当たりに対して食糧などを支援する、などだ』

 

『・・・アタイらの在り方が間違っているって言うのかい?』

 

『そうではない。女系社会で繁栄をするには、それなりの「工夫」が必要だと言いたいだけだ。子供を育てるというのは、ある意味では「消費活動」なんだ。子供を育てるためには、その分、衣食住の負担が増える。一方で、子供は特に働くわけではない。子供の分まで、親が働かなければならない。だが、働けばその分、子供の面倒をみる時間が少なくなる。子育てと労働を両立させるには、周囲からの支援が不可欠だと言いたいだけだ』

 

『だけど、支援をしようにもアタイらだって余裕があるわけじゃない。みんな自分の食い扶持を得るために懸命なんだ』

 

『そうだな。そうした支援は、余裕があって初めて出来ることだ。スティンルーラ人が繁栄をするためには、人口増加が不可欠だ。だが人口を増やすためには、妊婦や子育てをする家族を支援する体制が必要であり、そのためには豊かさが必要だ。つまり「楽に豊かになる」ことが出来れば、スティンルーラ人は繁栄する』

 

『なに夢物語言っているんだい!楽に豊かになんて、なれるわけないだろう?』

 

『いや、そうとも言えないぞ・・・』

 

ディアンはある考えをエルザに提示した。

 

 

 

 

 

クライナの集落近郊の森にディアンとエルザはいた。ディアンは木々に絡まる蔦を観察して頷いた。

 

『やはり間違いない。これはカラハナ草だ。この蔓に生る毬花を使えば、より風味のある麦酒を作ることが出来る。それをスティンルーラ人の「特産品」として他国に輸出し、資金を得る』

 

『麦酒だって?そんなもの、どこだって造られてるじゃないか!』

 

『そうだ。だが、アヴァタール地方の黒麦酒の醸造方法では、せいぜいが「自家製法」の領域だ。発芽した大麦からパンを焼き、それを水でふやかすという製法では、大規模な醸造は難しい。オレが生まれたディジェネール地方の醸造方法にもう一手間を掛け、全く新しい麦酒を醸造する。安価で飲みやすく、それでいて適量で酔える麦酒は、間違いなく普及する』

 

ディアンは籠いっぱいに毬花を摘んで、集落に戻った。麦酒作りを始める。

 

『以前、アヴァタール地方東方の街、バーニエで黒麦酒の醸造を見たことがある。あの方法とは違うやり方で麦酒を作る。まず麦汁を作る。発芽した大麦を篩いにかけ、異物を取り除いた後に粉砕する。それを人肌程度の温水に浸し、時間を経過させる。この時、温度が下がらないように調整することが肝心だ。そしてそれをろ過する。次に、ろ過した麦汁を沸騰させる。その時に使うのが「毬花」だ。オレが生まれた土地では、これを「ホップ」と呼んでいた・・・』

 

集落に滞在をする数日間で、ディアンは自分の知る「麦酒醸造方法」を伝えた。転生前に経営をしていた会社で、商品開発のために「麦酒の醸造方法」を勉強していたのだ。その知識が役に立った。

 

『・・・冷ましたら、ここで発酵を行う。パンを焼く時に使う「パン種」があろうだろう?アレだ』

 

ディアンはパン種から菌糸の部分のみを取り出して、冷ました麦汁に加えた。

 

『常温で発酵させる。だいたい7日間といったところか。発酵後は木樽につめ、さらに一ヶ月間貯蔵する。出来れば洞窟などの涼しい場所が良いな』

 

エルザは半信半疑であった。自分の知っている麦酒製法とは、全く違うからである。だが、かつての恩人がそうしろと言うのだ。エルザは発酵が始まった樽を見ながら、ディアンに尋ねた。

 

『もし、アンタの言うとおり新しい酒が生まれたら、どこに売ればいいんだい?』

 

『オレの住んでいるケレース地方のドワーフ族が買い占めるさ。もちろん、適正価格で買うぞ。武器や貴金属などと交換しよう。それで今度は、レウィニア神権国から食糧を買う。行商人は任せろ。凄腕の商人を一人、知っている』

 

発酵中の原酒は蓋をして、日陰に運んだ。その夜、エルザとディアンは遅くまで語り合った。麦酒造りを基幹産業とする「スティンルーラ族の未来」についてである。エルザの中に、スティンルーラ人の将来が見え始めた。数日後、発酵が終わった麦酒を木樽に詰め、洞窟に運び終わったところで、ディアンはクライナの集落を出発した。一ヶ月後に立ち寄るとエルザに告げた。もしディアンの構想が実現すれば、スティンルーラ部族は繁栄への第一歩を踏み出すことになる。エルザは祈るような思いで、ディアンの後ろ姿を見つめた。

 

 

 

 




【次話予告】

「プレイアの街」に入ったディアンは、懐かしい知人に会うために大広場へと向かった。たった二年で大きく変貌した「彼女の店」に、ディアンは驚く。アヴァタール地方とケレース地方を繋ぐ「行商路」を拓くため、彼女に協力を依頼する。

戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第七話「ラギールとの商売」

少年は、そして「王」となる・・・

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