戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第八十話:ターペ=エトフの力

『ディアン、私たちは一緒じゃなくていいの?』

 

レイナは不安気にディアンに尋ねた。黒衣の男は顔だけ振り返り、頷いた。

 

『斥候は少ないほうが良い。今回は、オレ独りで行く。二人共、留守を頼むぞ。何かあったら、すぐにオレを呼べ』

 

『もし、本当にその魔神だったら、ディアンはどうするんだ?』

 

『・・・闘うしかないだろうな』

 

『駄目よ!あの魔神は異常だわ。いくらディアンでも・・・』

 

レイナは魔神ハイシェラの気配を知っている。古神と魔神という二つの神核を持ち、神気と魔気の両方を放つ存在は、確かに異常な存在だ。もし闘えば、この家に戻れない可能性は高い。少なくとも、無事では済まないだろう。ディアンは二人の使徒を交互に抱きしめた。

 

『心配するな。オレは死なん。無理だと思ったら、すぐに引き返す』

 

心配をする二人の使徒を置いて、ディアンは東へと向かった。

 

 

 

 

 

ディアンが斥候に出た二日前、ハイシェラの元にケルヴァンが報告をしていた。

 

『王よ・・・予定通り、飛天魔族の斥候を帰しました。恐らく一両日中には、魔神がこちらに向かってくると思われます。王は南方より、王宮を攻めて下さい』

 

ハイシェラはケルヴァンを見ただけであった。この作戦に乗り気ではないのだ。魔神ハイシェラには、一つの価値観があった。強大な敵とぶつかり合い、互いに死力を尽くして闘い、相手を屈服させてこそ、強者の勝利だと考えていた。たとえ相手が亜人の弱者であっても、全力を発揮させ、それを受け止め、殺戮する。闘争という点においては、対等の立場に立つのがハイシェラの価値観であった。

 

«汝の言うとおり、王宮を攻めるのは良い。じゃが、我は堂々と正面から乗り込むぞ。背後から吹き矢を射掛けるような下衆な真似は、我の最も嫌う行為じゃ・・・»

 

ケルヴァンは頭を下げた。だが背中には冷たい汗が流れている。魔神ハイシェラは、自分がゾキウに矢を射掛けたことに気づいている。今は利用されているが、いずれ殺されるだろう。そう判断した。

 

・・・逃げる算段をしておく必要があるな・・・

 

ケルヴァンの中に、ハイシェラへの背信が芽生えていた。

 

 

 

 

 

ルプートア山脈北東部から、北華鏡へと抜ける。アムドシアスの王宮を飛び越えても良いが、美を愛する魔神は、自分の頭を他人が通過することを嫌がっていた。この状況で、華鏡の畔を敵に回すのは得策ではない、そう判断しての迂回であった。だがこれは、既にケルヴァンの予想通りであった。逝者の森に舞い降りる黒衣の男の姿は、ハイシェラ魔族国側にも伝わっていた。ケルヴァンは手元の水晶玉に手を翳した。魔神ハイシェラへの知らせを送る。オメール山を南に進み、トライスメイルからルプートア山脈南部へと入っていたハイシェラは、ケルヴァンからの知らせを感じ取った。

 

«確か、インドリト王とか言っておったの。ゾキウが最後に残した言葉に出ていた王じゃな。どれ、どれ程の力を持っておるのか、楽しみだの»

 

既に気持ちは、王宮内での殺戮に向いていた。やるからには徹底的に、非情なほどに殺戮をする。それが弱者への礼儀である。凄まじい気配がルプートア山脈南部に出現する。だがハイシェラは知らなかった。ターペ=エトフにいるのは、インドリト王と魔神だけではない。圧倒的な気配の出現をいち早く感じ取った二柱がいた。黒雷竜ダカーハと熾天使ミカエラである。

 

『・・・・・・』

 

『この気配は?』

 

ハイシェラは、双方の縄張りの中間地点に出現した。これまで感じたことのない程の圧倒的な気配に、ダカーハは身体を起した。

 

『・・・友に危機が迫っている。座視する訳にはいかぬな』

 

一瞬で上空に飛び上がり、凄まじい速度で王宮へと向かった。一方、ミカエラは迷っていた。ターペ=エトフは天使族に、その領土の一部を割譲し、この静寂の聖地を用意してくれた。ターペ=エトフには返し切れない程の恩義がある。しかし一方で、政治的には天使族とターペ=エトフは対等である。援軍要請があれば、天使族は総力を挙げてターペ=エトフのために戦うだろう。だが現時点では、ターペ=エトフからそうした要請は来ていない。魔神の気配は、絶壁の王宮に向かっている。それであれば、これはターペ=エトフの問題となる。ここで自分が出張るのは、ターペ=エトフに対する「干渉」に当たる。だが、感じている気配は異様であった。古神と魔神の気配が混合したような、未知の気配であった。

 

『・・・もしもの時のために、近くには行っておきましょう』

 

純白の六翼が開き、ミカエラは東へと飛び立った。

 

 

 

 

 

逝者の森の中で、ディアンは一人の悪魔族を捕らえていた。ケレース地方では見たことが無い悪魔である。

 

『聞きたいが、お前は何処から来たんだ?ケレース地方出身では無いだろう?』

 

だが目の前の悪魔は不敵な笑みを浮かべ、黙っていた。ディアンの眼が細くなった。人間の気配が希薄になり、魔神の気配が立ち昇る。鳥たちが一斉に飛び立つ。悪魔は絶句して、その様子を見ていた。

 

«・・・そうか、だったら無理矢理でも聞かせてもらうぞ。お前の出身など、どうでも良い。ガンナシア王国に何があった。お前たちの新しい王は魔神だそうだが、その名は?»

 

だが悪魔は、魔神の気配に当てられても黙っている。口を割れば死ぬことが目に見えているからだ。ディアンの笑みが大きくなる。背中の剣ではなく、腰に下げた短剣を取り出した。

 

«最後の警告だ。今すぐに話せば、五体満足で帰れるぞ?五つ数えるうちに決断しろ。自分で話すか、訊き出されるか・・・»

 

やがて、森の中に悲鳴が響いた。

 

 

 

 

 

凄まじい気配の出現は、使徒たちもすぐに気づいた。グラティナが身体を震わせる。レイナは水晶片を取り出し、魔力を通した。主人を呼び戻すためである。

 

『ティナ!王宮に急ぐわよ!インドリトが危ない!』

 

二人は剣を手に取り、王宮へと飛び立った。一方その頃、王宮の前庭に、赤髪の魔神が降り立った。二頭のレブルドルが唸る。だが魔神が一睨みをするだけで、レブルドルたちは頭を下げて降伏した。魔獣の本能で、目の前の「死」を直感したのだ。扉の前には、二人の門衛が立っている。体格の良い獣人族の兵が、剣を構えた。もう一人は尻餅をついている。門が開かれ、他の兵士たちが出てきた。圧倒的な気配に驚きながらも、恐れ慄く兵士は少ない。

 

『腰を抜かしている奴は邪魔だ!下がっていよ!』

 

連接剣を持った、飛天魔族の女が出てきた。元帥ファーミシルスである。十歩ほど離れたところで、魔神と向き合う。

 

『私は、ターペ=エトフ王国元帥、飛天魔族ファーミシルスである。魔神よ、お主の名を聞こう』

 

«ほう・・・飛天魔族(ラウマカール)の中でも、その最上位「飛天女王(ラクシュミール)」か・・・並の魔神よりも力があろうの・・・»

 

魔神は舌舐めずりをした。ファーミシルスは手に持った連接剣を一振りした。魔神の肉体を剣が貫いたかに見えた。だが魔神は僅かに動いて、それを躱していた。石畳に一筋の溝が残る。魔神は左手を一振りした。凄まじい風が発生する。ファーミシルスは思わず、後ずさった。頬に汗が流れる。だが闘気は揺るがない。その様子に、ハイシェラが頷いた。

 

«我の気配に慄く事無く、また勝てぬと解っていながらも揺るがぬ闘志・・・褒めて使わそうぞ。じゃが、手加減はここまでじゃ。我の目的は、この先に居る王の首よ。大人しく通すなら良し、さもなくば、汝らは皆殺しぞ?»

 

魔族であれば、これで退くはずであった。少なくとも赤髪の魔神が知る魔族や闇夜の眷属たちは、何よりも自分を大事にしている。「死ぬくらいなら逃げる」と判断するのが当然であった。だが、目の前には意外な光景が展開された。先程まで腰を抜かしていた兵士も、しっかりと立ち上がり、剣を構えたのだ。全員の瞳から、恐怖が消え、強い意志が顕われる。それは、目の前の飛天女王も同じであった。

 

『我が王を殺すだと?そのようなこと、許せると思うか!たとえこの身が朽ちようとも、貴様を王の元には行かせん!』

 

雄叫びが上がり、全員が魔神に斬り掛かった。魔神は笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

『ハイシェラ・・・魔族国』

 

ディアンは呟いて瞑目した。幾つもの予想を立てていたが、現実は、その最悪の極みであった。目の前の血まみれの悪魔に止めを刺す。ディアンは瞑目したまま、考えた。

 

・・・何故だ?なぜ、ハイシェラは国造りなんて考えたのだ?魔神は独立独歩の存在だ。特にハイシェラは、その典型だ。強大な力を持てば、それを試そうとする。ベルリア王国のマーズテリア大神殿を攻めても良いし、更に西には、クヴァルナ大平原を統治する「神の戒土」と呼ばれる存在も居る。試す相手は幾らでもいる。何故、「ケレース地方で建国」なのだ?・・・

 

ディアンの額に汗が浮いていた。その答えに気づいていたからだ。考えたくはないが、それ以外に可能性がなかった。

 

・・・水の巫女、貴女が仕組んだのか。ハイシェラにオレの存在を教える代わりに、国造りをさせて、ターペ=エトフとの国家間戦争をさせる。何も滅ぼす必要はない。戦争になれば、インドリトが退位するのは難しくなる。王制を維持させたまま、戦争を長引かせれば、やがてインドリトは寿命を迎える。跡継ぎの居ない王が死去すれば、それで王国は終わる・・・

 

ディアンは歯ぎしりした。これがレウィニア国王や他国の貴族たちが仕組んだことであれば、許すことが出来た。善悪は相対的なものであり、支配者側の言い分も、理解は出来る。人間が仕組んだのであれば、国家間の謀略戦の結果に過ぎない。だが、水の巫女が画策をしたのなら、許せなかった。神族の力は絶大だ。神が関われば、歴史の流れが歪む。だがそれでも歴史に関わるのであれば、自らの手で、歴史を動かそうとすべきである。

 

・・・アンタは、レウィニア神権国の民のためと考えているのだろう。だが、そのためにターペ=エトフで生きる民が犠牲になっても良いと言うのか?自分の愛する民のために、他の民を犠牲にする・・・それでもなお、事を進めるのであれば、何故、自分自身の手でそれをやらない。姫神フェミリンスですら、自ら前に出て、ブレアードと戦ったのに・・・陰謀を巡らせ、他人に血を流させ、自分一人、安全な泉からそれを見ている・・・アンタは、フェミリンス以下の邪神になった!・・・

 

ディアンの眼が細くなる。このままレウィニア神権国に飛んでいって、水の巫女の神核を抉り出してやろうかとさえ思った。だがその時、ディアンの脳裏に映像が過ぎった。レイナからの知らせである。

 

『しまった!』

 

これまで一人も戻らなかった斥候が戻ってきた。その段階で、「何故、戻ることが出来たのか?」を考えるべきだったのだ。ディアンは自分が誘い出されたことを瞬時に察した。一瞬で上空に飛翔し、猛烈な速度で西に向かう。その表情には焦りが浮かんでいた。逝者の森から絶壁の王宮まで、直線距離でも百五十里(六百km)以上ある。

 

(・・・どんなに急いでも一刻(三十分)は掛かるか・・・)

 

«いま行くぞ!インドリト!»

 

黒い流れ星が、ケレース地方上空を横切った。

 

 

 

 

 

王宮の前庭に着いたレイナとグラティナは、凄まじい戦いの跡を見て戦慄した。獣人族や悪魔族の兵士たちが倒れている。半数は死んでいるだろう。純白の翼が見えて、グラティナが駆け寄った。

 

『ファミ!』

 

ファーミシルスを抱え上げる。連接剣は千切れ、腕が折れていた。内蔵も出血しているようである。グラティナの声に、薄っすらと目を開ける。

 

『行け・・・インドリトが・・・』

 

口から血が溢れる。このままでは助からないだろう。だが介抱をしていたら、インドリトの命が危うい。ここは置いていくしか無い。二人は、非情な決断をするしか無かった。

 

『許して・・・ファミ』

 

レイナとグラティナは王宮へと入った。ファーミシルスは上空を流れる雲を見ていた。ここで倒れるのは不本意だが、悪い人生では無かった。家族に恵まれ、友に恵まれ、素晴らしい王に仕えることが出来た。ファーミシルスは、今際の際に、満足感に浸っていた。その時、上空に白い羽が見えた。

 

・・・母上?・・・

 

ファーミシルスの意識が途絶えた。

 

 

 

 

 

魔神ハイシェラの襲来は、インドリトも当然、気づいていた。だが逃げることはしない。黄金の甲冑を着て、玉座に座る。兵士たちが魔神を待ち受ける。

 

『王よ、ここは我らが食い止めます!ダカーハ殿もいらっしゃっております!どうか、お逃げ下さい!』

 

『私は逃げぬ。兵士の背に隠れ、兵士を犠牲にして逃げるなど、私には出来ぬ!我が剣を持て!お前たちは下がっていよ!』

 

その時、ドンッという音が響いた。続いて、謁見の間の扉が吹き飛ぶ。凄まじい気配が謁見の間に吹き込んでくる。足音が響く。

 

≪中々、良い兵を揃えておるの・・・じゃが、我を止めることなど、誰にもできぬがの・・・≫

 

笑みを浮かべながら、ハイシェラが入ってきた。インドリトを護ろうとしている兵士が、カチカチと歯を震わせる。インドリトは兵の肩に手を当て、下がらせた。自ら前に進み出る。

 

『我が名はインドリト・ターペ=エトフ・・・魔神よ、貴殿の名を聞こう』

 

インドリトを見て、ハイシェラは眼を細めた。インドリトの瞳には、微塵の気負いも、恐怖も無い。飛天女王が命懸けで護ろうとした理由がわかった。確かに「偉大な王」であった。

 

«我が名は、ハイシェラ・・・三神戦争より悠久の時を生きし、地の魔神じゃ»

 

『魔神ハイシェラ・・・このターペ=エトフに何の用か?』

 

«ただの挨拶だの。我はここから東に、新たな国を作った。既に戦の準備も整っておる。いずれ、この国を攻め滅ぼすつもりじゃ。その挨拶に来たまでだの»

 

『挨拶?我が兵の命を奪っておきながら、ただの挨拶と言うか!』

 

インドリトの表情に怒りが浮かんだ。だがハイシェラは涼しい表情で嗤った。

 

『汝の命も奪うつもりだの。汝が死ねば、あの男もさぞ、怒るであろうからの』

 

『誰が、誰の命を奪うですって?』

 

ハイシェラはゆっくりと後ろを振り向いた。金髪と銀髪の美女が、怒りの表情で剣を向けていた。

 

 

 

 

 

ファーミシルスは暗闇から意識を取り戻した。見えたのは空である。自分は死んだのかと思ったが、声を掛けられて意識がハッキリした。

 

『元帥!大丈夫ですか!』

 

獣人族の兵士が、ファーミシルスを覗き込む。起き上がると、兵士たちを介抱している者の姿があった。背中に六翼がある。思わず、自分の同胞かと思った。だがすぐに違うと理解した。その頭部に金色の輪があったからだ。

 

『私は大丈夫だ。それより、他の者を介抱してくれ』

 

ファーミシルスは立ち上がると、自分に良く似た姿に近寄った。後ろから声を掛ける。

 

『申し訳ない。救けていただいたこと、感謝をする。私はターペ=エトフ王国元帥、飛天魔族ファーミシルスだ。貴殿の名を聞こう』

 

相手がゆっくりと振り返る。背丈は自分とほぼ同じくらいだ。髪は金色で、透けるように白い肌をしている。そして、圧倒的な力を持っていた。ファーミシルスは過去にも、この種族に間違えられたことがあるが、実際に会うのは初めてであった。

 

『はじめまして・・・私は天使族の長、天上階位第一位、熾天使ミカエラです。貴女は、天使に良く似た姿をしていますが、天使族では無いのですね?』

 

『私は天使では無い。誇り高き飛天魔族だ。まぁ、確かに間違えられることもあるが・・・』

 

ミカエラは微笑むと、他の者の介護へと向かった。龍人族の兵が倒れている。身体は傷だらけだ。もはや、助からないだろう。

 

『・・・て、天使様・・・私は・・・』

 

ミカエラが龍人の額に手を当てる。

 

『こ、怖いんです・・・私は、古神を・・・信仰してきました。そんな私が死ねば・・・どうなるか・・・どうか・・・お祈りを・・・』

 

ミカエラの翼が輝いた。優しくほほえみながら、祈りの言葉を唱える。

 

『天上の主よ、その限りない慈愛により、この者を慈悲深きその腕に、迎え入れ給え。この祈りを以て罪を浄化し、此の者の魂を永遠の楽園へと導き給え。この十字により、主の大いなる愛のもと、魂は安らぎ、新たなる創造へと導かれる。父と、子と、聖霊の御名によりて・・・』

 

龍人は微笑みながら、命の灯火が尽きた。眼から光が消える。

 

『・・・アーメン』

 

ミカエラは、その眼を指で閉じた。

 

 

 

 

 

レイナとグラティナは、インドリトを護るようにハイシェラの前を塞いだ。グラティナは首を傾げた。この赤髪の顔には見覚えがあったからだ。だがレイナが一喝した。

 

『ティナ!コイツは、私たちが見かけた人ではないわ!別人よ!』

 

«ほう・・・黄昏の魔神の使徒たちか・・・なるほどの»

 

ハイシェラは頷いて、剣を抜いた。凄まじい気配が吹き荒れる。だが二人の使徒は臆すること無く、斬り掛かった。完全に呼吸を合わせ、左右から同時に斬り掛かる。レイナは実の剣、グラティナは虚実の剣を使った。絶対に躱せないはずの一撃だった。だがハイシェラは、剣でグラティナの剣を受け、レイナの実の剣は手で無造作に掴んだ。二人に驚愕の表情が浮かぶ。

 

«力も速さも申し分無いの。だが、まだ温いわっ!»

 

圧倒的な膂力でグラティナを弾き飛ばし、同時にレイナの腹部に強烈な蹴りが入る。二人が左右の壁に打ちつけられる。身体を震わせながら、二人が立ち上がる。グラティナの身体から、闘気が立ち上った。

 

『普通に戦っては勝てぬか・・・ならば、我が秘技を以て、貴様を打ち砕くのみ!』

 

前かがみに剣を構える。レイナも背後から構える。ハイシェラは背後を一瞥し、グラティナの正面に立った。グラティナが一直線に魔神に向かう。制空圏の直前で、高速で剣を落とし、両腕を左右に広げる。柄を足で蹴り上げ、魔神の喉元を狙う。同時にレイナも、背後から斬りかかる。

 

『極虚剣技「天馬之一突」!』

 

『極実剣技『崩翼竜牙衝」!』

 

二人の必殺の剣が同時に炸裂する。だがその瞬間にグラティナは気づいた。ハイシェラは眼を閉じていたのだ。ハイシェラは身体を僅かにかわし、喉元に届こうとする剣を躱し、左手で純粋魔術をグラティナに放つ。同時に背後からの一撃を剣で弾き飛ばした。一瞬の出来事であった。壁が崩れるほどに、二人が弾かれる。ハイシェラの首筋には、一筋の傷が残っていた。レイナの剣を受けた右腕も痺れている。

 

«見事な一撃であったの。我でなければ、上級魔神すらも倒せた程だの»

 

『バカな・・・アレを・・・躱したのか・・・』

 

グラティナが首だけを起き上がらせて、ハイシェラを見た。ハイシェラは嗤った。

 

«汝の剣、確かに大抵の者には、躱すことは出来まい。じゃが、我は二千年以上も闘い続けておるのじゃ。たしか・・・千五百年ほど前に、似たような技を見たことがあったの。虚とは所詮、相手の注意を逸らすための「偽の動き」じゃ。ならば見なければ良いのじゃ・・・»

 

力も、速度も、魔力も、戦闘の経験値も、目の前の魔神は桁外れであった。それでも二人は立ち上がろうとしたが、もはや力は残っていなかった。

 

『止めよ!』

 

インドリトの大声が響いた。剣を持って、ハイシェラの前に出る。

 

『に、逃げろ・・・インドリト・・・』

 

グラティナが声を絞り出す。だがインドリトは戦うつもりであった。ハイシェラが笑みを向ける。

 

«ほう・・・逃げること無く、我と闘うか・・・»

 

『魔神ハイシェラよ、貴女の狙いは私であろう。相手をする故、これ以上は他者の命を奪うな!』

 

インドリトは剣を構えた。その姿に、ハイシェラが頷く。

 

«汝に問う。我と戦って、勝てると思うてか?»

 

インドリトは応えなかった。その代わりに、全身から闘気が立ち昇った。それはおよそドワーフ族とは思えない程に、重厚で洗練されたものであった。ハイシェラの顔から笑みが消えた。

 

『我が名はインドリト・ターペ=エトフ・・・「ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)」の力を舐めるな!』

 

インドリトは猛然と斬り掛かった。人外の速度だが、ハイシェラは簡単に剣で受けた。だが・・・

 

«な・・・に・・・»

 

ハイシェラは吹き飛ばされ、壁に打ち付けられた。すぐに立ち上がるが、もはやその気配に、これまでの遊び半分の余裕は無かった。現神に匹敵する魔神の気配を放っていた。

 

 

 

 

 

«驚いたの・・・たかがドワーフがこれ程の力を持っておるとは・・・»

 

『・・・来いっ!』

 

ハイシェラの姿が消えた。一瞬でインドリトの上方に移動し、一撃を振り下ろす。インドリトは剣でそれを受け止める。ズンッという音とともに、インドリトの足元に亀裂が入る。ハイシェラは斜めからインドリトに斬り掛かった。本気の一撃である。だがインドリトは、その一撃を再び受け止める。

 

『ヌゥゥッ!』

 

インドリトが反撃する。ハイシェラは剣で防ごうとしたが、再び吹き飛ばされた。ハイシェラは理解できなかった。速度は無い。だが剣から信じ難い程の重みを感じた。まるで、大地そのものをぶつけられるような重さであった。

 

«何故だ?ドワーフが、何故、これ程の力を持っている?»

 

『解らぬであろうな。貴女の背中には、何も見えぬ。貴女の中は、空っぽだ。闘いに明け暮れ、闘い以外に生きる喜びを見出だせなかったのであろう?だが私は違う。私の背には、ターペ=エトフで生きる十五万の民がいる。彼らが支えてくれている!』

 

«世迷言を!»

 

凄まじい速度で斬りかかる。インドリトの全身を斬撃が襲う。額や頬、手足からも血が吹き出る。だがインドリトは構うこと無く、重い一撃を放った。再びハイシェラが壁に叩きつけられる。

 

『人は、独りでは生きられぬ!支え合い、救け合って、共に生きる。皆が居るからこそ、力が湧き上がるのだ!それが「真の強さ」なのだ!魔神よ、貴女は闘いを、強さを求め続けたのだろう?だが、独りで居る限り、貴女の渇きは永遠に癒えぬ!』

 

«おのれ・・・ドワーフ如きが、小賢しい・・・»

 

ハイシェラが怒りの表情を浮かべた。だがその頭部に爆発が起きた。シュタイフェとソフィアであった。シュタイフェの顔は、清々しいほどに晴れていた。

 

『王よ、アッシは今ほど、王にお仕えして良かったと思ったことはありませんぜ?この無礼者は、アッシが退治致しやス。ソフィア殿は、王の手当を・・・』

 

魔術杖を持ち、シュタイフェがハイシェラの前に立つ。ハイシェラの顔に凄みが浮いた。これまではインドリトのみを殺そうと考えていた。だがここまでコケにされたら、もはやどうでも良くなっていた。

 

«どいつもこいつも、我をコケにしおって!もう良い!この王宮ごと、消し飛ばしてくれるわ!»

 

ハイシェラの両手に、純粋魔術が込められる。極大魔術によって、山ごと吹き飛ばすつもりでいた。シュタイフェが結界の術式を構える。だが、ハイシェラから魔術は放たれなかった。強烈な別の気配が近づいていたからだ。

 

『間に合った・・・』

 

レイナが安堵の声を漏らした。次の瞬間、天井が崩れ落ちた。謁見の間の中央に、黒衣の男が出現した。身体からは、ハイシェラに匹敵するほどの「魔神の気配」が放たれていた。

 

 

 

 

 




【次話予告】

巨大な力同士がぶつかり合う。それは大地を沸騰させ、空を暗くする程であった。交わす剣は肉を斬り、骨を断った。そしてそれは、お互いの命に届くほどであった・・・



戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第八十一話「神々の闘い」


Dies irae, dies illa,
Solvet saeclum in favilla,
Teste David cum Sibylla. 

Quantus tremor est futurus, 
Quando judex est venturus,
Cuncta stricte discussurus!

怒りの日、まさにその日は、
ダビデとシビラが預言の通り、
世界は灰燼と帰すだろう。

審判者が顕れ、
全てが厳しく裁かれる。
その恐ろしさは、どれほどであろうか。

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