戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第八十一話:神々の闘い

巨大な二つの気配により、謁見の間に居る者たちは、押し潰されそうな気持ちになった。赤髪の魔神に笑みが浮かんだ。瞳の色が紅く変わっていく。

 

«クックックッ・・・待っておったぞ?ようやく出会えたの。我が強敵(とも)よ・・・»

 

黒衣の魔神は、その言葉に応えず、左右を見て、後ろを見た。気配がさらに膨れ上がる。身体から陽炎のように、黒い気配が立ち昇った。

 

«オレの弟子が、血を流している・・・オレの使徒が、傷ついている・・・»

 

身体が微かに震え始める。その瞳が黒から紅へと変わる。笑みを浮かべたハイシェラの顔が目に入る。黒衣の魔神ディアン・ケヒトの記憶は、そこで途切れた。

 

«ハイシェラァァァァッ!!»

 

大音声が響いた次の瞬間、二柱の魔神は消えていた。謁見の間の壁には、外まで続く巨大な穴が空いていた。その場にいた極少数の者だけが、ハイシェラの顔面に拳がめり込むのを目撃していた。

 

 

 

 

 

ルプートア山脈東方部の中腹が爆発した。ディアンに殴り飛ばされたハイシェラが、山にめり込んだのだ。ハイシェラは眼の前がチカチカしていた。鼻の骨も砕け、圧し曲がっている。美しい顔が歪み、大量の血が滴る。だがハイシェラは気にすること無く立ち上がり、鼻を抓んで元に戻した。目の前に影が過ぎる。顔面を護ろうとしたら、腹部が蹴り上げられた。左腕を背後に固定され、後頭部を掴まれ、顔を岩に押し付けられる。雄叫びが響き、ルプートア山脈に南から北へ、一直線に線が入った。ディアンがハイシェラの顔面を押し当てながら、音速に近い速度で、北に移動しているのだ。岩に押し当てられながらも、ハイシェラは叫んだ。

 

«調子に乗るなぁぁっ!»

 

腕の関節を外し、ディアンの拘束から脱出する。ハイシェラの服はすでにボロボロになり、半裸の状態となっていた。一瞬でディアンの上方に移動し、頭部に踵を落とす。凄まじい速度でディアンは落ちた。遥か下で、ドンッという音がし、砂埃が舞い上がる。だがハイシェラも、攻撃を続けることができなかった。ディアンから受けたダメージが抜けていない。宙に浮きながらも、フラつく。

 

«クッ・・・まずは回復をせねば・・・»

 

一方、ディアンはようやく意識が戻った。自分が何故、大地に伏しているのかを思い出すのに、数瞬が必要であった。立ち上がろうとすると、足が縺れた。頭部から大量に血が吹き出ていた。

 

«頭蓋が割れているか・・・»

 

頭部を左右から両手ではさみ、頭蓋骨のズレを矯正する。同時に回復魔法を掛ける。高速で飛行をしていたため、魔力の消費も激しかった。魔焔から魔力を吸収する。冷静さを取り戻したディアンには、笑みが浮かんでいた。確かに気配は大きいが、想定以上では無かった。これならば、自分でも戦えると確信したのだ。

 

«マーズテリア級かと思っていたがな。この程度か・・・»

 

クラウ・ソラスを抜き、飛翔する。

 

 

 

 

一方、ハイシェラには戸惑いがあった。確かに圧倒的な力を手にしていた。だが、いざ黄昏の魔神と戦ってみると、相手は自分と互角の力を持っている。如何に人間の魂を持つ「神殺し」が相手だとしても、自分には古神と魔神の二つ分の神核がある。圧倒できると考えていた。相手が想像以上に強いか、自分が予想よりも力を発揮できていないかの、どちらかであった。

 

«何故じゃ?何故、力が発揮されぬ?我は神に匹敵する力を手にしているはずだの!»

 

下から黒い光が昇ってきた。ハイシェラも剣を抜き、下へと飛行する。二柱の魔神が上下で交錯し、再び向かい合う。ディアンの左肩から、血が吹き上がった。ハイシェラも同じく血を流している。ハイシェラはディアンの様子が変わったことに気づいた。魔神の気配を発しているが、そこに理性が戻っているのだ。

 

«・・・どうやら自分を取り戻したようだの?さぁ、熱き闘いを続けようぞ!»

 

ハイシェラは一瞬で距離を詰めた。互いの剣が激しい火花を散らす。ハイシェラの剣も、クラウ・ソラスに退けを取らない名剣であった。十数合を交わしあい、再び離れる。ハイシェラは純粋に闘いを愉しんでいるようであるが、ディアンは闘いながら、冷静に見極めようとしていた。かつて戦った時は魔術戦であったが、今回は剣での闘いである。ハイシェラの総合的な戦闘力、剣技の型、戦闘経験から来る判断力などを見極めようとする。いずれも、上級魔神をも大きく上回っているが、疑問もあった。古の大女神でれば、非現実的な程の「超常的力」があっても可怪しくない。だがハイシェラは、魔神の延長線なのである。ディアンは口元に笑みを浮かべた。

 

«正直、思っていた程ではないな。アストライアは古神でも最高神に近い。本来であれば、アークリオンやマーズテリアにも匹敵するはずだ。だが、お前はせいぜい、上級魔神より二回り上、といったところだ。どうやら、力を完全には発揮できていないようだな?»

 

«・・・何が言いたい?»

 

ハイシェラの顔が険しくなる。ディアンにとって、一対一の闘争など価値が無かった。ハイシェラを退ければそれで良いのだ。

 

«残念だと言っているんだ。現神に匹敵する力を拝めると思っていたのだがな。お前が西方神殿を攻めなかったのは、勝てないことが解っていたからか?闘いたいが、死にたくはない、か?»

 

«貴様っ!»

 

ハイシェラは激昂してディアンに襲い掛かった。だが一直線に突進しただけである。ディアンは純粋魔術を放った。大爆発が起き、ハイシェラが吹き飛ぶ。剣で戦っていたため、魔術が使われると思っていなかったのだ。吹き飛んだハイシェラを追い掛け、さらに蹴りを入れ、ルプートア山脈を超える。北華鏡上空で、二柱が向き合う。ハイシェラは理解した。先程の挑発は、ターペ=エトフから自分を追い出すためであったのだ。巨大な魔神同士が魔術を駆使すれば、下手したらターペ=エトフそのものが吹き飛びかねないからだ。

 

«どうやら、ようやく全力を出すことが出来そうだの?貴様の言葉など、もはや耳を貸さぬ!有無を言わさず、打ち砕いてくれるわ!»

 

左手から、暗黒の気配が出現した。暗黒魔術である。

 

«貫通闇弾!»

 

圧縮された暗黒の魔力がディアンに迫る。ギリギリでそれを交わす。南へと飛んでいった魔力は、やがてアムドシアスの結界にぶつかり、爆発をした。結界そのものも破裂してる。

 

«・・・アムドシアスが怒るだろうな»

 

«あの「芸術バカ」など、どうでも良いわ!»

 

再び二柱が激突する。次は剣だけではない、魔術を使い、相手を牽制し合う。北華鏡を中心に、山や大地に幾つもの穴が空く。ディアンとしては心苦しいが、手加減をする余裕はない。純粋魔術同士がぶつかり合う。ディアンが吹き飛ばされた。

 

・・・どうやら、魔力では向こうのほうが上か・・・

 

目の前にハイシェラが現れ、両手で拳を作り、振り下ろしてくる。左腕で辛うじて受け止めるが、あまりの破壊力に骨が砕ける。だがディアンも、右腕で剣を振った。ハイシェラの左脚が切断され、膝下が落ちる。だがハイシェラは構うこと無く、何発もの純粋魔術を放った。爆発で吹き飛ばされ、ディアンは大地に叩きつけられた。

 

«好機!極大純粋魔術ルン=アウエラッ!»

 

ハイシェラが放った巨大な魔力が、ディアンに迫る。大地に横たわったまま、同じくルン=アウエラを放つが、ハイシェラの魔力のほうが上回った。大地が沸騰し、北華鏡に直径二里(約八km)以上の巨大な爆発が起きた。茸雲が立ち昇る。だがハイシェラはこの機会を逃さない。暗黒の雷雲を呼び寄せ、茸雲目掛けて、巨大な落雷を落とす。空は暗闇に包まれ、黒い雨が振り始めた。神核を二つ持つ魔神であっても、立て続けに魔力を使い続けたため、肩で息をする。

 

«殺ったか?»

 

 

 

 

 

絶壁の王宮内では、怪我人たちの手当が続いていた。レイナとグラティナも重傷である。肋骨の他にも、何箇所か骨折をしている。インドリトは出血こそ多かったが、致命傷ではない。インドリトは床に座り、ソフィアから回復魔法を受けていた。シュタイフェが陣頭指揮を取る。

 

『回復魔法でも助けられない者は、すぐにイーリュン、アーライナ神殿に運ぶでヤスよ!動ける兵たちは、今のうちに護りを固めるでヤス!』

 

ファーミシルスがインドリトの前で膝をついた。

 

『王よ、此度の責任は、全て私にあります。黄昏の魔神を斥候に向かわせたのは、我が不覚・・・いかなる罰も、お受け致します』

 

『元帥、まずは被害を調べ、報告をして下さい。亡くなった兵の遺族には、特に丁重に補償をするように。私自らが出向きましょう』

 

『王よ・・・』

 

『相手は魔神でした。被害が出たのは仕方がありません。今、元帥を失う訳にはいきません。闘いはこれからでしょうから・・・』

 

『ディアンが、あの魔神を倒すと思いますが・・・』

 

ソフィアの問いに、インドリトとファーミシルスは応えなかった。闘った者だけが判ることがある。魔神ハイシェラの力は異常であった。ディアン・ケヒトですら、勝てないかもしれない。ファーミシルスは話題を変えるように、インドリトに報告を続けた。

 

『先程、ダカーハ殿とミカエラ殿が、黄昏の魔神を追っていきました。黄昏の魔神を助けるのではなく、ターペ=エトフに飛んでくるであろう巨大魔術を防ぐ、とのことです』

 

インドリトは頷いた。

 

 

 

 

 

«殺ったか?»

 

だが、茸雲を見下ろすハイシェラに鋭い剣撃が飛んできた。剣で防ぐが、ハイシェラの顔が険しくなる。茸雲から、黒い魔神が出現した。頭から血を流し、左目は血で潰れている。骨が砕けた左腕は、完全に千切れていた。だがまだ闘気は消えていない。右腕で剣を持ち、高速で斬り掛かってくる。再び、剣が交錯する。だが片腕となったディアンは、魔術の発動が出来なかった。「メルカーナの轟炎」が直撃し、全身が燃え上がる。だがそれでも、ディアンは闘いを止めようとしない。持てる全ての力をクラウ・ソラスに込める。その気配に、ハイシェラも頷いた。

 

«我の期待以上の闘いであったぞ、黄昏の魔神よ。じゃが、次が最後になろう。汝の全霊を賭して、至高の一撃で掛かってくるが良い!»

 

二柱の魔神が雄叫びを上げ、相手を目掛けて進む。ディアンの右腕が振り下ろされる。だがその前に、ハイシェラの剣がディアンの身体を貫く。剣が、神核にまで届く。だがディアンは、それに構わず、剣を振った。ハイシェラの左肩から腹部まで、クラウ・ソラスが深々と切り裂く。二柱とも、口から大量の血を溢れさせた。

 

«み、見事だの・・・じゃが、我の剣は、汝の神核まで届いたぞ・・・我の勝ちだの・・・»

 

剣は、互いの神核を傷つけていた。だがハイシェラには、神核が二つある。片方の神核が機能を失っても、魔力は維持できる。一方、ディアンの神核には深刻な傷がついていた。魔力が喪失していく。意識が消え、ゆっくりと下に落ちる。炎に包まれたまま、ディアン・ケヒトは深い森へと消えていった。ハイシェラはその様子を見て、瞑目した。自分の身体に残ったクラウ・ソラスを引き抜き、それを投げ捨てる。神核の傷は、簡単には回復しない。暫く時間が必要であった。だがハイシェラにとって、もはやこの闘いの興味は消えつつあった。自分を唯一、満たすことが出来た敵は、もう居ないのである。

 

«・・・これから戻って、王を殺して、それで終わりにするかの»

 

つまらなそうに、ハイシェラはルプートア山脈を越えようとした。だがそこに、思いがけない敵が出現した。上級魔神以上の巨大な気配を放つ「熾天使」が出現したのである。

 

 

 

 

 

ディアンの神核が傷ついた時、使徒三人の胸に激しい痛みが走った。ソフィアが胸を抑えて崩れる。シュタイフェがその様子を見て、顔色を変えた。使徒がそれほどに苦しむとしたら、理由は一つしか無いからだ。

 

『ま、まさか・・・ダンナが・・・』

 

胸を抑えながら、ソフィアが頷く。

 

『主人が・・・ディアン・ケヒトが、死にました・・・』

 

救護室では、二人の使徒が立ち上がろうとして取り押さえられていた。主人の異変に気づき、助けに行こうとしているのだ。だが、使徒としての力は喪失しつつある。動くことすらままならないのだ。シュタイフェがソフィアを抱えて、救護室に入ってきた。レイナとグラティナの様子に頷く。額に汗を浮かべて苦しむ三人に、シュタイフェは首を傾げた。ディアン・ケヒトに異変があったのは間違いない。だが、何かが可怪しかった。

 

『・・・ダンナが死んだのなら、なんで三人は「老化」しないんだ?』

 

使徒の「擬似的神核」と「不老の肉体」は、主人との結びつきによって維持されている。主人であるディアン・ケヒトが死ねば、その魔力が消え、使徒の神核も喪失する。そして、急速な老化が始まる。だが三人はいずれも、若いままである。その理由は一つしか無い。

 

『ダンナは、まだ生きている・・・』

 

インドリトは急ぎ、謁見の間へと戻った。

 

 

 

 

 

«熾天使じゃと?»

 

«私は、天使族の長、天上階位第一位を束ねる熾天使ミカエラ・・・黄昏の魔神との闘いは良いでしょう。ですが、ターペ=エトフに戻るというのであれば、私が相手をします»

 

ハイシェラは驚きの表情を浮かべた。熾天使は、古神に匹敵する存在である。神々しい神気がハイシェラを圧倒する。剣を構えるハイシェラをミカエラが止めた。

 

«お止めなさい。片方の神核だけで、私を相手に闘おうというのですか?此処は一旦、退きなさい»

 

«我に命令するか・・・嫌じゃ・・・と言うたらどうする?»

 

ミカエラは黙ったまま、下方を指差した。ハイシェラがそれを見下ろす。黒い竜が何かを咥えて、南へと飛んでいた。ディアンであった。

 

«ディアン・ケヒトはまだ死んでいません。いずれ回復し、再び貴女の前に立ちはだかるでしょう。今日の闘いは貴女の勝ちです。ですが、続きをしたいとは思いませんか?»

 

ハイシェラは肩を震わせた。やがて大きく笑いだす。

 

«クハハハハッ!面白いの!良かろう、汝の言葉に従い、此処は退くとするかの・・・じゃが聞いておきたい。汝が手助けをすれば、黄昏の魔神の勝ちであったろうに、何故、手を出さなかった?»

 

«私は古神に連なる天使族の長です。その私が「歴史を動かす」訳にはいきません。何より・・・そのようなことをすれば、黄昏の魔神は永遠に、私を許さないでしょう»

 

ハイシェラは頷いた。帰り際に、ミカエラに伝言を残す。

 

«いずれ再び、我はターペ=エトフを攻める。黄昏の魔神ではなく、ターペ=エトフをじゃ。ドワーフの王にそう伝えよ»

 

ハイシェラは東へと飛んでいった・・・

 

 

 

 

 

王宮内は騒然としていた。ダカーハによって運ばれてきたディアンは、肉体は焼け爛れ、頭も半分失ったような状態であった。神核の機能が停止しているため、もはや死んでいるのも同然であった。インドリトは王命を発令し、イーリュン神殿とアーナイナ神殿、さらにはトライスメイルにも協力を要請し、師の回復に当たった。だが焼け石に水の状態であった。ディアン・ケヒトは、生きているだけでも奇跡と言える状態だったのである。

 

『神核が傷ついています。現在、神官たちが総力を上げて回復に努めていますが、あまりにも傷が深く、このままでは・・・』

 

『回復は難しいのですか?』

 

『神核の機能が弱まり、肉体の損傷に魔力が追いつきません。恐らく、明日の朝までかと・・・』

 

インドリトは瞑目して、拳を握った。師との別れは、ずっと前に覚悟をしていた。だがそれは、自分が死ぬ形での別れであった。民が自立し、自ら歴史を動かしている姿を見ながら、師に感謝して別れる・・・それがインドリトが描いていた別れであった。こんな形では無かった。その時、恐る恐る声を掛けてくる兵がいた。

 

『あの・・・王よ、お客様がお見えです。トライスメイルから・・・』

 

インドリトが顔を上げた。兵の後ろには、翠玉色の髪をした美しいエルフが立っていた・・・

 

 

 

 




【次話予告】

トライスメイルの長「白銀公」の協力により、ディアンは辛うじて、一命を取り留めた。意識を回復させないまま、使徒たちから治療を受ける。インドリトはハイシェラの宣戦布告を受けて、王位に留まることを決意するのであった・・・



戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第八十二話「来る大戦への序曲(overture)


Dies irae, dies illa,
Solvet saeclum in favilla,
Teste David cum Sibylla. 

Quantus tremor est futurus, 
Quando judex est venturus,
Cuncta stricte discussurus!

怒りの日、まさにその日は、
ダビデとシビラが預言の通り、
世界は灰燼と帰すだろう。

審判者が顕れ、
全てが厳しく裁かれる。
その恐ろしさは、どれほどであろうか。
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