戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第八十二話:来る大戦への序曲

トライスメイルは、七古神戦争によりブレニア内海が形成される以前より、ルーン=エルフ族の縄張りとなっていた。しかし、国家形成期に入り、後のアヴァタール五大国(レウィニア神権国、メルキア王国、リスルナ王国、バリアレス都市国家連合、エディカーヌ王国)およびセアール地方南部にスティンルーラ王国が誕生したことにより、トライスメイルも必然的に「政治」に巻き込まれることになる。ターペ=エトフ歴十年、圧倒的な情熱と行動力により、行商路を切り拓いてきた「ラギール商会」は、度重なる「折衝(という名の一方的な飛び込み営業)」により、ついにトライスメイルの「エルフの杜」に立ち入ることに成功する。当時のエルフ族長であった「金色公(エゼルミア・ルーフグレーン)」は、半ば苦笑いでラギール商会を受け入れ、ターペ=エトフ=トライスメイル間の交易を認めた。ルーン=エルフの「メイル」と正式な交易関係を樹立した例は、ラウルバーシュ大陸の歴史上も稀であり、この成功が、後にアヴァタール地方およびトライスメイルの歴史に、微妙な影響を与えていくのである。

 

金色公の後を継いだ「白銀公」は、先代と比べるとより「政治的感覚」が優れていたと言われている。彼女はトライスメイルの独立性やエルフ族の文化を護るためには、トライスメイルの「重要性」を高める必要があることを理解していた。当時、レウィニア神権国は、急速な人口増加に伴い、その生活圏を拡大させていた。トライスメイルの豊かな森は、レウィニア神権国にとっても価値の高い存在だったのである。そこで白銀公は、レウィニア神権国の絶対君主「水の巫女」との親交を深めると同時に、人間族に対して、トライスメイルへの「畏怖」を広げようとした。その時の彼女の取った「政略」は、極めて巧妙である。

 

・・・トライスメイルには多くのエルフ族が棲んでいる。彼らが何故、森の外に出ず、閉鎖性を維持しようとしているのか?多くの人間にとっては疑問であろう。レウィニア神権国は、トライスメイルとの国家間折衝により、この閉鎖性の原因を聞き出すことに成功した。トライスメイルには、七古神戦争で暴れた「強力な魔神」が封印されており、エルフ族たちはその封印を維持するため、日夜、祈りを捧げているのである。人間族の持つ「善悪の心」は、魔神に大きな影響を与えてしまう。封印を維持するためには、人間族の立ち入りを制限しなければならないのである・・・

 

レウィニア神権国の王宮より発布された「真実」は、プレイアの住民たちに広がり、特に子供たちを震えさせた。レウィニア神権国は正式に、トライスメイルへの自国民の立ち入りを禁止する。この協力の見返りとして、レウィニア神権国はトライスメイルへの交易路を得たのである。それまで、エルフ族の秘薬はターペ=エトフ経由でのみ仕入れられ、極めて高価であったが、この合意により「直接交易」が可能となった。ターペ=エトフは「高付加価値商品」の新たな輸出先を求めて、レスペレント地方の王国への交易路を模索することになるのである。

 

レウィニア神権国が発布した「トライスメイルの真相」については、無論、疑義が挟まれている。しかしトライスメイル側は否定も肯定もしていない。後世においても、人間族の立ち入りを極端に制限した状態のまま、トライスメイルは存在し続けている。

 

 

 

 

 

『初めて御意を得ます、インドリト王・・・私は「白く輝く銀(ケレブリル)」の名を持つトライスメイルの長・・・「白銀公」と呼ばれています』

 

『「白銀公」?「金色公」の後を継がれたという・・・これは・・・』

 

インドリトは姿勢を正し、礼節に則って一礼をした。

 

『失礼を致しました。私は西ケレース地方「ターペ=エトフ王国」の国王、インドリト・ターペ=エトフです。この地まで足を運んで頂き、恐懼の極みです。本来であれば、王宮を挙げて御持て成しをすべきとろこですが・・・』

 

白銀公は頷いた。事情は見れば、誰にでも判る。王宮は半壊し、前庭には無数の血溜まりが出来ていた。白銀公は挨拶もそこそこに、用件を切り出した。

 

『インドリト王、時間があまりありません。端的にお伝えします。私がこの地を訪れたのは、「黄昏の魔神」を救うためです』

 

インドリトの顔色が変わった。何故、白銀公が事情を知っているのかは、この際は後回しであった。思わず声が大きくなる。

 

『師を救うことが出来るのですか!?』

 

『神核は、多少の傷であれば自己修復をします。しかし、あまりに深く傷ついてしまった場合は、その機能が弱まり、魔神の肉体を維持する魔力が生み出せなくなります。神核を外部から修復しなければなりません。イーリュン、アーライナ神殿では、それは不可能です。エルフ族の秘術のみが、それを可能とするのです』

 

絶望に差した、一つの光明であった。インドリトはそれに縋らざるを得なかった。

 

『どんな犠牲も厭いません。お願いします!』

 

白銀公は微笑みながら、頭を下げる偉大な王に頷いた。

 

 

 

 

 

肉体が崩壊し、殆ど死にかけているディアンが寝台に横たわる。その周囲を六名のルーン=エルフが取り囲んだ。白銀公が両手を開き、瞑目する。ルリエン神への祈りの言葉を唱え始める。インドリトやシュタイフェは、部屋に立ち入ることが禁じられた。外で待ちたいのは山々だが、二人共、仕事が山積していた。シュタイフェが指揮を取り、今回の事態についての対策を練る。インドリトは元老院に対して説明をしていた。

 

『インドリト王・・・今回の原因は、つまり「ディアン・ケヒト殿」ということでしょうか?彼がこの地にいるから、魔神が襲ってきた、と?』

 

『そのように考えることも出来ますね。魔神ハイシェラは、私の師「黄昏の魔神」との闘いを望んでいました。しかし、それはハイシェラの一方的な想いに過ぎません。ご承知の通り、師は無用な争いを好みません。もしハイシェラが自分を襲ってきたら、師は恐らく、この国を離れ、身を隠したでしょう。魔神ハイシェラはそれを防ぐために、師ではなく、ターペ=エトフを攻めたのです』

 

元老院の皆は、腕を組んだ。魔神ハイシェラが悪いのは間違いない。だが、この犠牲を出した原因の一端に、ディアン・ケヒトがいるのも、事実であった。ディアン・ケヒトとインドリトの関係は、皆が知っている。そのために言い難いことがある。しかし、元老院の誰かが、指摘をしなければならなかった。立ち上がったのは、元教育長官であり、現在はイルビット族代表を務めている「ペトラ・ラクス」であった。少女のような顔に憂鬱な表情を浮かべながらも、キッパリと言い切る。

 

『インドリト王もお考えだと思います。ディアン殿に「全ての非がある」わけではありません。ですが、彼の存在が魔神を呼び寄せ、今回の惨事を引き起こしたのは事実です。彼は現在、瀕死の状態と聞いています。処刑せよとは申しません。ですが、対外的には「彼が死んだ」とすれば、再びの襲来を防ぐことが出来るのではないでしょうか?その上で、彼を国外追放にすべきではありませんか?』

 

インドリトは反論しなかった。自分はディアン・ケヒトの弟子である。その立場から、何かを言うわけにはいかないからだ。だがペトラも、本気で言っているわけではない。現在の状況は、元老院の全員が理解していた。ドワーフ族長「レギン・カサド」が立ち上がる。

 

『王よ・・・ペトラ殿の指摘はもっともです。これが他の者であれば、私もペトラ殿に賛同します。ですが私は、王ほどではありませんが、ディアン殿を良く知っています。彼は二百年以上に渡って、ターペ=エトフの繁栄のために尽くしてきました。彼の貢献は、ターペ=エトフに生きる皆が知るところです。これまでの貢献を鑑み、ここは寛大な措置をすべきではありませんか?』

 

レギン・カサドの意見に対しては、複数の賛同意見が挙がった。悪魔族族長「フンバヴァ」が立ち上がる。

 

『私はむしろ、今こそ、ディアン殿の「本来の力」を借りるべきではないかと考える。王のお話では、ハイシェラなる魔神は「ターペ=エトフを滅ぼす」と言っているとか・・・つまり、ディアン殿が居ようと居まいと関係なく、再び攻めてくるということであろう。悔しいが、あの恐るべき魔神を止められるのは、同じ魔神であるディアン殿だけだ。来る大戦のためには、彼を赦し、彼を受け入れ、彼に活躍の場を与えるべきではないか?』

 

インドリトは頷き、ペトラに顔を向けた。

 

『ペトラ殿、皆様はこのような意見のようですが、如何ですか?』

 

ペトラは頬を膨らませていた。

 

『・・・みんなズルいです。私一人、悪者ではありませんか!』

 

ようやく、インドリトは笑うことが出来た。

 

 

 

 

 

白銀公の治療は、三日三晩に渡って続いた。インドリトはその間、寝ることが出来なかった。シュタイフェが心配そうな表情で、インドリトに意見をする。

 

『インドリト様・・・ご不安なのは解りますが、ここは白銀公にお任せしましょう。どうか、お休み下さい・・・』

 

『有り難う・・・師が回復をしたら、私も休みます。シュタイフェこそ、この三日間は働き詰めでしょう。休んで下さい』

 

行政府そのものは殆ど無傷であったため、国政には影響がない。だがインドリトは、これからのターペ=エトフが不安で仕方がなかった。あと三年と少しで、自分は王位を降りるつもりでいた。ターペ=エトフ国内で「選挙」が行われ、期限付きの「王」が選ばれる。そのための準備も進めていた。だが、それが全て、台無しになるかもしれない。あの魔神は再び攻めてくる。そんな中で「国威」を変えることは、国家の滅亡を呼ぶようなものであった。

 

『我が師よ・・・今こそ、あなたに相談をしたいのです。あなたの知恵を借りたいのです。ガーベル神よ、どうかターペ=エトフに御加護を・・・』

 

祈るように呟く。その時、治療が行われていた部屋の扉が開かれた。白銀公が出て来る。少し痩せ、目の下に薄っすらと隈が出来ている。インドリトは固唾を飲んで、白銀公の言葉を待った。

 

『神核の修復は終えました。魔力が生み出されるようになり、肉体もやがて、修復されるでしょう』

 

『意識は、まだ戻らないのでしょうか?』

 

『いずれは・・・ですが、それが明日なのか、十年後なのかは解りません。通常の魔神とは異なり、彼は「人間の魂」を持っています。神核の傷は、魂にまで影響が及んでいました。魂の傷は、時だけが修復できるのです』

 

インドリトは暗い表情のまま、頷いた。白銀公は少し微笑んで、朗報を伝えた。

 

『彼の使徒は別です。神核が修復されたことにより、落ち着きを見せています。明日には目を覚ますでしょう』

 

 

 

 

 

レイナたちが苦しみから解放される少し前、魔神ハイシェラはオメール山の拠点に戻った。時間が掛かったのは、神核の一つが傷つき、肉体の修復に時間が掛かったからである。半裸状態で戻ってきたハイシェラは、自室で着替え、ケルヴァンを呼び寄せた。

 

『王よ・・・お召でしょうか?』

 

«ケルヴァン、汝の情報には漏れがあったぞ?ターペ=エトフには魔神以外にも、厄介な奴がおるの・・・»

 

ケルヴァンが顔を上げ、首を傾げた。ハイシェラの表情に怒りはない。むしろ笑みさえ浮いていた。

 

«ターペ=エトフ王は、我の知らぬ力を持っておる。我の剣を受け止めたばかりか、弾き返しおったわ。さらには、古神に連なる天使族の最高位「熾天使」や、魔神に匹敵する力を持つ竜もおる。総合的な力としては、ターペ=エトフはディル=リフィーナ最強の国家だの»

 

クツクツと愉快そうに笑う。だがケルヴァンは笑えなかった。自分はひょっとしたら、途轍もない過ちを犯したのではないか?先王ゾキウを暗殺し、覇王の器を持つ魔神を戴き、侵略国家として中原を席巻する・・・これがケルヴァンの考えていた画図であった。だがその最初の一歩で、巨大な壁にぶつかったのである。滅亡をするのはこちら側ではないか、という思いが拭えなかった。

 

『王よ・・・それで、如何なさいますか?』

 

«如何するか?決まっておろう!これ程に愉しめる敵はおらぬぞ?我はターペ=エトフに宣戦布告をしてきた。どれほど時が掛かろうと構わぬ!地を揺るがし、天を翻す壮大な戦争を繰り広げようではないか!»

 

『はっ・・・』

 

ケルヴァンは膝をついて首肯した。だが自分の中に、ある思いが広がっていた。魔神ハイシェラは「闘争そのもの」が目的になっている。だが自分は「覇王」に仕えることが目的だ。魔神ハイシェラは、その強さも気高さも美しさも、覇王と呼ぶに相応しい。だが決定的に欠けているものがあった。「何の為」という点である。何の為に闘うのか?何の為に支配をするのか?これが欠けている限り「王」にはなれない。ただの「暴力集団」になってしまう。

 

・・・ゾキウ王には「力」が、インドリト王には「野心」が、魔神ハイシェラには「志」が欠けている。全てを兼ね備えた王は、居ないのか・・・

 

ケルヴァンは小さく、溜息をついた。

 

 

 

 

 

目を覚ました三人の使徒は、インドリトから事情を聞かされた。ターペ=エトフとハイシェラ魔族国の戦争である。黄昏の魔神ですら、魔神ハイシェラには及ばなかった。つまり、あの魔神を止める手立ては無い。ターペ=エトフ滅亡の危機であった。

 

『ソフィア・・・あなたは次官としての仕事があるでしょう。ディアンは、私とティナに任せて、あなたは、あなたにしか出来ないことをしなさい』

 

レイナに諭され、ソフィア・エディカーヌは絶壁の王宮に残った。行政府に歓声が上がる。皆が、次官の復帰を待ち望んでいたのである。シュタイフェはホッとした表情で、ソフィアを迎えた。

 

『ソフィア殿・・・もうお身体は大丈夫でヤスか?』

 

『大臣、この度はご迷惑をお掛けしました。もう大丈夫です。やるべきことは無数にあるでしょう。まずは仕事を整理し、一つずつ片付けていきましょう』

 

『ディアン殿は?』

 

『傷はもう、回復をしています。ですが、まだ眼を覚ましません。介抱は、レイナとティナに任せました。私は、私に出来ることをします』

 

シュタイフェは何か笑いを入れようか迷ったが、頷いただけであった。「知の魔人」として、本気にならなければならない時であることを、シュタイフェも自覚していた。その日から、ソフィアは凄まじい速度で、中堅層からの報告を確認し始めた。やるべきことは無限に近くある。だがまず、直近の大きな問題を解決しなければならなかった。事情は聴いているが、問い質さないわけにはいかない。インドリトは、ラギール商会の会頭を呼び出した。

 

 

 

 

 

眉間を険しくして、仮の玉座に王が腰掛けている。謁見の間は、壁や天井を修復中のため、無傷だった元老院に玉座が据えられていた。目の前には、若い女商人が居心地悪そうにして正座をしている。普段は調子の良いシュタイフェまで、無表情のままだ。唯一の救いは、その場に居るのは、王と国務大臣の二名だけだということであった。

 

『リタ・ラギール殿、貴女はレウィニア神権国からの依頼を受け、貴女は軍需物資をケレース地方オメール山まで運んだ。それも数年間に渡って・・・これは事実でヤスか?』

 

『事実です』

 

シュタイフェの問いに、リタは即答した。インドリトは眉間を険しくしたまま、次の問を発した。返答次第では、覚悟を決めていた。

 

『リタ・ラギール殿、私から貴女に聞きたいことは一つだけです。貴女は今、自分を恥じていますか?』

 

『いいえ!』

 

リタは決然と返答した。

 

『私はインドリト王の臣下ではありません。独立した商人です。物を運び、人々を喜ばせ、その対価として利益を得るのが、商人です。私は、自分の商道から外れたわけではありません!』

 

インドリトは暫く、リタを見つめた。リタは視線を外すこと無く、インドリトの威圧を受け止める。インドリトの表情が崩れた。笑みが浮かぶ。

 

『・・・ターペ=エトフとレウィニア神権国、二つに挟まれて、さぞ、苦しかったでしょうね』

 

リタの貌が歪む。瞳から雫が溢れた。インドリトはそれを気にすること無く、言葉を続けた。

 

『ターペ=エトフには十五万の民がいます。彼らが豊かに暮らすためには、ラギール商会による交易が欠かせません。これからも我が国の御用商人として、存分に活躍をして下さい。貴女が動いていたことは、ごく少数が知るだけです。堂々と、プレメルの街を歩けるでしょう』

 

インドリトはリタを赦したが、シュタイフェはそうはいかなかった。まだ解決していない点があるからだ。

 

『リタ殿、アッシは王ほど、優しくはありヤせんぜ?もしラギール商会が、今後もオメール山まで物資を運ぶのであれば、アッシとしては扱いを考えざるを得ませんが?』

 

『はぁ?そんなの、とっくに辞退したわよ!』

 

それまでの女性らしい泣き顔が一変し、商人の顔が浮かんでいた。インドリトもシュタイフェも、その変貌に驚いた。こんな一瞬で、ここまで表情とは変わるものなのか?

 

『ターペ=エトフに眼を付けられた。これ以上の秘密保持をするなら、料金を三倍にして貰う必要がありますが、それで宜しいですか?って、もう随分前にお断りを入れました!大体、アタシはこの仕事が気に入らなかったんだ!騎士団なんて付けられたせいで、ウチの護衛たちからも不満が出るわ、他の商人からも白い目で見られるわ、利益より損のほうが大きかったんだ!もう二度と、国からの依頼なんて受けないからね!』

 

これまでの不満を吐き出すように、リタの口から大声が出る。インドリトが眼を丸くする様子を見て、リタは慌てて、両手を口に当てた。

 

『それは・・・大変でしたね』

 

インドリトは半笑いで頷いた。国王と大臣は、内心で思っていた。

 

・・・ひょっとしたら、さっきの涙は演技ではないか?・・・

 

 

 

 

 

ディアンは意識不明のまま、自宅に戻っていた。レイナとグラティナは、毎晩、ディアンに寄り添って眠るようにしていた。魔神亭を開けなければならないし、預かっている弟子たちへの稽古もある。普段と変わらない日常の中で、主人だけが不在であった。それは二人にとって、途轍もない空虚さであった。ディアンの顔を吹きながら、レイナが呟く。

 

『寝顔は、私にしか見せないんじゃないの?こんなに眠り続けて・・・許してほしかったら、早く目を醒ましなさい』

 

魔神の使徒になったときから、死ぬ覚悟は出来ている。魔神はこの世界の「ハグレモノ」である。特にディアンは、神そのものを否定している。現神にも古神にも背いている。闘いからは逃れられない。だから自分もグラティナも、魔神の使徒として闘い、そして死ぬ。その覚悟はしていた。だが、こんな中途半端な状態は考えていなかった。このまま眠れる魔神の使徒として、生き続けるのだろうか?そう思うと、切ない想いが込み上げてくる。レイナは肩を震わせた。

 

 

 

 

 

『王よ・・・彼の魔神が倒れたのであれば、今こそ、ターペ=エトフを攻める時です。今一度、インドリト王を狙うべきでしょう』

 

ハイシェラは、ケルヴァンからのこの提案を却下した。不意打ちが嫌いであることが第一の理由だが、もう一つの理由もあった。傷ついた神核が完全に回復していないからだ。神核の修復には時間が必要である。闘いは、完全に回復をしてからでも遅くはない。

 

«ケルヴァン、我は不意打ちなど性に合わぬ。黄昏の魔神が不在のまま、ターペ=エトフを攻め滅ぼしたとしたら、人々は我を「腰抜け」と嗤うであろう。汝は引き続き、軍備を整えよ。ターペ=エトフとの全面戦争に耐えられるほどに、兵たちを徹底して鍛えるのじゃ!»

 

この時、ハイシェラがケルヴァンの献策を受け入れていたら、歴史は別の形になっていたであろう。ケルヴァンの献策は、国家間戦争の勝利のためのものであり、ハイシェラが求めていた「自己満足の闘争」のためでは無い。結局、ハイシェラはどこまでも「魔神」であり、「王」ではなかった。これが後に、ハイシェラ魔族国の滅亡に繋がるのだが、それはもう少し、先の話である。ハイシェラに却下された以上、ケルヴァンとしては、出来ることに限りがあった。

 

『お約束どおり、あと二年もあれば、軍備は完全に整います。ですが、それは向こうも同じこと・・・ターペ=エトフとの戦争は、凄まじいものになるでしょう』

 

ケルヴァンは暗い表情のまま、退出した。

 

 

 

 

 

ターペ=エトフ歴二百四十七年、ターペ=エトフ国内は表面上は平穏であったが、人々の心中には複雑な緊張感が漂っていた。魔神ハイシェラの襲来、ハイシェラ魔族国との戦争は、もはや既定路線となっている。明るい話題もあった。恐るべき魔神をインドリト王が一騎討ちの末に退け、「ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)」の名を知らしめたのである。人々はその話に興奮し、喝采を挙げたが、それが落ち着くと現実に目を向けざるを得なかった。インドリトは熟慮の末、退位の予定を遅らせることを決定した。元老院も全会一致で賛同をする。この危機的状況で、インドリトが退位をすれば、それは国家の滅亡を呼ぶようなものだからだ。

 

『私が王位に留まるのは、この戦争が終わるまでです。ハイシェラ魔族国との戦争は、国家の存亡を賭けた一戦になるでしょう。この一戦に勝利をすれば、レウィニア神権国もメルキア王国も他の国々も、姿勢を改めるでしょう。新たな関係の中で、ターペ=エトフは「民が治める国」へと変わるのです』

 

インドリトの私室である。王の話に、国務大臣と次官が頷く。ファーミシルスは、ルプートア山脈の北東部の工事について報告をした。ハイシェラ魔族国との大戦は、魔神対魔神の「個の闘い」ではない。国家間戦争になる。軍隊同士がぶつかりあうとすれば、北華鏡の平原となるはずであった。ルプートア山脈北東部は、ターペ=エトフ側の軍事拠点になる。魔導砲のを増やし、山脈内に洞穴を掘り、要塞化を進めている。

 

『二百年前にあった、イソラ王国との戦争においては、カルッシャ王国の海軍が動きました。今度の大戦においても、北からの圧力が無いとは言い切れません。ケテ海峡に可動式の魔導砲を設置し、さらに大型の船を数隻建造し、小型の魔導砲を搭載させようと考えています』

 

インドリトが頷き、ソフィアに確認をする。

 

『予算の方は、大丈夫ですか?』

 

『軍備費の大幅な増加により、予算が圧迫されているのは事実です。残念ながら、税収と交易で賄える利益だけでは、予算は赤字となってしまいます。税率を上げないとするならば、国庫を開いて頂くよりないのですが・・・』

 

『認めましょう。我が国は二百五十年間に渡って、富を蓄え続けてきました。それを使った場合は、どれくらいの間、戦うことが出来ますか?』

 

ターペ=エトフの国庫には、途方もない富が蓄えられている。ソフィアですら、正確な価値は把握しきれていない。ソフィアは詳細な計算をしようとして止めた。

 

『あくまでも概算ですが・・・百年は可能でしょう』

 

インドリトは頷いた。カネは使うべきときには、躊躇なく使うべきである。

 

『この戦いで負ければ、ターペ=エトフは滅亡するのです。全てを使い切るつもりで、準備を進めて下さい』

 

三人は一礼して、退席した。だがソフィアだけが呼び戻された。インドリトが心配そうな表情を浮かべている。何を聞かれるのか、それで察した。

 

『・・・レイナ殿、グラティナ殿の様子は、いかがですか?』

 

『ディアンは、いまだ眠り続けています。寝言一つ、漏らしません。それでも、姉様たちは毎日、ディアンの寝間着を取り替えています。ディアンは・・・黄昏の魔神はいつかきっと、目を覚まします。姉様たちも、私も、そう信じています』

 

『私も信じています。師は必ず、目を覚ますでしょう。その時まで、しっかりとしなければなりませんね。目を覚まして開口一番に「小言」を言われたらたまりません』

 

ソフィアは涙を堪えながら頷いた。

 

 

 

 

 

まるで、時そのものが遅くなったようであった。全てがゆっくりと動いている。誰かが叫んでいる。石畳には、目を開き、泡を吹いたまま仰向けに倒れている人々がいた。誰かが嗤いながら叫んでいる。

 

・・・「Pho Ba」は果たされた。彼らに救いを・・・

 

何を言っているのか、理解できなかった。目の前に、良く知っている人が倒れていた。父親と母親、そして妹である。膝が崩れる。妹を抱え上げ、必死に名前を呼ぶ。だが返事をしない。肩を揺する。妹の顔が変化する。それは自分の使徒になり、弟子になった。再び独りになるのではないかと、怖くなる。喉が潰れるほどに叫ぶ。また嗤い声が聞こえる。だがその声が何処から聞こえるのか解らない。周りを見る。皆が動いている。だが誰も嗤っていない。やがて気付く。その声は天から聞こえてくる。「天」が、嗤っている。その嗤い声に向けて、叫び声を上げる。

 

・・・「神」そのものが「悪」なのか・・・

 

嗤い声は止まず、耳に響いていた。

 

 

 

 

 

真夜中に叫び声が響いた。レイナとグラティナは慌てて起きる。ソフィアも部屋に駆けつける。ディアンが叫んでいた。言葉の意味は解らない。この世界には無い言葉であった。レイナが肩を揺する。

 

『ディアンッ!しっかりして!』

 

二度、三度と顔を叩く。ディアンが飛び起きて、前に手を伸ばす。肩で息をしながら、中空を見つめる。その状態のまま、暫く固まっている。使徒たちは片付を飲んで見守る。やがて息が整う。二度、瞬きをして、ディアンはゆっくりと使徒たちの顔を見た。不安気に見つめる三人の美女に、ディアンは首を傾げた。やがて呟く。

 

『お前たち・・・オレの部屋で、何をしているんだ?』

 

三人は泣きながら、主人に抱きついた。ディアン・ケヒトは暫しの眠りから目覚めた。ターペ=エトフ歴二百四十七年の年の瀬のことであった。

 

 

 

 




【次話予告】

ディアン・ケヒトは覚醒した。国王インドリト・ターペ=エトフは、二百四十年ぶりに、ディアン・ケヒトの「王太師」への復帰を要請する。ディアンは、元老院に集まったターペ=エトフ首脳たちに、今後の展望を語る。



戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第八十三話「対ハイシェラ作戦」


Dies irae, dies illa,
Solvet saeclum in favilla,
Teste David cum Sibylla. 

Quantus tremor est futurus, 
Quando judex est venturus,
Cuncta stricte discussurus!

怒りの日、まさにその日は、
ダビデとシビラが預言の通り、
世界は灰燼と帰すだろう。

審判者が顕れ、
全てが厳しく裁かれる。
その恐ろしさは、どれほどであろうか。
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