戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~ 作:Hermes_0724
ハイシェラ魔族国との大戦が近づくにつれ、ターペ=エトフでは外部からの入国がさらに制限されるようになった。ターペ=エトフ歴二百四十七年「風花の月(十二月)」、レウィニア神権国プレメル駐在領事であった「エリネス・E・ホプランド」は、度重なる召還命令に遂に屈し、プレメルを離れることになる。彼の日記の最後には、このように書かれている
・・・プレメルの街は、一見すると普段と変わらぬ穏やかなものであった。だが人々の中に、来る大戦への予感が、確かに存在していた。インドリト王はその力を証明し、元帥を中心に強力な軍を整備し始めている。ハイシェラ魔族国なる国が、何を考えているのかは解らないが、ターペ=エトフを滅ぼすことは至難であることは間違いない。私はインドリト王への最後の挨拶として、王宮に向かった。インドリト王は頷いた後、このように仰られた。
『ターペ=エトフは滅びません。王制から共和制に移行するのが、少し先になっただけです。たとえ「誰が」ハイシェラ魔族国を支援していようとも、ターペ=エトフはこの戦いに勝利し、ディル=リフィーナ世界に新たな希望の火を灯すでしょう。そして、この大戦の「ケジメ」は、必ずつけます・・・そう水の巫女殿にお伝え下さい。』
インドリト王の言葉に、私は微妙な「棘」を感じていた。誰かが、ハイシェラ魔族国を支援しているというのだろうか?以前、シュタイフェ国務大臣からも、やんわりとであるが、レウィニア神権国とハイシェラ魔族国との関係を聞かれたことがある。だが、我が国に限って、魔族国を支援するなどあり得ない。あってはならない。私はキッパリと、そう否定した。だが、インドリト王は何かを疑っている・・・いや、知っているのではないだろうか?私は不安を感じた。国に戻り次第、国王陛下に直接、問い正したいと思う・・・
その調整力と人格が評価され、若干二十八歳でプレメル駐在官となったエリネス・E・ホプランドは、本国に帰国後、しばらくして息子に当主を継がせ、自身は引退をしてしまう。まだ五十前という早すぎる隠居であった。彼のその後は、歴史には残されていない。プレメルに向かうラギール商会行商隊の中に、彼らしい姿があった、という噂話が残されているのみである。
王宮内には歓声と安堵の声が広がっていた。獣人族の兵士ガルーオの先導で、ディアンが王宮内を歩く。兵士たちが拍手をする。ディアンは表面上は笑みを浮かべて頷くが、内心では暗澹たる思いであった。謁見の間には、賢王インドリトの他、行政府の主だった者や各種族長も顔を並べている。インドリトの前で膝をつき、ディアンが挨拶をする。
『王よ・・・ディアン・ケヒト、ただいま帰参致しました』
『我が師よ、よくぞ目を醒ましてくれました。ターペ=エトフを覆う暗黒の雲に、一筋の光が刺した思いです』
インドリトは笑顔で頷くが、ディアンは首を振った。
『魔神ハイシェラに敗北し、ダカーハ殿とミカエラ殿に助けられ、トライスメイルの白銀公に救われました。今日の混乱の原因は、全て私にあります。私を追放なり処刑なりをなされば、魔神ハイシェラもターペ=エトフに興味を失うでしょう。どうか王よ、ターペ=エトフの未来のために、私に処置をお与え下さい』
『師よ、それは違います。もしハイシェラが、ただの魔神として師を襲ってきたのであれば、何処か他の場所に移って頂くことも考えましょう。ですが彼の魔神は「魔族国」として「ターペ=エトフ王国」に宣戦布告をしてきたのです。これは師一人の問題ではありません。ターペ=エトフという国家の問題なのです。仮に師を追放したとしても、魔神ハイシェラは関係なく、ターペ=エトフに攻めてくるでしょう』
『ですが、国民への示しがつきません。今回の襲撃で、命を落とした兵士も多いはず・・・私を罰しなければ、民が納得しないでしょう』
インドリトが頷き、元老たちに顔を向ける。元老院を代表し、年長の龍人族長が前に進み出る。巻紙を広げて読み上げる。
『ディアン・ケヒトに対し、元老院より正式な命を下す。本日をもって王太師に復帰せよ。そして、来る大戦ではその最前線に身を置き、その全能を発揮すべし』
国王および七大種族長全員の署名が入った紙を示す。ディアンは頭を垂れた。インドリトが言葉を引き継ぐ。
『各元老が集落で説明をしました。誰一人、師を処刑せよなどとは言わなかったそうです。亡くなった兵士の遺族には、私自らが出向きました。「必ず仇を討って欲しい」と言われました。ですが私の力では、魔神ハイシェラを倒すことは出来ません。これは、師にしか出来ないことなのです』
『・・・理解りました。ディアン・ケヒトは本日をもって、王太師に復帰を致します』
瞼の熱さに耐えながら、ディアンは首肯した。
二百四十年ぶりに王太師に復帰をしたディアンは、その日のうちに元老院に招かれた。ハイシェラとの戦いについての報告と、今後のターペ=エトフについての意見を求められたのである。インドリト王や元老全員の他、行政府や軍の主だった者たちが居並ぶ。ディアンは残念そうな表情を浮かべ、溜息をついて発言した。
『正直に申し上げて、魔神ハイシェラとの戦いは、途中で記憶が消えています。ハイシェラの純粋魔術が直撃をしたところまでは覚えているのですが・・・魔神ハイシェラとは剣を使った戦いであれば、互角で闘うことが出来ます。しかし魔力においては、ハイシェラが上回ります。現時点では、戦場においてあの魔神を倒すことは至難に近いと考えます』
各人が厳しい表情をする。だがディアンはすぐに表情を変え、笑みを浮かべた。
『皆さん、勘違いをしないで下さい。ターペ=エトフが勝利することと、ハイシェラを倒すことは、必ずしも同じではありません。ハイシェラを倒さずとも、ターペ=エトフが勝利をする方法があります』
会議室内がざわつく。ディアンの指示で、壁にケレース地方の地図が貼られる。指し棒を持って、ディアンが説明を始める。
『ターペ=エトフとハイシェラ魔族国の決戦場は、この「北華鏡平野」になるでしょう。この南には魔神アムドシアスが治める「華鏡の畔」やトライスメイルがあり、魔神単身ならともかく、万の軍を通過させることは無理です。ハイシェラ魔族国は必然的に、逝者の森を通過して、北華鏡平野を抜け、ルプートア山脈北東部を越えようとしてくるでしょう』
その場の全員が頷く。ターペ=エトフは天険の要害によって囲まれている。この地に攻め込むとしたら、レスペレント地方から海を渡り、フレイシア湾に入る道か、ルプートア山脈北東部を超えるしか無い。だが、ルプートア山脈北東部は、南部よりは標高が低くなっているが、それでもその高さは十町(1100m)を超える。さらに山頂には魔導砲が設置されている。軍隊が超えることなど、不可能に近い。
『この地図を見ても分かる通り、ターペ=エトフに東から攻め込むことは「不可能」です。恐らく彼らは、飛天魔族などを使って、空から攻めようとするでしょうが、ファーミシルス元帥は既にそれを想定され、対空砲まで設置し、要塞化しています。断言しましょう。「魔神ハイシェラ自身が極大魔術によって山を吹き飛ばす」以外に、この山は、絶対に超えられません』
『ディアン、つまりハイシェラだけが敵ということだろう?』
ファーミシルスが腕を組んで発言をした。ディアンの説明が些か長かったようで、口を挟んでしまったのだ。ディアンは笑って説明を続けた。
『その通りです。そこで魔神ハイシェラの欠点を利用します。「闘いを愉しむ」という欠点です。ハイシェラは「王」ではありません。「一柱の魔神」なのです。つまり、ハイシェラ魔族国の勝利よりも、自分の戦いを優先させるのです』
ディアンは指し棒でオウスト内海を指した。
『私が魔神ハイシェラをこの「オウスト内海上空」までおびき寄せます。此処でなら、どれだけ巨大魔術を使おうとも、ターペ=エトフへの被害は微小です。むしろカルッシャ、フレスラント、バルジアの三王国に甚大な被害が出るでしょう。この三カ国は、イソラ王国経由で、ハイシェラ魔族国に支援物資を送っています。国内に被害が出れば、支援を止めようとする動きも出てくるでしょう。ターペ=エトフへの被害を避け、魔神ハイシェラを主戦場から引き離し、かつ支援をも断ち切らせる・・・一石三鳥です』
『だが、先程の話ではハイシェラには勝てない、ということだったではないか?ディアン自身がそう言っていたぞ?』
ディアンは肩を竦めた。ファーミシルスに顔を向ける。
『確かに、勝てないな。だが、負けない方法はある。ひたすら防御に徹し、ハイシェラを引き寄せながら徐々に北に移動を続ける。ハイシェラに勝つことは至難だが、負けない闘い方なら、長時間の継戦は可能だ。そしてその間に・・・』
ディアンの指し棒は北華鏡を超え、「華鏡の畔」を指した。
『「美を愛する魔神」に動いてもらいましょう。先の戦いで、ハイシェラはこう言っていました。「あの芸術バカなど、どうでも良いわ!」・・・恐らくハイシェラは、アムドシアスに接触をしています。そしてかなり険悪な関係になったと思われます。アムドシアスのところには、数百名程度の軍しかありませんが、この際は十分です。彼女に・・・』
ディアンはオメール山を指した。
『ハイシェラ魔族国の本拠地、オメール山を攻めてもらいましょう。武器や食糧などが山積みされているでしょうから、それを全部奪ってもらいます。もちろん「美しい絵画や彫刻」なども併せて、と焚き付けます。ハイシェラ魔族国にはおよそ一万二千程度の軍がいるそうです。恐らく彼らは、全軍を北華鏡に向けるでしょう。カラになった本拠地を攻め、軍需物資を一切合切、奪い取ります。これで、ハイシェラ魔族国は継戦能力を完全に失います』
元老たちが眼を輝かせた。だがシュタイフェが異論を唱えた。
『ダンナ・・・たしかに良い作戦だと思いますが、もし一千名でも留守部隊が残っていたら、どうしヤスか?華鏡の畔の軍隊は、見栄えは良いですが、中身が・・・』
『シュタイフェ、忘れるなよ?一千名といっても、それは軍ではない。ただの「集団」だ。そしてアムドシアスは「魔神」なんだ。「ハイシェラ様が居ないのに、別の魔神が攻めてきた!逃げろ!」・・・かなり高い確率で、こうなるだろう。違ったとしても、魔神アムドシアスに勝てる奴が残っているとは思えんな。普段は暴力とは縁のない奴だが、一応は「ソロモン七十二柱」に連なる中級魔神なんだぞ?』
シュタイフェは納得したように頷いた。ディアンが説明を続ける。
『先ほどお話した「魔神ハイシェラの欠点」が、ここでも生きます。ハイシェラは全力で私を倒そうとし、力を奮い続けるでしょう。魔神の破壊衝動が満たされ、さぞ良い気分になっているでしょうね。そしてその裏で、ハイシェラ魔族国自体は滅びます。存分に力を発揮し、満足をした彼女はどうすると思います?恐らくそのまま、国を捨てて何処かに消えるでしょう。何者にも縛られず、何のしがらみも保たず、何の義理も無い・・・それが「本来の魔神」というものです』
ディアンの作戦に全員が納得した。後に、この作戦はほぼ成功をするが、唯一の誤算があったことを複雑な思いで、ディアンは認めることになる。
神核が回復したハイシェラは、オメール山の街を歩いていた。これまで街などに興味はなかったが、何となしに、歩いてみる気分になったのだ。ケルヴァンは驚き、歩くのであれば魔神の気配を抑えるように進言をした。ハイシェラは頷き、ただの魔族まで気配を抑える。街の表通りは、それなりに活気があった。荷車が行き交い、物々交換の出店街もある。ハイシェラは特に興味もなく、街をあるいていたが、その耳に微かな悲鳴が聞こえた。裏通りからであった。
『俺たちはハイシェラ様の親衛隊なんだぜ?ちょっとは相手してくれても良いじゃねぇか?』
屈強な亜人族数人が、年若い獣人の女を取り囲んでいた。どうやら乱暴をしようとしているらしい。ハイシェラは興味深げに、その様子をみた。一人の亜人が気づいた。
『あぁ?なんだお前?』
『何をしているかと思うての。そのまま続けよ』
だが亜人たちは、ハイシェラにいきり立った。凄みながらハイシェラに詰め寄る。
『観せモンじゃねぇんだぞ!なんならお前が相手をしてくれたっていいんだぜぇ?』
『イイ女じゃねぇか、むしろこっちがいいなぁ』
笑いながらハイシェラを取り囲む。ハイシェラは亜人に尋ねた。
『お前たちは、何をしようとしているのだ?』
『俺たちは国王ハイシェラ様の親衛隊なんだ。日頃の猛訓練で疲れてんだよ。だから、お前に慰めてもらいてぇんだ』
『ほう、ご苦労だの。じゃが我の親衛隊など聞いたことが無いが・・・まぁ、疲れておるのなら休むが良い。戦いは近いからの』
ハイシェラは笑って頷き、その場を立ち去ろうとした。だが恍けた答えに、男たちは怒気を発した。怒りの表情でハイシェラの肩を掴む。その瞬間、腕が切り落とされた。ハイシェラの気配が変わる。
≪素直に立ち去れば良いものを・・・ここまで愚かとは、救い難いの・・・汝らは、我が発した令を忘れたか?ガンナシア王国の民には手を出すな、そう命じたはずだの?≫
『ひぃぃぃっ!』
男たちはその場に尻餅をついた。ハイシェラは許さなかった。その場で全員の首を刎ねる。ハイシェラは溜息をついた。再び気配を抑えたハイシェラに、獣人の女が駆け寄った。
『あ、あの・・・ありがとうございます』
ハイシェラは内心で、少し驚いていた。感謝をされたことなど、記憶にない。このような場合、どう返すべきなのだろうか。
『特に、怪我などはしておらぬようだの?汝のように、兵に絡まれる者は多いのか?』
『その・・・以前よりは減ったのですが・・・』
言い難そうにしている姿に、ハイシェラは舌打ちをした。娘を立ち去らせると、王宮に戻る。すぐにケルヴァンを呼ぶ。
≪街で兵に絡まれている娘がおった。どうやら、我の命令が行き届いておらぬようだの?明日、郊外の平原に全兵士を集めろ。我が今一度、言って聞かせよう。聞かなければ、その場で全員を殺す!≫
『お、王よ・・・それは余りに・・・ですが、むしろ良い機会です。王よ、お願いがあります。兵たちの前で、王の「目的」を宣言して頂きたいのです。ターペ=エトフと戦い、何を得るのか・・・恐怖で抑えつけるだけでは、兵たちを束ねることは出来ません』
≪何を得るのか・・・ふむ・・・≫
『王よ、たとえばこういうのはどうでしょう?ターペ=エトフは、自分たちだけが豊かであることを考えている。ターペ=エトフを得ることで、その豊かさをケレース地方全体に行きわたらせる・・・いかがでしょう?』
≪悪くはないの。我としてはどうでも良いことじゃが、それが必要だと言うのであれば、そう宣言しよう≫
『お聞き届け頂き、有難うございます。後は私にお任せください。兵をしっかりと束ねます』
翌日、ハイシェラの命令によって、兵たちが集められた。その場でハイシェラは、ターペ=エトフとの戦いの「目的」を宣言した。
≪この場におる者の中は、人間族への怒りが深く、ターペ=エトフに加わるを潔しとせぬ者も居るであろう!考えよ!その怒りを持った理由は何か?人間族から非道を受けたからであろう!同じことを他者にするは、自らをして、人間族と同類になることと心得よ!我らはターペ=エトフと戦い、その地を征服する!じゃがそれは、富を奪い、食糧を奪い、女を奪うことが目的ではない。ターペ=エトフは、ターペ=エトフだけの豊かさを求めておる。汝らが持つ、人間族への憎しみを許容せぬ!我はターペ=エトフの王となり、ケレース地方全土をターペ=エトフの領土とする!汝らも同様に、豊かに暮らせるようにする!それが、我の目的だの!≫
兵たちが喝采を上げる。ケルヴァンは胸を撫で下ろした。国を束ねるには「志」が必要だ。だが王に志が無くても、「あるように見せる」ことは出来る。ハイシェラのこの宣言により、ハイシェラ魔族国はようやく、ただの集団から国家へと変わったのであった。
人間族の兵が片膝をついて狙いを定める。五十歩ほど離れた場所の的を狙う。ドンッという音が響き、的が弾ける。その様子を見ていたグラティナが首を傾げて、ファーミシルスに尋ねた。
『それは、ルプートア山脈にあるような、魔導兵器か?』
『魔導技術は使っているが、放つのは純粋魔術ではない。「魔法弾」と呼ばれる金属製の弾を発射する。純粋魔術と比べると、破壊力という点で劣るが、小型で携帯することが可能だ。これまでは剣と矢で戦うのが一般的だったが、これからはこうした「魔導兵器」が主流になる。ディアンがそう言っていた』
『私としては、余り好みではないが・・・試しても良いか?』
グラティナはそういうと、的のある方に歩いて行った。三十歩ほど離れた場所に立つ。兵は思わずファーミシルスを見た。ファーミシルスは黙ってうなずいた。再び轟音が響く。グラティナは剣を一閃した。後方で微かな音がする。
『直線に飛んでくる弾は、相手の気を読めば、防ぐこと自体は簡単だな。だが通常の兵士では躱すことは困難だろう』
兵士たちが唖然としているが、グラティナにとっては容易いことであった。ファーミシルスも頷く。
『この「魔導銃」を百丁程度、用意するつもりだ。ティナの言うとおり、私もこうした飛び道具は余り好かぬ。だが、戦争は決闘とは違うからな』
この時に用いられた技術が、やがて古の宮に伝わり、メルキア帝国の軍事的発展へと繋がる。ハイシェラ戦争で使用された魔導銃は、戦争終結と同時に殆どが破棄、あるいは行方不明となった。マーズテリア神殿は、魔導銃一丁と魔法弾十発を発見、総本山へと持ち帰ったが、魔導銃に搭載させる「極小魔焔」の精製方法が不明であるため、この魔導銃は現在においても、再現されていない。
その頃、ディアンの手を老ドワーフがしきりに見ていた。ターペ=エトフ随一の鍛冶職人である。横には黒く焦げた剣が置かれている。クラウ・ソラスであった。自分が眠っている間に、使徒たちが探し出したのだ。その痛々しい姿を抱きしめ、ディアンはこの鍛冶職人を訪れた。
『儂の親父から聞いたことがある。かつて、北の大地に「千年に一人」と言われた鍛冶職人がいたそうじゃ。二十で火を極め、三十で鍛を極め、四十で鋼を極めたと言われている。じゃが偏屈な男で、自分の鍛つ剣に見合う腕が無ければ、たとえ国王からの依頼でも断ったそうじゃ・・・お前さんの剣を見た時に、ふとその話を思い出した・・・』
『そのドワーフは、いま何処に?』
『・・・殺されたとも、南に逃げたとも言われておる。儂は一度だけ、その伝説のドワーフが鍛ったという剣を見たことがある。信じ難い「気」を放っていた。人間族は、「呪われた剣」などと言っておったが、アレはそうした類の気ではない。「我を使える者はいないのか」という哭き声じゃった・・・』
『・・・私の剣は、死んでしまったのでしょうか?』
『名剣は使い手を選ぶ。そして主との絆によって輝く。お前さんの剣は、死んではおらん。お前さんが求める限り、再び、輝きを放つじゃろう・・・』
老ドワーフは頷き、ディアンの手を離した。鍛冶場には、プレメルの代表的な鍛冶職人が集まっていた。
『誰かは知らぬが、この剣を鍛った男は、およそ並みの鍛冶屋ではない。儂独りでは、剣の気に及ばぬ。呼吸を整え、儂ら皆で鍛つ。お前さんは、ここで待っておれ。やがて、剣の声が届くじゃろう・・・』
老ドワーフは、鍛冶場に入り、戸を閉めた。やがて唄が聞こえてきた。それと共に、槌の音が響きはじめる。ディアンは瞑目して、唄を聞いた。
生まれ変わった愛剣クラウ・ソラスを背負い、ディアンは挨拶回りをしていた。天使族ミカエラ、黒雷竜ダカーハに、回復した旨を伝え、感謝の意を表する。ダカーハは次の大戦で、インドリトを乗せて前線に出るつもりだが、ミカエラはそうはいかない。ミカエラ本人に対して、インドリトが「協力は不要」と告げたのだ。ディアンが訪れた際にも、ミカエラはそのことを気にしていた。自分の胸板の上で、顔を上気させている美しい天使に説明をした。
『ダカーハ殿はこのターペ=エトフでは、黒雷竜としてただ独りの存在だ。彼個人の判断で動けるのだ。だが貴女は違う。天使族の長として、種族全体を考えねばならない。この地に天使族が居ることは、少数しか知らない。ましてこの地を訪れることなど、魔神や飛天魔族以外は不可能だろう。天使族の聖地は、汚れてはならないのだ。そして貴女自身も・・・』
『・・・また、貴方に会えますか?』
心配気な表情を浮かべる自分のオンナに、ディアンは笑って頷いた。
挨拶回りの最後は、トライスメイルである。魔神である自分は、未だに「エルフの杜」に立ち入ることが出来ていない。この時も、白銀公は杜の外で、ディアンと対面をした。森の中の少し開けた草地に、切り株が置かれ、対面して座る。ディアンは感謝の言葉を述べた後、気になっていたことを質問した。
『私が死にかけていることを、白銀公はどうやって知ったのでしょう?私がハイシェラに敗れたのは、この森からかなり北なのですが・・・』
『ある人物に教えてもらいました。貴方が死に掛けている。助けてあげて欲しい・・・そう依頼をされたのです』
ディアンの眼が細くなる。白銀公を動かせる人物など限られる。確認するように、ディアンが尋ねた。
『レウィニア神権国の絶対君主「水の巫女」・・・ですか?』
白銀公は微笑んだまま、頷いた。
【次話予告】
ターペ=エトフ歴二百四十九年、ハイシェラ魔族国は一万二千の軍勢を進発させた。この知らせは直ちに、ターペ=エトフに齎される。ファーミシルス元帥は、ルプートア山脈北東部を要塞化させ、これを迎え撃つ。ケレース地方の歴史に残る「ハイシェラ戦争」の幕開けであった。
戦女神×魔導巧殻 第二期 ~
Dies irae, dies illa,
Solvet saeclum in favilla,
Teste David cum Sibylla.
Quantus tremor est futurus,
Quando judex est venturus,
Cuncta stricte discussurus!
怒りの日、まさにその日は、
ダビデとシビラが預言の通り、
世界は灰燼と帰すだろう。
審判者が顕れ、
全てが厳しく裁かれる。
その恐ろしさは、どれほどであろうか。