戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第八十四話:第一次ハイシェラ戦争 前編

ハイシェラ戦争は、当時ラウルバーシュ大陸で最も繁栄をしていた大国「ターペ=エトフ」と新興国「ハイシェラ魔族国」との三度に渡る戦争を総称したものである。五十年に渡るこの戦争が、後世の歴史家、軍事専門家たちを魅了し続けているのは、この戦争に参加をした種族が、人間族のみならず、ドワーフ族、獣人族、龍人族、エルフ族、悪魔族などの多種多様な種族であったためである。これほどに多様な種族が、しかも両国間で軍を形成し、北華鏡平原で一大戦争を繰り広げたというだけで、軍事的浪漫主義者を魅了してやまない。さらにこの両国間には、一種の「心契」とも思える様子が見られる。イソラ王国に残されている記録では、ターペ=エトフとハイシェラ魔族国は、まるで図ったかのように同時に北華鏡平原に軍を進め、満を持しての決戦になったと伝えられている。この背景には、魔神の特殊性が挙げられる。人間族の戦争が、領土拡張などの「目的」があることに対し、魔神ハイシェラは「戦争そのもの」が目的であった。魔神ハイシェラにとっては、ターペ=エトフを滅ぼすことよりも、己が満足をする戦いをすることに重きが置かれていたと考えられる。

 

ケレース地方で起きた一大戦争は、イソラ王国および北華鏡の集落に僅かに記録が残されている。また、ハイシェラ魔族国滅亡後にレスペレント地方へと逃れた闇夜の眷属たちも、幾つかの記録を残している。魔神ハイシェラは残酷で乱暴な魔神であった、という複数の証言がある一方、その美しさと気高さ、そして極稀に見せる「微笑み」により、魅了されたという声もある。ケレース地方で一大戦争を繰り広げた「赤髪の魔神」の姿は、その後は一切、確認されていない・・・

 

 

 

 

 

ターペ=エトフ歴二百四十九年、ルプートア山脈北東部から北華鏡平原までの森林には、一大要塞が構築されていた。山頂から中腹までには複数の魔導砲が設置され、麓には洞穴が掘られ、ギムリ側を下って来た補給物資が洞穴を通る。ターペ=エトフ軍四千五百名のうち、五百名はケテ海峡に配備され、四千名がルプートア山脈要塞に入っていた。絶壁の王宮も忙しい。各種族から兵を集めたため、物産に影響が出ている。国務次官ソフィア・エディカーヌは、ターペ=エトフの繁栄の維持と物産量の減少を正確に見極めていた。ターペ=エトフの国内消費に必要な物資は、十分に賄うことが出来る。一方、レウィニア神権国やカルッシャ王国への輸出品は減らさざるを得ない。ソフィアは冷たい笑みを浮かべて、リタに販売価格を提示した。リタは思わず目眩を覚えた。

 

『あ、あの・・・このオリーブ油のお値段・・・三割以上は高くなっていらっしゃるようですが?』

 

『当然です。レウィニア神権国は我が国からのオリーブ油に頼りながらも、同時に、敵対するハイシェラ魔族国への支援を続けています。お陰でこちらも、兵士を増やさざるを得ず、物産に影響が出ています。三割増し程度で済んで、むしろ幸運と思って頂きたいですわ。輸出禁止にしようという意見すら出ていたのですから!』

 

実際のところ、オリーブの実を摘むのは女性や子供の仕事であり、オリーブ精製は魔導技術によって半自動化されている。ターペ=エトフ国内では、価格変動は殆ど無い。だがラギール商会は国から卸してもらうため、市井価格で買うことは出来ないのである。では街で買えば良い、と考えるのが通常だが、ラギール商会が求める量を扱える商店など存在しない。リタは溜息をついて頷かざるを得なかった。他の物資にも問題が出ていた。まず武器の輸出は一切が禁じられていた。鉱石類、香辛料類なども軒並み、値段が跳ね上がっている。一方で、他地方から運ぶ価格と比べれば、まだ安い。その絶妙な値付けに、リタは半ば感心をしていた。

 

『それと・・・これはリタ殿にだけお伝えをします。私の主人は、水の巫女殿を許していません。この戦いが終わった暁には、主人は水の巫女殿を殺しに行くかもしれません。主人はこう言っていました。「ターペ=エトフに文句があるのなら、直接言いに来い。自分たちは安全な場所に居ながら、陰謀によって他者同士を争わせ血を流させるその姿勢には、反吐が出る。国王も貴族も皆殺しにしてやりたいくらいだ」・・・と』

 

『や、やっぱりメチャ怒ってるんだ・・・ハ‥ハハ・・・』

 

ソフィアは少しだけ話を盛って、リタに伝えた。リタは表面上は笑いながらも、内心では深刻に悩んでいた。

 

(下手したら、レウィニア神権国は滅びるかもね。ウチも本店をプレメルに移そうかしら・・・)

 

 

 

 

 

一方、王宮ではハイシェラ魔族国からの使者が、正式に宣戦布告状を置いていった。堂々たる文面に、開戦予定日が書かれている。インドリトは笑ってしまった。まるで「決闘」である。魔神ハイシェラとは余り言葉を交わしていないが、会ってみたいと思った。ディアンも肩を竦めて笑った。一読したファーミシルスは溜息をついた。

 

『一体、何を考えているんだ、あの魔神は?見ろ。開戦日は「山眠る月(十三月)の十日」と指定している。あと二週間もあるぞ?何か、勘違いをしていないか?』

 

『あの「戦闘狂」にとっては、国家間戦争も個人の喧嘩も同じなのだろうな。ここまで来ると、ある意味では可愛いな。有無を言わさずに侵攻すれば良いものを、わざわざこちら側に準備の時間まで与えるとは・・・』

 

『とは言っても、万一ということもあります。偵察は怠らないようにして下さい。シュタイフェ、各国の様子は?』

 

『レウィニア神権国およびメルキア王国では、特に軍事的な行動は見られないようです。モルテニアからの知らせでも、カルッシャ、フレスラント、バルジアの各港に軍船が集結している、などは見られません』

 

『師よ、華鏡の畔への根回しはどうですか?』

 

『アムドシアスからの協力は取り付けた。アイツはかなり積極的だったぞ。ハイシェラは強いが、政治家には不向きだな』

 

ディアンはその時の様子を思い出して、笑ってしまった。

 

 

 

 

 

華鏡の畔にある魔神アムドシアスの居城に、ディアンが訪れた時、美を愛する魔神は不機嫌そうな表情であった。中庭に通されたディアンは、破壊された石像を見かけた。何とか修復を試みたようだが、木っ端微塵に粉砕されたようで、とても原型を留めていない。このケレース地方で、こんなことをする奴は一人しかいない。ディアンは憂鬱な表情を「わざと」浮かべた。

 

『酷いものだな・・・この石像は覚えている。名工が打ち出した見事な彫像だった。どうやら、純粋魔術で破壊したバカがいるな?』

 

アムドシアスは机を叩いた。瞳に怒りの炎が浮かんでいる。

 

『許せぬ!これは単に、我の蒐集品を壊したというだけでは済まぬ。あの像は、イアス=ステリナからの遺産であり、美の象徴でもあったのだ。それが失われるなど、謂わば世界の損失だ!』

 

『全くだな。インドリト王も、お前の蒐集品を見るのを楽しみにしておられた。丁度よい。我が王からの贈り物がある・・・』

 

ディアンは手を挙げた。アムドシアスの従者数名が、布に包まれた大きな荷物を運び、アムドシアスの前に立てた。布が取り払われると、林檎を持った石像が出現した。「メルジュの門」に封印されていたイアス=ステリナ世界の遺産である。どう見ても「ただの古美術品」であるため、イルビット族たちはすぐに関心を失い、大図書館の地下倉庫で眠っていたものだ。だが、アムドシアスにとっては何よりも価値のあるものであった。

 

『こ・・・これは!』

 

アムドシアスは両手を前に突き出し、フラフラと石像に歩み寄った。感動に震え、瞳には涙さえ浮かんでいる。ディアンが説明をした。

 

『遥か東方の地にある「イアス=ステリナ時代の遺跡」から発見された石像だ。数千年の歳月を耐え、その価値を理解できる者の手に渡った。この石像も喜んでいるだろう』

 

『何という美しさだ!この見事な腹筋の掘り方!林檎を見つめるその瞳は遠く、何か深淵なものを見通しているのかと想像してしまう。インドリト王がこれを我にと?』

 

『王はこう言っておられた。「美は、その価値を解る者が持つべきだ。そしてアムドシアス殿は誰よりも、美を愛している。美しい白亜の王宮に飾られてこそ、この石像も映えるであろう」とな・・・』

 

アムドシアスは何度も深く頷き、ディアンの手を取って感謝の意を述べた。一変して上機嫌になった「芸術バカ」に、ディアンはハイシェラ魔族国との戦争において、協力を要請した。

 

『別に軍を闘わせる必要はない。無人の本拠地をついて、軍需物資を全て奪うだけで良い。警備兵程度はいるだろうが、大した争いにもならないだろう。もちろん、先王ゾキウの蒐集品なども奪って構わないぞ。美を解さぬ者にとって、芸術品など石ころと同じだ。ハイシェラに壊されるくらいなら、お前が持つべきだろう。これは卑劣でも何でもない。お前の大事な石像を破壊したのだ。カネには替え難いだろうが、せめて賠償金くらいは貰っても良いのではないか?』

 

アムドシアスは二つ返事で了解をした。帰り道において、ディアンは小さくつぶやいた。

 

『バカとハサミは使いよう・・・ってね』

 

 

 

 

 

ターペ=エトフ歴二百四十九年「山眠る月」、ハイシェラ魔族国は一万二千の軍勢を動員し、オメール山を進発、北華鏡平原を目指した。宰相ケルヴァンは、必要な軍需物資などを「逝者の森」などの森林地帯に隠し、数ヶ月の持久戦に耐えられるようにしていた。国王ハイシェラは、こうした補給などは気にしていなかっただが、戦争を支えるのは補給である。開戦日を二週間後にしたのは、その間に逝者の森に一大補給拠点を構えるためであった。ハイシェラ魔族国が北華鏡平原南東部に陣を構えると、ターペ=エトフ軍も北西部に陣を構えた。

 

『王よ、ターペ=エトフはルプートア山脈から森林地帯まで、迎撃の陣を構えております。斥候によると、山頂には兵器と思われる筒状のモノが十基、設置されているとのことです』

 

≪それは恐らく「大砲」であろう。かつて、イアス=ステリナにおいて戦争で使用された「砲」と呼ばれるものと同種に違いないの。破壊力のある「弓」と同じだ。遠方まで砲弾を発射する。無闇に突っ込むのは危険だの≫

 

『ではやはり、飛天魔族による山頂への魔術攻撃を掛けるべきでしょう。耐性の強い亜人族部隊を突撃させ、その「大砲」の狙いが地上に向けられた隙に、飛天魔族による接近、純粋魔術の共振作用による巨大魔術で、山頂を吹き飛ばします』

 

≪そうだの・・・その作戦で良かろう。じゃが、果たして山頂を吹き飛ばせるかな?黄昏の魔神もいるしの・・・我であれば、そこまで予想して、極大純粋魔術で相殺するがの≫

 

『例の魔神は、復活しているでしょうか?』

 

≪あれから二年・・・復活していると考えるべきだの。でなければ、面白くないからの≫

 

ハイシェラは笑って葡萄酒を飲んだ。

 

 

 

 

 

ルプートア山脈の要塞内においても、決戦に向けての緊張感が漂って・・・はいなかった。王太師に復帰をしたため、閉めざるを得なかった「魔神亭」の料理人や給仕たちが、食堂で忙しそうに働いている。

 

『さぁさぁ皆さん!本日は魔神亭特製「肉団子の赤茄子煮込み」ですよ~』

 

可愛らしい獣人族の給仕が、手を叩いて兵士たちを迎え入れる。ルプートア山脈北東部の要塞にある「大食堂」には、兵士たちが交代で、食事に詰めかけていた。食堂には堂々と「魔神亭」の文字が描かれている。厨房では、ディアン・ケヒトの元で十年近くの修行を積んだ人間族の料理長ピエールが、目まぐるしく鍋を奮う。その手つきは正に、職人技であった。

 

『それにしても、ターペ=エトフ建国以来の危機だというのに、この要塞を含めて、まるで危機感が無いのではないか?明日は決戦だぞ?』

 

グラティナは口を大きく開けて、肉団子に齧りついた。牛と豚の合挽き肉に、細かくした豚の軟骨と玉葱の微塵切り、肉荳?、黒胡椒、塩を混ぜて捏ねた団子である。肉汁が溢れる中で、軟骨の歯ごたえもあり、皆が夢中で食べている。ディアンは団子を切って肉汁を確認し、一口食べて頷いた。

 

『良い味だ。挽肉の配合を牛六:豚四にしているな。煮込む場合は焼く時とは異なる配合が必要になる。それに軟骨を入れるとは・・・これはオレも考えなかったな』

 

『ディアン・・・肉団子ではなく、要塞の話をしているのだが?』

 

『ん?まぁ良いではないか。悲壮感が漂うより、こうして明るいほうが良い。大体、戦争なんて真面目にやるのはバカバカしい。どうせハイシェラの狙いはオレなんだ。オレだけ真面目に戦って、他の連中は適当に守れば良いのだ。オレがハイシェラを抑える限り、ルプートア山脈は絶対に超えられん』

 

『でも、相手は倍以上の軍勢よ?それに獰猛な魔獣や亜人族も多いって・・・』

 

『だからだ。誰が集めたのかは知らんが、発想が貧困だな。ただ前に進んで戦えば良いと思っている。戦争は決闘ではない。別に一対一で戦う必要は無いのだ。三人一組で取り囲んで、後ろから斬りつければ良い。これは卑怯でも何でもない。戦争に勝つためには「組織力」が必要なのだ。獰猛な魔獣や亜人族が、将の命令を聞いて、周囲と連携して動くと思うか?バラバラのまま猪突して突っ込んできて、取り囲まれて終わりさ』

 

自信を持って断言する男の姿に、元帥であるファーミシルスも安心したようだ。ディアンは肉団子の味に満足しながら、言葉を続けた。

 

『レイナとティナは、遊軍として動け。恐らく、中には手強い「個」が存在するだろう。そうした奴らは時として、反撃の起点になる。二人でソイツらを潰すんだ。殺す、殺さないの判断は任せるが、継戦能力は確実に奪え』

 

『我々よりも強い奴がいたら、どうするんだ?』

 

ディアンはフォークを持ったまま止まった。その可能性は全く考えていなかった。フォークを置いて、真剣に考える。使徒二人が顔を見合わせる。

 

『もし、それ程の力を持ったやつが居るなら・・・』

 

『いや、スマン。そんなに考えて言ったわけじゃないんだ』

 

グラティナが手を振った。だがディアンの中では、払拭しておくべき課題であった。使徒二人は、中級魔神にも匹敵する力を持っている。魔族程度で苦戦するはずがない。可能性があるとしたら、相手にハイシェラ以外の魔神がいる場合だ。だがその可能性はあるだろうか。ディアンは暫く考えて、首を振った。

 

『可能性があるとしたら、他にも魔神が出現した、という場合だな。可能性は皆無ではない。魔神が魔神を使役する、ということは極めて珍しいが、フェミリンス戦争という事例もある。もし勝てない相手と巡り合ったら、一旦退け。ハッキリ言って、この戦争は下らん。ハイシェラは水の巫女に吹き込まれたのだろうが、こんな面倒なことをしなくても、オレの処に来れば、幾らでも戦ってやったものを・・・』

 

その言葉が嘘であることに、三人は気づいていた。ディアン・ケヒトが此処に居るのは、ターペ=エトフの危機だからであった。もしハイシェラがディアン独りと戦うために襲来したとしたら、ディアンはターペ=エトフを出て、身を隠しただろう。あるいは戦ったかもしれないが、本気にはならなかったはずだ。魔神ハイシェラは女であり、まして古神アストライアの肉体を持っている。殺すことに躊躇をしたはずである。話題を変えるように、ディアンが明日の決戦の話をした。

 

『オレもハイシェラも、相手が何処にいるのかを探すだろう。山頂の魔導砲のことは、相手にも知られているはずだ。オレであれば、遠方から巨大魔術を放って山頂を吹き飛ばそうとする。というか、それ以外にこの山を攻略することは不可能だ。オレが迎撃をすれば、必然的にハイシェラも出てくるだろう』

 

胸元の「魔焔」をいじりながら、ディアンは明日の決戦に向けて覚悟を固めていた。

 

 

 

 

 

ターペ=エトフ歴二百四十九年「山眠る月(十三月)の十日」、ハイシェラ魔族国は北華鏡平原に軍を進めた。各隊ごとに固まっているが、陣形と呼べる程ではない。一方、ターペ=エトフ軍は木柵を設け、待ち構えている。馬上のハイシェラは、右手を挙げ、振り下ろした。突撃の合図を知らせる太鼓が鳴らされる。北ケレース地方の亜人族「ズク族」が分厚い剣を掲げ、走り出す。

 

≪飛天魔部隊、待機せよ≫

 

ハイシェラの指示により、飛天魔族たちが待機する。まずは「砲」の射程を測る必要があった。屈強なズク族であれば、そう簡単には死なない。射程を測った上で、頃合いを見て飛天魔族を上空から突撃させ、山頂を吹き飛ばす作戦である。成功すれば良し。仮に失敗したとしても、最も警戒する敵の位置を探ることは出来るだろう。

 

『魔導砲、斉射用意!』

 

山頂の中堅指揮官が、手を掲げた。平原中程に照準を構える。ズク族の部隊が入ってきたところで、手を振り下ろす。

 

『放てぇっ!』

 

十門の魔導砲が一斉に火を噴く。北華鏡平原に純粋魔術の爆発が起きる。その様子にハイシェラは眉を顰めた。

 

≪アレは我の知る「砲」ではない・・・純粋魔術だの。人間も少しは進歩をしているということかの≫

 

だが射程を測ることは出来た。また純粋魔術であれば、遠方である程、威力は落ちる。爆発は起きているが、ズク族であれば耐えられるだろう。実際、ズク族たちの足は止まらず、木柵の手前まで届こうとしていた。第二波、第三波の突撃が指示される。同時に、飛天魔部隊も上昇した。砲が平地を狙っている今が好機である。だが、ハイシェラが指示を出す前に、平地では異変が起きていた。

 

 

 

 

 

『魔導銃、斉射用意!』

 

ズク族の巨体が迫っていても、銃撃隊は落ち着いて構えていた。射程に入った瞬間に、一斉に引金を引く。空気抵抗を減らす刻印が刻まれた弾が、高速度でズク族に打ち込まれる。第一波が次々と倒れる。その様子に、さすがの亜人族たちも怯んだ。

 

『騎獣隊、突撃っ!』

 

レブルドルに跨った獣人族たちが、一気に突撃を始める。数は三百程度だが、馬よりも大きな魔獣に跨り、鍛え抜かれた斧を揮うのである。第二波、第三波の足が止まる。同時に、山頂の魔導砲も静かになった。ハイシェラは得心した。相手は最初から、護るつもりなど無かったのである。平原での白兵戦で、打ち勝つつもりだったのだ。実際、個々の戦闘力では高いはずの亜人族たちが、次々と倒されている。敵は相互に連携をしながら、常に「二人で一人」を屠っていた。ハイシェラの本隊に、斥候が駆けつける。

 

『申し上げます!第三波、打ち破られつつあります!』

 

≪なんと手ごわい相手なのだ・・・なればこそ、面白いというものだの»

 

ハイシェラは笑った。一対一の戦い以外にも、こうした「愉しみ方」があったのだ。だが、いつまでも笑っていられない。どんな戦いにも、敗けるつもりは無い。そして勝つためには、この劣勢を覆す必要があった。

 

≪ケルヴァンッ!ここは汝に任すだの。我は飛天魔族と共に突撃し、敵山頂を吹き飛ばしてくれるわっ!≫

 

『はっ!お任せ下さい。御武運を・・・』

 

ハイシェラは頷き、一気に上昇した。飛天魔族たちを率いて、上空からルプートア山脈山頂に向かう。だが、山脈中腹から上空に向かって、何十発もの純粋魔術が放たれてきた。ハイシェラは下方に魔術障壁結界を張りながら、上空から接近する。当然、その様子は山頂からも見えていた。このことを予測していた黒衣の男が眼を細めた。ハイシェラと飛天魔族たちは、魔術波長を合わせて一斉に純粋魔術を放つ。

 

≪レイ=ルーンッ!≫

 

アウエラの裁きなどの上位純粋魔術よりも威力は落ちるが、速度では勝る。そして波長が同じである為、共振作用を起こして増幅される。高速の巨大純粋魔術となって、ルプートア山脈山頂に襲いかかった。普通であれば山頂を一気に吹き飛ばす威力である。だがその前に、黒衣の魔神が立ちはだかった。

 

≪極大純粋魔術ルン=アウエラッ!≫

 

北華鏡平原上空で巨大な爆発が起きる。猛烈な爆風で、地面での戦闘が一時中断した程であった。ハイシェラは歓喜の笑みを浮かべた。

 

≪来たなっ!黄昏の魔神!≫

 

赤髪の魔神と黒髪の魔神は、互いに剣を抜き、咆哮を挙げ、彗星のような速度でぶつかった。

 

 

 

 




【次話予告】

歓喜の闘いに酔いしれるハイシェラを余所に、ハイシェラ魔族国に危機が迫っていた。事態に愕然としたケルヴァンは、ハイシェラを呼び戻そうとする。状況を理解したハイシェラは、ディアンの予想とは違う行動に出る。



戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第八十五話「第一次ハイシェラ戦争 後編」


Dies irae, dies illa,
Solvet saeclum in favilla,
Teste David cum Sibylla. 

Quantus tremor est futurus, 
Quando judex est venturus,
Cuncta stricte discussurus!

怒りの日、まさにその日は、
ダビデとシビラが預言の通り、
世界は灰燼と帰すだろう。

審判者が顕れ、
全てが厳しく裁かれる。
その恐ろしさは、どれほどであろうか。

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