戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第八十八話:新たなる地平へ

「ラウルバーシュ大陸中原アヴァタール地方南部」

 

ターペ=エトフ歴二百八十年(レウィニア歴二百九十一年)、ニース地方、ディジェネール地方、アヴァタール地方の三つの地方が重なる地に「闇夜の眷属の国」が誕生する。それが「エディカーヌ王国」である。エディカーヌ王国の誕生は、多くの謎に包まれている。当時のラウルバーシュ大陸は国家形成期であった。アヴァタール地方東方域にメルキア国が誕生し、続いてレウィニア神権国、バリアレス都市国家連合、リスルナ王国、スティンルーラ王国が誕生する。これらの国々は、すべて「光側現神」の勢力に属している。レウィニア神権国は地方神「水の巫女」を信仰しているが、水の巫女自体が「光側に与する地方神」であるため、首都プレイアには「赤の太陽神アークパリス」「大地の女神アーファ・ネイ」「癒やしの女神イーリュン」「交易の神セーナル」などの現神神殿も建てられている。無論、最大規模を誇るのが「水の巫女神殿」であり、アークパリス神殿でさえ、騎士たちが「自発的」に信仰しているに過ぎず、第一級現神の割にはそれほど大きな規模ではない。

 

一方、エディカーヌ王国は「闇側現神」の勢力に属しているとされる。これは、エディカーン(闇夜の混沌)という名前から判断されているが、その実際は、必ずしも闇側現神に属しているとは言えない。確かに、首都スケーマにはヴァスタール、アーライナ、ジェルグナなどの闇側現神の神殿があるが、最大規模の神殿は、あらゆる神々を生み出した唯一神「創造神」を祀る「神宮(パラティウム)」と呼ばれる神殿である。神宮の壁には、ディル=リフィーナ世界の神々の名前とその姿が刻まれ、光も闇も、現も古も関係なく「全ての神々」が平等に位置づけられている。その最奥には黄金に縁取られた一冊の書籍「聖書(Holly Bible)」が祀られ、壁にはこう描かれている。

 

「初めに言葉があった。言葉は、神であった」

 

この神宮を参拝することは、アークリオン神を参拝することになり、マーズテリア神を参拝することになり、ヴァスタール神を参拝することになり、水の巫女を参拝することになる。古神である魔王ルシファーや大女神アイドスも祀られている。ディル=リフィーナの全ての「神族」を祀る「宮」であり、新たな神が「発見」されるたびに、名前と肖像が増える。参拝者は神の名前を書き、喜捨をする。そして一~百までの数字から一つを選び「御神籤(Oracle)」と呼ばれる紙に書かれた「神託」を貰う。御神籤には、自分の運勢や日々の暮らしについての心得が書かれており、参拝者はそれを読んで自らを振り返るのである。

 

現神でも古神でもなく、光側でも闇側でもない信仰「神の道」こそが、エディカーヌ王国の「信仰上の中核」であり、国内のすべての神殿は、神の道の総本山「神宮」の下に位置づけられている。神宮はそのまま王宮に繋がっており、「創造神の神格者」が国王と「神宮の大司祭」を兼ねている。

 

 

 

 

 

地下都市フノーロは、闇の現神を信仰する人々や魔族、さらには他国で指名手配になった「お尋ね者」や傭兵崩れ、さらには行商人を狙う野盗なども集まる。バリアレス都市国家連合の中核都市「レンスト」に比較的近いこともあり、東西南北の様々な「地下に生きる人々」が集まる街となっていた。当然、そうした者たちは酒場に集まる。その日も、酒場には四方から集まったフダ付き者や泡銭を持った者、そしてそれを目当てに身を売る女たちが集まっていた。酒場の扉が開かれた。大型の剣を背負、漆黒の外套を纏、黒光りする仮面で顔の上半分を隠した男が入ってくる。その後ろからは、黒髪の美しい女性が続いた。真っ白な外套とそれと同じくらい白い肌、淡く赤い唇と利発さと柔らかさを持った瞳をしている。得体の知れない男女の出現に、酒場が静まった。男は美女を連れて対面席に向かう。男は懐からパリアレス金貨を出すと、酒場の主人に告げた。

 

『オレには黒麦酒、彼女には茶を出してくれ』

 

バリアレス金貨一枚で、一晩豪遊できる。店主は頷きながら返事をした。

 

『言っておくけど、こんな金貨出したって釣りは無いぜ?それにここは酒場だ。茶なんかねぇよ』

 

男は口元に笑みを浮かべて答えた。

 

『黒麦酒を二つ、釣りはいらん。その代わり、この地下街を取り仕切っている者に会いたい。この酒場が窓口だと聞いた』

 

店主は黙って、陶器製の杯を置いた。麦酒をなみなみと注ぐ。

 

『なんか勘違いをしてねぇか?ここは酒場だ。出会い斡旋所じゃねぇ。大体、仮にそんな奴に会ったとして、アンタなにするつもりだ?』

 

男は杯を持つと、一気に飲み干した。店主は目を丸くして、二杯目を注いだ。男は笑みを浮かべたまま、店主の問いに答えた。

 

『今日から、この街は彼女が支配者になる。仕切り役には、その挨拶をしておこうと思ってな』

 

酒場の空気が変わった。次の瞬間、爆笑の渦が巻き起こった。皆が腹を抱えて笑う。店主も笑いながら、男の肩を叩いた。

 

『面白ぇ冗談だよ、アンタ!まぁ、金貨一枚あれば幾らでも飲める。楽しんでいってくれ』

 

笑いが静まり始めた頃、男は仮面の奥で目を細め、冷たい口調で告げた。

 

『冗談だと思うか?必要なら、この街の人間を皆殺しにしてでも、支配するつもりだ』

 

『アンタねぇ…』

 

店主が呆れたように男の肩を掴もうとした。だがその時、男の気配が変わった。全身からドス黒い気配が立ち昇る。

 

«…手始めにこの店の人間を皆殺しにするか»

 

『ゲェェッ!』

 

店主はその場で尻餅をついた。出入り口付近にいた男たちは一斉に店から飛び出した。女たちは股から液体を流している。男は「邪の気配」を放ちながら店主の胸元を掴み、自分に引き寄せた。

 

«どうやら状況が解ったようだな。もう一度だけ言うぞ。仕切り役のもとへ案内しろ。命が惜しかったらな»

 

だが店主はガチガチと震えるだけであった。男の頭を美女が叩いた。

 

『やり過ぎです。怯えているじゃありませんか。これでは返事もできないでしょう。気配を抑えて、手を離しなさい』

 

『は…』

 

男は美女の命令に従って、気配を抑え、手を離した。腰を抜かし震えている店主に、美女が声を掛けた。

 

『店主殿、失礼をしました。私はソフィアと申します。彼の名は魔神ディ…私の従者です』

 

『じゅ、従者…ま、魔神が?』

 

『彼が言ったことは本当です。この街を支配したいと思います。出来れば穏便に…街の責任者のところに、ご案内下さいますね?』

 

ソフィアの優しい声に、店主はようやく落ち着きを取り戻した。

 

 

 

 

 

フノーロの地下街で「友好的な」話し合いをしたディアンたちは、その日のうちに地上に待機させておいた「制圧部隊」をフノーロに入れた。ソフィアは街人に「神の道」を説いていく。そして地上からは、大量の衣類や食糧が流れ込む。これまで自衛団だった見回り役は、ターペ=エトフで鍛えられた百名の精兵が引き受けた。ディアンは「カッサレの魔導書」を持ちながら、地下街から地下迷宮へと入った。迷宮を通り、大きな部屋に出る。

 

『ここか…想像以上だな』

 

そこは魔術研究施設であった。埃も少なく、綺麗な状態である。机に置かれた書類などを見て、ディアンは頷いた。

 

『誰かが使っていたんだな。恐らく、カッサレ家の系譜だろう。確か、アビルースとかいったな』

 

複数の箇所に結界を貼り、出入りを制限する。迷宮は続いていたが、探索は後回しにする。今はフノーロの完全制圧と新国家建設への「拠点化」が優先であった。ディアンは地下街の中央に、巨大な「魔法陣」を描いた。魔焔を組み込んだ「魔導柱」を四方に建て、術式を調整する。

 

『あとは向こう側を調整するだけだ。これで大規模な人員転送が可能になる。物資の転送が出来ないというのが、欠点だがな』

 

街の中央でソフィアが説法をする。

 

『この中には、権力闘争に破れて流れ着いた人もいるでしょう。やむを得ず野盗に身を落とした人、生きるために身を売らざるを得なかった人もいるでしょう。このフノーロは、そうした「敗者」たちが集まる場所です。ですが、負けたというだけでどうしてこんな地下に、肩身を狭くして押し込められなければならないのでしょう?敗者だから、闇夜の眷属だから地下で暮らせと?黄の陽、赤の陽は光側の現神が治めている。だから闇夜の眷属は陽の光を受けるなと?これが正しい世界なのでしょうか?私達だって生きています。生きる資格があるのです。神の道には光も闇もありません。現も古もありません。生きとし生ける全ての存在が、創造神の愛を受けられるのです』

 

最初はバカにしていた人たちも、徐々にソフィアの説法に惹きつけられ始めている。

 

(思った以上に順調だな。早急に「神宮」を建てるべきだろう…)

 

ソフィアの説法に手を合わせ、涙を流す老女なども出始めている。ディアンは心中で首を振った。

 

(宗教とは、救済を売る「商売」だ。当然、経営努力、営業努力が必要になる。だが現神神殿は、売り手市場に胡座をかいて努力をしていない。まずはアヴァタール地方南部、ニース地方を中心に市場(マーケット)を拓くか)

 

 

 

 

 

地下都市フノーロを中心に新国家を興すためには、神の道の布教だけでは不足である。フノーロは長年に渡って「裏稼業」の取引などが行われていた。「その道」に生きる者たちを束ねるには、その頭目に会うのが一番である。転送機を使い、プレメルとフノーロを行き来しながら、ディアンはアヴァタール地方の「裏社会」の頭目に会うため、リタ・ラギールを頼った。

 

『ディアン、何度も言っているけど、絶対に喧嘩はしないでね。マジでヤバイ奴に会うんだから・・・』

 

リタ・ラギールは、何度めかの念押しをした。ディアンとグラティナは、リタに連れられてプレイアの繁華街から裏通りに入った。プレイアは人口五十万人を超えるアヴァタール地方最大の大都市である。これだけの人間が集まれば様々な「欲望」を満たすための店が出来る。いかがわしい商品を扱う店や、娼館などがである。娼館が出来れば、そこに娼婦を紹介する「女衒」も必要になる。そうした女衒たちを管理する組織も必要だ。つまり「裏社会」である。

 

『光が濃くなれば、その分、影も濃くなる・・・アヴァタール地方一体の裏社会を束ねる頭目は、絶対に抑えなければならん。さて、どんな人物なのか楽しみだ』

 

『…特に、ディアンは気をつけてね。アンタが一番、心配だよ』

 

『・・・どういう意味だ?』

 

『会えば解るよ』

 

リタたちは、一軒の娼館の裏口に立った。ディアンと同じような黒い外套を着た男二人が立っている。リタは自分の身分を名乗った。男たちは頷いて、扉を開ける。薄暗い中に入った四人は、身体検査を受けた。ディアンは黒服が、リタたちは娼婦らしき女が、身体を確認する。娼館では、武器類は全て預けることが求められる。ディアンたちは丸腰のまま、豪奢な造りの部屋に通された。貴族たちが使うための、特別な部屋らしい。その部屋に、鋭い目をした金髪の美しい女性が座っていた。組まれた白い脚は長く、きつめの服は躰の線を強調している。顔も美しいが、右側に火傷の爛れがある。だがそれが、逆に女の魅力を引き立てているように見えた。後ろから貫いて、気の強そうな瞳に、喜悦の表情を浮かべさせたいと思った。

 

 

 

 

 

『リタ・ラギール・・・約束の時刻より遅れているわ。私は暇ではないのよ?』

 

『ゴメンゴメンッ!ベラさん、お忙しいところ、お時間を頂き、有難うございます~』

 

リタは揉み手をしながら、低姿勢で謝罪をした。ベラと呼ばれていた女性は、リタの後ろに立つ二人の男女を見た。ディアンとグラティナは、自分の名を名乗った。

 

『ディアン・ケヒトです』

 

『グラティナ・ワッケンバインだ』

 

『私の名はベラ・・・アナタたちね?フノーロで最近、色々と動いているという輩は・・・』

 

リタは慌てた様子で、まずは土産を差し出した。ベラは一瞥しただけで、隣に控えていた男が受け取る。ディアンは少し目を細めた。リタの肩を退け、ベラの前に腰掛ける。背後の男が何か言おうとしたのをベラが止めた。

 

『光と影は表裏一体・・・レウィニア神権国をはじめ、アヴァタール地方各地に国ができ、一見すると光神殿の進出が目立つ。だが一方で、人間が集まるということは、欲望が集まるということだ。光と影の両方が集まる・・・誰かが、その「影」を引き受けなければならない。幾つかの伝手で調べたところ、全てがアンタに行き着く。アヴァタール地方の「影」は、アンタが握っているな?』

 

『人間という生き物は・・・』

 

ディアンの質問に応えず、ベラが語り始めた。

 

『人間という生き物は、とどのつまり「己のこと」しか考えない。それでいて「道徳」という美しい言葉で、自己(エゴ)を覆い隠そうとする。本当は欲望にまみれ、醜い姿なのに、それを見たくないと考える。人間は「己が悪」という認識に耐えられない存在なの・・・人間が「自分は善人でいたい」と考える限り、我々のような稼業が必要になるわ』

 

『アンタは、「己が悪」という認識に耐えられるのか?』

 

ベラは鼻で嗤った。左手を挙げる。男が葉巻を差し出した。ベラは魔導火付け石で、葉巻に火をつけた。煙をゆっくりと吐き出す。

 

『「己が悪か」・・・そんなふうに考えたことなど、いつ以来かしら・・・善悪なんてものは、人の立場によって変わる。私が一番嫌いな言葉はね。「偽善」よ。「人の為の善」と書いて「偽善」と読む。およそこの世に「人の為の善」なんて無いわ。「己がそうしたい」からしているだけ・・・「人の為にしている」という己に酔いたいからか、それとも何かしらの見返りを期待しているからか・・・いずれにしても「自己満足」のためよ。それを「善行」という名で、覆い隠している。糞はね。どこまでも糞なのよ。たとえバラの香りを放っていようともね』

 

ディアンはゆっくりと二度、頷いた。目元が笑っている。

 

『では、アンタの判断基準はなんだ?』

 

『決まっているでしょ?利益よ・・・自分の利益になるかならないか。損か得か・・・これ以外に判断基準がある?』

 

『フム・・・面白いな。確かに善悪は相対的なものだ。およそこの世に「絶対正義」などはない。倫理も道徳も、三神戦争で勝利した現神達によって作られた「教義」の派生品だ。だが、オレにはもう一つ、判断基準がある』

 

『へぇ・・・私にそんな態度を取る男の判断基準・・・興味あるわね?』

 

『・・・「趣味」だ』

 

『趣味?』

 

『あぁ・・・それ以外に表現のしようがない。例えばオレは、出来るだけ人は殺さないようにと思っている。だがこの判断基準は絶対的正義ではない。オレがそう思うのは、突き詰めれば「個人的趣味」に過ぎない・・・アンタはどうだ?そうした「趣味」はあるか?』

 

ベラは吹き出した。やがて大笑いをする。

 

『あ~ぁ・・・こんなに笑ったのは久しぶりね。リタ・ラギールの紹介だから会ったけれど、もっと早く会いたかったわ。私の趣味・・・それは「信義」よ。私は約束を護る。出来る範囲でね。誰に対しての信義か・・・もちろん、顧客もあるけれど、何よりも自分自身に対する信義よ。あとは・・・そうね。キレる男は嫌いじゃないわ。特に自信と度胸があり、それに見合った力を持った男はね・・・アナタ・・・良かったらウチに来ない?私の愛人にしてあげても良いわよ?』

 

『実に魅力的な誘いだが・・・オレにはやることがあるんでね。さて、本題だ。アンタのことだから、オレのことも予め調べているだろう?』

 

『ターペ=エトフ・・・そこの関係者だということだけは解ったわ。あの国までは、ウチの組織も入っていないの』

 

ディアンは懐を指で示した。ベラが頷き、ゆっくりと紙を取り出す。国王インドリトの身分証明である。ベラは一読し、頷いた。

 

『ここから先は、他者に聞かれたくない。少し細工をさせてもらうぞ?』

 

ディアンは部屋の八隅に結界を貼った。「歪魔の結界」にベラは興味を持ったようである。悪巧みをする上で、これ以上便利なものはないだろう。ディアンは「後で教えてやる」と言って、椅子に座った。話を元の流れに戻す。

 

『知っての通り、ターペ=エトフは現在、戦争中だ。負けることは絶対に無い。だが、インドリト王にも寿命がある。昨年の戦争で集結すると思っていたんだが、相手は予想以上に粘り強い・・・そこでインドリト王は、ターペ=エトフに代わる新たな国を興そうと考え、オレに建国の下拵えを依頼した』

 

『それが、フノーロの街ってこと?まだ見えないわね。およそ国を興すなんて、私の理解を超えているわ。そんなことが可能なの?』

 

『可能だ。国とは、大きく三つの条件が必要だ。土地、民、そして統治機構だ。フノーロには、このうち二つは揃っている。三つ目の「統治機構」を置く。それで国が完成する』

 

『統治機構・・・フノーロの民たちが、あなたを統治者として認めるかしら?』

 

『オレが統治者になるわけではない。まぁ、統治者を据えるための地均しをオレがやるだけだ。統治機構を作るには、二つのモノが必要だ。「カネ」と「力」だ。これはもう揃っている。だがもう一つ、有ったほうが良いものがある。その土地の有力者の協力だ。そこで、アンタの協力を得たい』

 

『何で私が?フノーロの地下街には、仕切り役の「街長」がいるはずよ?』

 

『残念ながら居ないんだ。ウダウダ抜かしていたから、オレが斬っちまった』

 

『・・・人は殺さないんじゃないの?』

 

『「出来るだけ」な・・・言っておくが、こう見えてもオレは、相当数の人を斬ってきた。多分、アンタ以上にな』

 

『フーン・・・若さの割には随分と修羅場を潜っているとは思っていたけれど・・・本当は何歳?』

 

『・・・アンタは何歳だ?抑えているつもりかもしれないが、微かに神気を感じる。これは闇の現神の気配だ。ヴァスタールではないな。アーライナか?』

 

『女性に年齢を聞くなんて、失礼ね・・・そう、確かに私はアーライナの神格者。混沌の神であるアーライナ神は、「裏社会の住人」から影を束ねる者を選び、神格者にしている・・・あなたは誰の神格者なの?それとも魔人かしら?』

 

『いや・・・』

 

ディアンの気配が変わり始めた。黒い魔の気配が躰から立ち昇る。ベラはさすがに顔色を変えないが、後ろの男は思わず後ずさっていた。

 

≪オレの名はディアン・ケヒト・・・正と邪、昼と夜、光と闇の狭間に生きる「黄昏の魔神」だ・・・≫

 

ベラが両手を軽く挙げた。ディアンの気配が落ち着き、元の人間に戻る。ベラが愉快そうに笑みを浮かべた。

 

『まさかこのプレイアで「魔神」に会えるなんてね・・・ターペ=エトフはレウィニア神権国の同盟国で、中立、もしくは光側の国だと思っていたけど・・・』

 

『ヴァスタール神殿とアーライナ神殿は、ターペ=エトフ首都に堂々と構えているぞ?まぁ、確かに光側だが、限りなく中立に近い。一方、新しい国は限りなく中立に近い「闇側」になるだろうな』

 

『言っておくけど、信仰で私を釣れるとは思わないほうが良いわ。私はアーライナの神格者・・・だけど、リタ・ラギールと同じように、自分の利益に忠実なの』

 

『信仰だけでは腹は膨れない。その程度のことは理解している。オレたちに協力するとどんな利益が得られるか、アンタに教えよう』

 

グラティナは革袋から油紙で封をされた箱を取り出した。封を解くと、見事な彫刻が刻まれた箱が現れる。差し出された箱を見て、ベラは首を傾げた。ディアンが開けるように促す。中身を見て、ベラの顔色が変わった。ベラが嗜んでいる嗜好品「葉巻」が整然と並んでいる。ディアンは懐中から同じ葉巻を取り出し、火を付けた。

 

『・・・これはディジェネール地方産ね?滅多に手に入らないから、貴族たちの間でしか流通していない。それに、この香りは・・・』

 

『ハッキリ言おう。アンタが吸っているのは、余計な葉っぱが混じっている紛い物だ。本物の葉巻の香り、味わってみな?』

 

ディアンは自分が咥えていた葉巻を差し出した。香りの誘惑に負け、ベラが手を伸ばす。口と鼻に芳醇な香りと味が広がる。目を細めて、ベラが煙を吐き出す。香りを愉しむベラに、ディアンが説明をした。

 

『葉巻は「タバコの葉」と呼ばれる植物から作られる。アヴァタール地方に流通しているものは、作り方も粗雑で、葉の種類も厳選されていない。だが本来は、充填葉(フィラー)中巻葉(バインダー)上巻き葉(ラッパー)のそれぞれにタバコの葉を使い、その組み合わせによって多様な香りを生み出す』

 

『・・・どうして、そんなことを知っているの?』

 

『オレは元々、ディジェネール地方出身なんだ。遥か昔、ディジェネール地方龍人族の村に世話になっていた。そこの長老は、自生していたタバコの葉を嗜んでいた。アヴァタール地方に流通しているのは、ディジェネール地方北辺で入手できるタバコ葉から作られているのだろうが、オレが持ってきたものは、最奥部で手に入る。つまり、オレしか手に入らない』

 

『なるほどね』

 

ベラは納得して頷いた。

 

『新しい国では、ディジェネール地方との交流を深めようと考えている。あの地を侵略するのではなく、そこに棲む亜人族たちに、こうした「産業」を教え、交易によって相互発展を目指す。この葉巻は、新王国の主要輸出品になるだろう。そして、アヴァタール地方への流通をアンタに任せたい』

 

『ちょ、ちょっとディアン!アタシは?』

 

リタが口を挟んだ。当然であろう。これまで三百年に渡って、ターペ=エトフの交易を独占してきたのだ。新王国でも、その利権が得られると考えて、危険を冒してまで協力をしているのだ。競合する商会が入るのは見逃せない。だが当然、ディアンにもリタの考えなどお見通しである。ディアンはリタに笑顔を向けた。

 

『お前には別のモノを用意してある。安心しろ。お前が御用商人であることは変わらない。ベラに葉巻を任せるのは、副次的効果を狙っているからだ』

 

『あら、そんなネタばらしをしていいの?』

 

『構わないさ。ターペ=エトフとは異なり、アヴァタール地方南部を統治する上では、裏社会の協力が不可欠だ。これから誕生する国は、光と闇が入り混じった「混沌」とした国になる。ターペ=エトフは光り輝く国家だったが、新国家は清濁併せ呑む国だ。必要があれば、拉致、拷問、殺人なども厭わない。オレはそれ程「綺麗」では無いからな・・・』

 

『で?協力というと、どんなことをすればいいの?』

 

『三つある。まず第一に、フノーロの新たな顔役を選出して欲しい。そしてその顔役に認めさせる。新たな国家の誕生と、新たな宗教体系「神の道」の信仰をな・・・』

 

ベラの眉が動いた。新国家への協力程度であれば、諸手を挙げて賛同しただろう。あの地に秩序が生まれれば、より大きな利益が期待できるからだ。だが「新たな宗教体系」という点が気になった。

 

『その、新しい宗教というのは何?私はアーライナ神の神格者、それを降りるつもりは無いわ』

 

『勘違いをするなよ?新しい宗教ではない。新しい「宗教体系」だ。現在のディル=リフィーナの宗教体系は「同時並列的一神教」だ。それぞれの神を主神として信仰する。極端な話、アークリオンと、その息子アークパリスは別の神であり、神殿において対立が起こったとしても不思議ではない。つまり様々な宗教が混在している状況だ。それを整理する。「多神教的一神教」という体系にする』

 

『多神教的一神教・・・つまり多くの神を認めながらも、その上にただ一人の「唯一神」を置く、ということね?誰を置くの?アークリオンなら闇が、ヴァスタールなら光が反対するわよ?』

 

『「創造神」だ』

 

『創造神?古神の?』

 

『いや、そもそもそんな神は居ないかもしれない。つまり姿もカタチも見えない「架空の存在」を置くのさ。頂上が見えるから、その頂に登ろうとする。頂上は「雲」で覆い隠すのが一番だ。創造神を頂点として、光と闇を並べた「神々の位置づけ」を行い、「曼荼羅」と呼ばれる「神々の全体像」を設計する。創造神を信仰することは、アークリオンを信仰することであり、ヴァスタールを信仰することであり、アーライナを信仰することになる。信仰の対象そのものを「胡乱」にしてしまうのさ』

 

ベラは沈黙した。だがやがて肩を震わせる。ついには口を開けて大声で笑った。

 

『なんて詐欺師なの?まさか現神そのものを詐欺の対象にするなんて…私なんか目じゃない。アナタ、ディル=リフィーナ一の大悪党よ。アークリオンもヴァスタールも、さぞ怒るでしょうね』

 

『別に詐欺じゃないさ。誰も騙しちゃいない。気がついたら神々の位置づけが変わっていた…とするだけさ。まぁ西方諸国には広がらないだろうが、現在のフノーロには闇の神殿すら無いからな。信仰の拠ろどころを作れば、皆が喜ぶだろ?』

 

ベラは愉快そうに笑い、頬杖をついてディアンを見つめた。

 

『いいわ、一つ目の協力は了解した。で、二つ目は?』

 

『新しい国は、闇夜の眷属たちが多い国になるだろう。裏社会の比率は、ターペ=エトフの比ではないはずだ。フノーロの顔役とは別に、新国家全体の裏社会をアンタに直接統治して欲しい。つまり、プレイアからフノーロに拠点を移してもらいたい』

 

『今すぐにはムリね。プレイアとフノーロでは、人の数が違いすぎる。裏稼業の利益も、人の数に比例するのよ。確かにプレイアは、裏に生きる私にとっては眩しすぎる。でもフノーロの規模では部下たちを食わせられないわ』

 

『当然だな。まぁ数十年後の話だ。新国家が固まり、発展へと走り始めたら考えてくれ』

 

ベラは無言で頷いた。ディアンが言葉を続ける。

 

『それで、三つ目だが…』

 

リタは内心で溜息をついていた。大体の予想がついていたからだ。だがそれは裏切られた。ディアンの顔が真面目になる。少し声が低くなる。

 

『裏のルートから、ある組織を調べてもらいたい。「オメラスの解放者」という組織、聞いたことはないか?』

 

ベラの目が細くなった。

 

 

 

 

 

プレイアを離れ、バリアレス都市国家連合の中核都市「レンスト」に入る。宿の部屋で、ディアンはベラの言葉を思い出していた。

 

…「オメラスの解放者」ね。二度ほど、聞いたことがあるわ。三神戦争直後から続く秘密結社で、現神支配の体制を崩壊させようとしている。マサラ魔族国を分裂させたのも彼らだって噂よ?正直言って、気が乗らないわね。彼らは危険すぎる…

 

…出来る範囲、分かる範囲で構わない。カネと時間を掛けて慎重に調査を進めれば、いずれ正体を掴めるはずだ…

 

…あまり期待しないでね。私は長生きしたいの…

 

(ペトラ殿からも聞いたが、大封鎖地帯の結界を解くなど簡単にできるはずがない。現神世界を崩壊させ、古神の復活を目指す結社だと聞いていたが、本当にそれだけだろうか?機工女神アリスからは、ディル=リフィーナ(二つ回廊の終わり)誕生時、イアス=ステリナ世界の人間族は大半が堕落していたと聞いた。ということは、少数は違ったということだ。人類の希望を繋ぐために、メルジュの門を残した科学者がいたのなら、別のことを考えた人間もいたのではないか?例えば、新世界で人間族が覇権を握ることを目指すとか…)

 

考え事をしていたディアンに、グラティナが声を掛けた。

 

『ディアン、そろそろ出発するぞ』

 

『何人くらい集まった?』

 

『二十名だ。いずれも私が試した。腕も立つが、何よりも人間として真っ当なものを持っている。信用できる連中だ』

 

レンストに立ち寄ったのは、フノーロの地上を護るための兵士を雇うためだ。当面はソフィアが大司祭と行政責任者を兼任し、グラティナが警備隊長を務める予定だ。地上に街を作り、田畑を拓き、産業を整備する。国家として成立するには、あと二十年は必要と、ディアンは考えていた。

 

『ターペ=エトフからも、徐々に人が送られてくる。最低でも自給自足と自主防衛体制が整わなければ、国家になることはできん。苦労をさせるが、頼むぞ』

 

『私はお前の使徒だ。そんな気を遣うな。転送機で簡単に行き来も出来るし、寂しいとは思わん。ところで、新国家の名前はどうするのだ?』

 

『まだ街にもなっていない段階で気が早いと思うが、そうだな…ソフィアが大司祭として国威を担う以上、その名から取るべきだろうな』

 

『「エディカーヌ王国」か…悪くない響きだな』

 

主人と使徒は互いに頷き合った。

 

 

 

 

 




【次話予告】

アヴァタール地方南部では、新国家「エディカーヌ王国」の建国に向けて蠢動が続いていた。一方、ケレース地方ではハイシェラ魔族国の動きが再び活発になりつつあった。宰相シュタイフェは時間稼ぎのために、レスペレント地方の歴史を動かす一手を打った。


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第八十九話「カルッシャ・フレスラント戦争」


Dies irae, dies illa,
Solvet saeclum in favilla,
Teste David cum Sibylla. 

Quantus tremor est futurus, 
Quando judex est venturus,
Cuncta stricte discussurus!

怒りの日、まさにその日は、
ダビデとシビラが預言の通り、
世界は灰燼と帰すだろう。

審判者が顕れ、
全てが厳しく裁かれる。
その恐ろしさは、どれほどであろうか。
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