戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第八十九話:カルッシャ・フレスラント戦争

ターペ=エトフ末期のラウルバーシュ大陸中原は、後世では「歴史的激動期」と位置づけられている。ブレニア内海からオウスト内海に掛けて各地に国家が勃興し、産業と文化が栄えた。特に、ターペ=エトフ歴二百八十年に建国された「エディカーヌ王国」は「ディル=リフィーナの食文化を変えた」とも言われている。エディカーヌ王国は、アヴァタール地方南部からニース地方の平原を直轄領としていたが、ディジェネール地方の亜人族とも平和的な交流を持ち、南緯地帯の様々な植物を産業化している。その代表例が「タバコ」であるが、それ以外にも「コーヒー」「サトウキビ」「カカオ」など、後に西方諸国まで流通する食材を独占的に生産している。特にコーヒーは、茶に代わる新たな「嗜好品」として貴族から中産階級まで広がり、エディカーヌ王国に莫大な富を齎したのである。

 

一方、オウスト内海北部のレスペレント地方においてもこの時期は激動期であった。ターペ=エトフ歴二百四十九年から二百九十八年まで続いた「ハイシェラ戦争」は、レスペレント地方にも大きな影響を与えた。第一次ハイシェラ戦争において、魔神ハイシェラと「ターペ=エトフの黒き魔神」はオウスト内海上空で凄まじい魔術戦を展開する。巨大純粋魔術に襲われたカルッシャ、フレスラント、バルジアの三王国はいずれも大きな被害を受けた。特にバルジア王国は首都が沿岸に近かったということもあり、水産業のみならず商工業も甚大な被害を受け、政治的に国内は混乱する。フレスラント王国は、首都こそ無事であったものの南部の砂漠地帯にあったオアシスは一瞬で蒸発し、カルッシャ王国とを結ぶ南方交易路が遮断されてしまう。サンターフ港からオウスト内海西側に出て、ケルシュ川を上るという海路も使用されたが、カルッシャ王国首都ルクシリアは北大陸公路に面しており、海路では時間と費用が掛かり過ぎた。そのため、プレジ山脈北端の関所を通らざるを得なくなり、フレスラント王国は経済的に追い詰められることになる。カルッシャ・フレスラント戦争の背景は、このような「経済問題」が多分に存在していたのである。

 

 

 

 

 

ターペ=エトフ歴二百六十一年、北華鏡平原において中規模な地上戦が行われた。第一次ハイシェラ戦争と異なり、魔神ハイシェラは前線に姿を現さず、あくまでも亜人族同士の地上戦となった。先の戦争で、ルプートア山脈に設置された魔導砲はその射程と魔法性質を知られてしまっており、魔神ハイシェラが張った魔術障壁結界の前にその威力は半減されてしまった。軍隊行動の練度や武器の性能ではターペ=エトフが上回っているが、兵士個々の戦闘力はハイシェラ魔族国側が優位であった。地上戦は一進一退を続け、徐々に消耗戦の様相を見せてきたのである。

 

『マズイでヤスねぇ~ これ以上の消耗は、物産に影響が出かねませんぜ?』

 

宰相シュタイフェ・ギタルは、行政府の執務室で溜め息をついた。ディアンも渡された書類に目を通す。

 

『ターペ=エトフは、物産においてはほぼ無限の兵站を持っているが、兵士の数は無限ではない。まさかここまで粘る敵が現れるとは…』

 

『連中には、レウィニア、メルキア、カルッシャがついていヤス。フレスラントとバルジアは手を引いたようですが、中原でも五指に入る大国のうち三つが支援している以上、彼らの兵站力はターペ=エトフと五分と見るべきでしょうな』

 

『そうだな。それに先日の戦いで分かったが、奴らは徐々に「軍」になりつつある。ハイシェラはもう魔神ではない。ケレース地方に出現した強力な「覇王」だ。旧ガンナシア王国の民が逃げてくる例は皆無に近いそうではないか。ハイシェラが国威として存在し、兵士と民の心を掴んでいる証拠だ。まさかあの「戦闘バカ」にこんな資質があったとはな』

 

シュタイフェから渡された書類には、ターペ=エトフの財政状況や各集落での物産状況が細かく書かれていた。蓄えられた物資や国庫は健在だが、それでも徐々に目減りが始まっている。特に近年はその目減り量が増加していた。南方に新国家建国という大事業が始まっているためである。この状況を打破するには、ハイシェラを支援する三大国家を潰してしまうのが一番早い。ディアンは以前、メルキアとカルッシャの首都を吹き飛ばす提案をしたが、インドリトによって却下された。第一次ハイシェラ戦争でバルジア王国に甚大な被害が出たことに、インドリトは悔いを持っていた。バルジア王国は物資供出をした程度である。無関係な民衆を巻き込んでの無差別破壊などは許されない、とディアンも叱責を受けたのである。

 

『ここだけの話でヤスが、インドリト様はお優しい。お優し過ぎます。今は戦争状態です。国を護るために、ある程度の犠牲は仕方がないと思うのでヤンスがねぇ~』

 

『確かにそうした意見もあるだろうし、オレもどちらかと言えば賛成だ。だがインドリトの考え方も正しい。この戦争を望んでいるのはカルッシャやメルキアの支配層だ。民衆ではない。民を巻き込んだら、インドリト・ターペ=エトフの名に傷がつく。ターペ=エトフは光り輝く国家であった…歴史に、そう残さなければならん』

 

『…過去形で語られるのは辛いでヤスね』

 

辛そうな表情を浮かべ、シュタイフェは肩を落とした。インドリトが新国家建国を表明した時に、最も強硬に反対をしたのがシュタイフェであった。理性では納得をしていても、感情が処理しきれないのだ。ディアンも頷いた。沸々と怒りがこみ上げる。瞳が僅かに赤くなる。

 

『辛いのはオレも同じだ。だが、インドリトはもっと辛いだろう。ハイシェラはまだいい。自ら戦っているからな。だが、それを裏で手引きした連中は許せん。この借りは、必ず返す…』

 

奥歯を噛みながら、ディアンは呻くように呟いた。

 

 

 

 

 

フレスラント王国首都ザイファーンでは、民衆たちの間で怨嗟の声が出始めていた。フレスラント王国は国土の大半が砂漠であり、食料生産にも限界がある。以前は、ターペ=エトフから干し肉や小麦、オリーブ油が安価で入ってきていたが、ケレース地方での戦争に伴い、輸出量自体が減少していた。食料自給率が低いフレスラント王国にとって、それは庶民を直撃する問題であった。王国公爵家の当主ザビエル・ライケンは、父親が引き起こした「外交問題」を解消するために忙殺されていた。この日も、ターペ=エトフからの使者と面会し、食料の輸出量を以前の水準に戻すための交渉をしていた。

 

『ディアン・ケヒト殿、我が父は「魔族国への支援」という過ちを犯した。だがそれも十年以上も前のことだ。ケレース地方の戦争によって我が王国も大きな被害を受け、それ以来、魔族国へは一握りの麦すら送っていない。インドリト王がお怒りなのは尤もだが、そろそろ水に流しては頂けないか?』

 

ディアンは外交特使として、フレスラント王国を訪ねていた。ソフィアが不在である以上、シュタイフェが行政府を離れる訳にはいかない。その分、ディアンが外交担当として働く必要があった。二日前からザイファーンに入り、市政の食料事情は既に調査済みである。インドリトは民衆を気遣って輸出再開に前向きだが、ディアンは簡単に許すつもりはなかった。赤みを帯びた眼を少し細め、ディアンは机上で手を組んだ。

 

『ライケン公爵。我が主君も貴国の民衆の状況に心を痛めています。輸出の再開には前向きの姿勢を持っています』

 

ライケンの顔が明るくなる。だがディアンは言葉を続けた。

 

『しかしながら、我が国は現在、ハイシェラ魔族国との継戦中です。武器や食料は重要な物資であり、国の安全を損ねてまで、他国に輸出をすることは出来ません。ターペ=エトフの行政府の中には、輸出そのものを停止すべきだという声すらあるのです。それらの声を抑えるためには、貴国に一働きをして頂く必要があります』

 

『具体的には、どのようなことであろうか?』

 

『貴国の隣国であるカルッシャ王国は、依然としてハイシェラ魔族国への支援を続けています。また魔族国に呼応する形で、ケテ海峡に軍を常駐させ、我が国を牽制しています。現在、ケレース地方中央域では我が国と魔族国との軍事衝突が続いていますが、カルッシャ王国のせいで、ケテ海峡にも軍を置く必要があり、我が国の負担になっているのです。貴国の働きによって、これを軽減して頂きたいのです』

 

『つまり…カルッシャ王国と戦争をしろと仰るか?』

 

ディアンはレスペレント地方西方の地図を出した。ライケンに見えるように机に置く。

 

『貴国はレスペレント地方の大陸公路から外れており、サンターフ港が物流の基幹となっています。以前は、ブレジ山脈北端の峠を通過して、レスペレント中央域との交流も盛んでしたが、カルッシャ王国がこの峠に関所を設け、事実上の封鎖状態となっています。貴国の経済発展を阻害する大きな要因が、この関所です。ここを陥して頂きたい。カルッシャ王国はレスペレント地方の「盟主」という誇りを持っています。必ず、取り戻しに来るでしょう』

 

『だが、我が国だけでカルッシャ王国と戦うというのは…』

 

『ご安心を…貴国の動きに連動し、東の魔族国が蠢動します。グルーノ魔族国が、テリイオ台地まで進出する予定です。グルーノ魔族国を率いるのは魔神です。カルッシャ王国はそちら側に力を割かざるを得ないでしょう。貴国に全軍を向けることは出来ないはずです。貴国が軍を興し、ブレジ山脈の関所を陥落させた後に、ターペ=エトフからの輸出を再開します。これはインドリト王も了承済みです』

 

実際のところ、この作戦はシュタイフェが起案し、ディアンが調整をしたものである。インドリトは何も知らない。極端な話、カルッシャとフレスラントを戦争状態にしてしまうことが出来れば、あとは知らぬふりをしても良いのだ。実際、シュタイフェはそのつもりだった。だがそれでは、数ヶ月でフレスラント王国は滅びるだろう。レスペレント地方の戦争を長引かせるためには、ある程度の調整をする必要があった。ディアンがその調整役となったのである。

 

『カルッシャ王国にまで攻め入る必要はありません。この峠は道が細く、大軍を進めるには不向きです。ここに堅牢な砦を設ければ、カルッシャ王国がどれほど大軍を出そうとも防げるでしょう。南部の砂漠地帯から別働隊が来る心配もありません。途中の補給拠点となるはずのオアシスが消滅していますからね。貴国にとっても、今が「攻め時」なのですよ』

 

ライケンは腕を組んで沈黙をしていた。ディアンの掌の上で踊ることに抵抗を感じているようである。だが実際問題として、フレスラント王国にとって大陸公路への道を取り戻すことは最重要課題であった。そういった意味では、ディアンの提案は決して一方的ではなく、フレスラント王国にとっても利益のある話ではある。しばらく考え、ライケンは国王や他貴族たちを説得することで承諾した。ディアンは笑みを浮かべて頷いた。

 

 

 

 

 

ライケン公爵との会談後、レイナを伴ってザイファーンの街を歩く。レイナは、男なら誰もが振り返るほどの美貌を持っている。だがこの街には、そうした視線が希薄であった。街全体が暗い雰囲気を漂わせていた。

 

『フレスラント王国の食料事情は、かなり危機的みたいね。さっき、食事の値段を聞いて驚いたわ』

 

『このまま民衆に不満が貯まれば、いずれ爆発するだろう。フレスラント王国としてはその前に手を打つ必要がある。だが耕作地の拡大など短期間に出来るものではない。八方塞がりの状態だったのだ。たとえ裏があると解っていても、ライケンは差し出された手を握らざるを得なかったのだ。近日中にフレスラントは兵を興すだろう。それを見届けるまでは街に滞在するぞ』

 

『だったら、少し離れているけどスリージの街に行きましょう。獣人族が多いそうだけれど、森の中にある綺麗な街だそうよ?』

 

『そうだな。バカ高い飯にカネを払うのも癪だ。そうするか』

 

スリージに移動する間、ディアンとレイナは殆ど会話をしなかった。主従の関係となってから二百七十年近くを共に過ごし、互いを知り尽くしている。会話など必要ない。表情を見れば、何を考えているのかが解る。レイナは表面上は平静を装っていた。だが内心ではやり切れない想いで溢れていた。ターペ=エトフの滅亡もそうだが、それ以上にインドリトが死ぬという現実の前に、胸が裂けそうな哀しみを必死にこらえていた。本当はグラティナやソフィアたちのように、泣き叫びたかった。「なぜ、インドリトを使徒にしないのか。今からでもそうすべきだ」と、ディアンを責めたかった。だが第一使徒という立場から、激情で動くことは出来なかった。あくまでも魔神の使徒として、主人の意思に従い続ける姿勢を取っている。だからディアンは、今回の交渉にレイナも連れてきた。自分と二人きりの場所で、気持ちを緩ませる必要を感じていたからだ。

 

『…泣いて良いんだぞ?』

 

宿の部屋でレイナは月を眺めていた。その後ろ姿に、ディアンが声を掛けた。レイナは二度、首を振って、それから肩を震わせた。ディアンはいつまでも、その背中を見続けていた。

 

 

 

 

 

「フレスラント王国動く」

 

この知らせは、直ちにカルッシャ王国王都ルクシリアに齎された。フレスラント北部を抑えていた「ブレジ砦」が陥落したのだ。それだけであればすぐにでも取り戻すために軍を興しただろうが、そこにさらに凶報が舞い込んできた。しばらく大人しかった「グルーノ魔族国」が西進を開始したという知らせであった。王宮では軍の総司令である「アリア・テシュオス」が地図を見ながら参謀たちと話す。

 

『フレスラントだけなら容易であろうが、ここにグルーノ魔族国が加わるとなると、いささか厄介だな。二正面作戦を取らざるを得ないだろう』

 

銀色の仮面をつけた金髪の女性が、無感情な声色で呟く。姫神フェミリンスから続く「殺戮の魔女」の呪いを抑制する仮面である。アリアは凸型の駒を二つ持ち、地図に置いた。

 

『テリイオ砦は魔族国との戦いにおいて重要な拠点だ。この砦を落とされれば、奴らはフェミリンス神殿を通過し、一気に王都まで迫るだろう。一方、ブレジ砦については陥されたところでそれほど痛手ではない。まずは魔族国への対応が最優先だ。テリイオ砦には、私が軍を率いていこう。フレスラントはロンズデール将軍に任せる』

 

『閣下、二正面作戦となれば王都の防衛が不安になります。ケテ海峡付近に展開させている軍を王都まで引き上げさせては如何でしょう?』

 

参謀の意見にアリアは少し考え、首肯した。

 

『卿の献策を是とする。対岸のターペ=エトフは、ケレース地方で戦争中だ。ケテ海峡の軍を退けば、彼らに余裕を与えることになってしまうが、まずはこちらの防衛が優先だ。ケテ海峡には必要最低限の兵を置き、あとは全軍を引上げさせろ。王都防衛と後詰めの役割をさせる』

 

参謀たちが一斉に動いた。アリアは地図を見ながら呟いた。

 

『気になるな。フレスラントと魔族国が同時に動いたのは偶然か?それとも…』

 

仮面の下を掻こうと無意識のうちに伸びた手を慌てて抑えた。

 

 

 

 

 

カルッシャとフレスラントの戦争が始まった時点で、ディアンの役目は終わりであった。だがディアンとしては、カルッシャ王国を前にそのまま帰るつもりは無かった。その兵力を半減させ、レスぺレント西方を泥沼の戦争状態にしようと考えていた。

 

『バルジアもフレスラントも被害を受けた。カルッシャだけ無傷というわけにはいかんだろう。奴らにも痛い思いをして貰わなければな』

 

軽口のようだが、ディアンの目には凄まじい殺気が込められていた。主人の瞳が赤く変色するのに呼応するように、第一使徒も瞳をさらに蒼くした。

 

 

 

 

 

テリイオ台地手前で軍を二つに分け、アリア・テシュオスは北回りで進む。一方、シルヴァン・ロンズデール将軍が率いる一万の軍は、テリイオ台地南部を進み、ブレジ砦を目指していた。フレスラント王国は国土はそれなりに広いが乾燥地帯が多く、国力はそれほど大きくない。精兵一万もあれば、ブレジ砦など半日で落とせるだろう。まだ二十代で野心溢れるロンズデールは、ブレジ砦を陥した後は、一気にフレスラント王都ザイファーンを攻めようと考えていた。砦まで一日という場所で陣を張る。魔神が率いる魔族国との戦いと比べれば、楽な戦争であった。だが、ロンズデールの野心はこの日をもって永遠に叶わぬものとなるのであった。

 

『おい、誰か来るぞ』

 

陣を護る兵士たちが槍を構えた。二人の人間が、歩いてこちらに向かってくる。一人は漆黒の外套を羽織り、背中に剣を差し、黒光りする仮面をつけている。もう一人は純白の外套を着て白銀に輝く仮面をつけていた。両者とも鼻から上を仮面で隠している。口元から、黒衣は男、白衣は女だと解った。たった二人である以上、攻めてきたとは思えない。兵士たちは槍を構えながらも、油断した様子で男に声を掛けた。

 

『止まれ!我らはロンズデール将軍が率いるカルッシャ王国軍である!用があるのなら取り次ぐ故、まずは身分を明らかにされたい!』

 

黒衣の男は口元に笑みを浮かべ、兵士に話しかけた。

 

『ロンズデール将軍…カルッシャ王国には、アリア・テシュオス様という軍司令がいると聞いていますが、テシュオス様はここにはいらっしゃらないのですか?』

 

『何者かと聞いているのだ!』

 

十名ほどの兵士たちが二人を囲んだ。だが男はまるで気にしないようであった。

 

『そうか…アリア・テシュオスはいないのか。それは良かった。「フェミリンスの呪い」を気にする必要がなくなった。さて、我々の用件だが…』

 

男の気配が一変した。黒い気配が立ち昇り、空気が歪む。凄まじい邪の気配に、兵士たちが後ずさった。

 

≪お前たちにはここで死んでもらう≫

 

光が一閃する。兵士たちの胴体が上下に分かれた。変事を察して、笛が鳴る。だが男は慌てる様子もなく、女に声を掛けた。

 

≪レイナ、好きなだけ鏖殺していいぞ。剣も魔術も、好きなように使うがいい≫

 

女は嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

突然の敵襲に、シルヴァン・ロンズデールは状況を掴めずにいた。中堅将校たちに指示を出し、まずは兵士たちを集めさせる。凄まじい火柱が昇るのが見えた。爆発音と共に、振動が足に伝わってくる。

 

『クッ…敵はどれほどだ?無理に攻撃を仕掛けるな!一旦退いて、守りを固めさせろ!』

 

慌てて逃げてくる兵士たちを将校たちが一喝する。さすがに、アリア・テシュオスから一軍を任されるだけあり、ロンズデールはそれなりに優秀な将軍であった。槍や弓を構えた部隊を揃え、迎撃の体制を整える。兵士たちが寝る天幕が吹き飛ぶ。身体を破裂させる兵士の姿が見えた。血しぶきの中に立つ、黒い影が見えた。

 

『弓隊!あの影をめがけて放てっ!』

 

数百の矢が黒い影に襲い掛かる。だが矢が途中で止まり、落ちてしまった。第二射、第三射も届かない。やがて、黒い影に白い影が合流する。二人は物見遊山のように歩いて、こちらに近づいてきた。

 

『魔法詠唱部隊、アイツらを殺せっ!』

 

火球や水球、地脈攻撃や純粋魔術などが放たれる。だが黒衣の男にはまるで通じない。すべてが弾き返される。悲鳴を上げて腰を抜かす兵士が出始めた。

 

『ば、バカな…なんだ、アイツらは…』

 

やがて二十歩ほどの距離で、二人は止まった。仮面をつけた黒衣の男が語り掛けてくる。

 

≪はじめまして、諸君…お気づきの通り、私は魔神だ。「ターペ=エトフの黒き魔神」と言えば、解ってもらえるかな?≫

 

『タ、ターペ=エトフだと?』

 

ロンズデールは唾を飲み、前に進み出た。

 

『ま、魔神よ。私はカルッシャ王国将軍シルヴァン・ロンズデールである。ターペ=エトフの戦争は噂で聞いている。オウスト内海で二柱の魔神がぶつかり合い、バルジアやフレスラントに大きな被害を齎したと…貴殿は、そのうちの一柱といわれるのか?』

 

≪ほう…どうやら話が早そうだ。その通り。バルジアやフレスラントには大きな被害を与えた。カルッシャだけ無傷というわけにはいかんだろう?そこで、諸君らにはここで死んでもらいたい。一万の軍を失うのは、カルッシャにとってもかなりの痛手のはずだからな≫

 

二人を除いて、その場の誰もが理解不能であった。ロンズデールは狂乱寸前の自分を何とか抑えながら、魔神に問いかけた。

 

『なぜだ!?我々が、何をしたというのだ!』

 

≪「何をしたか」だと?≫

 

魔神の気配が膨れ上がった。仮面の奥の瞳が赤い光を放つ。握った拳が震えている。

 

≪お前たちは、オレの平穏な暮らしを邪魔し、細やかな希望を奪った。貴様らの命など、百万を集めてもなお足りぬ。せいぜい喚き、泣き叫び、悶え苦しみながら死ね!オレの溜飲を少しでも下げさせろ。それがお前たちにできる唯一の贖罪だ!≫

 

白衣の女が、男の肩に手を置いた。そこでようやく、男の気配が少しだけ落ち着いた。男が低く笑う。

 

≪いや…これはオレの感情に過ぎないな。お前たち自身に責任は無い。決めたのはお偉方だろうからな。要するに、ただの八つ当たりだ。まぁ、運が悪かったと諦めろ。さて、話は終わりだな。ならば行くぞ?≫

 

それから二刻以上に渡って、悲痛な叫び声が平原に響いた。

 

 

 

 

 

ターペ=エトフ歴二百六十二年、カルッシャ王国とフレスラント王国は本格的な戦争状態に突入した。この戦争は四十年近くにわたって続くが、フレスラント王国が降伏に近い形で講和条約を結ぶことで終結する。カルッシャ王国はフレスラント王国を占領せず、王族以下の処断者も出さないという寛容な姿勢を見せた。この背景には、戦争による疲弊もあったが、魔神ハイシェラがターペ=エトフを滅ぼし、ケレース地方に巨大な魔族国が誕生したことが大きな理由である。フレスラント王国を残すことで、ハイシェラ魔族国との防壁に使おうと考えたのである。しかし結局は、ハイシェラ魔族国がレスぺレント地方に進出することは無く、カルッシャ、フレスラントの両国は友好国として繁栄をすることになる。

 

 

 

 




【次話予告】

カルッシャ・フレスラント戦争によって、ハイシェラ魔族国への物資支援は半減した。時間を稼いだターペ=エトフは、本格的な建国に向けて、物資の輸送を開始する。ディアンはリタ・ラギールと共に、かつての友人の子孫を訪問する。


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第九十話「ルビース家の誇り」


Dies irae, dies illa,
Solvet saeclum in favilla,
Teste David cum Sibylla. 

Quantus tremor est futurus, 
Quando judex est venturus,
Cuncta stricte discussurus!

怒りの日、まさにその日は、
ダビデとシビラが預言の通り、
世界は灰燼と帰すだろう。

審判者が顕れ、
全てが厳しく裁かれる。
その恐ろしさは、どれほどであろうか。
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