今回は半分くらいオリジナル展開になりました。正直自信はないですけどね……。
それではどうぞ。
破壊の杖を取り戻した一行は学院に戻るとそのまま学院長室へと出向いた。
オスマンと彼の側に立つコルベールは、テーブルの前に立つ五人から報告を受けていた。
「ふむ、フーケには逃げられてしまったか……。しかしみな無事でなにより。よくぞ破壊の杖を取り戻してくれた」
オスマンは満足げに微笑み、ロングビル、タバサ、キュルケ、ルイズ、そしてかなでを労った。
全員たいしたケガもなく、森の中を歩いたりゴーレムと戦ったさいに少しばかり衣類が汚れたくらいだ。
だがかなでだけは別だ。崩れ落ちた土ゴーレムの残骸に全身を飲み込まれたので、頭から足先まで土まみれと目に見えてひどい姿である。
「もしフーケを
オスマンは長い髭をなでる。
「せめて今夜の『フリッグの舞踏会』は楽しんでくれたまえ。今日の主役は君たちじゃ。壮大に盛り上げるとしよう」
「そうでしたわ! すっかり忘れていましたわ」
キュルケがぱぁと顔を
ロングビルも表面上では嬉しそうに微笑んだが、実のところ胃が痛くてたまらなかった。
(前からストレスが溜まっているとは感じてたけど、まさかここまでくるなんて……)
舞踏会なんて出る気にもなれず、とにかくこの後は胃薬を飲んで寝ることにした。
それからロングビル、キュルケ、タバサの三人が礼をしてドアに向かっていく。
そんな中、ルイズだけはその場から動かず、オスマンに向き合っていた。
(ルイズ?)
気になったかなでは、ルイズと一緒に残った。
オスマンはじっとルイズを見つめる。
「なにか、わしに聞きたいことがおありのようじゃな」
「……はい」
ためらいがちにルイズは答えた。
「言ってごらんなさい。褒美をやれなかったかわりというわけではないが、答えられるものであるなら答えよう」
それを聞いて、ルイズは意を決して口を開いた。
「ありがとうごさいます。お聞きしたいのはあの破壊の杖についてです。あれをどこで……どうやって手に入れたのですか? あれは、カナデの世界の武器なんです」
コルベールが「ええ!?」と驚く。
オスマンも目の光りが鋭さを帯びた。
「カナデくんの世界というと、例の死後の世界かの?」
オスマンが視線をかなでに移すと、彼女は首を横に振った。
「確かに死後の世界にはロケットランチャー……破壊の杖と同じものがあります。だけどそれは、あの世界に来た人たちが、生前の記憶を元に死後の世界の特性を使って作りあげたものです」
「つまりカナデくんが生きていた世界にも破壊の杖があると?」
かなではこくりと頷いた。
「なるほどのぉ」
オスマンはそう呟くと、しばし考えるように黙り込んだ。
「カナデくん、死後の世界に来るのは、確か君やミス・ヴァリエールほどの若者じゃったかの?」
「はい」
「大人がその世界に来たことは?」
「ないと思います」
「そうか。ならあの破壊の杖は、おそらく君の生前の世界から持ち込まれたものじゃ。あれを持っていたのは大人の男だったからの」
オスマンは昔を懐かしむように語りだした。
今から三十年ほど昔。
ある日森を散策していたオスマンは突如ワイバーンに襲われた。
まさに絶対絶命のピンチ。
そこに現れたのが破壊の杖の持ち主だった。
見たことのない奇妙な格好のその男は破壊の杖でワイバーンを吹き飛ばすとその場に崩れ落ちた。
男は重傷を負っており、オスマンは学院に運び込んで手厚く看護したが、その
男は破壊の杖を二本所持しており、オスマンは自身を救った一本を男の墓に埋め、残りを破壊の杖と名づけて宝物庫にしまいこんだのだった。
話を終えるとオスマンは深く息を吐いた。
コルベールは思いもしなかった破壊の杖の出自に汗を流した。
「まさか、破壊の杖にそのような経緯があったとは……」
ルイズとかなでも口にはしないが、内心驚いていた。
「でも、その人はどうやってハルケギニアに来たんですか?」
ルイズの疑問は当然であり、かなでとコルベールも気になった。だがオスマンは首を横に振った。
「分からん。彼がどうやってこっちの世界に来たのか、最後まで分からなかった」
オスマンは遠い目になりながら続けた。
「彼はベッドの上でうわ言のように繰り返しておった。「元の世界に帰りたい」とな。彼が何者なのか、どこから来たのか、当時はなにも分からなかった。じゃが」
オスマンはかなでに微笑みを向けた。
「きっとカナデ君が生きていた世界とやらから来たんじゃろうな。今回の件で、わずかとはいえ彼のことをようやく知ることができた。君らのおかけじゃ。ありがとう」
頭を下げたオスマンに、ルイズは慌てた。
「そ、そんな! 恐れ多いです学院長!」
「ホッホッホ。よいのじゃミス・ヴァリエール。さて、ずいぶんと話し込んでしまったのぉ。お主たちもパーティーの用意に取りかからなくてはな」
「はい。お話いただき、ありがとうございました。それであの、実は、他にもお願いしたいことがあるんです。ですが……」
言いよどむルイズ。これ以上は厚かましくないだろうか?
そんな彼女の迷いを見透かしたかのようにオスマンは優しく笑った。
「よいよい。破壊の杖を取り戻してくれただけでなく、恩人についても知ることができた。そのお礼となるならできる範囲であれば叶えよう」
そう言われて、ルイズは頭を下げた。
「ありがとうございます学院長。願いは二つ。一つはわたしから。もう一つはカナデからです」
かなでは不思議に思ってルイズを見る。自分は特に望みなどないのだが……?
「まずはカナデの希望から。彼女はお風呂に入りたいそうです。カナデに大浴場の使用許可を与えてください」
かなでは内心驚きながらルイズを見た。確かにゴーレムの残骸から這い出でた直後に『お風呂に入りたい』と呟きはした。自分が学院で使えるのは蒸し風呂だけなので、その願いが叶うことになるとは想像すらしてなかった。
オスマンは全身が土で汚れているかなでを見ると、暖かく笑った。
「なるほどの。確かにこのままでは
笑顔になるルイズ。オスマンは話の続きを促す。
「してミス・ヴァリエール、お主の望みとは?」
「はい。実は――」
それを聞いたオスマンはこころよく承諾した。
ルイズは感謝し一礼をすると、かなでもそれにならい、二人は学院長室をあとにした。
○
トリステイン魔法学院の風呂場は本塔の地下にあり、全てが白い大理石で造られている。
浴槽は横二十五メイル、縦十五メイルはある大浴場であり、使用時間帯には常にお湯が張られており、新鮮なお湯が垂れ流しとなっている。
そこに、
二人ともシミひとつない白い肌は共通していたが、かなでの方は胸にルーンが刻まれていたり、顔や髪などに土汚れが目立つ。
本来なら他の女子たちの姿がありそうなものだが、すでに入浴を終えていたので、現状二人の貸切り状態である。
「さあ、ささっと済ませるわよ」
ルイズはかなでの手を引いて小さな椅子がいくつも並ぶ洗い場にやってくると、その内の一つに彼女をストンと座らせた。それからタオルをわきに置いて手桶に持ち替える。
「先に頭を洗うわ。じっとしてなさい」
背後から聞こえてきたルイズの言葉に、かなでは首だけ振り向く。
「自分でできるわ」
「いいから黙ってなさい」
かなでの断りをはねのけて顔を押さえて正面に戻す。
「お湯かけるわよ」
バシャァ――
ルイズは手桶ですくったお湯を彼女の頭に二度三度とかけた。よく濡れた髪の毛先から雫が流れ落ちる。
続いて
手を動かすにつれ泡が流れ落ちてきて、かなでは目に入らないように
ルイズはガシガシと力強く頭皮を洗っていく。
「頭が押さえつけられて痛いわ」
「このわたしが洗ってあげてるのよ、文句言うんじゃない」
ぴしゃりと切り捨て不器用に洗っていくルイズ。正直、他人の頭なんて洗ったことないので、つい力が入りすぎていたようだ。
とはいえ要望は聞き入れてくれたのか、かなでは頭にかかる力が少しゆるんだのを感じた。
(あ、ちょうどいいわ)
それから長く繊細な銀髪も石鹸を馴染ませるように洗っていく。こちらは自分の髪の手入れで慣れているのでスムーズにこなしていく。
頭が終わったので次は体だ。
ルイズは手に持った小さな布切れにたくさんの泡を作ると、かなでの背中をゴシゴシこする。
「んっ……」
こそばゆくて思わず体をよじる。
「くすぐったいわ」
「我慢しなさい」
またもぴしゃりと言われた。
それから肩や首と、体の後ろ全体へと布を滑らせていく。
「後ろはほとんど終わったわね」
一息つくルイズ。
「ならあとは自分でできるわ」
「何言ってんの。このまま前も洗うわよ」
(え?)
かなでは一瞬固まった。
そんなことお構いなしに、ルイズはかなでの背後から抱き抱えるかのような形で手を伸ばし、かなでの体の前側を撫でるように洗い出した。
「ンッ……!」
くすぐったさや恥ずかしさで思わず声が漏れてしまう。
「ルイズ……恥ずかしいわ」
「黙ってなさい」
か細い声で訴えてもまさに聞く耳持たず。ルイズはかなでの気持ちなどまるで察しない。
逃げようとするかなでを片手て押さえ、顔、喉元、脇腹、胸、お腹と、他にも強引にあっちこっちまんべんなく洗っていく。
「ゃ……ッァ……ン……!」
ルイズ が妙なところに触れるたびに、
体どころか手足の先までも全身くまなく洗い終え、ルイズは手桶でかなでの体中の泡を頭から流した。
「綺麗になったわね。どう? さっぱりした気分でしょ」
やりきったというようにルイズは清々しい笑顔である。
(むしろへとへと……)
脱力したようにうなだれて座るかなでは、そう思いながらもなにも言わなかった。
「それじゃ、わたしは自分の体洗うから、あんた先にお湯に入ってなさい」
となりの椅子に腰掛けるルイズにかなでは頭を上げる。
「なら今度はあたしがルイズの背中を流すわ」
「必要ないわ」
「でも」
「いいから」
そこまで言われて、かなでは立ち上がり、少し離れた浴槽へと向かった。
○
かなでは目の前に広がる光景に感心していた。
(改めて見ると、すごいわ)
彼女の前には、床をくり抜いたように造られた、大きくて上品な浴槽が広がっていた。あまりにも広くて、風呂というよりはもはや巨大なプールである。
張られた湯には香水が混じっており、湯気と共に良い香りがもうもうと立ち登っている。
タオルを浴槽の縁に置き、かなではお湯に足を入れる。少し熱いが、我慢してそのまま全身を湯船に沈めた。
肩まで湯に浸かり、浴槽の壁に背をあずけると目を閉じ、両手両足をだらんと伸ばしてくつろぐ。
(気持ちいい……)
お湯が体の芯まで温め、血行が良くなって全身の疲れがほぐれていくのが分かる。
この感じ……。これぞまさしくお風呂! サウナでは得がたい至高の幸福。まさに極楽である。
(久しぶりのお風呂だわ……。まさかまたこんなふうに入れるなんて……)
感動とあまりの心地よさに、かなではとろけるような表情で「ふぁ〜……」と深々に息をはいた。
「あんたもそんな
となりで声がして目を開けると、いつのまにかルイズが入浴していた。こちらもかなで同様にタオルはしておらず、細い手足を無造作に投げ出しながら壁に背中をくっつけて楽な姿勢をしている。
「どう? 喜んでもらえたかしら」
「ええ。サウナだとどうしても物足りなかったから」
ルイズの問いに答えるかなでの顔はいつもの無表情に戻っていたが、
「平民用の蒸し風呂よね。死後の世界や生前の世界だと、どんなお風呂を使っていたの?」
「一人か二人が入れるくらいのお風呂だったわ。ここと同じようにお湯を張って、一家に一つはあるのが普通だったわね。学校だと、ここみたいに豪華な造りじゃないけど、大勢が入れる大浴場があったわ」
手のひらですくったお湯を見つめながら、かなでは懐かしそうに語った。
それから少しのあいだ、お互いに会話もなく湯に浸っていたが、おもむろにルイズが口を開いた。
「ねぇカナデ。不思議に思わないの?」
かなではなんのことだろうと小首を傾げた。
ためらいがちにルイズが続けた。
「わたしが破壊の杖があんたの世界の武器だって知ってたことよ」
「そういえば、どうしてロケットランチャーのことを知ってたの?」
ルイズはしばし黙った。が、すぐに口を開いた。
「夢で見たって言ったのは覚えてるかしら」
かなでは頷く。フーケのゴーレムを倒した直後の会話だ。
「あんたを召喚した日の夜にね。不思議な夢を見たの」
それからルイズは語りだした。
月が一つしかない世界と見たことのない建物。
記憶喪失だという男をハンドソニックで刺し殺すかなで。
「その日はそこで目が覚めた。でもそれから時々、同じような夢を見るようになったわ」
ヤキュウという球技をしているところ。
机が縦横に規則正しく並べられた部屋で授業やテストを受けているところ。
大勢で川釣りをしているところ。
夜に襲ってきた赤目と対峙しているところ。
「どの夢にもあんたが中心となっていた。そのなかでも一番多かったのは、戦線を名乗る連中がたくさんの銃をもって、あんたと戦っている夢。最初は荒事でびっくりしたけど、でも何度も見ている内に慣れてきて、じっくりと観察してたらだいたいの使い方を憶えちゃった。だからあのとき、いろいろ手こずったけど、どうにか破壊の杖を使うことができたの」
そこまで言い終えたところで一息つく。
「ねぇ、今話したことって全部あんたが死後の世界で体験してきた過去……記憶ってことなのかしら?」
ルイズは真剣な表情で確認を取る。
「そうね。どれも身に覚えがあるものばかりだもの」
かなでの肯定に、やはりそうだったのかと、ルイズは心の内で呟いた。
「でも、どうしてあたしの昔の夢を見たりしたのかしら?」
かなでの疑問に、ルイズはしばし考え込んだ。
「……たぶんだけど、使い魔との感覚の共有だと思う。前にも言ったけど、主人は使い魔が見聞きしたものを自分も感じ取れる。わたしたちの場合、あんたの記憶とつながって、それが夢として表れたんじゃないかしら?」
「そうなの?」
「たぶんって言ったでしょ。わたしだって確信があるわけじゃないんだから」
「そう」
それから今度はかなでがなにか考えるように宙を見た。
「これからも同じような夢を見るの?」
「かもしれないわね」
そう言って、ルイズはバツが悪そうに顔を伏せた。
「……悪かったわ」
「? どうして謝るの?」
「だって、あんたの記憶を勝手に覗き見ちゃったわけだし」
「それはルイズが望んでしたことなの?」
「そんなわけないじゃない! 自分で見たい夢なんて選べるものじゃないでしょ」
覗き趣味があるのかとでも言われたようで、流石に心外だとルイズはムッとなり声を上げた。
「そう。ならいいわ」
淡々と言ったかなでに、ルイズは拍子抜けしたようにポカンとなった。
「いいわって……嫌じゃないの?」
「ぜんぜん嫌というわけじゃないけど、それほど見られて困ることなんてないから」
「そう……」
ルイズは使い魔の能天気さに呆れたが、同時に安心したように笑った。正直、ずっと盗み見しているようで良い気持ちではなかったのだ。
「あー、話したらなんかスッキリした」
両手を組んで頭の上へとうーんと伸びをする。
「さて、上がったら舞踏会の準備をしないとね」
ルイズは明るく笑いながら呟くと、かなでが尋ねてきた。
「この後の舞踏会ってどういうものなの?」
「フリッグの舞踏会は毎年この時期に開かれるの。教師や生徒の枠をこえて親睦を深めるのが目的ね」
「舞踏会ならダンスもあるの」
「あたりまえでしょ」
「ルイズも踊るの?」
ルイズは首を横に振った。
「そんな相手、この学院にはいないわよ」
「どうして?」
「言い忘れたけど、この舞踏会で一緒に踊ったカップルは将来結ばれるって言い伝えがあるの。だから男子はお目当ての娘にダンスを申し込むし、女子は意中の男子から誘われるのを待ってるわ。だから踊るのは恋仲やそういった関係になりたい人になるの。なかには軽い気持ちの
「そうなんだ」
かなでは納得した。
「でも、将来結ばれるなんて素敵ね。……
かなでが呟いた名前にルイズが反応した。
「ユヅルって、あんたが死後の世界でよく一緒にいた男よね。なに? あんたあいつのことが好きだったの?」
「うん、愛してる」
自然と告げたれた言葉に、ルイズは一瞬息をつまらせた。短い付き合いではあるが、かなでの口から「愛してる」なんてセリフがこんなにもすんなり出てくるなんて、想像すらしたことがなかった。
かなでの顔をまじまじと見る。見慣れた無表情だが、こころなしかその両頬がさっきよりも赤くなっているのに気づいた。
それが今の発言のせいか、それともお風呂での長湯によるものなのかは、分からなかった。
「学院にいないなら、外にはルイズの好きな人はいるの?」
唐突な質問に、不意をつかれたルイズは己の体温が急上昇するのを感じた。
「そそそ、そんなのあんたには関係ないでしょ! ほら、そろそろ出るわよ」
ザバァ! と派手な音を立ててルイズは立ち上がった。
「もう上がるの?」
かなでは不満そうに言う。正直もうちょっと気持ちいいお風呂を味わっていたい。
「なに言ってんの、これ以上のんびりしてたら舞踏会に間に合わないの! シエスタに用意させてあるから急ぐわよ!」
まるでなにかを誤魔化すように
そう言われてしまえば仕方ないので、かなでは名残惜しそうに湯船から出た。
○
夜、本塔にある大きなホールにて舞踏会は行われていた。
綺麗で
黒いバーディドレスを着たタバサがもくもくとテーブルの上の料理を口に運んでいる。
そんななか、ホールの
「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~~~り~~~!」
控えていた衛士の呼び出しのもと、ルイズが姿を現すと、男たちは息を飲んだ。
ルイズは長い髪をバレッタでまとめ、白の胸元の開いたパーティドレスと肘まである白い長手袋に身を包み、その高貴さをいやになるくらい演出していた。
そして後に続くもう一人。
「おい、あれって」
「マジかよ……」
「前から可愛いって言ってた奴がいたが、これは……」
「可憐だ……」
ルイズの後ろを歩く少女に、続けざまに男たちの視線が止まる。
小柄な身体に胸元や肩の開いた青いドレスを纏い、左腰に同色の大きなリボンが飾りつけてある。肘下から指先までを包む白い長手袋。頭の左側には青バラのコサージュ。神秘的な銀の艶やかな髪。ルイズとシエスタによってドレスアップさせられた立華かなでである。その姿はルイズにも負けず劣らずの清楚で綺麗な美少女であった。
なぜ平民扱いの彼女がドレスに身を包んでいるのか?
これがルイズがオスマンにした『お願い』である。彼女はかなでも一緒にこの舞踏会に正式に参加できる許可を求め、オスマンもこれを
主役が全てそろい、楽士たちが流れるように音楽を奏で始めた。
綺麗に着飾り、普段と比べても高貴さを
だが彼女らは誰の誘いにも乗らず、ルイズはかなでの手を引いて逃れるように料理の並ぶテーブルへとやってきた。
「たくさん誘われたけど、無視してよかったの?」
「今回の功績のことでお近づきになりたいとかいう浅ましい連中でしょ。相手にする気になれないわ」
かなでの問いにルイズがくだらなげに返した。
「それより他のことで楽しみましょ。ほら、ここにある料理なんてあんたは滅多に食べられないかもしれないのよ」
テーブルには見るからに豪華な肉料理やサラダ、パイにワインなど、ところせましに並べられていた。
ルイズはそれらを皿にとってかなでに押し付ける。
すすめられた皿を受け取ると、かなではフォークを料理に刺して口に運んだ。
おいしい。確かにいつも厨房で食べているものよりいいものだ。
「美味いわ」
「舞踏会だもの。料理人たちも腕を
ルイズは笑いながら言うと、自分も料理に手をつけた。
そうして彼女たちなりにパーティを満喫していると、正装のギーシュとマリコルヌ、その男友達らがやってきた。
「やあ、楽しんでるかい、二人とも」
「まあね」
ギーシュに対してルイズがそっけなく答える。
「うむ、それはなにより。それにしてもルイズが見違えたのもすごいが、カナデも素敵じゃないか」
「当然でしょ。わたしが見繕ったんだから」
不適な笑みを浮かべながらルイズは平坦な胸を張った。自分が所持するドレスの中で一番かなでに相応しいのを選んで仕上げた自信作だ。
かなでは己の姿について彼らに意見を求める。
「このドレスは似合っているかしら?」
「もちろんさ。どこかの令嬢だと言われれば誰も疑いもしないだろう。今の君はまさにサファイアのごとく青く輝かしい宝石。さしずめ『
ギーシュがバラの杖でキザったらしくほめちぎった。
「そう、自分ではよく分からないから不思議な気分ね。ただ、そう言われるのは嬉しいわ」
無表情でそう述べるかなでに、ルイズは軽いため息をついた。
「だったらもっと嬉しそうに笑うとかしなさいよ」
その指摘にかなでは小首を傾げた。
「あたしだって笑うことはあるわ」
「あんたの笑顔なんて見たことないじゃない」
そんなふうに話していると、マリコルヌがビシッと背筋を伸ばしてかなでの前に一歩でた。
かなではその様子になんだろうと不思議そうに見つめる。
するとマリコルヌは突然方膝を着いて手を差し出してきた。
「今度は時と場所を選びました! 一目見てすっごい可愛いと思いました! ミス・カナデ、僕と踊ってください!」
ダンスの誘いにかなでは目をぱちくりとする。ルイズは『どこかで聞いたような台詞回しね』と思ったが、すぐにいつぞやの水兵服姿のかなでに専属メイドになってほしいと頼んだときのことを思い出した。あれのリベンジのつもりだろうか。
だがそこへある懸念からルイズが口をはさんだ。
「待ちなさい。この舞踏会には一緒に踊ったカップルは将来結ばれるっていう言い伝えがあるのは知ってるわよね? あんた、カナデのこと狙ってんの?」
ルイズは鋭い眼光を向ける。別にかなでの恋愛事情に口を出す気はないが、だからといって軽々しい気持ちで手を出されたくない。これでも己の使い魔には自分でも思ってもいないほどの情があったのだ。
ルイズに睨まれてマリコルヌはうろたえて
「い、いや、別にそういうわけじゃないよ。ただ、こんな可愛い
「あんたねぇ……わたしの使い魔はそんな軽いものじゃないのよ」
ルイズは呆れたように言った。
「ハッハッハ! 別にそう固いこと言わなくてもいいじゃないかルイズ。せっかくの舞踏会なんだ。そんなこと気にせず楽しんだもの勝ちさ。気軽にいこうじゃないか!」
フォローのつもりなのか、愉快そうに笑うギーシュ。
だがしかし。
「……あんたはいくらなんでも軽すぎるんじゃない?」
「え?」
背後から聞こえてきた、よく知る声に固まるギーシュ。なんかちょっと前にも同じことがあった気が……。
ギギギと錆びた歯車のような動きで、恐る恐る振り返る。
そこにはレモンカラーのドレスで着飾ったモンモランシーが腕組みしながら仁王立ちし、恐ろしい形相を向けていた。
「も、モンモランシー? き、君の美しい顔にそんな表情は似合わないよ。さ、さあ、いつものような可憐な笑顔をーー」
「誰のせいでこうなっているか、じっくりと教えてあげるわ」
自分にはなんのアプローチもせずかなでのもとに向かったギーシュに腹を立てたモンモランシーは彼の耳を強く掴むと、そのままズカズカと引っ張っていった。
「い、いたたたた! モンモランシー! お願いだから、もっと優しくぅ!?」
「本当に好きなのはわたしだけと言っておきながらいい度胸ね!」
哀れ、連行されるギーシュ。自業自得であるが。
「そ、それでレティ! 僕と一曲どうですか?」
対するかなでの返答は、
「ごめんなさい。あなたとは踊れないわ」
「ぐはぁ!?」
セーラー服のとき同様、拒否されたマリコルヌは、またもがっくしと床に両手両膝を着いた。
「まぁ、マリコルヌ相手じゃ嫌なのは当然だけど」
ルイズがなにげにひどいことを口にして追い討ちをかける。だがかなでは首を横に振った。
「別に彼が嫌いなわけじゃないわ」
「じゃ、じゃあどうしてなんだい?」
ふらふらと立ち上がったマリコルヌがしょんぼり顔で尋ねる。
だが、ふと思う。舞踏会の言い伝えからして、断ったということは想い人がいるというのだろうか? いやいや、そんな噂は聞いたことないし、まさかそんな――
男子たちはみなそんなことを考える。
だがそれはすぐに
「だって、好きな人がいるもの」
かなでがぽつりと言った。
これを聞いた男性陣は凍った。誰も動こうとしない。
一拍置き、そして、
「ええええええ!?」
一斉に叫んで目を見開き、かなでを見つめる。爆弾発言をした当人はいつもの無表情だが。
マリコルヌは震える声で尋ねる。
「そ、それは誰だい? 学院にいるやつなのか!?」
「ここにはいないわ」
「じゃ、じゃあさ、そいつがここにいて、一緒に踊れるとしたらどう思う?」
かなでは考えるように黙ると、
「……とても素敵ね」
両頬を赤く染めながら言った。ここでルイズは風呂場でのことは長湯のせいではなかったのを理解した。
そして男たちはかなでの様子に衝撃を受けた。いつも無感情な女の子が恥じらうというのは貴重な光景だった。
(なんだこれ……超可愛い!!)
彼らは一様に同じ感想を抱いた。
そしてとてつもなく気になった。このどこか人間離れしている神秘的な美少女が
そんな中、マリコルヌが一人フラフラとテーブルへと歩いていった。
どうしたんだと周りが不思議に思っていると、彼は目の前の料理に片っ端から食らいつきだした。
「ちくしょう! あの
「お、おい落ち着けってマリコルヌ!?」
号泣しながら品性の欠片もなくヤケ食いする彼を、男たちは必死に落ち着かせようとする。
「……あたしのせい?」
かなでが疑問に思いながらも止めようと一歩踏み出すが、
「やめておきなさいカナデ。相手にしてたら時間がもったいないわ。あんなの放っておいてパーティを楽しむわよ」
ルイズはその手を掴んでその場をあとにした。
けっきょくマリコルヌは駆けつけた教師によって叱られるまで止まらなかった。
蒼=あおい
鈺=珍しい宝
とまぁタイトルの意味について一応解説したわけですが、それは置いといて。
『蒼鈺の乙女』については元ネタは昔あったソーシャルゲーム『Angel Beats! Operation Wars』のカードイラストで、ドレスに関するかなでのセリフも元となっています。検索すれば画像が出てくると思います。舞踏会ということで絶対着させようと思ってました。
ちなみに「そうぎょく」で検索したら『蒼玉』と出て、サファイアのことらしいです。つまり舞踏会のかなではギーシュが言ったようにサファイアの乙女。
今回投稿までに時間がかかってしまいましたが、正直オチが思いつかなかったっていうのがありますね。
話の大体の構図はできてて、舞踏会でかなでがドレスを着るのは最初から決まってたんですが、それだけだと内容的に物足りなくて、それで他になにかないかとずっと考えてたら本編であるようなマリコルヌのオチが最近唐突に浮かびました。こんな扱いでごめんねマリコルヌ。
今回でフーケ編は終了となりますが、投稿までの間隔が何ヶ月も空いたりと、連載ものとしてはいい感じではありませんでした。ですので次のアルビオン編については全てを書き終えてから、小分けにして投稿しようと思います。
また時間が大きく空いてしまうでしょうが、どうにか早く投稿できるよう頑張ろうと思います。