落ちこぼれ
「それで、どう?その後の調子は」
「うーん、可も無く不可もなくって感じでしょうか……」
ギルドの面談用ボックスで僕はエイナさんに相談に乗ってもらっていた。
「その口ぶりだと、今やってる探索に大きな問題はないけれど他の進展も無しって所かな?」
「はい……」
僕が少し小さくなって答えると、エイナさんも悩ましいという顔うなる。
「うーんそっかぁ。私の方もさ、フリーのサポーターを探してみたんだけど、やっぱり見つからなかったよ。前まではいたサポーター達も、どこかしらのファミリアに加入しちゃってた」
ごめんね、とエイナさんは苦笑いする。
「そんな、エイナさんが謝ることじゃありませんよ。むしろそこまでして頂いてありがとうございます」
僕が慌てて頭を下げると、エイナさんは良いの良いの、と手を振って僕に顔を上げさせた。
「フリーのサポーターって言う人はやっぱり中々いないね。報酬も契約相手によってまちまちだし、他にもっと安全で稼ぎ高の良い仕事はありそうなものだから」
確かにそうかもしれない。
信頼できる冒険者と組んでサポーターをするならそこのファミリアに所属した方が良いに決まってるし、自分が冒険者を志すならまずは何処かのファミリアに入った方が良い。
無所属でサポーターをやるのは仕事としては危険が高いくせに報酬が低く不安定だから、それを生業としたい人はまずいないだろう。
「逆に言えば、数少ないフリーのサポーターは所属するファミリアを探してるって可能性が高いから、良いと思ったんだけどね……」
それでもあえて割りの悪い無所属のフリーターをする人は、どこかのファミリアに所属する前に冒険者達と交流を結んで自分に合うファミリアを探している人達ぐらいだろう。
だから僕達はそんな人たちを探していたのだけれど―――
「先を越されちゃったんじゃしょうがありませんよ。またフリーの人が居るって話があったら教えてください」
「うん、それは勿論」
そう、エイナさんが調べたフリーの人たちは皆どこかにもう所属してしまっていたってことは、僕達が考えるようなことはどこのファミリアも既に考えているってことだった。
入信希望者が黙っていてもやってくるような大手ならその人たちの中から有望そうな人を選別することもできるだろうけど、小規模なファミリアだとそれはできない。
かと言って手当たり次第に声をかけるというのは色んな意味で怖い。うちの神様なんかはジーっと見てピピっとくる相手なら大丈夫だよ!そうじゃない相手には声をかけないし!って言ってたけれど……。
その点フリーのサポーターなら雇ってみてから良いと思えば勧誘し、合わないと思えばそれっきり別れれば良いだけだ。
しかも冒険者の方が力も立場が強いから、冒険者側は試すのにリスクはない。そりゃあフリーの人なんかそうそう放って置かれない筈だよ。
「でもこの方法がしばらくだめとなると、どうしたらいいでしょうか……」
「そうだねぇ……ファミリアの人員を増やす以外の方法ってなると後は交流がある他のファミリアの人とパーティーを組むとかだけど……」
どう?とエイナさんの視線が僕に聞いてくるけれど、僕は力なく首を横に振った。
「そっかぁ。あては無しかぁ……うーん」
ヘスティア・ファミリアと交流のある所なんてミアハ・ファミリアぐらいだ。
僕の脳裏に、榛色の髪と紫紺の瞳を持ったあの人の微笑みが浮かぶ。
(もしナァーザさんとパーティーが組めたら最高だけど……)
僕は小さく首を横に振って彼女の微笑みを脳裏から振り払う。
それは無理な願いだ。もし僕がどうしてもと頼み込めば、もしかしたらあの人はついて来てくれるかも知れないけれど、きっとその無理が原因で酷い事になるだろう。
彼女にそんな事は頼めない。
そうなると後は……ヘファイストス・ファミリア?
僕の脳裏にサラシと羽織り袴の鍛冶師が出て来て、その片眼をギラギラと輝かせて僕をとって喰いそうな笑みを浮かべている。
僕はぶんぶんと首を振ってその想像を振り払った。
ヘファイストス・ファミリアは大所帯なので、ダンジョンで経験をつむ必要がある場合は身内で皆パーティーを組んで済ませてしまうと言っていた。
(もしかしたら頼み込めばその中に混ぜて貰う事はできるかもしれないけど……)
交流と言ってもヘファイストス様本人と、後は……椿さんと少し縁があるだけだ。
僕が入れるパーティーとなると本当に新人達のグループになるだろうし、僕とは全く接点が無い。
そこにヘファイストス様たちから僕を混ぜるように言って貰う、と言うのではとても良い仲間になれる様な気がしない。
ヘファイストス様達だってそんな頼みは引き受けたくないだろう。
そうなると僕には全く仲間のあてが無かった。
「後は、専門職のサポーターぐらいしかないのかな……これはあんまり君に勧めたい方法じゃないんだけれど……」
エイナさんが歯切れ悪く最後の案を提示する。
でもエイナさんがこんな風に言葉を濁すってことは、それなりの問題がありそうだ。
「専門職の人達って、無所属のサポーターとはどう違うんですか?」
「まず何よりも、既にファミリアに所属してるってことだよね。
「それはそうですね」
「それにね、キミなら大丈夫だとは思うんだけど専門職のサポーターは冒険者との間に問題が起こる事が多いの」
「えっ、どういうことですか?」
僕がそう問いかけると、エイナさんは悲しむような怒るようななんとも言えない表情で声のトーンを落として説明してくれた。
「あのね、ファミリアに所属しながら冒険者ではなく専業でサポーター。しかも自派閥のパーティーじゃなく、外部に雇われる為にバベルの1階にいる人達は……言ってしまえば所属派閥からも半分見捨てられた、落ちぶれた元冒険者達が殆どなの」
それはエイナさん自身だって出来れば口から出したくないであろう酷い言葉だった。
「
「……」
「言っちゃうと、そんな落ちぶれた冒険者達が専門のサポーターに転職するから……ちょっとね。蔑視の対象になりやすいんだろうね」
だから雇い主である冒険者が専門職のサポーターを見下すことで、様々なトラブルが絶えないのだとか。
「でもね、ベル君ならそんなことはしないと思うし……私としてはこの方法でもいいからソロは早めに卒業して欲しいかな」
そうしてエイナさんは一旦言葉を切ると、僕に向き直り真剣な表情で見つめてきた。
「ソロの冒険者って言うのはね、本当に危険なの。たとえ適正な階層で探索していてもね、受け止められるアクシデントの許容量が違う……わかるよね?」
「……えぇ、それはわかります」
「だから私はできるだけ早くキミにはパーティーなりサポーターなりと一緒に探索するようにして欲しい。私からの意見はこんなところだね」
「はい」
「後はベル君の心次第。やっぱり、最後はキミが自分自身で決断するしかないことだからね」
そう言ってエイナさんは僕を勇気付けるように笑顔を見せてくれた。
「はい、ありがとうございました。よく考えて見ます」
「うん。相談にはいつでものるから、遠慮しないでね?」
そう言ってくれるエイナさんに改めてお礼を告げて、僕は部屋を出てギルドを後にしたのだった。
「落ちこぼれた元冒険者……か」
ギルドを出てホームへの帰り道の途中、僕は無意識に呟いた。
戦う力も、心も失ってしまっていたら……もしかしたら僕もそうなっていたのかも知れない。
ナァーザさんだって、調合の発展アビリティが発現したからなんとか薬師に転換できたと言っていたけれど、もしそうじゃなければ……。
冒険者である事を諦めながら、それでもダンジョンへ潜り続ける人達。
その人たちは、一体どんな気持ちであの場所に挑んでいるのだろう……。
僕はホームに付くまでの間、そのことがずっと頭から離れなかった。
駆け出しだ。リリルカ・アーデは彼を一目見てそう思った。
安物の中古の防具。鞘に入っているが、重心がおかしな風に見える剣。作りのあらい布の背嚢。
おそらくは
冒険者未満、と言える。だから、だろうか。その誘いを受けてしまったのは。
「リリを雇いたいと、そうおっしゃるのですか?」
「うん、どうかな?」
ベル・クラネルと彼は名乗った。
話を聞いてみれば予想通りの駆け出しで、おまけに単独冒険者。パーティのあてもなく、行き詰ってサポーターを頼るという落ちこぼれの定番コース。
普段、リリはこういった手合いは相手にしない。
先約があるとか自分ではお役に立てないとか、口八丁で誤魔化してお帰り願うのがいつもの対応だった。
何しろ、儲からない。
冒険者の稼ぎから何割か決めて受け取るのが基本のサポーターにとって、稼ぎの悪いソロの駆け出しに付いていくメリットは無いに等しい。
それにリリは自分のサポーターとしての能力にそれなりの自負がある。
下層やその手前は流石に無理だが、中層中盤程度までなら十分に仕事が出来る。
むしろ上層でなら、手馴れている分誰よりも役立てるサポーターではないかと密かに思っている。
本当ならその日リリは誰にも雇われるつもりはなかった。
常に向けられる嘲笑、侮蔑。そして理不尽な待遇。
それでも耐えて必死に努力していたのに、そんなリリに冒険者が行ったのは……湧き過ぎたモンスターから撤退するための、囮。
持てる知識と技術。そして虎の子の魔剣を投げ打って、なんとか生還したリリの抗議に対して彼らがリリに返した物は、暴力だった。
殴られ、蹴られ、サポーター風情が二度と生意気な事を言うなと、そう言われ路地に打ち捨てられたのだ。
リリは自分の境遇と、冒険者と言う物に本当に嫌気がさしていたのだ。涙すら枯れるほどに。
なのに気が付けば、こうしてバベルの一階で探索前の準備や待ち合わせなどをしている冒険者を眺めていた。
もう何もかもがいやになって考えるのをやめても、染み付いた習慣からここにいる。
そんな自分に自嘲して、全てを投げ出しても言いと言う気分になっていたリリに声をかけたのが、彼だった。
純朴そうな瞳に、すれて居ない物腰。
世間知らずで、放っておけば冒険者と呼べるような存在になる前に死んでしまうような。
(リリがここで断って、一人で潜られて死なれても目覚めが悪いですし、ね)
リリは自分にそう言い聞かせて彼へ了承の返事を告げる。
「ま、良いですよ。でもあなたにリリへの報酬がちゃんと払えるんですかねぇ?これでも私は優秀なサポーターだと自負してますし」
「えっと、サポーターへの報酬って探索の成果の何割かを決めて支払えば良いんだよね?」
「それは普通のパーティーに雇われる場合ですよぉ。LV1でも5人のパーティで通常一日に2万5000前後の稼ぎがあるんですよ?リリがそこに雇われれば例え一割でも2500ヴァリスになります。失礼ですけど、貴方一人でそもそも一日に2500ヴァリス自体稼げるか疑問を抱かざるを得ませんよ?」
「え、えええっっ!?」
そう言ってやると驚愕する駆け出しの少年。
リリが見るところ彼が通常稼げるのは最も高く能力を見積もって4000ヴァリス程度だろう。
リリに2500も支払ってポーション代やら装備の維持費をひいたら、赤字まである。
「それじゃあ行きますよ?早くいかないとどんどんその日稼げるお金は減って行きますからね」
青い顔をする少年に、リリは仕方ないから自分が世間の厳しさを少し教えてやるかと考えてダンジョンへといざなった。
逃避であると、自覚はしていた。
普段なら絶対にこんな相手に雇われない。
いつもなら決して雇い主にこんな態度は取らない。
どうにでもなれ。
そう思ってリリは彼と二人でダンジョンへ潜ることにしたのだった。