(ま、たった一日で諦めるとはリリも期待してませんでしたけどね……)
バベルのエントランスホールの片隅で、床に置いたサポーターバッグを背もたれ代わりにしながら入り口を見ていた私の目には、白髪赤目の人間族の少年がバベル入り口から入ってくる姿が映りました。
彼はエントランスホールの中ほどまで進むと、キョロキョロと誰かを探すように辺りを見渡しています。
「はぁ~」
思わずため息をついて、私は立ち上がりバッグを背負いました。そして彼の背後へと周り近付いて行きます。
「誰かお探しですか?」
「えっ……あ、リリ。よかった、今日もここに居たんだね」
「はい。リリは一人じゃ迷宮には入れない非力なサポーターですからね。ここでお客を待たないと生活していけないんですよ」
「そんなこと……ううん、それじゃあ良かったら今日も一緒に迷宮にもぐってくれないかな?」
「おや、またリリを雇うんですか?」
「うん。出来ればそうしたいけど……何かだめだった?」
「いーえ、リリは構いませんとも。きちんと報酬を頂ければ、ね。でもあなたはそれじゃ懐が厳しいんじゃありませんか?」
「あ、あはは……たしかにそうだけど、ぎりぎりなんとかなるかなって。リリはすっごく良いサポーターだったから、また一緒にパーティを組んで欲しいんだ」
「そこまで言うならいいでしょう。でもそれであなたが赤字になってもリリは知りませんからね」
「うん。そうならないよう頑張るつもりだよ」
(頑張る……ですか)
それでなんでも解決するなら良いんですけれどね。
確かに私は優秀なサポーターですよ。それに昨日は初めて組んだばかり。日を重ねれば連携ももっと上手くいくと思っているんでしょう。
昨日もダンジョン内の経費の収支だけならば完全な赤字ではありませんでしたし……それなら生活を切り詰めるか蓄えを切り崩すかしながら6階層で経験でステイタスをあげつつ戦闘になれることで収支を良くできる、とでも踏んだんでしょうけど―――
(でも、もしそうなら浅はかな考えですよ、ベルさん。まぁその事がわかるまでは……)
「では、ご一緒しますよ。出発しましょうか」
私はバッグを背負いなおして彼に笑顔を向けてそう告げたのでした。
その日、探索は順調でした。
最初から6階層を目指し、彼も昨日よりは6階層の敵との戦闘に慣れてきました。
私との連携も少しずつスムーズになって行きます。特にトラブルも無く帰還、換金までを済ませればその日の成果は6200ヴァリスになりました。
私は昨日と同額の2300ヴァリスを頂き、彼はポーションを昨日より多く8個使用していました。なので儲けは1500ヴァリスと言うことに。
「1500ヴァリスかぁ」
流石にはしゃぐと言う事はありませんが、彼の表情には喜色が浮かんでいます。
「昨日より良いじゃないですか。おめでとうございますベルさん」
私も拍手をしてあげました。昨日と同じ、気持ちのない拍手ですけれどね。
「ねぇリリ、良かったら次も……」
「はいはい、わかっていますよベルさん。このリリをご指名なら次の探索の予定を教えて置いてくださいね。何しろリリは優秀なサポーターですから、予約しないと必ず雇えるとは限りませんからね」
「ええっ?」
そんな事になったら困る、と情けない顔を晒すベルさん。
本当は、もう彼以外の冒険者に雇われるつもりはありませんけどね。そんな事知る筈もない彼は次の予定をリリに急いで伝えようとしています。
彼が全うな職に就いたほうがいいと思いなおすまでは、付き合ってあげましょうか。
(それが終わったら…………)
「リリ、どうかしたの?」
心配そうな目で私を見る彼に、私は反射的に笑顔を浮かべて応えました。
「いえ、ベルさんからは最低限の報酬しか受け取ってませんからね。宿ぐらしのリリにはちょっと厳しいんですよ。それでまた予約されちゃいましたからねぇ」
「えっ、そうだったの……?ごめん、リリ」
「いえいえ、良いんですよ。駆け出しのベルさんからそれ以上取ろうなんて思ってませんし、今リリに外れられたら困ってしまいますでしょ?」
「う、うん……」
「なら、ベルさんは早くもっと稼げる冒険者になってくださいね。今のままじゃやっていけませんよ?」
そう、誤魔化しで出した話だけれどそれは本当のこと。
今のままじゃやっていけません。貴方も、リリも。だから、早く諦めてくださいね。
「頑張るよ。でもリリは何で宿ぐらしなの?ファミリアのホームがあるんじゃ」
「………………」
「……リリ?」
「いえ、リリはホームには居場所が無いんですよ。落ちこぼれのサポーターですから」
「えっ……そ、そんなのっ」
「酷いと思いますか?でも、どうにもならない事です。それともベルさんに何とかできるんですか?」
「それは……」
「だからリリにはなるべくお金が必要なんです。どうかご留意下さいね」
そう言って落ち込んだ彼ににぃっと笑って見せます。
「うん。わかったよ」
なにやら気合の入った返事です。次からもっと稼げるように、とでも思っているのでしょうか。
だとしたら、笑っちゃいますけどね。
「それではまた明日、遅れないで来て下さいよ」
勿論と言う彼に私は片手をひらひらと振って、私はバベルを後にしました。
そこから更に5日間。彼と探索を共にしました。
収支はドロップアイテムに左右されますけど、いちおう上昇傾向にありますね。
ずっとこのまま行くのなら、あるいは最初の壁を越えることも出来るのかもしれません。
このまま行けるのならば、ですけど―――
「ぐ、うぅぅっ!」
「ちっ、下がってください!」
私は構えたリトル・バリスタを連射します。
狙い、撃ち、素早く次弾の装填。
そして下がってきたベルさんの様子を見ます。
「……その怪我では無理ですね。撤退します」
「撤退?でも……」
「主道から距離をとらずにいたのは何のためです?大丈夫ですよ。他のパーティーならあのぐらい片付けられます。」
「……っ」
彼は何か言いたそうですが、何もいえない。
そして反論する言葉が出ないのであれば、リリの判断が通ったと言う事です。
「さぁ行きますよ!」
これ以上の問答は無用と駆け出す私に追随するベルさん。
正規ルート上を進んでいたパーティーをすり抜けて突き進みます。
5人パーティーでしたし、ウォーシャドウの3匹ぐらいどうとでもするでしょう。
ある程度の距離を離したところで、立ち止まります。
振り返れば荒い息をしながら、暗い顔をしているベルさん。
「気にしてるんですか?でもダンジョンではあんなの日常茶飯事です」
「でも、リリ……」
「それにあの規模パーティなら大して危険なんかありませんよ。むしろ敵を探す手間が省けて幸運かもしれません。リリ達は、そうは言えない程弱いからこそ少数の敵を選んでやっていたんです。文句があるならご自分の弱さに言ってくださいね」
言葉を畳み掛けて黙らせます。
まさかウォーシャドウとの戦闘を開始した直後に、更に2体追加で湧いて来るとは思いませんでした。
不運と言うほかないですが、日常的に迷宮に篭っていれば
悔しそうな表情の彼に近付いて、その右腕を掴む。
「ぐっ……リリ」
「とりあえず応急処置しますから、黙っててください」
サポーターバッグを地面に降ろし、必要な道具を出していきます。
まずは水で血と汚れを洗いながして、怪我の詳細を見ます。彼の右腕は二の腕がざっくりと抉れてだらりと垂れ下がっていました。
よく剣を取り落とさなかったものですが、これでは戦闘はとても無理です。
「これはポーションでは無理ですね。とりあえず包帯で応急処置しますから、あとは急いでバベルの治療施設に行くしかないです」
私は利き腕が使い物にならないのでは、戦闘をさけて急いで帰還するほかないでしょうと彼に告げます。
「ハイポーションなら一つだけ持ってるけど」
「はぁっ?……いえ、何故そんなもの持ってるんです。高級品ですよ?」
私がそう問いただすと、そのハイポーションは施薬院のファミリアにいる知人から念のためと借りているのだそうです。
使用した場合は後日料金を取られるらしいですが、死んでしまえばただあげたのと一緒ですよね。随分と親切な知人を持っているものです。
「ならそれを使うと言う手もありますね。でも高いですよ、それ。地上まで戻った方が安く済みますけど」
「……安く済むなら、その方がいいかな」
痛みを堪えながら、彼はそれを見せまいと笑みを見せながらそう言います。
「では、可能な限りモンスターとの接触を避けるルートで帰還します。でももしどうしても戦闘が避けられずに、リリだけでの対処が無理ならばそれを使って下さいね」
私の言葉に彼は頷く。
まぁ5階層への階段から、離れないようにはしていましたからね。
この時間なら冒険者が多いですから、敵と戦闘せずにまっすぐ帰還することはそこまで難しくはないでしょう。
でもたとえそれで地上に戻れたとしても―――
「17000ヴァリスになります」
「い、いちまんななせんヴぁりす……」
バベルの1階。冒険者用の治療施設では回復魔法の使い手と施薬院の人員が常時詰めていて、必要とするものに治療を施してくれます。
とはいえ無償ではなく対価はしっかりと要求されます。同じ怪我を治療可能なポーションを使うよりは安いですが……それはあくまで上級の治療薬と比較しての話です。
私達程度の稼ぎから言えば、細々と積み上げた儲けなんて軽く吹っ飛ぶ高額と言える値段設定です。
「まぁその怪我ならそんな物でしょうね。手持ち、足りますか?」
「あ……足りないや……」
「いいでしょう。不足分は私が立て替えましょう」
「えっ?でも……」
「ならどうするんです。まさか治療しないで帰るんですか?」
「う……ごめん」
うな垂れる彼を横目に私は支払いを済ませます。
彼の治療中に私は先に戦利品の換金を済ませる事にしました。
バベルの換金所で換金をすませてエントランスホールに戻ると治療の終わったベルが待っています。
「ちゃんと治ったみたいですね。あぁ今日の利益は2200ヴァリスです。ただ今回は探索が早く終わって矢玉の損耗は少なかったですから、私の分は1700ヴァリスと言うことで」
そう告げながら彼に手を差し出します。
受け取りのために差し出された彼の掌に、私は500ヴァリス硬貨を一枚ぽとりと落としました。
「さて、先ほどの治療費ですが……貴方の手持ちが1400ヴァリスでしたので私が貸した額は15600ヴァリスと言うことになります。返済できるだけの貯蓄などはありますか?」
彼は首を横に振ります。
「なるほど。返済のあては無いということですね」
「で、でもっ必ず返すよ。次の探索では―――」
「ストップです。ベルさん。貴方は馬鹿ですか?ダンジョンの探索でこうして負債を抱えたのに、どうしてまた同じことをして借金が返せると思うんです?」
「それは……」
「また同じ事になれば、逆に借金が増えるだけです。いえ、稼ごうと思って無理をすればそれ以上の怪我や、最悪の場合死にかねません」
「うぅ…………」
「リリはそんな事にはなって欲しくありません。寝覚めも悪いですし、第一死んだら返済もして貰えませんからね」
「でも、どうすれば……」
「まぁお金を貸したのは、まがりなりにもパーティを組んだ相手へのリリの親切です。返済は急ぐ必要はありません……」
そう言いながら私は6階層での戦闘を思い出す。
やっぱりこの人は、
あの状況で素早く撤退せずに、退路を塞がれていたら?
意外に早かったですけれど、今回のこれは良い機会でしょう。
「ですから……リリに借金を返すまでは、
「そんなっ、それじゃあっ……」
「それじゃあ、なんです?返済がどうなっても良いからダンジョンに潜りたいとでも?」
「そんなことないけど……」
「けど?」
「……」
「代案がないのであれば、リリの言うとおりにするべきです」
「……そうだね」
「そう落ち込まないで下さい。良いじゃないですか、危険なことをしなくても普通のアルバイトを探せば食いつなぐ事はできますよ。それからお金はゆっくり貯めれば良いんです。リリはいつまでも待ってますから」
ね?と彼を元気付ける。
あんなものには、ならない方が良いに決まってますから。
「それじゃ、あてが出来たらここの宿へ来てください。リリが使ってる定宿ですから」
私は宿の名前と場所を告げて彼と別れ帰路につきました。
これで、出来るだけのことはしてあげました。これ以上はあの人自身が決める事です。
私との口約束なんて無視してもいいんです。もしそうやって迷宮に潜るのであれば、もうリリにとってはどうでもいいことですから。
じゃあ真っ当にお金を返してきたら?その間に冒険者を諦めてくれれば良いんですけどね。
でも、そうでなかったとしても短期間に大金を稼ぐ能力なり、僅かずつでもお金を貯めて迷宮に潜る事を諦めない根気。
そのどちらかでもあれば、もうリリが心配するような相手では無いでしょう。
「貴方とのパーティ、中々楽しかったですよ」
私のその言葉は誰の耳に届く事も無く、風に吹かれて消えていきました。