「リリのことはさておき、ベルさんの防具は充実させるべきです」
そのリリの主張は尤もで、今日は朝食を取り神様がバイトに行くのを見送った後、リリと二人で僕の新しい防具を買いに街へ繰り出す事にしたのだった。
「ねぇリリ、それでどこに買いに行くの?」
「そうですね、まずは……」
そこで考えながら自分の案を答えようとした彼女は、僕の方をみると悪戯を思いついたかのように笑い
「どこだと思いますか?」
と僕に逆に質問してきた。
僕が自分で適正な装備選びの場を調べていたかどうか、リリなりの抜き打ちテストと言ったところだろうか。
「えっ? そうだなぁ……」
急な問いに僕は悩んでしまう。
ここに来て一年も経っていない僕と、オラリオ生まれオラリオ育ちのリリじゃあ街への造詣が違いすぎる。迷宮関連に限った所で駆け出しの僕と違ってリリはサポーター暦を考えると大ベテランだ。
リリだってそれはわかってるから今日も自分で案内しようとしてくれているし、この問題だって外しても何があるわけでもないんだろうけど、だからってただ解かりませんと言うのも格好悪い。それに僕だって自分の装備をどう新調するかは考えていたんだ。折角なのでリリにその考えを採点して貰うことにしよう。
「バベルのヘファイストスファミリア支店の上層階とか? あそこには、ヘファイストス・ファミリア所属の駆け出しの鍛冶師の作品が売られてて結構掘り出し物もあるって聞いたよ」
一般的な武具屋では普通の物が普通の値段で並んでいるだけだ。良いものがあっても、値段もそれ相応になってしまうのであまり意味はない。
でも鍛冶のファミリアの代名詞とも言えるヘファイストス・ファミリアではそのファミリアの刻印の打たれた高品質な武具達を売っているだけではなく、そうした品を作れるレベルに達していない新人達にも経験を積ませるためにどんどんと物を作らせて、正規品とは別扱いで販売しているのだと言う。
試作品、練習品であり商売っけの薄いそれらは、物によってはほぼ原価で売られていることもあると言うし、無名の新人の中に才能ある鍛冶師が埋もれていることだってあるに違いない。
「品質のばらつきが大きいから買う物はちゃんと選ばないとダメだけど、そうやって自分で良し悪しを見る目を養うことも含めて、ベル君にはお勧めだよ。」
ギルドでエイナさんに装備の事について相談していた時、彼女がそう言っていたのを思い出しながら、僕はリリにそう答えてみる。
「なるほどぉ、駆け出しのベルさんにしては中々良く考えてます。でも真っ先にあそこへ行くのは、リリからすれば甘っちょろい行動ですね」
ちっちっちと、舌を鳴らしながら人差し指をふるリリ。
そんなリリのからかいに乗って、僕は意識してむすっとした表情を作って聞き返す。
「それじゃあリリだったらまずどこに行くの?」
「慌てない慌てない。行けばわかりますから」
そう言うリリを先導に廃教会を出て、南西方向を建物の隙間を縫って路地を歩いていく。
この方向にあるのって……交易エリア?
そう思う道すがら、リリは僕の案について彼女の考えを話してくれた。
「ヘファイストスファミリアの駆け出し達の作品は確かに品質にばらつきがあります。でも、玉石混交と言うほどじゃないですね。玉であれば刻印が打たれて正規品として扱われますし、仮にもあのファミリアに入って先達の指導を受けながら作った品に石は混じってません」
「うーん、なるほどなぁ」
「それに幾ら駆け出しが商売っ気が無いといっても彼らだって最低限自分の腕にも自負はあるでしょうし、損だってしたくない。どんなに安くても原価以下の値は付きませんよ」
考えてみよう。5000ヴァリスの素材で作った武器に4000ヴァリスの値をつけて売る。
それはつまり自分の腕は素材の価値を下げるマイナスのものでしかないと言うことになる。損得を抜きにしても、いくら駆け出しでもそれは嫌だろう。
「確かに……。でも、そうじゃなくたって原価以下の値がついた品なんてあるの?」
「勿論ありますよ。答えは簡単、中古品を買えば良いのです」
「あっ! そっか……」
確かに。中古品なら原価以下でも何もおかしくない。単純なその答えに思い至らなかったことに僕は頭を掻いた。
「と言うか、ベルさんの今の防具も中古品ではないのですか? それギルドで新人に売ってる型の物ですけど随分破損や変形が酷いですし……」
「あー……あはは。一応新品で買ったんだけどね……」
僕は苦笑しながら、何度か死にかけたことがあって防具もその時損傷してしまった事を話した。
できるだけ手入れもしたり、お店で修理してもらったりしたけれどこれ以上は買い換えた方が良いと言われてしまっていたのだった。
「駆け出しの間に支給の防具が新品からこんな状態になるなんて、一体何やってるんですか……」
呆れたようにリリがそう言うけれど、あれは不可抗力だと思う。
僕だって別に自分から無謀な行いをしているつもりはない……と思う。
僕はそう言い訳すると
「……まぁ良いですけど、リリとのパーティでは危険に突っ込むような事は控えて下さいよ?」
そのリリの言葉に僕は強く頷いておいた。
「とりあえずその話は置いておきます。中古の品と言うのは一口に言っても色々ですけど、まずリリの基本はこうですね」
売るときは信頼できる所へ。買うときは信頼できない所へ。
彼女はそれが基本だと言う。信頼できるところへ売ると言うのはわかるけど、わざわざ信頼できないところで買う意味はあるのだろうか。
僕がそう尋ねると、リリはこう答えた。
「信頼できる所と言うのはつまり値踏みが確かなところです。良いものを持ち込めばきちんと相応の価格で買い取ってもらえますが、そこで物を買っても良品は安く手に入る事はないのです」
僕はリリの言葉に頷く。確かにそれもそうだ。いい品をちゃんと高く買ってくれると言う事は、こちらが買う時はそれ以上の値でしか売ってくれない。
「だから買いの時はまず玉も石も混ざって適当に扱われているような、怪しい価格設定の素人商売から漁るのが良いんですよ」
自分の目利きに自信があれば、ですけどねとリリは笑った。
話をしながらも僕らは人込みをよけて歩み続ける。
何時の間にか交易所になっている区画に入っていたみたいで、気付いた時には周りには人と物が溢れていた。
熱帯の果実や新鮮な海産物が並ぶ市場。美しい織物や焼き物の数々。旅人の姿も数多い。ここはまさにオラリオと外の世界との一大交流地だった。
そしてそこを抜けた先、交易所の隅に位置するところにリリの目的地はあった。
その一帯では真っ当な商人達の開いた立派な天幕達は途絶え、ごく普通の一般市民や、荒事の雰囲気を漂わせる冒険者たちが入り混じって地べたに適当な敷物を敷き、思い思いの商品を並べている。
誰もが自由に商売をする事が許可されている蚤の市エリア。
そこは交易所に付属したオラリオの
掘り出し物を探すならここが一番、とリリは言う。ただし特定の種類の品を探している時はあたりが無い事も覚悟しなくてはならないそうで、その場合は諦めて真っ当な店へ行くのだそうだ。
まずは見て回りましょう、と言うリリに付いて僕は自由市に足を踏み入れる。
ここの店……と言うか売り手の人たちはまさに千差万別だった。様々な種族、年齢、性別、格好の人たちがいる。その態度も様々だ。
積極的に呼び込み威勢のいい売込みの口上を並べている
その物珍しさに僕はついきょろきょろと目移りしてしまう。
(すごいなぁ。あ、リリからはぐれない様にしなきゃ……)
こんな雑多な場所で彼女とはぐれると面倒なことになる。
そうでなくても物珍しさにつられて逸れてしまいました、なんて子供みたいな事はしたくない。
リリは並んだ品などに素早く視線を走らせながらどんどんと奥へ進んでいくので、僕は逸れないよう彼女にぴったりとくっついて追従した。
すると突然脇に座っていた売り手の人から声が飛んで来る。
「よう兄ちゃん、かわいい彼女とそんなくっついてお熱いなぁ。よし、ここは彼女にいっちょプレゼントしておこうぜ。きっと喜ぶぞぉ?」
そう言って僕を見上げるのは30代前半ぐらいに見えるドワーフ……いや、ハーフドワーフかな? の男の人だった。
彼の前の敷物には細かな装飾の施された数々の銀細工が並べられている。
「自慢じゃないが俺の銀細工は中々のもんだぞ。趣味で作ってるもんだから小遣いになる程度の価格設定だしよ。それに恋人へのプレゼントってんならお安くしとくぜぇ~?」
彼は僕達をみてにやにやと笑う。それでも嫌らしい表情にならないのは身に纏った彼の陽気さのせいだろうか。
「えっと、僕達は別に恋人ってわけじゃ……」
「恋人じゃあない!? なら尚更だぜ兄ちゃん。そこの娘は
リリと恋人に……?
そうなった様子を想像しかけて、僕は慌てて顔を振ってその妄想を振り払う。
僕と彼女は
……でも、仲間と親密になる意味もこめて彼女にプレゼントの一つぐらいしても良いのではなかろうか。
亡くなった祖父も、女性にはプレゼントが基本だと言っていた。
それに彼の言うとおり、物は中々良さそうに見える。
見えるだけで違うかもしれないけどとにかく価格は安い。装飾品なんだしパっと見て綺麗に
「ねぇリリ、リリはこういうのどう思う?」
リリはこう言うの欲しがったりするのだろうか。本人に聞いてみることにした僕だったけれど、リリはまったく別のものを見ていたようで
「……え、なんですか?」
と僕とその店主との会話もまるで聞いていなかったようだ。
もし聞かれてたらリリは一体どんな態度をとっていたか、興味があるようなないような。
そこの銀細工のことだよ。と僕が言うと彼女はあまり興味なさげに露天に目をやって、まぁ値段相応ってとこじゃないですかね、と言う。
「そんな事よりベルさん。あの人見てください」
「えっ。えーっと、どの人のこと?」
「あそこですあそこ。あのアマゾネスの」
リリが目立たないよう小さく指差した先には、それこそリリばりに大きなバックパックを背負った小柄なアマゾネスの女の子がいた。
メリハリのついた体つきをしている人が多いその種族には珍しく、胸やお尻は控えめだけれど、僕と同じ様に物珍しそうに周りを見回すその表情には快活な魅力が溢れていて、一言で言うと可愛い。
彼女が露天を覗き込むたびに二つにまとめた髪先の、金の髪飾りが揺れているのが見える。
「もしかしてあの人……こんな所に遭遇するなんて、運が良いですね」
「えっ、何が?」
「ベルさんはどう思いますか?」
リリは一体なにがどう思いますか、なんだろう……。たしかにあの娘は可愛いけど、リリだって決して負けてないと思う。スタイルだって互角ぐらいだと思うし、いやそもそも胸とかは大きければ良いというものではない。
祖父も言っていた。貧乳には貧乳のよさがある。スタイルで女性を差別するような男にはなるな、と。
「えっと、リリだって負けてないと思うよ」
「はぁ? リリがあの人に勝てるわけないでしょう。何言ってるんですか」
勝てるわけがないは言い過ぎではないだろうか。
もし本当にそんな風に思っているなら自分を卑下しすぎだと思う。
考えて見るとリリは装飾品の類は何も身に着けていない。あのアマゾネスの女の子が金の髪飾りや首飾りなど、色々な装身具で身を飾っているのと比べると、女の子なのに飾り気がなさ過ぎる気がする。やはりここは髪飾りの一つもプレゼントしたほうが良いのだろうか。
「あ、移動するみたいです。追いかけますよっ」
「えっ、あっちょっとリリっ!」
リリはそういうと僕の腕を掴んで歩き始めたアマゾネスの娘を追いかけ始めた。
引き摺られて行く僕の視界の中では、銀細工売りの彼がまたな~と手を振っていたのだった。
漸く引っ張られるのが止まった先で、アマゾネスの子が空いているスペースで足をとめて何やら露天を開く準備をしているのを遠巻きに眺めながら僕はリリに問いかけた。
「ねぇリリ。なんであのこを追いかけてるの?」
「ベルさん気付かないんですか? あの人、
「え、そうなのっ!?」
第一級冒険者!
どうりであの娘とすれ違った人がたまにギョっとした表情で後ずさったりしていたわけだ。
言われて見ると確かにただ可愛いだけじゃなく、その立ち姿には力強さが感じられるような気がしてくる。
(なんだ、リリがあの娘に勝てるわけがないって言ってたのは見た目の話じゃなかったんだ)
僕は自分の勘違いに頭を掻いた。
「えっと、彼女が第一級冒険者なのはわかったけど結局追いかけてた理由はなんだったの?」
僕が重ねて問うとリリは呆れた様子でため息をついて見せる。
「もう……まだわからないんですか? あの人はオラリオで一、二を争うダンジョン探索系ファミリアのトップ、ロキ・ファミリアの精鋭ですよ。その彼女が大荷物を抱えてこんなところにやってきたんです。掘り出し物の予感しかしないじゃないですか!」
「な、なるほど……」
リリはそう言うと、彼女の露天の前へと歩いていく。
漸く合点が行った僕は頷いて彼女について歩きながら考える。
(ロキ・ファミリアか……)
ロキ・ファミリアと言えばあの時僕を助けてくれたって言うアイズさんの所属してる所だった筈だ。このオラリオでもトップのファミリアの一つ。そこに所属する第一級冒険者とまさかこんな所で会う事になんて思ってもみなかったな。
いったいどんな物が売られてるんだろう。僕も興味が湧いて来たので、露店の前に座り込んだリリの後ろに立ってその品揃えを覗き込んだ。
「いらっしゃーい」
「あ、どうも……」
明るく声をかけてくれるその娘に僕はお辞儀を返す。
意外、と言ってはなんだけれどそこに並べられている品々の半分はごく普通の衣服や小物などだった。
(そりゃあロキ・ファミリアの人だって別に防具のまま生活してるわけじゃないもんね……)
考えてみれば当たり前の話で、普通に生活している以上こういった品々が使い古され不要になっていくのは冒険者でもかわらなかった。
(ずいぶん色々あるし、ファミリアの団員の不用品をまとめて持ってきたって感じなのかな?)
個人の持ち物にしては品揃えが多すぎるし、服装の方向性なんかも統一性がない。
たとえばこの、エルフの人なんかが着てそうな若草色のワンピースとか。落ち着いた造りのシックな帽子とか。それがこのアマゾネスの娘の私物だとする場合は、彼女がこれらを着ていた事になるわけで……。
(似合わない……とは言わないけど)
目の前の彼女がこれらの服を身につけているところを想像すると、可愛いことには可愛いのだけれど何か致命的に間違った考えをしている気がしてくる。
「んー、どしたの?」
「い、いえっ。なんでもないです」
目線をやったことで、何かあったかと笑顔を浮かべながら尋ねてくる彼女にあわてて僕は首を振る。
よく考えなくても随分失礼なことを考えてしまった気がする。
僕は誤魔化すように残りの半分の品々、冒険者の武装達へと視線をやった。
鋭い光を放つブロードソード、欠けた跡のある盾、一部のパーツが無くなった革鎧など。
中古品とは言え、それらはまだ十分に力を感じる装備品の数々だった。
「あの、この
「うーん……5000ヴァリスくらい?」
「なるほど、ではこちらの剣は?」
「そうだなぁ~……8000ヴァリスでどう?」
「……ちょっとお待ちくださいね」
屈みこんでじっくりと品定めをしてから彼女にいくつかの品の値段を聞いたリリは、立ち上がって僕を少し後ろに引っ張ってから耳打ちする。
「ベルさん、やばいですよあの人。値段全部適当に言ってます……あの、使う使わないは置いといてよさそうな品全部買っといて良いですか?」
「え、全部!? そんなに買ってどうするの?」
そんなの、転売するに決まってるじゃないですか。
そう言い放ったリリは僕の返事をまたずに再度彼女の露天に突撃して激しい価格交渉を始めた。
やれこの品は幾らぐらいが適当だ、やれこの品は傷があるからもう一声、これとこれも一緒に買うからまとめて幾らに。
第一級冒険者だと言う相手を口八丁で翻弄し、困惑するアマゾネスの娘相手にリリはなんと露天にあった装備品の8割方をまとめて購入するという話を纏めたのだった。
「え、えーっとこれ全部で……」
混乱しながら彼女は交渉中に決まって行った価格を思い出しながらなんとか合計しようとするも、そこへリリは容赦なく値切り攻勢をかける。
「21万3400ヴァリスです。でもこれだけまとめて買うんですよ? ここはひとつ切りの良い額にまとめてくれませんでしょうか」
「じゃあ……21万ヴァリス?」
「もう一声!」
「それじゃあ20万ヴァリスでどうだ!」
「買いました!」
大きな取引を決めた二人は、どちらからともなく右手を差し出してがっしりと握手を交わした。
儲けなど適当で良いからファミリアの不用品を早く誰かに押しつけて処理したいアマゾネスの娘と、カモから最大限に巻き上げようとするリリ。
二人の思惑が20万ヴァリスという金貨の上で交差した瞬間だった。
「ってリリ、20万ヴァリスなんて大金持って来てないのにどうするの?」
あわてて僕は言う。
僕の防具だけにそんな大金を使うつもりはなかったし、不要な金銭を持ち歩いても物騒だからお金はホームに置いてきてある。ホームなら安全かと言うとちょっと不安だけど、何か特殊な狙いでもないとあそこに盗みに入るような人はまずいない筈だ。
「お金なら取ってきますからちょっと待っていてください。あ、これはリリが勝手に行った取引なので、使えそうな防具は後で考えるとしてまずはリリのお金で全額支払いますから」
「え、うんわかったけど……」
どうやら僕を留守番にしてお金を取ってくるつもりのようだった。
それは構わないけど僕らのお金じゃなくてリリが個人で全部払うって……実はリリは結構なお金持ちだったのだろうか。
商談もずいぶんと手慣れてたし、実はこういうことには慣れているのかもしれない。
「じゃあなるべく急ぎますから待っててください。店主さんもリリが買った分はちゃんとわけて誰かに売ったりしないでくださいよ!」
「しないよそんなこと!」
心外だと膨れるアマゾネスの娘を背に、リリは足早に人混みをかき分け去っていく。
そうしてお金を取りに行くと消えていったリリを二人で見送ると、彼女はリリが買ったらしい品々を一旦大きな空のバックパックへと詰めて売り物からわけはじめる。
「えーっと、手伝いましょうか?」
待っているだけで手持ち無沙汰な僕は彼女にそう提案してみる。
「え、助かるけどいいの?」
「良いですよ。待ってるだけじゃ暇ですしね」
「そっかー。ありがとうっ」
にっこりと笑う彼女に僕も笑みを返してバックパックの中に装備品類を詰め込んで行くのを手伝う。
その後やることもないので僕は彼女―――ティオナ・ヒリュテと名乗った。そのティオナさんの露天で物を売るのを手伝いながらリリを待つことにした。
雑談しながらお客を待っていると、女性物の古着なんかはそれほど苦労せずに通りがかった女の人達に売れて行く。ここでもティオナさんはかなり適当な価格設定で、しかも値引き交渉をされると殆ど相手の言い値で売ってしまっている。
良いんですか? と聞いても、本当に儲けには頓着していないようで、いいのいいのと彼女は鷹揚に手を振るばかりだった。
なんでも横暴な姉にホーム中からかき集められた不用品を押しつけられたらしく、しかも全部売るまで帰ってくるななんてことを言われたらしい。
「それは酷いですね」
「でしょでしょ? どんだけあると思ってんのよあいつー。それにこれ完全なガラクタも交じってるし……こんなの売れるわけないじゃん!」
ティオナさんが指さしたのは、擦り切れて透明度の落ちたガラスのコップ、色褪せた男もののシャツ、何の変哲もないただの笛、羽の部分がよれよれになった羽ペン等々。たしかに使えなくは無いけれど、いくら安くても態々露天で買って使いたいものではないという品々だった。
これを売り切るまで帰ってくるなと言うのは、ちょっと無理があるんじゃないだろうか。
「うーん、他に売れそうな物とセットにして売っちゃうとか?」
ミアハ・ファミリアで手伝いをしていた時ナァーザさんがよくやっていたのを目にした、売れ行きのいい商品に売れない商品をつけて少し割引するという手法だ。なんでも抱き合わせ販売と言うらしい。
「なるほど~。でもどれとどれを組み合わせたらいいの?」
「えーっと……」
「……」
「……」
僕等は無言で見つめあう。
質の良さそうな女性用の古着はすぐに売れてしまったし、武具の掘り出し物はおそらくリリが全て買ってしまっている。残ったのはただの古着と普通の中古装備。そしてどうにもならない品々だった。
これはセットにしたら逆に買ってもらえなくなりそうだ。単品で根気よく売れば普通の品は売れるかもしれないけど……。
そしてティオナさんは天を仰いだ。
「無理だよもー! こんなの売り切ろうだなんて時間の無駄っ。日が暮れるまで粘ったってどうにもならないよ」
「ま、まぁまぁティオナさん。お姉さんも本気で帰ってくるな、なんて言ったわけじゃないと思いますし……」
「いーや、あいつそれを口実に私を責める気なんだよ。そのために態々無理難題ふっかけて来てるの……それがわかってて売れ残りを抱えてホームに帰るなんて絶対嫌!」
憤るティオナさんだけど僕にはどうしようもなかった。
あれだけ掘り出し物を全部買い占めてしまったのだから、この品々もまとめて買い取ってあげれば……と考えてその案を却下する。
まずリリが無駄なものに1ヴァリスだろうと支払うとは思えないし、じゃあ仮にこれらも含めての値段と言うことにして実質無料にしてうちにこれを全部持ち帰ってどうするのか?
そうなってしまうと殆ど持て余して捨てることしかできないわけで、それじゃあティオナさんが売れ残りを全部捨てて売れました、と嘘をつくのと変わらなくなってしまう。
それで良いのだったら最初から悩む必要はないわけで、僕やリリが引き取ると言うのはできそうにない。
「う~ん……」
僕が幾ら唸って頭を捻ってみてもいい考えは生まれそうになかった。
ティオナさんはもう完全に諦めて空を眺めてしまっている。
微妙な品揃えばかり取り残された露天に足を止める人もいなくなってしまい、僕等は暇を持て余してしまった。
「売れませんね……」
「だね~」
残された武具類を時折冒険者らしき人が品定めしようとするけれど、ティオナさんの顔をみるとぎょっとした様子でそそくさと立ち去ってしまうのだった。
そんな何度目かの客が逃げ去った時に、ティオナさんが僕のことを見てこう言った。
「そう言えば君達は私のこと怖がらないね。他の連中は『げぇっ!
「えっ? でもティオナさんは悪い人には見えませんし……僕とそんなに変わらない年齢に見えるのに第一級冒険者だなんて凄いなぁとは思いますけど……」
僕がそう答えると彼女は面白そうに笑う。
「そりゃあ年季が違うもん。君がいつから冒険者してるかはわからないけど、あたしは物心ついたころからモンスターと戦って来たからね」
「それは、凄いですね……」
僕はそれしか言えなかった。
物心ついたころからモンスターと戦わなければならない境遇とは一体どんなものだろう。きっと想像を絶するような物に違いない。
彼女は明るく振舞っているけど、僕なんかより遙かに多くの痛みや悲しみを乗り越えて強くなって行ったんだろうな。
やっぱり、第一級冒険者になるような人は凄い。
彼女をみて改めてそう思っていた僕に、ティオナさんは君って変わってるね~と笑いかけてくれたのだった。
「私のことはいいからさ、次は君の話を聞かせてよ」
「えっ、僕のですか? でもティオナさんに聞かせられるような話は……」
「そんなに固く考えないでよ。ただの雑談なんだからなんだって話して欲しいなー」
そう言われても何を話したら良いんだろう。
そう言えばティオナさんは僕を助けてくれたと言うアイズさんと同じファミリアだ。
結局僕は自分を助けてくれたと言う彼女にお礼も言っていない。中層域からミノタウロスを追い立てて来たのが彼女たちだと聞いてどこかで責めるような気持ちを持ってしまっていたからだ。
でも、こうして縁があった以上そのお礼は伝えておいた方が良いのかもしれない。
そう思って僕が口を開きかけると―――
「ベル……何してるの」
「え……ナァーザさん?」
突然かけられた声に僕が路上を見上げると、大きな紙袋を両手で抱えた
調合の材料なのか、抱えられた紙袋にはたくさんの草や果実などが詰め込まれている。
「ん~、君の知り合い?」
「あ、はい、そうです。ナァーザ・エリスイスさんと言います。とても立派な薬師さんなんですよ」
「へぇ~~」
「あ、ナァーザさん。この人はティオナ・ヒュリテさんと言って―――」
「知ってる……。ベル、ロキ・ファミリアの
……何故か心なしかナァーザさんの視線が冷たい気がする。
いつもの瞼が落ちかけたその気だるげな瞳も、今は半眼で僕を睨んでいるように見えた。
「えっと、実はですね……」
僕は慌ててナァーザさんに今までの経緯を説明したのだった。
僕の話を聞き終えたナァーザさんは、得心がいったと言うように頷いてからティオナさんの方を見て。
「そう言うことなら……残った品物は私が買い取っても……良いよ」
「えっ、本当に? なんでっ!?」
ナァーザさんのその突然の提案にティオナさんは驚きの声を上げる。
「勿論条件はある……次に貴方がポーションの類を仕入れる時、うちで買っていってくれればいい……」
「えっ……うーん、でもそれはなぁ……」
「今使っている物より品質が悪いと思ったものに関しては、無理に買わなくて良い……同等以上だと思えるものだけ、次の一回だけ買ってくれればそれで良い」
「それぐらいなら……」
「それに、うちは体力と精神力を同時に回復できる
「え? それってアミッドの所で最近売り始めたやつだよね」
ティオナさんがそう言うとナァーザさんは耳をぴくりとさせて、心なしか目つきを鋭くしながら答えた。
「そう……あれはうちで作製してディアンケヒト・ファミリアに卸してる品物。うちで直接買えばお得だよ……」
「へ~~」
「それに、あそこには卸してないうちだけの商品が他に色々ある……どれもオススメだよ……」
「そうなんだ。それなら一度覘いてみようかな~」
俄然興味が湧いたらしいティオナさんを見て、ナァーザさんはにやりと小さく笑った。
第一級冒険者のティオナさんともなればかなり大口のお客さんだろうし、ロキ・ファミリア内で話にでるだけでも宣伝効果はすごいだろう。
しかも今ティオナさんがポーション類を買っているのはあのディアンケヒト・ファミリアらしいから、そこから少しでも利益を奪えるかも知れないとなったらナァーザさんからしたら垂涎物だろう。
じゃあそう言うことで、と手早く契約書を書き上げるナァーザさんと残っていた商品一つの包みにまとめていくティオナさん。
「それじゃあベル……。私はもう帰るけど、ベルもあまりふらふらしないで用事が終わったらすぐ帰るようにね……」
「えっと、はい……わかりました」
よくわからない注意だったけれど、特に反論する意味も感じられなかったので頷いておく。
ナァーザさんはまとめられた包みをよっこいしょ、と担いで踵を返そうとした。
僕はその包みの行方がふと気になって口を開いた。
「あの、ナァーザさん」
「なに……ベル……」
「その、今買ったものって……どうするんですか?」
僕がそう問いかけると、ナァーザさんは僅かの沈黙の後、こちらを見てにやりと笑って見せた。
「ベル……世の中には知らないほうがいいことも、あるんだよ」
「は、はい……」
一体どうするんだろう。やっぱり捨ててしまうのだろうか……いや、考えるのはやめておこう。
ナァーザさんの言うとおり、知らなければそれで済むことなんだ。
僕は彼女の忠告にしたがって、この件についてはこれ以上考えないことにしたのだった。
ナァーザさんが立ち去って行くと、タイミングが良いのか悪いのか。入れ違いのような形でリリが僕たちの所へ戻って来た。
「お待たせしました……あれ、露店はどうしたんですか?」
「あー……露天なら全部売れたよ。丁度、ついさっき」
「え、あの品揃えでよくすんなり売り切れましたね……」
歯切れ悪そうに答えるティオナさんに訝しげなリリだったが、それはそれと持ってきたヴァリス金貨の入った袋で事前の取引の支払いを済ませる二人。
金額や商品の確認を終えると、リリがもってきたバックパックへと商品をうつしていくことになり僕も手伝う。
「よーっし、売り切れ完売! これでティオネのやつに吠え面かかせてやれるぞ~」
「よ、よかったですね……」
嬉しそうにそう言うティオナさんに僕は苦笑を返し、まだ見ぬそのお姉さんとティオナさんの争いが小さく済みますように、と祈っておいた。
「それじゃあ私は適当にここを見てまわってたら帰ろうかなー。二人はこれからどうするの?」
そう問われて僕とリリは顔を合わせる。
「荷物になりますし、ベルさんに使える装備があるかどうか調べたいですからリリとしてはすぐ戻るのが良いと思いますけど……」
「うん、そうだね。
僕もリリの提案に反対する理由はなく頷く。
「それじゃここでお別れだね。ベル君はお店手伝ってくれてありがと。もしダンジョンとかで会うことがあったらよろしくね~」
そう言ってティオナさんは元気よくぶんぶんと手を振って、僕らと別れて人混みの中に歩いて行った。
「……ベルさんはあの方と短い間にずいぶんと仲よくなられたようですね」
「えっ……いや、それはティオナさんが気さくっていうだけじゃないのかな?」
「そうでしょうか?
「いやだなぁ。リリだって普通に話してたしそんな人じゃないのはわかるでしょ? きっと何か誤解が蔓延しちゃってるんだよ」
「ま、リリとしてはベルさんがどなたと仲良くなろうと一向に構いませんけどね……」
僕の説明にリリは納得がいっていないと言う風で僕を白けた目で見つめてくる。
「それよりリリ、随分買い込んだけどほんとにそれ売れるの?」
20万ヴァリスと言えば大金だ。
良さそうな品だな~と言うのは僕にも見ればわかるけど、転売となると利ザヤが出るのかどうかはまったくわからない。
自分で使うものならともかく、相場に疎い僕じゃあ怖くてとても転売用に買い込むことなど出来そうにない。
だけどリリは自信たっぷりの様子でこう言った。
「低く見積もっても30万ヴァリスは軽いですね。ベルさんが使えそうな防具もいくつかありましたし、それを抜いても利益が出るかもしれないぐらいです」
そうなると実質防具を無料で入手したことになる。中古とはいえかなり物が良さそうだったのに……。
「凄いや……ダンジョンであんなに苦労しても全然稼げないのに、こんなに簡単に大金が稼げちゃうなんていいのかなぁ」
「リリの目利きがあったればこそ、ですよ。それにあんなカモ……もとい、良い出物はなかなか出会えません。怪しい商品に手を出すと損をしてしまうこともありますしね」
「うーん、市場もそう簡単じゃあないってことか……」
「あたりまえです。そんなに簡単に稼げるならリリだって苦労しません。今日は運がよかったんですよ」
「なるほど」
確かに悪いことは何も起こってない。色々楽しかったし、僕は防具が無料で手に入りそうでリリは儲かりそうだ。
ナァーザさんもうれしそうだったし、ティオナさんも無事露店が売り切れた。なら素直に今日の幸運な出会いに感謝することにしよう。
僕はそう思いながら帰り道を歩いたのだった。