大きめのバックパックを背負ったその女性が首を振る。
(駄目か……)
リリと二人のパーティになったことで、ソロの時は断られてしまったサポーター達でも雇う事ができるかも知れない。そう思っていたけれど、早速一人目に断られてしまった。でも、以前より好感触ではあったと思う。
パーティの到達階層などの詳しい話にまで進み、7階層には進出を始めたばかりと言うことが断られる決め手になったようだから、探せば雇える人もいそうな気がする。
リリと一緒にエントランスホールを見渡して人を探す。
他に雇用者を探していそうなサポーターの人は……と視線を巡らせていたその時だった。
「あのう、ちょっとよろしいでしょうか?」
僕等のそばに歩いてきた人間族の男の人から、突然に声がかけられる。
「えっと、僕達ですか?」
「ええそうです。こんにちは、お若い冒険者さん」
「はぁ……こんにちは」
年の頃は30前後ぐらいだろうか。にこにことした笑顔を浮かべた黒髪の男性だった。
「えっと、何か御用ですか?」
「はい。お二人はどうやらサポーターをお探しの様子と見受けられました。どうでしょう、条件が折り合えば私を雇って頂くと言うのは」
「雇うって、貴方はサポーターの方ですか?」
「はい、申し遅れました。私は雇われのサポーターをしている者で、ランディと言います。どうぞよろしくお願いします」
詳しい条件を聞いた後、僕達は彼を雇うことにした。
そして7階層に潜り探索を始めてしばらくたった頃―――
「やぁーーー!」
リリの戦鎚がキラーアントの頭蓋を砕く。
このルームで遭遇したモンスター。その最後の一匹を倒して、僕らは息を吐いた。
足元にはモンスターの死骸が幾多と転がっている。そこで壁際に居たランディさんがゆっくりと歩み寄って来た。
「お見事、たった二人なのに見事な戦いぶりですね。それでは魔石を取り出すとしましょうか」
彼はにこにこと笑いながら解体用のナイフを抜き、モンスターの死骸から魔石を取り出そうと屈んだけれど、リリがそこへ声を荒げて近寄っていく。
「あのですね、先ほども言いましたけどモンスターの死体が邪魔で戦闘が大変なので、なるべく早くどけてくれませんか?」
口調こそなんとか丁寧にしているものの、リリの声には明らかに怒りが混じっている。
言われたランディさんは苦笑しながら頭を掻いていた。
「いやー、申し訳ないです。まだ戦って居られましたから近寄ったら危ないと思ったもので」
「だ・か・ら、それでリリ達の戦闘が不利になったら、結局もっと危険だと言ってるじゃないですか!」
「うーん、はっはっは……いや申し訳ないです」
何度目かの似たようなやりとり。
同じ事を何度伝えても戦闘が終わるまで動こうとしない彼に、リリの示す怒りは段々と増して来ているけれど、ランディさんは苦笑するばかりだ。
「すいません。安全だと思った時にはきちんと死骸をどけますから」
「もうそれは何度も聞きました。でも結局毎回やってくれないじゃないですか」
「実力不足は申し訳ないです。でもですよ、戦闘への参加は強制しないと契約いたしましたよね?」
「リリは何も戦闘に参加しろなんて言ってません。ただ足場を空けてくれれば良いって言ってるだけじゃないですか」
そのリリの言葉に、彼はうーんとうなりながらぽりぽりと頬を掻いた。
また曖昧に誤魔化すのだろうか。僕がそう思った時、彼は絶え間なく浮かべていた笑みを止めると目を開き真剣な表情でリリを見つめたのだった。
「リリルカさん。それは戦闘への参加の強制と何も変わりませんよ」
「え……?」
「私の役割は荷を運び雑用を手助けする事だけです。それ以外は強制される謂れはありません」
「そうですけど……」
「戦いの最中に足場を確保する、と言うのは何の為に行うのですか?」
「それは、リリ達が戦い易いように―――」
「それはつまり、お二人の戦いを援護するということではありませんか?」
「し、しかしですね……」
彼のその問いかけに、リリは言葉に詰まってしまう。
戦闘中に戦いの為の手助けをしているのだから、それは戦いの援護ではないのか。
そう言った彼の意見は、確かに僕も反論がすぐには浮かびそうに無かった。
リリがしてくれていた様な援護射撃。戦いの援護と言えばああ言う直接的な攻撃だと言うイメージが僕の中にはあった。けれど確かに足場の確保だって、戦いの援護と言う意味では同じ物だった事に気付かされる。
「リリルカさん、私は何もただ怠けや臆病から言っているのではありません。本当に出来ないからそう申し上げているのです」
「出来ない……ですか?」
言葉の勢いが弱まったリリに対して、ランディさんはまたにっこりと笑顔を浮かべた。
「勿論ご説明致しますが、その前にまずは魔石とドロップアイテムを回収してしまいましょう。それから
その彼の言葉に、僕らは頷いたのだった。
周辺にモンスターの気配が無い事を確認し、僕らは
僕は壁際に座り込み、皮袋から水を飲んで喉を潤す。リリも、同じ様に座って兜のバイザーをあげ、皮袋に口をつけていた。
そうして一息ついた所で、バックパックを地面に降ろして壁に寄りかかったランディさんが説明を始めた。
「私には戦闘の才がありません。機を見る能力と言う物に本当にかけているのです。昔は冒険者を志した事もあったのですが、そのせいでその時の仲間には随分と迷惑をかけてしまいました」
そう言って彼は薄く笑う。それは今までのにこにことした温和な笑みではなく、自嘲するような乾いた笑いだった。
「だからこうして雇われのサポーターをしている訳なのですが、能力が無いのはかわりません。私にはあなた方が戦っている最中、いつ近寄っていいのか、どの位の距離まで邪魔ではないのか、本当にわからないのです」
そうしてまた温和な笑みを浮かべる彼に、僕もリリもかける言葉が見つからなかった。
「お二人共お優しいですね。ここは私の無能をなじっても良い所だと思いますが……ともあれ、私が無理に行動すればお二人の足を引っ張る事にもなりかねないのです。ですから、よほど大丈夫だと確信できる状況でないかぎり、戦闘中に私が行動することには期待しないで頂きたいのです。ご納得頂けますでしょうか?」
「はい……えっと、ごめんなさい。無理を言ってしまって……」
僕は謝罪の言葉を口にする。今まで口を開いていたのはリリだけれど、僕だって何も思っていなかったわけじゃなかった。
動いて欲しいと言い続けるリリとは違って、僕はこんなものなのだろうなと諦めていたんだ。
やっぱりリリとは違う。やる気もあまり無いし臆病なのだろうな、と。
そう、僕は彼を見下してしまっていたんだ。その事に気付いて、僕はランディさんに頭を下げた。
「無理を言ったのはベルさんじゃなくてリリです。……すみませんでした」
リリも申し訳なさそうに頭を下げると、ランディさんは苦笑する。
「いえいえ、お二人とも気になさらないで下さい。私の能力の無さが悪いのは事実ですから。ただ、出来ない事を出来ると期待されると困りますから、理解して頂きたかったのです」
「はい、わかりました」
「そしてお二人に……リリルカさんに知っておいて欲しかったのです」
「リリに……? 何をですか?」
「雇われのサポーターと言うものをです。リリルカさんとは違って、これが普通の雇われのサポーターと言うものなんですよ」
彼のその言葉の意味が一瞬よくわからずに、僕らはきょとんとした顔をしてしまう。リリと普通のサポーターは違うという事を、彼女に教えたかった。と言う事は―――
「あなたは、最初からリリの事を知っていて……!?」
「はい。貴方は私達の間ではちょっとした有名人でしたからね」
思わぬランディさんの言葉に、リリの顔色が青褪める。身を隠したい彼女にとって自分が既に注目されていたなんて恐怖でしかない。
「ああ、ごめんなさい。私達といってもそう大きな話ではありません。専業のサポーターの中で、更に古株の人間の間でと言う程度の話ですよ」
怯えた彼女の様子を見てそう説明するランディさんに、リリはおそるおそる問いかける。
「その人達は……なんでリリの事を……?」
「単純に目立つことと、働かれていた期間が長いからですね。年端もいかない
「そう……ですか……」
リリは俯いてしまう。客観的なランディさんの話にショックを受けてしまったのだろうか。
そして僕自身も、自分がまだリリの事を全然知らないのだという事を痛感していた。
(年端も行かないころから……か……)
彼女がダンジョンにかなり慣れ親しんでいるのは、僕もわかっていた。
……リリはいったいいつから、ダンジョンに潜っているんだろう。
二年前か、三年前か、それよりももっと昔からだろうか。
一体どんな気持ちで、幼い彼女は一人で歯を食い縛り続けて来たのだろうか。
そんな小さな少女がたった一人で大人の冒険者達に混じり、サポーターとして働き続けていたんだ。周囲の人間がさぞ奇異な視線で見ていただろうことは想像に難くない。
古株のサポーターだと言うランディさんが、リリの事を知っているのも納得できる気がした。
「私達雇われのサポーターはとても立場が弱いものです。特に一昔前はオラリオの治安自体がとても荒れていましたから。我々は理不尽な冒険者から身を守るため、身を寄せ合わざるを得なかった……。専業のサポーターと言うものは、冒険者さんが想像している以上にファミリアの垣根を越えて横の繋がりがあるものなのですよ」
そうして、危険な冒険者や良心的な雇用者の情報を緩やかに共有し、サポーター達は危険を避けているのだと彼は言う。でもそれが本当なら、納得できない点が一つあった。僕はそれを彼に問いかける。
「それじゃあ、何でリリはその集まりに加えて貰えていないんですか?」
リリがびくりと体を震わせる。
そう。彼の言うようにサポーター同士が助け合って来たと言うなら、昔からたった一人でサポーターとしてリリが苦しんできたと言うのは、おかしい。
「それは、彼女がソーマ・ファミリアの人間だったからです」
そのランディさんの言葉を聞いたとき、リリは泣き笑いのような表情で顔を歪め、小さく震える声を吐き出した。
「ここでも、このファミリアがリリを呪うのですね……」
僕は思わず声を荒げる。
「ソーマ・ファミリアだからって、それで何でリリが助けを貰えないなんて事になるんですかっ」
「落ち着いてくださいベルさん……私達も、悪意からそうしたわけではないのです」
笑みを消し、目元を伏せて悲しみをあらわに彼は言う。
その様子に彼も決して思う事がなかったわけではないと僕は知って、責め立てる言葉を止めて彼の説明を待った。
「ソーマ・ファミリアはずっと昔から、我々の間で忌避されていたのです。そう……あのファミリアの団員は、いつも金に異常なほど飢えている。我々への報酬をまともに支払わないだけならまだ良いほうで、時には理不尽な罪を着せられて我々の財産すら奪っていく。それどころか発覚していないだけで、彼らに殺された者もおそらくいることでしょう」
「それ……は……」
僕は彼のその言葉に反論できなかった。他ならぬ自分が周りに頼んで調べて貰った情報が、彼の言葉を裏付けてしまう。
「リリルカさん自身も、私達の目には彼らの同類だと見えていました」
彼のその言葉に、リリが体を震わせる。
「私達もサポーターであれば誰であれ助け合う、と言うわけには行きません。雇い主を探す傍ら、見慣れない雇われがいれば遠巻きに様子を見る。そうして信頼できそうだと誰かが思えばその人間が声をかける。そんな風にゆっくりと繋がりを大きくしてきたのです。私達の繋がりに加わる前に理不尽な目にあい、サポーターを止めていく者もいます。信頼できそうにないと判断されて、未だに我々とは関係を持たぬ者達も居ます」
自分達の集まりは全てのサポーターを纏めるギルドのようなものではなく、あくまで個人が集まって助け合い、そうして人を誘って来た小さな物なのだと彼は言う。
「雇われのサポーターという生業は、危険もありますが実入りもそれなりに大きい。良心的で戦力の充実したパーティに雇われる幸運に預かれれば、地上で同じだけ働くより10倍以上のお金が稼げる事もあります。……だからこそ、我々は慎重に雇い主を選ぶ。結果的に誰にも雇われずに何日も無駄にすることになるとしても、決して無理はせずに冒険者の事を良く調べるのです」
ランディさんはそう言いながらリリへと視線を向ける。彼女は俯いたまま、黙って彼の言葉を聞いていた。
「しかし貴方は違った。一日でも無駄にできないと、必死に自分を売り込み誰にでも雇われた。危険なパーティであっても、貴方は見境がなかった。そんな貴方の姿は、私達の目にはサポーターであってもやはり金に飢えるソーマ・ファミリアの団員だと、そう思えたのです」
「…………」
「そんな活動を続けた貴方は、下級冒険者達の間で金蔓だと噂されるようにさえなってしまった。そうまでなってしまっては、もう我々が接触するには危険すぎる存在だったのです」
「ッ…………」
無言で唇を震わせるリリを見ながら、僕はランディさんの言葉に一つの疑問を抱いていた。
「待ってください。それなら、何故今僕らにこんな話を?」
そう僕が問いかけると、ランディさんは僅かに微笑んでこう言ったのだった。
「それは、リリルカさんが変わったと思ったからです」
その彼の言葉に、リリが驚きに顔をあげて目を見開いた。
「誰にでも雇われる事を止めたかと思えば、どう見てもお金にならない駆け出しの面倒を見るような真似をはじめたり。そうかと思えばその駆け出しがリリルカさんに似た風貌の
魔法のことまでは気付かれていないとしても、こんな簡単に変装が見破られていたなんて……。
誰も僕等のことなんて目を向けていないと思っていた。その自分の考えの浅さが恥ずかしくなる。一番最初から僕等のことを見ていた相手がいるのなら、リリだけが少し姿を変えたって全然だめだったんだ。
「尤も、サポーターが誰にどう雇われているか何てことを気にしているのは我々だけです。ソーマ・ファミリア等には気付かれていないと思いますよ」
その言葉に僕らはほっと息を吐いた。
それを待ってから、ランディさんはリリに向き直り彼女を真剣な目で見つめる。
「貴方がずっと、苦しみもがいて来ただろう事を、私は知っていました。なんの力にもなれない自分を虚しく思ったこともあります。……まぁ声をかけていたところで、そう大した助けにはならなかったでしょうがね……」
自分達の集まりなど所詮情報の共有以上のことは出来ないから、と彼は自嘲するように笑った。
「それでも貴方は変わり、人を助け、ソーマ・ファミリアから身を隠し、あまつさえ自身が冒険者になることさえした。そんな貴方に、私も今更ですが力になりたいと思ったのです」
「リリの……力に……?」
「ほんの僅かな力ですけどね。私に出来るのはせいぜい私を含めた信頼できるサポーターを何人か紹介できる程度……他の者も能力も私と大差はないですから、お二人が成長すればすぐに足手まといになってしまうでしょうし」
「そんなっ……そんな今更っ……!」
彼女の力になりたいと言うランディさんに、リリは感情を高ぶらせて声を荒げた。
「えぇ、今更なのは私もわかっています。好きなだけ周りを罵る権利が貴方にはある。私の助けなど要らないと言うのも良いでしょう。どうせ大した手助けにはならないでしょうしね」
「そんな……そんなのって……」
彼を罵ってもどうにもならない。そして彼がリリを苦しめて来た訳でもない。そんなことはリリにも分かっていて、それで彼女はやりきれない思いを抱えて声を震わせていた。
そんなリリをみて、ランディさんも沈痛な表情をしている。
彼はリリが小さな頃から苦しんで来たのを知っていた、と言う。そんな話をすれば、リリに責め立てられるかもしれないと言うことも、きっと彼はわかっていたんだろう。
迷宮の中で、サポーターとして僕等のパーティに加わって……下手をすれば殺されることも覚悟して彼はここに来たのかもしれない。
僕はそれでも彼がリリの力になりたいと言ってくれた言葉が嬉しくて、頭を下げた。
「それでも、助かります。ありがとうございますランディさん」
僕がそう言うと、リリもしばらく逡巡を見せた後彼に小さく頭を下げた。
「ごめんなさい。リリの境遇は別に貴方のせいじゃないのに……」
僕等の言葉を聞いて、彼はまたにこにことした笑みを浮かべて口をひらいた。
「いえいえ、お気になさらず。それにベルさんも大げさですよ。私では本当に大した助けにはなれませんから」
「でも、僕達は丁度サポーターに困っていたのも事実ですし……」
僕がそういうと、彼は苦笑いを浮かべて弁解する。
「私達は勿論雇われるとなれば精一杯のことはしますよ。でもベルさん達はたぶん、雇われのサポーターなどを必要とするパーティではないと思います。あなた方はきっと成長して壁を越えていく。そして良い仲間に恵まれていくことでしょう」
僕はランディさんの言葉にきょとんとした顔を浮かべてしまう。
リリはともかく、今まで素質が無い見込みが無いと言われていた僕に対する評価としては、ちょっと過剰すぎやしないだろうか。
そんな僕に対し、彼は寂しげに笑って言葉を重ねた。
「雇われのサポーターは所詮、落ちこぼれの冒険者がその日を凌ぐために行うものです。皆そのうちに真っ当な職につくか、オラリオを去っていくか……あるいは危険を冒して死んで行ってしまいます。長く続けるものはとても少ない。私が続けているのは、集まりのなかで古株のようになってしまったので、若い人達の相談にのったり職を紹介したりなどをしているせいですしね……」
彼はその言葉と共にリリへと視線を向ける。
「戦えない者が居て、別の道を選ぶ。それは決して悪い事じゃないと思うんです。でもリリルカさん、貴方は私達とは違う」
「…………」
「たった一人で耐え続けて、最後には自分を変えてしまえるような人は私達の中にはいません。貴方はとても凄い人だ。私はそう思っています」
「リリは……凄くなんてないですよ。それに、ちょっと戦うようになっただけで、中身は大して変わってなんかいません……」
「なら、元々貴方は雇われサポーターなどするべき人ではなかったんですよ……必要なのは、ただきっかけだけだったのかも知れません。……大丈夫、自信を持ってください。貴方はきっと良い冒険者になれます。優良冒険者の選別を長年やってた私が保証します」
「そんなこと……」
「勿論冒険者を辞めたって大丈夫でしょうけどね。でも貴方達が迷宮に潜り続けて、雇われ程度のサポーターでも必要とするうちは私も力になりますよ」
彼のその言葉に、リリは震える声で「ありがとう……ございます……」とだけ言ったのだった。
それを聞いて彼はにっこりと笑う。
「いえいえ、私も胸の支えが取れた気持ちです。助けになりたいと言っておきながら、私はただ貴方に懺悔したかっただけなのかも知れません」
それを聞いてリリもクスリと小さく笑った。
「懺悔って……なんですそれ。元々ランディさんがリリを助けなければいけない理由なんてないじゃないですか」
「それはそうですね。迷宮では誰もが自分で自分を助けるしかない。いつでも誰かが命を落としているし、私も貴方の心配ばかりしていたわけでもありません」
彼は今までこのダンジョンで沢山の人を心配し、そして沢山の人が死んでいくのを見送ってきたのだろう。リリのことはあくまでその多くの心配事の中の一つでしかない、そう彼は言う。
「それでも小さな貴方が苦しんでいたことに何も思わないわけでもありませんでした。だからこうして貴方が変われたことを、私も嬉しく思うのですよ」
「えっと……どうも……」
ランディさんの笑みにリリは照れたように俯く。そして彼は僕のほうに向き直った。
「貴方のこともね、ベル・クラネルさん」
「え、ぼ、僕が何か?」
「リリルカさんが変わるきっかけになってくれたこと、私からも感謝します」
そう言って彼は僕に頭を下げた。
「い、いえ、僕は別に何も……頭をあげてください。それはリリが凄かっただけなんですから」
僕がそう弁解するとランディさんは顔を上げて笑う。
「そうでしょうか? 今までリリルカさんは色々な冒険者の方々に雇われて来ましたが、彼女が変わるきっかけになれた者は誰もいなかった。貴方も十分に特別な冒険者だと私は思いますよ」
「そんなことは……」
僕が彼の意見を否定しようとした時、リリが武器を手に立ち上がった。
彼女は鼻を鳴らしながら左手で兜のバイザーを下ろし、警戒態勢を取る。
「一旦話は止めましょう。モンスターが近寄ってきている気配がします」
その言葉に僕もあわてて立ち上がり、気持ちを切り替える。ランディさんもバックパックを背負いなおして僕等の背後についた。
「そうですね。
僕達は彼のその言葉に頷く。……確かに彼は、ただの荷物持ちしかできないのかも知れない。
でも、僕等の心にはもう彼への苛立ちも蔑みもありはしないと思った。
僕は気力が充実してくるのを感じながら、剣を握る手に力を込めたのだった。