たとえ英雄になれないとしても   作:クロエック

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ソーマ

 剣を振る。

 ただ只管に剣を振る。

 振り下ろす。振り上げる。踏み込んで振る。振り返りながら背後に振る。振る、振る、振る。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 想像の中で自分を囲むモンスター達に手にした剣を振り続け、息も絶え絶えになった頃に僕は手を止めた。

 剣を鞘に収めて床に置き、水を張った桶からタオルを取って頭の上で絞る。

 

「ッ~~~~」

 

 汗で蒸れた髪の間を水が通り抜け洗い流していく。そして、前屈みになった僕のむき出しの上半身を濡らしながら地面へと落ちていった。その冷たい感触が火照った体に心地良い。

 タオルを固く絞りきると、僕は顔や体を大雑把に拭いていく。

 汗を拭ってすっきりすると、僕は剣を拾って廃教会の瓦礫に座り込んで大きく息を吐いた。

 

「ふぅ…………」

 

 もやもやした気持ちを忘れたくて夢中で剣を振ったけれど、こうして動きを止めてしまえばまたすぐに思考がそこに向かってしまう。

 朝日の中、僕は廃教会の崩れかけた地上部で座り込みながら、昨夜リリに告げられた言葉を思い出していた。

 

 

「冒険者を辞めたい?」

「えぇ……今すぐと言うわけではないですが」

「なんで急にそんなこと」

「実は……」

 

 語られた彼女の事情と思い。

 平和に、何にも脅かされる事なく暮らして行けるのなら、そうしたい。

 

 その言葉に僕は衝撃を受けた。

 最初に出会った時から、当たり前のようにリリは迷宮にいた。

 色々な事情を抱えていた彼女だけれど、それを解決しさえすればきっと何の気兼ねもなく仲間としてやっていけると思っていた。

 だからリリが迷宮にいたことそのものが彼女が望む事じゃなかっただなんて、僕は考えもしていなかったんだ。

 

「ベルさんと迷宮に潜るのが嫌になった訳じゃないです」

 

 だから自分が付いていけなくなるか、代わりの仲間が見つかるまでは、パーティに居てくれると彼女は言う。その代わり、自分が仲間で居る間は危険な事はしないで欲しい、と。

 ……ソーマ・ファミリアと、揉めるようなことも含めて、だ。

 

 仲間になれた。そう思っていただけに落胆は大きかった。

 けれどリリの望みが危険を避けて平和に生きる事だと言うのなら、事態の解決や冒険を強制するような事は僕には出来ないし、したくない。

 彼女がそれを、心から望んでいるのであれば。

 

 

 それから僕等はまた何事もなかったように迷宮に潜った。

 8階層へと挑み、数日かけてならして行く。リリの言ったとおり、強くなったゴブリンやコボルトも、そう厄介な相手じゃあなかった。確かに敵が集団を作っていることが多いけれど、キラーアントさえ真っ先に倒して止めをさせば敵はきちんと減らして行ける。

 油断するわけじゃあないけれど、リリと二人なら十分やっていけると、そう思った。

 そして数日後には、ドロップアイテムはほとんど出なかったにも関わらず、一日の成果を換金してみたら25000ヴァリスなんて大金が手に入ってしまう。もしこれでサポーターも雇って8階層で安定して狩り続ける事ができれば、きっと十分なお金を稼いで行けるだろう。

 

「ベルさん凄いです……LV.1の5人組パーティが一日かけて稼げる額がだいたいこのぐらいの額なんですよ」

 

 僕もその見たことも無い金貨で膨らんだ袋に、思わずごくりと喉を鳴らしてしまう。

 

「ほ、ほんとに? 5人組が一日かけて稼ぐような額を僕ら二人だけで?」

「そんな嘘をついてどうするんですか。リリ達の努力が実を結んだ結果です、素直に喜びましょうよ」

「う、うん…………やったーーー!」

 

 僕とリリは笑顔で手を合わせた。そしてそのまま僕等はお互いの手を握ってぶんぶんと上下に揺さぶる。

 やっぱりリリとのパーティは良い感じだ。そりゃあ比率で言えばリリの力がおっきいとは思うけれど、僕だってリリとなら気兼ねなく戦えるし、彼女の足を引っ張ったりはしていないと自信を持って言える。

 彼女とならもっともっと上を目指せる、そう思った。

 

「やりましたねベルさん。()()()()8()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 けれどリリが嬉しそうに言ったその言葉に、僕は息を呑んだ。彼女の言うように、僕等はもうこのままで、十分に稼いで行けてしまうんだと言う事に気付いたからだ。

 こうやって8階層前後で堅実にモンスターを狩り続けるだけで、ステイタスを鍛えながらお金も貯める事ができる。装備を充実させながら貯金を溜めて、もっと良いホームを借りたらファミリアに人を勧誘してその人をまた鍛える。

 そうして先へ進めるようになった頃には、リリはもう外れてもパーティはやって行ける……そう言う道が見えてしまっている。……リリの望んだ通りに。

 

「どうしたんですか、ベルさん?」

「う、ううん……なんでもないよ」

 

 僕は首を振って誤魔化すと、彼女とホームへと帰る。

 その時がくれば、こうやって一緒にダンジョンからの帰り道を歩く事もなくなってしまうのだろうか。寂しいけれど、リリ自身がそれを望むのなら止めようとは思わない。無理強いして付いて来て貰う事なんて、僕は望んでいないのだから。

 だから僕に出来るのは、彼女が自分の意思で自由に未来を選べるようにする事だけだと、そう思った。

 

 

 ホームに戻った僕に神様が告げる。

 

「連絡が来たよベル君。ソーマの呼び出しは出来たってさ。日時も問題無いそうだよ」

 

 僕は神様に頷いた。

 ソーマ様との交渉を成功させて、リリが本当の意味で自由に未来を選べるようにする。それが、僕がリリにしてあげられる唯一の事だった。

 その結果リリがパーティを去ることになっても構わない。もしリリが新しい生き方を選ぶなら、僕は一番最初にパーティを組んだ彼女に、精一杯の手向けを送ろう。

 リリはもう十分に僕を助けてくれている。だから僕もリリに出来る限りの恩返しをしよう。

 

 最初はリリと一緒に交渉に挑むつもりだったけれど、僕は今彼女の事は隠してソーマ様との交渉に臨む事に決めていた。そうして上手く話が付いたなら、リリの事をお願いしよう。もしダメだったなら、最後までリリの事は隠して僕等だけが交渉を望んだ事にしよう。

 その僕の考えを話すと、神様は笑顔で僕の願いを受け入れてくれた。

 

「好きにしていいんだよベル君。キミはボクの唯一の眷族なんだ。キミが決めた道なら、ボクはなんだって応援する。だからキミは思ったとおりにやるがいいさ!」

「はい、ありがとうございます神様!」

 

 神様に深く感謝しながら、僕等はソーマ様との交渉の席に二人で行く事に決めたのだった。

 

 

 そして交渉の当日、僕は着なれない礼服を身に纏い、馬車から降りた。

 ぎこちない動きで振り返り、馬車の客席から身を乗り出した神様に手を差し出す。

 そうしてなんとか神様をエスコートしながら入るのは、北のメインストリートにある高級宿。その一室を借りて行われる小規模な神の宴、それに出席する……という体裁だ。主催するのはヘスティア様。ただし、招待状が配られているのは親交のある神様達だけだ。

 

 パーティ用の豪華な一室には招待されたその神様達が既にいらしていて、グラスを手に雑談をしている。入室した僕らに気付いた神様達に僕が頭を下げると、皆軽く手を振るなどしてそれを受けてくれる。

 ミアハ様とナァーザさん、タケミカヅチ様、そしてヘファイストス様と……何故か椿さんの姿も見える。それから―――

 

「こんばんは、ベル君。その格好、なかなか似合ってるね」

 

 掛けられた声に僕は振り向く。そこにはシックなドレスに身を包んだエイナさんが立っていたのだった。

 

「エイナさん……すいません、ここまでお世話になってしまって」

「ふふ、まったくよ……公正であるべきギルドの職員がこんなに君達に肩入れしちゃってさ……もし私が解雇にでもなっちゃったらヘスティア・ファミリアに加入させて貰おうかしら」

「えっ!? か、解雇って……そんなに危ない橋だったんですか?」

「ギルドがどう判断するかはわからないけど、客観的に見て私のやってることって職権乱用だからね」

「そんな……ご、ごめんなさい。そんな無理をさせちゃって……」

 

 僕は慌ててエイナさんに頭を下げる。

 

「あ、ごめんね、こんな言い方しちゃって。私自身、君の話を聞いて放って置けないと思ったから協力してるの。だから気に病まないで」

 

 手を振ってそう言ってくれるエイナさんに対して僕の隣にいた神様がずいと前へ出る。エイナさんはそれを見て胸に手を当てて丁寧に一礼した。

 

「神ヘスティア。ご無沙汰しております」

「いいんだそんな挨拶は。顔をあげてくれよ……エイナ君、だったね。ボクからもベル君の願いを聞いてくれたこと、感謝するよ。もしキミがそんなことになったら、遠慮なくボクの所へ来ると良いさ」

「あ、それはその……言葉の綾と言いますか……」

「なんだい他に何か宛でもあるのかい?」

「いえ、そう言う訳では……」

「なら遠慮することはないさ。もっとも、今日の話し合い次第で僕等のファミリアの立場がどうなるかはわからないから、あまり早まった判断はしないほうが良いかもしれないけどね」

「それは……」

「それはそれ、だよ。まぁキミに感謝してるのは本当さ。だからもしそんな事になったら、出来るだけの手助けはするから言っておくれ」

「はい、ありがとうございます神ヘスティア」

「うん、よろしい」

 

 礼をするエイナさんに頷く神様。

 これなら神様もエイナさんがもし解雇されたりした時は受け入れてくれそうだけど、だからって僕がエイナさんにそんな無理なお願いをしていたことが無くなった訳じゃない。

 気にしないで、と彼女は言ってくれたけれど、ここまでして貰った以上いつかちゃんと恩は返さなきゃ。そして何より、今日の交渉をなんとしても成功させなくちゃと改めて思ったのだった。

 

 決意を新たにして、僕は他の神様達にも挨拶をしていく。

 面白そうだから見に来た、と臆面も無く言う椿さんに、邪魔はさせないから気にしないでねと申し訳なさそうなヘファイストス様。

 でもヘファイストス様にはこの会場を借りる伝手やお金をお借りしたので丁寧に感謝する。勿論掛かったお金は借りた物でちゃんと返すつもりだけれど。

 神の宴、と言う体裁を整えるためだけに来てくれたタケミカヅチ様とミアハ様、それから心配だからと来てくれたナァーザさんにも頭を下げる。皆、それなのに僕を励まし応援してくれていた。

 

 そうして待っていると、最後の招待客が会場の扉を開ける音がした。

 

「おう、なんや面子はこんだけかいな。しけた神の宴もあったもんやなぁ~」

「酒につられて話にのっておいて言う事か。ロキ、あまり私に恥をかかせないでくれ」

「いけずやな~リヴェリアは。まぁええ、んーと……お、おったなドチビ。お前んとこの眷族に頼まれて参上してやったちゅうねん。感謝せいや!」

 

 入ってきたのは朱色の髪に朱色の瞳。細めがちの瞳にどことなく愛嬌を感じさせる女神のロキ様。そしてロキ様に付き従っていたのは、きらきらとした翡翠色の髪をたなびかせ澄み切ったエメラルドの瞳を持つ美しいエルフのリヴェリアさん。彼女はロキ・ファミリアの幹部で、エイナさんと一緒にロキ様にこの交渉の席についてのお願いをしに行ったときに、なんとエルフの王族の人なのだと紹介されていた。

 ロキ様はまっすぐにこちらにやってきて、神様となにやらぎゃいぎゃいと悪態を突き合っている。リヴェリアさんはリヴェリアさんで、エイナさんに歩み寄って何やら話し合っていた。

 僕は、神様と口げんかのようなことをしているロキ様に向かって頭を下げる。

 

「あ、あのロキ様。今日はありがとうございます」

「あぁ、ええて……うちは完成品のソーマが飲めるかもしてんて口車にのっただけやから、感謝なんぞいらんわ。リヴェリアの奴もエイナちゃんが心配ゆーて付いてきただけやしな」

「それでも、お願いを聞いて下さった事にかわりはありませんから……」

「ったく、ドチビんとこの眷族のくせにうちにそんな丁寧な口なんぞきくなっちゅうねん。首の裏かゆうなるわ。感謝っちゅうならうちがソーマの完成品飲めるようきっちり頼むで」

「はい、頑張ります」

「……ほな任せたわ。頼まれた通り、ソーマの奴もきっちり連れてきたさかいな」

 

 ロキ様はそう言って、ひらひらと手を振りながら脇へどいて行った。

 僕はロキ様の言葉にはっとなって開いたままになっていた扉へと目をやる。

 そこには、神の宴という名目にも関わらず薄汚れたローブを纏い、茫洋とした立ち姿の一柱の神。……ソーマ様が、ゆっくりと部屋へ入ってくる所だった。

 

 ソーマ様は静かな足取りで僕達のもとへ真っ直ぐに歩いてくる。

 そして神様の前で止まると、億劫そうに口を開いた。

 

「ヘス……ティア……か?」

「そうだよ。初めましてだね、ソーマ。良く来てくれたね」

「あぁ……ロキから、お前の宴に来れば……ウラノスの口出しを防ぐ方法が聞けると、言われたからな……」

 

 そのための報酬は持ってきた、とソーマ様は無造作に腰にくくってあった白い酒瓶を片手に持ち上げる。それを見て、脇にどいたロキ様がぐひひ、と笑い声を上げた。

 事前にロキ様にお願いした話の通りなら、これが、完成品の神酒(ソーマ)か……。

 リリ達の人生を狂わせたその神酒を、こちらの要望通りとは言えあっさりと持ち出してきたソーマ様に、僕は僅かに憤りを覚えた。

 

「それで……どうすれば良いのだ?」

 

 そう問いかけけられた神様が、僕と視線を交わす。

 

「それに関しては、僕の眷族()が考えた事だ。ここからは彼に話を聞いてくれ」

 

 神様の言葉に僕は一歩前へ踏み出して、自己紹介をする。

 

「初めまして、ソーマ様。僕はヘスティア様の眷族、ベル・クラネルと言います」

 

 ソーマ様は僕の名乗りに何の反応も見せず、ぼうっとした様子で僕を見る。

 

「…………」

「…………」

 

 ソーマ様の瞳が、無関心な……まるで路傍の石でも見るかのような目で僕を見る。

 

(これが、ソーマ様……)

 

 リリは、ずっと自分の主神にこんな瞳しか向けてもらえなかったのだろうか。そう思うと僕は背筋がぞっとしたような気がした。

 やがて沈黙に飽いた様に、ソーマ様はため息をついて一言、話せ、とだけ口にして僕を促す。

 僕はごくりと唾を飲むと気合を入れなおし、エイナさんへと視線を向けた。彼女は視線から僕の意を察してこちらへと近寄ってくれる。僕はそれを確認してソーマ様に向き直り、口を開いた。

 

「ソーマ様。貴方はファミリアの団員に厳しい資金調達のノルマを課して、その資金調達の上位者に神酒(ソーマ)を配っていると聞きました。間違いないでしょうか?」

「…………続きを」

 

 僕の問いに肯定も否定もすることなく、無関心な様子で続きを促すソーマ様に、僕は荒くなりそうな声を意識して沈める。

 

「派閥内での競争と金稼ぎに必死になった貴方のファミリアの団員達は、もう外部にとっても看過出来ない問題を起こしつつあります。ギルドが事態を把握すればペナルティは避けられない程の、です」

 

 僕の言葉を、横に付いてくれていたエイナさんが補足をしてくれる。

 

「お初にお目にかかります、神ソーマ。(わたくし)、ギルドに勤めておりますエイナ・チュールと申します。今回はベル・クラネル氏の依頼を受けて、この場に立ち会わさせて頂いております」

「あぁ……」

「私が調査させて頂いた範囲でも、ソーマ・ファミリアの団員には多数の問題行動が確認されました。ギルドが事態を把握すればペナルティが科せられると言う彼の言葉は、間違いないものと私からも保証させて頂きます」

「そうか……」

 

 ソーマ様は、エイナさんの言葉にもほとんど抑揚無く相槌を打ち、それから僕を見て話の続きを待つ様子を見せた。何の感情も感じられないその瞳が、僕を見る。

 僕はその視線に気圧されないよう拳を強く握って、言葉の続きを口にした。

 

「ソーマ・ファミリアの問題は神酒(ソーマ)に酔った団員が無理な金銭収集に躍起になってしまっていることです。そして歯止めを掛けるべきLV.2の団長達も私欲の為にそれを逆に利用してしまっている様子。まずは、ソーマ様自身がファミリアの統制をきちんと取って、団員の問題行動を咎めて下さい」

「…………」

「そして資金調達のノルマによって神酒(ソーマ)を褒美として配るのは止めにして下さい。配るのなら、LV.2以上にランクアップした人だけにするんです。そうすれば神酒(ソーマ)を飲みたがる人は皆ランクアップを目指して自分を鍛えるでしょうから、自然とお金も集まる筈ですし、神酒(ソーマ)に酔ってしまう人も居なくなる筈です」

「……それで?」

「そうやってソーマ様自身でファミリアの問題を解決すれば、ギルドがペナルティを科す理由はなくなります。ソーマ様にとっても、それが一番じゃないでしょうか?」

 

 僕はそう言葉を締めくくる。

 ソーマ様は、僕の言葉を聞き終わると視線を中に向けてぼんやりと考え込んでいる様子だった。

 そうしてしばらくの沈黙のあと、ソーマ様はぽつりとつぶやいた。

 

「…………面倒だ」

 

 面倒……面倒だ、と言ったのだろうか。

 僕はソーマ様が言った言葉の意味が一瞬理解できなくて混乱してしまう。

 そしてその意味がわかると、僕は頬が熱くなったような気がして思わず口を開いた。

 

「ソーマ様!」

 

 僕が名前を叫ぶと、その神様は宙をさ迷わせていた視線を僕へと向ける。

 その瞳は変わらず木石を見るかのような無関心な色を覗かせていた。そして心底面倒だ、と言うようにソーマ様は口を開く。

 

「私の眷族()は皆ソーマに飢えて問題を起こしているとお前は言う……」

「……はい」

「ならば、他所で問題を起こすな。起こせば神酒(ソーマ)は与えない。そう言えば、十分だろう……」

 

 そう、目の前の神様は言ったのだった。

 神酒(ソーマ)の酔いから眷族を解放するどころか、逆に神酒(ソーマ)によって更に団員達を縛りあげるのだと。

 そして外部に問題が出ないようにして、それ以上の事はする気はないと、そう言ったのだ。

 それじゃあ―――

 

「それじゃあ、何も解決しませんっ!」

 

 僕は思わず叫んだ。

 そんな僕を、ソーマ様は冷たい瞳で見下ろす。

 

「情報は十分だった。報酬は渡そう……それでは、不服か?」

 

 ソーマ様はそう言って手にした酒瓶を示す。それに対してロキ様は舌なめずりをして僕を見たけれど―――

 

「そんな物より、ご自分のファミリアの人達を苦しめるのはもう止めてください!」

 

 僕は我慢できずに、差し出された瓶に首を振ってそう叫ぶ。

 そんな僕に、ソーマ様は眉根をよせて問いかけた。

 

「何故お前は、私のファミリアにそうやって口出ししようとするのだ……」

 

 その問いに僕はリリの事を話すべきかどうか迷った。

 けれどこのままじゃもう説得の方法がないと悟って、僕は彼女の名前だけを伏せて事情を説明する事にした。

 

「僕は、ソーマ様の眷族の一人とパーティを組んでいるんです。彼女は派閥内でのお金の奪い合いで、ずっと搾取され虐げられ続けて来たと言いました。そして、ソーマ様のファミリアを離れて自由になりたいと、そう言いました。僕は彼女を、自由にして欲しいんです。そして彼女と同じ様に改宗(コンバージョン)を望む者には、それを認めて欲しい。彼女と同じ様に苦しむ人がもうでないように、ファミリアのあり方を変えて欲しいんです」

 

 心の中を吐き出した僕を、ソーマ様が見下ろす。

 神様達が見守る中、僕が吐く荒い息の音だけが部屋の中に響いていた。

 やがて、またぽつりとソーマ様が呟く。

 

「……やはり、面倒だ」

 

 その言葉に室内がざわめく。

 ある神様は眉根をよせて、ある神様は嘆息する。中には面白がるように笑みを浮かべる神様もいた。

 

「そんな!?」

「お前の仲間とやらは、私のファミリアから抜けたいと言ったらしいが……どうせ酒を飲めばその意見も変わるだろう……」

「そんなことはっ……」

「簡単に……酒に溺れる子供達の望みに、一体どれだけの意味がある?」

「―――っ」

 

 僕は、その言葉を聞いて絶句してしまう。

 その言葉に僕は、ソーマ様のファミリアへの無関心の原因がわかった。わかってしまった。

 ソーマ様は、失望してしまったんだ。自分の派閥の団員に、下界の住人達に。

 善意で施した神酒(ソーマ)に溺れ、お互いを蹴落とす醜い争いを始めた眷族(こども)達に。

 

「酒に溺れる子供達の声は……薄っぺらい」

 

 そう言い放つソーマ様の目は、僕を見ていない。僕に向けられたその瞳は、ソーマ様にとって人の形をした失望を映しているんだ。

 ソーマ様はゆっくりとテーブルにある空の杯をとり、持っていた酒瓶をあけて中にあった液体を注いだ。

 

「これを飲んで、また同じ事が言えたなら、耳を貸そう」

 

 そう言ってソーマ様は僕にその杯を手渡す。

 これが……神酒(ソーマ)。杯から沸き立つその香りだけで、心を溶かしそうになるほど甘いその芳香。

 リリ達が心を狂わせ必死に求める程のお酒……それを飲めと、ソーマ様は僕に言うのだ。

 

「ベル君……」

 

 隣に立ったエイナさんが、僕の名前を呟いてこちらを心配そうに見ている。

 僕は渡された杯を両手で持ち、ソーマ様を見て口を開いた。

 

「……嫌です」

「……何?」

「飲みたくありません」

 

 僕はそう、ソーマ様に対して言いきった。

 

「お前は、私に耳を貸して欲しいのではなかったのか?」

「はい、僕はソーマ様に願いを聞き届けて欲しいです」

「では何故、その酒を飲まない……」

「飲めばきっと、僕はこのお酒に酔ってしまうからです」

「……ならば、私がお前の言葉に耳を貸す理由はないな」

 

 失望をあらわにするソーマ様を僕は引き止める。

 

「待ってください……どうしても飲まなければ僕の言葉を聞いて頂けないのなら、飲みます」

「……ならば、早くそうするが良い」

「はい……ナァーザさん!」

 

 僕はミアハ様に付き添って来ていた彼女の名前を呼んだ。

 ナァーザさんは突然呼ばれたことを訝しみながらも、こちらへと来てくれる。

 

「ベル……なに?」

「ナァーザさん。僕がこのお酒を飲んで変になってしまったら、無理やりでも良いですから、起して立たせて、殴ってでもさっき言ったのと同じ事を言わせて貰えませんか?」

「……いいけど」

 

 僕の頼みに驚きながらも、ナァーザさんは頷いてくれる。

 そんな僕らのやり取りを聞いていたソーマ様が、呆れたように溜息をつく。

 

「何かと思えばくだらんな……そんな無理やりに言わされた言葉に、どんな意味があると言うのだ」

「それなら、酒に酔わされて無理やりに変わってしまった意見には、どれだけの意味があると言うのですか?」

「……何だと?」

 

 僕のその言葉に、終始無関心だったソーマ様の瞳に初めて感情の色が宿ったように見えた。

 

「何が言いたい」

 

 怒りを宿した神の目が僕を睨みつける。

 僕は気圧されないようその瞳を見つめ返して、眼前の神様に自分の気持ちを言い放つことにした。

 

「お酒を飲んで酔ってしまうことは、そんなにいけないことなのですか?」

「酒に酔うことが……いけないことではないとお前は言うのか?」

「酔って醜態をさらしてしまう人なんて、酒場を覗けば幾らだっています。でもそれはお酒の席でのこと、よほどの事じゃなければ皆咎めたりしない。お酒ってそう言う物じゃあないんですか?」

「だが、醜態にも限度はある……」

「でも、ソーマ様のつくったこのお酒は、とても強いものなのでしょう? 地上にある他のどんな酒よりも、強く酔ってしまう程のものじゃあ無いんですか?」

「それは…………」

 

 僕の訴えに、初めてソーマ様は動揺の表情を浮かべる。

 

「僕たちは弱くて、神様たちから見たら、ほんの小さな子供なのかも知れません。でも、それなら何故ソーマ様は、子供に強いお酒を飲ませて酔わせるようなことをするんですか?」

「小さな子供に、強い酒を……」

「僕の仲間は……苦しんでいました。自由になりたいと、そう言っていました。一度このお酒を飲んだことがあってもそう言ったんです。ファミリアを離れれば二度と飲む機会がなくなることがわかっていてそう言ったんです」

「しかし、もう一度飲めばその意見も変わるだろう……」

「飲んだ後に酔いが醒めて、彼女はそう言っているのに、何故ソーマ様はお酒に酔わせた間の意見だけを聞こうとするのですか?」

「それ、は…………」

 

 言葉を失うソーマ様の前で、僕は手渡された杯を掲げた。

 

「僕はこのお酒を飲みたくない……怖いんです。飲んでしまえば、この思いも何もかも忘れて、このお酒に溺れてしまうのかもしれない……」

 

 そして僕は、ソーマ様の瞳を見つめる。

 

「ソーマ様にとってこの神酒(ソーマ)は、嫌がり恐れる相手に無理やり飲ませるための物なんですか?」

「っ……」

 

 ソーマ様の表情が歪む。

 怒りとも嘆きともつかない、それは複雑な表情だった。

 

「このお酒は誰もが求め飲みたがるような、そんな素晴らしい物じゃあ無いんですか? それを何故、飲んだ人間が恐れて忌避するような物にしてしまうんですか?」

「私とて……そんなつもりは……」

「本当に素晴らしいものは、人が憬れて、その為に努力して……それを求める人の力にすらなる、そんな物の筈じゃないのですか?」

 

 僕の言葉に、ソーマ様が表情を悔しさで歪ませた。そう、ソーマ様が心血を注いで作り上げたと言う神酒(ソーマ)。それは、他のどんな酒にも勝る素晴らしい物の筈なんだ。それなのに、どうしてそんな扱いをしてしまうのだろう。

 

「僕はオラリオに来たばかりのころ、ヘファイストス様のお店のショーウィンドウをよく眺めていました……。駆け出しだった僕にとって、そこに飾られていた一本の白い短刀が、僕にはまるで宝石みたいに見えたんです」

「あら……」

 

 僕のその言葉に、見守ってくれていたヘファイストス様が小さく声をだした。それを見て僕は小さくほほ笑む。あの頃、駆け出しの僕をあのショーウィンドウの中の輝きが僕をどれだけ勇気付けてくれただろう。

 

「僕なんかにはとても手が届かない品だったけれど、でも、憧れたんです。いつかあれを手にするような立派な冒険者になりたいって、そう僕は思ったんです」

「…………」

「このお酒も、そんな風に人を勇気付けて力になるような、素晴らしい物であって欲しい……ソーマ様に、そう言う風に子供(ぼく)達に与えて欲しいんです」

「そう……か……」

 

 ソーマ様もこのお酒が出来た時、きっと素晴らしいものが出来たとそう思った筈なんだ。

 だからこそ自分の子供たちに祝福として配ったのだと、僕はそう信じたい。

 祝福として与え、だからこそそれを飲んだ子供が、酒を奪い合うように醜態を見せることに、失望したに違いないのだと。

 僕は手の中にある杯を満たす、透き通った液体を見つめた。

 

「僕は弱いけど……でも、強くなりたいんです。このお酒を飲んでも、溺れず、その素晴らしさを味わって楽しめる。そんな風に、いつか強くなりたい。だからどうか―――」

 

 だからどうか、それまで待っていて下さい。

 だからどうか、そうなれたときに貴方の祝福を与えてください。

 だからどうか、強くなりたいと言う僕らの願いを―――

 

「見捨てないでください……」

 

 僕はそう小さくつぶやいて、杯に口づけ、その液体を飲み干した。

 

 次の瞬間―――世界がぐにゃりと曲った。

 

 果てしない陶酔感と、感動の絶頂。

 手が震えて、杯を取り落としてしまう。足に力が入らずに、膝が抜けて体が崩れ落ちる。

 でも、気にならない。ただひたすらに幸せだけが僕を包む。陶酔が全てを塗り潰していく。

 

「―――――は、は」

 

 頬が自然と緩み、僕は笑っていた。

 これが……これが、神酒(ソーマ)

 リリはこれを何度も飲んだことがあるのだろう。それなのに、彼女はこの幸せを投げ捨てて、逃れたいと、そう願ったのだろう。

 それはどれほどの―――

 

 膝立ちのまま笑みを浮かべた僕を、ソーマ様が見下ろしている。

 こんなに幸福なのに。こんなに幸せな筈なのに、僕は理由もわからずとても悲しい気がして、笑みを浮かべたまま涙が溢れた。

 泣いたままで笑ったままで、僕は喜びと悲しみの中目を閉じて、神酒の誘う真っ白な世界に包まれていったのだった。

 

 

 

 

 柔らかいクッションの上に、ベル・クラネルの体が崩れ落ちる。

 ソーマは反射的に彼へと手を伸ばしたけれど、その手は届かず空を彷徨った。

 ベルの傍にいたエイナとナァーザが彼を慌てて助け起こす。そして意識を失っていることに気付くと、ソーマに一礼してからナァーザがベルを抱きかかえてソファーへと運んで行った。

 エイナとヘスティアは心配そうにそれを見守りながらついて行き、ミアハとタケミカヅチも集まってくる。

 そうやって倒れたベルが運ばれて行くのを、ソーマは虚空に手を伸ばしながら、ただ茫然と見送っていた。

 

「どないすんねん、これぇ……」

 

 そんな彼に、ロキがリヴェリアを伴い近寄ると声をかける。

 

「どう……とは……」

「あんだけ子供に好き放題言われて、そのまま黙っとくんかいオドレはぁ」

「だが……」

 

 動揺したままのソーマから、ロキはその手の中にある酒瓶を奪い取った。

 そしてテーブルから持ってきていたグラスに神酒(ソーマ)をなみなみと注ぐ。

 

「おい……」

「だーっとれ、これは正当な報酬やっちゅうねん。あのヘスティアんとこの眷属(がき)に、本物の神酒(ソーマ)を譲る代わりにおんどれを呼び出してくれ言われてな」

「そう、だったのか……」

「そーいうわけや」

 

 そう言ってロキがグラスを呷ると。その美しい喉が、こくりこくりと神酒(ソーマ)を嚥下していく。

 

「っかーーー! なんやこれ、ごっつ美味いやん。えらい出し渋るから失敗作と大してかわらんのかと思ったわ」

「そんなわけがないだろう……」

「んで、自分はこの美味い酒をおどれの眷属(こども)に馬鹿やらせるために使っとったっちゅーわけか」

「っ……」

「ほんまアホな話しやで。お前作り手だろうとなんだろうと、そんなんこの酒に対する冒涜やで冒涜。そんな下らん事に使うぐらいならうちに全部まわさんかいボケが」

「…………」

 

 ロキの罵倒にソーマは俯いて歯を噛みしめる。 

 

「自分んとこの子供がどうなろうと、うちの知ったこっちゃないけどな、この酒の美味さ知った以上は、んな下らん事に使うようなら戦争ふっかけてでもウチが全部奪ったるで」

「……あぁ」

 

 ロキが糸目を開いてソーマを睨みつけて恫喝すると、ソーマは苦虫をかみつぶしたような表情で返事を返した。

 それからロキはナァーザ達に運ばれて行ったベルの方へと視線を移す。

 

「ったくドチビんとこの眷族のくせにくそ生意気なやっちゃな。神あいてに好き放題言いまくりおってからに……」

 

 そう呟くロキに、傍に控えていたリヴェリアが声をかけた。

 

「そうか? 神を敬わぬ者などオラリオには幾らでもいるだろう。たしかに大層な啖呵だったが、あの少年はきちんと神への敬意をもって接しているように見えたが……」

「ちゃうねんリヴェリア。あんガキは確かに神を敬っとる。敬っとるから好き勝手なこと言っとんねんで」

「なんだそれは……よくわからないが」

 

 そのリヴェリアの疑問を黙殺し、ロキはヘスティア達に囲まれてソファに横たわるベルを睨みつける。

 

(あいつは神をただのそういう種族として適当に付き合ってる最近の連中とはちゃう。今時珍しく神を敬い、尊び、崇める、そんな子供や。信心深いっちゅーのか……)

 

 だが、神を信仰すると言うのは、ある意味で何よりも一方的な感情とも言える。

 祈りとは、言うなれば神に一方的に人間の願いを託すことだ。そういう意味では、対等に交渉しようとする人間の方がまだ神を真っすぐにみているとも言える。

 ベル・クラネルのとった態度はそうではない、とロキは思った。

 あれは、ソーマに期待していた。ソーマの事を信じていたのだ。善なる神であってくれると。最後には人間のことを助ける神であってくれると。初対面の相手にも関わらず……神だからと。

 もちろん神々の中にはそういった善良なものもいる。子供に真摯に願われたらそれを無碍にできない、そんな神も大勢いるだろう。

 だがそれと同じだけ、子供のことなどどうでもいいと言うような、嘆きや悲しみをあざ笑うような、そんな神々だって大勢いるのだ。

 

(自分、相手が神だからっちゅーて無条件に信じてるようやと、そのうち大火傷するでぇ……)

 

「ロキ……?」

「ん、なんでもないわ」

 

 ベルを睨みだまっていたロキを訝しんで声をかけたリヴェリアに、ロキは笑みを浮かべて誤魔化す。

 

「そんじゃこの酒は貰っとくで、自分もこれからどうするかよう考えるこっちゃな」

「あぁ……そうだな……」

 

 ロキはソーマの答えを聞くと、奪った酒瓶をくるくるとまわしながらリヴェリアを伴ってソーマから離れていった。

 残されたソーマは運ばれていったベルを見て、自分がどうするべきか考え込んだのだった。

 

 

 ヘファイストスと椿は、そんな彼らを横目に語り合っていた。

 

「本当に素晴らしい物はたとえその手の中になくても、人を勇気付けて力になる、ですって。照れちゃうわねぇ」

「主神様よ……本店のショーウィンドウにある白い短刀と言うのはもしや……」

「もしかしなくても私の打った作品よね」

「あそこには手前の打った刀も置いてあった筈だが……」

「あら、自分でそれ言っちゃうの? ごめんなさいね、私からは何も言えないわ……」

 

 そう言って申し訳なさそうに苦笑するヘファイストスに椿はぎりぎりと歯を鳴らして食い縛った。

 己の腕がいまだその主神に遠く届いていないことは椿自身がよくわかっている。

 ベルにそんな意図があったわけではないだろうし、そもそもただ彼にとって扱いやすい短刀が目についただけなのかも知れない。

 それでも、己の心血込めた作品を見向きもされなかったように感じて椿は悔しさに歯を噛みしめる。この悔しさは、あの少年が持つべき武器を撃つ槌にこめなければ発散できないと、彼女は思った。

 

「はよう次の武器が必要なぐらい強くなれ……あまり手前を待たせるでないぞ」

 

 殺気さえ出しそうな気迫でベルを睨む己の眷属を苦笑して眺めながら、ヘファイストスはなかなか面白いものが見れたと、この交渉の席を手伝ったことに満足していたのだった。

 

 

 そしてヘスティア達は、倒れたベルをソファに寝かせて彼を取り囲んでいた。

 薬師のナァーザが、意識の無い彼の様子を診察している。

 

「やっぱり、ただ酒によって眠ってしまっているだけ……特に異常はない……」

「そ、そっか……ありがとう」

 

 ほっとしてナァーザに礼を言うヘスティアに、エイナが自身の不安を告げた。

 

「でもベル君……あの神酒(ソーマ)を飲んじゃったんですよね……」

「うん……」

「具体的にどれぐらいの期間かはわかりませんが、ソーマ・ファミリアの眷属が次のノルマを集めるまで躍起になり続けていることを考えると、神酒(ソーマ)の酔いは、ちょっとやそっとじゃ醒めないかも知れません……」

「そうだね……そして酒に酔っている間は……」

「ベル君はまた神酒(ソーマ)を飲もうと求め続ける……」

「うん、わかってる。ベル君だってわかってて飲んだ筈なんだ。なら彼が酔いから立ち直るまで、ボクがベル君を支えてみせるよ!」

 

 ヘスティアがそう宣言すると、ナァーザもベルの額を撫でながら声を上げた。

 

「大丈夫……ベルが酔って馬鹿なことをしそうになったら、私が殴ってでも止めてあげる……ベルにそう頼まれたしね……」

「そうだな。ベルの様子が落ち着くまでは、お前も側にいてやると良い」

 

 そう言って、ミアハもナァーザの気持ちを後押しする。

 そこへタケミカヅチも口を挟んだ。

 

「だがそう心配することもないだろう。確かにこいつは神酒(ソーマ)に呑まれて倒れた、まだ心身の弱い未熟な子供なのかも知れん。だがそれを自覚しながら酒を呷ったこいつの意思は、強い芯の通った物に俺には見えたからな」

 

 その言葉に皆が頷く。そこに居た神達皆がベルを認め、彼を助けようとしている。

 それを理解して、エイナは彼を心配していたばかりの自分に苦笑した。

 

(頼りないとばかり思っていたのに、いつの間にかこんな風に周りから認められて、皆が力を貸したくなる。そんな風に成長してたんだね……)

 

 弟のように思っていた少年が見せた姿に、エイナは胸が熱くなったような気がしていた。

 

 そうやってベルを囲む者たちの所へ、一人の影が近寄ってくる。

 

「ヘスティア……」

「ソーマ、来たのかい」

「あぁ……」

 

 そこにいたのは、ベルが倒れた原因とも言える神、ソーマその人だった。

 自然、ベルの周辺に集まった者たちからは、好意的とは言えない視線がソーマへと放たれる。けれどソーマはそんなことに頓着せずに、横になったベルを見ながらヘスティアへと語りかけた。

 

「その少年の仲間だと言う私の眷属に、伝えてほしい」

「うん」

「望めばいつでも、改宗(コンバージョン)の為の儀式を行いに行こう、と……」

「ほ、本当かいソーマ!?」

「あぁ……ファミリアのことも、出来るだけのことはやってみよう……」

 

 やったぁ、とヘスティアがベルを見て快哉を叫んだ。ソーマの言葉に、ベルの周囲の者たちも皆笑顔を浮かべている。

 

「ベル君の願いを聞き入れてくれたんだねっ」

「あぁ……どうかな。よく、わからない……」

「何か、違うのかい?」

 

 ヘスティアがそう問うと、ソーマは言葉に迷ったように何度か口をあけかけ、そしてぽつりぽつりと話しだした。

 

「わからないのだ。その子供は、酒に溺れ倒れた。私が醜いと思っていた子供たちと同じように……。だが、その子供が酒に倒れた時、私はそれを醜いとは思わなかった。私の子供たちと同じ物の筈なのに……なにより、醜いと思っていた私の子供たちの姿は、私がそうさせていただけだったのかも知れないと思うと、私には何もわからなくなった……」

「一つだけ言えるのは、私は自分のファミリアや酒の使われ方などどうでも良いと思っていたつもりだったが、そうではなかったらしい……。関わりたく無いと思うほどに嫌悪していたのなら、自分の手でそれを変えなければ、いけなかったようだ……」

 

 それを教えて貰ったと、ソーマはベルを見ながら言葉を締めくくる。

 ヘスティアはそれを見てふんと鼻息を鳴らしてソーマを睨んだ。

 

「これからは、ボクのじゃなくて自分の眷族(こども)達に教わるようにしてくれよ。君の子供はずっと君に助けを求めていたんだからね」

「あぁ……これからもう一度、きちんと目を向けてみることにしよう……」

「それが良いさ」

 

 ソーマはそのヘスティアの言葉に頷くと、静かな足取りで客室を出て行く。それを見送ったヘスティア達はヘファイストスやロキ達と言葉を交わした後、この宴の解散を宣言した。

 この宴に集まったそれぞれの者達が帰路に着くのを見送ると、最後にナァーザがベルを抱えてヘスティアと共に帰りの馬車へと乗り込む。

 こうして、その日行われた小さな神の宴は終わった。

 

 神酒に酔って倒れたベルは、馬車の座席の中でヘスティアに抱きかかえられると、帰り道の間、彼女の膝の上に頭を乗せて、小さな寝息を立てていたのだった。

 

 

 

 

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