ベルとヘスティアに抱きしめられながらひとしきり涙を流したリリは、だんだんと冷静になってくると急に気恥ずかしさを感じ慌てて二人を押しのけた。そして袖を使って目元を拭うと、赤くなった瞳を半ば瞑る様にして二人を睨む。
「あの、もう大丈夫ですから……」
バツの悪そうに言うリリに対しヘスティアは意地悪く笑いかけ。
「ふふーん、何を恥ずかしがっているんだい? これから家族になるって言うのにさ~」
ニマニマとした笑みを自分に向ける女神に対して、リリはフードか兜で顔を覆ってしまいたい衝動にかられたが、あいにくどちらももう脱いで部屋の隅に片付けられてしまっている。
「あの、やっぱりさっきの発言は無かった事にとかは……」
「なるわけないだろっ!?」
「あ、あはは……」
そんな風に言い合う二人を見てベルが困ったように頬を掻いた。
やがて観念したようにリリはため息をつき白旗をあげる。
「……もう良いですから、早く
目を逸らしながらそう言うリリにヘスティアはにっこりと微笑む。
「うん。それじゃあそこのベッドに横になって―――」
そこまで言いかけた所でヘスティアは言葉を止めた。そして視線をリリから外すと横へと滑らせて行き、すぐ横に立っていた少年を見やった。
「……どうしたんですか、神様?」
自分が見つめられていることに気付いたベルが首をかしげる。
「ベル君、キミ……何をしているんだい?」
「え、何って……何がですか、神様?」
「何がじゃないよ! キミはどうしてそうやってぼーっとそこに突っ立っているんだ!」
「え……ええっ……?」
突然のヘスティアの剣幕にベルは何がなんだかわからないと言う様子で目を瞬かせる。そしてその横でそれを見ていたリリがなにかに気付いた様に「あっ」と声をあげた。
「どうしたの? リリ」
「そういえば、ベルさんの時はいつも……」
「……?」
リリのその言葉にベルは再度首をかしげる。何故今更そのようなことを言うのだろうかと。
疑問を抱いた彼に対しリリはわずかに頬を赤らめながら咳払いをし、改めて説明をする。
「えっとですね、リリは今からヘスティア様に
「それは、うん。そうだね」
「そして普通ステイタスと言うのはなるべく秘匿されるべきものですので、その更新には殆どのファミリアでは主神の私室やそれ専用の部屋を用意してそこで行うのが通例なのです」
リリがそう説明したことで納得しかけたベルだったが―――
「へぇ~、そうなんだ。なるほどなぁ」
感心したような声をあげたのは、説明されたはずのベルではなく横で聞いていた女神ヘスティアの方だった。
「か、神様? あの……それが理由で僕を睨んでたんじゃ?」
ステイタスの更新の際には他者は席を外すべき。自分がそれに気づかずに呆けていたことで、この主神に睨まれているのかとベルは思ったのだが、ヘスティアの様子を見るにそれが理由ではなかった事が彼にもわかった。
ベルに困惑した瞳を向けられたヘスティアは焦ったように両手をばたばたと動かしてごまかしにかかる。
「も、勿論知っていたさ……うん。ステイタスは大事だからね! それを覗き見ようだなんてイケナイことだぞベル君!」
「あ、はい……でもよく考えたら僕じゃ
「うっ!? い、いや……ステイタスの更新が終わったらボクが彼女に内容を説明しないといけないだろ! その時にキミがいたら――」
「あの、そもそもベルさんならリリは別に気にしませんけれど……」
「あ、こら! キミ!」
言い訳の口実にしていた相手からのまさかの裏切りにあい、ヘスティアが怒気を発する。
「そもそもヘスティア様はリリが居てもベルさんのステイタスは平気で更新してたじゃないですか?」
「うぐっ……そ、それは……その……」
ヘスティアはなんとか言い訳を重ねようとしたが、しかし何も思いつかないのか水中の魚のように口をパクパクとさせる事しか出来ない。
「あ、あの……僕もリリが相手だったらそれは気にしませんから別に構わないですけど……特に隠さなきゃいけないスキルとかも無いですし……」
ベルは金魚の真似をする己の主神を慌ててフォローするが、その為に言った自分の発言で軽くうなだれ、言い終わると同時に小さくため息が出てしまう。彼は今でもスキルや魔法、特別な力が欲しいと言う思いは変わっていない。それなのに、相変わらず自分のステイタスはその思いに応えてはくれない事に改めて落ち込んでしまう。
どうせ自分のステイタスは隠さなきゃならない様なものじゃないし、といじけるベルにリリは思わず声をあげる。
「ベルさん、それはダメです」
「えっ……何がだめなの?」
「リリを信用してくれるのは嬉しいですが、隠す様なステイタスじゃないなんて考えはしてはいけません」
「そ、そうなの?」
「そうなんです!」
思わず口出ししてしまったリリだが、自分の注意に戸惑う様子を見せるベルとリリの剣幕に横で目を丸くしているヘスティアを見て、これは自分がちゃんと言い聞かせねばならないと思い言葉を続けた。
「ヘスティア様もですが……冒険者にとってステイタスは何より隠すべきもの、それはわかりますよね?」
リリの言葉に二人はこくこくと頷く。
実際ヘスティアもベルに対してそう言い聞かせていたし、ベルもその言いつけはきちんと守っているつもりだった。
「ですがリリから見る限りお二人には警戒心がまったく足りていません」
しかしそんな二人をリリはばっさりと切り捨てる。
「ステイタスの隠匿と言うのは自分の持つ能力をただ知られなければ良いというものではありません。むしろ逆です……自分が能力を持っていない事こそ、隠さなければいけないのです」
「「能力を持っていないことを?」かい?」
ベルとヘスティアの声が重なる。二人の疑問の声にリリは「そうなのです」と頷いて説明を続けた。
「冒険者の世界は平和な物ではありません。荒っぽいとかそんな物ではなく、盗賊や山賊紛いの……いえ、それ以上の悪党すら平気で入り交じっているのが冒険者という人種なのです」
無力なサポーターとして多くの冒険者に関わり、そしてそう言った危険な相手を警戒し続けてきたリリの言葉には強い実感が籠もっている。その言葉に込められた冷ややかな熱に二人はごくりと喉を鳴らし続きを待った。
「そんな世界で自分の弱みを晒すのは外道を呼び寄せるのと同じ事。家に鍵をかけずに出かけていると往来で触れ回るに等しい行いです」
「むむむ……」
リリの言葉にヘスティアは腕組みをして唸る。
彼女は今更ながらに自分が、ステイタスは隠すべしとのヘファイストスに言われた言葉をそのまま鵜呑みにしていただけで、そのきちんとした理由を理解していなかったことを悟った。
「リリも自分は弱いですから~みたいな事をよく言ってたけ気がするけど、それは良かったの?」
「それは自覚した駆け引きです。相手を侮らせるため、油断させるため、同情を買うため……それに相手だってリリの言葉を鵜呑みになんかしませんよ」
「えっ!? そ、そうなの? 僕はリリがそう言った時普通に信じたけど……」
驚くベルに対してリリは呆れと、そしてどこか好意を滲ませながらため息をついた。
「だからベルさんはお人好しすぎるんです。 ……まぁリリはサポーターなんてやっていた時点で、実は強いかもしれないなんてハッタリはできませんでしたけど、それでも襲って奪おうとすれば逃げる為のスキルは持っているかもしれない。そういう含みを持たせる努力はして来ました」
そう語りながら、リリはかつての日々を思い返す。
今言った様な努力も小賢しい浅知恵の類にすぎないと頭の片隅でリリは自覚していた。実際にそれが意味をなさずにあっけなく奪われ痛めつけられた記憶は幾度もある。
しかしそれ以上に、自分の
「ベルさんはまだ私を雇ってすぐの頃にも無造作に自分はスキルとかは何も無いって言ってましたよね」
「そ、そうだっけ?」
リリの強い視線に晒されて、ベルは自分の頬に冷や汗が流れたのを感じる。
「ええ。今言ったようにそんな言葉は誰も鵜呑みにしませんからリリもあまり気にしていませんでしたが、手札を伏せたまま強いカードが無いと言うのと、強いカードがないから手札は晒して良いというのでは全く話が違います。お二人ともにそこをきちんと理解してください」
「う、うん……」
「わかったよ……」
ベルは頷きながら、過去の自分の言動を振り返っていた。
確かにリリに言ったことを覚えていなかったように、自分に能力がないと言うことに関してそれを秘匿しなければならないという意識はなかった気がする。そうして考えてみるとエイナを相手にした時などは、スキルが身につかないと言う様な愚痴を平気で口にしていた事を思い出した。
エイナはそれを自分への信頼故に話してくれていると思っていたのだろうか? それともリリの言うように口で言うことは鵜呑みには出来ないと思いながら聞いていたのだろうか? そんな疑問がふと彼の脳裏にわきあがった。しかしそんな事を聞いてもしょうがない……ベルはその疑問を頭から振り払う。
勿論ベル自身はエイナのことは信頼も信用もしている。彼女に自分のスキルが無いことを知られたとしても何の不安もないし、今後何らかのスキルが身についても必要ならそれを明かす事にも抵抗はない。それでも自分の今までの行いは良くなかったとベルは反省する。
例え相手がエイナであっても、理由もなくステイタスを見せてと言われれば自分は難色を示しただろう。それなのにスキルが無い、魔法が無いと平気で口にするというのでは余りにちぐはぐじゃあないかと。
(もしかしたらエイナさんは……僕に凄く信頼されてると思ってくれてたのかも……)
そして明かされた秘密を周りに漏らさないよう気をつけていてくれたのかもしれない。無自覚に晒した弱みで彼女に気を使わせてしまって居た可能性を考え、ベルは申し訳無さを感じた。
(今度また、エイナさんにお詫びにいかないとな……)
自省するベルを見て、リリは強く言い過ぎただろうかと思い笑顔を浮かべた。
「勿論それとは別に、お二人がリリのことを信用してくれてたのはわかっていますし、嬉しいです。だからリリも自分の能力は嘘偽り無く伝えましたし、これからもそうするつもりですから」
「うん……ありがとう、リリ」
リリが向けた信頼にベルは笑顔を返す。
ヘスティアは二人を見ながらコホンと咳払いをして、そこに加わろうとする。
「あー……勿論ボクもキミを信用して―――」
「あ、でもそれ以外の人に晒す理由は無いので、できればこれからはステイタスに
「―――なんだって?」
言いかけた言葉が驚きに変わる。
パチパチと目を瞬かせるヘスティアを見て、リリも驚きを見せた。
「えっと……
「え~っと……うん、聞いたことがないなぁ……」
弱々しくそう答えるヘスティアに、リリが小さくため息を吐いた。
「前々から何故ステイタスが丸見えなのかと思っていましたが、まさかご存知なかったとは……」
「えっ……ステイタスって隠す方法があったのかい!?」
呆れを含んだリリの言葉に驚くヘスティア。そんな彼女に対しリリは俗に
「そういえばエイナさんも前にステイタスを見られないように『鍵』を掛けておいた方が良いよって……あれ、ホームの戸締まりのことじゃなかったんだ……」
「そんな技術があったなんて……街で背中がむき出しのアマゾネス君なんかもステイタスが見えない理由はこれだったのか……」
感心する様子の一人と一柱を見て、リリは頭を抱えたい衝動に駆られた。
そしてふと浮かんだ疑問を、おずおずとその女神に尋ねた。
「あの……つかぬことをお聞きしますが、ヘスティア様は
「し、失敬だなキミは! そのぐらいちゃんとご存知だよ!」
「でも実際に誰かに
「うっ……それはそうだけど……」
そもそもヘスティアにとって眷属自体がベル一人だけであり、
「自信がおありでなかったら、
「い、いや! 大丈夫だよ! 確かにやったことはないけどやり方はちゃんと知ってる! 失敗したりとかはしないから!!」
「本当でしょうか……」
焦るヘスティアにリリが疑いの目を向ける。
そんな彼女をヘスティアは必死に宥めすかしてなんとか今
(ま、まずい! 折角向けられたボクへの信用が地に落ちていくじゃないか! くぅ~ヘファイストスめぇ!キミのせいでボクは大恥じゃないか!)
ヘスティアが頭の中で自分の面倒を見てくれた
確かにヘスティアに下界でのファミリアの運営に必要な基礎知識等を教えたのは彼女なので、完全な逆恨みとも言えないかも知れないが、しかし今までいくらでも疑問に思って聞きに行く事は出来たはずなのでこれについてはヘスティアの自業自得でしかない。
「と、とにかくそこのベッドに横になって―――」
リリの気が変わっては慌てて促すヘスティアが、先ほどと言葉の止め方をしてベルへと視線を向ける。
「……どうしたんですか、神様?」
そして繰り返される全く同じやり取りだったが、続くヘスティアの言葉は先程と違っていた。
「ステイタスに手を加えるんだから、彼女は上着を脱がなきゃいけないだろ! キミはさっさと出てけー!」
「あっ……は、はいぃぃぃ!」
一瞬の放心。
そしてヘスティアの言葉を理解した瞬間、ベルは一目散にホームを出る階段へと駆け込んで行くのだった。
階段を駆け上がっていく足音を背に、ヘスティアは八つ当たり気味に愚痴をこぼしていた。
「まったくベル君は鈍感なんだから……」
「……そうですね」
リリはヘスティアに同意して苦笑しながらベッドに腰掛けて上着を脱いでゆく。
「でも、リリがベルさんにならステイタスじゃない事も含めて見られても気にしませんと言ったら、ヘスティア様はどうされますか?」
悪戯心を滲ませて、リリはそんな問いをヘスティアに放ってみる。
「そんなの……ダメに決まってるだろ! だいたい、気にしないなんて嘘じゃないか! ボクに嘘は通じないよ!」
頬をふくらませるヘスティアに対し、リリはごめんなさいと笑いながら謝罪する。
たしかにベルに裸を見られたとしたら、気にしないとは言えないと彼女は思った。……ただし、それは必ずしも悪い意味とは言えないだろうとも。それでも、リリはヘスティアがベルのことを特別に好いているのは十分理解していた。だから、彼はとても好感が持てる少年だけれども、自分が彼に懸想するようなことがあってはいけないと彼女は思う。
ベルだけではなくヘスティアのことも、自分にとってもう大切な相手なのだから、と。
だから今の発言は冗談。そんな思いとともに彼女はベッドにうつ伏せになって横たわった。ヘスティアもそれを見て表情を引き締めると、リリの上に跨るようにして彼女の背に手を伸ばす。そしてヘスティアがリリの背中に触れるか触れないかというところで何かをなぞる様に指を滑らせると、むき出しになっていたリリの背中に淡い光を伴う刻印が浮かび上がっていく。
ソーマ・ファミリアの所属であることを表す
「うん、キミのステイタスは間違いなく
「はい……」
その言葉でリリの脳裏に茫洋とした雰囲気を持った神ソーマの姿がよぎり、彼女は胸を締め付けられた気がした。
「それじゃあ始めるね」
「……はい、お願いします」
ヘスティアはリリに再度その意思を問うようなことはせず、ただそれだけを言って儀式を始めた。指に小さな傷をつくり、そこから己の
(ソーマ様……)
己の中にあった主神の気配が失われていく気がして、リリは静かに目を瞑る。そして空白となっていく彼女の背に、ヘスティアが己の名を表す
『改宗』の儀式。
それが終わった時、リリの背にはしっかりとヘスティア・ファミリアの刻印が新たに刻み込まれていたのだった。
「これで今からキミは、ボクの大事な
「はい……ヘスティア様。ふつつかものですが、どうぞよろしくお願いします」
そんなリリの言葉にヘスティアがくすりと笑った。
「ふふ……なんだい、まるでボクと結婚したみたいな台詞だね?」
「え……な、何かおかしかったでしょうか?」
元々ソーマ・ファミリアに所属していた両親の元に生まれ、物心付く前からその団員であったリリにとっても、ファミリアに『入団』すると言う経験は初めてのものだった。それゆえに彼女は初めて聞いた歓迎の言葉に慌てて返答したのだが、改めて自分で言った内容を振り返ると確かにまるで新婚の夫婦が言うような台詞で、彼女は急に気恥ずかしくなり赤面してしまう。
そんなリリの様子を見ながら、ヘスティアは柔らかく微笑んだ。
「ううん、何もおかしくはないよ。うん……よろしく、リリルカ君」
「はい……」
背中越しに受けるその言葉に、リリの心が優しく暖められる。
これまでの経緯からヘスティアが根っからの
(なんでだろう……ヘスティア様にとっても、自分の眷属はやっぱり特別ってことですかね?)
ベルが彼女にとって『特別』なのは明らかで、自分はヘスティアの眷属になったとしてもその様な扱いを受けることは無いとは思っていたけれど、それでも自分の眷属となればやはりヘスティアの気持ちも変わるものだろうか。
あるいは自分の心境の違いでそう感じただけかもしれない。ヘスティアは元々変わりない優しさを向けてくれていたが、今までの自分がそれを素直に受け止められなかっただけなのだろうか。だとしたら彼女の眷属になって早速こんな風に感じ方が変わってしまう自分は、思っていたよりちょろい奴なのかも知れないと彼女は内心で笑う。
「このまま、ステイタスを更新していくね?」
「はい、お願いします」
あるいはその両方で自分とヘスティア両方の気持ちが変化した結果なのかもしれないし、そうではないかもしれない。それでも自分が思ったよりも素直にヘスティアに対して好意を感じられる事にリリは安堵した。きっとこの新しい
(今度……こそ……)
そんな希望と決意がないまぜになった様な思いを抱くリリの背中を、ヘスティアはゆっくりとなぞっていく。
彼女のうちに蓄えられた
それは文字通り、彼女の経験そのもの。
本来人の手に余る筈の強大なる
そしてそれ以外の、特別な経験も……。
彼女の想い。彼女の願い。ずっと覚えていることも、遥か彼方に忘れてしまったことも。得たものも、失ったものも。
全ては彼女の内に蓄えられていく。
神々は、それに形を与えるの。
それがただ与えるだけではない、
ヘスティアは自分の両の手のひらの内側で、ゆっくりと明滅しながら形を変えていく光を愛おしそうに撫でる。
(これが、キミの想いの結晶なんだね……)
彼女の中に降り積もり目覚めの刻を待っていた
突然、何かを打ち付ける様な連続した音とくぐもったうめき声を立てながら、二人がいる廃教会の地下室へ続く階段から何かが飛び出してくる。そして飛び出した勢いのまま床を転がると、壁に激突して部屋を揺らした。
「えっ!?……べ、ベル君!!」
「えっ……な、何がっ!?」
階段を転がり落ちて飛び込んできたもの……それは、あちこち傷だらけで血を滲ませたベル・クラネルだった。
慌ててヘスティアはベッドから転げ落ち、リリも身を起しながら脱いだ上着を胸元にたぐりよせた。
「神様!リリ! っくそぉ!」
驚く二人を横目で見やったベルは、歯を食いしばりながら立ち上がって階段へと駆け寄る。まるでそこを塞ごうとするかのように立ち塞がる彼を、しかし何か強くが跳ね飛ばした。
体ごと空中へと打ち上げられ、再度壁に激突するベル。
そしてベルがどけられてむき出しになった階段から、ゆっくりと姿を表し降りて来たのは―――
「ザニス……様……?」
リリが驚愕と共に目を見開く。
思わず口にしたが、その男の姿はリリの記憶にあるものとは随分と違っていた。
頬はこけ、髪も髭も野放図に伸びきり、理知的さを気取っていた眼鏡はなくむき出しの目が爛々と光っている。ぼろぼろに擦り切れたみすぼらしい衣服を身にまとったその姿は、とてもかつて一つのファミリア団長だったとは思えない。
それでもリリは確信していた。そこに居るのはリリが所属していたソーマ・ファミリアの元団長だった男。ザニス・ルストラだと。
そして彼もまた呼ばれた己の名に答えるように彼女へと視線をや向け、凶々しい笑みを浮かべながら彼女の名を呼ぶ。
「リリルカ・アーデェ……見つけたぞ! 探していたぞ!お前を、ずっとなぁぁ!」
彼女たちのホームを満たしていた筈の暖かな空気を吹き飛ばすように、その妄執が込められた叫びが地下室へと響き渡った。