「これは……」
「うん」
リリと二人、僕らはまだ濡れた石畳の上に倒れ伏す中年の狸人を見下ろしていた。
何しろその懐に入っていた酒瓶は、無残に割れはて中身は雨と共に流れさってしまっていたからだ。
「ま、まぁどうせこの人達をソーマ様の所へ引き渡さないと行けませんし……その時にまたお願いしてきますよ」
「う……うん」
ちょっと心苦しいけれど、こうなってしまった以上もう一度ソーマ様にお願いするしか無い。
「あ、でも……」
「なんですか?」
「ソーマ・ファミリアは今度こそ安全だろうし、それだったら僕も一緒に行って直接お願いしてみるよ」
「えぇっ、ベルさんがソーマ・ファミリアにですか?」
「うん、そのつもりだけど……ダメかな?」
「う~ん……」
リリは唸りながら考え込んでしまう。
でも前回は一緒に行くと逆に危ないからと説得されたけれど、今度は僕も引く気はない。
「わかりました。じゃあお願いします」
「うん。じゃあ……えっと、二人でこの人達を担いで行く?」
「いえ……それも無理ではないですが、この人達は脱獄者です。あちらも騒ぎになっているでしょうからまずはリリが行って事情を説明して来ます。それで人手を出して貰って戻ってきますよ」
「わかった……それじゃあ僕はここでこの人達を見張っていれば良いかな」
「はい。丁度あの方も来てくれたようですし」
「あの方?」
誰のことだろうと思ってリリの向いた先を見る。
そこはフラフラと覚束ない足取りの神様の手を引いてこちらにやってくるナァーザさんの姿があった。
「神様! ナァーザさん!」
僕が二人に手を振ると、ナァーザさんも笑って小さく手を振り返してくれる。
神様も僕の方を見て、こちらに向かって走り出そうとしてすぐに転んでしまった。
「か、神様っ!?」
慌てて駆け寄ろうとした僕をナァーザさんが止める。
「大丈夫……走りすぎて疲れているだけ。私だけ先にベル達と合流しておくと行ったのに、一緒に行くから連れて行けって聞かなかった……」
「そ、そうだったんですか……」
でも、神様がそこまでして走ってくれた理由を考えると、僕には感謝しかなかった。
「えっと、それじゃあリリは行きますね。事情はベルさんから話しておいて下さい」
「あ、うん。わかったよ……リリ、気をつけてね」
「はい、勿論です」
そうして立ち去っていくリリを見送っていると、その間に転んだ神様に手を貸して歩いてきたナァーザさんが僕の横に立った。
「あの子は、どこに?」
ナァーザさんはリリが去っていった方向を見ながら僕に問いかけた。
「えっとですね……」
僕は彼女に詳しい話を説明するのだった。
「そうなんだ……薬酒ね、そんな物が簡単に作れるなんて……ずるい」
「ずる……えぇっ?」
変なところで憤慨するナァーザさんに僕は驚いてしまう。横に居た神様も僕と同じ様な表情をしていた。
「ずるいって……確かにソーマはボク達の中でも並外れた変態だと思うけど、それでベル君が助かるんだから別に良いじゃないか」
しかしそう言った筈の神様は、自分の言葉に首をかしげてしまう。
「いや、そもそもベル君が苦しんでたのがソーマのせいじゃ……」
うんうんと唸る神様を横にナァーザさんが口を開いた。
「でも、そのせいで儲け損ねた……」
「え、どういうことですか?」
不思議がる僕にナァーザさんがその言葉の意味を説明してくれる。
なんでもここしばらくの間彼女はミアサ様と協力して、僕のあの
「やっと良さそうな試作品が出来る所まで来たのに……儲け損なった、残念」
そんな風に言うナァーザさんだけど、僕は彼女の言葉につい目頭が熱くなってしまう。
暫くの間薬舗で手伝いをしていたとは言え薬の事はまだまだ素人の僕でも、そんな薬が一朝一夕で作れるわけが無いことはわかる。
その試作品を作るために彼女とミアハ様がどれだけの努力を重ねてくれたのか……それを思うと改めて感謝の気持ちで胸が詰まりそうだった。
神様、リリ、ナァーザさん、ミアハ様、エイナさん……。
僕は本当に周りの人たちに助けられている。その有り難さが、今はとてもとても嬉しい。
(僕も、出来ることがあれば皆を助けなきゃ)
改めて、僕はそう胸に誓ったのだった。
「魔法が使えなくなった?」
「はい……ソーマ・ファミリアに行く途中、念のために変身しておこうと魔法を唱えたのですが……」
「けど、使えなかったんだ……うーん、何か心当たりはないの?」
「それがさっぱりで」
「そっか……ごめん、僕も全然わからないや」
「ですよね」
「スキルと魔法が……消えてる?」
「うん。一応稀にだけれどそう言う事はあるらしい……とは言えボクがこの目でそれを見ることになるとは思わなかったよ」
「…………」
「あぁ、ごめん。キミにはショックだよね」
「いえ、そのような事は……」
「無理しなくていいよ。でもキミのこの新しい力……誇って良いものだとボクは思うな」
リリルカ・アーデ
LV.1
力:E 421 耐久:E 472 器用:F 303 敏腕:F 388 魔力:E 404
《魔法》
【■■■■■】
《スキル》
【守護献士】
・常に装備可能な武装の重量に補正。
・力と耐久が上昇。他者を守る為の戦いで効果発動。対象との絆により効果向上。
「これが……リリの力……」
「さぁ、今日もバリバリダンジョンに行きますよ!」
「う、うん……最近なんだかすごくやる気だね」
「当然です。もっともっと先へ進むのでしょう? だったら怠けている暇なんてありません」
「え、でもリリは……」
「勿論、これからもずっと一緒です。だって私達は、パーティなんですから」
「リリ!」
「えぇっ!? ギルドをクビにっ!?」
「うん……まぁ一応自主退職って形なんだけどね」
「な、なんでエイナさんがそんなことに……も、もしかして?」
「うん……ソーマ・ファミリアの一見、結局バレちゃって。やったことが悪事じゃないから罰を受けたわけじゃないけど、公平性欠いた姿勢はギルド職員として不適格だって事になっちゃって……」
「そ、そんな……僕達のためにそんなことに」
「あはは、それは良いの。私も間違った事をしたとは思ってないし後悔もしてないから」
「エイナさん……」
「ただ、これからの身の振り方がね~」
「……えっと?」
「んもう、ニブいなぁ君は……私をヘスティア・ファミリアに入れて貰えないかってこと!」
「え、えぇっ!? エイナさんが僕達のファミリアに!?」
「さぁさぁエイナ様! このリリがサポーターのいろはをたっぷりを仕込んで差し上げます!」
「ベ、ベルく~ん。この娘すごいスパルタなんだけどっ!?」
「あ、あははは……」
「それで、話ってなんだいヘファイストス」
「それなんだけど……どうなの? 最近のあんたのファミリアは」
「よく聞いてくれたね。なんと二人も
「え、アンタのところに新人が二人も……? ウソはついていないでしょうね」
「失敬だなキミは! そんなウソつくわけないだろ!」
「ふぅん……でもあんたを含めて4人も人数がいて、あのホームで暮らせるの?」
「う……一人は今宿ぐらししてる」
「え、ひどっ」
「う、うるさい! それを用意したキミに言われたくないよっ!」
「ごめんごめん、悪いとは思っているわよ」
「うう~」
「だか今日あんたを呼んだのはね。もうちょっとまともなホームを紹介してあげようかって―――」
「ほ、本当かいっ!?」
「――思ったんだけど……えぇ、ほんとよ?」
「ヘ、ヘファイストスぅぅ~~」
「あ、こら! 抱きつかないの! 鬱陶しい!!」
「やっぱり持つべきものは神友だよ~~!」
「あー、うるさい! とにかくいくつか見繕ってあげたから、その中から―――」
「これが、新しい僕達のホーム……」
「こぢんまりとして可愛い家ですね」
「ふふん、そうだろぅそうだろぅ」
「あ、内装はまだ何も無いんですね」
「そうなんだ。だから家具選びから始めないとね~」
「なんだか楽しみですね、神様!」
「…………」
「何を迷っているのだ、ナァーザよ」
「ミアハ様、私は……」
「お前の心は決まっているはずだ。違うか?」
「でも……」
「ナァーザよ、それで良いのだ。お前が新たな新たな一歩を踏み出そうというのなら、私はそれを祝福しよう」
「ミアハ様……」
「ベル……これ」
「これ……錠剤? これがどうかしたんですか? ナァーザさん」
「うちの新製品」
「あ、新製品ができたんですか。どんな効果があるんです?」
「
「こ、興奮剤ですか? どう使うものなんです?」
「効果中は少し冷静さが損なわれるけど、筋力が増して痛みや恐怖なんか強くなる……」
「へぇ……冷静じゃなくなるのは怖いけど効果は凄いですね。どのくらい持つんですか?」
「一錠で四時間は持つ筈」
「それは……凄いですね」
「そう。安定した効果を長く発揮するように作るのが一番苦労した所……」
「この薬の効果だったら、時間は逆に短いほうが使いやすくないですか?」
「でも……これなら慢性的な精神への悪影響を抑えることにも使えるから……」
「ナァーザさん、じゃあこれは……」
「うん。ベルの事は解決したからもう良いけど……ただ、これを使えば、
「え、それって……」
「ベルは前、私に仲間になって欲しい……そう言ったよね。まだあの言葉は有効?」
「あ、あれはっ……あの時は動揺してて……」
「……じゃあ、私はいらない?」
「ナァーザさんがいらないだなんて、そんなこと絶対ないです!」
「なるほどなるほど……確かに彼は大成しないだろう。けれど自分の限界を感じながらも、諦めることもないか……ヘスティアの眷属じゃなければ、うちに誘いたかったな~」
「……そこまでの相手ですか?」
「アスフィ、君だってわかってるだろう?」
「それは……」
「よし、決めた! 今度の仕事は彼にも手伝って貰うことにしよう」
「なっ!? 待って下さい。確かにあの姿勢は認めますが、次の仕事に関わらせるには純粋に実力が……」
「だが俺たちだけじゃ手が足りない、そうだろ?」
「ですが……」
「それじゃあ賭けをしよう、アスフィ。危険性はきちんと説明する。その上で彼等が話に乗るかどうかってのはどうだい?」
「……それでは賭けが成立しませんよ」
「なんだ、やっぱりアスフィも随分彼を買ってるんじゃあないか」
「それとこれとは話が別です」
「そうかもな……だが、誰かがやらなきゃならんことだ。見過ごさないさ、彼はきっとね」
「神様……」
「なんだいベル君」
「どうしたらスキルって身につくんでしょうか?」
「それは……エイナ君のことでかい?」
「はい。皆強いスキルを身に着けてるのに、なんで僕だけまだ何もないんでしょうか」
「キミは、力不足を感じているのかい?」
「いえ、こうしてLVだってあがりましたし……勿論僕なんか強い人からみたら全然ですけど、やれることはまだ色々ある筈ですし」
「うん、そうだね……キミの言う通りだ」
「……神様?」
「でも、キミにスキルが身につかないのは、たぶんそのせいだと思う」
「どういうことですか?」
「キミはいつだってそうだった。どんな困難にも、嘆くより最善を尽くしてきた。その時自分に出来ることを探して、可能な限りの力を振り絞ってきた」
「…………」
「そしてキミは、ただ無力に嘆くことも、未知なる力……自分の可能性に賭けて突き進む事も、しなかったんだ」
「でも神様……」
「それは悪いことじゃないよ。むしろキミのそんな所を、ボクは誇りに思っているんだ。けれどね、キミが新しい力を望むのであれば……そう、それはキミが心から望まなければならない」
「心から、望まなければ……」
「変革を望み、成長を望み……そして最後はそれが出来ると信じることさ。自分を疑うなとは言わない……けれど、自分には出来ないと最初から諦めていたら、どんな可能性も答えてくれないとボクは思うよ」
「神様……でも、僕は……僕は……」