ポーション。
丈夫な試験管につまったどこか神秘的な青い溶液。
体力の回復と自然治癒の増進効果があって、冒険者なら飲んだ事が無い人はいないと言う程のおなじみの品。
特有の甘みがあって、初めて飲んだ時は不思議なジュースみたいだと思った記憶がある。冒険者の中には甘ったるいとこの味も嫌う人もいるらしいけれど、僕はそんなポーションを単純に甘くておいしいと思っていた。
そんな定番の薬だけれど、実はこの薬の
ナァーザさん曰く「ポーションの原料なんて、幾らでも代用がきく……」だそうで、同じような薬効のある素材を組み合わせて調整すれば、大体似たようなものにはできるのだ。
だから一口にポーションと言っても、各製薬のファミリアによって実は作り方も原価も効能も微妙に違っているのだ。
酷いところになると水で薄めて味を砂糖で誤魔化して売ったりする所もあるらしい。実はナァーザさんも、前に気付かなそうな客には水で薄めて……なんて言い出した事もあるけれど全力で止めた事がある。
そんな悪辣な目的だけじゃなくても、強力で高価な素材を使って基本の溶液を作り、あえて希釈してから作る事で一度に大量に、かつ品質の揃ったポーションを作る。なんて手法もあって色々と工夫のしどころのある製薬のファミリアの腕の見せ所なのだとか。
それなのに、冒険者が皆同一の薬だと思うほど似通った物になっているのは実はちゃんとした理由がある。
それが、
ダンジョンで取れる素材は、基本的に外でとれるものより効能の桁が一つ上なのだ。
たとえ低階層でいくらでも取れるようなものであっても、苦労して森に分け入って採り集めた薬草だけで同じものを作るより、ずっと簡単に、安価に、安定した効能の薬が出来る。
そんな素材を毎日毎日冒険者が大量にとってきて出回っているのだから、どうしたってオラリオの薬師が行う調合はそれが主原料になる。
だから効率を求めると、一般的な薬に関しては最終的にほとんどの製薬のファミリア間で似たり寄ったりな物になってしまうのだとか。
「そう、そのぐらい迷宮の素材は優秀……でもそれが仇になることもある……」
ナァーザさんはそう言うとかなり古びたぼろぼろの本を取り出して開くと、あるページを指で指し示しながら僕に説明してくれた。
「これはオラリオが出来る前、神が降りてくる前の古い製薬について記録してある本。見て……」
彼女の手袋をまとった指の先にあるのは、かなり古いポーションの作り方で、複数の薬草を組み合わせて薬効を抽出し作っていた事が示されている。今と比べるとかなり大変そうな作り方だ。
「迷宮の素材はどれも強い魔力が宿っていて、それだけで強い効果を示す。でも、逆にそのせいで相反する性質を持ったものをうまく混ぜ合わせる事は凄く難しい……」
だから例えば、
エリクサーのように幾つもの効果を併せ持つ万能の薬もあるけれど、あれはメインとなる素材自体がそういった万能で強力な効能を示すものを使って作るから出来上がるものなのだとか。
「だから私は、迷宮の素材と都市外の天然素材を組み合わせることを考えたの……」
そしてその考えがある程度上手く行くのは既に実証済みらしかった。
今までそれを使って、いくつかの既存の薬の原価を抑えることに成功したのだそうだ。
「もう、目星もついてる。今までの話と矛盾するようだけれど、迷宮の素材と組み合わせるには都市外で取れるものであっても迷宮由来のものであった方が相性が良い……」
ナァーザさんのその言葉に、僕はあれっ? と首をかしげた。
「えっと、都市外で取れる素材を使うんですよね。それなのに迷宮由来の素材ってどういうことですか?」
「ベル、鈍い……答えはね……」
ナァーザさんがそう言いかけた所で、作業部屋のドアがバタン、と音を立てて開かれて彼女の言葉は途切れてしまう。
「ベル君! それにナァーザ君! さぁさぁごはんの時間だよ。ミアハも呼んだからみんなで昼食にしようじゃないか!」
そういって元気一杯に部屋に飛び込んできたのはエプロン姿の僕の神様だ。神様は僕達が通常業務の間に研究の時間が取れるようにと、今この青の薬舗での家事等の一切を引き受けてくれているのだった。
「うん、わかった。行こ……ベル……」
ナァーザさんはパタリと本を閉じると、その本を小脇にかかえて椅子から立ち上がる。僕もそれに倣って椅子を立ち、神様も含めて三人でリビングへと向かった。
そこには既にミアハ様がいて皆の分のお皿や食器、水の入ったコップなんかを並べていてくれた。
余談だけれど、この青の薬舗は僕達のホームと違ってそれなりに広い。書庫や素材の保管室なんかもそれぞれ個別にあるぐらいだ。外見からは小さな(ぼろい)一軒家と言う風采だけれど。
勿論、かつてはそれなりに隆盛を誇ったファミリアだったそうだから、
ただし、お金に返られる家具やらアイテムやらは全て売り払ってしまったそうで、今はちょっとぼろさが目立っている感じだった。
「おぉ、ナァーザよ。書庫にあった資料から目的の効能をもった素材の抜き出しは終わっておるぞ。あとは今現在のそれらの生息地などを確認するところだ」
「こんなに早く……ミアハ様、ありがとう……」
「うむ、それでは食事にしようではないか」
「……はい」
ミアハ様の言葉を合図にするようにして、皆が席に着いた。
四角いテーブルの中央には大皿があって、そこにはこれでもかと言うぐらいの山盛りのパスタが鎮座している。
「さぁ、今日の昼食はボク特製ミートボールスパゲッティだぜ! 冷めないうちに食べておくれよー」
「わっ、良い匂いですね~」
「うん、美味しそう……」
「うーむ、あのヘスティアがまさかこんなに普通に料理ができるとはな……」
「ちょっとミアハどう言う意味だいそれ!!」
「どういう意味もなにもそなた天界ではいつもぐーたら「わ~~~~!ベル君の前でなんてこと言うんだい。ベル君、ミアハの言う事を信じるんじゃないぞ!」」
「あ、アハハ……」
そんな光景に笑いながら食事をしていると、借金返済の為に集まった筈なのになんだか賑やかでいいなぁと僕は思ってしまうのだった。
「そうそうベル、さっきの話だけれど……」
ナァーザさんがフォーク片手にもぐもぐとパスタを食べる合間に話しかけてくる。
礼儀にうるさい人だったら顔をしかめるような光景かもしれないけれど、ここにいる四人は僕も含めて皆そういうことには無頓着だった。
僕を育ててくれた祖父曰く――「食事は楽しむことが一番! 嫌がるものがいないよう場にあったマナーは必要じゃが、それに縛られて頭を固くしてはいかん!」だそうだ。
「はい。都市外でとれるけれど迷宮由来の素材って言う話ですよね?」
「そう……それはつまり、迷宮から出て外界で野生化したモンスターから取れる素材……ミアハ様には昔ポーションに使われていたそれらの素材と、そのモンスターが住み着いている現在の場所を調べて貰ってた……」
「うむ。我々が下界に降りる前はマジックポーションと言うものはほとんど使われていなかったから、主に肉体を回復する効能のポーションのものだがな」
「なるほど……外にいるモンスターから取れる素材ですか」
そういえば昔僕も故郷でゴブリンに襲われた事があったのを思い出す。
それら外界にいる魔物も、元は全てここオラリオのダンジョンから出たものだと言う話だから、確かにそれは外界で取れる天然の迷宮由来素材と言うに相応しかった。
ん? でもそれって素材を取るのにモンスターと戦う必要があるんじゃないだろうか。
食事を終えて調合室に戻った後、通常の売り物のポーションを作りながらナァーザさんにその事を聞いてみると―――
「それはそう。でも心配はいらない……外界に定着した魔物は迷宮にいるものよりずっと弱い……。それに、事前に情報を調べていくし迷宮とは違うから関係ない魔物が湧いてきて囲まれるとかはしない……」
なるほど、そういうことなら僕たちでもなんとかなるのだろうか。
ちなみに迷宮素材と一緒に
「ベル……無警戒すぎる……迷宮でのクエストはいつもの事だから目立たないけど、都市外の素材採取の発注なんかして新薬を発表したしりたらすぐに
そう言ってナァーザさんはやれやれとため息をつくと、こちらを横目で見ながら小声で「ベル……バカ……お人よし……」とチクチクと苛めてくる。
でも、それもそうか。
ナァーザさんの話に納得してしまった僕には何も反論できず、苦笑いをしてやり過ごしながら、ひたすらポーションを調合するのだった。
そしてついに、下調べが終わり実際にオラリオの外へ出て素材を取りに行く段階がやって来る。
相談の結果、護衛の手がないということで神様達には留守番をしてもらうことにし、街の外へは僕とナァーザさんの二人で素材を採りに行く事になった。
出発の日の早朝、商人から馬車をかりて荷造りを済ませていると、神様が青の薬舗の脇からちょいちょいと僕に手招きしているのが見えた。
(なんだろう?)
荷造りを続けるナァーザさんに一言断って、僕は神様の方へと軽く駆け寄る。
「神様、どうしたんですか?」
「いいからベル君。こっちに来たまえ」
そう言って神様は僕の袖を掴んでずるずると建物の影に引き摺り込むと、サッサッと周りを見回して警戒する。
そうして誰もいないことを確認すると、僕の眼前にむかってその小さな人差し指をビシィと突きつけて来た。
「いいかいベル君。今回ボクが付いていけないのは、ひっじょ~~~うに不愉快だが事情が事情だししょうがないと思っている」
「は、はぁ……すいません」
「でもだよ! ボクがいなくて女の子と二人っきりだからって……ミアハの所の子と間違いを犯すような事をしたらぁぁぁぁ……」
言いながら神様は僕に突きつけていた指を収めると、今度は親指を立てて自分の首元へと持っていく。そして―――
「ただじゃおかないぜ?」
ビシュッ、と親指を横に薙いで首を掻ききる真似をする神様。
「わ、わかりました……」
元からそんな気はある筈もないのだけれど……神様の無駄な迫力に押されて、僕は神妙に承知の意を返すのだった。
神様達の見送りを受けてオラリオを出発し、街道を進んでゴトゴトと揺れる馬車の荷台の上から、僕は御者台に座るナァーザさんにチラリと視線を向ける。
整備されたまっすぐな街道に加えて、周りは見晴らしのいい草原になっている。その為特に馬を御する必要もなく彼女はぼんやりと景色を眺めているようだった。
榛色の髪を風に揺らし、瞼がゆるく降りた紫紺の瞳。
(美人だなー……)
絶世の、だなんて言葉は付かないだろうけれど、すっきりと整った顔の造作はその眠たげな表情と相まってミステリアスな魅力があった。
かと思えばその耳と尻尾が存在を主張して、どこか微笑ましい可愛らしさも同居している。
二人きりだからって間違いを犯したら―――そんな神様の言葉がつい脳裏をリフレインして、自分の唾を飲み込む音が何故かやたらと大きく感じられた。
じっと見つめすぎていたせいか、視線を感じたナァーザさんがこちらを振り返る。
「……なに、ベル」
「な、なんでもないですっ」
慌てて顔を逸らす。
だめだ、神様にあんな事を言われたせいで、妙にナァーザさんの事を意識してしまう。
「えっと、最初の目的地ってあとどれくらいでしたっけ?」
「このまま、二時間もすればつくんじゃないかな……そこでの素材がすんなり取れれば、次の目的地まで行ってから野営はできると思う……」
野営
(そういえば泊りがけなんだった……)
今回の新薬の鍵になる外界に定着したモンスターから取れる素材。
その候補をいくつかに絞り込んだ僕達は、どうせ都市外へでるなら一度に全て採取してきてしまった方が良いと結論付けて、ぐるっと採取地をめぐるルートを数日かけてめぐる予定を立てていたんだ。
だから食料や水、炊飯器具にテント等の野営道具もきちんと持ってきている。
(テントって、一つだけだったよね……)
積載量にそれほど余裕はないので水と食料以外の荷物は極力厳選してある。だからテントも二人が何とかはいれる小さなものが一つだけだ。
それを決めた時は、ひたすら予想される日数と水や食料の余裕、帰りに積み込むことになる素材の重量とスペース等で問題がないか計算に必死で、テントで寝る時にどうなるかなんて全く頭になかった。
間違いを犯したらただじゃおかないぜ?
神様の声が聞こえた気がした。
(今日の夜、ちゃんと眠れるかな……)
こうして僕達の素材採取の旅は、どうにも締まらない出発で始まったのだった。
道なりに馬車を進めて行くと、だんだんと草が疎らになりむき出しの地面が多くなっていく。
ナァーザさんの言葉通り、二時間ほどたった頃には草原はすっかり姿を消して、僕等の周りは赤茶けた地面と無数の巨岩が地面に突き立つ荒野へと変わっていた。
「ここが最初の目的地ですか?」
「たぶん、そう。シナクイの荒野……」
ナァーザさんの言葉を追うように乾いた風が吹き、土埃が舞い上がる。
(うう……喉がイガイガする)
まさにザ・荒野って感じの場所だ。ここで採らなきゃいけない予定の素材は―――
「トロールの血液、でしたっけ」
「そう……。再生力の高いトロールの血液は、回復薬や強壮剤の材料として太古から珍重されてきた……」
トロール。これも有名なモンスターだ。
ミノタウロスのように特に何か逸話があるわけじゃないけれど、巨躯と怪力、そして瞬く間に傷が治る再生力というイメージは有名だと思う。
オラリオのダンジョンならトロールは中層の後半から出現するようになるモンスターの筈だ。当然僕は実物なんて見た事はない。
「僕達だけでトロールの相手なんて、本当に大丈夫なんでしょうか?」
「ベル……臆病……何度も説明したのに」
ナァーザさんを疑っているわけじゃ無いのだけれど、迷宮内であればあのミノタウロスよりも更に強い相手だと思うと、どうしても一抹の不安が拭えないのだ。
「じゃあ、御者、代わって……」
「はい」
言われるままに僕は御者台へと移動した。
手綱を握ってゆっくりと荷馬車を走らせる。ナァーザさんは荷台で荷物から大きな弓を取り出して、弦をかけているようだった。
しばらく荷馬車を走らせているとナァーザさんが声を発した。
「ベル、あっち……」
その声に僕は荷台を振り向くと、彼女は馬車の右の方向を見つめている。
馬車を止めて僕もそちらを注視する。そうすると遠くで何かが動いているのが見えた。
「あれでしょうか?」
「たぶん、そう」
僕達は頷き合うと、馬車の向きを変えてトロールとおぼしき影の方へと荷馬車を走らせる。やがてその姿がはっきりと見えるようになると、あちらもこちらに気付いたようで、大股でのっしのっしと近づいてくるようだった。
棍棒のようなものを持って、砂色の肌をした身長6メドル程の三体の巨人。……間違いない、トロールだ。
「この辺で、良い……」
ナァーザさんが弓に矢を軽く番えてそう告げる。僕はそれを聞いて荷馬車の向きをトロールに背を向ける形へと変えた。
ナァーザさんは荷台から降りると、トロール達に向けて弓を構える。ギリリリリ、と引き絞られた弓が音を立てる。
普段はいつも眠そうに下がっている瞼が見開かれ、鋭い目付きで標的を見据えているのを僕は軽い驚きと共に眺めていた。
自分の身の丈程もあろうかという長弓を、目一杯引き絞った彼女の左手がその手に持った矢を解き放つ。
蓄えられた張力を受けた矢が、風を切り裂くような速度で飛んでトロールの頭へと突き刺さる。
(すごい!)
弓を使うとは聞いていたけれど、まさかこんなに凄かったなんて。
今の矢の速度と力強さは、自分がそれに狙われたとしてもとても防げる気がしない。
加えてこの距離で初撃をあっさりと狙い辛い頭部に命中させる精度。
(こんなに凄い人でも、大怪我をして冒険者を辞めざるを得なくなったりするのか……)
そんな考えがよぎるのを、頭を振って無理やり追い出す。
今はそんな事を考えている場合じゃない。
突然の攻撃に怒り狂った残り二体のトロール達が、唸り声をあげてこちらへドシンドシンと走り始める。
「走って来てます!」
僕がそう言った時には、彼女は既に二射目の矢を番えて弓を引き絞る所だった。
先ほどよりも僅かに長い集中。大きなストロークで走るトロールの巨体は荒く揺れ動いていて、頭等は狙いもつけ辛そうに見える。
そんな僕の心配を歯牙にかけず、放たれた二射目はこちらへ走るトロールの太ももへとあっさりと突き刺さった。
矢を受けた衝撃と痛みから、大きく転倒して地面を転がるトロール。それに目もくれずナァーザさんはぴょんと荷台に飛び乗った。
「ベル、出して……」
「は、はいっ」
僕はあわてて馬に鞭を入れる。
荷馬車が走りだし、こちらを追う最後のトロールとゆっくりと距離が離れ始める。
トロールは巨体だけれど、動きの鈍さに体重の重さが加わって走る速度はたいしたことがない。しかも外界のそれは迷宮のものより身体能力で大分劣っているから尚更のはず。
狭いダンジョン内で囲まれたり別のモンスターと一緒にでれば脅威だけれど、見晴らしの良い荒野で遠くから発見して遠隔武器を用いればたぶん楽勝。
まさにそう説明したナァーザさんの言葉通りの展開になった。
少し距離を離した後に馬車を止めると、再び彼女の弓が唸りをあげる。
胴体に矢を受けたトロールは叫び声を上げながらこちらへ走り続けるけれど、二の矢三の矢と容赦なく撃ち込まれ、遂には地面へと倒れ伏す。
残ったのは足に矢を受けて足取りが鈍ったトロールだけだった。
この相手もナァーザさんは容赦なく矢を撃ち込んであっさりと倒してしまう。
戦いと言う程の物さえ起こらない。
僕は適切に運用された遠隔武器の恐ろしさを目の当たりにして身震いをしたのだった。
そんな僕をナァーザさんがまた眠そうに戻った瞳でじぃーっと見つめてくる。
「な、なんですか?」
「何してるの……早く……」
「…………あっ!?」
何が早くなんだろう、と一瞬考えこんだあとに気付く。そうだった、ここへは素材を採るために来たんだった。
採るべきはトロールの血液。なので倒れた相手の鼓動が完全に止まる前に、血抜きをしなきゃならないのだった。
僕は急いで倒れたトロールへと馬車を走らせた。
荷台に用意してあった小さな瓶に、トロールの血液を入れていく。
トロールの血は悪臭を放っていて参ったけれど、保存薬と一緒に瓶に入れ終わって封をすると匂いも収まった。
作業自体が終わった事もあってほっと一息つく。
それにしても、ダンジョンのモンスターは魔石を抜くか砕くかすると砂のように崩れて消えてしまうのに、どうして外界にでたモンスターの体はこうやって消えない血肉を備えたものに代わっていくのだろうか。
そんな疑問を抱いたりしながら作業を終えた僕は、ナァーザさんとお互いを労い合う。
「ナァーザさん、お疲れ様です」
「うん、ベルも……」
「僕なんか全然何もしてないです。トロールを倒すのはナァーザさんが全部やっちゃいましたし……そう、あんまり強くてびっくりしました」
「これでも、LV.2だからね……それにこいつらは大して強くない。たぶん、キラーアントよりちょっと強いぐらいかな。ベルでも一対一なら無理じゃない相手だよ」
キラーアントと言えば7階層以降に出ると言う初心者殺しと名高いモンスターだ。僕はまだ戦ったことが無い。
それと同等だと言う相手に対して、一対一と言っても僕が勝てるかは疑問だったけれど……それよりも今の彼女のセリフには驚くべき言葉があった。
「え、ナァーザさんって、LV.2だったんですか?」
元冒険者とは聞いていたけれど、まさか上級冒険者だったなんて……。
「うん……中層までは行けたんだけどね、そこでモンスターに丸焼きにされて……四肢をぐちゃぐちゃに食い荒らされちゃったんだ」
「え―――」
「なんとか仲間に救出されて、右腕以外は、治癒できたんだけれどね……。それからかな、今みたいに遠くから狙うだけなら良いんだけれど、モンスターと近い距離で対峙しちゃうと震えが止まらなくて何もできなくなってしまったの……」
突然語られた凄惨なナァーザさんの過去に、僕は言葉を失ってしまう。
「……あ、ごめん。嫌な話をしちゃったね」
「あ、い、いえっ……」
「とにかく、ダンジョンを探索する時は気をつけたほうがいいよ……。私はランクアップするのに六年かかったけど……強くなったと思っていても、失う時は一瞬で失っちゃうから」
「……はい」
悲しげに言うナァーザさんに、僕はただそう答えることしか出来なかった。
ダンジョンは
それなのに何故、僕は未だにあそこへ潜ることを止めないのだろうか。
ナァーザさんのように、冒険者を辞めて他の道へ行くのが普通じゃないだろうか。
僕なんか別に冒険者として収入や栄誉を得ていたわけじゃない。今やめたって、失うものなんか無いはずなのに。
今でもあの迷宮の中にいると、嫌な思いでいっぱいになる……。
それなのにどうしても、迷宮へ行かなきゃならないと言う衝動に襲われる日がある。
この新薬がうまくできて、ミアハ・ファミリアの収入が改善したら、そのまま薬師見習いとして雇って貰う事もできるかもしれない。
神様みたいに、街中の普通のアルバイトとか仕事を探して生計を立てたっていい筈だ。
なのに、僕を迷宮へ縛り付けるこの思いはいったいどこからくるんだろう……。
僕は突然に浮かんだ疑問を胸に抱えたまま、ナァーザさんと馬車へ乗り込んだのだった。
その日、次の目的地に到着した所で野営の準備を整える。
焚き火を炊いて簡素な野外料理を二人で食べ、火の始末をしてテントへと入る。
狭いテントの中、隣には毛布に包まれたナァーザさんが横になっている。いつもの僕だったら気になってとても眠れないであろう
でもその日の僕は、そのことが少しも気にならなかった……。