たとえ英雄になれないとしても   作:クロエック

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望んだ物は

「ナァーザさんっ!!!」

 

 焦りと怒りの篭った僕の叫びに応えたのは、ブラッドサウルス達だけだった。

 

 僕は絶望的な逃走をはじめた。

 森の奥、木々がもっと密集した場所へ。それだけが僕の最後の希望だった。

 それなりの間隔をあけて生えている樹木達を繋ぐように、少しでもブラッドサウルス達が僕を追い辛いように。

 転げ周り、飛び跳ねて、泥だらけの落ち葉塗れになりながら必死で走る。

 

 追い詰められて必死になった力なのか、それとも唯の幸運か。三匹のブラッドサウルス達が我を争うように僕を喰おうとして、お互いの体を押しのけあって足を引っ張っている勢もあったと思う。

 

 僕は奇跡的にここまで逃げ延びる事ができた。

 そしてここまでが僕の限界だったみたいだ。

 

「ああああああああああああああっっっ!!!」

 

 必死で走り続け息もとっくに絶え絶えだった筈なのに、どこにこんな声を出すための呼吸が残っていたんだろう。

 どこか自分の喉から搾り出されたものとは思えない声が密林に響き渡る。

 視界が振り回されて、天地の感覚がめちゃくちゃになる。なにより、左腕が燃えるように熱い。

 

 僕はブラッドサウルスの顎に左腕を食いつかれて、体ごと持ち上げられて振り回されていた。

 奴が顔を振るたびに、左腕から灼熱のような痛みが脳に流し込まれる。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!!」

 

 痛みが希望を押しつぶしていく。その代わりに心の中をしめるのは諦めと、無力感と、嘆きだった。

 

 ―――どうして

 

     ―――もうだめだ

 

  ―――ナァーザさん

 

       ―――痛い痛い痛い痛い

 

 

 無秩序に暴れる様々な思いに身を任せ、僕は考えるのを止めた。手足から力を抜けて体がだらりと脱力して垂れ下がる。

 

「グルルルルルルルルゥゥゥ」

 

 獲物の体力が尽きた事を感じ取ったのか、奴は僕を振り回すのを止めて動きを止める。

 その顎の横からかろうじて繋がっている左腕支えに垂れ下がる僕を、奴の瞳が見下ろしていた。

 

 僕と奴の目が合った。

 

 血に飢えた奴の瞳が僕の心を覗き込む。

 

 ・・・・・・そして僕はただ、諦めていた。

 

 その僕の有り様に満足したのか、奴が首をたわめるとその反動で一気に頭を振り上げて顎を開く。

 ぽーーんと空中に投げ出された僕は、奇妙にゆっくりになった景色のなかで、眼下にその顎をいっぱいに開かせて僕を飲み込もうと待ち構える奴を見ていた。

 

 ゆっくりと、僕はその開いた口へと落ちていく。

 僕はそれを無感動に眺めていた。

 空中で回る体にあわせて動く僕の視線が奴と交錯する。

 僕がその口へと飛び込んでくるのを今か今かと待ち構えている奴の瞳と―――

 

 ―――その、唯一残った奴の左目を僕は見た。 

 

 僕は、反射的に剣を抜いていた。

 あの人の残した、折れた剣を。

 

 奴が僕をその顎に収めようとする。

 僕は全力で体を捻り、閉じてくる下顎を思い切り蹴りつけた。

 ぞぶりと体の中に音が響き、わき腹がカっと熱くなるけれど・・・・・・無視する。

 

 蹴り足に力をこめて体を必死にのばす。

 そうして奴の残った左目に、僕は逆手に持った折れた剣を全力で突き刺した。

 

「ギャオオオオオオオオオオオンンンン!!!!?」

 

 奴が叫び、無茶苦茶に暴れまわる。

 僕は全身で必死に奴の顔に張り付いて、奴の左目を剣でめちゃくちゃに抉り続けた。

 

 両目を奪われ、閉ざされた視界と激しい痛みに奴は暴れまわり滅茶苦茶に駆け出す。

 

 僕は必死で奴にしがみつき、そして幾らもしないうちに限界を迎え、やつの頭から投げ出され地面をバウンドしながら激しく転がった。

 奴はそんな僕のことなど眼中になく、まぁもう眼自体がないのだが・・・・・・痛みのままに叫び、暴れながらどこかへ走り去っていった。

 他の二頭はどうしたのかは、わからない。奴が暴れだした時に付いてきていたのか、今どうしているのか・・・・・・。

 わかっているのは、今ここにいるのは僕だけだと言う事だった。

 

 

 ・・・・・・・・・助かったのだろうか?

 正直に言えば、実感がない。

 極限状態でまともな思考ができなくなっているせいで、実はまったく助かっておらずに今目の前に死が迫っているのに気付いていないだけのような気もする。

 

 ・・・・・・。とりあえず、このままだと死んでしまう。

 左腕はかろうじて肩からぶら下っているだけの破れ掛けたボロ雑巾のようだし、わき腹に関しては妙に重さが軽く、確認する気になれない。

 体にくくり付けたポーチから、高等回復薬(ハイ・ポーション)を取り出して一気に嚥下する。

 血の味しかしないそれを飲み込むと、体に活力が戻ってくる。左腕と脇腹も麻痺したように痛みが薄れて行った。

 

 その劇的な効果には流石に驚きを感じた。

 初めて・・・・・・いや、一度飲まされたことがあるんだっけか。まぁ意識のある時に飲んだのは初めてだけど、流石に通常の回復薬(ポーション)の100倍近い価格なだけはあると実感する。

 第一級冒険者の人たちは回復薬(ポーション)なんて持たずに高等回復薬(ハイ・ポーション)万能薬(エリクサー)ばっかりカバンにいっぱいに詰めて行くと聞いたけれど、こんな怪我を日常的に負いながらそれを平然と治癒し続けてダンジョンにもぐっているのだろうか・・・・・・。

 だとしたら、彼らが凄いのは戦闘能力なんかよりもその精神力の方なのかもしれない。

 

 薬が体にいきわたるまでの僅かな間、僕はそんな益体も無い事を考えていた・・・・・・。

 

 胸から喉にたまった血反吐を地面に吐き捨てて、大きく息を吸う。

 左腕と脇腹は麻痺したような感覚のままで、動かせそうに無い。

 怪我が酷すぎて高等回復薬(ハイ・ポーション)でも直りきらなかったのかもしれないけれど、まぁ痛みもないしとりあえず行動に支障はなさそうだった。

 

(ナァーザさんを、探さないと・・・・・・)

 

 一息ついて、最初に思い浮かんだことはこれだった。

 彼女に何があったのか、それはわからない。とにかく彼女を探さなければと思った。

 僕は折れた剣を右手に持って密林の中を歩き出した・・・・・・。

 

 

 なんとか最初に分かれた窪地の入り口まで戻ってくる。

 今、またブラッドサウルスに襲われたら今度こそ終わりだろうと思ったけれど、それはもう仕方ないと考えない事にする。

 そこから、最初にナァーザさんが消えていった方向へと森をわけ入る。

 彼女の移動の痕跡なんかを調べる技術はもっていないけれど、目的と行動から考えれば窪地の外周部分の木々から僕を援護していたはずだ。

 なので窪地が木の間から見える程度の距離を保って、外周沿いに歩いていく。

 

 歩きながら、僕は考えずにはいられなかった。

 ナァーザさんに一体何があったのだろうか、と。

 ・・・・・・きっと予想外のトラブルがあったんだ。

 でも、もし彼女が既にブラッドサウルスの卵を回収して、馬車にもう戻っているとしたら?

 もしかして、僕は彼女に見捨てられたのではないか?

 

(ばかばかしい。ナァーザさんがそんな事をするわけない。

 第一、あのまま援護を続けてくれれば安全にあいつらから逃げ切れた筈だ。そんな事をする必要なんかないんだ)

 

 ―――でも、もしそうしていたとしても確実とは言えないのではなかったか。

 あのまま矢を打ち込み続ければ、奴らはその射手の方へと敵意を向けて踵を返した可能性だってある。

 だから、確実を期すならばあのタイミングで卵をとりに行ったほうが良かったのかも知れない。

 彼女はミアハ・ファミリアを守るために手段を選ぶ余裕はもうないのではないだろうか・・・・・・。

 

 もし、そうだったとしたら―――

 

 右手に持った剣の重さをつい意識する。

 

 

 馬鹿なことを考えている。

 たぶん、さっきまで絶体絶命の状況だった影響で混乱しているんだ。

 そう、自分に言い聞かせる。

 

(きっと何かあったんだ。だから早くナァーザさんを探さなくちゃ。)

 

 そう決め付けることにし、辺りを良く見ながら足を進める。

 幸い手がかりはすぐに見つかった。

 彼女の長弓が血痕と共に地面に転がっているのを見つけたからだ。

 

 僕は思わずほっとしてしまった。

 

(やっぱり、ナァーザさんに何かあったんだ)

 

 そして馬鹿な疑いをもった自分の浅ましさを責めた。

 

(いや、安心してる場合じゃない。本当にナァーザさんを早く見つけないと!)

 

 彼女の弓を拾い弦を胸にまわして弓を背負う。

 急いで周りを見渡すと、血痕は窪地とは反対側へと続いていた。

 

(あっちか!)

 

 血痕を追って駆け出すと、すぐに何かの甲高い声が聞こえてきた。

 耳に意識を傾けて、音が聞こえてきた方へと走る。

 

 距離は、そんなに遠くない。

 走ればすぐにそこだった。

 

 木々が少しだけ間隔をあけて小さく開けた空間。

 そこで輪を描くゴブリンの中心で、ナァーザさんは血塗れで横たわっていた。

 

 

 特徴的だった片長袖の服は見る影も無い程ボロボロで、向き出しになった肌には大小様々な傷から血が流れ出ている。

 彼女は横たわった体をくの字に折り曲げて、異彩を放つ程に傷一つなく輝くその銀の右腕で、自分の視界を隠すように顔を被い、嗚咽をもらしながら震えていた。

 

「うっ・・・・・・ううぅ・・・・・・」

 

 地面に横たわり震える彼女をゴブリン達は取り囲み、嬌声をあげて飛び掛った一匹が鉤爪で彼女に新たな傷を刻んでいく。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 僕は全身の血液が一瞬で沸騰したような気がした。

 

「お前ら・・・・・・、

  彼女に、その手を、触れるなぁぁぁぁあああ!!」

 

 血の滾りに任せるように僕はゴブリン共へ飛び掛った。

 怒りのままに折剣を振り回し、ひたすらに奴らを屠って行く。

 

 弱い。

 

 ダンジョンで相対する最も弱いゴブリンよりも、尚比較にならないほど相手は弱かった。

 

(こんな、こんな奴らがナァーザさんを!!!)

 

 混乱した奴らの中には逃げ出そうとした者をいたけれど、そんな事を僕が許すわけが無い。

 たとえ片腕半掻けの僕だろうと、奴らを皆殺しにするのには一分もかからなかった。

 

 ゴブリン共の死体を蹴り飛ばして地面をあけると、僕は彼女にかけよった。

 

「ナァーザさん!ナァーザさんっ!!」

 

 震える彼女に必死で声をかける。

 ベルトがちぎれ脇に転がった彼女のポーチが眼に入り、剣を投げ出して急いでそれを引っつかむ。

 

 中をあさって、高等回復薬(ハイ・ポーション)の入った試験管を取り出す。

 他にも色々な薬品類がポーチには入っていたけれど、僕じゃあ見分けがつかなかった。

 もし万能薬(エリクサー)も用意されているのなら、できればそっちを使いたかったけれど―――

 

 とにかく、見分けがつかないものは諦めて僕は試験管の封を開けると彼女の全身に高等回復薬(ハイ・ポーション)を振りかけた。

 群青の液体が淡く発光し、彼女の全身の傷を徐々に癒していく。

 

 とりあえず、傷はこれで大丈夫そうだ。

 僕は一つ安心して、未だ震えるナァーザさんを抱き起こした。

 

「ナァーザさん。もう、大丈夫です。奴らは、みんな倒しました」

 

 なるべく彼女が安心できるように、ゆっくりと落ち着いた声色を意識してもう危険はない事を伝える。

 何度か声をかけて、ようやく顔を上げた彼女が震える声で言葉を発しようとする。

 

「ベ・・・・・・ベル・・・・・・私・・・・・・助け・・・・・・」

 

 僕はそれにゆっくりと頷いてから、彼女の肩を担いで立ち上がった。

 

「はい。大丈夫、大丈夫ですナァーザさん。後は、ここを出てから話しましょう。

 僕が肩を貸しますから、まずは馬車まで戻りましょう」

 

 僕がそう提案すると、彼女は小さく頷いた。

 そうして僕達はなんとか馬車まで戻ったのだった。

 

 

 馬車まで歩く間に、ナァーザさんは大分平静を取り戻す事ができたようだった。

 彼女は僕の様子を見て取ると高等回復薬(ハイ・ポーション)を取り出して、僕の左腕と脇腹・・・・・・一本だけでは治癒仕切れなかった部分へ振りかけ、残った怪我を完治させる。

 すっかりと動きを取り戻した左腕をぐるぐると回してみる。怪我はまるで無かったみたいだ。まるで魔法のようなその効力に感心してしまう。

 

 それから僕達は焚き火を起こして湯を沸かした。ぼろぼろになった服を一旦脱いで、湯につけて絞った布で血だらけになった体を拭いていく。

 ちなみに当然だけど、その最中彼女のことは見えないように僕は背中を向けていた。

 

 血だらけの服は一旦脱いだままにして、僕達はお互いマントに包まると向かい合うように焚き火に当たって体を休めた。

 

 僕達はお互いがはぐれた後に起こったことを説明しあうことにした。

 まぁ僕の方はだいぶ端折って経緯だけを説明したつもり。自分でもどこまで本当だったか自信がないようなことの連続だった気がする。

 僕の話を聞き終わると、ナァーザさんがゆっくりと口を開いた。

 

「ベルの、援護をしていて・・・・・・弓を引く事に集中していたら、後ろからゴブリンが何匹も近付いて来ていたの・・・・・・

 それに気付いた私は体が震えて動けなくなって・・・・・・何とか必死に逃げようとしてもすぐに追い詰められて・・・・・・」

 

 その説明を聞いて僕はもう大丈夫ですからと言って頷いた。

 大体、状況から想像できた通りのことが起こったようだった。

 

 ()()()()

 

 最弱の魔物。

 特定の地形などではなく、どこにでも広く浅く住み着いている。

 特に地上に生きるゴブリンは大人の男性なら神の恩恵(ファルナ)無しでも倒すのは難しくない程に弱い。

 けれど、どこにでも出没するがゆえに力のない女性や子供が襲われる被害は後を絶たない。

 時には特定の群れが大繁殖して大きな集団を作る事もある。

 固体としては最弱でありながら、人類にとっての危険性はそれとは裏腹に高い厄介なモンスターだ。

 

 それでも、オラリオの冒険者であれば殆どの者にとって警戒する必要すら無い筈のモンスターだった。

 彼女が、その数少ない例外でなければ・・・・・・。

 

「どうしても体が、動かせなくて・・・・・・ベルの援護も・・・・・・ごめんなさい」

「良いんですよ、そんなこと」

「良くない。私はやっぱり、役立たず・・・・・・」

 

 ナァーザさんは俯いて自分を責めてしまう。

 どうしよう・・・・・・この前はミアハ様がそれを止めてくれたけれど、今ここには僕しかいない。

 僕がなんとかしなきゃ―――

 

「そんなことないです。さっきのは不運だっただけで・・・・・・。

 それにここまで採ってきた素材は、全部ナァーザさんの力じゃないですか。

 役立たずっていうなら、それこそ僕のことですよ」

 

 

 そう・・・・・・僕は役立たずだ。

 そもそも、僕がせめて一対一でブラッドザウルスを倒せる程度に強ければ、もっとずっと安全に挑む事ができた筈なんだ。

 あいつらの強さはダンジョンで言えば10階層のオークと同程度。10階層は深いとはいえ()()だ。LV.1のままでも踏み込める場所なんだ。

 

(僕が、もっと強ければ・・・・・・)

 

 無力感が僕を苛む。僕の弱さが、また人を傷付けてしまった。

 でもナァーザさんは僕の言葉に首を横に振った。

 

「ベル・・・・・・それは、違う・・・・・・よ」

「違うって、何がですか?」

「ベルは、私を助けてくれた・・・・・・役立たずじゃない・・・・・・」

 

 彼女はいつの間にか俯かせていた顔を上げ・・・・・・焚き火に照らされて揺らめく瞳で僕を見つめていた。

 

「でも、もっと僕が強ければもっと安全にこの採取に挑めた筈です」

 

 僕がそう反論すると、彼女はこくりと頷いてそれを肯定した。

 

「うん・・・・・・それはそう。でも、ベルは・・・・・・弱い、よ?」

 

 彼女は僕の弱さを否定しなかった。僕が弱いから危険を冒す事になったとあっさり認めてしまう。

 でもそれならやっぱり―――

 

「やっぱり、僕がもっと強ければ」

 

 僕がそう結論付けようとすると、彼女は再び首を横に振る。

 

「ベル。私を助けてくれたのは、今のベルだよ。強くないのに、必死で生き延びて、私を探して・・・・・・助けてくれた」

「でもっ!でもそれは・・・・・・僕がもっと強ければ・・・・・・」

「もっと強いベルなんて、どこにもいない。今ここにいるのは、弱いベルだけ・・・・・・」

 

 話がかみ合わない。

 どうしてナァーザさんはわかってくれないんだろう。

 僕が弱いから、危険な目にあったって言うのに・・・・・・。

 

「じゃあ僕じゃなくて、例えば・・・・・・そう、ロキ・ファミリアのアイズさんとかなら」

「アイズ・・・・・・って、アイズ・ヴァレンシュタイン?」

「そうです!第一級冒険者のあの人だったら・・・・・・そう、あんな恐竜なんてぱぱぱーっとやっつけて・・・・・・それにミアハ様の借金だって簡単に返せるし!」

「ベル・・・・・・」

 

 そう力説する僕を見て、彼女は違う違うと言うように首を横に振り続けた。

 

「ベル、その彼女が強いって言うのは私も知ってるよ・・・・・・でも、彼女が私達を助けてくれるわけじゃないよ?」

 

 それは・・・・・・違う。

 僕は、助けられなかった。

 そして僕を助けたのが、アイズさんの筈だ。

 だから僕は・・・・・・僕は・・・・・・。

 

「ベル。私はあのゴブリン達に囲まれた時、本当に、怖かった。私はもうこれで終わりなんだと思ったの・・・・・・。でもベルが、助けてくれた。」

「アイズ・ヴァレンシュタインなら、もしかしたら今頃、ダンジョンの奥で凄いモンスターを倒してるのかも知れない。なにか凄い偉業を打ち立てているのかも知れない。でも私と関係ないところで、どんなに強い人が凄い事をしたって、私には関係ないよ」

 

 だから、と彼女は僕をまっすぐに見つめた。

 

「あの時、駆けつけてあいつらを倒してくれたベルだけが、私にとっては、英雄(ヒーロー)なんだよ」

「だからベル・・・・・・助けてくれて、ありがとう」

 

 震える声で、でも彼女は、笑みを浮かべながら僕にこう言ってくれたんだ。

 僕は、それを聞いて・・・・・・ふいに涙がこぼれそうになった。

 慌てて顔を背けてなんとか、はい。僕も、ありがとうございます。とだけ返したのだった。

 

 

 夕日が僕らを赤く照らしはじめる。

 簡単に準備をすませた夕食を食べ終わると、今日は早めに休んで以降のことは明日どうするか話し合うことに決まった。

 ぼろぼろの服を着なおして、僕らはテントの中へ入る。

 

 マントに包まって横になるけれど、中々寝付く事はできなかった。

 それでもなんとか目を閉じて、眠りに落ちかけてはまた目が覚めたりを繰り返す。

 そんな時ふと横で寝るナァーザさんの体が震えている事に僕は気付いた。

 

「ナァーザさん・・・・・・?」

 

 小さく声を出して呼んでみると、彼女はか細い声で応えを返してくる。

 

「ごめん、ね。昼間の事、思い出して・・・・・・」

 

 彼女は青ざめた顔をして瞼をきつく閉じていた。

 縮こまって震える彼女を黙ってみている事ができなくて、僕は少しだけ彼女へと身を寄せた。

 

「ベル・・・・・・?」

「大丈夫です、ナァーザさん。ちょっと頼りないですけど、今は僕がついてますから」

 

 ほんの少しでも、彼女が安心する助けになりたかった。

 マント越しにかすかに伝わる温もりが、彼女にも伝わるようにと僕は願った。

 

「うん・・・・・・ありがとう、ベル。少しだけ、こうさせていて・・・・・・」

 

 彼女も、こちらへと身を寄せる。

 狭いテントの中で、僕らはお互いの温もりをわけあった。

 彼女の髪の、挽いた薬草のような香りを感じながら僕はまどろみに落ちていった。

 

 

 

 

「ベル、お前が望む英雄とはどんなものだ?何故英雄になりたいと思う?」

 

 祖父が僕へと問いかける。

 僕は・・・・・・あの時僕が望んだのは・・・・・・

 

「僕はただ、格好良くなりたいな」

 

 そう、僕が望んだのはどこかの英雄をそのままなぞる様な事じゃなかった。

 僕はただ、自分自身を誇れるような、そんな生き方を僕もしたいとあの時思ったんだ。

 

 

 たとえ僕が弱くても。

 たとえ剣が折れていたとしても。

 それでも、誰かを助ける事は出来るのかもしれない。

 

 僕がいつか強くなったとしても、なれなかったとしても、結局それは僕でしかない。

 だから、その時僕ができる事は、その時の僕にだけが出来る事なのかもしれない。

 たとえ僕よりずっと強い人が傍にいたとしても、その人の力に僕の力を加えることは、僕にしか出来ない事なんだ。

 

 

 僕はきっと、無力じゃない。

 たとえ他人から見てどんなにちっぽけでも・・・・・・僕には僕の力がある。

 だから僕は、僕の力を精一杯に振るっていかなきゃならないんだ・・・・・・きっと・・・・・・。

 

 

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