たとえ英雄になれないとしても   作:クロエック

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熱くなったなら、打て

「今までのお礼とファミリア結成の挨拶に……ねぇ」

 

 小さく縮こまるヘスティアを、唯一晒したその左目を細めて疑いの視線を向ける鍛冶神。

 彼女こそ右目を大きな眼帯で覆い隠し見事な赤毛と素晴らしいプロポーションの長身を持った女神、ヘファイストスである。

 

「ふぅーーん……あんたにしては随分と殊勝なことねぇ?」

 

 彼女はヘスティアに最後の援助をする際、二度と自分のファミリアの敷居を跨がせないと宣言していた。

 そして自分のファミリアの主だった者にもその旨を通達している。

 

 何しろ彼女は半年も自分のところで居候していたため、自分の所の幹部とは皆顔見知りだ。

 自分とヘスティアが神友(しんゆう)であることも知れ渡っているため、ヘスティアが頼めば皆簡単に自分の所まで通してしまう。

 それで困窮した彼女に何度も何度も泣きつかれる羽目になったために、これが最後と行った援助の後ヘスティアを自分の所へ通さないよう自分に近しい幹部達には言っておいたのだ。

 

 だが今回はその彼女が団員達に頭を下げて理由を説明し、ヘファイストスの下へ通してくれるよう懸命に願ったのだという。

 自分と彼女の関係や経緯を知っている幹部は、どうしても諦めない彼女にそういうことならばと自分の下へ案内する事にしたのだと言う。

 信頼できる幹部達が自分の通達に反して折れたと言うことだけでも、ただまた泣きついて来たと言う事は無いと知れるのだが……ヘファイストスのヘスティアへの負の信頼度は高かった。

 

 信じきれないヘファイストスの疑いに、過去の負い目からヘスティアも中々強気には出れない。

 

「し、信じてくれよぉヘファイストスぅ。ボクだって眷属をもって変わったんだ。自分のファミリアの大切さがわかった今なら、あんなことはもうしないよ……」

 

 なんとか解かってもらおうと必死に説明するヘスティアに、ヘファイストスは今回こそ信じても良いのではないかと思い始めていた。

 神に子供の嘘は通じないが、神々同士の間では別である。

 だがそこから更にヘファイストスとヘスティアの間柄ではまた話は逆転する。

 もともと嘘の上手い性質の神ではない上に、彼女のことはよくわかっている。

 ヘファイストスはヘスティアが嘘をついても自分ならば簡単に見破れると思っているし、今回は彼女も本当に心から反省しているように感じられた。

 

 ヘファイストスは、ついとその視線をヘスティアの隣にいる人間の少年へと移す。

 

「それで、あなたがヘスティアの?」

「はいっ。始めましてヘファイストス様。ヘスティア様のファミリアの団長になりました。ベル・クラネルと言います!」

 

 緊張をのぞかせつつも隣で萎れるヘスティアを鼓舞するように強く答える白髪赤目の少年。

 いや、見た目は若いけれどもう少年と言う甘さはなりをひそめ、もう青年と評するべきだろうか。

 

「ベル・クラネルね。知っていると思うけど私がこの子の神友(しんゆう)のヘファイストスよ。ヘスティアとはとても長い付き合いなの。彼女のこと、くれぐれもお願いね?」

「はい!」

 

 まっすぐに答える彼にヘファイストスは早くも好感を持ち始めた。

 たとえ神の力(アルカナム)を封じられていようとも、神は人の本質を見抜く。

 その彼女が入れ込んだと言う事は、彼女の神友(しんゆう)である自分にとっても好ましい人物である可能性は高い。

 人の良い彼女は追い出したヘスティアがどうなったか内心では心配していたのだが、彼女が良い出会いに恵まれたようでやっと安堵した。

 

 ベルを気に入り、ヘスティアのことも謝罪を受け入れて許した。

 こうなると今度は彼女の面倒見の良さと責任感がムクムクと鎌首をもたげはじめる。

 

(あの時はもう金輪際援助はしないと言ったけれど、ちょっと酷かったかしら……。)

 

 もともと彼女は下界に降りてきてまったく頼るあてのないこの神友(しんゆう)に、ファミリアの旗揚げまではしっかりと面倒を見てあげると約束したのだ。

 それがいつまでたってもあそんでばかりのグータラ生活に怒りが爆発して追い出してしまった。

 もちろんそれ自体は全く後悔などしていないのだが、しかしこうしてちゃんとファミリアを結成したのであれば別だ。

 特に何も持たない神であるヘスティアを一人で養っているベルは、本来自分がするはずだった援助の恩恵を何の非もなく失っていることになる。

 

(うーん、どうしようかしら。あまり甘やかしても折角心を入れ替えたらこのこの為にならないし……。)

 

 と悩むヘファイストス。

 悩みの内容が許すか許さないかではなく、どの程度まで改めて手助けするかであるところが彼女の性格を表していた。

 

 と、その時、神室(しんしつ)の扉が音を立てて開く。

 

「主神様よ、屋台で買いすぎてしまったのだが、お一つどうだ―――おっと、取り込み中か?」

「いえ、大丈夫よ、椿」

 

 では遠慮なく、と入室してくるのはヘファイストスの眷属にして、彼女のファミリアの団長。

 生まれにそぐわない長身の、褐色の肌を惜しげもなく薄着で晒したハーフドワーフの鍛冶師、椿・コルブランドであった。

 

「おお、だれぞと思えば主神様の神友の幼い女神様ではないか。久しぶりであるなぁ……この部屋に居るという事はもう主神様の怒りは解かれたのか?」

「あぁ椿君か。久しぶりだねぇ。それとその件についてはもう忘れて欲しいかなぁ……アハハ」

 

 乾いた笑みを浮かべて過去をなかったことにしたいヘスティア。当然、半年の居候生活から二人は顔見知りだ。

 ヘスティアが下界に下りた最初の日。真っ先にヘファイストスを訪ね、二人が旧交を温めていると今と丁度同じように椿がやってきて、3人で歓談したのだった。

 なので実はこの椿はヘスティアにとって下界で初めて交流のあった子供でもある。

 そして下界に降りたばかりのヘスティアに初めてジャガ丸君と言う禁断の麻薬を与えたのも、実はこの椿であった。

 

「あの時の主神様の怒りようと言ったらなかったからのう。まぁお二人の仲が戻ったのならめでたいことだ。どれ、お一つどうだ?手前からのお祝いだ」

「おぉ、流石椿君はわかっているね!」

 

 あの日と同じ様に抱えた袋を差し出す椿と、さっそく嬉しそうに手を伸ばすヘスティア。

 二人のやり取りを見て、ヘファイストスは過去を思い出しやれやれとため息をつく。

 しかし今日はあの日居なかった一人の人間がここに加わっているのを思い出して、彼女は笑みを浮かべた。

 

「なら、折角だし紹介もかねてこの四人で食事でもしましょうか。主神同士、団長同士、ね。椿も構わないでしょ?」

「ん?……おおっ、幼い女神様もついに自分のファミリアを持たれたのか。そういうことなら勿論参加させて貰おうではないか。」

 

 破顔する椿は、そこでベルの方へと向きを変える。

 丁度彼女の主神と対になるように左目が眼帯で隠され、残された右目をぐりぐりと動かして椿はベルを見た。

 

「御主がこの女神様の眷属だな?……ふむ、名乗らして頂こうか。手前は椿と言う。このファミリアでは一応団長と言うことになっておる。」

 

 よしなに、と言って彼女は笑う。

 その豊かな胸をサラシだけで隠し、前をあけた羽織と袴に身を包んだ彼女は、しかしその快活な陽気が厭らしさを感じさせない。

 ベルもその露出にはドギマギしかけたが、彼女の明るさあってなんとか慌てずにいられた。

 

「はい、よろしくお願いします椿さん。僕はヘスティア・ファミリア団長のベル・クラネルです!」

「うむ。しかしベルか……ベル吉ではあやつと音が似てしまって紛らわしいからダメじゃな……。」

 

 ふぅむと顎に手をやって、早速なにやら自分の愛称について悩んでいるらしい彼女の気安さにベルも苦笑を浮かべる。

 

(変わった人だなぁ。……でも、なんだろう。明るい人なのに、なんかちょっと怖い感じもする……)

 

 笑顔を浮かべる彼女の単眼には、どこか冷ややかな光が含まれているようにベルには感じられた。 

 

(やっぱりヘファイストス・ファミリアぐらいの大きな組織の団長ともなると、色々と大変なんだろうなぁ)

 

 彼女ほどの立場の者であれば、利益目的で擦り寄ってくる相手だって大勢いるだろう。

 考えてみれば中々外部の人間に気など許せるものでもないはずで、そう考えるとベルは逆に彼女に同情を覚えてしまうのだった。

 

 4人はヘファイストスの神室の内側にある扉から別の部屋へと移る。

 明るい彩色だが派手ではなく上品な調度品でまとめられたその部屋は、広さはそれほどでもなく中央に置かれた長テーブルには真っ白なテーブルクロスがかけられている。

 ここはヘファイストスが執務中だったり、一人や親しい者だけで食事をする時に使う彼女の私的なダイニングであった。

 ヘスティアもここに居候をしていた時はここで彼女とよく食事を取ったものだ。

 

「食事は運ばせてるから、まずは乾杯といきましょう?」

 

 そう言ってヘファイストスはグラスや酒を用意する。

 ちなみにヘファイストス・ファミリアには専門のコック等が雇われて日々その腕を振るっている。

 普通のファミリアならそういった雑用は団員が持ちまわりで行うものなのだが、ヘファイストス・ファミリアは規模が大きすぎる上に構成員がほぼ鍛冶師である。

 皆自分の作業を始めてしまえば手を離せなくなるし、どのみち売り子なども雇わなければならないのでその手の作業は専門の者を雇っているのだ。

 

 再開と出会いを祝してグラスを鳴らすと彼女らは思い出話などに花を咲かせた。

 

「ふーん。それで、ファミリアを結成したのが半年ちょっと前ってことね。」

 

 ヘスティアがここを追い出されてからの大まかな経緯を聞いてヘファイストスは頷いていた。

 ここを追い出されて約三ヵ月後にやっと最初の団員であるベルを勧誘。

 オラリオのことを碌に知らない二人で暗中模索しながらファミリアとしての活動を開始して、それから8ヶ月程。

 その間どうも色々とあったようで、ここにきてやっとファミリアとしての自覚のようなものができて挨拶に来たと。

 最初の居候生活がほぼ半年なので、実に約一年半の道のりである。

 天界でエターナル引きこもりであったヘスティアの成長と思えば、早いと言うべきか遅いと言うべきかヘファイストスにはなんとも判じかねた。

 

「なんにせよ、ようやく下界(ここ)での神々(わたしたち)のありようってものを自覚したみたいで良かったわ。」

「簡単に言ってくれるな!あんな寂しい廃墟みたいなところで三ヶ月も一人で頑張っていたボクの苦労が君にわかるのかっ」

 

 元はと言えば自業自得なのだが、仲直りできたことの安心と酒の酔いでヘスティアは良い気になっていた。

 

「あんたが最初からちゃんとファミリアを作る為に努力してたら、最初の団員ができた時にちゃんとしたホームを見繕って門出を祝ってやってたわよっ」

「うっ……!」

 

 それを言われてしまうとグウの音もでないヘスティア。

 ヘファイストスはそんな彼女から視線を動かし、椿と何やら会話しているベルに声をかける。

 

「あなたも災難だったわね、ホームがあんなところで。こいつが怠けなかったらもっとちゃんとした所に住めたのに……」

「や、やめてくれようヘファイストスぅ……」

 

 話しながら、ヘファイストスはぐりぐりとヘスティアのこめかみを拳でつつく真似をする。

 

「あはは。今は僕たち二人だけですし十分なホームですよ。ヘファイストス様がくださったって聞いてとても感謝してます。」

 

 殊勝な事を言うベルに感心するヘファイストス。

 だが彼の言うように二人でならいいかもしれないが、それでは新しい眷族の勧誘は厳しいだろう。

 もう少しまともな住居の面倒ぐらいは見てやるべきか。そのようにヘファイストスが考え出した所で―――

 

「ところで主神様よ。こやつ中々面白いことを考えておるぞ。こやつの話、主神様がどう思うのか興味がある。」

「あら、何かしら?」

 

 椿がベルを肘で指しながら、ヘファイストスに言う。

 彼女が視線を向けると、椿に促されてベルは彼女としていた話を再度することにする。

 

「えっと、上級鍛冶師って呼ばれる人達は、ランクアップで発現する鍛冶の発展アビリティを使って凄い武具を作ったりするんですよね?でも、ダンジョンにもぐったりしてモンスターを倒していかないとLVは1のままですよね。それだとずっと鍛冶の修行をしてる人より、半分冒険者でやったほうが良い武具が作れるようになるって事になるからなんだか不思議だなって……」

 

 発展アビリティを発現させるためには最低でもLv.2になる必要がある。

 平均的な事例かどうかはわからないが、ベルの知る限りであればナァーザはLv.2になるのに6年かかったと言っていた。

 彼女もLv.2の際調合の発展アビリティを取得して、薬師へと転換した人物である。

 しかし彼女の話では現役時代は基本的には専業冒険者であり、薬の調合はあくまで手伝いをこなしていただけだと言っていた。

 

 6年……決して短い時間とはいえない。

 ナァーザの例がそのまま鍛冶師達に適応できるのかどうかわからないが、何年も鍛冶の修行にあけくれた者が冒険者稼業の合間に作業を手伝っただけの物に追い抜かれるのであれば理不尽な印象は拭えない。

 

 ベルがそんな事を話すと、ヘファイストスはなるほどと頷いた。

 

「なぁ、面白いであろう?主神様よ。たとえばうちにも、ダンジョンに行けてLV.2になりさえすれば……などと抜かす新米もいることだしのぅ」

 

 そう言ってにやりと笑う椿に、なるほどねぇとヘファイストスはとある団員の事を考えながら椿の楽しそうな態度に納得する。

 確かに面白い事を考えると思った。

 

「理不尽だろうとなんだろうと神の恩恵(ファルナ)とはそう言う物であろう。手前ら地上の存在は疑問があろうとそれを上手く使っていくしかないではないか?」

 

 椿は結果的に鍛冶の腕があがるのであればそれで構わないし、利用するだけだと言う。

 

(割り切った椿らしい意見ね……)

 

 そこでヘスティアが会話へと入ってくる。

 

「ベル君、前も似たようなことを言ってたね。経験値(エクセリア)はモンスターを倒さないと積めないのかどうかとか……」

「あら、必ずしもそうではないわよ?」

「え、そうなのかい?」

「……ヘスティア?」

 

 思わず聞き返してしまったヘスティアだが、ヘファイストスに睨み付けられて焦って弁解をする。

 

「い、いやいや。スキルや魔法の発現なんかは個人の資質や経験にとても反映されるからね。それに今話題にでた発展アビリティもそうだね。該当する技術に通じていないとそれらが発現することはない筈だ」

「あんたはもぅ……良い?それだけじゃなくて通常のステイタスの熟練度(アビリティ)だって日常の訓練や経験でも積んでいけるものなのよ?」

「そ、そうだったのか……」

 

 知らなかった、と固まるヘスティアにあんたもう少し勉強した方がいいわよとヘファイストスは忠告する。

 

「うーんでも、実際にはモンスターを倒さずにランクアップすると言うのは殆ど無理な話だから、君の話もわかるわよ」

 

 例えば鍛冶の修行でもちゃんと経験値(エクセリア)は本人の中に蓄積されていく。

 だがそれでランクアップし発展アビリティを発現させたと言う事例はないし、やろうとしても実現は難しかろうとヘファイストスは思った。

 

「何故なんでしょうか?モンスターって何か特別に経験値(エクセリア)を増やすような力でもあるんですか?」

「さぁそれはわからない。でもやっぱり、命がけの戦いは本人の器を鋭く磨くものですからね」

「うーん、それなら命がけだったら人間同士の戦いでも同じようにステイタスは成長しますか?」

「それは……どうかしら」

 

 ヘファイストスは少し考え込む。

 この地上は決して子供らにとって優しくない。モンスターの脅威に晒され続ける彼らは、人間同士の争いはそこまで大きくはならないものだ。

 例えば戦争なども、敗れた相手は基本的に捕虜として捕らえられる。

 もちろん死んでしまう事もあるが、敗北が確実な死ではない以上はモンスターとの戦いよりも訓練上の事故死の延長に近いとも言える。

 

 犯罪者相手の殺し合いなどであれば別だが、そちらは数が問題だ。

 モンスター相手であってもランクアップするまでには何百何千と言う相手を打ち倒さなければならない。

 そんな数の犯罪者と殺しあって行くのが日常になるなど、治安が最悪の都市であってもありえないだろう。

 犯罪者側が成長する可能性にしたってそんな大量殺人を許すほどこの世界は乱れていない。

 常に自分より強者と戦っていけば数は抑えられるが……自分より強い相手と日常的に殺し合いなどしていたら成長する前にすぐ死んでしまうだけだ。

 

経験値(エクセリア)にはなるかもしれないけれど、それでステイタスを成長させるのは現実的じゃないと思うわ」

「そうですよね……じゃあ鍛冶の修行とかはどうでしょうか?」

「どういうことかしら?」

「えっと、命懸けで剣を打ったりしたら経験値(エクセリア)になるのかなって思ったんですが……」

「……ほう?」

 

 その言葉を聴くと椿が眉をあげて興味深そうに声をあげた。

 

「しかし命懸けといってもどうするのだ?打ち損じたら死ぬような魔剣でも打てと言う事か?」

「いえ、例えば誰かの依頼で剣を作って相手が満足しなかったら殺されるとか……」

 

 あくまで思いつきで具体的に考えていたわけではないため、言っていてベルもこれは無いなぁと言葉が尻すぼみになる。

 だが椿は逆にますます興味をそそられた様子だった。

 

「なるほど……面白いぞ。ならば御主、手前にそれを冒険者依頼(クエスト)として出してみぬか?」

冒険者依頼(クエスト)って……ええっ本気ですか?」

「椿、あなた突然何を言い出すの」

 

 流石にヘファイストスも黙っていられず椿を問いただす。

 ヘスティアも何も言わないが目を見開いて驚きの表情で椿を見ていた。

 三人の視線に集中されて椿もバツが悪そうに両手をあげて皆をなだめようとする。

 

「ま、まぁまぁ。話が急すぎたな。手前はただ、そのように不出来な物を打てば重い罰があるような条件で剣をうてば、また違った心のありようで鎚が振るえるのではないかと思うたのだ。」

「そういうことですか……」

 

 椿の言いたいことはわかったけれど、何故自分をそれに巻き込むのかは理解できない。

 確かにこの話を始めたのは自分だけれど、そんな理由で無茶なことを言われても困ってしまう。

 困り顔のベルに椿はむむむ、と唸り―――

 

「ならば、これは手前からの門出祝いと言うことにしよう。おぬしの望む武具(もの)を一本、ただで打ってやる。それがおぬしの満足いくものでなければ……そうじゃな、おぬしの言う事を何でも一つ聞いてやろう。どうじゃ?」

 

 椿は口に笑みを浮かべてベルにそう提案する。

 

「ッ椿!あなた―――」

「まぁまぁ、主神様よ。良いではないか。目出度い門出に祝いの一つぐらい」

 

 咄嗟に声をあげるヘファイストスを椿が推し止める。

 

(この娘……!!)

 

 椿の瞳を見てヘファイストスはこの大事な眷族の行き過ぎな部分がでてしまっていることを悟った。

 ベル・クラネルはあくまで駆け出しにすぎない。見所はあるのかもしれないが、それだけだ。

 オラリオ高峰の鍛冶師、椿の作った最高の武具など持ってしまえばその素質も()()

 

 それがわからない椿ではない。だが彼女はそれを理解していながら無視した。

 なぜならこれで彼女の鍛冶師としての経験に新たな色が加わるかも知れないと思ったからだ。

 その為なら、自らの主神の友の団員であってもどうなろうと構わない、と。

 強い武器をもって腐ってしまうならそれは使い手の自己責任だと椿は思う。

 彼女にとってそんなことよりも、自分の腕がわずかにでも上がるか上がらないか。それだけが彼女の行動を左右する大事だった。

 

「やったねベル君!椿はこのオラリオでも最高って言われる鍛冶師なんだよっ!」

 

 無邪気に喜ぶヘスティアをみてヘファイストスは嘆息する。

 椿が暴走するようならば最悪自分が事を収めなければならないと覚悟しておくことにした。

 あまりに過ぎた武器を渡すようならば、ヘスティアに恨まれてでも自分がとりあげて何か別のものを代わりに渡すことにしようと。

 

「で、どうじゃ?おぬしはどんな武具(もの)が欲しい?」

 

 今までと代わらない陽気さで問いかける椿に、ベルはかえした答えは周りを驚かせた。

 

「うーん、なら、僕でも買えるぐらいの材料費で、できるだけ良い剣をつくってくれませんか?」

「なに?おぬしでも買える様な値段でだと……おぬし、幾らぐらいもっているのだ?」」

 

 椿の問いにベルは自分達の払える金額を告げる。

 

「とんでもない貧乏ではないか!そんな額ではなにもできんぞ。無料で作ってやるといっておるのだから、別にアダマンタイトの長剣でもミスリルの槍だろうとでも何でもいいのだぞ?」

「そうだよベル君!せっかくだからすっごい強くて特殊な君だけの専用武器を作ってもらおうよ!」

 

 椿が水を向け、ヘスティアもそれに賛同するもののベルは首を横に振った。

 

「椿さんがそんなものを作ったらものすごい値段になりますよね?もし僕なんかがそんな凄い武器を持ってたら、すぐ強盗とかに狙われて困ったことになりますよ……」

 

 うちのホームじゃ安全に保管もできませんし、と笑うベル。

 ヘスティアはまともな鍵もついていない本拠地のことを思い出し、ぐぬぬぬぬと唸る。

 

「お金にかえちゃえば別ですけど、作って貰うのに売り払ってお金に帰るって言うのは流石に失礼ですし……だから身の丈に合わない物だと困ります。」

 

 そう言って笑うベルを見て椿は思う。

 

 鍛冶師として高みに昇るほどに、よりよい素材、より強い武具を目指してここまで来た。

 だがこの男はあの僅かな額で自分に合う良い剣を打って欲しいと言う。

 あの額に納めるならただの鋼がせいぜい。アビリティによってもたらされる特殊な効果を武器に与えようとしても素材の方が耐え切れまい。

 それで、きちんと依頼主(ベル)の満足いく剣を打たねばならない。それが出来なければ―――

 

 軽く言い出したように見えるが、椿は言葉を違えるつもりは無い。

 満足いく物ができねば、なんでもこやつの言う事を聞こう。仮に自分のことを欲すると言ってきたならくれてやる。その覚悟はもっている。

 

()()()()()()()()()()()。)

 

 ただの鋼の剣だ。椿ほどの鍛冶師にとってはなんら難しいものではない。

 自信を持つ持たないの話ではなく、真面目に作れば最高の鋼の剣が打てる筈である。

 ただ、普通なら打ち損じても何もおきないと言うだけだ。

 

 それは格下のモンスターと戦うようなものと言える。

 一対一で椿がミノタウロスを。ベルがゴブリンを倒すようなもの。

 普通なら負けることなど考えもしないだろう。……だが、それでも負ければ死ぬのだ。

 

 この剣を打つことも同じだ。

 もし打っている最中に何かトラブルがあれば、気を抜いて何かミスを犯せば、それで終わる。

 打てるのはただ一本だけ。打ち損じたから別の剣を、と言う事は出来ない。

 そんな覚悟で剣を打ったことがこれまでどれだけあっただろうか?

 椿は今まで気を抜いて槌を振るった事など一度も無い。そう断言できる自信があった。

 だがそれでも、気を抜いた剣を打てば死ぬと言うような条件でうつなら、それは別だと感じる。

 その時に振るう槌の重さを想像して椿の口は自然と笑みの形を作っていた。

 

「ふふ……面白いなぁ」

「えっと……普通に安くて良い剣を作ってもらえれば良いんですけど」

「わかっておる。手前に任せておくがいい。」 

 

 熱くなる椿だったが、周りから見れば逆に寒気を感じさせる姿だ。

 

「べ、ベル君……僕なんだか寒気がしてきたよ!」

 

 ヘスティアが震えてベルに抱きついた。

 ベルは思う。どうしてこうなったんだろう、と。

 ヘファイストスは頭痛を感じてその片目をつぶり、額に手をやった。

 そして椿は熱くなっていた。

 

 

 

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