小学校の卒業を半年先に控えた、小学6年生のフェイト。彼女は、不安に揺れていた。ココロもカラダも、私は所詮ツクリモノ。今、確かに幸せなはずなのに、未来に希望を描けずにいた。そんなとき、はやてが教室に魔導生物をもちこんで。

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みちしるべ

最近わかったことだけれど、八神はやては突拍子もないことをすることがある。

この前は、昼休みに、教室の後ろの黒板に、ピカソのゲルニカを白いチョークのみで再現したりしていた。

クラスのみんなは、最初、何の絵を描いているのかわからなかった。

それは、不気味な絵だった。

そして、誰が聞いても、はやては答えなかった。

それの題名に最初に気が付いたのはアリサだった。

でも、みんなそれが上手いんだか下手なんだかわからない。

だから、なんて声をかけて良いかわからなくて、教室は昼休みなのに静まりかえっていた。

そもそも、ピカソの絵は、落書きみたいで、その価値はわかりにくい物だ。

なのはは、これが関西人のノリというものなんだ、なんて、まじめに観察していたりしていた。

 

昼休みが終わって、担任の先生が部屋に入ってきたとき、彼女は腰を抜かしたように見えるくらい、驚いていた。

黒板の絵は見ても、妙な迫力があって、そして、どことなく悲しみや怒りをたたえているように見えたからだ。

「あ、あれを、描いたのはだれですか?」

はやては、すっと立ち上がった。

「私です。これは、4時間目の授業の宿題の答えです」

そう言って、はやては満足したように席に着いた。

4時間目は社会科で、この町にも戦争の遺跡がいくつかあって、云々、という話だった。

宿題はたしか、戦争と平和についてだった。

「これは、確かにすばらしいですが、宿題の答えは、文章で、紙に書いてください。いいですね」

「はーい」

満足して席についたはやてだったけれど、これが受け入れられないとわかって、少しふてくされた様子だった。

 

「はやてちゃん、先生すごく驚いてたよ」

はやてはにやにやして、なのはを見た。

「なのはちゃん、相変わらず、優等生やな。ええやん、みんな先生の望むように良い子にしてたらそんなのつまらんことや」

そう言って、ニシシと笑った。

「それより、あれ、いつまで残しておくつもり?あまりにもすごすぎて、先生、怖がっていたじゃない」

アリサはやれやれといった表情で、はやてに聞いた。

「そやな、消そうか。でも、せっかく描いたから、みんなの感想を聞いてからにしよ。みんな、一言ずつどうぞ」

ここには、はやてを中心に4人いた。

「見てると不安になる」

「怖い」

「悲しい感じ」

「息が詰まりそうな、なんて言うんだっけ、閉塞感?」

4人分の感想を聞いて満足したはやては、立ち上がった。

「ありがとな」

そう言って、前の黒板から黒板消しをとってきて、はやては自分でその絵を消していった。

 

 

ある朝、八神はやては彼女の家族である、シグナムと教室に入ってきた。

シグナムは、水槽を抱えていた。

「はやてちゃん、これ、どうしたの?」

「ぎょぴちゃんや、かわえーやろ」

そう言って、満面の笑みを浮かべていた。

「かわいいって、あんたの趣味はわたしにはわからないわ」

アリサはそういって、苦笑した。

「ぎょぴちゃんというより、シーラカンスみたいだね」

すずかはそんなことをつぶやいて、その魚を見ていた。

「はやて、これって、」

私はそこで、声を切って、念話で「魔導生物?」と付け加えた。

「そうや、さすがフェイトちゃん感が鋭い」

そう言って、はやてはにこにこしている。

「主はやて、ここで良いでしょうか」

シグナムは教室の隅に置いてあった空き机にその水槽を起いた。

「うん、ありがとな」

「はい、それでは、私はこれで」

そう言ってシグナムは教室から出ていった。

なのはは、シーラカンスを知らなかった。

「すずかちゃん、シーラカンスって何?」

するとアリサは、なのはに携帯の画面を指さして見せた。

「これ。生きてる化石って呼ばれてるらしいわね」

なのはは、画面の魚と水槽の魚を見比べた。

水槽の魚は、シーラカンスのミニチュアのような姿をしていた。

「ところで、なんでぎょぴちゃんなのかな?」

すずかははやてに尋ねた。

「こいつ、しゃべるんや」

その言葉に、皆、ポカーンと口を開けてしまった。

 

はやてによって教室に持ち込まれたぎょぴちゃんは、教室の後ろのドア付近で飼育されることになった。

そして、初日には教室のアイドルと言うべき注目度を博した。

そして、次の日には、小学生の興味関心の移り変わりは早いもので、すでにみんなの興味からはずれていた。

しかしながら、私と、その他数人のクラスメイトは、休み時間毎に魚の様子を見たりしていた。

この魚、たまに見ると、おもしろいもので、目を閉じて眠っていたりするのだ。

しかし、はやてが言ったように、この魚がしゃべることは、この3日間はなかった。

はやてにそれを言うと、「まあみていなって」と言って、にやにやするばかりだった。

 

 

フェイトはここ2日ばかり、気分が晴れずに、薄い憂鬱を感じていた。

最近、月に一回くらいそう言う時期があるのだ。

表面的な原因となっている事象については、はっきりしている。

けれど、その事象が起こるとき、なぜこんなにも憂鬱になるのか、よくわからなかった。

 

初めての時は、母さんによって祝われたし、私自身も正直に言ってうれしかった。

だって、自分の出自を考えれば、それが来ないことだって十分に考えられた。

私は、この世に生まれ出て、まだ4年だ。

なのに、すでに11歳の年格好をしている。

この世界の常識で言えば、それは奇跡の出来事だ。

世界が変わったって、それは奇跡か、ごくマレなことだろう。

私はそれを理解していたから、一生の問題としてある程度覚悟はしていた。

そんな風だったから、すごく嬉しかった。

 

2回目のとき、私には新たな不安が生まれた。

果たして、私から産まれる子は、正常に生きられるのか?

私は生物学的に、正常なプロセスを経て生まれたわけではない。

その私から産まれた子は、どうなるのだろうか。

こんな事、誰にも言うことはできなかった。

たぶん、母さんに言えば、大丈夫と言われるだろう。

でも、そこに根拠がないことを、私はわかっているから、その言葉を私は信じられないだろう。

だから、言わなかった。

であれば、友達になら相談できるか?それは誰に?

結果として、私はこれを誰にも打ち明けていない。

 

3回目のとき、気が付いたことがある。

私は、正しく人を愛することができないのではないか。

専門家に言わせると、虐待を受けて育った子は、自らの子にも、虐待を行ってしまう確率が高いという。

もちろん、それは統計的な話で、全てがそうだと言うわけではないことはわかっている。

でも、私には漠然とした不安がある。

もし、愛すべき存在が、泣き叫び手が着けられなかったとき、愛を持って接することができるのか?

かつて、私は、お母さんの気を引こうと、言われたこと言われるがままにやった。

もし、未来の自分に子供がいたら、無償の愛で包んであげられるだろうか。

 

「フェイト、大丈夫?」

この日、朝から机に突っ伏していたフェイトに、アリサが声をかけた。

「うん、ちょっと重くて」

「そう、あんまり無理しないのよ」

そう言ってアリサは自分の机に戻っていった。

自分は、今、かまってほしかったけど、そういうのが煩わしい、わがままな状態だと、フェイトは認識していた。

だから、声をかけてくれたことも、あっさり引いてくれたことにも、フェイトは感謝した。

 

 

「ただいまー」

学校から帰ってきたとき、家には誰もいなかった。

リビングの机の上には、管理局からの呼び出しで、出かけますと、書き置きが置かれていた。

帰ってきたとき、誰もいないのは久し振りな気がする。

母さんは船を降りた。

時空管理局をやめたわけではなかったけれど、第一線から退いた。

周りからは反対の声が多数挙がったらしい。

それは、時空管理局に縁のあるフェイトの耳にも入っていた。

それで嫌みを言われたこともある。

お前のような者を、引き取ってしまったがばかりに、艦長の座から、降りざるを得なくなったと。

それについて、母さんとケンカしたこともあった。

このとき、母さんが言った言葉は、とても印象に残っている。

あなたが来て、クロノも管理局での仕事が板に付いてきて、ようやく私は母親に戻れるの。

だから、あなたと出会えたことに、私もクロノもとても感謝していると、そう言われた。

 

冷蔵庫を開けて、ラップに包まれたパンケーキを探す。

一番上の棚からそれを、ついでに牛乳も出す。

テーブルにそれを並べて、食器棚からコップとフォークを出した。

テーブルにそれらを並べる。

そして、いすに座る。

「いただきます」

 

この一年間、母さんとクロノ兄さんとアルフと暮らして幸せだったか、そう問われたなら、私は迷うことなく幸せと答えるだろう。

最近、気が付いたことだけれどそう言うのって、1人になったときに気が付くのである。

例えば、今みたいに、1人きりでおやつを食べているときとか。

誰かといると、どうしても、変に甘えてしまったりしてしまうことがあったり、逆に人間関係が煩わしいと思ってしまうことがある。

いつだか、なのはにそういう相談をしたことがあったっけ。

なのはは、私もそう言うのあるよ、そう言っていた。

フェイトちゃん、気にしすぎ、もっと家族に甘えても良いと思うよ。

たぶん、リンディーさんも、クロノくんも受け止めてくれるよ。

そう、諭された。

私はは普通の環境で育ってきたわけではないという、変な負い目みたいな物があったし、それは今でも解消されていない。

だから、この生活が始まったとき、いろんな人にいろんな相談をしたものだ。

 

 

この日、私はぎょぴちゃんの動きが活発なことに、ちょっとした不安を覚えていた。

はやてに言わせると、魔導生物と言ったってそんなに危険なものでもないし、それについては、ボルケンリッターお墨付きだと言っていた。

「じゃあ、管理局は」という私の質問には、わざと顔を背けて、下手な口笛を吹いていた。

そして、フェイトちゃんはちょっと堅すぎやなと笑っていた。

 

私は休み時間に、水槽の前でぎょぴちゃんの様子を見ていた。

ミニチュア版シーラカンスといえる見た目をもつこの魚は、狭い水槽の中を勢いよく泳ぎ回っている。

そして、たまに、水面からぴちゃぴちゃと飛び出している。

水槽には蓋があったから、間違えて水槽の外に飛び出るなんてことはないはずだが。それにしても元気だ。

教室に来たときはあんなに静かに泳いでいたのに。

『あなたは選ばれました。おめでとう。あなたの未来を見せましょう』

突然念話が聞こえた。

「え?」

私は周囲を見渡した。

誰もこの声に気が付いている様子はない。

水槽の中には、魚が一匹。

さっきまで勢いよく泳ぎ回っていたのに、その魚はフェイトの方を向いて静止していた。

そして魚と目があった。

視界が、光に包まれる。

まぶしい。

目を閉じる、すると、眠る瞬間のように、気が遠くなるのを感じた。

 

 

「ただいまー」

あ、いけない、起きなきゃ。

「おかあさん、ただいま」

「おかえりなさい」

私は、リビングのソファーから体を起こして、帰ってきた娘を迎える。

「おかあさん、お昼寝?」

「うん。お日様があったかくて、つい」

「ふーん。あたし、これから遊びに行ってくるよ」

「どこまで行くの?」

「校庭でサッカーするの」

「わかった。お夕飯までには、帰ってきてね」

「はーい。じゃあ、いってきまーす」

アリスは、小学生になっても、お転婆娘のままだ。

たぶん、今日も男の子に混じってサッカーをやりに行ったのだろう。

「さて、お夕飯の準備、しなくちゃ」

今日は、ビーフシチューをつくる予定だった。

午前中のうちに、下拵えはしておいたから、後は煮込むだけだ。

あの子が帰ってきたということは、15時になったところだから、急げば間に合うだろう。

ビーフシチューはフェイトの得意料理だし、家族みんな大好きだ。

エプロンをして、髪をまとめて、料理にとりかかる。

「そうだ、その前に」

お父さんにメールを入れておこう。

『今日は、ビーフシチューを煮込みます、早く帰ってくるように!』

 

鍋を火にかけてから、洗濯物をとりこむ。

今日は天気がよかったから、洗濯物はお日様のにおいでいっぱいだ。

洗濯物を畳みながら、ふと、思い出した。

さっき、昼寝してたとき、懐かしい夢を見ていた気がする。

たぶん、あれは、私が小学生だったときだ。

あのころは、まだ、母さんと、兄さんと、家族になったばかりで、いろんなことが不安だった。

懐かしい思いで。

あのころの私は、いつでも、何をするにも、不安だった。

体も、知識も設定された年齢相応の物があった。

でも、いつでも、何か足りてないのではないか、誰かに迷惑をかけているのではないか、自分は普通じゃないのではないか。

そんなことばっかり考えていた気がする。

でも、今の私なら言える。

そんなに心配しなくても大丈夫。

あなたが真っ直ぐにがんばっていけば、必ず幸せをつかめる。

そして、その幸せをあなたの子供たちが繋いでいく。

もちろん、あなたの周りには、家族もいるし、友達もいる。

だから、大丈夫、がんばって。

 

 

「フェイトちゃん、フェイトちゃん、大丈夫?」

体を揺すられている。

目を開けると、なのはの不安な顔がアップになっていた。

「あれ、わたし、どうして」

私は、教室の床に転がっていた。

「よかった、気が付いた」

なのはの顔が、ゆるむ。

すずかとアリサもいるみたいだ。

「フェイトちゃん、急に倒れるから、びっくりしたよ」

「フェイト、辛いならちゃんと言わなきゃだめじゃない」

保健室に行くわよと言って、アリサちゃんに起こされて、そのまま背負われた。

「アリサ、大丈夫、自分で立てるって」

「あんたの大丈夫は信用ならないの」

そういって、アリサは私の手を引いて、教室を出ようとする。

「フェイトちゃん。夢、見なかった?」

教室の出口付近で、はやてに呼び止められた。

「夢?」

「そや、夢。みたはずなんやけどなー。ぎょぴちゃん、消えてしまったし」

はやては残念そうな顔をして、水槽を見ていた。

「そう言えば、見た。なんか、幸せな夢、あれって未来なのかな」

「いいなー、私もみたかった」

 

つぎの授業は、保健室でお休みして、そして、教室に復帰した。

休み時間に教室に入っていくと、すぐ、すずかにつかまった。

「フェイトちゃん、だいぶ良くなったみたいだね」

「うん、保健室で休んだら、良くなった。心配かけて、ごめんね」

すずかと話していると、なのはが、横から割り込んでくる。

「最近ね、フェイトちゃんの調子がわるそうだって、ずっとアリサちゃん心配してたんだよ」

「なのは、よけいなこと言わないでいいの!」

ちょっと遠くから様子をうかがっていたアリサが言った。

「にゃはは、アリサちゃん、ツンデレだー」

ちゃかすなのはに、アリサは腕を組みながらも、優しい視線をこっちに向けてきた。

そうか、心配かけちゃってたのか。

 

 

「みんな、今は6年生です。来年の春には、小学校を卒業して、中学生になります。社会科の授業でも覚えたように、義務教育は中学までです。そこからは、みなさん、自分で進む道を選んで、生きて行かなくてはなりません」

最近、卒業という言葉をよく聞くようになってきた。

あと、半年もすると、春が来て卒業だ。

私は、4年生の途中から編入だったけれど、ここで、いろんな思い出を得ることができた。

そして、生きていく、道しるべも得ることができた。

その道しるべは、まだあやふやで、どうすればその道をたどれるかもわからない。

でも、きっと大丈夫。

「なりたい自分を思い描いて、作文をしてみましょう」

先生は、そう言って、原稿用紙を配る。

 

私は、原稿用紙に鉛筆を滑らせる。

私には、夢があります。

それは、幸せな家庭を築くことです。

そして、未来へ希望を繋ぐことです。

 


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